稚き歌人騎士12〜傭兵領主の誉れ

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 73 C

参加人数:14人

サポート参加人数:3人

冒険期間:05月21日〜05月24日

リプレイ公開日:2005年05月29日

●オープニング

 一面の麦畑の広がりは、緑の大海にも似て美しい。伸びきった穂は五月の太陽の輝きを照り返して煌めき、吹き抜ける爽やかな風にさやさやとそよぐ。
 ここは去年の秋に切り開かれた、北の村の新畑。晩秋に撒かれた小麦は冬の寒さを乗り越えて立派に育ち、青い実をぎっしりと実らせている。今はまだ若く青い小麦も、夏の暑さが訪れる頃には豊かな黄金色の実りとなろう。刈り入れの鎌を入れる日が待ち遠しい。
 軽やかな蹄の音が聞こえてきた。野良仕事に精を出していた農夫たちがふと手を休めて見やれば、愛馬に跨り畦道をやって来る領主ジャンの姿があった。
「おお! 領主様が来られたぞ!」
 農夫たちは野良仕事を中断し、あぜ道に列を作って領主を出迎える。領主は馬上より手を掲げて彼らの出迎えに応え、一番年長の農夫に言葉をかける。
「どうだ、畑仕事は進んでおるか?」
「はい。小麦もすくすくと育ち、後は刈り入れを待つばかり。去年切り開いたばかりの畑ですが、今年はさぞや豊作となりましょう。これもひとえに領主様の御陰でございます」
「そうか、それは大いに結構なことだ。今年の収穫祭はさぞや大いに賑わうであろう。楽しみにしておるが良いぞ」
 その言葉を残し、颯爽と馬を走らせて去りゆく領主ジャン。その後ろ姿を見送りながら、農夫はしみじみと呟いた。
「我らが領主様も、まこと立派なお方になられたものだ」
 畦道から本道に出たジャンは馬の歩みを止める。本道に沿って伸びる用水路は、この地にやって来た冒険者たちが村人と労苦を共にして切り開いたもの。右を見れば寄留民たちの居留地、左を見れば今年になって開かれたばかりの牧場、さて今度はどちらを見回ろうかとジャンが思案しているところへ、馬に乗った家来の者がジャンの名を連呼しながら駆けつけてきた。
「どうした!? 何事であるか!?」
「つい今し方、ドレスタットより知らせが届きました」
 シフール便で届いた書状を家来から受け取り、その場で中味をあらためる。いい知らせか、悪い知らせか? ややあって、ジャンの顔がほころんだ。
「良き知らせだ。セシール様のお家騒動が一段落し、来る5月20日にドレスタットの屋敷にて晩餐会を催す運びとなったそうだ。しかも晩餐会の采配をこの俺に任せるという。名誉なことだ」
 ジャンはふと、慌ただしく過ぎ去った過日に思いを馳せる。本来なら4月にセシールの誕生会が催され、ジャンが晩餐会のホストとして采配を振るうはずだった。しかし晩餐会の準備が進む最中に、セシールの縁者の一人が遺産相続に絡むお家騒動を引き起こし、セシールは予定していた晩餐会を取り止めてあちこち奔走する羽目になった。それから1月余りが過ぎてシャンプラン家もようやく落ち着きを取り戻した。セシールの誕生日は過ぎてしまったものの、5月は亡き夫との結婚記念日の月である。記念すべきその日に晩餐会を催し、ジャンにその采配を任せるのも、セシールがこれまで目をかけてきたジャンに対する心遣い故。これまで貴族界での社交に疎かったジャンにとっては、来る5月20日の晩餐会が晴れの社交界デビューとなるのである。
「出陣の時は来たり。いざ馳せ参じぬ、ドレスタットの戦場へとな!」
 意気高く馬を屋敷へ向ける領主ジャン。その後を慌てて追っていく家来も、来るべき戦いに心躍らせていた。貴族の社交場に赴くは戦場に赴くも同然。ここで怖じ気づいては手柄は立てられぬ。

 ここはドレスタット某所のサロン。貴族や大商人の社交場。小綺麗な調度品を揃えた部屋に漂う香りは東洋の茶の香り。しかし貴婦人たちがお喋りの種にするのは、遠き異国の珍しき事よりもむしろご近所で見聞きすることばかり。
「セシール様の晩餐会のお話、お聞きになりまして?」
「何でもあのバカ領主‥‥あら失礼遊ばせ。あのジャン・タウラス卿がホストを務めるという話ですけど、本当にセシール様も物好きですわ」
「ところで、この度のシャンプラン家のお家騒動を引き起こした、シュザンヌ様のお話はご存じかしら?」
「セシール様の実の娘さんでしたわね。亡くなられたクリストフ様のお姉様に当たる方。でも、セシール様との仲がよろしくなくて、それで家を飛び出して南ノルマンの貴族の殿方とご結婚、セルジュという立派な息子さんを儲けたところまでは良かったけど‥‥」
「ほんと、嫁いだ先でも色々ありましたものねぇ‥‥」
「旦那様の財産の相続権、余所の親戚に持って行かれてしまって、息子さんは跡取りになれず。それで今頃になって、ジャン・タウラス卿のご領地の話を蒸し返して、『あの土地は元々シャンプラン家のものになるはずだった土地、それを馬鹿領主のジャンにくれてやったのがそもそもの間違いだ、土地を取り上げて自分の息子に寄越せ』と息巻いて大騒ぎですのよ」
「ああ、セシール様もお気の毒ですわ。旦那様と息子様のご不幸さえなければ、こんな面倒事にならずに済みましたものを‥‥」
 お喋りに夢中のご婦人たちは気づかなかったが、さっきからじっと聞き耳を立てている男がいた。男はアレクス・バルディエ卿の密偵であった。

 密偵はバルディエに子細を報告した。
「そうか。事の進展如何では面倒なことになりそうだな」
 バルディエにとっては、頭を悩ませる問題がまた一つ増えたことになる。バルディエの臣下、ジャン・タウラスが領主として封じられた土地は、セシールの夫のジュラールが生きてさえいれば、その武功の褒美としてシャンプラン家に渡るべき土地だった。ジュラールの戦死により、セシールが土地の権利をジャンに譲ったという経緯がある。確かにジャンの領主としての評判は芳しくないが、一度国王陛下より賜った領地だ。余程の不名誉を成さぬ限り取り、没収されて余所へ渡る心配はない。とはいえ、今回の面倒事を放置すれば、ただでさえ悪いジャンの評判をますます傷つける事になる。巷に広まった馬鹿領主の悪評を払拭するためにも、ジャンにホストの大役が回ってきた今回の晩餐会は、ぜひとも成功させねばならない。さもなくば、バルディエの面目は丸潰れだ。
「ところで、シュザンヌとその息子も晩餐会に出席するのか?」
「晩餐会の招待者のリストの中に、シュザンヌとその息子セルジュの名は見当たりません。シュザンヌはセシール様と険悪な仲ゆえ」
「そうか。主立った出席者は?」
「ブノワ・ド・ブロンデル卿にヴィクトル・ド・タルモン卿、他はセシール様と付き合いの長いドレスタットに住む名士たちが殆どです。そして料理の采配を振るうのは、料理の帝王として名高きユザーン・マリンプレイン」
「そうか。あのジャンにとっては最高のお膳立てだな。ここで大手柄を立てねば、後が恐いぞ」
「ところで、今回もギルド冒険者たちに助力を願うのでありますか?」
「そうだ。そして今回の依頼が、ジャンに対して行う最後の依頼となる。この俺がこれだけ手間暇をかけて道を開いたのだ。後は、あやつ一人で歩いて貰おう」

●今回の参加者

 ea0901 御蔵 忠司(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1274 ヤングヴラド・ツェペシュ(25歳・♂・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1544 鳳 飛牙(27歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3659 狐 仙(38歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3866 七刻 双武(65歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4136 シャルロッテ・フォン・クルス(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5068 カシム・キリング(50歳・♂・クレリック・シフール・ノルマン王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea8851 エヴァリィ・スゥ(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

オルステッド・ブライオン(ea2449)/ アリシア・ルクレチア(ea5513)/ 服部 肝臓(eb1388

●リプレイ本文

●渦中の母子
 シュザンヌ母子の居場所が分かった。以心伝助(ea4744)達の成果である。
「苦労したっスよ。みんな口が堅いもんで。で、二人の居場所ですけど、それがねぇ‥‥」
 なんと母子が身を寄せていたのは、セシールの屋敷に近い下町の古びた白の教会。かつてカシム・キリング(ea5068)が、中州教会の件で訪れた場所だ。折しもシクル・ザーン(ea2350)を伴い、相談に訪れようとしていた矢先のこと。
 二人が教会を訪れた時、母子は共に礼拝堂で祈りを捧げていた。
「すまぬが用事が出来た。しばらく留守にするでな」
 老司祭は事情を察し外へ出る。声に振り返ったシュザンヌとカシムの目が一瞬合ったが、再び祭壇に向き直って祈りを捧げる。
 シュザンヌの隣に跪き、神妙に祈りを捧げる8歳の少年。それがセルジュだった。ふと少年は横を向く、母は息子の肩に手をやり、優しく何かを語りかけている。
「シュザンヌ様はまだほんの子どもの頃から、ここに出入りしておってな。優に30年は越える仲になるのぉ」
 話しがてら、老司祭はカシムとシクルを下町の宿屋の前に連れてきた。
「この宿屋にポール・ジュニエと名乗る騎士が泊まっておる。それが彼じゃ」
 教えられた部屋の前に行き、カシムはドアをノックして呼びかけた。扉が開き、若い騎士が現れた。質素な身なりながらも金髪碧眼のりりしい若者だった。
「初にお目にかかる。わしはカシム・キリングと申す者じゃが‥‥」
「司祭様からの手紙でお名前は存じております」
「そうか、では早速。長い話になるがな、ジョルジュ殿」
 ポール・ジュニエは世を忍ぶ仮の名。彼こそはセシールの息子クリストフの忘れ形見、孫に当たるジョルジュその人なのだった。この話を聞き、ヴェガ・キュアノス(ea7463)は肉親の再会を実現すべく動き始めた。

●準備で大忙し
 晩餐会とその準備に後片づけをたった3日で済ませるにも理由がある。ジャンが長逗留することになれば、どこかでボロを出しかねない。そんな訳で皆がとんでもなく忙しい。エヴァリィ・スゥ(ea8851)ら楽師もリハーサルに余念が無い。なのにそんな時に限って、なぜか貴族の有閑マダムがぞろぞろやって来るのだ。
「まあ! あれが噂の‥‥」
「まあ何でしょう、あのモジャ髭ときたら‥‥」
「品がありませんわねぇ」
 見物しながら小声でひそひそ。しかもぎりぎりで当人に聞こえる声で陰口叩くから性根が悪い。ジャンはといえば、家来ともどもヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)のダンス特訓の真っ最中だが、まるで身が入らず動きがガチガチ。
「おほほ、みっともありませんわねぇ」
 入れ替わりにシャルロッテ・フォン・クルス(ea4136)のマナー教室。ジャンにとって今日は厄日かも知れない。

 そんな中でも御蔵忠司(ea0901)は、今後の領地経営のあり方を事細かに書物に記していた。牧畜である。寝藁の代わりに砂を使うアイディアを記しそれを読み上げながら手直ししていた時。手伝いに来ていた農民の一人が訝しげな顔をした。
「燃料はどうしますか? 草や藁なら捨てても惜しくありませんが」
 考えてみれば堆肥にしたほうが良いかも知れない。忠司はついでに、乳の量を増す手段を問うて見た。
「最近まで沢山出していた牛が、娘が居なくなった頃から出さなくなりました。何か秘訣を知っていたのでしょう。娘の名前ですか? マチルドと申しますが」

 一方、教師のほうも仕事以外で戦場だった。ヴラドとイリア・アドミナル(ea2564)は礼式を担当したがために、召使いからの質問責めに遭っている。
「イリア様。この壷は?」
「端から2番目の椅子の下よ」
「ヴラド様。この野獣の毛皮はどちらへ」
「そうだな。お隣の領主の席から見て。ジャン殿の席の斜め後の方に飾れば良いと思うのだ」
「それって、ジャン様の男前を上げるためですか?」
「わははは。面白いことを言うものだ。‥‥ん。そちらの甲冑も置くのだ」
 小なりと言えどもイギリス宮廷に倣った円卓のテーブルは、席の上下を無くし、かつ、対面する人物が剣を抜いて互いに届かず、同時に細かな顔色を窺える位置に隔てている。
「ああ、それは違うのだ。紋章の旗の組み合わせが、ホストとゲストで逆なのだ」
「ここに花を飾りましょう。いや、そのお酒の壷は井戸の水で冷やしておいて。フィンガーボウルは足りてますか?」
「あ、ユザーン殿。良いところに‥‥」
 呼びかけ談話が始まったが、
「ヴラド様。こちらのテーブルを見て下さい」
 着替えた青服は遠くからでもよく目立つ。
「判った。直ぐ行くのだ」
 話し込む時間とて無い有様。こちらが終わった後にも、ジャンのお相手が待っている。
「ジャン殿。お話が‥‥」
 いや、シクルに先を越されたようだ。
「ヴラド様ぁ〜」
「は〜いなのだ〜」
 それなりに目を楽しませる美女の群がヴラドを捉えて離さない。異国に残した愛しい人も、こればかりは許すであろう。なんとなれば、浮気では無く召使いでは心許ない有職故事の確認なのである。

●招かれざる客
「ああ、これではいくら議論しても埒があかないよ」
 セシールはさも苛立たしそうに椅子から立ち上がった。椅子から立ち上がるのはこれで4度目だ。話し合いが始まった時間に灯したランプの油ももうじき切れる頃合い。なのにヴェガとの話し合いは一向に進まない。
「重ねてお願い致す。シュザンヌとその子セルジュを晩餐会に招待する許可を」
「そればかりは何があってもお断りだよ。兎に角、何度も言ったように‥‥」
 セシールは主張を曲げない。もはや事は親子だけの問題ではない。晩餐会の来賓たちはお上品に見えて、実は腹に一物も二物もある者ばかり。笑顔と美辞麗句の裏で、相手の弱みを見つけては足を引っ張り合うのが、貴族界に住まう者たちの性というものだ。
「此度の宴会はジャンにとって一生に一度あるかないかの晴れ舞台。それをシュザンヌの我が儘のために台無しにするわけにはいかないんだよ」
「ならば、わしも何度でも申すぞえ。思惑なぞ無くとも、親子は仲良うあるべきじゃ。それにシュザンヌがこれほどまでに執着するのは、ジャン殿が領地の権利を譲り受けた事を、自分が受けた仕打ちと重ねているからとも思える。ジャン殿の噂を聞くにつれ不満が募り、押しかけた、と。じゃがジャンは私利私欲で土地財産を欲する輩とは異なる、立派な領主である事を知れば少しは溜飲が下がるのではないかの? ジャンにとってもシュザンヌ母子を暖かく受け入れ、懐の深さをアピールする恰好の機会になると思うがの?」
「やれやれ、貴女には根負けしたよ」
 ついにセシールは折れ、シュザンヌ母子宛ての招待状を手づからしたためた。夜が明けるとヴェガは教会のシュザンヌを訊ね、招待状を手渡して諭す。この度の宴会は両親の結婚記念日に因むもの。騒動の話題は一切出さずに参加して欲しいと。最初、シュザンヌは複雑な表情を見せたが、
「分かりました、貴女のおっしゃる通りに。約束いたします」
 思案の末にヴェガの言葉を受け入れた。

●戦場の作法
「貴婦人達の多くは権力を持っていながら不条理です。武人や領主とは異なる価値観を持っている事、頭に留めておいてください。敵に回しても味方に付けても厄介だという事を、ジャン様は既にご承知ですよね」
 シクルの言葉を尊い聖句の様に押し戴くジャン。しかし、
「もし将来セシール様が亡くなった時にシュザンヌ様達を敵に回しておく事が望ましくないなら、セシール様ご存命のうちに問題を解決せねばなりません」
 ここら当たりで風向きが変わった。智慧と知識を持ち体格こそ良いが、シクルは13歳の子供に過ぎない。
「ジャン様に妻子はおられますか?」
 流石に続く言葉を察してか、
「俺の女は自分で決める。世間の物差しでしか物事を見られないお前にはまだ早い世界だよ、色恋ってのはな」
 声を荒げた。険悪な空気を読んでシャルロッテが助け船。
「ジャンさん。孫のために敢えて財産を残さないお心掛け、とてもご立派です」
「そこまで大層なもんでもないがな。俺が死んだら、誰か俺なんかよりも相応しい漢(おとこ)が所領を嗣ぐだろう。それが息子でも良いだけだ」
 無骨者なりにジャンは領主とは何であるかを心得ているようだ。その技術の稚拙と常識のなさは別として。
「ご立派です。後は上辺を繕う技術を身につけるだけですわ」
 シャルロッテの作法の集中授業が始まる。宴会を司どるホストとして今実際に必要な事のみに限定する。ワインの樽を並べて指南する。
「ウインは、食前に口当たりの良い物を、メインが肉料理ならばこのワイン。魚料理ならばこれを。食後にあまり強くないワインをお出しするのがいいでしょうね。そうそう、必ず最初にお出しするワインはもっとも上等なのがいいですわ。最高の歓迎の気持ちを表しますから」
「いや、違うのだ! 最初に出すのは二番目に上等なワインなのだ。一番上等なワインは、皆が充分に飲んだ頃。普通は古いワインでごまかす頃に出すといいのだ。そう福音書に書いてあるのだ」
 女性陣からやっと遁れて来たヴラドが口を挟む。聖書に於いて有名なジーザスの最初の奇跡の下りだ。
「ま、それも良いですわね。ところで‥‥」
 前にシャルロッテ。
「ジャンさん。晩餐での会話は全てラテン語に致しましょう。僕が通訳を務めます」
 右にイリア。
「ジャン殿、トリュフの事なのだが‥‥」
 そして左にヴラド。
 3者がそれぞれに職務に忠実であろうと奮闘努力。しかし、ジャンの忍耐はここまでだった。ついに音を上げ、戦場で指揮する口調で部下に命ずる。
「この屋敷の酒蔵にひしめくワインの大軍、おまえが相手してこい。分からない事は軍師殿に聞け!」
 そそくさとその場から立ち去って呟いた。
「女性とは敵に回しても味方に付けても厄介なものだ‥‥」

 しばらくして戻って来たジャンの顔を見て、皆は口をあんぐり。ジャンのトレードマークとも言うべきもじゃもじゃの髭が、綺麗さっぱりそり落とされていた。
「ジャン様、あの‥‥お髭は‥‥」
「一大決心の末、剃り落としてきた。‥‥どうだ、似合うか?」
 喜色も露わにシャルロッテが評する。
「ジャン様、また一段と男前になられましたわね」
 心なしか、遠巻きに眺める奥方様の見る目も変わったような‥‥。

●ルルと飛牙
 準備の合間のほんの一時。鳳飛牙(ea1544)は美しく整えられた裏庭にルルを呼び出した。どうしたんですか? とにこやかに、彼の顔を覗き込んでくる彼女。その笑顔に胸が高鳴る。
「もらって欲しいんだ」
 飛牙が手渡したのは、『誓いの指輪』だった。
「‥‥これを私に?」
「根無し草の冒険者じゃ、キミとは釣り合わないと思う。ただこの気持ちだけ、伝えたかったんだ。いつか困ったことがあれば、俺が必ず助けにくる。これは約束の印」
 にっと笑って見せる飛牙。ルルは‥‥ 感激で言葉も出ない。
「あのさ、もしキミも‥‥」
 言いかけて、いや、何でもないやと首を振った。
「男の人からこんなプレゼントもらうの、初めて‥‥」
 はにかみながらそう言った後は、もう聞き取れない程に小さな声。駆けて行く彼女の後姿を、暫し見詰めていた飛牙。流れ者の恋が実る事は希。だが、その気持ちを受け取ってくれた人がいると思えば、明日もまた頑張り続ける事が出来る。温かい気持ちを抱いて、ここでの最後の仕事を頑張ろうと踵を返した彼。が、そこには小間使い達が立ちはだかっていた。仁王立ちで睨みつける彼女らに、思わず後ずさり。
「随分と、罪作りなことをしてくださいますわねぇ〜」
 彼女達の目が、とっても恐い。
「なんでもぉ、花嫁修行中の女性に手を出して、あ〜んな事やこ〜んな事をなさってたそうですわねぇ?(にっこり)」
「何でそんな事を知っているのか、と言いたげですね。ふふ、私たちの情報網を甘く見てはダメよ?」
 ずいずいと迫ってくる。冗談で交わした妖しい会話が、実にいかがわしく伝わって居るようだ。やばい、囲まれた。
「その上ルルにまで二股かけるとは、いい度胸してるじゃないの! とっちめて‥‥ああっ!? 逃げたっ!!」
 飛牙、遁走。
「何でこうなるんだーっ!!」
 実に短い恋でした。心で泣いて、いいですか。

 しかし、天は飛牙を見捨てては居なかったようだ。夕暮れ迫る中庭に呼び出された彼は、ルルからあなたを信じます。と言うメッセージを貰った。しかし、それには条件も付いていた。
「その女性が幸せになれないようでしたら、私も幸せになれそうにありませんわ。ぜひあちらのお仕事も成功させてあげて下さいましね。飛牙様の『甲斐性』を見せて下さいまし」

●トリュフ移送
 馬車はゆっくりと道を行く。二頭立ての白い馬車だ。人が歩くほどの速さであるから、子供でも容易く追い抜ける程であった。
「「わーい!」」
 下は5歳から上は12歳と言ったところであろうか? 汚らしい身なりの子供の集団が道両脇から湧き出て行く手を塞いだ。
 ぺちょ! ぺちょ! 馬車に投げるは泥の玉。御者の顔にもへばりついた。
「こら! わしの顔だけならいざ知らず。旦那様の馬車に泥玉を投げつけるとはぁ!」
 大人げないと思いつつも、怒りを仕事の公憤にすり替える御者。ガキ大将らしき子が
「へん。旦那様の馬車だってぇ? 正直に顔にぶつけたことを怒りなよ。ばーか」
 鼻水を啜りながら宣う。はやし立てる子供達。馬車の扉が開き、出てきたのは料理の帝王ユザーン。子供らが一斉に放り投げる泥玉。ユザーンの顔といい服といい、忽ち泥だらけになる。
「おい。ここは美味い水で有名な地方だ。貴重な水をおもちゃにするでない」
 ちょっと叱り方の方向性が違うが、流石料理の帝王これは本心のよう。
「ははは。だれが美味しい水を、おまえなんかのために使う物か」
「「「そうだそうだ!」」」
「なんだと? 水を使わずにどうして泥玉を作れる。ここのところ雨は無かったはずだ」
「へへ〜ん。知りたいかぁ? その泥はなっ!」
 悪ガキ達は身構える。
「おいら達の貴重な小便!」
 これにはユザーンも我を忘れて激怒した。
「おのれ! 許さんぞ!」
「わーい」
 なんともはや。大人二人と子供らの、追いかけっこが始まった。

 残された馬車に、今度は物陰から大人が湧いてきた。襤褸の古着を纏った男達である。
「上手く行ったな。荷は全員で山分けだ。さっさと持って行こうぜ」
 リーダーらしき人物が差配する。ほくほく顔で荷を運び出そうとした時。潜んでいた七刻双武(ea3866)と狐仙(ea3659)が踊り出した。
「こんな話は聞いてないぞ!」
 忽ち動揺する男達。
 双武は歴戦の兵とおぼしき落ち着いた態度で、しゅっと刃を煌めかせた。所謂見せ太刀である。襲撃者であるならず者達の身が一息にして硬直した。まるで稲綱を使うか如きの手際である。皆、斬られると思ったが動けない。恐ろしさの余り金縛りに遭っている。
「どうしたのじゃ? 逃げるなら追わぬぞ」
 その声に呪縛の解けたならず者達は、踊るようにふらふらと、陸で溺れるように必至に手を掻いて僅かでも早くこの場から遠ざかろうと必死だ。
「キミは逃がさないわよ」
 幽鬼のようにふんわりと、首謀者の前に舞い降りた仙は、
「にゃははっ」
 あたかも酔人が如きつかみ所のない身のこなしで、首謀者を宙に浮かせた。何が起こったか判らないまま、彼は捕縛の人となった。
「頼む、見逃してくれ!」
「子供を悪事に荷担させた盗賊が、許されるとでも?」
 懇願の甲斐もなく、男はユザーンの前に引っ立てられる。
「この男をご存じか?」
 双武の問いにユザーンは
「知らぬな、こんな男の顔は」
 彼にとっては取るに足らぬ男なのであろう。だが、やがて現れた自警団に身柄を引き渡されるや、男は叫ぶ。
「ユザーンめ! よくも料理人の俺の職を奪ってくれたな! 地獄の火で焼かれるがいい!」
 しかし彼は澄まし顔。人が生まれて食べたパンの数を覚えていない。そんな感じであった。

 ドレスタットのセシール邸。厨房のテーブルには、トリュフの収められたいくつもの小さな壺が並んでいる。その一つをユザーン手元に引き寄せる。
 トリュフは3月に地中より掘り出された後、風味を損なわぬよう鵞鳥の脂肪を丹念に塗られ、壷の中に封じられ、冷気に満たされた専用の深い井戸の中で厳重に保管されてきた。
 ユザーンはトリュフの一つをつまみ出すと、慎重にナイフを入れる。切り口から立ち上る香りを確かめ、満面の笑みを浮かべた。
「うむ。たった今、土中から掘り出したかのごとく、見事な香りだ」
 これらのトリュフはジャンの領地で掘り出され、セシール経由でユザーンが購入したもの。勿論、大金による買い上げはジャンの財政を大いに潤した。

●武士の情け
 そろいの青服を着込んだレニー・アーヤル(ea2955)は警備に加わっている一同に、詰め所で、冷めた料理を包んだものを配りながら、みんなの首尾を聞く。
 会場から戻ってきて一段落つけていた長渡泰斗(ea1984)は会場では今までの所、何も無かった事を改めて報告する。
「泰平だ」
 そこへ気配を殺して双武が巡廻から戻ってきた。
 様子を見て緊張を走らせる一同。
「舘内で不審な呼吸数、いつつを感知した。ひとりでは手に余るかも知れぬ人数だ。大事を取って精鋭で当たりたい」
 その言葉は飛牙の飽くなき成長期の食欲を止めさせるに十分だった。
「とっとと摘み出そう。貴族サマなら話は別だけどな」

 双武の言った現場に行くと、確かに人の気配が確かに感じられる。念のため、出来るだけ静かに双武がブレスセンサーの呪を唱える。淡い緑色の光に包まれた双武であったが、いつつの気配は先程までの部屋ではなく、隣の部屋に移っていた。
 扉を良く見ると蝶番に油をさした痕跡が判り、鍵の辺りにも若干のひっかき傷が見て取れる。
「何者ですかぁ? 名乗らないとぉ、水をぶつけちゃいますよぉ」
 レニーが警告をする間に一同は突入体勢を取った。飛牙が体当たりして、扉を押し開ける。
 部屋の中では袋を担いだ吟遊詩人と思しき一団がいた。5人だ。
「ちっ! 見つかったか」
 吟遊詩人とは思えないような語彙の貧困さを露呈しつつ、一見子供の飛牙を捕まえて、楯にしようとした。が、相手が悪すぎた。掌底での一撃を浴びせられて、動きが一瞬止まる。更にレニーが淡い青い光に包まれて、水弾を吟遊詩人もどきの足下に打ち込むと、相手は恐れを成したようであった。
「ほら、いったでしょ? 今ならまだ、盗んだものを置いて行けば、許してあげますぅ。自分の足で歩いていくか、魔法で吹き飛ばされるか、好きな方を選んでくださぃ」
 それ以上に吟遊詩人もどき達は、奉斗の胸に掲げられた十字の紋章に目が行っていた。見るからに厳めしい十字勲章は、奴らのようなこそ泥には抗うべからざる腕利きに見えた。
「判ったぜ、盗んだブツは置いて行くから、それで勘弁してくれるなら‥‥」
「その前に身体検査でやすね」
 今まで気配を消していた伝助が姿を現し、賊の懐を探る。出るわ出るわ宝飾品の類がゴロゴロと。執事を呼んで照合を行う。
「すみません、うちには5才を筆頭に4人の子供が‥‥」
「出来心でつい‥‥」
 吟遊詩人もどき達は床に頭を擦りつけて嘆願を始める。
「自警団に突き出しましょうか? それとも皆様の刀の錆に‥‥」
「あわわわわわ、あわわわわ」
 必死で慈悲を請う。
「俺が永遠に金も食い物も要らないようにしてやるぜ」
 ぐいと首根っこを掴む飛牙。
「ちょっと待つんですぅ」
 レニーはそれを制し、冷めた料理を吟遊詩人もどき達に渡す。元々、この場に居ない仲間達に渡す分だったのだが、良く見ると襤褸切れを寄せ集めたような酷い衣装につい、同情してしまったのだ。
「ひもじいのはしょうがねえよな」
 言いながら、鼻の下を人差し指で擦る。
「武士の情けだ」
 一方、駆けつけてきた忠司は施しを受け取ったのを確認すると
「実害は無かったのです。今度ばかりは見逃してやりましょう」
「しかし‥‥」
 執事が渋るのを見て、双武が改めて言い渡す。
「しかし、次は無いと思え。真に窮者なら、奥様は裏口から施しを下さるだろう。しかし──それに甘え、あまつさえ再び盗みに入るようなら、このオイボレがそなた等の首級(しるし)を頂戴する。覚えておくがよかろう」
 こうして吟遊詩人もどき達は舘から叩き出された。

●大宴会
 名士を集めての晩餐会。辺境伯様などのお偉方はお忙しくてお招き出来なかったが、それでも歴とした貴族の方々がお出ましになっている。ラテン語だけで勧められる晩餐。
 イリアの演出はそれなりに好評でもあった。ジャンの挨拶をイリアがラテン語で取り次ぐのは、いつぞやの意趣返しでもある。が、
「コンモドゥスを推戴するとは、大した賢者であらせられますな。お嬢さん」
 皿の料理を平らげながら発せられる、隣の領主ヴィクトルの毒舌に漏れる失笑。ラテン語での褒め殺し。ジャンはまるで分からない。咄嗟にイリア・アドミナルはジャンに、
「難しいラテン語でしたが、今のは褒め言葉のようです」
 途端に起こる大爆笑。そこでやっと思い出した。帝位に就いた後、自ら剣闘士の試合に出たことで有名な古代ローマの皇帝の名だ。イリアは知識を総動員して切り返す。
「武勇賞讃ありがとうございます。あなた様はウィテリウスの如く実に健啖で有らせられますね」
 無知を嘲ってやろうとしたヴィクトルは、無能な大食漢の名で返されて黙り込んだ。そんな様にまた笑いが起こるが、ジャンはそれを自分の格好良さのせいだと勘違いしてますます意気揚々。
「さぁ。メインディシュですよ」
 料理の帝王ユザーンが腕をふるった宴会料理は、ジャンの領地の名産となったトリュフ。
「おお、これが‥‥」
 美味が腹黒い企みまでを平らげる。
「さぁさぁ。お次はこれなのだ」
 給仕の名誉を担い、一人抜き身のナイフを持って料理を切り分けるヴラド。その作法に則った振る舞いと流暢なラテン語に、ヴィクトルも感心顔。
「おや? 出したはずのない料理ですな。もしや暗殺者が紛れ込み、毒入りの料理を残していったか? ここは用心に越したことはない」
 シーロの作った料理をさりげなく忍び込ませたヴラドであったが。ユザーンは目ざとく見つけた。そして、毒味と称して自分のペットの犬に食わせる。
「うむ、毒入りではなかったようだな」
 厨房に通じるドアの影からそれを見ていたシーロは大激怒。握りしめた拳をぶるぶる震わせ、ユザーンを睨み付け、小声で呟いた。
「よくも、俺の料理を犬に食わせたな‥‥!」
 その様子を素知らぬ振りして眺めながら、仙が言う。
「ユザーンが怨みを買うのも、納得いったわ」
 ここにユザーンとシーロの宿命の因縁が生まれたのであった。

●三人のシフール
 危険をもたらすのは、なにも外部から侵入する暴漢ばかりではない。
「失礼ですが、どちらへ?」
 料理運びの使用人に扮した仙が呼び止めたのは、整った身形をしたシフールだった。一目見れば、誰か身分ある者の従者と分かる。
(「これは‥‥ 確かブノワ卿にひっついて来た連中だったかしら」)
 素早く記憶を手繰る彼女。盗み酒もせずに屋敷の使用人から来賓とその従者まで、片っ端から覚えたのだ。間違い無い。
「そちらは主の部屋があるばかり。どうかお戻り下さい」
「分かったわありがとう。さ、もう行きなさい」
 シフールは明らかに焦りの色を見せながらも、高圧的に振舞って追い払ってしまおうとする。あまり食い下がるのも不自然だし、どうしようかと思っていたところに、良い塩梅に泰斗と双武がやって来た。
「どうした、何かあったか?」
 青服姿の2人を見て、一層焦るシフール従者。仙は、なんだか凄く怪しい人が! と、本人に聞こえる様に泰斗に耳打ちをした。慌てたシフール、自分がブノワ・ド・ブロンデルの使い人だと言い立てた。
「ごめんなさい。広いお屋敷だから迷っちゃって」
 おほほほと誤魔化す彼女だが、怪しい臭いがプンプンしている。間違いなく何事か探りを入れていたのだろう。が、そこは仮にも貴族の従者。
「何じゃ、お客様に向かってその様な。そら、さっさと仕事に戻らんか」
 双武が行き届かない使用人を叱る体を作り、泰斗は非礼を詫びながら有無を言わせず話を進める。
「さ、会場はこちらです。また迷うといけないから案内しましょう」
 泰斗がしっかり張り付いて、失礼無き様、お戻り願う。セシールの侍女のひとりが話を聞き、泰斗に言った。
「ブノワ卿ね。いつもニコニコ顔でいるくせして、キツネみたいに悪智恵が働く御仁らしいわよ。決して油断しないでね」
 澄まし顔で給仕を務めながら、付け加える仙。
「ブノワ卿が連れてきたシフールは、あと3人程いた筈」
「よし、手分けして探そう」
 かくして。瞬く間にシフール達は発見され、速やかかつ丁重に、会場へと押し込められたのだった。
「この役立たずどもめ。もう良い、隅の方で大人しくしているがいい」
 会場では、にこやかに談笑しながら打ちひしがれるシフール達を叱責するブノワ卿の妙技が見られたのだが、残念ながらそれに気付いたのは、事に関わった3人だけだった。

●宴の夜の椿事
「‥‥心なき、虚飾の宴‥‥哀しいけど、これも仕事」
 目を奪うばかりに豪勢な料理、豪華絢爛に着飾った婦人達の耳元で美辞麗句を囁き、関心を引こうとする紳士たち。その裏でひそひそ囁かれる山ほどのゴシップ。貴族界の宴などどれも似たような物だと、エヴァリィは思う。
 宴の席で愛用のフードを被る訳にもいかず、ベールで顔を覆った姿で会場をうろうろしていると、
「エヴァリィさんですね? もっときちんとした恰好をしていただかないと‥‥」
 恰好を不審がった小間使いが、無理矢理ベールを持ち上げた。
「あっ!」
 ハーフエルフの耳に気づき、慌ててベールを元に戻す。
「‥‥そういうことでしたのね」
 その顔に一瞬浮かんだ深い嫌悪の色は、にこやかな笑顔で覆い隠された。
「ここは私達にお任せ下さいな」
 化粧部屋に連れていかれ、カツラと花飾りでもって巧みにエヴァリィの耳を覆い隠す。
「これで、誰から見られても恥ずかしくありませんわ。くれぐれも変な騒ぎは起こさないでね。冗談抜きで首が飛んでしまいますわよ。大丈夫?」
「大丈夫です。血を見なければ」
 雇われた楽師たちと共に、歌と楽器で宴会を盛り上げるエヴァリィ。楽師としての技量は高く、歌姫としても申し分ない。その歌声が流れる中、冒険者たちは会場の隅にひっそりと立つ渦中の人シュザンヌの姿を認めた。
「見て、シュザンヌが」
「来てますわね」
 何か事あらば実力行使も辞さずと身構えていた仙とシャルロッテだが、シュザンヌが騒ぎを起こす気配は無い。
「約束は守ってくれている様子だな」
 一安心しながらも警戒を怠らない泰斗。しかしシュザンヌに注意を払うはまり、彼らはセルジュの事にまでは気が及ばなかった。
 突然、エヴァリィの歌声が別の誰かの歌声に変わった。ボーイソプラノの清らかな歌声、しかも歌っているのは賛美歌だ。
「大変! セルジュが歌っている!」
「誰だ、セルジュにあんな所で歌えとそそのかしたのは!?」
 どこぞの貴族の奥方の戯れか? それとも悪戯なシフールの従者がその耳元に囁いたか? 会場でひそひそ声が飛び交う。まあ、あれはセルジュよ。一体どうなるのかしら?
 パチパチパチパチ。セルジュの歌が終わると、領主ジャンが盛大な拍手を轟かせた。
「あの‥‥ごめんなさい‥‥。僕、賛美歌しか歌えないから‥‥」
「いいや、見事な歌声を聞かせてもらった。礼を言うぞ」
 ジャンはセルジュの肩を抱き、会場の皆に向き直る。
「御紹介しよう。我が恩人セシール殿の孫に当たるセルジュ殿だ」
 会場から盛大な拍手とエールが巻き起こり、二人を包み込んだ。

●再会
 宴は終わった。もはや居残る客は無く、夜が明けて明日が来れば後片づけが待っている。宴の最中は大わらわで駆け回っていた小間使い達も、今は皆が寝静まっている。
 それでもセシールは窓辺にランプを灯し、訪ねて来るはずの若者を待っていた。
 やがて、月の光の下に彼が現れた。騎士の正装に身を包んだジョルジュ。別れて久しいセシールの実の孫。
「ジョルジュ、お前だね」
「御祖母様、お久しゅうございます」
「‥‥会いたかったよ」
「私もでございます」
 二人はお互いの存在を確かめるように抱き合い、月光の下で語り合った。
 その光景を離れた場所から見守るカシムとシクル。宴の終わった後にジョルジュとセシールを引き合わせたのは、父クリストフの被った汚名故に人目を避けねばならぬジョルジュの身の上を思ってのこと。
 それでも、許された時間は僅かなものだった。夜が明け、人が起き出す前にジョルジュはこの場所を去らねばならない」
「御祖母様、末永くお元気で」
「ジョルジュや、私はいつまでもお前を待っているよ」
 短い別れの言葉を交わすと、ジュルジュは朝靄の中にその姿を消した。