●リプレイ本文
●パーティーをしよう
聖夜祭が近づくと、ドレスタッド中がわくわくそわそわ。街のあちこちも飾り付けられて、一気に華やかになる。
その、中心からかなり離れた一角に『ロワゾー・バリエ』はある。
「ミリィちゃん、ファニィちゃん、レニーちゃん、お久しぶり〜! また会えて嬉しいよ」
「こちらこそ。良く来て下さいました」
「いらっしゃ〜い」
麻津名ゆかり(eb3770)を迎えたレニーとファニィもまた、晴れやかな顔をしている。尤もこれは、聖夜祭が近いから、だけではないのだろうが。
「ファニィ君も元気になったし、『ロワゾー・バリエ』も通常営業再開か。いや目出度い目出度い」
「うん! レニーちゃんファニィちゃん、『ロワゾー・バリエ』の再開店おめでとう! やっぱり二人が揃ってこそよね。笑顔が何倍も輝いて見えるよ」
ローランド・ドゥルムシャイト(eb3175)に大きく頷いたのは、エルウィン・カスケード(ea3952)。満面の笑みで、我が事のように喜んでいる。
「ミリィちゃんも、元気そうで良かった」
屈託のない笑顔を向けられたミリィは、つられるようにちょっとだけ口元をほころばせた。
「賑やかな依頼だ、パーっといくぜ!」
だが、それは近づいてきたジノ・ダヴィドフ(eb0639)に気づくと、直ぐに消えた。
「‥‥しかし、懐かしいというか久しぶりに見る奴もいるな。おっと、それより、ファニィは病み上がりだろ? スパルタは程々に頼むぜ」
ミリィについて話を聞いていたジノは殊更気にした風もなく、ファニィに軽くウインクして見せた。後ろ手に、受け取ってもらえたら‥‥と持ってきたぬいぐるみを隠して。
「そういえば私、これまでパーティーというものには縁がなかったのですわ」
フォローするようにミリィに視線を合わせたファリム・ユーグウィド(eb3279)に、少女はホッとした顔を見せた。
「大勢の方が集まってお食事したり騒いだり‥‥きっと楽しいものなのでしょうね。とても楽しみです」
更にニコリと優しく微笑まれ、コクコクと頷きながら、少女はジノから隠れるように、ファリムの服の裾をキュッと握った。
多分、ミリィ自身分かっては、いる。ジノ達は良い人だと。父親を殺した怖い人たちとは違うと、頭では分かっているのだ。
「大丈夫、きっと時間が解決してくれますから」
そんな葛藤をいたわるように、ファリムは小さな頭を優しく撫でた。
「あの、お二人はこの先、ミリィちゃんをどうするおつもりなのですか?」
そんなミリィを痛ましげに、優しく見つめる双子に、シルビア・アークライト(eb3559)はつい問い掛けてしまった。
「すみません。でも、ずっとこのままというわけにはいかないでしょうし」
双子がミリィを妹のように大切に思っているのは、シルビアにも分かっている。だが、同情だけでミリィの将来を背負ってしまえるのか‥‥双子に背負わせていいのか、となると何か違う気がしてしまうシルビアなのだ。
もっと直接的に忠告したのは、柳麗娟(ea9378)だった。
「彼女の心が回復次第、良き後見の許での生活を‥‥分かっておりましょうな?」
分かっていた事、それでも、双子はちょっとだけ切なげに頷いた。
「ねぇ二人とも。せっかく新装開店なんだから、商品の展示を変えたり模様替えするべきじゃない?」
しんみりした双子達や雰囲気を変えようと、エルウィンは至って明るく声を掛けた。
「まっ、ともかく時間もないしな。さっさと動こうぜ」
同じくジノが双子の頭をポムポムッと叩き、
「はい」「うん」
双子も気を取り直した顔で、働き出した。
「‥‥っ!?」
と、そこに登場したダンディな紳士。
「娘がお世話になっております」
紳士は優雅に皆に挨拶をした後、ジノやアレックス・ミンツ(eb3781)、ソウガ・ザナックス(ea3585)を順繰りに見やり、のたまった。
「ふむ。中々見所のある若者が揃っているようじゃないか。‥‥で、誰が本命なんだ?」
「あの、パパ‥‥違うから」
常になくうろたえるアレーナ・オレアリス(eb3532)は先ほどまで双子とミリィに向けていた慈愛に満ちた母の如き面持ちとは違っていて、ひどく可愛らしくて。皆は微笑ましげに笑った‥‥ミリィでさえ、口元を緩めて。
意外なアレーナの姿を横目に、それぞれ仕事や手伝いにかかる仲間達。そんな中、
「ミリィちゃんも良かったら手伝って、ね?」
エルウィンに笑まれたミリィもまた、小さく‥‥少しだけホッとした顔で頷いていた。
「こんな感じに仕上げて欲しいんだが」
その中。ユパウル・ランスロット(ea1389)と麗娟は、手伝いのマグダレンにデザイン画が描かれた羊皮紙を渡し、近くの者と何事か打ち合わせをすると、足早に何処かへと向かったのだった。
「私達がお掃除をしている間、ミリィちゃんにボギー達の相手、お願いできますか?」
「ミリィちゃんは甘いものが好きですか?」
「あ、なら、お料理作りの時は一緒にやってみようか?」
シルビアやファリム、エルウィンは作業の合間にちょくちょくミリィに声を掛けた。
基本的に店内作業は女の子中心だから、ミリィもロンやボギーやシールケルと、リラックスして遊んでいる(というか遊んでもらっている)ように見える。
「うん。甘いもの、好き。去年もお父さんが‥‥」
それでも、時折その顔が曇るのはどうしようもなく。
「なら、甘くて美味しいものたくさん、作ってもらいましょうね」
気づかぬフリで優しく抱きしめたファリムの腕の中の少女に、
「任せて!」
「期待して下さいね」
シルビア達も笑顔で請け負った。少しでも喜んで欲しいと、願いを込めて。
「聖夜祭っていったら飾りつけだよな」
『その通り』
店外ではジノやソウガが、飾りつけに勤しんでいた。
「当日は特別営業みたいだし‥‥華やかに飾り付けて、来店したお客さんをびっくりさせたいな」
という事で、色とりどりの布やリースを飾り付けたり作ったり。
「ほら、暇なら手伝えよ」
「やれやれ、様子を見に来ただけなんだがな」
口では言いつつも、アレックスもそう満更でもない顔で駆り出され。
「あ〜、ここもちょっと直しておくか」
そうしている内にふと目に留まったのは、看板だった。壊れてはいないが、少し止め具が緩んでいて。
「折角だからお前もおめかしするか?」
風雨にさらされた表面をキレイにし、自然と笑みを浮かべ。
「飾りつけ、手伝うわ」
そこにエイル・ウィム(eb3055)が声を掛け、看板の周囲を細く巻いた布で飾っていく。
「料理を手伝うんじゃなかったのか?」
「‥‥人には向き不向きがあるのよ」
素朴な疑問に答えるエイルの目は遠くを見ていた。台所は既に戦場(エイルヴィジョン)‥‥歴戦の戦士達の戦いに新兵が挑むのは無謀というものだろう。
「料理を諦めたわけじゃないけど、レッスン1はまたの機会にするわ」
「その方が無難だな」
開店時の忙しさを知るジノは苦笑しながら、慰めるように頷いた。
「結構器用そうだし、意外と料理上手なんじゃないか? きっと良い嫁さんになるぜ」
「‥‥え?」
何の他意もなく言ったジノは、顔を赤くしたエイルに気づき‥‥先ほどの自分のセリフを反芻し。
「さぁっ、もう一頑張りだぞ!」
照れた顔を隠すように声を張ったのだった。
●ありったけの感謝を
聖夜祭当日。エルウィンとローランド、そして、ソウガは朝から営業に出た。
(「少し寒いけど、ガマンガマン!」)
踊り子の薄い衣装とアンクレット・ベルという装いのエルウィンは、自分に必死に言い聞かせ。ローランドの伴奏に合わせて軽快にステップを踏んだ。
そして、思い出す。
他でもない『ロワゾー・バリエ』が開店する時、ここで同じように踊った事を。
あの時は春だった。あの時と今と、自分は変わっただろうか? すごく成長したかどうか、自分ではあまり分からないけれど、少なくとも大切な人が増えたのは、事実だ。
あの時も一生懸命で、でも、きっと今の方がもっと一生懸命で。それが不思議で、嬉しくて。
(「うん、あの時の方が上手だった、なんて言わせないようにしなくちゃね」)
エルウィンの気合に合わせるように、テンポが上がる、上がっていく。負けじと、ステップもより激しく複雑になっていく。いつしか集まる人の輪も大きくなり‥‥寒さは感じなくなっていた。
踊りが終わるのを待ち、軽業を披露したソウガ。
宙にブンと放り投げた帽子、それが宙を舞っている間に前に跳び後ろに跳び、果ては宙返り。そして、落ちてきた帽子を取りながら一礼し、仕上げとばかりに立て札を掲げる。
『ロワゾーバリエ・聖夜特別営業中☆』、とハッキリ書かれた立て札を、である。
「皆様、日頃の御愛顧、真に有難う御座います」
そこで、絶妙のタイミングでローランド。
「長らく御待たせ致しましたが、調合屋『ロワゾー・バリエ』、本日より装いも新たに、営業を再開させて頂きます」
よく通る声が、集まった人々に響く。
「本日は営業再開と、聖夜を記念致しまして聖夜祭スペシャル営業と言う事で、特別なサービス等もご用意しております。皆様、どうぞ足をお運びください」
三人はそれぞれ一礼をすると、意気揚々と引き上げたのだった。
「いらっしゃいませ!」
「ご注文、承ります」
『ロワゾー・バリエ』では、シルビアやジノが次々とやってくるお客を迎えていた。
その衣装は、ユパウルが考案したものだ。ジノ達男性陣には、右裾に羽をあしらった前掛けエプロンと、首にシャレたスカーフ。
シルビア達女性陣はいつもの‥‥『ロワゾー・バリエ』のエプロンドレスだが、首に蝶々結びされた細いリボンがワンポイントでいつもよりオシャレ仕様だ。
「お姉お姉、味見してくれる?」
料理担当と化しているガレットは姉からお墨付きをもらうと、最後の仕上げに取り掛かる。メインは、去勢済の雄鶏に香草をすり込み焼いたもの。他に、彩り良く鮭の燻製と、生牡蠣、シーフード盛り合わせを用意した。
更に、ケーキはクリームと果物の甘煮を巻いた、横長の薪の形のもの。薫り高く、目にも美しい品々が、並ぶ。
「やってる事はいつもと同じ‥‥接客ですものね、うん、頑張りましょう」
そんな作品に負けじと、笑顔で気合を入れるシルビア。シルビアはジノと共に、ケーキやクッキー等のオーダーを手際よく取っていった。
「こちらは香り袋、贈り物に刺繍入りハンカチやお守りはいかがですか?」
「蜂蜜入りのクッキーや、各種お薬・ハーブティーもありますよ」
双子も笑顔と愛想を振りまき、売り込みに余念が無い。
「そこっ、割り込みは禁止だ」
ローランド達の営業効果だろう、次から次へと押し寄る客を捌くのはアレーナだ。さすがに食べ物はムリだが、ロンとミリィもハーブ関係の品物などを運んでお手伝い‥‥気が急く客達も、その微笑ましさに何だかほんわかした顔になっていたりする。
(「ふむ、良い傾向だな」)
忙しさ故だろう、ミリィにそう身構えている余裕がないのを、アレーナはこっそり嬉しく思った。
「さぁさぁお待ちの皆様、可愛いらしい踊り子の可憐な舞いはいかがですか?」
一方。ローランドとエルウィンは、外で行列を成す人々に、曲と踊りとを出し惜しみせず披露し。
「うん、勇気を出して一歩踏み出せば、良い結果が出るわ」
そして、店の一角では、ゆかりとエルウィンが占いコーナーを設けていた。一定の金額を買い上げてくれた客対象、という事で、売り上げがぐんぐん伸びているのは、二人の手腕だ。
「あの、恋愛運なんて占ってもらえますか?」
「勿論よ! さぁさぁ、気を楽にして」
時期的に、やはり恋愛を占って欲しいという女の子が多かった。そんな女の子達に二人は誠実に、親身になって占っていった。
その目の回るような忙しさは夕方‥‥店の品物がキレイに片付いてしまうまで、途切れる事が無かった。
それは、人々の嬉しそうな顔と楽しそうな笑い声と共に。
●小さくて大きな‥‥奇跡
「今夜は聖夜。人がほんの少し優しくなれる夜‥‥だから、私の好きな子達に幸せになって欲しいんだ」
『ロワゾー・バリエ』が店じまいするなり、アレーナは双子とミリィにレインボーリボンを贈り、早速髪を飾り付けにかかった。
衣装についても、双子達だけでなく、仲間内のパーティーに参加する全員が、お色直しを指示された。
青に白の縁取りの華国風衣装を考案したのは麗娟だった。だが、その本人はいない。どこかへ出掛けたきりだったが、頼まれたマグダレンはちゃんと仕事を果たしていた。
女性用には、涙型のチャイナカラーのエプロンドレス。男性用には、ゆったりマオカラーの上着。マグダレンの自信作を今、メンバーは身に付けていた。
「お招きいただきありがとうございます‥‥なんてね」
もてなされに来たエイルもまた、着飾っていた。シンプルながら上品な服に、淡いグリーンのショールを羽織ったエイルはとても女らしい。何より、ロングスカートは常の鎧にズボン姿を見慣れている仲間達には新鮮だ。
「あまり見られると恥ずかしいんだけど‥‥こういう時くらい、いいわよね」
「ええ、良く似合ってますわ」
照れたように言うエイルに応えるファリムもまた、着飾っていた。薄絹のドレスにシックな上着を羽織り、サークレットを上品に輝かせ。
「二人とも、すっごくステキよ」
「そう言うファニィちゃんもレニーちゃんもキレイだよ。勿論ミリィちゃんも、お姫様みたいね」
アレーナは双子とミリィの会心の出来に満面の笑みを浮かべると、ギュ〜っと抱きしめた。
「頼りないかもしれないけど、今日からママンになってあげる。いつも、いつでも、独りじゃないから‥‥」
囁きは優しく、いたわりと励まし、癒しを込めて。
「さぁ、パーティーを楽しんでいらっしゃい」
アレーナは三人を、皆の輪の方へと送り出した。
昼間と同じ豪華な料理と、皆で持ち寄ったものと。
パーティーの食事は随分と豪勢だった。
「そう言えば『ロン』って、華国語で竜の意味だよね?」
美味しい料理に舌鼓を打ちながら、ローランドは足元の犬に目を留め、笑った。
「ドラゴンが竜のメダルを付けてたって訳か‥‥シャレてるね」
笑いながらふと、疑問に思う。それは本当にただの偶然だったのか?
「まぁ、そこにどんな思惑や願いがあったとしても、もう問う事は出来ないけど、ね」
少しだけしんみりとした囁きに応えるように、犬は「クゥ〜ン」と悲しげに鳴く代わりに耳をペタンと伏せた。
「えっと、日本酒・どぶろくでしょ? これは干物っていうの」
その頃ゆかりは、ジャパン名産の数々を振舞っていた。その他、碁石で積み木崩しやおはじきを教えたり(‥‥え?)。時折、落ち着かなげに外に視線を向けながら、
「よし、一番環‥‥玉乗りをします!」
猫に芸をさせたりと、場を盛り上げた。
「二番、エルウィン! あたしの踊り、見て下さいね」
続いてエルウィンが、ローランドの調べに乗せて軽やかに華やかに舞う。
身体は疲れていたけれど、気分が高揚していた。それはきっと、皆も同じだろう。とても気分が良くて、いつまでも踊っていられそうだった。
手拍子するファニィやミリィ、シルビア達の姿に、エルウィンはそんな気がしてならなかった。
『一部メンバーは足りないが、プレゼント交換を始めるとしよう』
頃合を見計らい、ソウガが看板を掲げた。
「ほぅ、指輪とはまた意味ありげだ。さて、どの御仁かね?」
「これは別にプレゼント交換で、その、別に変な意味はないんだ。それに、贈り主はいないし」
ユパウルの手作りの皮の指輪を貰ったアレーナは周りから突っ込まれ、困り顔。
「ありがとうね」
「ううん、こっちこそ」
それぞれのプレゼントを丁度交換した形になったエルウィンとゆかりはそれぞれ、礼を言い合い。
「俺には最高のプレゼントだな。直接礼を言えないのがちと、残念だが」
麗娟の馬乳酒を引き当てたアレックスはご満悦な様子で。
「ちょっと大きいです‥‥立派ですし、似合わないです、よね?」
『そんな事はないぞ』
羽根付き帽子を受け取った、自信なさそうなシルビアに、ソウガは必死に(?)言い募り。
「あ、私皆さんのちま人形を作ってきたんです‥‥ソウガさんのはちょっと大きいんですけど、可愛くできたんですよ」
気を取り直したシルビアは皆に、お手製の‥‥とてもよく特徴を捉えたちま人形をそれぞれ、贈った。
「俺のは、と」
「あっ、それ‥‥っ!」
そんな中。ジノの手にある銅鏡を見て、エイルは焦った。プレゼントらしく持ち手の部分にリボンの結ばれたそれは、男性にはあまり喜ばれない類のものだろう。
「わっ、わぁ、持ってるトコ可愛いわよ?」
「そうか? まっ、貰っとくよ、サンキュ」
やや引きつり気味にフォロー(?)するエイルに、ジノは苦笑交じりに、だが、気を悪くした様子もなく礼を述べた。
「はい、ジノさん。エイルさんにも」
そんな二人に、いや、二人だけでなく皆にファニィとレニーが手渡したのは、青い鳥の刺繍が施されたお守りだった。
「シルビアさんも。ちま人形ありがとうございます、可愛くて嬉しいです」
「こちらこそ、喜んでもらえて嬉しいです」
「あたしも二人に、プレゼント。立派な商人になってよね」
言いながら、双子に商人セットを贈るゆかり。
「おっと、俺も二人にあるんだ」
そして、双子を引き止めたジノが差し出したのは、青い鳥を模った小さな木像だった。一対のそれらは、ちょっとだけ歪んでいるのが、手製っぽく味がある。
「嬢ちゃんとワンコにも‥‥良かったら貰って欲しい」
もう一組、とジノが置いたちっさな鳥と犬の手作りの木像。ミリィはとてとてと近づいて受け取ると、ペコンと頭を下げた。
忙しかったのが良かったのか慣れてきたのか、ミリィの表情はパーティーが始まってから明るかった。少なくとも、ジノ達に怯えた顔を向ける事はなくなったようだ。
「はい、ミリィちゃん。髪飾りなのですけど」
それが嬉しくて、自分でも緩みすぎかも?、と思いつつファリムはニコニコしながらキレイにラッピングされた小箱を贈った。
「ありがと、お姉ちゃん」
薄紫の髪飾りは少女に似合うだろうと、小さく微笑んだ今のミリィによく似合うだろうと、想像しながら。
「あたしも、ミリィちゃんに」
続いてゆかりはガルスヴィンドのヘアバンドを、ミリィに贈った。
「いい男って、気がつくと他に想い人ができてたりするし‥‥ミリィちゃんみたいな可愛い娘が男嫌いになっちゃ勿体無いよ」
一つウインクするゆかりの背後で、ドアが開いた。
「さて、ようやく本命が着いたわね」
ゆかりは嬉しそうに呟くと、ミリィの後ろに回り、その小さな両肩を支えた。
「‥‥え?」
ミリィは最初、分からなかった。最初に目に入ったのは、とてもとてもキレイに笑む麗娟。続いて姿を見せたユパウルと、そして。
「‥‥う、そ」
少女は我が目を疑った。自分の目が、どうしても信じられなかった。何故ならば。
ユパウルに支えられるようにした、その人は‥‥。
「‥‥お、父さん‥‥?」
ミリィは呆然と、呟いた。
●少女の為の冒険譚
皆が『ロワゾー・バリエ』で準備に明け暮れている頃。ユパウルと麗娟とは密かに、アレクス・バルディエ卿の元を訪れた。ミリィの父の亡き骸を回収できれば‥‥と思っていた二人は、だが、そこで一つの話を聞いた。
遺跡砦に向かう冒険者達を襲った海賊の一味が、竜のメダルを執拗に狙っていたというのだ。ミリィ達はあの森に居た事で、襲われた。だが、その時点で件の輩は竜のメダルについては知らなかった筈なのだ‥‥でなければ、ミリィ達が見逃されたわけがない。
そして、その後で賊が竜のメダルについて知っていたという事は‥‥。
「正直、可能性は低いと思った。だが、俺達はその可能性に‥‥奇跡ってヤツに賭けてみようと思った」
ユパウルに向けられた瞳は、大きく見開かれていた。そこに怯えの色は、なく。
「で、命から連絡を受けて‥‥黙っててごめんね」
確実な話ではなかったから、とゆかり。ゆっくり押し出した身体が、ゆかりから父の腕に移る。
「お父、さん‥‥? 本当に‥‥? 夢じゃなくて‥‥?」
「あぁ、そうだよミリィ‥‥辛い思いをさせて、済まなかった!」
ひんやりとした、けれど、確かな腕の感触と懐かしい、ずっと聞きたかった声と。
「‥‥お父さんお父さんお父さん!」
わぁっ、とミリィが泣き出したのと、父の頬を涙が伝ったのと、どちらが先だったか。
ユパウルは、そして、もらい泣きしながらまだよく状況の理解できていない仲間達に、簡単に説明した。
「それでちょっと、海賊のアジトまで行ってきたわけだ」
『そこ』を訪れた時、既に戦いはほぼ終わっていた。海賊達のアジトは、サクス家のマレシャル達により制圧された。
二人は躊躇う事無く、そこに足を踏み込んだ。ミリィの父を発見したのは、岩島の地下牢だった。吊るされた男の身体のあちこちに走る傷跡が、生々しかった。
「‥‥しっかりしろ!」
ロープを切り抱きとめた身体は軽く、嫌な臭いがした。だが、それでも尚、彼は生きていた。おそらく、バルディエ卿の密偵だと知れた事により、彼は命を拾ったのだろう。
代わりに、拷問を受け‥‥或いは、口を割らない彼は娘をエサにされたのかもしれない。
果たして、うっすらと目を開けたその人は、微かな微かな掠れ声で、問うた。
「‥‥むす、めは」
「彼女は無事でございまする」
その手をしっかりと握り、麗娟。途切れそうになる意識を繋ぎとめんとするように、強く強く。
「ですから、お気を確かに! 必ず助けます‥‥信じて下さいまし」
麗娟の言葉に、嘘は無かった。持てる力と気力の全てを注いだ麗娟に、彼は深い眠りに就く事で応えた。
「本来なら、動かせる状態ではありませぬ。しかし‥‥」
麗娟は察した。彼が回復する為に、そして、ミリィを‥‥ミリィの心を救う為に、どうするのが一番良いのか、を。
「無茶は承知。ですが、この方は妾が死なせませぬ」
「帰ろう。俺達の帰りをあの子も、皆も待っている筈だ」
そうして、行きと同じく早馬で駆けた。最高の贈り物を、届ける為に。
●この聖なる夜に
「とはいうものの、安静するに越した事はありませぬぞ」
親子の再会が充分に済んでから、麗娟は父を『ロワゾー・バリエ』の片隅に誘った。すかさずソウガが運んできてくれたクッションやら毛布やらで簡易寝床を作り。
心配そうなミリィに、笑みを浮かべてから贈り物を差し出した。
「遅くなりましたが、妾からはこれを」
それは、布と極細の木枝で作っておいた『枯れない』水仙。
「妾の祖国ではこれは、雪の中より咲き冬の終わりを告げる花。今のミリィ殿に相応しゅうござりまする」
「ありがとう、その、本当に‥‥」
「礼には及びませぬ。それより‥‥」
麗娟が指し示す先、ユパウルが居た。
「よく似合っている」
「‥‥ありがとう」
目を細めるユパウルに、ミリィは顔を赤くして呟いた。
「本当に、ありがとう。あの、このドレスだけじゃなくて、色々‥‥本当に本当に、‥‥」
「気に入ってもらえたなら、一曲お相手願えるだろうか?」
放っておいたらエンドレスなお礼の言葉を遮るように、ユパウルは小さなレディに手を差し出した。
自分が相手で良いのだろうか?、躊躇う娘の背を父の頷きが押した。その眼差しの暖かさに、ミリィは足を踏み出すと‥‥ユパウルの手を取った。
「‥‥喜んで!」
気を利かせたローランドが奏でるは勿論、緩やかで軽やかなダンス曲。誘われるままたどたどしくステップを踏むミリィの瞳からふと、涙が零れ落ちた。
けれど、それは今までユパウル達が見たものとは正反対の、涙。
証拠に、とてもとても幸せそうに笑んだミリィにつられるように、ユパウルも自然と微笑を浮かべていた。
「良かった、うん、本当に良かったです」
事の成り行きを見守っていたファリムの目にも、シルビアや双子達の目にも、こみ上げるモノがあった。それはおそらく、この場の誰の胸にも。
そんな光景を前にジノ奢りの酒‥‥と勝手に決めた酒を傾けながら、ソウガは珍しく言葉を口にした‥‥満足そうに。
「ああ、そうだな。いろいろあったが、何とかなってよかったよ」
何気ないアレックスの言葉に、だが、ジノは小さく吐息をもらした。自分は大事な時に側にいてやれなかった‥‥それが弱気となって口をついて出た。
「俺はあいつらの夢を、少しは手伝えているのかな‥‥?」
「当たり前じゃないか」
けれど、それはアレックスに呆れたように返された。アレックスは知っている。友人であるボルトから色々と話を聞いているから、知っている。ジノがこの店の為にどれほど尽力してきたか。双子がどれほど頼みにしているのかを。
「ジノだけじゃない。ソウガも他の皆も。誰かが何かが一つでも欠けていたら、今のこの光景は無かった。『ロワゾー・バリエ』はこの姿では無かった筈だ」
今の『ロワゾー・バリエ』があるのは、関わってくれた沢山の人たちがいたから。沢山の人たちが支えてくれたから。
証明するように、ジノの視線に気づいた双子が、嬉しそうに手を振ってよこした。
「そうか。そうだな、そうだよな」
双子の夢は大きく果てしない。叶える為にはこれからも沢山の人の力がいるだろう。
あの日の誓いが、鮮やかに蘇り、ジノは笑った。少しだけ泣きたいような、誇らしい気持ちで。
「今後の発展を祝って、乾杯」
否やはなかった。アレックスが掲げたグラスに、ジノとソウガは自分のグラスを合わせた。そこに掛かった、声。
「その、良かったら一曲‥‥相手をしてくれる?」
「まぁ‥‥俺で良いなら」
ジノはグラスを置くと、恥ずかしそうなエイルの手を取りゆっくりとステップを踏んだ。冷やかし気味な視線は、無視する事にして。
「今日の日を、この光景を、私は絶対に忘れない。いつかきっと‥‥必ず描くわ」
クルクルクルクル、幸せが巡る。エイルは楽しくて幸せな眼前の光景を、胸に刻んだ。この奇跡のように素晴らしい、素敵な夜をきっと、絵に描こう、と。
そして、楽しい宴の終わり。
「では僭越ながら、最後にもう一曲だけ披露させていただきます」
優雅に一礼すると、ローランドは歌い始めた。聖夜に響く、それは賛美歌。
メロディーに乗せた聖なる、妙なる歌声が仲間達の耳を優しく、なのに鮮烈に打つ。
神を讃え、生を讃え、愛を讃え‥‥歌い上げる旋律はいつまでも、人々の耳に残った。
「今日はありがとうございました、本当に」
余韻に浸りながら、ファリムはファニィとレニーに頭を下げた。
「想像していた以上に、楽しかったです」
「ミリィちゃんも良かったし、ね」
笑む双子に、寂しさの影は無かった。
「例え離れても、私達はいつもミリィちゃんやファリムさんを、皆さんを思っていますから。いつでもここで、皆さんの無事を幸せを祈っていますから」
そうして、双子は幸せそうに、聖なる夜を見上げたのだった。
ようこそ『ロワゾー・バリエ』に
またおいで下さい『ロワゾー・バリエ』に
私達はずっと此処にいますから
あなた達を笑顔で出迎えますから
どこにいてもいつでもいつまでも
あなたの上に幸せがありますように‥‥