レディへの道3〜ドラゴンのあぎとへ

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 76 C

参加人数:15人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月06日〜01月21日

リプレイ公開日:2005年01月14日

●オープニング

 身なりのいい紳士が従者を連れて冒険者ギルドへやって来た。
「いらっしゃいませ。依頼の内容をお聞かせください」
 対応に出た事務員に、紳士はしかめつらしい表情を向けた。
「依頼を頼みに来たのではない。少しばかり確認したいことがあって来たのだ」
 紳士はパリの貴族の間では名の知られた法律家だった。
「これに見覚えがあるかね?」
 従者が大事そうに携えてきた小箱が開かれ、中に納めてあったものが事務員の目の前に示される。見るからに高価そうないくつもの大粒の宝石だ。
「この宝石はかなり以前に競売にかけられ、さる貴族の所有物となっていたものだ。ところが、これらの宝石が盗品であることが判明してね。で、その出自を辿っていったところ、この冒険者ギルドから売りに出されたものであることが分かったのだ」
「少々、お待ちください」
 事務員は棚の奥に並ぶ書類を引き出し、記録に目を通して確認した。
「間違いありません。冒険者ギルドがさる依頼人より依頼料として受け取り、換金して冒険者へ支払う報酬とするために宝石商へ売却したものです」
「では、ギルドに宝石を持ち込んだ依頼人のことを教えて欲しい」
「それはできません。依頼人の秘密は守らねばなりませんから」
「冒険者ギルドは盗みの手助けをするというわけかね?」
 紳士がにらみをきかせるが、事務員は不敵に言い返す。
「では、私も逆に聞きたい。宝石を盗まれたという当人は、どこの誰なんです?」
 紳士の顔に皮肉な笑みが浮かんだ。
「職務上の守秘事項につき、それをここで明かすことはできない」
「なら、これでおあいこですね」
 法律家の紳士は顔を近づけ、事務員の耳元で囁いた。
「今のうちにご協力いただけるなら、事を表立てず穏便に済ませられる。が、協力を拒めばこの件は裁判に持ち込まれることになる。そうなったら困るのは君たちだろう?」
 事務員も負けじと囁き返す。
「裁判沙汰をいちいち恐れていたら、冒険者ギルドの仕事なんてやってられませんよ」
「依頼人のことも考えてみたまえ。裁判になればギルドの書類も証拠として提出を命ぜら、盗品の宝石を持ち込んだ依頼人がどこの誰であるかも公になる。そうなれば依頼人は間違いなく不利益を被るぞ。依頼人が盗みの罪で逮捕されることになってもいいのかね?」
 その言葉に事務員は沈黙するしかなかった。
「しばらく余裕をやろう。よく考えて答を出すことだ」
 そう言い残し、紳士と従者は去った。その後ろ姿を黙ってみつめる事務員の背後から、同僚が声をかけた。
「どうした、面倒ごとになりそうか?」
「ああ。とんでもないことになりそうだ」
 答えて、事務員は手元の書類に目を落とす。先ほど棚から引き出した書類には、極秘扱いとの注意書きが付されていた。その内容を部外者には決して知られてはならないのだ。
 その極秘扱いの記録によると──。
 依頼料として宝石を持ち込んだ依頼人は、パリ郊外で酒場を営むチャールズ親父。
 宝石は、チャールズの酒場に逃げ込んできたエルフの少女が身につけていたもの。
 少女はずぶぬれで、服はずたずた。少女はチャールズの足にしがみついて泣いたが、その言葉をチャールズは理解できなかった。なぜなら、少女の話す言葉はシフール語だったから。そして後にチャールズから冒険者ギルドへと渡ることになる宝石は、少女の首にはめられた首輪を飾り立てていたものだった。
「あの宝石が盗品だって? ふざけた言いがかりを‥‥」
 つぶやいて唇を噛む。年端もいかぬ少女にむごたらしい仕打ちをした何者かは、逃げ出した少女を取り戻すために手段を選ばないであろうことは、十分に予想された。既にこれまでにもその兆候はあったが、まさか売却した宝石から足がつくとは。今や事態はあまりにも急迫している。

 話はそれから数日後。
「急に呼び出して悪いな、親父さん。で、最近おかしな事はないか?」
「いいや、相変わらずの平和な暮らしが続いておるがな」
「そうか、それは良かった」
 呼び出されてやって来たチャールズの言葉に安堵を覚えながらも、事務員はついつい出入り口に視線をやってしまう。あの法律家がいつ現れはしないかと、毎日ひやひやし通しなのだ。
「実は、面倒なことになってな」
 事務員がここ最近の不穏な動きを伝えると、さすがにチャールズも眉間に皺を寄せて苦渋の表情を見せた。
「どうしたら、いいものかのう‥‥」
「そこで急な話だが、あの子を連れてしばらくどこか遠くへ身を隠してはどうだ? たとえば、ドレスタットとか‥‥」
「ドレスタットだと!? 噂に聞けばドラゴンが何匹も暴れているという、あんな危険な町へあの子を行かせろというのか!?」
 思わず目を剥くチャールズ。
「ま、落ち着いて話を聞いてくれ。その後の話だと、ドラゴン騒ぎも今では一段落したらしい。それに冒険者ギルドならドレスタットにもあることだし、冒険者の手助けだってこれまで通り受けられるんだ。ところでドレスタットに誰か頼りになる親戚とか知り合いとかはいないのかい?」
「いないことはないが、いきなりあの子を連れて押し掛けてよいものか‥‥」
「そう心配するなって。知り合いのとこがダメだって、ドレスタットなら泊まり場所はいくらでもあるしな。さあ善は急げ。いつまでもパリでぐずぐずしていたら、人間の皮をかぶった悪魔どもがあの子をかっさらいにやって来るぞ」
「うむ。その通りじゃな」
「それじゃ手始めに、親父さんにはドレスタットのギルドへの依頼状を書いてもらわないとね。これまでのいきさつとドレスタットに移動する理由、それにこれまでの依頼の引継を頼んでおかなきゃ。ああ、心配はいらない。向こうのギルドだって依頼人の秘密は厳守なんだ。ついでに紹介状も添えておくよ」
 作成された依頼状はその日のうちにシフール便で発送された。その返信が最速で戻ってきた。手紙には依頼人のチャールズを謹んで迎え入れ、これまでパリのギルドが担当してきたチャールズの依頼はドレスタットの冒険者ギルドが責任をもって引き継ぐ旨が記されていた。加えて手紙には、ぜひともドレスタットに住むベレガンプ神父を訪ねるようにとのアドバイスが為されていた。神父はドレスタットで子どもたちの救いのために働いており、チャールズが直面しているような問題の専門家だということだった。
「色々と世話していただき、かたじけない」
 再び訪れたギルドでチャールズは事務員に深々と礼を述べる。
「いいってことよ。これが俺たちの仕事なんだからね。さて、残るはパリでの最後の仕事だな。早いとこ依頼書を作っちまおう」
 こうして、パリの冒険者ギルドの掲示板に、チャールズがパリで出す最後の依頼書が張り付けられた。チャールズとチェルシーを護衛し無事にドレスタットへ送り届けること、それが冒険者たちに与えられた仕事だ。

●今回の参加者

 ea0073 無天 焔威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0907 ニルナ・ヒュッケバイン(34歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1605 フェネック・ローキドール(28歳・♀・バード・エルフ・イスパニア王国)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1643 セシリア・カータ(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1708 フィア・フラット(30歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea2030 ジャドウ・ロスト(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2181 ディアルト・ヘレス(31歳・♂・テンプルナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2600 リズ・シュプリメン(18歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea2762 シャクリローゼ・ライラ(28歳・♀・ジプシー・シフール・エジプト)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea5187 漣 渚(32歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

フィル・フラット(ea1703

●リプレイ本文

●闇の中の少女
 チェルシーを執拗に付け狙うのは得体の知れぬ敵。そやつは幼いエルフの少女の心を深く傷つけ、ためにチェルシーはラテン語の言葉に今も耐え難い恐怖をいだく。ローマの出自であるニルナ・ヒュッケバイン(ea0907)は、そのことに良心の痛みを覚えぬわけにはいかなかった。
「やり切れませんね、母国の闇を見たからには‥‥。ここでチェルシーを送り届けるのが、私に出来る償いかもしれません」
 依頼に応じた仲間たちとの相談の末、チェルシーとチャールズをドレスタットへ逃がすに当たって次の方策が講じられることになった。まず、二人の逃避行に先立ってドレスタットでの先行調査を行い、冒険者ギルドから紹介のあったベレガンプ神父の身元を確かめること。この役目はマリウス・ドゥースウィント(ea1681)が引き受け、既に彼は自分の馬でドレスタットに向かっている。その後にチャールズとチェルシーが護衛の冒険者たちと共に出発し、陸路と海路とに分かれてドレスタットへ向かうのだ。
「わたくしはチャールズ様と同じ行き先の同行者を装い、馬でチャールズ様の馬車に合流しましょう」
 馬車の手配に向かう道中、ルメリア・アドミナル(ea8594)が持ち馬の馬上から話しかけるが、手綱を握る手がついついお留守になって、馬が明後日の方向に向かい出す。
「‥‥っとっと」
「あら、いけませんわ」
 共に馬を並べるセシリア・カータ(ea1643)が手を伸ばして手綱をつかみ、馬の方向を正してやる。はにかんでルメリアが言った。
「馬で合流‥‥と思いましたけど、わたくしの操馬術の技量ではちょっと‥‥。最初からチャールズ様の馬車に乗せていただきましょう」
 敵に与する法律家についてはイルニアス・エルトファーム(ea1625)が調査を受け持っていたが、身元は冒険者ギルドへの問い合わせですぐに分かった。ジャン・ピエール・ムートンなる人物で、パリの某所に事務所を構えている。が、それ以上の情報を得るとなると手段は限られてくる。敵に顔を知られる危険はあったが、イルニアスはムートンの事務所を直接訪ねてみることにした。
「私は政治に関心を持ち、色々と勉強中の者だが‥‥」
 ナイトの正装で事務所を訪ね、そのように自己紹介する。ムートンは忙中につき不在ということで、その秘書が対応に出た。秘書はイルニアスを一角の人物と認め、彼を応接間に通して法律家の仕事についての立ち入った説明を行った。
「ムートン様は特に、財物の取引についての法律に詳しいお方でございます。金・銀の品々や宝石類・美術品などに関しての相続や売買、あるいは取引を巡ってのトラブルに際し、法と慣習に基づいて依頼人に適切な助言を与え、交渉を有利に運ぶのがその仕事でございます。ムートン様の主立った顧客ですが、貴族様方はもとよりパリやドレスタットの大商人にも知古が多く‥‥」
 ノルマンの名士とおぼしき名がずらずらと連ねられていくのを聞きつつ、ふと壁に目を向けると一枚の絵がイルニアスの目に止まった。
「ところで、この絵は?」
「ガルディネロ画伯の筆になる絵でございます。かの画伯もまたムートン様の顧客の一人でして、ムートン様に対する感謝の品としてこの絵をご寄贈頂きました」
 闇の中で踊る妖精たちの絵だった。薄物をまとった少女たちが手をつなぎ、ほのかな光をふりまきながら踊っている。モデルとなったのは生身の人間であろう。妖精の少女たちはその笑顔にもそぐわず、闇の中で不可解な冷たい輝きを放っているようにイルニアスには思えた。

●守秘義務違反?
 旅立ちの前に、フレイハルト・ウィンダム(ea4668)は知人を訪ねて茶飲み話にふけっていた。‥‥といえば聞こえはいいが、その知人というのがくせ者だ。兄弟同士の決闘騒ぎでパリの貴族界を賑わわせた貴公子オスカーといえば、知る人ぞ知る少年。本来ならこの度の依頼とは無関係なはずのかの貴公子殿を、黒い霧の渦中に引きずり込もうというフレイハルトの企みは、無謀の誹りを免れ得ぬか?
「‥‥ということでキミのお膝元の下町で延々、落っことした奴隷を探している馬鹿が居る。依頼主はたぶんかなりの大物貴族。気づいてたかい?」
 秘密の核心をばらさないギリギリの線で経緯を説明すると、オスカーは少年っぽい無邪気さで笑い出した。
「あのおかしな旅芸人の4人組、捜し物はそれだったわけか! 納得いったよ!」
 フレイハルトは心中でしたり顔。やはり見込んだだけのことはある。なにしろ貴公子オスカーはパリ下町で独特の情報網をもち、特に『子供探し』に限定すれば最悪最強。巻き込むに限る。
「流石に詳しい身元はいえないが。キミ達なら探知するのは難しくない。つーか相手に同情する。で、この件に関しての情報収集をお願いしたい。それから、ドレスタット近郊に別荘とか伝とかあれば紹介して」
「だけど、そっちはともかく、ボクにとってのメリットが無いじゃん?」
「違うね、キミはこれからに備え敵か味方か慎重に見極めている時期。今一番求めている情報のはずだ。オスカー」
「なるほどね。誰が敵で誰が味方か‥‥」
 オスカーの目が好奇心に輝き始めた。これはいけると踏み、さらに畳みかける。
「相手が恐れるのは恐らく、神聖ローマの奴隷商人と取引している大貴族として名前が表に出ること、さもなくば政敵に弱みとして握られることだろう? 今回の出方を見るに、敵はもはや手段を選ばずなりふり構わずだな。狙われている当事者の安全を確保するには秘密裏に国外に逃がすか、事態が発展して敵が手を引かざる得ない状況へ持っていくかだ。もしも相手の身元と行為の証拠を冒険者ギルド側が押さえて、関係者に何か有れば公開すると強行姿勢に出られたらしめたもの。あとはそれなりの力を持った貴族が両者の仲介に立てば、荒事回避して手打ちする余地もでてくるだろう?」
「ギルド風情にそこまで出来ないな。‥‥家を巻き込むつもりだな?」
「いいや、もう巻き込んでる」
 目と目を向き合わせ、互いにニヤリと笑った後でオスカーが言う。
「実は、敵の正体を知っていそうなヤツに心当たりがあるんだ」
「誰だい、そいつは?」
「夜の遊び人、黒の貴公子さ」
「黒の貴公子だって?」
「もちろんそれは通り名で、本当の名前は知らない。正体はノルマンの貴族の一人らしいけど‥‥噂によれば今はドレスタットの夜の街で遊びまくっているらしいや。だけど接触するなら気をつけたほうがいい。いつの間にか仲間に引きずり込まれたら、後々が面倒だからね」
 後で連絡する約束をしてその日は別れた。
 ところがその直後、一通の招待状がフレイハルトに届けられた。差出人はオスカーの父フランシス。胸中をいやな予感が走った。
 再びオスカーの家を訪ねると、晩餐の席へ案内された。テーブルの向かい側にはフランシス。貫禄たっぷりに隻眼でフレイハルトをねめつけて、話を切り出した。
「所用でパリに出向いたら、面白い話を息子から聞いたものでな。さて、詳しい話を聞かせてもらおうではないか?」
 笑顔で質問、ついでに特上のワインを杯になみなみと注がれる。口にふくむとその美味さに頭の中がとろける気分。料理もたまらなく旨い。
「先の依頼の一件以来、私は君に注目していてな。これは君を、大きな仕事を任せられる人物と見込んでの頼みなのだ」
 おだて言葉ほめ言葉を援軍にして、執拗に秘密を聞き出そうとする。これぞまさしく貴族お得意の甘美な拷問。ここで秘密の全てをばらしたい誘惑と戦いつつ、フレイハルトは相次ぐ質問攻撃をのらりくらりとかわすのに精一杯だ。それにしても目の前の御仁の目的は暇つぶしのゴシップ漁りか? あるいは政敵を蹴落とすスキャンダルの臭いを嗅ぎつけたのか? それとも将来の禍根の芽を摘み取らんとし、秘密を知る者の抹殺を企み始めたのか? 笑顔に隠された心の内までは分からない。
 最後にフランシスが言う。
「必要ならいつでも私に助けを求めたまえ。ただし、この件に関して嘘も隠し立てもせずに全てを報告することが支援の条件だ。いい返事を待っている」
 にこやかな笑顔は始終崩れなかった。

●間一髪の脱出
 冬は日の傾くのが早い。太陽が赤い色に染まり出す頃合いに、チャールズ親父の酒場は店の支度に入る。酒場に出入りする歌姫がやってきて、しばらくすると店の中から鼻歌が聞こえてくる。おなじみの毎日の繰り返し。その日の酒場も傍目からはそう見えた。
 しかし、店の中では──。
「敵はとうとうチェルシーちゃんを本格的に探し始めた、と。でもまだ大丈夫ですよね。がんばって彼らの目の届かないところへ行きましょうっ」
 シフールのシャクリローゼ・ライラ(ea2762)が、部屋を飛びながらまめまめしい動きで荷物をまとめている。表向きはいつもと変わらぬ風情を装いつつ、出発の準備は進む。
「髪型はこんなもんでどうじゃ?」
 いつもの髪型を変え、冒険者風に後ろで束ねたチャールズがアレクシアス・フェザント(ea1565)の前に姿を見せた。
「上出来だ。しかしその髭もそり落としたほうがいい」
「髭を剃るのか? せっかくここまで伸ばしたのに」
 チャールズは髭を撫でて思案顔。
「その髭は目立ちすぎるからな」
 トントンと窓を叩く物音が二人の会話を中断させた。やって来たのはイルニアスだった。
「どうしたイルニアス? 法律家を調べに行ってたんじゃ‥‥」
「その法律家がここへやって来るんだ! すぐそこの角まで来ている!」
「ついに来たか‥‥! 急げ、チャールズ! もう時間がない!」
 アレクシアスはチャールズを裏口へと急がせ、言い聞かせる。
「道中は、何があっても何を言われても知らぬ存ぜぬに徹するようにな」
 用意してあった幌馬車にチャールズが乗り込み、さらにチェルシーと冒険者たちが乗り込んだ。
「これを!」
 酒場の歌姫ことフェネック・ローキドール(ea1605)が袋を投げ込む。中味はチェルシーの所持品の一切合切。逃げた後に痕跡が残らぬよう、掃除がてらこまめにまとめておいたのだ。
「じゃあな!」
 馬車の中のチェルシーに軽く挨拶すると、イルニアスとアレクシアスは足早にその場から立ち去り、フェネックは居酒屋の仕事に戻る。ほどなく馬車も居酒屋を発った。
「それにしても、どこでボロが出たのだろうな?」
 居酒屋から遠ざかりながら、訝しがるアレクシアスにイルニアスが答える。
「口の軽い冒険者の誰かが漏らしたか、密偵にギルドでの話を立ち聞きさせたか書類を盗み見させたか‥‥何らかの魔法を使ったのかもしれない」
「これだけ大人数が動けば、秘密も漏れやすくなるしな。‥‥ここで別れよう」
 道は十字路にさしかかり、二人は別方向に歩き出した。
 それから間もなく、法律家ムートンが手勢の者たちを引き連れて現れた。
「主人のチャールズはご在宅かね?」
「主人は奥で仕事中です。ご用件なら私が承りますが?」
 酒場の歌姫が、いつもの店支度にいそしむ風情で答える。
「大切な用件なのだ。本人に直接伝えたい」
「しかし何分、主人は仕事の邪魔をされるのを嫌うもので‥‥」
「君のご主人に宝石泥棒の嫌疑がかかっているのだ」
 法律家が耳元に囁いた。
「まあ、何てこと‥‥! 今、呼んできます」
 歌姫が奥に引っ込み、チャールズの名を呼ぶ声が幾度か聞こえた。が、いつまで待ってもチャールズは現れない。しびれを切らした法律家たちが奥へ踏み込むと、そこではチャールズの妻と娘が困惑した表情の歌姫と一緒になって、主人の姿を捜していた。
「おかしいですわね。さっきまでいたはずなのに‥‥」
「ところで、君の名は?」
「リゥといいます」
 歌姫は本名ではない別の名を名乗る。
「捜査に協力してくれないかね? 出来るだけ事を穏便に済ませたい」
「ええ、喜んで」
 歌姫は笑顔で受け答えする。それはチャールズ一家にとって、長い試練の始まりだった。

●四人の襲撃者
 夕闇迫る空の下、馬車は街道を行く。目指すドレスタットまではまだ5日もかかるが、敵の妨害もなく、追っ手も現れない。少なくとも今のうちは。
「この分なら、もうじき宿のある町へたどり着けそうですね!」
 御者台のセシリアが幌の中に声をかけると、チャールズ親父の太い声が返ってくる。
「今夜はベッドの上で体を伸ばして休みたいものじゃなぁ」
 馬車を先導するのはニルナの乗る馬。後方では馬に乗ったアレクシアスがつかず離れずの距離を置き、敵の警戒にあたっている。携える剣は愛用の日本刀だ。と、後ろから近づいてくる黒い馬車がアレクシアスの目に止まる。御者台には小柄なパラの男。荷台には荷物だけで人の姿はない。黒い馬車はアレクシアスを追い抜き、仲間の馬車に近づいていく。一見、ただの荷物運びにしか見えないが‥‥。用心のためアレクシアスも馬の足を早くし、間合いを縮める。
 仲間の馬車に乗るルメリアも接近する黒い馬車に気付き、ブレスセンサーで探りを入れた。馬車の荷台、荷物の影に隠れている者たちがいる。人間が2人とシフールが1人。
「あの馬車、敵の疑いが濃厚です」
 御者台のセシリアに耳打ちし、間近に見えた森の中に馬車を乗り入れる。先導のニルナも馬車の仲間たちと行動を共にする。皆で馬車から降り、木の陰で待ち伏せていると、黒い馬車も後を追ってやってきた。パラの男は馬車を止め、忍び足で仲間の馬車に近づく。様子からして敵に違いない。戦闘に備え、ニルナがホーリーフィールドの防御壁を張る。そしてルメリアが敵への第一撃を放った。
「風の怒りよ集いて雷光となれ、ライトニングサンダーボルト!」
 放たれた稲妻が夕闇を切り裂いて輝き、パラの男の胴を撃つ。パラの男は倒れたが、巧みに体を回転させて黒い馬車の影に隠れた。ほとんど同時に、仄かに輝く光の矢がホーリーフィールドの防御壁をうち破り、効果を消滅させていた。
「うっ‥‥!」
 胸に鋭い痛みを感じ、ルメリアがうめく。またも敵の馬車から放たれた光の矢が、ルメリアの胸に吸い込まれていた。
「主なるジーザスよ! 聖なる力で我らを護り給え!」
 クルスソードを握りしめ、再び魔法の防御壁を張るニルナ。それを光の矢が再びうち破ったが、ルメリアの放った2発目のサンダーボルトも敵の馬車を直撃していた。さらに3発目を放とうとしたルメリアだが、空宙から忍び寄ってきた小さな影に気付かなかった。
「風の怒りよ‥‥うぐあっ!!」
 黒装束のシフールの姿が視界を塞いだと思いきや、次の瞬間には鋭利な刃物の連続攻撃でルメリアの口元がズタズタに切り裂かれていた。
『あはははは! 魔法使いには口封じってね!』
 シフールがラテン語でせせら笑う。
「おのれ! よくもわしの仲間を!」
「待て! チャールズ!」
 護身用の斧を片手に飛び出そうとするチャールズをディアルト・ヘレス(ea2181)が制し、代わりに敵の馬車へ突進した。すると敵の馬車から黒装束黒覆面の男がひらりと飛び出し、ディアルトに打ちかかる。ヘビーシールドで攻撃を受け流すが、敵はかなりの手練れ。流れるような剣さばきがディアルトを翻弄する。
 そこへ後続のアレクシアスが駆けつけ、2対1の戦いになった。突然、強い光が照りつけ、三者の足下にくっきりと影が浮かび上がる。その手にライトの魔法光を掲げたパラの男が、顔にひょうきんな笑いを浮かべてラテン語でほざいた。
『敵さん、見事な戦いぶりじゃないか。じっくり見物できるよう、明るくしてあげたよ』
 敵戦士との間合いは大きく開いていた。ディアルトとアレクシアスが間合いを縮めようと駆けだした途端、足下で爆発が起きた。何が起きたかも分からぬまま、二人は吹き飛ばされる。爆発したのは足下の影だった。態勢を崩したディアルトに敵戦士が迫り、ディザームの技で左腕の盾をたたき落とす。
『死ね異国かぶれめ!』
 ディアルトのかぶるサムライヘルムを見据えて敵戦士は吠えたけり、ディアルトは態勢を立て直すことも叶わず、肩にざっくりと斬りつけられた。
 そこへ躍り込んだのがニルナだった。
『貴方達にローマの名を名乗る権利はありません!』
『貴様もローマ人か、面白い! ならばローマ人同士で殺し合うか!?』
 ラテン語の叫びに敵もラテン語で答える。その途端、ニルナの足下の影が爆発した。吹き飛ばされ、態勢を立て直す間もなくニルナは敵戦士に組み伏せられ、その喉元に剣の切っ先が突きつけられる。だが、敵はニルナの剣がクルスソードであることに気付くと、口元に奇妙な笑いを浮かべた。
『ほう、神聖騎士か。命拾いしたな』
 敵戦士は剣を握り返して柄をニルナに向け、こめかみをぶちのめす。ニルナの意識が断ち切られた。
「貴様の相手はこの俺だ!」
 アレクシアスが日本刀を敵戦士に向けた途端、またも足下で爆発が起きて体を吹き飛ばされる。転げたところへ敵戦士の刃を受け、左腕を切り裂かれる。幸い、腱は繋がっているらしく指は動いたが、動脈を損傷した。
 仲間の窮地を目の当たりにしながらも、それを助けるべきルメリアは口を深く傷つけられて正しい魔法の呪文を唱えられず、ポーションを使おうとするたびにシフールが手に斬りつけて邪魔をする。その目に、パラの男が仲間の馬車に乗り込むのがちらりと見えた。
 と、敵の馬車の上で騒ぎが起きた。ずっと隠れ潜んでいた敵にセシリアが挑みかかったのだ。
「外道に容赦はしません!」
 セシリアが剣を向ける相手は黒覆面の女。
「あの子の痛み、少しでも味わいなさい!」
『ほざくな! 痛みを味わうのはおまえだ!』
 女が口汚く罵る。斬りつけたセシリアの剣を、敵の女は素早く身をかわして避け、耳には聞き取れぬ言葉で何事かを叫ぶ。
『!!!!』
 途端、強烈な睡魔に襲われ、セシリアはがくりと身を崩す。
『ふふ。かかったわね。その美しい顔をズタズタに切り裂いてあげようかしら?』
 女がダガーを握り、セシリアに迫る。
 セシリア、起きて! 咄嗟にルメリアは声にならない叫びを上げ、ポーションの瓶をセシリアに投げつけた。運よくポーションは命中。セシリアは我に返り、間近に迫った女の覆面をつかんで引き剥がした。
『あっ‥‥!』
 覆面の下から現れたのは、ほっそりと美しいエルフの顔だった。
『謀られた! アリスはこの馬車にはいない!』
 パラの男の叫びが、その場の空気を一変させた。パラの男は馬車の中のチャールズと取っ組み合いになり、地面に投げ出されていた。
『なんだと!? ならばもはやここに用はない!』
 戦士の男が叫び、敵は風のような素早さで馬車に乗り込み、走り去っていく。
「逃がしません!」
 咄嗟に後を追おうとしたセシリアだが、続く馬の悲鳴に唖然となる。敵のシフールが馬車馬の綱を切り落とし、馬に剣で斬りつけて追いやってしまったのだ。一瞬、セシリアは呆然となるが、すぐに気を取り直して仲間の手当てに取りかかった。
 気がつけば、周囲は夜の闇に包まれている。
「さっきはありがとう」
 窮地を救ってくれたルメリアの傷をセシリアはリカバーの魔法で癒し、礼を言う。
「どうかしら? 傷が残ってない?」
「大丈夫。顔はすっかり元通りです」
「そう。よかったわ」
 ランタンの光を当てて治り具合を確かめたその言葉に、ルメリアは安堵の吐息をもらす。
「それにしても、敵はずいぶんとえげつない手を使ってくれましたね」
「人間にパラにエルフにシフールという取り合わせ、しかも話す言葉がラテン語ときては、襲ってきたのはエンジェルカルテットと見て間違いなかろう」
 ディアルトが落ち着き払って敵の正体を言い当てた。
「さて、これからどうしたものかのぉ?」
 ぼそりとつぶやくチャールズ。敵の消え去った方角を見やり、魔法で癒された腕の具合を確かめながらアレクシアスが答える。うん。調子はよい。
「仕方ない、今夜はここで野宿だ。明日になったら逃げた馬を捜しに行かないとな」
「でも、この馬車にチェルシーを乗せていなくて本当に良かったです」
 しみじみとニルナがつぶやいた。馬車は敵を引きつけるための囮だったのだ。
「チェルシーを乗せていたら、今頃は‥‥」

 その頃、チェルシーは冒険者街に匿われていた。パリを出る前にこっそり馬車から降ろされたチェルシーは、冒険者たちに言葉やマナーの勉強を教わりながら、ドレスタットへの出発の時を待っていた。
「さあ、チェルシー。今夜も一緒にゲルマン語の勉強やね」
 ランタンの光の下、漣渚(ea5187)が板にゲルマン語の言葉を書いて繰り返し覚えさせていると、チェルシーが覚えたばかりの言葉を使って言う。
「わたしたち、あした、みなとでふねにのって、ドレスタットへいくの?」
「そう、いよいよ明日やな」
 遠くで教会の鐘が鳴り、リズ・シュプリメン(ea2600)が現れた。
「さあ、夜も遅いし今夜は寝ましょう」
「いっしょにおねんねしてくれる?」
「いいわよ、チェルシー」
 渚と一緒にチェルシーを寝室に連れていくと、チェルシーがせがんだ。
「おやすみまえのおはなし、きかせてくれる?」
「そや、ドレスタットの依頼でドラゴンと会うた話、聞かせたろか?」
 渚の言葉に少女の目が輝く。
「うん、きかせて」
 話を聞かせるうちに、チェルシーはすやすやと寝息を立て始める。その安心しきった寝顔と体に伝わってくるぬくもりが、リズにはかけがえのない大切なものに思えた。

●ベレガンプ神父
 仲間より一足先にドレスタットに到着したマリウスは、ベレガンプ神父を訪ねた。神父の住む下町の教会には大勢の子どもたちがひしめいていた。皆、神父が身柄を預かっている子どもたちだ。
「お家騒動からある人物の庶子を匿いたい」
 神父の人物を試すために嘘の相談を持ち込んだマリウスだったが、神父は彼を奥の部屋に案内すると、物怖じもせずに適切な質問を行った。その子の身柄を証明する物をお持ちか? その子は危険に晒されているのか? ここに来ることを誰かに知られたか?
 一連の質問が終わると神父は詳しい説明を求めたが、さすがにマリウスも嘘を隠し通せなくなった。子どもたちに見せる暖かみと、マリウスと二人で向き合った時の毅然とした態度からして、神父は信用できる人物であるとマリウスは判断した。
「非礼をお詫びします。あなたが信頼に足る人物かどうかを試すために、嘘の相談を持ち込みました。本当に相談したいことは別にあります」
 神父は驚きも怒りもせず、マリウスに促した。
「では、本題について話していただこう」
 用心のため、マリウスは神父との会話を全て筆談で行った。一連の事情を伝え終えた頃には、既に夜中になっていた。
 教会のドアを叩く音がした。訪れたのは、下町には似つかわしくない貴婦人だった。身のこなしは優雅だが、素顔は黒いベールで隠されていて分からない。神父は席を立つと告解室に入り、貴婦人の話を聞いていた。やがて貴婦人が立ち去ると、マリウスは訊ねた。
「彼女は何者です? この近くに住んでいる者なのですか?」
「彼女もまた、迷える子羊の一人に過ぎぬ」
 神父はそう答えたきりだった。

●海路より
「十字架はローブの下に隠して、後は荷物に‥‥。少し派手過ぎる格好ですけど、これなら流石に冒険者には見えません‥‥よね?」
 フィア・フラット(ea1708)がチェルシーの装いを整えたその後で、無天焔威(ea0073)が大きなとんがり帽子をちょこんと乗せる。
「君の物だよ、どーぞ」
「もう、ほ〜ちゃんったら!」
「あっちはドラゴン騒ぎで一般民より冒険者の方が目立たないだろ? それに帽子で金髪も隠れるし」
 二人の回りで荷物の運び込みをしているのはフィル・フラット(ea1703)。
「フィルがいてくれると、荷物持ちや何か気になる事があった時の対応が楽でいいですね‥‥。という事でお願いしますね♪」
「何だよ、力仕事ばかり押しつけて」
 妹にぶつくさ文句を垂れてしまうフィルであった。
 準備が整うと、一行は船に乗り込む。
「まさか、敵は乗り込んでないでしょうね?」
 不安げなフィルの背中を焔威がぐいと押した。
「はいはい、敵が乗ってたら危険すなわち敵が乗ってる時点でばれてる、なんだから気にしてても無駄無駄〜」
 船にはドレスタットへ向かう商人一家も乗っており、その子どもたちがチェルシーのとんがり帽子を見てはしゃぐ。
「わぁい、とんがり帽子だぁ!」
 チェルシーも楽しい雰囲気に馴染み、帽子をかぶったりとったりしてふざけっこ。その横では焔威がぐうぐう寝ていたが、実は狸寝入りでしっかりと周囲を観察。その目が一人の男を捉えた。男は遊び回るチェルシーをじっと観察している。
 パリを出て2日目の夜中。焔威がジャドウ・ロスト(ea2030)と共に偵察を続けていると、あの不審な男の回りに数人の乗客が集まり、甲板でひそひそ話をしているのを目撃した。
「ジャドウ、あの男の荷物をエックスレイビジョンで調べてきたけど‥‥」
 偵察に協力するシャクリローゼから報告が入った。
「あんなみすぼらしい格好の男なのに、荷物には金目の物がぎっしり。怪しいわね」
 話は即座に冒険者たちに伝えられた。
「もしも敵なら、襲ぅてくるなら船から降りた直後やないかな? 海の上やと逃げ場が無いさかい」
 渚の率直な意見に皆も同意する。冒険者たちは警戒を怠ることなくドレスタット到着の朝を迎えた。
 船が桟橋に横付けになり、タラップが渡される。下船の乗客に混じって冒険者たちが船をおりようとした時、かの不審な男がチェルシーに声をかけた。
『アリスじゃないか、こんな所で出会うとはな』
 ラテン語だった。チェルシーの表情が凍り付く。
『秘密の館であったことを覚えているな? 俺の言う通りにしろ』
「たすけて!」
 チェルシーが叫び、リズにしがみつく。数人の男たちが二人を取り囲み、チェルシーをさらっていこうとした。
「はい、そこまでだ!」
 この時を待ち構えていた焔威が問答無用で男たちをぶちのめす。男たちはあっさり倒され、ただ一人逃げようとした首領格の男も、ジャドウのファイヤーバード攻撃にぶちのめされ、あっけなく捕まった。
「なんだ、もう終わりかよ。弱っちい敵だな。さあ選べ。ここで俺の飢えを満たすか、あらかた吐くか」
 焔威に日本刀を突きつけられて脅され、男はペラペラと白状した。
「俺達はドレスタットで盗品を売りさばきにきた窃盗団なんだ! あのエルフ娘のことはさる御仁から聞いたんだ! あの娘を御仁の所へ持っていけば大金になるんだ!」
「で、その御仁とやらはどこにいる?」
「居場所はしらねぇ! 知っているのは黒曜館のガスパールって料理人が連絡人をやっていることだけだ! 知ってることはこれで全部だぁ!」
「本当にそうか?」
 ジャドウが冷酷な目で男を見据え、クーリングの魔法を効かせた手で男の喉元を締め上げて問いつめる。
「おまえがラテン語でべらべら喋ったことは誰に吹き込まれた?」
「御仁の連絡人から聞いた‥‥あのエルフ娘がアリスって名で‥‥パリの秘密の館から逃げ出して‥‥それを御仁が追っている‥‥泥棒稼業の俺たちにも声がかかるくらい‥‥血眼になって‥‥」
 言葉が途切れる。男は苦痛に絶えきれず、悶絶していた。
「こわい‥‥こわいよぉ‥‥」
 リズの腕の中でチェルシーは泣きじゃくる。
「大丈夫、もう大丈夫よ。悪い人たちはみんな捕まったから」
 リズはチェルシーをぎゅっと抱きしめて慰めた。
 やがて港の役人たちが現れ、窃盗団の男たちを一人残らず連行していった。

●依頼終了
 ドレスタットの冒険者ギルドで、陸路と海路とでやってきた冒険者たちは合流し、チェルシーはチャールズと再会した。当分の間、二人はベレガンプ神父の世話になる。
 窃盗団の男がその名を漏らした黒曜館は、かつてシフール密売の犯罪に利用されていた高級酒場だった。冒険者たちがそこを訪ねた時にはもう、料理人ガスパールの姿はなかった。窃盗団逮捕の知らせを聞き遁走したのだろう。
 無事に依頼を終えた冒険者たちはパリに戻り、冒険者ギルドで報酬を受け取った。
「これが今回の報酬。契約通り、これからのドレスタットへの旅費も上乗せしてある」
 冒険者たちが今後もチェルシーの一件に関わることを望むなら、ドレスタットのギルドで依頼を受け直すことになる。
 渡される金袋は、いつになくずしりと重い。
「約束の報酬に加え、今回の必要経費を全て加算してあるからな。船賃として余分にかかった分とか‥‥」
「また、ずいぶん気前のいい話やな」
 渚が言うと、事務員は人差し指を口に当てる。これ以上は何も言うなというサインだ。その後で言い添える。
「これも仕事でやっていることでね」
 何やらいろいろと裏がありそうな気がしないでもない。交通費の差額分は辞退しようかとも思ったが、あって困る物ではない。この場は全額を受け取ることに渚は決めた。
「ほな、いただいとくわ。おおきに」
「これからもよろしく頼むよ」
 事務員の顔にはいつもの笑顔が浮かんでいた。