ファニィレニーの秘密の薬草2

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜4lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:12人

サポート参加人数:7人

冒険期間:11月14日〜11月19日

リプレイ公開日:2005年11月22日

●オープニング

「‥‥」
 小さな身体に圧し掛かる痛みに、少女は必死で耐えていた‥‥最初は。けれど、今、少女は耐える事‥‥生きる事を、放棄しようとしていた。
「もう誰も、いないもの」
 呟くと、涙がじんわりと浮んだ。一体どうしてこんな事になったのだろう? 父と二人、色んな所を旅してきた。まだ幼い少女には難しい事は分からなかったが、父との旅は楽しかったし、ずっと続いていくものだと思っていた。
 なのに、どうして‥‥? 大好きなお父さんは『怖い人たち』に襲われ、動かなくなった。ただ自分をロンに託して、逃がしてくれて。最後に見たのは、倒れたお父さん。身体の下に広がる赤い水溜りがひどく、怖かった。
 ふと、感覚を失くしかけた手に暖かさを感じ、少女はビクリと身を震わせ‥‥ホッと安堵を浮かべた。
「そっか‥‥あたしはまだ一人じゃなかった、んだよね」
 つたない動作で撫でる、最後の家族の頭。ずっと一緒で、大好きなロン。鳴かない犬。
「ごめん、ね‥‥ごめんね、ロン」
 微かな温かさに、何故だろう、枯れたと思っていた涙があふれた。
「さっき見たよね? 怖い人達がいたよね? でも、ロンだけだったら大丈夫だよきっと。だから、ロンは行って‥‥ロンは、生きて‥‥」
 そして、必死に搾り出していた声が途切れる。犬は暫しその鼻面を少女の手に押し付けた後、その顔を外に‥‥崩れかける壁へと向けた。

「‥‥やはり、このまま放っておく事なんて出来ません」
 ファニィが意識を取り戻し、喜びに湧いた『ロワゾー・バリエ』。だが、その中でレニーは堪えきれないように立ち上がった。
 ファニィの為に薬草を採りにいった先。古の街道を通り丘の上に遺跡が見えた群生地で、レニー達は犬を連れた女の子を見かけた。自分達を見て、怯えたように逃げ出した女の子‥‥ケガをしていたという証言と、そもそもあんな所に何故いるのだろうかという疑問がどうしても気にかかっていた。
 例えばそれは余計なお節介だったり、危険な事に首を突っ込もうとしているのかもしれない‥‥だけど。
「もしあの子がケガをしていて、そして、何か手助けが出来るのなら‥‥私は手を差し伸べたいから」
 あの遺跡周辺では今、他の冒険者達が動いていたり、猪が大量発生していたり、状況は決して甘くはない‥‥それは分かっているのだけれど。
「行っておいでよ、レニー。やらないで後悔するよりやってから後悔した方が絶対、良いって。あたし達は今までそうやって、頑張ってきたんでしょ?」
 あたしなら大丈夫だから‥‥決して全快したわけではないのに、それでも背中を押してくれる半身の言葉に、レニーは頷いた。
「うん。頑張ってみる。あの女の子、探してみるわ」

 その頃。アレクス・バルディエは単身変装をして、ドレスタットを訪れていた。嘗て敵の目から愛娘ルルを匿うために乳母と共に住まわせていた家である。銀のカツラが彼の印象を変え、別人に見える。
「早かったな」
 現れたのはスレナス。彼の部将の一人である。片膝を付き報告する。
「潜ませておいた手の者ですが‥‥『竜のメダル』を届けると言う連絡の後、行方不明になりました」
「そうか‥‥」
 恐らくは生きてはおるまい。彼の関わっていた仕事はそう判断するに足る危険を有していた。
「隊長殿。恐らくはビブロの手の者でも在りますまい。もっと厄介なほうでしょう」
「‥‥奴らか」
「御意。歌人騎士の詩に似たあの事件のほうです。幸いあの詩の関係者は違いましたが‥‥」
 重苦しい沈黙。バルディエは大きく息を吐き
「ノアールの望むのはたかが失脚。だが、あの未亡人の欲するは我が首だからな」
「御意。ガードを堅く願います。天の父が隊長殿を護られますよう‥‥」
 スレナスの忠告に
「判った。そうしよう」
 と応えたバルディエは、最後にこう言い添える。
「前から感じていたが、お前の正体は獅子の指輪を許されし者であろう」
 スレナスはにやりと嗤った。

●今回の参加者

 ea1389 ユパウル・ランスロット(23歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea3585 ソウガ・ザナックス(30歳・♂・レンジャー・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea3952 エルウィン・カスケード(29歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea9378 柳 麗娟(35歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 ea9764 神谷 潮(34歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 eb3055 エイル・ウィム(31歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3175 ローランド・ドゥルムシャイト(61歳・♂・バード・エルフ・フランク王国)
 eb3279 ファリム・ユーグウィド(31歳・♀・レンジャー・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3559 シルビア・アークライト(24歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 eb3770 麻津名 ゆかり(27歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3781 アレックス・ミンツ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

利賀桐 真琴(ea3625)/ マグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)/ ベルディエッド・ウォーアーム(ea8226)/ イェール・キャスター(eb0815)/ セリオス・ムーンライト(eb1993)/ ヘクトル・フィルス(eb2259)/ ネフィリム・フィルス(eb3503

●リプレイ本文

●お見舞い
「俺は友人のボルトに頼まれてな。レニーの護衛にきた」
 『ロワゾー・バリエ』を訪れたアレックス・ミンツ(eb3781)は、別の依頼で動けない友人の為に来た、と苦笑をにじませた。
「あいつも気にする性格でな。怪我は治せるが生命力や精神力の回復は覚えていない、と気にしてたからな」
 チラリと向ける視線の先には、ベッドに身体を半分起こしたファニィの姿。
「そんな‥‥それはボルトさんが気になさる事ではありませんのに」
「まぁそういう性分なんだろう」
 苦笑を深めたアレックスの目に、ファニィに駆け寄るエルウィン・カスケード(ea3952)の姿が映った。
「ファニィちゃん、調子はどう?」
「あ、うん。エルウィンさん達のおかげで、大分元気になったんだよ、ありがとう」
「そっか、良かった‥‥でも、無理はしちゃダメだよ?」
 顔に少し赤みが差したファニィに、エルウィンはホッと胸を撫で下ろしつつ、優しく釘を刺した。
 『ロワゾー・バリエ』の双子との付き合いも長いエルウィンである。レニーが再び出かける事になった今回。いつ、
「あたしはもう大丈夫だから!」
 と気力で起き出してくるか分かったものではないと、危惧していた。
「とにかくファニィさんは今はゆっくり静養して下さいね」
 お見舞いと快気祝い、と花を渡しながらのファリム・ユーグウィド(eb3279)。
「受け取って欲しい」
「うわぁ、コレ本当に貰っちゃっていいの?」
 同じくユパウル・ランスロット(ea1389)が手渡したのは、革の鞄だ。背負型の鞄の表に付けられた羽のモチーフ‥‥さり気ないがとてもオレャレだし凝っている。とはいえ、ユパウルにとっては本領発揮、そう恐縮される程でもないが‥‥やはり喜んでもらえるのは嬉しかった。
「それから、レニー殿にも」
「私にまで、ですか?‥‥ありがとうございます、大事に使わせていただきますね」
 対になるもう片方の羽。レニーもまたとてもとても嬉しそうに笑み、鞄をギュッと抱きしめた。
「それにしても、わざわざまた金を使い拙者らを雇って‥‥レニー殿も物好きであるな」
 そんなレニーを見やり、神谷潮(ea9764)は苦笑まじりに告げた。
「レニーちゃんはあの時の子が気になって仕方ないんだね」
 エルウィンの確認に、レニーは頷いた。先日ファニィの為に薬草を求め足を運んだ場所、そこで見かけた犬を連れた女の子‥‥それは何故か見過ごせない気持ちにさせた。
「私もレニーと気持ちは同じだ。神聖騎士として‥‥いや、人として放ってはおけない」
「見知らぬ女の子を助ける為に、か。ふふ、そんな優しい我侭を聞かされては、否とは言えないよね‥‥僕も手を貸すよ」
 それはアレーナ・オレアリス(eb3532)やローランド・ドゥルムシャイト(eb3175)も同じ。あの森が危険な事、少女が怪我しているらしき事を考えても、一刻も早く探し出して保護する必要がある、と。
 その横ではエイル・ウィム(eb3055)を相手に柳麗娟(ea9378)が何事かをしている。
「そうね、髪は茶色で長さは肩くらいだったわ」
 遠目だったし一瞬だったし、だが、ハッキリと見えた少女の面影。エイルはそれを伝え、麗娟は伝えられた特徴と自らの記憶と照らし合わせ描き記していく。
「このような風体だったと記憶しておりまするが」
「うん、私の見たあの子と一致するわ。後、犬‥‥この子の髪の色と同じような茶色の、大きな犬だったわね」
「距離と件の少女との対比を考えると、中型犬とも考えられまするが‥‥姿形はそう違ってはいまいと」
 人相画を完成させると、二人はソウガ・ザナックス(ea3585)達に配った。
「傷ついた少女‥‥レニーさんの願い‥‥うん、頑張ります!」
「はいっ!、今回こそ必ず、です」
 その中で麻津名ゆかり(eb3770)とシルビア・アークライト(eb3559)は固い決意で頷き合っていた。先日の依頼で犠牲者を出してしまった‥‥それは別に二人のせいではない。それでも、心優しい少女達は心を痛めていた。
 そして、今度こそ誰も犠牲にしない、悲しい顔をさせないと、誓い合って。
「今も、その子は一人でどんな想いをしているのか‥‥早く出発しましょう」
「うむ、それが良い。馬を飛ばして行くぞ」
 店を出ようとするゆかりとアレーナ、その時、数名の者が店に入ってきた。
 エイル・シルビア・ファリム・ユパウル・ゆかり・麗娟、そして、ソウガらが費用を出し合い話をつけた自警団員や協力を求めた冒険者達である。
「悪いよ。ここもあたしも、もう大丈夫だと思うし」
「念には念をいれなくては、ですもの。ファニィさんに何かあったら、私達も悲しいですから」
 誰も傷つかないように‥‥シルビアの真剣な眼差しに、ファニィもそれ以上拒む事はできなくて。
「‥‥うん、ありがとう」
 代わりに、ありったけの感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「ファニィの看病は任せて、気をつけて行ってらっしゃいな」
 やってきてくれた者達の一人、マグダレンはエイルとレニーとに青い鳥のパッチワーク付き匂い袋を渡した。
「どんな襲撃にも耐えてみせるゼイ」
「こっちのことはあたしと弟分にまかせて、ドンといってこいさ!」
 火打石を叩き合わせるフィルス姉弟達護衛に送り出されながら。
「頑張って探して助けてあげようね、絶対に!」
 エルウィンは、仲間達一人一人の顔を見回し、気合を入れた。

●少女を探して
 開けた視界は明るい。けれど、先ほどまでの冷たい雨はぐっしょりと足元を濡らして。
「良かった、と言うべきなんだろうが‥‥正直拍子抜けだな」
 丘の上に佇む遺跡に、アレックスはついそんな感想をもらしてしまう。警戒していた、猪などによる襲撃には出遭わなかった。
 それが天気のせいなのか、それとも、別口の猪掃討依頼の成果なのか、アレックス達には判断はつかなかったが。
『幸運を素直に喜ぼう』
 ソウガが掲げた木の板、貼り付けられた羊皮紙がそう語っている通り、無用のトラブルは歓迎しないのが良、だろう。
「それより、急がなくては。天気がいつ変わるか分かりませんし、何より‥‥」
「うむ。少女が雨露を凌いでいてくれれば良いが」
 ゆかりの不安はアレーナの懸念でもある。冬の入り口特有の、冷たい雨。打たれたなら自分達冒険者はともかく、身体の弱っている少女なら一たまりもなかろう。
「大丈夫か?」
「あっ、はい。すみません、あの、足手まといになってしまって」
 現に、雨の行程にはレニーもかなり消耗した様子で、アレックスにしきりと謝っている。
「気にするな。それが俺達の仕事なんだから」
 アレックスに無言で頷くソウガ、レニーは少し息を弾ませながら、表情を緩めた。
「ありがとう、ございます」
「とにかく、早速探索に入ろう」
 レニーのそんな様子を確かめてから、ユパウルは協力者の一人ベルディエッドからの情報を反芻しながら、指示を出していく。
「森自体にはシフールの集落などがあるが、この周辺には猟師小屋などはない。だとすれば、少女はこの丘周辺か‥‥遺跡周辺にいる可能性が高いだろう」
「まずは少女の逃げていった丘のほうの捜索である」
 潮に頷き、ソウガに視線を向けるユバウル。ソウガは心得たとばかりに木の板を掲げる。

1班:アレックス、エイル、ローランド、シルビア、エルウィン、ファリム

2班:アレーナ、ゆかり、ユパウル、麗娟、潮、ソウガ、レニー

 そこに書かれていたのは、班分けだ。とりあえず丘周辺を探してから、二手に分かれて遺跡周辺を探索しよう、と。
「この周辺部で見つかれば良いんだけど、ね」
 先日遭遇した遺跡を目指す冒険者‥‥思い描き、ローランドは苦く呟いた。
「上手く足跡が残っていてくれれば、と思ったのだけれど‥‥」
 風景を確認しながら、少女の痕跡でも探せればと地面に目を凝らすエイルは悔しそうに軽く唇を噛んだ。
 元々水分を含んでいた土壌は先ほどの雨を受けた事で、元々軽かっただろう少女の足跡を辿るのを不可能としていた。
 それはアレーナの連れた仔犬シールケルや、シルビアの犬ボギーも同様のようで。
「ですが、僅かでも痕跡を見つけられれば‥‥」
 勿論、レニーの言う通りエイルも諦めてはいない。
「ええ。少しでも痕跡があれば見落とさないわ。こっちはプロだもの」
 だから、顔を泥だらけにして地面に目を凝らすレニーに、エイルは確りと頷いた。
「レニー殿。ファニィ殿はまだ全快とは言い難いようだ、この前の薬がまだいるのではないか?」
 そのレニーへの、潮の尤もに聞こえる提案。
「それに、もし少女が見つかったとして、ケガをしているなら治療が必要であろう」
 その為にも、薬草を補充しておいた方が良い、やはり一理ある意見にレニーは「確かに」と頷いた。
 少女の為に出来る事。見つけるのはエイルやユパウル達に任せれば良い。自分は怪我をしていた時に備えよう、と。
「そうですね。一応薬は持ってきましたが、どんな状態か分かりませんものね」
 湿気を含んだ土からは簡単に薬草が抜けた。
「うむうむ。女の子もファニィ殿も助かり、拙者も儲かる‥‥一石二鳥なのである」
 潮はレニーには気づかれないように、胸中でだけこっそりと、満足げに呟いた。
「やはり、丘周辺では見つからなかった、か」
 探索する事、暫し。ユパウルが確認するように言った通り、だった。
「後は遺跡、ね。二手に分かれて、グルッと回りましょう」
 エイルに同意し、それぞれが班に分かれる中。
「エルウィン殿とゆかり殿に、御仏の祝福を」
 その前に、と麗娟は二人に祝福を贈った。
「お二人の太陽神託が無事に少女を見つけられますように」
 薄い光を届ける太陽。けれど、二人の魔法が現時点で有効な手なのは間違いなく。
 その真摯な眼差しの奥、静かに燃える炎があった。
 常が常なので、そうあからさまではないが、実は麗娟は静かに怒っていたのだ。
「妾達を見て逃げたという事は、武器を持った輩に襲撃されたという証。‥‥年端もゆかぬ少女に」
 一瞬とはいえ、目に焼きついたあの、怯えた様子。
「御仏に仕え久しい妾でも、怒らずにはいられませぬ」
 そして、そんな輩に傷つけられた少女を見つけて、救わねば、と。
「やはり放ってはおけませんよね」
 一方。二つの班に分かれながら、ファリムはふと遠い目をしていた。
 思い出す、かつての自分。両親を亡くし行き場を失くした、あの頃の心細さ‥‥世界が終わってしまったかのような、絶望感。
「‥‥いえ、私はまだ恵まれた方ですね。養父母に出会えましたもの」
 けれど、ファリムは直ぐに頭を振った。
「そして今の私がいる」
「どうかしましたか?」
 遅れそうになった自分を心配してくれたシルビアに、自然と浮ぶ笑み。
 今の自分‥‥こんなに穏やかで幸せな気持ちで微笑む事が出来る自分がいるのは、養父母や仲間達、大切な人たちがいてくれたから‥‥独りじゃなかったから。
 だから、ファリムは笑みを深めた。
「いえ。それよりも探しにいきましょうか」

●遺跡の冒険者
「はぁ〜、これが問題の遺跡ですか」
 見回して、ゆかりは感心とも呆れともつかぬ溜め息をついた。朽ちた遺跡は、しかし、かつて隠し砦として使われていただけはあって中々の広さを備えていた。
「それにしても、何とも奇妙な遺跡であるな」
 元より、ジャパンより来た潮には、こちらの遺跡の差異など分かりはしないのだが、それでも。枯れ草に覆われていたらしい入り口、その周辺に倒れた、崩れ砕けた竜と思しき像からは不可思議な印象を受ける。
「一つ確実なのは、先客がいるらしい、という事か」
 誰かが作った即席の橋と、刈られた草と、アレーナの指摘に思わず身を固くしたレニーに、ソウガは
『俺達がついてる』
 と励ました。
 皆で注意深く、朽ちかけたつり橋を渡る。そうすると現れたのは、門だ。
「先に、行ってみまするか?」
 問う麗娟にユパウルが頷きかけた、時。アレーナの足元でシールケルが低く唸った。
 そうして。
「や、どーもどーも、お出迎えゴクローさん」
 身構える一同に、見覚えのあるパラの男性が至って気楽な声を掛けてきた。
「‥‥何があった?」
 だが、先日出会った、おそらく遺跡を探索していると予想していた彼らを目にしたユパウルは低く問うた。
 それは彼らの姿が一様にボロボロ‥‥正に満身創痍だったからだ。
「御仏よ、どうかお力をお貸し下さい」
 誰かが止める間もなく、麗娟はすかさず癒しの呪文を唱えていた。傷ついた人を前に放っておける麗娟ではない。
 そのせいなのか、本来なら緊張感バリバリな筈の場面にも関わらず、どこか空気はたわんでいた。
「で、そちらはどうして、此処に?」
 それでも、色々とあるのだろう。背後を気にする素振りで、固い口調で尋ねてきた女性騎士に、ゆかりは慌てて説明した。
「私達は人探しで此処にきました。ケガをしているかもしれなくて、だから、早く見つけなくてはならないんです。小さな女の子と、わんちゃんなんですけど」
「この中で、幼き少女と犬とを見かけませなんだか?」
 必死なゆかりのセリフにかぶせるように、麗娟は見知ったパラの少女に問うた。レニーの期待に満ちた眼差しをも受けた少女は人相画を右手で受け取った。左手を妙に不自然に、背中に隠したまま。
「んと、見かけなかったよ‥‥ね?」
 問われ、共にいた者達もそれぞれに頷く。
「ああ。勿論、絶対とは言い切れないが‥‥寧ろ、この砦内部にいたら問題だぞ」
 金髪のレンジャーの心配そうな言葉に、ソウガと潮は確かに、と顔を見合わせた。
 彼らほどの手練がこんな有様になったほどの場所なのだ、此処は。もし非力な少女が迷い込んでいたら‥‥多分、命はない。
「まぁストームゴーレムはやっつけたから、他はザコモンスターとか罠とかに気をつけるくらい‥‥ぐぉっ!?」
「よくよく回る口よね」
「‥‥あの、口っていうか首が絞まってませんか?」
 パラの男性の口を実力行使で塞ぐジャパンの女性は、恐る恐るなレニーの突っ込みをキレイに黙殺した。
「とにかく、内部には誰もいなかった。それに、例えキミ達が中に入っても、奥まではいけないだろう。これは、確かだ」
 銀の髪のレンジャー二人が頷くのに、ユパウル達は
「どうするべきか?」
 と視線を交わし合った。彼らが嘘をついている可能性は低いがゼロではない。だが、もし自分達が遺跡内部に行こうというすれば、彼らは実力行使に出るかもしれない‥‥傷ついていても、尚。
 冒険者としての誇りにかけて。
(「まぁ予想が大当たりだとしたら、そうだろうな」)
 この遺跡が『何』なのか、半ば確信しながらもユパウルは判断を任せるように、依頼主に視線を合わせた。
「私はこの方達の言葉を信じます。あの子はきっと、この中にはいないと思います」
 そして、決定を任されたレニーの言葉で行動指針が決まった所で。
「‥‥命!」
 ゆかりの元に、シルビアに預けておいた鷹が舞い降りた。
「じゃあ、失礼する」
 そのまま一応背後に注意しつつ、慌しく場を去るアレーナ達を、冒険者たちは見送った。おそらくは好意的に‥‥ではなく、警戒を込めて。

●犬
「皆、足場が悪いから気をつけて」
 一方。エイル達は遺跡の周りをグルリと回っていた。
「お願い‥‥」
 足を止め、サンワードの呪文を唱えたエルウィンは、しかし、暫しの意識集中の後で眉を潜め頭を振った。
「ダメ。この辺にはいない‥‥或いは、日が届かない所にいるのかも」
 いや、それは丘での時に分かっていた事だ。だが、それでも、諦めるわけにはいかなかった。
「もう一度、ううん、何度だって‥‥」
 そんなエルウィンに応えるように、何かが引っかかった。問いかけたそれは少女の姿ではなく、付き従っていた犬のもの。
「人ではないわね。獣‥‥もしかして!」
 同時に草と地面とを調べていたエイルが顔を上げた。
 そして、見た。こちらを伺う、一対の瞳。
 シルビアの愛犬が吠える。相手の犬はただ静かにこちらを見つめている。その身体はあちこち汚れて傷ついて‥‥それでも、その瞳でシルビア達を見定めようとでもするように。
「私達は敵じゃない。ただ女の子を助けに来ただけなんだ。君の仕えている主は何処に居るんだい?」
 逃げる気配も襲い掛かってくる様子もない。ローランドは冷静に、テレパシーで語りかけた。
 犬はただ静かに佇むだけ。
「ん〜、主じゃないか。そうだね、君の友達はどこにいるんだい?」
 犬はただ静かに、優しい真摯なローランドの『声』に耳を傾け‥‥不意に踵を返した。
「待っ‥‥!」
 慌てたエイルに応えるように、少しだけ振り返る。まるで、こちらだと誘うように。
「信じてくれた‥‥?」
 呟き、エイルはハッと我に返ると足を速めた。この際、多少の足場の悪さは気にしていられない。あの犬の思いに、応える為に。
「ゆかりさん達に知らせて下さい」
 シルビアは手を空に伸ばし、鷹を空に放した。

●傷跡と温もりと
 そこは、元は遺跡の何らかの建物か部屋だったのだろうか? 今は天井も半ば崩れ、その壁もまた外側に崩れていた。
 その前で、犬はちょこんと座り駆けつけるエイル達を待っていた。
「‥‥っ!? いた、あそこだ」
 優良視力を持つアレックス達が気づいた通り、少女は確かにそこに居た。崩れた壁に押し潰されるような形で、そこに居た。不幸中の幸いと言うべきか、小さな身体は丁度壁の隙間に入り込む感じで挟まっている。
「助けましょう!」
 意気込んで足を踏み出したエイルは、だが、その途端にパラパラと上から落ちてきた破片にギョッとした。
 一度崩れたせいなのか、この場所はひどく脆くなっていた。
「待って下さい、ゆっくり! ゆっくり来て下さい!」
 ゆかりも、こちらに来るレニー達に慌ててサインを送った。

「えと、あたしなら軽いし、近くまで行ってもあまり影響ないんじゃないかな?」
「いや、よしんば近づけてもエルウィン殿ではあそこから彼女を助けられぬであろう」
 潮の指摘にうな垂れるエルウィン。
「なぁ、先ほどの冒険者が言っていたであろう? ゴーレムと戦った、と。そのせいであろうか?」
「違うだろうな。多分崩れだしたのはもっと前だ」
 こっそり尋ねてきた潮に首を振ってから、ユパウルは、しかしどうしたものかと頭を捻った。
「‥‥」
 と、ソウガが無言で立ち上がった。大きく一歩、踏み出す。降り注ぐ破片を巨大な左腕で受け止め、右手を少女の方に伸ばす。
 その上に落ちんとする危険から守るように。
「‥‥」
 注意深く注意深く、先ずは崩れそうな天井に手を伸ばし、剥がす。言うのは簡単だが、実際は勿論そんな簡単ではない。ジャイアント故の巨体を生かさねば、到底できまい。
「‥‥っ!」
 そのまま人のいない場所、輪の外へと注意深くどける。それを他の面々もただ黙ってみているだけではない。出来うる事を、出来うる限り‥‥彼らもまた、撤去作業に加わった。
「‥‥」
「どうしたの、レニーちゃん?」
 その最中、非力は非力なりに手伝っていたレニーはエルウィンにこっそりこっそり教えてくれた。
「あのですね、この間言ってた事覚えてますか? あの、探してる‥‥薬草がある、と」
「うん、言ってたね」
「それがあった‥‥かもしれません。というか、もうないのですが」
 ?、と小首を傾げたエルウィンにレニーが指し示したのは、それこそ壁に押し潰されたと思しき薬草っぽい数株だった。
「あ〜、しおしおになっちゃってるね。残念?」
「はい‥‥いえ、でも、そうでもないかもです」
 やはり今日もレニーは意味不明だ。
「えと、内緒ですけど実はコレ、本当は薬草でなくて‥‥恐ろしい毒なんです」
 えっ、と上げかけた悲鳴は予想していたらしいレニーの手に阻まれる。
「万病に効くって言われてますけど、その真偽は分かりません。それに、入手には危険が伴うって言われてますし」
 だから、ダメになってしまっていて良かったんですきっと、とレニーは小さく笑った。
「好奇心はありますけど、それこそ、そんなものがあるかもなんて知られたら、また色々と起こりそうですし」
「そっか。ここ、ただでさえ色々あるしね」
「はい。ですから、これは私とエルウィンさんの内緒です」
「うん、分かったわ。内緒の内緒、ね」
 少女達はひっそりと笑みを交し合うと、再び作業に戻った。
 そして、そうして。
「‥‥っ!?」
 太陽がゆっくりと傾いていく中、少女は意識を取り戻したらしい。だが、その瞳に怯えが映る。自分を助けようとしてくれている人達の姿に、おそらく何かを重ねて。
(「それでも‥‥」)
 構わない、とソウガの手は止まらない。
 そして、そうして。

「私は神聖騎士だ。危害を加える気はないと、『御恵み深き母』に誓おう」
 すっかり見晴らしが良くなった部屋跡で、アレーナは武器を置いた。
 問題の少女はソウガが身体に圧し掛かっていた瓦礫を浮かせると同時に、スルリとその身体を奥へと逃がした。どこにそんな力が残っていたのか、と思わせるほど必死に。
「私達を信じてくれ」
 慈愛の眼差しで少女に歩を進めようとして‥‥出来なかった。少女の怯えが、自分の予想以上に大きい事に気づいたのだ。
「あ‥‥ぁ‥‥」
 ずるずると後ずさろうとする少女。だが、その背中は直ぐに崩れた壁に当たり、少女を逃がしてはくれない。
「イヤ‥‥ヤだよ‥‥」
 少女はただ身をすくませ、頭を振った。全てを拒絶しただ絶望に身を置いて‥‥そこにいたのはかつての自分で、ファリムの胸がズキリと大きく疼いた。
 踏み出したのは、無意識。同じく意識せぬまま碧の瞳から零れ落ちる透明な雫に、少女の表情が初めて、恐怖以外の色を見せた。
 そして、硬直する空気が動いた。小さく小さく流れる、明るい優しい『メロディー』。ローランドの奏でる旋律が、怯える少女を解きほぐそうとでもするように。
「‥‥」
 同時に、耐え切れなくなったファリムが動いた。少女が動きを止める中、ゆっくりと歩を進め手を伸ばす。
 肩口に微かな痛み。それでも、伸ばした手は引かずに。
 触れる、手。少女がビクリと身を引く一瞬前に、ファリムはその腕に少女を抱きしめた。
 優しく優しく髪を撫でる。
(「もう大丈夫、大丈夫‥‥だから」)
 何度も何度も、繰り返すように。
「‥‥ぅ‥‥あ‥‥あぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 その温もりが思い出させる、何か。少女は堰を切ったように声を上げて泣き出した。
 抱き合う少女達の頭上、無口な巨人は天井を押さえながら優しい目で見守っていた。

「とにかく、外に出よう」
 少女が落ち着くのを待って、注意深く近づいてきたアレーナは言った。首肯し、抱え上げようとしたソウガだったが、その瞬間少女が目に見えて身体を震わせたのに気づき、困ったように視線をめぐらせた。
「彼女をこんな目に遭わせた輩が男性だったのだろう」
 推測したアレーナは代わりに、自分が少女を抱え上げた。濡れそぼった身体はその腕にすっぽりと収まるほどに、あまりに小さく。アレーナは自分の温もりを分け与えようとするように、抱き上げる腕に力を込めた。さながら、我が子を慈しみ守ろうとする母親のように。
 少女はその心地よさに目をゆだねる様に、コトンと意識を手放した。泣き腫らした顔は、それでも、僅かな安息を手に入れたようにどこか安らかだった。
「とにかく、濡れた服を何とかしないと‥‥男性陣は全員後ろを向いて下さい!」
 自分の服なら何とか‥‥用意するシルビアの横、濡れた服を剥ぎ取ったゆかりはその身体を毛布でくるんだ。
「可哀相に‥‥こんなに冷え切って」
 共に毛布にくるまると、やはり少しでも温めたいと抱きしめる。
「あなたを一人にしたい方は、ここには誰もいませんよ」
 伝われば良いと思う。少女に癒しの魔法を掛けてくれている麗娟や、応急手当をしているエイルや薬の準備をしているレニー‥‥助けたいと、助けようとしている皆の思いが。
 伝わってくれたらいいな、と思う。温もりと共に、優しい気持ち達が。独りじゃないと、大丈夫だと、少しでも伝わってくれたら良いと、ゆかりは願った。
「キミもね、よく頑張ったね」
 そんな女性陣に背を向けながら、ローランドにガシガシと身体を拭かれた犬もまた、嬉しそうに尻尾をパタパタさせていた。

●残された思い
「ふぅん、ミリィちゃんって言うんだ」
 その後。一先ず『ロワゾー・バリエ』に運ばれた少女‥‥ミリィはエルウィンにコクンと頷いた。
 やはり傷が完全に癒えたわけではない‥‥身体も、そして、心も。
 それでも、ミリィはポツポツと話し出した。
 父親と犬のロンと共に、各地を歩いた事。襲われ、父親が命を落とした事。ロンと共に逃げ出した事。
「まぁ今はゆっくり養生する事だ」
 思い出すたび、じんわりと涙が浮ぶ少女の肩を優しく抱き、アレーナが慰めた。
 その肩は突然の肉親の死を受け止めるにはあまりに細いと、切なくなりながら。
「そうですよ、美味しいものをたくさん食べて下さいね」
 シルビアとエルウィンが持ってきた料理に、一つ横のベッドから
「キュルルル〜」
 と音がした。
「‥‥てへ」
 お腹を押さえるファニィに思わずエイル達も吹き出してしまって。つられるように、ミリィも少し‥‥ホンの少しだけだけど、笑った。
 そんな些細な事が、ファリムはとても嬉しかった。

「物騒な話だけどね‥‥あそこにいたのは偶然ってやつかな?」
 相変わらず、ミリィは男性に怯えていて。『ロワゾー・バリエ』の庭先でローランドに問われ、ユパウルは小さく頭を振った。
「分からないが‥‥お前も色々と大変だったな」
 傍らにちょこんと座り、尻尾を降るロン。その頭を撫でながら、ユパウルは気づいた。犬の首、そこに付けられたモノに。
「メダルか‥‥?」
「そうだね。竜を模した、メダルだね」
 二人の表情が、引き締まる。注意深く伸ばした手が、首輪によられた羊皮紙を探し当てる。
 鳴かない犬はただジっと、ユパウルの顔を見上げている。
 中に書かれていたのは、万が一を考えたのだろう、ミリィの父親のメモだった。几帳面そうな文字は、しかし、ひどく歪み判別し辛い事この上なかったが。
 自分がアレクス・バルディエ卿に仕える者である事、遺跡の守護者を通過する為のメダルを手に入れた事、などを書した上で、これを手にしたなら主人に届けて欲しいと記してあった。
「‥‥」
 ユパウルは思考を巡らせる。守護者とは、遺跡の冒険者達が倒したと言うゴーレムだろう。だとすれば、このメダルは最早無用のモノ‥‥こんな物を手に入れる為に、ミリィの父親は死んだという事か?
「‥‥いや」
 そう。もしこのメダルが届けられたら辺境伯はこの遺跡の持つ意味に、気づいただろう。
 そして、調査隊を派遣した可能性が高い‥‥だとすれば、それを阻止したい輩に狙われたのも道理、なのか?
「どちらにしろ、遺跡にいらした方々の雇い主とは別に、いるようですね‥‥色々と暗躍している輩が」
 いつの間にか側に来ていた麗娟は、常になく厳しい顔をしていた。
「聞き及んだファニィ殿の様子と今回のミリィ殿親子襲撃の手口、この森と遺跡を巡る騒動‥‥或いは、全ては根で繋がっているのやもしれませぬ」
 頷きながら、ユパウルは思う。そう、もしこの遺跡がユパウルの考えている通りなら、月道に関係するものならば、それも当然だ、と。政略の道具として、また、莫大な利益を生み出すものとして、国も月道を探しているのだから。
 それでも、ユパウルがこの可能性を、考えを誰にも話さなかったのは、仲間を、罪なき人達を厄介事に巻き込みたくなかったから。
 そして、例え月道を手に入れる為でも、やって良い事といけない事があると、竜のメダルを握り締めた。
「鳴かない犬‥‥訓練された犬だと思ったけど、成る程ね。だけど、ミリィちゃんを連れて回ってたなら危険じゃない?」
「親子連れと思わせておいた方が諜報活動をし易かったのやもしれませぬ。或いは、例え危険であっても我が子と共に居りたかったのでは」
 ミリィの父親の真意は今となっては分からない。ただ、それが打算や計算ではなく愛情からであってくれたら良いと、ミリィを思い浮かべ麗娟は思った。
「で、そのメダルはどうするつもりだい?」
 と。ローランドに問われ、ユパウルは握り締めた手をそっと開いて視線を落とし。
「‥‥アレクス卿の元に。それが、これを残した人の最後の願いだし、な」
 少しだけ逡巡してから、告げた。そして、冒険者達はこの子の未来に幸あれと、支払われた警護料をミリィのためにそっと彼女の荷物に忍ばせるのであった。