●リプレイ本文
●夫婦漫才
注がれる冷たい水。会釈して座る人物。冒険者酒場の片隅で繰り広げられるいつもの光景。前回に増して人数が増えたため、卓は少し手狭になった。なにぶん機密情報も多いので、喧噪の中離れた卓で小声で話す。
「‥‥もしやヘルガさん、ノワール卿と繋がっている?」
その中でも内緒の会話。耳元でヘルガに囁くガレット・ヴィルルノワ(ea5804)。どう出るだろうと期待する一瞬の間。
「だったら、面白いかも」
にっこりと笑う。バルディエが軍事の大家なら、ノワール卿は陰謀の大家と言って差し支えない。こんな事で情報漏れする訳もないだろう。ガレットは再び用心深く言葉を紡ぐ。
すっ。すすっ‥‥。
卓に座っておしゃべりするガレットの後から忍び寄る影。彼女はヘルガの心の機微を読みとろうと一心のあまり、気づかない。
つん。突然感じる嫌らしいタッチ。
「にゃああぁっ?!」
飛び上がってリアクションするガレットを
「隙ありだぜー? そんな調子じゃいつ嫁に行けない身体にされるか」
からかうティルコット・ジーベンランセ(ea3173)。だが、ガレットはそこで泣き出してしまうだけのお嬢様では無い。
恥じらいの余りわなわなと震えつつも、シフール便用の羽ペンを構える。
「‥‥わーわーわー、だから待てってば、それ結構痛いんだぞ、意外と刺さりやすいしっ」
「ティル君はルリちゃんのお相手でしょ? あたしはヘルガさんと一緒にフェネックさんに色々教えなきゃいけないの。君なんかに構ってるヒマありませーん☆」
べー、と舌を見せると、ガレットはヘルガの腕を取って見目麗しい吟遊詩人の元へと駆け寄る。その色男。に見えるフェネック・ローキドール(ea1605)は、ほっかりと微笑み。
「前にも増して輝いてみえたのはそういうことでしたか‥‥どうぞ、お二人に祝福と平安がありますように」
柔らかく微笑んだフェネックに、ガレットは茹で上がったカニの甲羅のように真っ赤になって首を振る。
「だ・れ・が・あんな奴とーっ!!」
どんと叩くテーブルの、水差しが弾みで跳ね上がった。
●闖入者
ガレットが、ルリ・テランセラ(ea5013)にマルト・ミシェ(ea7511)、そしてラーバルト・バトルハンマー(eb0206)と言った新顔に必要な情報を説明していると。突然。
「お嬢様! 探しましたよ」
ルリと同じくらいの背丈の、華奢な男が飛び込んできた。
「な‥‥ちょ、ちょっと‥‥」
皆まで言わせず、従者の格好をしたその男は、
「ルルお嬢様。どうしてとでも言うならば、このエフデめもご一緒いたします」
突然現れたエフデと名乗る男こそ、紛う事無きスレナスである。女を思わせるような華奢な身体であるが、手合わせをした長渡泰斗(ea1984)には判る。成り行きに唖然としつつも、想定外の関わり方に泰斗は動けぬ。
(「スレナス殿か‥‥。バルディエの死刑執行人とも噂される切り札。まさかこんな形で来るとは思わなかったがな」)
「え? え? スレ‥‥」
突然の乱入に取り乱すルリ。しかし、有無を言わさぬ彼の目に、ルリは言葉を失った。
「いいですか? お嬢様にもしものことがあれば、大勢の人達が戦に巻き込まれるのですよ。お立場を弁え下さい」
あくまでもバルディエの娘として扱う従者の言葉に、
(「あ、バルディエお父様にご迷惑が‥‥」)
最高機密に属する影武者の存在の発覚は、回避せねばならないお家の一大事であることを確信した。
「だって‥‥。お父様はちっとも‥‥」
殆ど地のままであるルイーザを演じる。うみぃとふてくされる彼女を宥めるようにエフデは周りの冒険者に一言。
「急ぎ支度を整えて参ります。僕もご一緒しますが宜しいですよね?」
スニア・ロランド(ea5929)は、やれやれとばかりに泰斗に耳打ちした。
「残念だけど、これで勝負はお預けよね」
そんなスニアをエフデが呼び止めた。
「工房長! なんでこんな所に‥‥。あ、‥‥すみません。僕の知っている人に雰囲気が似ていたので‥‥」
「そんなに似ていたのですか?」
「ええ。なんとなく」
エフデは悩ましそうに答えた。
●ビブロとしふしふ
「「だんちょーっっ」」
「シフール便だよっ♪」
「ヘルガからのメッセージだよっ♪」
伝令シフールの真似事を楽しむビブロ一座の看板二人組。無論、それは仮の姿。裏の顔を表に返せば、立派な暗殺者の顔があらわれる。人の死をゲームのように楽しむ二人がこれ程までに大人しいのも、団長の教育の賜物である。彼らがなんら愚痴りつつもそれ程抵抗なく「団長」に従っているのが良い証拠だ。
「‥‥ふむ。バルディエ卿御令嬢の『影武者』‥‥か」
認められた文字は、本人がそう言っていたとの事実のみを伝えている。年の頃、背丈、瞳の色、服の趣味、話し方の癖まで、アレクス・バルディエ卿の愛娘ルイーザ嬢にそっくりであると。
「そういや何かそう言うのがいるって話だったな」
「ウサギ追っかけて川に落ちた馬鹿だっけ?」
「そうそう。あの馬鹿のおかげでしばらく楽しめたっけな」
ふむと伸びたあごひげをしごきながら、ドワーフのビブロは黙り込んだ。騒がしく飛び回る二人のシフールの声が、彼の上を飛び交う。
やがて大きく立ち上がったビブロは、
「‥‥この眼で確認しておいた方が良さそうだな」
ぼそりと呟いた。もし偽物でも、ノワール卿が関わっている冒険でご息女が傷ついた。と言う話にでも為れば一大事。バルディエのフェーデを仕掛ける口実として使われるかも知れぬ。
辺境伯であるバルディエの抱える兵は、規模だけならば国王陛下直属を凌ぐやも知れぬ。其の一部のみが彼と共にあり、残余の者は市井になりを潜めているのが始末に悪い。宮廷政治では圧倒的に優位に立つノワール卿も、本気を出したバルディエ軍と単独では戦えるものでは無い。否、彼を王国に対する反逆者に仕立てる事は造作もないが、内乱が勃れば他国の軍事介入は必至であろう。婚姻政策を自己権力の基盤とするノエル家に、平和の二文字は欠かせぬ繁栄条件であった。
●先陣達
今回は必要な人員が全て揃っている。今まで解き明かせなかった壁も突き抜けて行けるだろう。道を歩みながら、クオン・レイウイング(ea0714)は話す。
「ただ、やはり気になるのは三人の人物の必要性だ。どうも、妙な気がする。人間を使う儀式というのはほとんどがロクな物じゃないからな」
冒険者としての勘がそう警告するのだ。
「もしも運命が許すならば、精霊の力が僕たちを導いてくれるはずです」
祖先の勲を示す二つの勲章を撫でながら、フェネックは愛用のシフールの竪琴を取り出した。オークの大木が並ぶ森。この森には、他よりも精霊の力が働いているような気がする。
「宝や道等色々な言葉が出ていますが、この詩をつくった者がどこに住むどういう者かによって、意味が根本から変わってくる気がしますね」
スニアが意見に、
「ま、いいんじゃない。ムーンロードって満月の夜にしか使えないんでしょ? だったら今のうちに隈なく遺跡の内部を調査していかないとならないわね」
美しい風景を肴に酒を呷りながら本多桂(ea5840)が答える。先行する三人の100歩ほど後には殿のラーバルトと泰斗に護られた本隊が続く。一度に全員が範囲魔法の中に取り込まれないための用心でもあり、遭遇する野獣に対応するためでもあった。
●お嬢様
風が吹いた。
自然の悪戯は薄布を引き、隠されていた少女の顔を、耳を露わにする。
自分の立場を少しなりとも理解しているのか、ルリは慌ててフードを被り直した。幸い金髪のエルフ少女などそれほど珍しいものではない、人の視線を集めてはいない事に安堵の息をついた。
だが。男の眼は、その一瞬を見逃さなかった。
「耳、尖ってたよ?」
「バルディエのおっさんは丸耳だよ?」
「耳くらい、いくらでも誤魔化せる。‥‥お前達もよく見ているだろう?」
ぴかりとその身から黒い光を放つと。
陰から冒険者達を見つめていた男の耳は、先程に比べてだいぶ丸いものになっていた。
「それに、ミラノの紅い狼めが影のように従っている。きゃつを寄こす以上、偽物と言うのはあり得まい」
「「ほんとだ ホントだ 紅い狼だよ」」
トレードマークのワンハンドハルバード。数多の血を啜りし業物が彼の腰にあった。
「それに‥‥」
とビブロは呟く。
「あのような人物が、この世に二人も居るとは思えぬな」
ビブロをしてそう結論着けさせるほどに、ルリの振る舞いはルイーザそのままであった。
●黒い光
分け入っても分け入っても森の奥。冬枯れに差し込む陽の無かりせば、移動はもっと困難であっただろう。
「ごめんなさい。重いよね‥‥。ルル‥‥我が侭言って‥‥」
エフデの背に在るルリがすまなそうに彼を気遣う。
「いえ。いざというときに、お嬢様がご自分の足で逃げられなければ困るのは僕ですから」
芝居もここまで来れば大したものだ。自分で問題なく歩けるルリを背負って彼女の足を残す。そう言う意味では合理的かも知れない。冒険者はあきれながらもエフデの好きなようにさせた。
「ルルね。お水が欲しい‥‥」
ルリも彼に合わせて、無力でか弱い女性を演じている。
「エフデさん」
シルバー・ストーム(ea3651)が声を掛けた。
「この先に水場があります。先に行って水を汲んでくると良いでしょう」
教えて貰ったエフデは、ルリを降ろして進んで行く。演技とは言え、ルリの申し訳なさそうな顔色を見て、気を利かせたのだ。小休止も必要な頃であった。
思い思いに陣取り、保存食を口にする冒険者達。未だ明るいので皆が一息入れていたときであった。
「あっ!」
突然のルリの悲鳴に、皆が一斉にそちらを向く。襲撃者は彼女を背後から締め上げ、喉元に短剣を突きつけていた。その手に刻まれた、十字の入れ墨。木の上にでも潜んでいたのか‥‥油断した訳では無い筈だが、その襲撃は見事に冒険者達の虚を突いた。
「あたし達がここを通ると知って、待ち伏せていたって事?」
ガレットが呟く。更に、木々の陰から幾人もの賊が姿を見せた。
「馬鹿な真似はやめておけよ? この娘を傷つけられたくなければな」
彼らはルリのフードを剥ぎ取り、その顔を確認する。間違いないのか、顔は似ているがこの耳は、などと小声で囁き合う。
(「みんなの迷惑になるならいっそ‥‥でも‥‥」)
驚いて落としてしまった大切なぬいぐるみが、ルリを心配そうに見つめている。刃の先が、凍る様に冷たい。
この状況を、クオンは少し離れて見守っていた。咄嗟に森に潜んで、幸いにも気付かれなかった様だ。慎重に弓を引き絞り、そして、解き放つ。男は腕に走った衝撃に視線を落とし、腕を貫く矢に呆然とした。筋を断たれ、自らの意思とは関係なく力を失う腕。男から脱したルリが、ぬいぐるみを抱えて蹲る。其処此処で反撃に打って出る冒険者達。
「くそ、構わんやってしまえ!」
叫んだ男は胸を射抜かれ、倒れ付した。だがルリの目の前に、剣を振り上る男の姿が。飛び掛るスニアだが、僅かに遅い‥‥。
「くぇっ!?」
男は奇妙な叫び声を上げ、吹き飛ばされていた。スニアは見ていた。森から発した漆黒の光が、男の脇腹を抉り抜くのを。ルリを庇い、賊達に相対するスニア。抵抗に圧され、賊は動揺した。今はこれまでと、彼らは一斉に森に散る。追おうとした冒険者達に、捨て置け、と声がかかる。
「そこにいるのは誰?」
スニアの詰問に、姿を見せたのは吟遊詩人風の人間の男だった。彼はルリを見据え、そして言った。
「辺境伯の令嬢ともあろうお方が、この様な場所に足を運ぶなど‥‥。その身に何かあればどの様な結果を招くか、考えが及ばぬ程に愚かとは思いたく無いものですが」
静かで低い声は、胸の奥まで響いて突き刺さった。彼の肩からひょいと顔を覗かせたシフールが相槌を打つ。
「ははっ、そりゃ団長、血濡れの傭兵貴族殿は己が身に蓄えた武力、内に向けて振るう口実をお求めなのですよ。あなおそろしや!」
ジェギと呼ばれた彼は、ひらひらと飛んでルリの目の前へ。もったいぶった仕草を繰り返してから、そぉれとリカバーを施した。こちらはどうやら白クレリックの様だ。きっ、とルリに睨まれて、ぶるぶると大仰に身を震わせながら飛んで帰る。
「待ってくれ、この依頼には、彼女が絶対に必要‥‥かも知れないんだ」
ティルコットに、その底の知れぬ目が向けられる。
「そこまで言うならお主ら、命を賭してその娘を守って見せよ」
もう一度ルリを見遣り、男とジェギは森の中へと姿を消した。ふう、と冷や汗を拭うティルコット。
「気にするなよ、忘れとけあんな奴」
ルリを慰めた彼。それが無理な事は、重々承知の上だ。
●戦鎚に逢いて開く
再び訪れた遺跡砦。その入口でガレットは、愛犬フローレンスに待機命令を下す。
「さ。ここで待ってて。誰かが来たら吼えて報せて。ゴメンねフロー‥‥また貴女に逢える様、聖なる母に祈るから!」
ちょっとセンチな感傷を残し、一行は中を進んで行く。耳を澄まし目を見張り、僅かの物も見逃すまいと神経を研ぎ澄ませ。特にアーディル・エグザントゥス(ea6360)の有り様は近寄りがたいほどの意志を帯びて鬼気迫るほど。
「『三つ四つ 五つ 六つ 七つ 徴を受けし 者は誰ぞ♪』と云う事はこれから先にもまた守護者が待っているという事だろう。ならば旧記録にある『無事に過ぎ越すための竜のメダル』が重要な気がする。楽に進めるならばそれに越した事は無いからな」
そう促して先頭に立つ。
「これは‥‥」
声を上げたのはラーバルト。ゴーレムの部屋の前で真新しい死体が倒れている。首がもげ、3mほど先にひしゃげて落ちている。これで活きているならば怪物だ。死体の手には十字の入れ墨があった。
「嘘だろ!」
アーディルは身構える。先日来た時と同様にゴーレムは奥への扉を塞いでいたのだ。先の戦いでは皆傷つき、殆どの魔法を使い果たし、引き替えさざるを得なかった。戦力が増強されているとは言え、これでは堂々巡りになる。
「ガレット。ディルコット。駄目で元々だ。先日の痣をかざして」
それらしきアイテムは見つからなかった。徴を受けた者その人が鍵なのかも知れない。戦力は増強されているから、拙く行っても出直せば済む。
「いやぁ〜照れるなぁ〜。二人の共同作業ってか〜‥‥★▽×◎◆っっ?!」
口は災いの元、という言葉がジャパンにはあるのだが、今のティルコットは正しくその状態であった。勢いをつけて踏みつけられた足はとりあえず痛いだけで無事のようである。その辺りはガレットの優しさかそれとも勢いが足りなかっただけなのか。
しかし、その痛みは空しくなかった。ゴーレムがゆっくりと動いて開かずの扉から退き、片膝を付いて蹲った。恥ずかしそうに顔を横に向けて。
「どぉれ。ここかい。俺が必要だって言うのは‥‥」
ラーバルトは武勇だけの人物ではない。力任せは何時でも出来ると扉を調べ始めた。
(「おっ。これは‥‥」)
トントンと叩いて調べていた彼の手が、ある一点で止まった。それは丁度、跪いているゴーレムの顔が向いている視線の先であった。
「凝った仕掛けだな。その扉は完全なダミーだ」
えっと反応したのはスニアと桂。特にラーバルトご自慢のバースト+スマッシュEXで扉が粉砕されるのを楽しみにしていた期待の目が、まん丸くなり。程なくカエルのように騒々しい笑いが部屋に満ちる。
「ようし。ここだな」
振り上げたハンマーが壁の一点目掛けて振り下ろされ、実にあっさりと道は拓かれた。
●時間切れ
水路のある部屋。朽ちた北方船の両縁には丸い盾が連ねられ、舳先には青銅の衝角が緑色の錆びにまみれて顔を出していた。
他の者が探索している間。ルリとエフデと泰斗はここで待機する。
「もしもの時の脱出路として使えないかな?」
泰斗は浮きになる板きれを探す。
「うみゅ‥‥何を‥‥してるの」
春の日の花と輝く笑みを浮かべ、ルリが覗き込む。
「浮かぶ物を探している」
ルリは印を結び呪文を詠唱。ゆっくりと落ち着いて普通に掛ければそんなに失敗しないレベルまで、彼女は技を磨いていた。
「これで‥‥水の上を歩けると思う。ルリ、少しは役に立つかなぁ?」
ウォーターウォークの魔法である。
「忝ない。同じ道を戻るのが無理なら外に出る」
と、礼を述べ。泰斗は水路を駈けて行く。緩やかなカーブを描いて進む水路。程なく外の光りが見えた。出て辺りを見渡すと、湖の上だ。オーバーハングした岩が辺りから出入口を隠している。向こうに、湖に注ぎ込む幾つかの水路が見えた。川だ。そろそろルリから言われたリミットが近い。泰斗は慌てて戻ろうとした。が、
ドホン!
魔法は突然に切れた。
●ガーゴイルの通路
通路は狭く、薄暗かった。そのほぼ中程に配置された不吉な有翼の悪魔の像が、無機質な目で彼らを見下ろす。先行するクオンは、嫌な予感がしたので止まってみんなを待っていた。
「これはまた、いかにもな‥‥」
アーディルが溜息をついた。とはいえ、進まねばならないのが冒険者だ。警戒しつつ、ゆっくりと近寄って行く。と、石像の目がごろん、と動いた。石像の全身から、微かに埃が舞い上がる。
「やっぱりガーゴイルか。さあ殴り屋諸君、守りは任せて攻めてくれよ!」
ティルコットの軽口交じりの発破かけに、やれやれと笑いながら抜刀する泰斗、気付けの一杯を含んで向かう桂。ラーバルトが盾を掲げ突進すると、敵は羽ばたきながら台座を蹴り、ふわりと頭上に浮き上がった。ティルコットの放った矢が鈍い音と共に突き刺さる。が、まるで気にした様子も無い。
「ルリさんは、そこにいてね。エフデさんガードをお願い」
そう言い置き、ガレットはティルコットの傍らへ。全然効いて無いみたいだよ? うるさいなぁ、と言い合いをしながら、2人して次の矢を番え、引き絞る。
「‥‥こっち向いたね」
「ゴーレムとは戦い方が違うって事かな」
それならと、囮となって敵を引き付ける2人。敵の目が彼らに向かう中、アーディルが放ったナイフは掠り傷をつけただけで弾かれてしまった。
「‥‥なんだか自信無くしそうだよ」
言いながらも、ロープの両端に石を括りつけ、即席の武器を作り上げる。隙を突き背後に転がり出た彼は、間髪置かずそれを振り回し投げつけた。狙い違わず翼の根元に絡みつき、もう一方の翼にも絡んで自由を奪う。浮力を失い無様に墜落したガーゴイルは、その怒りをアーディルに向けた。やば、と後ずさる彼。
「おら、食らいやがれ!」
すかさずラーバルトが躍り掛かった。振り向き様、横なぎに襲ってきた爪を盾で凌ぎ、気合一閃。破砕の槌に脚を砕かれたガーゴイルは、よろめきながらラーバルトに圧し掛かった。泰斗と桂が突き入れる一撃ごとに、その体に亀裂が走る。
ぎこちなく悶える姿に、後は畳み掛けるのみと矢筒に手を延ばしたクオン。だが彼は、背中に寒気を感じ、振り返った。安全な位置から仲間を支援するマルト、フェネック、ルリ。そして、彼女達を守るスニアの姿がある。ぱらぱらと落ちて来る砂埃。小石でも混じっていたか、カツン、と足下で小さく鳴った。
「上だ、避けろ!」
彼女達が訳も分からず動いた直後、もう一体のガーゴイルが降って来た。エフデの応戦も間に合わず、振り回した爪に、フェネックとルリが薙ぎ払われる。
「姑息な!」
スニアが振るった大槌は、ひらりとガーゴイルにかわされた。だが、これで距離が取れた。立て続けに矢を番えて放ちながら、フェネックを安全圏に導くクオン。ルリを庇いながら後退するマルト。反撃に耐えるスニアの姿に、ラーバルトが叫んだ。
「こっちはかまわねぇから先にそっち何とかしろ!」
泰斗に行けと目で促す。ガーゴイルの重みが、全身を軋ませる。盾を掴んだ爪が次第に近付き、やがて腕に減り込んで行く。ち、と彼は舌打ちをした。
狭い通路に挟み込まれ、一転、窮地に陥った彼ら。
(「足手まといとか‥‥今はそんな事、考えている場合ではないわ」)
フェネックはざっくりと割かれた肩を押さえながら立ち上がると、恐れを振り払って激励の歌を歌い始めた。この苦難に、皆の心が折れてしまわぬ様に。彼女の何処からそんな声が出るのかと驚く程の声量、そして力強い響き。いつの間にか、皆の顔に余裕が戻っていた。
耐え切れず、遂に膝をついたラーバルト。だが、桂が足関節に叩き込んだ一撃が敵の体勢を崩し、彼を圧死の憂き目から救い出した。倒れながらも振るわれた爪を飛びずさってかわした桂は、微妙な距離を保ちつつ、敵の注意を引き付ける。
「向こうを先にと言っただろうが!」
「あんな苦しそうな顔しといて良く言うよ、この髭オヤジが〜。みんなには黙っといてあげるから、後で一杯奢ってよね」
はん、と鼻を鳴らしたラーバルト。手に唾を吐き、破砕の槌を握り直した。
「キイキイとはしたない輩どもじゃ、飼い主の躾が行き届かなかったと見える」
マルトがアグラベイションでガーゴイル達を縛る。途端に、その動きは目に見えて鈍くなった。仲間が十分に距離を置いているのを確認し、シルバーがローリンググラビティのスクロールを使う。空中に落下したガーゴイルは天井に打ち付けられ、再度落下。通路を振るわせる程の衝撃と共に、床に減り込んでいた。それでもなお起き上がろうとするところに、肉薄した泰斗が渾身の突きを叩き込む。狙いは、衝撃で生じた無数の亀裂。刃は深々と減り込み、乾いた音と共に、肩ごと腕が砕け落ちた。
「亀裂を狙え!」
泰斗に従い、クオンが狙い澄まして矢を射ち込む。亀裂を抉り、砕いて行く幾本もの矢。やがて、無数のひび割れに蝕まれたガーゴイルは、スニアの槌を食らってバラバラに砕け散ってしまった。一方最初のガーゴイルも、ティルコットとガレットに矢衾にされた末に、ラーバルトに頭を砕かれ、最後は桂の蹴りをもらって倒れ、それきりもう二度と動く事は無かった。
「‥‥確かに、痣が残っているわね」
足に傷を負ったルリ、肩に傷を負ったフェネック。傷はポーションで完治したが、奇妙な痣が残ってしまった。自分の傷は綺麗に治っているのを確認し、スニアは首を捻る。どれどれ、と見に行こうとしたティルコットが、ガレットにどつかれた。
「ルリさんの痣は、『陽』と読めるのう。フェネックさんのは『月』じゃな」
マルトの指摘に、皆の視線は自然、ガレットとアーディルに向かう。
「これは、『土』と読めますね」
シルバーに教えられ、ふうん、と興味も無さそうに腕の痣を見やるラーバルト。彼らは暫し休息を取り、更に奥へと向かう。
「ちぇ、つまんねぇなぁ〜っと」
通路を後にする際、ガーゴイルの成れの果てに一蹴りくれたティルコット。と、彼はその中から、右手のガントレットを発見した。サイズは自分にぴったりだ。
「ま、行きがけの駄賃ってやつだ。もらっとくかな」
何気なしに装備すると羽のように軽い。次の瞬間、ガントレットは幻のように消えた。
装着していた感覚だけを残して。
「‥‥あれ? 何をしていたんだっけ? あ、いけねー」
慌てて皆を追う彼であった。
●魔法陣
現れた通路を更に進む。一本道ながら、上がり下がり左右に曲がり、位置感覚を狂わせる。そして、漸く吹き抜けの丸い部屋に突き当たった。
窓も灯りも無いのに、部屋は螢のような淡い光りで満たされ、空気は澄んで水晶のように透き通っている。天井は果てしなく高く空に続いていた。
「ここが目的地らしいな」
アーディルの目は、床に描かれた文様に走る。タイルで大きな六芒星が床に描かれ、六つの頂点には、地・水・火・風・陽。そして竜を示す精霊文字。少し離れた壇の上に、月の精霊文字が記されている。
「如何にもって感じだな」
クオンが身構える。ここを護る魔物でも現れそうだ。しかし、マルトが落ち着いてそれを制した。
「待ちなされ。ここにこう書いてある」
そうして壇の碑文を示す。
♪立て 徴(しるし)の者よ 月満ちる時立て
定めの呪文を 唱えつつ
定めの徴を 掲げつつ
今甦る 地の民の
堅い誓いに 結ばれし
光の翼 天を行く
定めの夜に 栄えあれ
立て 徴の者よ 今道は拓かれん
右の耳には 産声を
左の耳には 時の音
羽持つ民の 証(あかし)持て
三十有六(さんじゅうゆうろく) 同胞(はらから)の
兵(つわもの)辿りし この道ぞ
いざこの道に 光あれ♪
促されて、徴を受けた者達は六芒星の頂点に立った。ただ、今は水の徴を欠き、竜のメダルも無い。それでも予行演習とぱかりに乞われるままにムーンロードを使うフェネック。立ち位置から光の柱が上に昇る。光は天へと伸び‥‥。
だがしかし、そこまでだった。光は直ぐに消え、何事もなかったように静寂に包まれる。
丁度その頃。やっとの思いで湖の対岸に上がった泰斗は、入口の窓のない塔の先から、五色の光が天に伸びるのを目撃した。程なく光は消え、泰斗は胸に痛みを覚える。どうやら魔法が解けて水に落ちた時、近くの岩にでもぶつけたらしい。
「これは‥‥」
なにやら文字のような痣が、くっきりと胸に残っていた。
(「精霊文字のようだな」)
残念ながら彼にはそれ以上解らなかった。夕刻近くになって仲間が遺跡砦から出てくるのを見たが。合流は位置的に難しい。ただ。ここから川伝いに進むと森を抜けれそうだ。
翌朝。泰斗は仲間に大きく手を振り、川伝いに帰ることを宣言する。
こうして、目的の場所は判ったものの、さらなる調査をするための条件を欠き、泰斗も他のメンバーも、無事ドレスタットへと帰還した。
●蠢く者達
さて、一行が無事にドレスタットに帰還したその頃。
「ビブロ様。バルディエ卿の息が掛かった者が、サクス領とバルディエ領に於ける『平和喪失刑』を受けたよしに御座います」
手の者の報告を受けビブロは、
「娘と紅い狼ぱかりか、新手を送り込んで来る積もりなのでしょう。その手は食いません。一寸でも不審な真似をしたら‥‥」
ビブロは立てた親指を下に向けた。