稚き歌人騎士2〜税制発布

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:14人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月02日〜09月07日

リプレイ公開日:2004年09月10日

●オープニング

 狩りの衣装に身をまとい。僅かな供を連れる貴族。貴族と言うには供回りの荒っぽさ。お世辞にも品があるとは言えないが、研ぎ澄まされた刃のような武人の臭いを漂わせ、主君を護るように進む一行。全員騎馬にて森を抜け、草原に進み出る。
「ここで待っておれ」
 言い捨てると、主君は一騎駈けに草原に身を躍らせた。

 風が舞う草原の直中。男は西の方からゆっくりと馬に乗ってやって来た。
「早かったな。で?」
 促されて口を開く若者は、いつかと同様に、粗末な革鎧にショートボゥ。腰にトレードマークの切りつめたハルバードのようなものを下げている。
「見かけは子供ですが、存外に有能な方ですね。敵に回したら厄介かも知れません。あのバカがお手上げだった税の目鼻を付けてくれましたよ」
「‥‥お前がそう見るならば、なんとしても味方に付けねばな。接触し、私と盟約を結ぶよう説いてくれ。相応の事をさせて貰う」
「もし、お断りに為られたら?」
「敵に回りそうか見定めよ。その時は‥‥」
 折からの風が二人の会話をかき消した。
「委細承知致しました」
 若者はゾクッとするような冷たい笑みを浮かべて馬を回す。そして、風と共に西へ消えて行った。

 8月27日。約束の時は満ちた。4つの村に新しき法(おきて)を布き、実際に税を取り立てるのだ。人は、多少重い負担には耐えられるが、不公平には我慢出来ない。定期的徴税には従順でも、臨時の税には不平を鳴らす。荘園の根本的問題は現状の把握不足から来る不公正感であった。何を重視し何を無視するのか? その理(ことわり)の答えは神ならぬ身に担いかねる。しかし、断じて為さねば光はない。
 徴税人たる一行は、約束通りにやって来た。

●今回の参加者

 ea1544 鳳 飛牙(27歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea1899 吉村 謙一郎(48歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3659 狐 仙(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3677 グリュンヒルダ・ウィンダム(30歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4238 カミーユ・ド・シェンバッハ(28歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea5985 マギー・フランシスカ(62歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●領主殿は戦馬鹿
 8月27日の約束の日。冒険者たちは再びこの土地に戻ってきた。
 一部ではもう刈り入れが始まり、農夫たちが額に汗してせっせと鎌を動かしている。
 しかしその平穏は長くは続かなかった。蹄の音も荒々しく、領主の館から騎馬の一団が襲歩で現れた。
「戦だ! 戦だ! 我に続けぃ!」
 槍を携え軍馬にまたがり、戦闘きって走っていくのは領主殿ではないか。後に続く家来たちも手に手に武器をとり、鎧甲に身を固めた完全武装。
「いったい、何事だ!?」
 愛馬を駆ってやってきたアマツ・オオトリ(ea1842)は眉をひそめ、馬首を転じて仲間に告げる。
「馬のない者は先に館へ向かってくれ。私たちは領主殿の後を追う」
 アマツ以下、馬に乗った冒険者たちは領主の一行を追い、行き着いた先は隣の領主との境をなす小川の土手っぷちだった。
「あそこです! あそこに騎士達が集まっています!」
 家来の一人が、小川の向こうの原っぱを指さして領主に告げる。家来の言う通り、そこには武装した騎士たちとその従者たちが10人ばかりも集まっている。
「さてはこちらに攻め入る気か!? そうはさせぬぞ! 全員、川に沿って横列に並べ!」
 領主が檄を飛ばし、馬に乗った家来たちはきびきびと動いて川沿いに一列横隊の陣を敷いた。小川の幅は狭く、馬で渡れば一足飛びだ。
 と、こちら側の物々しい動きに気づいたのだろう。川向こうの騎士たちに動きがあった。何やら言葉が飛び交い、騎士たちは国境沿いの原っぱから早々に引き上げていく。その姿が遠くへ去りゆくと、領主は家来たちに命じた。
「休んでよし!」
 家来たちは緊張を解く。
「見たか! 隣の腰抜け騎士どもが! 我らの姿に恐れをなして退散しおったぞ! はっはっはっは!」
 豪快な笑いが家来の間に広がって行く。
 その様子を離れた場所から馬上で見守るカミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)は、何やら複雑な表情でつぶやいた。
「あのお姿、戦場ではさぞや頼もしいことでしょうけど‥‥」
 その日の夕方になって隣の領主から使者がやってきた。使者は先の事件について。騎士たちが地境に姿を見せたのは領内で悪事を働いた盗賊討伐であったこと、賊は全て領内で捕らえられ、こちらに害の及ぶことはないことを釈明すると、地境沿いで騎士を動かした非礼を深々と詫びた。
「謝罪は聞き入れた。下がってよい」
 領主の言葉を受け、使者が退出すると、館には領主と家来たちの笑いがどっと広がった。

 朝は早くから武術の鍛錬に励み、昼から夕にかけては軍馬の調教を兼ねてあちこちに遠出し、国境沿いをくまなく見て回る。食事時は軍議に明け暮れ、夜になれば酒盛りしながら手柄話に花を咲かせる。これが普段の一日である。
 その日の晩餐でも、領主殿は家来たちと酒を酌み交わしつつ、数々の武功を成し遂げたという王国復興戦争の思い出話で悦に入っていた。
「いや、あの年の冬のセーヌ河畔での戦いは100年に1度あるかないかの激しい戦いであった。曇り空から粉雪が舞い散る中、憎き神聖ローマ帝国の軍勢は我らの3倍の数で押し寄せ、お味方は退却に退却を重ねた挙げ句に最後の砦へと追いつめられた。あの時の俺は背中に3本も矢を受けていたが、戦いの激しさに傷の痛みも忘れるほどだった。ここを失えば敵は一気にパリ市内へとなだれ込む。俺は最後の砦を守らんがため、自ら決死隊を率いて敵の後方に回り込み、奇襲をかけた。今にして思えば、あれが勝敗の分かれ目であったな」
 普段は寡黙な領主も、酒が入るとずいぶんと口が回るようになる。過日に思いを馳せながら生き生きと言葉をつむぎ出すその話しぶりに、聞く者はついつい引きずり込まれてしまう。まるで英雄談に心ときめかせる子供に戻ったかのように。
 語られる復興戦争の有様に興味深く耳を傾けながらも、長渡 泰斗(ea1984)は国境で目にした光景を思う。
「こう言っちゃ失礼だが、領主殿はバカがつくほどの戦好きだな」
 領主の家来に聞こえぬよう、ついついそんな言葉を口に出してしまう。
「いや、領主殿のお気持ちも分からないではないがなぁ‥‥」
 そう言葉を返しつつ、吉村 謙一郎(ea1899)も首を縦に振る。復興戦争から未だ10年。ローマの動きに領主が神経を尖らせるのは分かる。しかし、年がら年中戦いのことばかり考えている脳味噌を、少しは他の事にも回して欲しいものだ。
「さて、夜も遅くなった。話の続きはまた今度だ」
 戦自慢にも区切りがつき、領主が晩餐の席から離れようとしたところを、晩餐に招かれていたシェンバッハ未亡人ことカミーユ・ド・シェンバッハが呼び止めた。
「領主様、今しばらくお待ちを」
「何だ?」
「是非ともお近づきになって頂きたい騎士の方が、この席にいらっしゃいます。さあシクル殿、領主様にお話を」
 口利きを受け、シクル・ザーン(ea2350)が領主の前に進み出て礼をした。年は12と幼いが、ジャイアントの出だけに、領主より頭一つ分ほども背が高い。
「シクル・ザーンと申します。まだ若輩者ではありますが、英国騎士の家に生まれ、神聖騎士としての修行を積んだ身です。父君、母君から授かった教えを始め、良き先達にも恵まれ、経験は浅いながらも領地経営の基本は心得ております。この地にて私に何か役に立つことがあるとすれば、先人より賜った数々の知恵と教訓すなわち世に言うところの帝王学を、領主殿にお伝えすることではないかと心得ます」
「なるほどな。俺は物心ついてからというもの剣を振るう毎日ばかりで、学問というものに接したことがない。では早速、明日の朝の武術鍛錬の時間を割いて、帝王学の授業に充てるとしよう。楽しみにしておるぞ」

●ロマンス
 月の美しい夜だった。
 昼は村人や館の関係者で賑わうこの場所も、今ぐらいの頃合になると人っ子一人居なくなる。
 そんな場所に、アマツは一人で立っていた。背筋をピンと伸ばし、意志の強い瞳で、夜空に輝いている月を見据えている。
 そんな彼女に、背後から近付いてきた人物がいる。
「アマツ殿‥‥こんな時分に用件とは?」
 それは、七刻 双武(ea3866)だった。アマツから手紙で指定を受け、この場を訪れたらしい。アマツは双武のその問いかけには答えず、すかさず振り向いた。鞘裁きも鮮やかに、腰に佩いた剣が抜き放たれる。
 双武と正面から対峙した時には。アマツの手の剣は違えることなく、彼に向けて構えられていた。
「‥‥アマツ殿?」
「剣を抜け」
 武人の常として。やはり腰の剣に左手を添えたものの、抜刀には至っていない双武に向かって、アマツが言う。その瞳には、強い意思が込められている。
「剣を抜け、七刻 双武‥‥私と死合え!!」
「それは‥‥」
 何故だ、と問いそうになって、ふと、思い留まる。
 何故ならその理由は、その口にのぼらせる必要もない。ただ今の彼女の瞳が雄弁に語っている。そこにあるのは、喜びと憧憬と戸惑いと‥‥。決して憎悪している相手に向けられるものではなかった。
 ‥‥拙者も、まだまだあまい。
 彼女の倍も人生の経験を積んでいる自分をして、この有様なのだ。なれば、その半分も生きておらず、そのほとんどの時間を剣に費やした彼女は、剣で語る以外にその手段を知らないのだ。
 月光を弾いて潤む瞳に見据えられ、彼もまた自身の刀を抜く。
「わかった。アマツ殿、そなたの気持ちしかと受け止めよう」
 その瞬間の、彼女の表情をなんと語れば良いのか。いやそれはおそらく、彼女の剣がどんな言葉よりも雄弁に語ることだろう。
「勝負!」
 複雑な歓喜の声と共に、アマツの剣が一閃する。
 月光の下、鋭い気合の声と剣戟が響く。

「気になるからついてきちゃったんだけど‥‥うーむ」
 木の陰で、展開される打ち合いを眺めつつ、クリシュナ・パラハ(ea1850)は一人ごちた。
「まったく、2人ともいい歳こいて純情というか不器用というか‥‥」
 お互いに好き同士なら、これ以上に簡単で素敵なこともないだろうに。それをどう間違えたか、目の前の2人は果し合い。
 もっともこれが『果し合い』の形を借りた別のものなのは、少しばかり気心の知れた人物ならばすぐわかるだろう。
 下手に邪魔するのは、無粋ってもんだよね。
 気持ちを語るのは、言葉ばかりではない。時と場合、そして相手によっては、まったく別の思いもよらぬものが、言葉よりも雄弁にその気持ちを伝えられるものだ。
 ああやって思いっきり語り合えば、2人ともいずれ落ち着くだろう。そしてどうなるか‥‥それは今のところ、気まぐれな女神様だけが知っている。
「まあ、ほどほどにね。お2人とも」
 馬に蹴られて死ぬのは御免だ。クリシュナはくすりと忍び笑いを漏らすと、忍び足でその場から離れた。

 月下の剣戟がいつまで続いたのか‥‥それは、当事者達だけが知っている。

●傭兵領主の教育
 早朝から始まった領主を前にしての帝王学教授。シクルは緊張を覚えながらも、名に恥じぬよう、熱意と誠意をこめて弁をふるった。
「領主は領民に対しても兵達と同じように心を配り、かつ、その気遣いを証明し続けねばなりません。それが領主としての基本です」
 厳つい領主は神妙な顔で、言葉に耳を傾けている。
「兵と同じように領民も、親身になってくれる領主の元では力を出せますし、無関心な領主の下では力を出せません。兵達に慕われている領主様なのですから、領民に対しても同じ事が出来るはずです」
「うむ、それは分かった。では手始めに何をすればよい?」
「まずは領民を知る事です。彼らが何を望み、何に不満を抱いているか判かれば、自ずとと何をすべきかが解ります。知識などの足りない部分は他から補う事も出来ます。領内の事であれば、各村の長老を呼び寄せても良いでしょう。兵に対してやっているように、常に行いで証明し続ければ、必ず名君となることができましょう」
「名君となるのか、この俺が」
 感慨深げにつぶやくと、自分を納得させるかのように何度も頷いた。
 既に日は高く昇り、朝の仕事に忙しい小間使いたちの声が、領主の居間にも漏れ響いてくる。
「では、今日はここまでにしましょう」
 シクルが教授の終了を告げると領主は言った。
「礼を言うぞ、シクル殿。さて、俺はこれから武術の朝稽古を始めるが、戦場で鍛えた剣さばきを貴公にも教えよう。帝王学を教えてくれた礼だ」
「ありがとうございます」
 領主に誘われるまま屋敷の外の訓練場に足を運び、訓練用の模擬剣を手に領主と相対した。
「俺をローマ帝国の騎士だと思って、かかってこい」
「では、参ります」
 一礼すると、一声叫んで打ちかかった。領主の体がすうっと動き、シクルの背後を取る。シクルは体勢を立て直そうとしたが間に合わず、領主に何度も打ちかかられ、その勢いの激しさに剣を取り落としてしまった。
「まだまだ剣の握りが甘いな」
 その後、領主と4回勝負したが、領主の剣の腕はかなりのもので、シクルは1本も取ることができなかった。少しばかり気落ちしたシクルに、領主が言葉をかける。
「武術は一朝一夕で達するものではない。大切なのは毎日の鍛錬の積み重ねだ」
 勝負には負けたが、自分にとっての領主の存在が少しずつ身近になってきたようにシクルには思えた。

 戦しか知らない領主を教育する熱意にかけては、ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)も負けてはいない。領主に時間を割いてもらって、領地経営と税関係の知識と実務の教授を行うことにした。
「領主は領民の生活基盤を整え、生活を豊かにするが本分。領主の仕事は領地の治安維持と施設整備と住民の安寧を守ること。その仕事を確かなものにするためには、まず税制度について十分に理解しなければならぬ」
 シクルの帝王学と違い、ツヴァインの教える内容は領主にとって難しそうだ。
「細かい税はさせおき、まずは所得への課税と資産への課税を押さえておくことが肝心であろう。分かりやすく言えば、所得への課税は領民が収穫した作物や、商売で得た現金収入に対する課税。資産への課税は領民が親から受け継いだ家や、牛や馬などの家畜、水車小屋などの生産施設に対する課税のことだ」
「いや、待ってくれ。ツヴァイン殿の言葉は無学な俺にとって難しすぎる。すまぬが、もっとかみ砕いた言葉で教えてはくれまいか?」
 ツヴァインは根気よく何度も繰り返し教えたが、なかなか頭に入らず四苦八苦している様子。時間が経ち、晩餐の用意が出来ましたと小間使いが知らせに来た時、助けを得たとばかりに領主は言った。
「では、今日の勉強はここまでとしよう」
 冒険者たちを招いて晩餐の席につくと、領主は杯に注がれた食前酒のワインをぐいと飲み干す。小間使いがお代わりを持ってきたが、領主はそれを手で制した。
「今日は酒を飲むのはほどほどにして、皆の話を聞こう」
 最初に意見を述べたのは狐 仙(ea3659)。
「荘園と呼ぶからには領地のほとんどは領主個人の土地であり、その領内にある物にしろ人にしろ全てに対し責任を持つのは当然でしょう? 村の諸問題を解決するのも仕事というわけ。まずは北の村の水不足だけど、建設中の用水を出来るだけ早く使えるようにしなければならないわ。兵士の一部を錬兵の名で土木作業に回すといういうのも手段だと思う。そうすれば領主が仕事しているということが領民にも目で見えるでしょう? どのみち本格工事は農閑期だし」
「ふむ」
「東の村の猪は、簡素な柵では抜けられてしまうから、いっそ毎年狩りを催してはどうかしら? 労役としてでなく仕事として。期間の賃金を出し、獲物は山分けというのは?」
「ふむ、猪狩りか。よいかもしれぬ」
「それから南の村の隠し畑。発覚した以上は何年か遡って税を徴収するのが公平というもの。隠し畑の罰を受けるよりましでしょう?」
 そこまで喋ると、狐仙は自分のワインをぐいと飲み干し、小間使いにお代わりを求めた。
 すると、話を聞いていたレニー・アーヤル(ea2955)が口をはさむ。
「領主様、南の村の隠し畑への徴税ですが、わたくしの意見は異なりますぅ」
 言葉を続けようとするレニーに領主は待ったをかける。
「いや待て、税のことについては俺の頭がついていかん。徴税については貴公らに一任するから、一番いい方法を考えてくれ」
 狐仙が言葉を続ける。
「そして西の村の夜盗。この時期に夜盗が都合よくその辺をうろついているかどうかは疑問だけど、退治は領主の腕の見せどころよ。ともかく、どういう形であれ管理の出来ないなら封土は返上したほうがよろしいかと‥‥」
 その言葉に領主がじろりと狐仙をにらんだので、彼女は付け足した。
「まあ、どのみち私のは素人考えの意見だけどね」
「領主殿、俺の意見も聞いていただきたい」
 続いて泰斗が言う。
「夜盗や害獣が出るなら、手始めに村々を見て回ったらどうだろう? 領主自らが対策に乗り出したことを民に示し、成功した後に戦果を見せれれば多少なりとも皆やる気が出てくるんじゃないかな? ある意味相互扶助さ、領主と領民は。思うに領主と領民のズレと不信は、双方の接触不足から来ているのだと思う。領主が村を見て回って声を掛けるだけで民は結構変わるものだ。世間話が出来れば上出来だな。まあ、いきなりそれは無理かも知れんが」
「いや、貴公の意見はもっともだ」
 ここで、双武が申し出る。
「領主様。各村の不満解消の為、自警団の設立の許可を頂きたく思います。何卒御一考の程をお願い致します」
「自警団とな?」
「はい。東の村の害獣駆除および、領内の村々の異常や不審者をいち早く発見する為、日常的な見回りを行う自警団でございます。村の運営は戦場にも似て、連携と情報伝達が重要でございます。民の声を届ける手足となればと思い提案致します」
 さらにアマツが言い添える。
「例うるなら領地は戦場、村々は兵団、村人は兵士、夜盗・害獣・水飢饉は戦うべき敵。将の九変の利に通ぜざれば、地形を知るといえども、地の利を得る叶はず。臨機応変に敵と渡り合うからこそ、地の利を生かす事も出来るというものだ。一瞬の隙で生死を分けるのが戦ならば、英断を速やかに下す事も将の勤めであろう。東の村は猪の害に加え、畑を耕す家畜の不足により地力を十分に引き出せず、村人は呻吟している。なればこそ村人の士気を高め、領主の威光を広めるためにも、東の村への家畜の貸与をこいねがう。東の村が立ち直れば、残る村々も聞き及び、士気の回復も早まろう」
 双武とアマツの言葉に領主は感銘を受け断を下した。
「自警団の設立を許可し、東の村の猪対策を任よう。家畜についても早急に手配する」
 それを受けて謙一郎が願う。
「それでは、東の森の木の伐採許可を願いますだ。柵を作るなら早いほうがよいべ。力仕事なら手伝いますだよ」
「許可しよう。後は頼むぞ。その代わり、西の村の夜盗退治は俺に任せておけ」

●見果てぬ夢
 北の村。マギー・フランシスカ(ea5985)は、未完成の水路を冷ややかな目で見ていた。労役だけで掘削しているため、なかなか進んでいないのだ。
「早急に計画が必要だね。馬車が二台すれ違えるだけの幅の道路と、ボートを引くに足る水路を‥‥」
「それよりも、ジャパン流の農業を導入できないだべか? 下肥や森の青葉さ施せば、物成りもたぁんとなる増えますだ」
 一種の農業改革と言った所だろう。街では河に捨てている汚わいも、肥料として畑に帰せば一石二鳥。仮令そこまで行かずとも、村で捨てている分だけでも幾許かの効果は期待できる。ここらは日和が良いと聞く。肥料と水を行き渡らせれば、乳と蜜の流れる土地に生まれ変わることだろう。
「10年‥‥20年は掛かろう、その大事業を神皇様の御名の元に成し遂げたならどうだべか? 神皇様の御威光が欧州を豊かにする。すばらしいことだべ。上奏してみるべか」
 北面の武士たる吉村家は志士。累代の神皇様の郎党である。謙一郎は見果てぬ夢を巡らせて、独りごちた。

●バルディエからの使者
 その頃、カミーユらの元に一人男が現れた。
 駿馬に跨る益荒男の出で立ちは、柳を編んだ肩当て胸当てで補強されたレザーアーマー。麻のマントを肩に掛け、一風代わったショートボウと矢筒を背負っている。肩から腰には羽根飾りが張られ、左の腰には柄をショートボウの長さに切りつめたハルバード。柄には黒い組み紐が巻かれていた。
 馬の鞍壺には予備の矢筒と粗末なショートスピアが一筋。鉄のスリッパのような鐙に足を乗せ、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
「何やつ!」
 泰斗が警戒の声を上げると、男は鐙を外し、得物を抜いて頭上でくるくると輪を描くように回しながら駒を進めて来た。意外な反応に彼は驚いた。ジャパンの軍使の礼である。
「マダム・トゥルバドゥール御一行とお見受けする。拙者は当領主が主君アレクス卿が使い、スレナスと申す!」
 長渡一族は王国復興戦争に参加しており、当地に渡ってきたのもその縁だ。なにぶん元服前後に終戦を迎えたため、彼自身の戦働きは大したことはない。しかし、その名は一族の者から聞いたことがある。バルディエ配下の剽騎隊長。素性は知らぬが、年若い彼の重用から鑑みて一門衆かと噂されていた。その彼が使者とは?
「カミーユ殿は何処に?」
 スレナスは馬を降り、革の兜を脱いで右手に抱える。
「はい。私ですが‥‥」
 娘のような。否、子供のような可愛らしい夫人の姿に、スレナスは膝を折り差し出された手の甲に接吻する。
「お初にお目に掛かります。スレナスとお呼び下さい」
「光栄ですわ、スレナス様。ここではなんですから、私の宿までお出で下さいませ」
 生憎、殆どの者はそれぞれの担当の地に出払っていたが、早速席を設け話を聞く。
「出先で、おもてなしと言う程のことも叶いませんが」
 冷たい井戸の水に酢を少し加え、炙ったパンにたっぷりバター。メインはウズラの炙り肉だ。
 カミーユは、先に使者殿に手洗い水を使わせ、同じボウルで手を洗う。パンを割き、塩壺の塩を混ぜながらつまみ出して、その場で切り分けたウズラの肉に振って口に運び。
「どうぞ」
 自ら毒味をして勧める。
「かたじけない。何よりの馳走です」
 厳つい物言いだが、スレナスと言う男は若い。餓鬼と呼ばれる程の年齢ではないが、世間様では若造でも通る歳である。その、ちょっと背伸びしたようにも見える振る舞いに、
「くすっ」
 カミーユは好意的な笑みを漏らした。
「あの、バルディエ殿からのお話とはなんでしょうか?」
 スレナスはこほんと咳払い。
「アレクス・バルディエ卿は、皆様の才能を評価しており、現在不遇を囲って居られることに、大変心を痛めておいでです」
(「バルディエ殿のつてを頼めば私よりマシな人員はいくらでも集まるでしょうに。そこをあえてギルドに仕事を依頼をしたのは、こう言うわけですか?」)
 狐仙は使者を油断無く値踏みする。若造と見くびれば、痛い目に遭いそうな予感がした。
「‥‥それは、仕官せよとのお誘いですか?」
 カミーユは愛らしい目をぱちくりさせて問う。
「仕官などとは僭上の沙汰です。そうではなく、対等の友として誼を通じませぬか?」
 スレナスはにこりと笑った。

「おうおう、ここか。坊主! 久しぶりだな」
 親しげに現れたのはここの領主である。
「どうだ? 息災か?」
 くしゃくしゃと頭を撫でるなど、主君の使者に対してかなり無礼な扱いだが、スレナスは口元を緩めた。
「隊長殿の指示で助っ人に来てやったぞ。ほかの事はともかく、猛牛のジャンともあろう者が夜盗討伐如きにいつまでてこずっているんだ?」
 スレナスはからかう様に領主をなじった。
「面目ない。大将のお役に立とうと奮戦してはおるのだが」
 年は離れているものの、二人は兄弟口の仲らしい。

●税制発布
 ツヴァインとレニーの共同作業が実を結び、ようやく税制がまとまった。ツヴァイン言うところの『正直者が報われる税制』かつ『馬鹿でもできる税制』だ。これまでの記録を苦労して整理し、算出した領地経営の必要経費に基づいて、ツヴァインは基礎となる課税額と課税率を決定。これは主として年ごとの収穫、領民の家畜や家屋などの資産、水車小屋など生産設備に対する課税となる。農地の課税は耕作地単位で行うが、不足が見込まれる場合には労役をもってその代わりとする。ただし、税には徴収できる上限を設け、それを超えた分は課税外とする。これは収入が増えれば、それだけ無課税分が増えて資産が増やせるということで、領民の労働意欲を喚起するためである。
 このツヴァインが定めた徴税規則に基づき、レニーが必要に応じて修正を加える。
 東の村、西の村は猪や泥棒の被害があるものの、これは領主側の行動いかんで防ぐ事が出来る為、通常どうりの租税とする。ただし被害を放置していた謝罪として村人に見舞金として酒か品物を贈る必要があるものとする。
 北の村は、作物の発育事態が非常に悪いため、租税自体は低く見積もり、代わりに労役で対処する。井戸の代わりになる水路を作らせる事で、租税の代わりとする。ただし、労役を真面目にこなしよく働いた領民に対しては、わずかなものではあるが領主から褒美を出す。
 南の村については、租税自体は普通に徴税するが、隠し畑を村人が自己申告してくれるように新たな法を制定する。これは、伝道師として南の村に赴いていたカシム・キリング(ea5068)の助言も踏まえてのことであった。彼が村人の生の声を拾い挙げ、
「人の心は石で出来ているわけではありません。何事も納得して貰ってからの話です。領主に対する信頼がこれほど薄れた状況で、人情に悖る政を行ったら、領主殿は内と外との敵に攻め立てられ、危うい事態となることでしょう」
 と、主張して止まなかったことが、レニー他の判断を弼けたためである。
「他にもぉ、手を入れたいとこはいっぱいですがぁ、こんなところですぅ」

 先に会議を開いた教会堂で、グリュンヒルダ・ウィンダム(ea3677)は再び4つの村の村長と顔合わせした。今回の集会ではまずツヴァインとレニーがまとめた徴税規則を簡潔にかつ分かりやすく説明し、次に各村ごとの対応策に話を移した。
 東の村の猪対策には冒険者が対応、西の村の盗賊には領主が直接乗り出して対処する。北の村の水源に関しては長期的な対応が必要だが、現段階では調査にのみ止める。そして南の村であるが──。
「調査の結果、かなりの数の隠し畑があることが判明しました。既に調査報告書も作成してありますが、ごらんになりますか?」
「いや、そのぉ‥‥隠し畑のことは、わしもなかなか気づかんもので‥‥」
 南の村の村長が口ごもる。
「これについては1ヶ月以内に申告を行ってください。誠意ある態度無き場合、厳しく処置させて頂きます。未申告は村全体の共同責任と捉え下さい」
「いや、いきなり急に言われても‥‥」
「なあ、そうじゃろう?」
 南の村の村長のみならず、東と西と北の村の村長も困ったように顔を見合わせる。苦しい台所事情のもと、領主の目の届かぬところでごまかせるものはごまかしてやりくりするのは、どの村も似たようなものなのだろう。
「おお、皆集まっておるな」
 不意に領主が顔を出し、声をかけた。これはグリュンヒルダにとっても意外だった。
「領主殿、どうなされましたか?」
「少し時間が空いたので顔を出したのだ。どうだ、話し合いは進んでおるか?」
 グリュンヒルダが返事をするより早く、村長たちが口々に答える。
「はい、おかげさまで」
「順調に進んでおります」
「何も心配事はございません」
「そうか、それは結構なことだ。これからおまえたち領民は、俺の兵士も同然。兵の命を預かる将のごとく、おまえたちの命もこの俺が預かろう。俺はこれより国境の視察に出かける。留守をよろしく頼むぞ」
「はは!」
 去りゆく領主に村長たちが恭しく礼をする。グリュンヒルダは話の続きに入り、レニーの発案による新畑条例を説明する。
「新たに開墾した畑は申告してから、収穫が安定すると思われる2年の間を免税とします。この条例が発布される以前から未申告の開墾畑も、同様に発布から1ヶ月は無条件で新畑として扱いますが、1ヶ月を過ぎてなお未申告の畑が発見された場合には、持ち主に対して罰金と労役を課すことになります」
「つまりは、隠し畑を申告しても、当分の間は税金の心配がいらんということじゃな」
 村長たちは納得と安堵の表情になった。
「正直者が馬鹿をみない公平な徴税のためにも、ご協力をお願いします」
 ツヴァインの言葉に、北の村の村長が同意する。
「領主様がお認めになった掟だ。わしらも従おうではないか」
 他の村の村長も異存はなく、ここに領地経営の礎たる税制は定まった。

●裏切り者?
 双武によって設立された自警団の最初の仕事は、東の村の害獣避けの柵作り。わずかだがお役料を支払うものとし、若者を中心に志願者を募ったところ、十人ほどの人数が集まった。まずは出だしは上々か。
 必要な知識を授け、作業の指揮を執る双武、アマツ、謙一郎に加え、丁寧に書き込まれた防護柵の設計図と現場の様子とを照らし合わせながら村人に指図するクリシュナの姿もある。
「‥‥ふう。こんなの、我が結社グランドクロスの技術力でパパーっと解決出来るんですがねェ。機密漏洩は粛清されちゃいますから」
 一方、西の村ではカミーユと鳳 飛牙(ea1544)が調査を進めていた。
「見張り所からは街道がくまなく見渡せます。でも、見張り所の裏手にある村の方には監視の目が行き届かないようですね。もしも夜盗が遠回りして村のほうから侵入してきたとしたら、発見は難しいでしょう」
「もしかしたら村人の中に夜盗を手引きする者がいるとか、もしくは村人の偽装ということも考えられるな」
 調査のために穀物倉までやって来ると、倉の物陰に潜んでいた少年が慌てて逃げ出した。
「待ちな! 何やってたんだよ!?」
 飛牙が少年の腕をつかんで取り押さえる。
「オレは何もしてないよ!」
 少年の足跡を見ると、穀物倉の壁際まで続いている。そこには板きれや古い野良着などのガラクタが積み上げられていた。ガラクタをどかして下の壁を見ると、そこには小さな穴が空き、周囲には真新しい削りカスが散らばっていた。
「この穴を開けていたのは、あなたね? 一体、何をするつもりだったの?」
 カミーユが詰問すると、少年はべそをかいた。
「ごめんよぉ! ちょっと悪戯してただけなんだよぉ!」
「今日のところは見逃してやるけど、もう二度とするんじゃないぞ」
 飛牙が少年を解放すると、少年は振り向きもせず一目散に逃げていった。
 二人は顔を見合わせる。
「もしかして、あの少年が夜盗の手引きを?」
「ありえるわね。夜盗を侵入させるために、こっそり倉に穴を開けてたとしたら‥‥」
 明日にでも、対策を立てて動かねばならない。