●リプレイ本文
●薬草を求めて
「マグダレン嬢の紹介にて、今回のお仕事を賜りました。柳麗娟(ea9378)と申しまする」
礼儀正しく腰を折る見慣れぬ風体の女性。
「聊か風変わりな喋りをいたしますが、世俗を捨てた者にありがちな事と、何卒お許し下さいます様」
袈裟をまとった華仙教大国の僧侶‥‥その姿に面食らっていたレニーだったが、麗娟が普段より世話になっている義姉妹の関係者だと知ると、直ぐに嬉しそうな笑顔をもらした。
「貴族の勢力争いには毛頭関心ありませぬが、いたいけな少女を救う為に尽くしましょうぞ」
その様に麗娟は微かに笑むと、奥で休むファニィをチラリと見やり真摯に言葉を紡いだ。この双子が、サクス家を巡る陰謀に巻き込まれた可能性が高い事は、聞き及んでいた。それ故に麗娟は静かに憤っていた。
「そうだね。秘境での薬草探し、それだけでも興味深い話なんだけど‥‥」
同じく優雅な所作で挨拶しつつ、ローランド・ドゥルムシャイト(eb3175)は優しく続けた。
「今回はそれより何より、ファニィさんだっけ? あの傷付いたお嬢さんの為に力になってあげたいと思ってね」
「ありがとうございます。‥‥本当に、ファニィもきっと心強いと思います」
「レニーちゃん。辛いだろうな‥‥」
礼を述べるレニーを、エルウィン・カスケード(ea3952)は痛ましげに見つめた。
「笑ってるけど、笑ってるんだけど、あんなの見え見えで‥‥辛いよ」
「そうだな、レニーとファニィの本当の笑顔を取り戻してあげたいな‥‥きっと今のより、もっとずっと可愛いのだろう」
悲しげに瞳を揺らすエルウィン、アレーナ・オレアリス(eb3532)は自分よりかなり低い位置にあるその頭にそっと手をやると、迷い無い足取りでレニーへと近づき‥‥レニーの手をぎゅっと握り締めた。
「大丈夫だから、お姉さんに任せて」
約束。励ましを込めて、自らの勇気を分け与えるように。
「うん、あたしもがんばるから!」
エルウィンもまた、言葉に力を込めた。
「ファニィちゃんの意識を取り戻すため、絶対に薬草を見つけてこようね」
頑張るぞ、と盛り上がるエルウィンとアレーナに挟まれたレニーは涙ぐみそうになりながら、何度も何度も頷いた。
「ええ。ファニィさんが元気になって下さるよう、精一杯頑張りましょう」
そんな様子を微笑を浮かべて見守るファリム・ユーグウィド(eb3279)。だが、ファリムには薬草採取の他にも目的があった。
「未知なる物はとても興味深いですし‥‥調査したいものがありますしね」
ユパウル・ランスロット(ea1389)はファリムから向けられた視線に、ただ軽く首肯する事で応えた。
一方、ただ善意だけでなく参加した者もいる。
「貴重な薬草から作る薬の販売に一枚かんでぼろ儲け!、なのである」
ジャパンからきたパラの浪人、神谷潮(ea9764)だ。どんな時でも儲けのチャンスを見逃してはならないという、立派な商人根性だ‥‥頭の中で既に算盤をパチパチ弾いている辺りは、とらぬ狸のというヤツっぽいが。
「まぁそのためにはまず、薬草を無事発見せねばならないのだ」
勿論、その辺りは踏まえているから何の問題もないわけだし。
「では、セレスト殿メルフィナ殿。後の事は頼みまする」
「分かったわ。‥‥えと、ブランシェット家から派遣された方々、寝られるうちに寝といて頂戴ね」
そうして、麗娟がセレストやメルフィナ達にファニィを託すと、いよいよ出立の運びとなった。
「‥‥」
さすがに後ろ髪引かれるような、身を引き裂かれるような表情のレニー。
「レニーちゃん。目を覚ましたファニィちゃんに、笑顔でお帰りなさいって言ってあげようね」
だが、エルウィンが掛けてくれた言葉に一つ頷いた後。
「はい‥‥行ってくるね、ファニィ」
レニーはその顔を上げて、力強く歩き出したのだった。
●見えない影
「意外と歩き易いわね、良かったわ」
エイル・ウィム(eb3055)を先頭にした一行が進むのは、ドレスタットとエスト・ルミエールを結ぶ森の中を突っ切る、アルミランテ街道である。古代の道に沿ったこの間道は現在整備中、だが、一部分とはいえ開通している事はエイル達にとって幸運だった。
「とはいうものの、それもここまで。皆、準備はいい?」
足を止めるエイル。ここより一同は道なき道へと足を踏み入れる。
「‥‥これは」
そこで、ユパウルが目を細めた。正にそこに、標があったからだ。
「石碑に何か刻まれてるね‥‥碑文、かな」
ローランドが指摘する通り、古代の文字らしきものが刻まれている。
「それにこれは‥‥竜の標、ですか」
如何にも訳ありげなそれに、ファリムの声に興奮が混じる。標‥‥刻まれた竜の顔が森の奥を、これからファリム達が進む先を指しているのだから、余計に。
「ドラゴン‥‥道標」
ユパウルもまた、湧き上がってくる興奮を抑える事が出来なかった。先日受けたギルドの依頼で知った『候補地報告書』、その指し示す先とこの標は妙に符合する。
「誰かがここを通ったわね。しかも、そう時間は経っていない」
そんなユパウル達をハッとさせたのは、地面に膝をついたエイルの一言だった。
「この跡は動物‥‥じゃないわね」
まだ時間の経っていない踏み分けられた跡、それは確かに靴跡で。しかも、複数だ。
「とにかく気を抜かずに行きましょう」
エイルは皆に注意を促すと、スピアをしっかりと握り直した。
エイルを先頭に、ファリム、ユパウルが続き、その後をレニー達が進む。しんがりを勤める潮は、側面と後方を警戒しつつ歩を進める。
一列になって進む事、暫し。
「殺気を感じるな」
「はい。それと、微かですが血の臭いが‥‥」
草陰から遠巻きにされているような感覚、気づいたのは猟師スキルを持つアレーナとファリムだった。
「確かに‥‥何かいるわ」
エイルの目も動く草葉を、生き物の存在を見出した。スピアを構える両手にも力が入る。
「動物、ですね‥‥そして、複数」
ファリムが囁いた時、一歩踏み出したエイルのスピアが草を突いた。いや、突かれて悲痛な咆哮を上げたのは、襲いかかろうとしていた獣だった。
「イノシシか。だが、随分と殺気だっているな」
アレーナは羽根つき帽子をふぁさっ、と投げながらアニマルスレイヤーを構えた。そのままレニーやエルウィンを庇いつつ、軽いステップで猪に対する。
「イノシシ祭りであるな、コレは‥‥この季節、ボタン鍋にしたらいかほど売れるであろうか」
援護しながら潮がつい考えてしまったのは仕方ないかもしれない。だが、その呟きが逆鱗に触れたかのように、猪の一頭が猛然とチャージをかけてきた。
「うわっ?!」
「ブラックホーリー」
「ムーンアロー」
だが、ユパウルとローランドの魔法が猪を捉え突き刺さる。猪突猛進‥‥護衛として、最後尾の潮まで突進を許すわけにはいかなかった。
「助かったのである」
崩れかけたバランスを建て直し、改めて矢を番える潮。前方だけではない、横合いへと矢を打ち込んでいく。足を射止められた猪を狩るのはアレーナには容易い。
文字通り、蝶のように舞い蜂のように刺し、確実に猪を葬っていく。
「‥‥」
そんな中、スピアを振るっていたエイルは気づいてしまった。木々の中、こちらをじっと伺う巨大な気配。殺気というより最早殺意と呼ぶべきものを放つ、ギラギラした一つの光。
背後に守るべき者達を背負い、威圧感に負けじと戦意をぶつけるエイル。奇妙に長く感じられた無言の睨み合いは、実際にはおそらく、僅か。
そうして、気配の主は不意に向きを変えるとそこから立ち去って行った。同時に、猪達の攻勢も弱まった。
「もう一頑張り、ね」
じっとりと汗を掻いた両手、それでも、エイルは何事も無かったかのように、ワンステップで猪をかわすと、その横腹にスピアを突き刺した。
「猪だな。だが、にしても巨大な」
戦闘後、エイルに頼まれ調べたアレーナが示す通り、そこには巨体が在った痕跡が残されていた。
更に、それだけでなく。
「この数‥‥。私達だけではありませんね」
多数の猪の死骸を認め、ファリムは僅かに表情を硬くした。
「俺が知る限りそれらしき依頼は出ていなかったようだが、何者かが動いているようだな」
「ええ。先行する者達がいるようです」
確信を含むユパウルに、答えるファリム。落ち着いた口調の中にどこか、緊張を含んで。
「でも、先を進むしかないわ」
「うむ。レニーとファニィの為にも、退く事は出来ぬ」
それでも、退くわけにはいけない‥‥それは全員の意見であり意志だった。
●邂逅
「‥‥しっ!」
道を急ぐ一行。その前方の気配に気づいたのは、先頭を行くエイルだった。
「いせきちゃ〜ん、出ておいで〜っと」
気配というより‥‥もれ聞こえてきたのは調子はずれの、歌声か。だが、それはこちらが足を止めると同時にピタリと止んだ。
「気づかれたか」
「威嚇しますか?」
「いや‥‥相手を確かめるのが先だ。無用の戦いなら避けたい」
ファリムに返し、ユパウルは一同を促し歩を進めた‥‥警戒しながら。
少し開けた場所。待つ事、暫し。
一行の前に現れたのは、同じ風体の者達‥‥つまり、冒険者だった。但し、おそらくはこちらよりも熟練な。
「ドレスタットの冒険者か」
刀に手をかけるジャパン人の女性に、エイルの顔にも潮の身体にも緊張が走る。
そんな潮達に「厄介な」というより「やれやれ」とでも言いたげな様子は悔しいが落ち着き払っている。
(「勿論、こちらとてそう簡単にやられはしないがな」)
胸中で呟き、アレーナがレニーとエルウィンを庇いながら物騒に笑んだ時。
「ちょっと待ってくれ。こっちは別に事を構えたいわけじゃないんだ」
ユパウルが割って入った。
「俺達はただ薬草を採りに来ただけだ。危険な状態の病人がいるんでな」
「こちらが妾たちの身上を保証して下さいますぞ」
大丈夫、と目で合図して麗娟がレニーを押し出す。ブルーを基調としたエプロンドレス、胸元に刺繍された青い鳥と『ロワゾー・バリエ』の文字。それは今のドレスタットでは結構名の知れている筈だった。
「この方達の仰っている事は本当です。皆さんは病床の私の妹の為、薬草探しに同行して下さったのです」
両肩に置かれた麗娟の手の温もりに励まされるように、必死に言い募るレニー。その様子に、対する冒険者達は「どうする?」と視線を見交わし‥‥そこに先ほどまでの緊張はないように感じられた。
「無用なトラブルを避けたいのはこちらも同じだしな」
金の髪のレンジャーに、レニーと似た格好をしたジャイアントの少女がコクコクとホッとしたように同意し。
更に。
「‥‥あっ、レニー!」
「あ、あなたは?!」
偵察に行っていたのだろうか?、レンジャー然としたパラの少女により、膠着状態は完全に解消された。
「こんな所で会うとは‥‥」
麗娟も思わず苦笑するほど、この出会いは意外であり驚きだった‥‥特にレニーにとって。何故なら、眼前の少女には先日、行方不明だったファニィを見つけて貰った恩があるのだから。
「皆、レニー‥‥この人達は少なくともバル‥‥じゃない、妨害する可能性は低いから」
「それは分かりましたが、仕事中な事、忘れないで下さいね」
このまま余計な事まで話されては困る‥‥黒髪の騎士が僅かに咎める響きで口を挟んだ。
「すまんが、こちらの仕事内容は話せん」
「気にするな、である。そこはそれ、守秘義務というやつであろう」
申し訳なさそうに頭をかく同郷の男の肩を潮はポンポンと叩いてやった。どうやら色々と訳ありのようだし、深く詮索せぬのも情けというもの。
「まっ、契約ってやつだからな」
軽い口調のパラのレンジャー(こちらは男性だ)に、エルフのレンジャーがコクリと頷く。
「‥‥成る程、道中で倒されていたモンスターはあなた達が倒してくれたのですね」
その様子‥‥身のこなしにファリムが納得した風に頷いた。
「えっ、そうなんですか? それはありがとうございました」
「いや。だが、闇雲に薬草を探していたのか?」
問う金の髪のレンジャー、その口調には案じる響きがあった。
「古い資料なんですけど、この先に貴重な薬草があるって‥‥」
それが分かったのだろう、レニーはあの古い資料を見せた。
「‥‥偶然か」
そんな呟きをローランドは聞き取ったが、やはり詮索は控えた。
「じゃあ、気をつけてねレニー! ファニィが元気になるよう、あたしも祈ってるから!」
「ありがとうございます、みなさんも気をつけて下さい‥‥ファニィが元気になったら是非顔を出して下さい」
そうして、二組は分かれた。目指す先が、その道行きが僅かに逸れていたのは幸運だったのだろうか?、それとも‥‥?
「やはりこの辺りは色々とあるようだな」
見送り、ユパウルは思案するように呟いた。
●問題の薬草
「そうだレニーちゃん。問題の薬草ってどんな形や色をしてるの?」
日も暮れて今日は休もうかという事になった焚き火前。思いがけないご馳走を少々苦心して調理し皆で美味しくいただいた後で、エルウィンは問うた。
「形は‥‥こんな形らしいんです。私も実際に見た事はないのですが」
問われたレニーは古びた資料を広げて説明した。レニー達の家は代々調合屋を営んできたという。この資料も代々伝えられてきたもの、らしい。
「成る程、珍しい薬草だね」
「妾も初めて目に致しまする」
薬草採取班のローランドと麗娟も興味津々、真剣に覗き込み、確認し合う。
「貴重な薬草から作られる薬といえば、やはり貴重であろうな」
ぶっちゃけ高いんだろう?、喜色を浮かべた潮に、レニーは小首を傾げた。
「そうですね。貴重だとは思います。ただ、ある程度の調合の腕と調合法を知らないと、薬にするのは難しいようですが」
「確かに、普通の薬師や錬金術師では荷が重いようでございまする」
薬草の横に書かれた難解な図式に、麗娟が同意する。
「手間隙もかかるようですし、これだけの量からこれだけしか薬が作れないとなると、効率はあまりよくありませんわね」
効果は高かったり付随する効果があったりするかもしれないが、それでも、普通なら麗娟の扱う治癒の術の方が効果的かもしれない。
「うむむむむ‥‥いや、しかし‥‥」
ガラガラと崩れそうになる、ガッポリガッツリ大儲け!、な未来予想図に頭を抱える潮の横、薬草採取班は麗娟の用意してきた羊皮紙に薬草の姿を描き写した。
「とにかく、今日はもう休みましょう。私が見張りに立つから」
それを再確認し、エイルが提案した。
「私なら大丈夫。どこもケガはしていないし‥‥疲れたら替わってもらうから」
皆の負担を少しでも減らしたい、そう思っての申し出だ。
「いや、一人では何かあった時危険だ」
「ならば、妾がご一緒させていただきまする」
「そうだな。次は俺とファリムで交代しよう‥‥無理はせず、エイルも身体を休めた方がいい」
ユパウルに頷いてから、エイルは「自分達も」と言い出しそうなレニーとエルウィンに、
「聞いたでしょ? ここは私達に任せてゆっくりと休んで頂戴。明日は忙しくなるわよ」
ふわりと柔らかく微笑んだ。
●採取活動
「水の音がするな」
宿営の地から更に、森を拓きながら半日ほど。ユパウル達は湖を見つけた。流れ込む河伝いに進み行くと、森に隠れる高さの丘。その上に、古代の神殿めいた建物が建っているのが見えた‥‥所でレニーは足を止めた。
「この辺りのはずなのですが‥‥」
「では、探しましょうか」
薬草画を手に、ローランドが目を凝らす。丁度、曲がる河の外側‥‥河と小さな湖に挟まれたこの場所は湿地帯になっている。水気を含んだ地面から生える草々から、目当てのモノを探し出そうと。
「湿地か。これが薬草の生育に関係しているのかもね」
「お願い太陽さん、薬草の生えている場所を教えて」
エルウィンは頭上を仰ぎ太陽を確認すると、サンワードの呪文を唱えた。淡い金色の光に包まれ意識を集中する。そのまま目当ての情報を手に入れるべく、問いかけ。
「レニーちゃん、こっち! こっちに生えてるって」
首尾よく薬草の情報を手に入れたエルウィンはパッと顔を輝かせ、レニーの手を引いた。
「うわぁ。良かったね、レニーちゃん」
果たして、そこには正しく目的の薬草が青々と生えていた。
「余計な口出しだとは思うけど、必要以上の採集はお勧め出来ないよ」
と、そこにローランドが苦言を呈した。
「この薬草に限らず森の生命は全て、誰かのものでも無い自身の物だ。森と大地に感謝しつつ日々の糧の為に必要なだけを取るならば、精霊もよしみ給うと言う物さ」
不満を口にしようとしたらしき潮を諭すように言い聞かせ、続ける。
「それに、この薬草の事が広く知れ渡る事になったら、また妙な利権争いが生じ兼ねない。僕はそれが心配なんだ」
「そうだよね。じゃあ必要分だけ採ろうか」
「確かに、乱獲されて無くなってしまえば困るであるな」
「はい。では、とりあえずこのカゴ二つ分だけお願いします」
ローランドの意見に従い、レニーとエルウィン、麗娟は注意しながら薬草を摘み始めた。
「湖にも危険な生物がいないとも限らない、森と同じくしっかり用心なのだ」
潮は護衛として薬草班を囲むように移動しようとし、ふと足を止めた。
「エルウィン殿、ついでに薬草があったら摘んでもらえないだろうか?」
ごくありふれた薬草でも、必要としている人がいる‥‥というか売れるよね?、とちゃっかりお願いした潮だった。
「‥‥レニー殿?」
一方。せっせと薬草を摘んでいた麗娟は、レニーの挙動が不審な事に気づいた。何だか落ち着かない様子で、辺りをきょろきょろと伺っている。その目の前、足元に目的の薬草があるというのに。まるで、別のモノを探しているかのよう。
「レニー殿は何か、妾達にお隠しの事がありませぬか?」
「えっ!? えと、いや、そんな事はないんですけど‥‥」
答えながらその視線が空をさ迷っている‥‥怪しい。麗娟だけではない、会話が聞こえたエルウィンとローランドも思わず手を止め、レニーを「じっ」と見つめ。
見つめられたレニーは困ったように視線を落とした。
「‥‥あの、うん。ちょっと気になってた事があって。この薬草の近くに、もしかしたら在るかもしれないものがあって、もしあったらって思ってて。でも、見つからないほうが良いのかも、とも思ったりして、話す事ができなかったのだけど‥‥」
何とも要領を得ない説明だった。
「つまり、他に気になってるモノがあると? ですが、レニー殿。今はファニィ殿を助ける事こそ最も重要視せねばならないのではありますまいか?」
ファニィ殿は今もレニー殿の助けを待っているのですから、諭す麗娟にレニーもシュンとうな垂れた。
「うん‥‥はい、ごめんなさい。そうですよね、皆さんがこんなに一生懸命協力してくれているのに、私が『私に本当にこの薬草が調合出来るんだろうか』とか思ったらダメですよね」
どこか自分に言い聞かせるように、不安を吹き飛ばすように、レニーはペコンと大きく頭を下げ。
「本当に、ごめんなさいです。うん、今はとにかくコレを持って帰らなくちゃ‥‥」
だが、顔を上げた目がふと、点になった。
「‥‥え?」
ほぼ同時だった。周囲を注意深く見張っていたエイルが、その人影に気づいたのは。
先ほど遭遇した冒険者とは違う、小柄な少女と、少女に付き従う一匹の犬‥‥それはこの場所に、永らく人が足を踏み入れずにきたこの場所に、ひどくそぐわない組み合わせだった。
「‥‥?」
エイルとレニーの視線を追ったアレーナと麗娟も気づき。同時に、こちらの視線に気づいたらしい少女は身を翻し、丘へと駆け出した。
遠めだった為、ハッキリと見て取ったのはエイルだけだっただろう。怯えをあらわにした少女が、人ならば十歳に満たぬくらいである事、そして、その身体のあちこちが傷ついている事に。
「待っ‥‥っ!?」
「レニーちゃん?!」
「動いてはいかんである!」
咄嗟に動きかけた者達を、潮の鋭い声が止めた。注意を向けていた湖より現れ出でたるモノ、風を切って潮の矢が飛んだ。
「うわぁ、何かちょっと‥‥」
「あれは動物‥‥なのだろうな」
軌跡を追い、若干顔を青ざめさせながら、それでも咄嗟にレニーを庇うエルウィンと、アレーナ。
現れたのは、カエルだった。但し、大きい。身体中のイボイボとぬめぬめしたボディが何とも気持ち悪い。
「ただのジャイアントトードですよ」
そこに冷静な声と共に矢を放ったのは、ファリムだ。
「どうせならもっと珍しいモンスターでも出てくれれば嬉しいのですが‥‥」
というか残念そうだ!?
「とはいえ、他のモンスターが集まって来ないとも限らない。さっさと薬草を摘んだ方が良いだろうな」
こちらは任せておけと請け負うユパウルに、エルウィン達は慌てて、止めていた手を再び動かし始めたのだった。
こうしてジャイアントトードは接近前に、矢やら魔法やらで屠られた。
●調査活動
「薬草の切り口をこの布で包んで下さいませ」
麗娟の指示で、潮やエルウィンが急いで撤収準備を進める中。
「調べたい事があるのだが、俺達はここで別れても良いだろうか?」
ユパウルとファリム、ローランドはレニーに申し出た。
「はい、ありがとうございました。ですが、どうかお気をつけて」
「レニーさん達は私が責任を持って送り届けるから」
「あぁ、頼んだ」
エイルに頼み、ユパウルは早速調査に入った。先ずは周囲の様子である。
「‥‥とはいえ、そうモンスターに遭遇するとは限りませんし、それはそれで危険ですね」
ジャイアントトードの大群なんてつまらないものにはお目にかかりたくないし‥‥ファリムがふと顔を上げると、そう遠くない建物が目に入る。
「遺跡があるのですよね‥‥なら、そちらも調査しましょうか」
ファリムの指し示す遺跡は、この湿地帯に浮ぶ低い丘にある。
「○○注ぐ河の中島の丘に立つ石造りの建物‥‥か」
ユパウルが思い出すのは、ギルドに残されていた古い資料。おそらく、先ほど出会った冒険者達もあの遺跡を探しに来たのだろう。
「あの遺跡‥‥何か力を感じるね」
それがこの薬草の育成に関係しているか否か、ローランドは手元の土に目を落とした。この薬草の育成状況を調べていたローランドである。
周囲に少しは薬草は生えていたが、群生地と呼べるのはこの場所だけだった。だとすれば、日当たりや風向き、或いは何か他の要素が関係してくるのかもしれない、と。
「行ってみよう。但し、無理はしないようにな」
少し考えた後、ユパウルは丘へと、足を向けた。
それは、元は古代の神殿か何かだったのだろう。所々崩れたり穴が開いたりしているものの、その壁には異教の神がレリーフされている。
ただそれも、既に朽ちて埋もれていたり、V字型の空堀や逆茂木の後が見えたりしている。
それでも、ローランドが先ほど指摘した通り、遺跡全体から何らかの力‥‥圧力が感じられた。
「あの冒険者達はおそらく、此処を目指していたのだろう」
「では、中に入ったのでしょうか?」
「いや‥‥その様子は無い、と見て良いようだ」
圧力‥‥おそらくは何かの結界の存在を感じ取り、ユパウル。
「エイルさん達が言っていた女の子も、いませんね」
帰り際、ひどく気にしていたレニーを思い出し、周囲を見回すファリム。だが、辺りに人気はなく、また人や動物の発する音も聞き取れない。奇妙に、静かだった。
と、遺跡を前に何となく押し黙る二人に、ローランドが声を投げかけた。
「で、僕達はどうする? 僕としてはこの土を持ち帰って色々と調べてみたいのだけどね」
未知なる遺跡、そこに三人で踏み込むのは危険だとさり気なく伝えてくるローランドに、僅かに逡巡してからユパウルも頷いた。
「ああ。一先ずドレスタットに戻って、シールケル殿に報告しよう。これはもしかすると本当に当たり、なのかもしれない」
ユパウルの呟きに頷き、連れ立って丘を下りながら、ファリムはもう一度遺跡を振り仰いだ。
朽ちかけた遺跡は、だが、今も静かに何かを守るように、そこに佇んでいた。
●笑顔で
「ファニィ殿には遠く及びませぬが、是非お手伝いさせて下さいませ」
超スピードで『ロワゾー・バリエ』に戻ってくると、麗娟は調合のサポートを申し出た。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
正直、一人では荷が重かったのだろう。レニーの顔にはホッと安堵が浮んだ。
「肩に力が入りすぎてるぞ。そんなんじゃ、上手くいくものも上手くいかないぞ」
「頑張って」
アレーナとエイルに応えるように、真摯に頷くレニー。
「あたしはお店の掃除や片付けをしてるね。ファニィちゃんが元気になったら、いつでもお店が開けられるように」
レニー達の為に自分も何かしたい、と思うエルウィンは笑顔で伝えた。
「それなら拙者は帳簿の管理や整理を請け負うである」
こちらは、潮。心得はあるし、レニー達は看病でここ暫く手をつけている暇は無かっただろうし。
「ファニィ殿の病気が折角治っても、その時に店の経営が傾いてしまっていては仕方ないのである」
自分をじっと見つめるエルウィンとレニーの眼差しに、潮はコホンと一つ咳払いし、
「レニー殿のご家族を思う気持ちに免じて今回は特別に無料なのだ」
ちょっとだけ照れくさそうに言った。
「エルウィンさん、潮さん‥‥ありがとうございます」
「いや、商人の命とも言うべき帳簿をこんな簡単に渡していいのであるか‥‥む、全体にサービスしすぎではないか。拙者ならもう少し料金を上げるが‥‥」
エルウィンは早速帳簿とニラメッコを始めた潮に一つ笑んでから、邪魔しないように掃除を始めたのだった。
「麗娟さん」
「はい」
調合はピリピリとした空気の中、ギリギリの集中力で行われた。強い薬は毒にもなる‥‥量と手順にレニーも細心の注意を払っていた。
調合方法は学んでいても、レニーとて実際に調合するのは初めてなのだから。そして、ファニィの為だけではない、薬草を共に摘んでくれたエルウィン達や護衛してくれたアレーナ達の為にも、失敗するわけにはいかないのだ、と。
それが分かるから麗娟も余計な口を挟んだりせず、補助に徹した。自分の手が、自分がいる事が、レニーの役に立っている事を感じながら。
そうして、試行錯誤‥‥長いとも短いともつかぬ静かな戦いの後、薬は完成した。ファニィの状態を考えて、薬湯にした、それ。
「さ、ファニィちゃん」
メルフィナとアレーナにその力ない身体を支えて貰い、エルウィンはそれをファニィの口元に運んだ。
少しずつ少しずつ、根気よく。ノドを通ったのを確認し、見守るエイルもホッと息をつき。
やがて、皆が見守る中。ファニィの唇が僅かに動き、胸が上下するのがハッキリと見て取れた‥‥そして。
「ファニィ!!!」
震える目蓋と、微かに開いた瞳。
「‥‥レニー‥‥?」
小さな小さな声で、けれど、確かに‥‥ファニィは半身の名を呟いた。レニーの目に見る見る、涙が溢れ出してきた。
「いっぱい泣いたら笑顔になるさ」
アレーナは慌てて涙を拭おうとするレニーを止め、双子にお揃いのレインボーリボンを贈ると、優しく優しく微笑み。麗娟達を促し部屋を出た。
レニーが気にしているあの女の子の事、途中で出会った冒険者達の事、色々と気にかかる事はあるけれど、それでも。
「今は何も考えず、喜べばいいさ」
そうして、素敵な笑顔を見せてくれればいい‥‥アレーナに、瞳を潤ませたエルウィンが大きく頷いた。
「改めて‥‥お帰りなさい‥‥ファニィ」
「うん‥‥ただいま‥‥レニー」
微かに届いたやり取りに、胸を暖かくしながら。