稚き歌人騎士1〜徴税人募集

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 20 C

参加人数:15人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月13日〜08月18日

リプレイ公開日:2004年08月20日

●オープニング

 見渡す限り草の波。星明かりだけが地上を照らす。聞こえてくる蹄の音。ランタンの光が闇に丸く円を描いた。
「隊長‥‥お呼びですか」
 革で出来た粗末な鎧。ショートボゥを背負い、ハルバードをハンドアックスサイズに切りつめて、柄に組み紐を巻き付けた武器を下げ、馬には二本のスピアが吊されている。兜も盾も、飾りっけ一つない。
「すまぬな。今の私にはお前達を養いかねる」
「新参者の扱いなど、そんなものですよ。それに、平和になった今。迂闊に兵を抱えていては要らぬ災いを招きます。それでなくとも隊長は敵が多いのですから」
 気にしていないと軽口を叩く。そして、兄弟口の彼は
「稚(ちいさ)きトゥルバドゥールの詩は耳にしたか?」
「マレーアと言う吟遊詩人が広めている詩ですね。隊長が関わった事件にそっくりです。敵方がかなり美化されてはおりますが‥‥。まさか、『あいつ』の差し金ですか?」
 あいつ。と言う単語に怒気が隠る。
「未亡人は名前を変えて逃れ、復讐を誓っているとの報告もある」
「自分を正義と信じている連中ほど、手に負えないものはありませんからね。で、僕にどうせよと?」

 数刻後、二つの騎馬は離れ、闇の中に消えて行った。

「荘園の管理ですかい?」
 ギルドの受付は興味深く聞いた。
「ああ、うちの大将は無骨者でね。とんとその方面の才が無いのさ。だから、そんな気が無いのに税が不公平だったり、領民の不満が多いんだ。そこら辺を仕切って、ルールを定めてくれる人材を探している。貴族の出か商人の出で、詳しい奴は居ないか? もうすぐ小麦の収穫時期だ、滞り無く、不満なく、効率的に徴税してくれれば、税収の一定歩合を進呈する。そうそう、最近良く耳にするトゥルバドゥール殿とご家来衆あたりならば、ご経験もおありでしょう。女性故のあたりの柔らかさもあるでしょうし」
「しかし、なぜ冒険者風情に徴税をお任せに為るんですか? 御家臣に人が居ないとも思えませんし、専門の者を雇っても宜しいでしょう」
「あいにく、うちの大将は敵が多くてね。他の貴族の息が掛かった専門家に任せると危ない。と踏んでいるんだ。多少ちょろまかす位は良いとしても、領地経営を破綻させるために、無茶な取り立てをするかも知れない。そのために、きちんと報酬分の仕事をしてくれる連中を探しているのさ。それとも、冒険者ギルドは、大貴族連中の言いなり。とでも言うのかい?」
 さり気なく希望を述べる青年の腰には、ハルバードの柄を切り詰めた武器が下がっていた。

●今回の参加者

 ea1544 鳳 飛牙(27歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea1899 吉村 謙一郎(48歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2148 ミリア・リネス(21歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3659 狐 仙(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3934 ルーク・フォンセイン(30歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4909 アリオス・セディオン(33歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)

●サポート参加者

クリシュナ・パラハ(ea1850

●リプレイ本文

●禁色
 槌音は響く。パリは未だ成長を続ける街。若い国王に若い国家、王都の様もまだ若い。セーヌ河の中州を一人の男が歩いて行く。風に銀の髪を靡かせて、鮮やかな紅いマントを靡かせて。鮮やかな紅は貴族以上に許されし色。マントが示す身分故に人々が道を開ける。
「イルニアス様。遅いですわ」
 花屋の前で待ち合わせ。それにしてもおかしな組み合わせである。シフールの男に、神聖騎士の身なりの子供。そして、平服だが長い金髪の女騎士。大きな青いリボンが幼さを一層際だたせる女の子は、如何にも城を抜け出した幼い姫のお忍びらしく、白い服に青いマントをまとっていた。
 待ち合わせの一行は橋を渡り、冒険者酒場を過ぎ越してイリス通り9番地に歩を進める。
「どうぞ。壺に入れて井戸で冷やした牛乳と野菜のスープですわ。隠し味はパセリですわよ」
 カミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)は涼しげな緑のスープを皆に配った。なにせ、領地経営の一端を担う大仕事。しかも、なにやら裏がありそうだ。用心に越したことはないと、手分けして確認作業に入っている。
 ここに集ったのは主に依頼主を調べるメンバーである。その中でも、いろいろと手分けをしないと時間が足りない。僅かな手間を惜しんで、後味の悪い思いをするのは御免である。打ち合わせは順調に進んで行く。

「成る程、状況は理解したつもりです。それでは―『役割分担』と行きましょうか」
 グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)が纏めに入る。
「私は貴族を中心に彼の評判を調べる。敵対者に邪魔されては厄介だからな」
 イルニアス・エルトファーム(ea1625)が、紅いマントを直しながら仲間に告げた。これでも貴族の端なのだ。
「じゃあ私は対抗者を調べます。依頼人がどんな人物でも、妨害工作で酷い目に遭うのは結局領民の皆さんですからね」
 冒険者に徴税を依頼する。如何にも裏がありそうな依頼である。しかし、シクル・ザーン(ea2350)の想いは依頼人の利害では無い。仮に彼が蛇蠍の如き人物であっても、領民には何も罪はないのだ。
「私は依頼人自体の出自を調べてみましょう。奥様の実家とか、家臣の出自とか‥‥」
「わしの担当は徴税に向かう領地じゃな。幸い、と言ってはなんじゃが。方々ほど顔も名前も知られてはおらぬからのう」
 カシム・キリング(ea5068)が羽をパタパタと乗り出すように浮かび上がった。

●依頼人
 アレクス・バルディエ。それが依頼人の名前である。イルニアスが面識のある貴族やそこの召使いにそれとなく尋ねてみると、正に毀誉褒貶。成り上がり者にありがちな相反する二つの噂が依頼人にはあった。剛腕の策謀家、無学な山出しの暴れん坊。傭兵隊長として武勲を立てた事実以外は、何れが真実かも定まらぬ。ただ、敵に対しては悪魔のような彼ではあるが、味方に対しては損得抜きの義侠心すら見せる男であるとも聞いた。
 要約すれば、概して名門貴族の評判が悪い。しかし、平民や一部の貴族の受けは良く。戦場で助けて貰ったとか、相手を思いやって決闘で勝ちを譲るような事も行うと言う話も耳にした。
 今回の依頼は、彼自身ではなく家臣である騎士の領地経営だ。騎士と言っても彼同様出自の知れぬ傭兵上がり。主ほどの学も無く領地を扱いかねているらしい。
「敵も多いが有力な味方も存在するようだな」
 それがイルニアスの結論であった。

 騎士にして聖職者。子供ながら聖俗両方の権威を身に帯びるシクル。その子供と騎士と聖職者の何れが彼に利したのかは判らぬが、意外にたやすく情報が集まった。バルディエ家はエッツエル大王の流れを汲むフランクの武将の家柄で知られていた。しかし、当主アレクス卿がその末裔と言う証拠は無く僭称の疑いも高い。このような場合、然るべき筋から妻を娶って体裁を整えるのが普通であるが、なぜか独身を通している。
 神聖ローマ国境添いの辺境。多くの開拓地を封土として保有する彼が、名門貴族との縁組みを拒んでいるのだ。また、傭兵時代の部下の多くを家臣として召し抱えているため、騎士や兵の数は通常に比べて倍近く多い。抱えきれなかった者達でさえ、今も彼を盟主として仰ぎ各地に散っている。それ故、一朝彼が檄を飛ばせば、大貴族にも匹敵する兵を催すことが可能であろう。
 このことがアレクス卿の身辺にとかく噂の絶えぬ一員らしい。所謂、王位簒奪を狙っている等の中傷である。

 一足早く領地の村の一つを訪れたカシムの眼には、領主の政(まつりごと)の拙さが一目で見とれた。いかに開拓地とて、畑の区画も整備されておらず用水の便も悪い。
 村は貧しく、家々には雌牛の一頭も見あたらない。領主の支配する村は4つに過ぎないが、ここには教会もなく、ただ小さな礼拝所が設けられて、司祭が巡回で回っている始末だ。居酒屋も、別の村に行かねば為らない始末。パンの竈も水車小屋も、この村には無い。
「難儀なことじゃ‥‥」
 夕刻、伝道者として辻説法をしながらそれとなく民情を探れば、色々と生活の苦しさを訴える声が上がる。
「税金取りがやって来ると言うが、どうなるんでしようね。御領主様は勇敢な騎士でお優しい方でもありますが、村のことはちっともお分かりにならない。先月、そこの親父が死んじまい。掟どおりに一番良い服と、一番良い家畜を献上しましたが、それっきりご沙汰もありません」
 最上の服と最上の家畜。所謂死亡税は、一家の財産を量って遺族の生活が成り立つかどうかを調査する意味もある。もしそれがボロ服や痩せた家畜、あるいは一頭しか居ない雌牛の類であるならば、なんらかの沙汰があるのが通例である。
「うちの娘が結婚するので一夜の伽を申し出ましたら、真っ赤な顔をしてお許しになりませんでした」
 所謂初夜権だが、今時本当に実行する領主は少ない。大抵は婚約者に金で買い戻させる。つまりは単なる結婚許諾税なのだが‥‥。
 こんな話がぼろぼろと。
「はあ‥‥。本当に何もご存じ無いようですな」
 カシムは当惑した。善良かも知れないが領主としての常識が欠けている。

 徴税人として村に赴く前夜。5人は再び集まった。
「バルディエ殿は健康そのものでしたわ」
 依頼人そのものを調べていたグリュンヒルダが苦笑する。
「毒を盛っても、首を刎ねても、心臓に銀の杭を打ち込んでも死にそうもない怪物。と言うのが専らの評判です」
「私もだいたい同じ話を聞きましたわ。今のところバルディエ卿の直轄地は、かなり上手く治まっているそうですが、子飼いの臣下の皆様は、余りよろしくない様ですの」
 カミーユは、敢えて自分を指名してきたバルディエ卿に若干の好意を持っていた。彼の武名を聞き及び、一個の英傑と感服していたからである。

●徴税記録
 七刻 双武(ea3866)が領主の館を訪れた時、領主は馬に跨り、今まさに駆け出そうとする所だった。
「領主様にお願いが御座います。依頼の徴税の為に関連する資料の閲覧の許可を頂きたく、ここに参りました」
 礼を尽くして求める双武に、そうか、と一言。そして少し考え、終わってしまった事を調べて何か益があるのか、と、本当に不思議そうな顔をして聞き返して来た。その返答を待たず、「まあ良い、良しなに頼む」と、部下を引き連れて行ってしまった。
(「これは‥‥領主殿の教育から始める必要がありそうじゃ」)
 苦笑いを浮かべる双武。ただ、武功により成り上がったという人物らしく、物に拘らない、サバサバした性格ではある様だ。見込みが無い訳ではない。

 この領主が治めているのは、主に小麦を産する4つの村だ。戦後、新しく開拓した土地に農地を失った農民を受け入れたもので、歴史は浅い。また、東方の街道沿いの村は、ごく最近編入されたものだ。領主の館を基準にすると、それぞれ東西南北に位置するので、西の村、東の村、南の村、北の村と呼ばれていた。
 慣例では、税は村単位の現物納入で、毎年担当の役人が育成状況を調べ、3割を最大として税率を決定する。麦の収穫率を考えるとこれ以上の徴収は不可能と考えて良い。収穫量の1割は教会の取り分であり、他に非常時の為、領主の責任において強制的に一定量の種麦を保存する事になっている。領主自身の取り分は1割程度で、作物の出来不出来によって変動も激しい。税としてはこの他に、先にあったような慣習に基づく税、また週に3日を限度とした労役などもあり、これを利用して領主個人の農地経営、未だ整っているとは言い難い農業施設の整備などが行われる。
「領地経営に疎いのは領主様だけじゃなくて、部下の方々も同じみたいですね」
 ミリア・リネス(ea2148)が長い耳をぐったりさせて呟いた。貴重な記録がろくに分類もされずに積み上げられていて、報告の為に記録を取るだけで後は放置、という様が目に見える様だった。何とか整理をし、目を通す内、カミーユと吉村 謙一郎(ea1899)の表情は、段々に曇って行った。
「大体分かりました。けど‥‥」
 カミーユが考え込む。この領主が仕える主君は、神聖ローマ帝国と国境を接する一帯に領地を持つ。つまり、ここの領主殿も常に戦に備えておかねばならず、帳簿を見れば火の車な家計を必死に遣り繰りする様が見て取れる。その中で、粉挽き場を整備したり、更に農地を拡張したりと頑張っているようなのだが。その努力が悲しくなる程、実収益に反映していない。収穫量は常に期待を下回っているし、施設整備の効率も上がらず、常に予算と期間をオーバーしている。街道沿いの村を編入したことで収穫量は増したが、警備の為の費用が随分嵩んでいるようだ。
「それにしても、これだけの耕地があって人もいれば、もっと収穫があっていい筈です。近年特に不作だった訳でもないのに」
 呟く彼女に、謙一郎も頷いた。しかし、そもそも期待する収穫量のなんと少ないことか。ジャパンで育った謙一郎にとって、それは驚くべき事だった。
「瑞穂の国とはよく言ったものだべ。ジャパンはかくも豊かな国でごぜえましたか」
 山がちな国土故に、僅かな耕地をも大切に耕してきたジャパンの豊かさ。猫の額程の土地を倦む事無く耕す人々と、頭を垂れる稲穂の美しさを思い、彼はしみじみと呟いた。はっと気付き、ノルマン人2人を前にこれは失言、と頭を掻く様を、カミーユとミリアが笑う。実地調査に向かうミリアを見送りながら、謙一郎は聞いてみた。
「カミーユさんは、この原因を何だとお考えでごぜえますか?」
「そうですね、農業の環境や技術に問題があるか、民と領主の間に不信感があるか、あるいはその両方か。領主の努力や苦心も、適切でなければ意味が無い訳ですから‥‥。その辺りのズレや行き違いは、現地を回ってくれているみんなの話を聞けば見えて来るでしょう」
(「わしの娘と同じ年頃にしか見えねのに、大したもんだ」)
 謙一郎、感心する事頻りである。

●実地調査
 徴税にあたっては、まず領民の理解を得なければならない。グリュンヒルダがまず行ったのは、4つの村の村長を集めて会合を開き、税への理解を求めることだった。会合の場所として目をつけたのは、領主の館のすぐ近くにある教会堂である。双武と共にグリュンヒルダが訊ねてみると、教会堂の主は赴任したての年若いクレリックだった。名をジャンと言う。
「へえ? 冒険者の方々がご領主様に代わって徴税をなさるんですか?」
 話を聞いて、ジャンは意外そうな顔をした。灯台元暗しとやらで、依頼の件は領主のお膝元では十分に伝わっていないとみえる。
 一通り要件を伝えると、ジャンは同情するような表情になった。
「はぁ‥‥。なんとも大変なお仕事をお引き受けになられましたねぇ」
 さて、会合を開く旨を村々の村長に伝えねばならないのだが、村長の家を一つ一つ訊ねるのだから、これがまた一仕事である。移動はもっぱら七刻の馬を使い、移動中は村の家々や畑の様子をまめに観察する。
「ううむ、なんとも勢いのない村じゃな」
 屋根や壁が破れたままの家々、育ち具合の悪い小麦、畑のあちこちでのび放題になっている雑草、そういった一つ一つを七刻の目は見逃さなかった。
 その翌日。4つの村の村長たちが教会堂に顔をそろえた。
「‥‥以上が、このたびの徴税についての大まかな説明です。依頼を受けた冒険者の中には多少怪しい行動をする者がいるかもしれませんが、冒険者は概してそういうものなので、4つの村の村長各位ならびに村人の皆様のご理解とご協力をよろしくお願いします」
 年若きナイトのグリュンヒルダが説明を終えると、まず東の村の村長がはぁ〜っと大きなため息をつき、グリュンヒルダの顔を値踏みするように見つめながら訊ねた。
「それで‥‥うちの村の税の取り立て具合じゃが、重くなるのか、軽くなるのか、どっちなんじゃ?」
「それについては村の収穫量や必要経費などを調査してから決めさせていただきます」
 その答に東の村の村長は不満そう。
「なんじゃ、重くなるか軽くなるかもまだ分からんのか。言っとくが、東の村はイノシシに畑を荒らされるおかげで、毎年のように小麦がダメになるんじゃ。その減り分をきちんと勘定に入れてもらわんと困るぞ」
「それを言うなら西の村だって毎年のように麦泥棒に小麦を盗まれるんじゃ。それも勘定に入れてもらわんとな」
 きつい口調で言うのは西の村の村長。さらに北の村も不満顔で言い張る。
「北の村だって、井戸水が年々少なくなっているおかげで難儀しとるんじゃぞ!」
 それを聞いて、南の村の村長が大声でまくしたてた。
「なんじゃ! どの村も情けない話ばかり大声でまくしたておって! それで自分の村だけ税の取り立てを軽くしようという魂胆かい!? 言っておくが、よその村のしわ寄せが南の村にばかりかかるのは御免こうむるぞ! ただでさえ、南の村は税の取り立てでふうふう言っとるんじゃ!」
 それを聞いて、他の3つの村の村長が大声で叫んだ。
「税の取り立てでふうふう言っとるのはどの村も同じじゃろうが!」
 なりゆきを見守っていたグリュンヒルダは思わず思案顔。
「これは思ったより大変な仕事になりそうですね」

 こうして、徴税という骨の折れる仕事を任された冒険者達の実地調査は始まった。
 アマツ・オオトリ(ea1842)はまず、4つの村をまんべんなく見て回ることにした。馬に乗り、明け方から夕暮れまで村々を巡回しながら、穀物の状態をつぶさに観察する。拙いながらもアマツには農業の心得があるので、これが役に立った。
 北の村では立ち枯れしている小麦がやけに目立った。明らかに与える水が不足している。井戸をのぞいてみると、水位がやけに少ない。どうやら地下の水脈の流れが変わったようだ。
 東の村、西の村、南の村では、北の村のような立ち枯れは目立たなかったが、その代わり東の村では倒れた小麦が目立った。畑を荒らす獣の仕業だろう。
 どの村でも作物の育ち方はおしなべて悪い。これまでアマツが目にした村々の水準からすれば、この領地での作物の育ち具合は平均をかなり下回っているようだ。
 村々を回っていると、子どもたちが駆け寄ってきた。
「馬だ! 馬がいるぞ!」
 アマツとその乗馬を遠巻きにして、好奇心いっぱいの瞳でながめている。
「もっと近くに来ないか? 話をしよう」
 アマツが誘うと、子どもたちは恐る恐る近寄ってきた。
「ねぇこの馬、お姉ちゃんの馬なの?」
「そうだとも。触ってみるか?」
 子どもたちの目が輝いた。
「本当!? 触っていいの?」
「オレ、こんな近くで馬を見たのって初めてだ!」
 ふと、アマツは気がついた。そういえば、領下のどの村でも牛や馬の姿を見かけなかった。ロバは何度か見かけはしたが。試しに子どもたちに訊いてみる。
「この村に牛や馬はいないのか?」
 子どもたちは口々に答えた。
「あたしのお隣のそのまた隣の家が、牛を飼ってたんだ。でもその牛は寿命がきて、一昨年の冬に死んじゃったんだよ」
「それまでは牛で畑を耕してたんだけど、牛が死んじゃってからロバで畑を耕してるんだ。でもロバじゃ力ねぇからな〜」

 ミニア・リネス(ea2148)、双武、レニー・アーヤル(ea2955)の3人は北の村のとある農家にやってきた。家の前で小さな子どもが遊んでいる。
「家の人はいるかしら?」
 レニーが聞くと、子どもは家の中へ駆けていった。
「とうちゃ〜ん! 税金取りが来たよ〜!」
 土間に座って昼間から酒を飲んでいた親父が、慌てて飛び出す。
「いや、ご苦労様ですだ。おらは畑仕事があるもんで、ちょっくら失礼しますだ」
 鍬を担いで逃げるように家を飛び出した。後から農家のおかみの声が追いかける。
「ちょっとおまえさん! 何さ、面倒ごとはあたしばかりに押しつけて!」
 しばらくすると、乳飲み子を抱いたおかみが奥から姿を現した。
「ほんとに何もない所ですけど、ゆっくりしてって下さいね」
「それじゃ、質問させていただきますぅ。まず、現在作ってる作物の種類に、現在持ってる耕地の広さ、労働時間、それに‥‥」
 事細かな質問を始めたレニーに、おかみは空っとぼけた笑顔で答えた。
「すみませんねぇ。畑仕事のことは、あたしじゃとんと分からないし。とにかくあたしらは、ずっと昔から同じようにして畑仕事をしてますだよ」
 近くの農家を何軒か回ってみたが、いきなり家の者がどこかへ行ってしまったり、のらりくらりと質問をはぐらかされたりの繰り返し。
「困りましたぁ〜。これじゃ報告書が書けないですぅ〜」
「よほど悪い評判が出回っているようじゃわい。下手に答えて税金を増やされてはかなわぬと、誰もが思っておるようじゃ」
 ミニア・リネスが畑の小麦を見ながら、意味ありげな独り言をつぶやく。
「ふむふむ、なるほど〜」
「何か分かりましたか?」
「この畑の小麦、明らかに育ち方が悪いです」
 七刻が畑の土をほじくり、土の感触を確かめてつぶやく。
「土の耕し方がなっとらんのぉ。小麦の根が固い地面に当たってなかなか伸びないから、育ち方が悪くなってしまうんじゃ」

 一方、シクルは旅人のふりをして、南の村をぶらりと散策。ふと、林の中へ踏み入っていく村人を見つけ、後をつける。
 木々が生い茂ったその裏側に、耕された畑があった。隠し畑である。シクルの姿に気づいた村人は両手をすり合わせて懇願した。
「頼むから、この畑のことは税金取りには黙っていてくだせぇ」

 徴税に備えてクリシュナ・パラハ(ea1850)がこまめに畑の測量を続ける一方で、ルーク・フォンセイン(ea3934)、アリオス・セディオン(ea4909)、鳳 飛牙(ea1544)の3人はもっぱら村人の意見を聞いて回る役を受け持った。ところが税金取りへの警戒は強く、道で出会っても家々を回っても村人たちはなかなか本音を話そうとしない。
 何とかして村人たちの本音が聞けないものかと思案していると、狐 仙(ea3659)が格好の場所を見つけてきた。西の村の街道沿いにある酒場で、領地でただ一軒の酒場だ。
「相手が聞く用意があるって言ってんだから、今言っとかないと損よぉ。後でこう思っていたんだなんて言っても後の祭りなんだから」
 酒盛りをしつつ狐が村人たちに質問を向けると、最初は口の重かった村人たちも酒が回るにつれて次第に舌が回るようになってきた。
「東の村のイノシシにはどうにも困ったもんだよ。森の木を切ってイノシシよけの柵を作ろうにも、森の木は領主殿の財産だから勝手に切ってはいかんというお触れを出されちまうし、いったいどうしろっていうんだい?」
「西の村の麦泥棒を何とかして欲しいよ。領主殿の番兵が街道の詰め所で目を光らせているけど、泥棒どもはその裏をかいて、真夜中に穀物倉からごっそり麦を盗んでいくんだぜ。まったく番兵どもはどこに目をつけてんだよ?」
 ルークもアリオスも、正直言って不平不満の多さにげんなりした。鳳も最初はきちんと記録を取っていたものの、書いても書いてもきりがない。あまりの多さに途中で投げ出してしまった。

●七刻様
 当面の仕事を終え皆が引き取った後も、双武は暫くの間、風に揺れる麦畑の様子を眺めていた。近頃こんな何でもない光景に、どうしようもなく心動かされる事があるのだ。
「拙者も、老いたか」
 齢50を越えた己の心が可笑しくて仕方が無い。ただ、そう感じる心を素直に認められる自分の在り様を、彼は好ましく思っている。
 ふと、背後に佇む人の気配を感じた。惑い、揺れる人の心を。何も言わずとも、それが誰かはすぐに分かった。
「アマツ殿‥‥」
 彼女は何も答えない。双武も口を噤んだ。彼女の手が、双武の背にそっと触れる。その時、彼は確信した。それは、自分が最期の時まで守るべきものなのだと。彼の心はすぐに、それを当然の事として受け入れた。
 アマツはその背に触れてしまった事を、激しく後悔した。逞しく、温かい背中。涙が溢れて止まらなくなった。ただ、己の身ひとつ、戦いの中に生き、そして死ぬのだと思っていたのに。触れた背はもう、彼女を放してはくれなかった。
 背に縋り、ただ泣く事しか出来ない自分に、アマツは戸惑った。そして、当たり前のように自分を受け入れてしまった双武を憎み、どうしようもなく彼を愛してしまっている己の心に絶望した。
(「雲よ、空よ、心あらば教えてくれ。私は何故、生まれてきた?」)
 夕闇に流れる雲。揺れる麦穂の音に押し流され、彼女はもう、何も考える事が出来ないまま、温もりの中に沈んで行った。そんな二人の銀のような時間を、 カンカンカンカン! カンカンカンカン! 鳴り響く早鐘の音がうち消した。

●警邏隊
 結局のところ、調べれば調べるほど問題が出て来る。
「やろうと思えば、手もなく騒動を起こせるな」
 領地の村々を歩きながら吐き捨てるイルニアスに、
「わざわざ手を汚さなくても、放っておけば破綻するぜ」
 突っ込みを入れる少年は、竜巻小僧と異名をとる飛牙。油断無きその歩みは、内に凝縮された命の爆発を込めて恐ろしいまでに美々しい。今の彼ならご婦人方にもて放題。と思われるが、悲しいかな、こんな時に限ってそのように邪念の一切が、彼の脳裏から消滅していた。
「不審な奴は‥‥なんだか俺達だけのような‥‥おや?」
 飛牙の目に、泥濘にはまった荷車が見えた。老人が必至に抜け出そうと足掻いているが、ロバも汗だく。息を切らせている。
「爺さん。手伝おうか?」
 気安く声を掛ける飛牙の異形に、一瞬老人は驚いたが、
「ありがたい。難渋しておりました」
 任せておきなと指を鳴らし、荷馬車の下に肩を入れ、
「こぉぉぉぉぉぉっ! はぁぁぁぁっっ!」
 森の狼も怖じ気づいて逃げ出しそうな裂帛の気合い。事実、麦の穂を啄(ついば)みに来ていた小鳥達が一斉に空に飛び立った程だ。荷車は浮き上がり乾いた土に降ろされた。
 カンカンカンカン! カンカンカンカン! 早鐘の連打が村に響く。
「あ‥‥や、やだな。あはははははは」
 手に手に鎌やフォークや棒を持って、村人達が集まって来た。腰が引け、怯えながらも勇敢に。少し遅れて兵士らしき人物も数名。緊張した空気が辺りに漂う。
「あ、違いますわ。私の仲間ですの」
「怪しいものでは無い。それは拙者の連れぢゃ」
 謙一郎に伴われたカミーユや、作物の出来を見聞していた双武らが慌てて駆けつけ説明すると、ようやく警戒を解いた。
「七刻殿。いまの塩梅はどうだべか?」
 謙一郎の問いに双武は首を振り、
「まだ途中じゃが、厄介じゃのう」
 村々の問題は深刻であった。一つだけなら大したことではないが、それが相互に絡み合い、解決を難しいものにしている。いずれは領民を潤す水路の掘削は、農繁期に入って中断されている。水車小屋建設の予定地も、鍛冶師の誘致も司祭の派遣も、大幅に遅れているのだ。

●報告書はまとまらない
 今回の税金取り立ての依頼について、依頼主に提出する報告書のまとめ役を引き受けたのは、シクルとツヴァイン・シュプリメン(ea2601)。ところが、これがなかなかまとまらない。
「依頼主に提案すべき徴税方法は2つ。1つは種小麦課税方式で、もう1つは代替え納税です。しかし結論は出ていても、そこに至るまでの道程をどうすべきか‥‥まったく頭が痛い状況です」
 ちなみに種小麦課税方式とは、蒔いた種小麦の量の2割といったように、種小麦の量に対して一定の課税をする仕組みだ。農地を広げて耕作量を増やしたい時、農民は領主から更なる種小麦を借り入れる事もできる。逆に人手が減った場合には、農地と種小麦を返却して税を減らす事もできる。慣例方式に比べて、豊凶税収変動が少ないし、調査に掛かる費用も抑えられる。
 書面上は「前年の種+借り入れた種=今年の種」として計算すれば、毎年種をどれだけ蒔いたか調査する手間はさほど増えない。ちなみにノルマンでの小麦の収穫率は確実ラインでおおよそ2倍程度、豊作でも4倍未満と低く、種小麦が貴重なので、この書式でも誤差は小さいはずだ。
 代替え納税とは、小麦などの農作物の代わりに、別の品物や労役によって納税させるやり方だ。出稼ぎや内職など、冬の間の副業から税収を得られる利点がある。
 しかし今、税の取り立てという使命を受けた冒険者達の前に立ちはだかっているのは、『不平不満』と『やる気のなさ』という得体の知れない怪物であった。この二匹の怪物は領民一人一人の心にしぶとく巣くい、ことあるごとに税の取り立てをしつこくしつこく妨害してくれるのだ。つまり、絶対徴収確実と思われるのは、各村に点在する領主の畑の収穫だけと言う有様。しかし、開墾によって領主の畑を増やし、耕作を税とすれば良いか? と言えばさに非ず。このような賦役ではいくら働いても自分の取り分が無いため、悪く言えば手を抜きがちに為るからである。到底税の中核に据えるわけには行かない。
「結論は出ている。税の取り立てのルールは単純なほどよい。複雑化したルールは手続きが煩雑になり、事務処理を遅くするばかりだ」
 報告書にはすでに、ツヴァインが提案した税取り立ての原案が丁寧に書き込まれている。

 【税の取り立て額】 = 【領地の必要維持経費】
           = 【荘園の維持費】+【領主の生活維持費】+【非常時用の貯蓄分】

 【非常時用の貯蓄分】=(【荘園の維持費】+【領主の生活維持費】)×0.15

 よって計算上は、

 【税の取り立て額】 =(【荘園の維持費】+【領主の生活維持費】)×1.15

 となるはずだ。

「だだし、これは机上の計算。実際は未徴収分が出る。借金持ちや貧困層は生活がギリギリだからな。何かあったら払えなくなる。そこで未徴収者分の発生予想を考慮に入れた上で、領地の維持が可能な分までの税徴収が無理ない範囲で出来るか? その辺の事を考慮に入れた上で試算を行おうとしたのだが‥‥」
「はぁ〜、それで結局どうなったんでしたっけ?」
 質問したのは領主の部下の一人。報告書作成の手伝いと、後々のために徴税のやり方を教えるためにツヴァインがここに引っ張ってきたのだ。
「私はもうさっきから難しい言葉ばかり聞かされるもんで、もう頭ん中が真っ白になりそうですわい」
 ツヴァインは部下を横目でにらみ、皮肉っぽく言った。
「机上の計算ばかりにかまけていても、現実の仕事は進まないということさ」
「あの〜、こんなの書いちゃいました〜」
 羊皮紙の束にびっしり書き込まれたお手製のレポートを手にして、横からミリアが割り込んだ。
「簡単に説明しますとね〜」
 羊皮紙の束をめくって、1枚の押し絵を示す。領主の館とその回りの4つの村、涸れ井戸にイノシシに盗賊に隠し畑が落書きっぽく描かれている。
「北の村は井戸が枯れかけていて小麦が立ち枯れ状態。東の村はイノシシに畑を荒らされ、西の村は夜盗に貯蔵庫の小麦を盗まれて、そんなのが毎年続いたもんだから村人は働く気をなくして税を出し渋ってばかり。それでは一番収穫量の多い南の村から取り立てようってことで、領主が南の村からばかり税をしぼり取るものだから、南の村では不平不満がたまって村人たちは隠し畑作りに精を出す始末。簡単に言えば、これが現状です」
 部下は納得の表情になる。
「あ〜そういうことだったんですか。しかし領内がそんなことになってたなんて、話を聞くまで気がつかなかったな〜。私は御領主様のお供をするのに忙しくって忙しくって」
 ツヴァインがきつい言葉でくぎを差す。
「聞けば領主殿は武勇の誉れ高き強者だそうだが、領地経営は素人も同然だ。とにかく、貴公には領主の補佐役として必要な知識をみっちりと教えておくからな。来年もお願いしますじゃ困るんだよ。自立出来なきゃ領主としては失格だ」
「いや、しかし新しいお触れが行き渡るのに7日は掛かります。皆が集まる聖日礼拝の後に発表し、何日かは理解するための時間が必要ですからな。今日が8月20日ですから、続きはまたと言うことで〜」
「では、27日に参りますわ」
 カミーユは、先ほどパリから届けられたシフール飛脚を握りしめ、ほっかりと微笑んだ。ちらりと見えた文面には『アサギリ座』の文字が見える。只でさえ幼い彼女の顔が、幼子のように輝いた。

 この地に新しい法(おきて)を定めるのは、骨が折れそうだ。