稚き歌人騎士11〜いざ宴卓の戦場へ
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:7〜11lv
難易度:やや難
成功報酬:5 G 86 C
参加人数:15人
サポート参加人数:4人
冒険期間:03月21日〜04月02日
リプレイ公開日:2005年03月28日
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●オープニング
当地でブノワ・ド・ブロンデル卿といえば、ノルマン中にその名を鳴り響かせたる大貴族。‥‥と、土地の者に訊ねればそう答が返ってくるであろう。所謂お国自慢と言う奴である。
尤もその評判に違わず、ブロンデル卿の領地はこの近りでは一、二を争うほどに広く、穀物の実りは豊か。そのお屋敷も、パリの大貴族の邸宅と見紛うほどに豪華絢爛。もっともパリの大貴族からすれば、ブロンデル卿などたかが田舎貴族の一人にすぎないのだが、ご当地では誰もが畏敬を払う名士である。戦馬鹿として名を轟かせたるどこぞの領主とは大違い。ちなみにブロンデル卿の領地は、ドレスタットから発してかの馬鹿領主ジャン・タウロスの領地へと伸びる街道の、ちょうど中間地点あたりにある。
そのブロンデル卿の館で、大晩餐会が催された。何しろ料理の帝王として名高い料理人ユザーンを料理長に招いての大宴会。しかも晩餐の一番の売り物は、珍味の中の珍味とまで言われるトリュフの料理。土地の名士はもとより、遠方からも客人が続々と訪れ、それはそれは大きな盛り上がりを見せた。
宴会の楽しみといえば、楽しい楽の調べに華やかなダンスにおいしい料理だけではない。客の間でひそひそ交わされる噂話も大きな楽しみだ。この大晩餐会において格好の噂の種になったのが、何かと悪名高きジャン・タウロスである。
「噂によれば、ジャンはこの前の大戦争で、ローマの騎士を100人も斬り倒したそうですわね」
「まあ! 何と勇ましい!」
「しかも殺した騎士の肉を焼いて、うまそうに食ったとか‥‥」
「まあ! 何て恐ろしい!」
「それで、付いたあだ名が人食い鬼。領主になってからも横暴な振る舞いは絶えず、穀物を盗んだ罪で村人100人に死罪を言い渡したこともあったそうよ」
「まあ! 何て横暴で残酷な! ブロンデル様とは大違いだわ!」
客人の奥方様たちが優雅な仕草でひそひそと噂話に興じていると、召使いがやって来て告げた。
「実はそのジャン・タウロス卿の家臣達が、客人として先ほど到着いたしました」
「まあ〜〜〜! あの人食い鬼の家臣たちが、この晩餐会に!? 恐い物見たさには勝てないわ。噂の種に、さっそく見に行きましょう!」
礼服に身を包んで屋敷に乗り込んできた三人の若者に、たちまち物見高い賓客たちの視線が集まった。三人の若者は、先ず晩餐会の主催者であるブロンデル卿とその奥方に、礼儀正しく挨拶する。
「ジャン・タウロス卿の名代としてやって参りました。若輩者ゆえ、礼儀作法に至らぬ点がありましたら、なにとぞお許しを」
その見事な立ち振る舞いに、周囲から感嘆の声がわき上がる。
「まあ! 人食い鬼の家臣とは思えないほど、いい男ですこと!」
「うちの娘の婿に迎えたいくらいですわ!」
さて、客人の中にヴィクトル・ド・タルモンなる貴族がいた。領主ジャンとは険悪な仲を噂される人物である。タルモン卿は三人の若者に歩み寄ると、流暢なラテン語で言葉をかけた。
『はて、どこかで見かけた顔であるな。おお、思い出した! 去年の聖夜祭の晩餐会で、私を楽しませてくれた若者たちではないか!』
若者たちが、きっとタルモン卿を見据える。うち一人がこれまた流暢なラテン語で言葉を返してきた。
『覚えていますとも。あの余興は一生の思い出、忘れるわけがありませぬ。なれど心よりご忠告いたします。人生という名の街道にて、後より来る者に油断召されれば、今にタルモン殿が余興の種にされましょうぞ。では、これにて失礼。我がラテン語はあまりにも拙き故に』
若者は笑顔を向けて一気に言い放ったが、その笑顔がいくぶん引きつっていたことに気付いたのはタルモン卿くらいのものであろう。若者のラテン語の台詞も、実は何十回も練習した末の努力の賜だったりする。が、裏の事情を知る少数の者を除き、その場に集う者たちは皆、この若者の姿にいたく感銘をうけた。
この有様にほくそ笑みつつ、ブロンデル卿はタルモン卿にそっと耳打ち。
「タルモン殿もうかうかしてはおられませんな。このままではあの成り上がり者どもに、社交界での人気をさらわれかねませんぞ」
「いや。困ったことに、あの馬鹿領主に入れ知恵する者どもがいましてな」
タルモン卿も、取るに足らぬこととばかりに鉄面皮な笑顔で答える。
「そいつらは、どこの馬の骨とも分からぬ冒険者たちですがな」
賓客の中には貴族未亡人セシール・ド・シャンプランの姿もある。彼女は大いに料理を楽しみ、料理長ユザーンが挨拶に出向くと、数々の上品な言葉でその腕前を褒めちぎった。
「このトリュフ料理の美味しさときたら、私は生涯その類い希なる味を忘れることはないでしょう」
「お褒めに与り、光栄至極でございます」
「ですが、もしも今夜の晩餐会で使われた量の3倍以上のトリュフがあれば、さぞや豪勢な料理が作れましょうね」
その言葉に目を丸くするユザーン。
「3倍以上のトリュフでございますか!?」
「ここだけの話ですが、私にはそれを得る伝がございます。貴方がよろしければ、その機会を作って差し上げようとも思うのですが‥‥」
「斯様な機会あらば、喜んで料理長として腕を振るいましょうぞ」
セシールと共に晩餐会に招かれてきた冒険者たちが、この会話に聞き耳を立てていたのは言うまでもない。
数日後。ここは領主タルモンの屋敷である。
「シャンプラン未亡人よりお手紙が届いております」
領主タルモン宛てに届けられた書状には、セシール自らの手で次の内容が書き記されていた。近々、シャンプラン未亡人の誕生会を催すべく、大勢の客人を招くに相応しい会場を探している。もしもタルモン殿のご厚意に与れるなら、タルモン殿のお屋敷を会場の候補の一つとさせて頂きたいと。
「如何なされます?」
家臣の騎士の言葉に、タルモンは快く答えた。
「他ならぬセシール殿の頼みだ。快く受け入れるとしよう。ところで、候補に上がっている他の会場とは、何処であろうな?」
「恐らくはブロンデル卿の屋敷か、ドレスタットにあるセシール殿の屋敷でございましょう。あるいはジャン・タウロスの館も候補の一つかと‥‥」
最後の言葉にタルモンは思わず吹き出す。
「あの成り上がり者の恥を晒すには一番の場所であろうな」
所は変わって、ここはジャン・タウロスの館。
「今年の誕生会は大勢の客人を招いて盛大に祝います。ブロンデル卿とタルモン卿もお招きしましょう。勿論、料理長は料理の帝王ユザーン。そして誕生会を取り仕切るのは──ジャン、貴方ですよ」
「俺が‥‥!?」
無理難題を押しつけられ、思わずジャンの目がまん丸に。
「いや、待ってくれ‥‥」
「何を言っているのです? そろそろ貴方も一角の領主として、世に名を知らしめねばならぬ時。いつまでも馬鹿領主の汚名に甘んじ、私の名に泥を塗るつもりですか? 覚悟を決めなさい。誕生会を開く場所については、私が選んだ候補の中から貴方に決めていただきます。この館も会場の候補の一つとしますが、他の屋敷と較べるとかなり見劣りがします。ここに決めるなら、招かれるお客様に恥ずかしくなよう、精一杯に工夫を懲らしなさい」
セシールが部屋から退出すると、ジャンは家来に命じた。
「‥‥冒険者を呼べ。何としても智恵を借りたい」
●リプレイ本文
●セシールの息子
ドレスタットの下町に立つ古びた白の教会を、カシム・キリング(ea5068)は訪ねた。過去にも何度か立ち寄ったことがあり、教会の老司祭は顔を覚えていてくれた。カシムが持ち寄った相談は、ジャンの領地に建てられた中州の教会の今後のことだ。
「代理司祭としてわしが管理しているが、わしは旅の修行で留守がちな身。本来ならきちんとした司祭を置くべきであるのだが‥‥」
尤もカシムは、この地では少数派の黒の司祭。目の前の老司祭のみならず、ここ西ヨーロッパで多数を占めるのは白の教派だ。カシムの所有する黒の教会堂も、本来は黒の司祭に管理を委ねるべきところ。ただし設備・人材ともに不足する地方では、融通を利かせて事に当たることも多い。
「その中州の教会じゃが、カシム殿が在中ならば黒き十字の旗を掲げて黒の教会となし、不在の時には白き十字の旗を掲げて白の教会とすることもできようぞ。そういう例は過去にもあるでな」
老司祭は助言した。聖なる母セーラを崇めるは白の教派、大いなる父タロンを崇めるのは黒の教派、なれど白と黒とは一つの神が併せ持つ二つの顔。二つの宗派の違いは、両者の対立を意味しているわけではない。故に白と黒、共に手を携えて神への道を歩まんと欲する司祭は数多い。この老司祭もその一人だ。
「して、その地はさびれゆく地か? それとも栄え行かんとする地なりか?」
老司祭は訊ね、カシムは答える。土地の領主ジャンは徐々に領主としての才覚を現し、その領地も幾多の試練を乗り越え、今は発展の兆しを見せていると。そして、冒険者たちによる徴税請負から始まり、流浪の民の受け入れに至るまでの経緯を、かいつまんで説明する。老司祭は何度も頷き、熱心に聴き入った。
「それは結構なことじゃ。して、その土地の白教会の有様は、如何様なものじゃな?」
「領主の館の近くに教会堂が1軒だけあり、その主である若いクレリックが4つの村を巡回して、務めを果たしておる」
あの若い司祭の名も、領主と同じジャンであったな──。質問に答えながら、カシムはそんなことを思い出す。それにしても、司祭のジャンはずいぶんと影が薄い。務めだけは真面目に果たしているのだろうが。
「なるほどな。しかし4つの村での務めを1人で果たすのは大変じゃろう。未だ年若く、経験少なき者とあっては尚更じゃ。これから先、領地が発展すれば仕事は増える。ここはわしの伝を頼り、新たな司祭が赴任できるよう取り計らうとしよう。後のことは、わしに任せるがよいぞ」
老司祭はそう約束した。
ちなみにこの老司祭の教会は、セシール未亡人の屋敷に近い場所にある。過去にはセシールも、この教会で祈りを捧げたこともあるだろう。カシムはもう一つの相談を切り出した。
「時に、セシール殿のご家族の噂を耳にしてな。何やら複雑な事情があるようじゃ。セシール殿は領主ジャン殿の恩人。今後もますます仲の深まろうというお方故、わしも恥を為さぬよう知りおくべき事情を知っておきたいのじゃが‥‥」
「セシール殿のご子息、クリストフ殿は真に惜しいことをしたものじゃ」
老司祭は語る。ノルマンがローマの支配下にあった頃の話になるが、セシールの息子クリストフは親の反対を押し切ってローマ貴族の娘と結婚し、さる土地の領主となった人物だった。やがてノルマン復興戦争が幕を開けたが、クリストフはローマ側にもノルマン側にも与することをせず、中立を貫いた。己が領地と領民を、さらには妻の一族を戦火に巻き込むことを潔しとしなかったのである。ためにノルマン独立後、クリストフは裏切り者の誹りを受けた。そしてクリストフは、貴族の地位とその領地を自ら放棄することで、その不名誉の償いを果たした。それからまもなくクリストフは市井の民として死に、その存在は貴族界から忘れ去られたのだった。
クリストフの妻とその子どもだが、消息の知れているのはジョルジュという名の息子だけだ。セシールにとっての孫であるジョルジュは、貴族の称号を持たぬ一介の騎士として、遍歴の旅を続けているという。
「‥‥そうであったか」
話を聞き終えたカシムは、しばし言葉も出なかった。
「‥‥じゃが、斯様な事情あって離ればなれになったとはいえ、そのままで良かろうはずもない。いや真に、貴族というのは難しいものじゃ。守るべきものが多くて身動きが出来ず、実の孫との対面さえも叶い難い。確かに常時戦場というわけじゃな。‥‥しかし、誕生日ぐらいは奇跡が起きても良いのではないかな? こう言っては何だが、老い先長くない老婦人の誕生日ぐらいは」
「奇跡が起きるならば、その手伝いくらいはわしにも出来るじゃろう。シフール飛脚の中には、ジョルジュの所在を知る者がおるかもしれぬ。届くかどうかは分からぬが、わしがジョルジュへの手紙を出してみるとしよう」
老司祭は固く約束した。
●再会
今や冒険者たちは、領主ジャンにとっては戦友にも等しき間柄。領主館に出入りする家来たちにもすっかり顔を覚えられた。さてその日、館に会した一同の中にジャンは懐かしい顔を認めた。
「おお! アマツ殿ではないか!」
子細あって久しく当地を離れていたアマツ・オオトリ(ea1842)である。あの決闘裁判から半年、それもアマツにはもう何十年前の出来事のように思える。
「ただ今、戻りました」
アマツは深々と頭を垂れて片膝を付き、騎士の礼をとった。
「過日の決闘裁判における非礼、切にお許し願いたい」
「もうよい、過ぎたことだ。今更論(あげつら)う者など誰も居らぬ」
ジャンはアマツを立たせ、その目をしかと見据える。
「あの時と変わらぬ目をしておるな」
若き女騎士の瞳は、時を経てその輝きをますます際だたせていた。
あの決闘裁判以来、己の未熟を恥じ、敢えてその身を地獄に突き落としたアマツ。
「その間ここでも、様々な事があったのだな‥‥。皆‥‥ありがとう、感謝を」
これが初対面になるセシールも、既にアマツの話を聞いており、いたく興味を持った様子だ。尤も彼女の感想は、ノルマンの平均的な貴婦人のそれを一歩も出ては居ない様子ではあったが。
「せっかく戻ってきたのだから、ぜひ西の村にも行ってあげなさい」
そう言われ、次の日の朝早く西の村に出向くと、村は大騒ぎになった。話が口から口へ伝わり、村中の者がアマツの周りに集まってきたのだ。
「よくぞお戻り下さいました!」
「ご恩は一生忘れません!」
地に跪き、聖者を崇めるように礼を繰り返す大勢の姿に、アマツは戸惑い言葉を失う。しかし村の子どもたちは無垢であるが故に大胆だ。
「アマツ! 帰ってきたんだね!」
「ずっと待ってたんだよ!」
駆け寄ってきた大勢の子ども達は、笑顔を太陽のごとく輝かせ、アマツの腕を取ったり顔を擦り寄せたり。ようやくアマツの顔がほころんだ。
「ああ‥‥私は帰ってきたんだ」
さて、冒険者たちが為すべき仕事の一つは、セシールの誕生会についての助言。協議の末、最も相応しい会場だと見込まれたのはセシールの屋敷だ。
「ドレスタットはこの近辺で一番モノが揃ってるところだし、準備をするための物資を調達するのには一番かと。万一の際、代替品も入手しやすいでしょ? 屋敷の使用人にもお手伝い願えるから、そのぶん人を別途雇わなくても済みますし‥‥」
話し合いの席で、その長所を狐仙(ea3659)が具体的に説明するが、場所が頭の上がらぬ相手の屋敷とあっては、ジャンも今一つ煮え切らない。
「ドレスタット‥‥どうも気が乗らぬのだがな」
業を煮やしてアマツが突っ込んだ。
「セシール殿の屋敷で恥をかくのがそんなに嫌か?」
「何だと!?」
ジャンは声を荒げたが、アマツの口は止まらない。
「武人とは民衆の為に剣を取り、振るう者と私は考える。彼らをまとめ士気を高める為に、時には茶番を打ち道化を演じねばならぬ。かのバルディエ卿の如く、そして決闘に於いての私の様に。今は貴殿が道化をせねばならぬ時だ。恥など、捨て置けばよい!」
いきなりジャンは椅子から立ち上がり、ずかずかとアマツに歩み寄る。そしてその肩をにがしっと手を置き、豪快に笑った。
「わっはっは! よくぞ言うた、アマツよ! 今の言葉で俺の迷いも消えた。会場はセシール様の屋敷で決まりだ!」
単純と言うか戦人(いくさびと)故と言うか、ジャンの気持ちの切り換えは早い。こうして話は纏まり、さて自分の仕事に戻ろうとしたアマツを、七刻双武(ea3866)が呼び止めた。
「折り入って、話がある。今宵、いつもの場所にて‥‥」
その夜、幾度か逢瀬を重ねた懐かしい場所で、アマツは一刻から告げられた。ジャンの領地でアマツとの挙式を挙げたいと。その言葉を聞いた瞬間、アマツの足下の大地は消え失せ、その心は遙かなる天へと昇っていた。
●立て!
春は名のみ。未だ大地は凍てついて、鍬も鋤をも跳ね返す。取る手はとうに破れ、苦役の過酷さを物語る。大地との戦に従事する者の影は、あちらに話す気力もなくへたり込む者、こちらに肩で息をしおぼつかぬ足取りの者。鞭が無いだけで犯罪者の強制労働となんら変わらぬ。亡者の如き有様の原因は明白だ。食料の不足。この一言に尽きる。
領地4ヶ村の住人は気の毒に思っても我が身だけで精一杯。喰う者も碌に喰わずの重労働なれば、倒れる者も少なくない。犠牲者を鑑みて充分配慮した現状でも、さほど改善はされなかった。なんとなれば居留民は多い。而して領主の財政は少ない。一時の保護ならいざ知らず、彼らに対する嗣業の地を給することは困難を極める。開墾しても収穫までを支える食料とて無いのだから。土を掘り石を動かし切り株を抜く苦役‥‥。農地整備の報酬が当面の食の保証であった。
そんな中でも、子供達の顔は明るい。ラグファス・レフォード(ea0261)の指導で、農作物に被害を与える野ネズミの駆除に従っている。こんな物でも調理すれぱ貴重な食料となる。本日の収穫は15匹。打ち殺して籠に収まっていた。
カンカンカンカン! 木の板が連打される。食事の時間だ。大鍋に煮えるスープと、パンを求めて人々が集まってくる。木をくり貫いたカップに注がれたスープに、皮毎引いた堅いエンマ麦のパンを浸し、暫しの憩い。子供のために特配されたミルクを配りながら、
「将来、何になりたい?」
ラグファスは話を切り出した。
「う‥‥ん」
一人の少年が返事を濁す。いや、あるにはあるのだろうが言いかねているようだ。
「恥ずかしく何か無いぞ。『鳥は少しずつ巣を作る』一本の枯れ草から始めなければ、絶対に完成する訳がないだろう。『ため息をつく心は望むものを得ることは無い』んだ」
恐る恐る少年は口を開く。
「国王様にお金を貸すほどの大商人になりたい」
一瞬の間。そして嘲笑。その多くは大人であった。溜まらず少年は手で顔を覆う。
「立ってもいない奴が転んだ奴を笑うな!!」
声の主はラグファス。今までのうち解けた表情とはうって変わった憤怒の顔。
「転ぶ、つまり失敗するには立たなければならないだろ? これは勇気のいることだ。たしかに座っていたら転ばないが、何も生み出しはしない。千年経っても何も起こらないだろう。いや‥‥もしノルマンに住む者全員が座ったら、確実にこの国は滅亡する。じわじわと確実に死に絶えて行く。絶対に栄えることなんてないから保留のリスクは高いんだ。だから俺は、転ぶ覚悟を持って立ち上がる人間を賞賛する。失敗した人間に再挑戦を許す国と、一度しか失敗を許さない国とでは、どちらが強いか。またどんな人間が世界に対してより高い価値を生むかを考えて見て欲しい」
激しい口調でまくし立てると、一転天使の如く穏やかに、
「まっ、腹を割って単刀直入に言うと‥‥。あんたらは本当に野垂れ死ぬ方がいいと思ってるのか? あんたらも何か残せるかもしれないんだぜ、生きた証を此処にさ。たまには若造の言葉にも耳を貸せよ。難民が全員立派に生きて行く、旅立った子供もそれを望んでいると思うぜ」
●謁見
雪の残る平原を抜け、辺境の地に立つ影は若い女性の騎士。一抱えの書類を携え丘陵の砦を訪ねるスニア・ロランド(ea5929)。フライングブルームで文字通り飛んで来たのだ。
ランプに照らされた机の上には、広げられたままの一枚の報告書。通された後も広げたままだったので、5つの単語が目に入って来る。
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ブラウスタット
ハイマート
エスト・ルミエール
プレアデス(プレアーデン)
ミルアネヴィル
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「ジャンの使いと申したな」
書類にペンを入れながら尋ねる領主。
「御意」
「依頼人として話を聞こう。言葉を飾らず手短にな」
既にあらましは知っているで有ろうが、スニアはさらりと流れを述べた後、
「現在、ジャン卿の元にある難民達を、ある程度過酷な労働に耐えうるよう鍛えております。単刀直入におたずねします。専門知識を持たない単純労働者は、新都市建設の最初期の段階でどの程度必要でしょうか?」
「今、工兵隊長だった者を呼び寄せている。屈強な男なら、30人ばかりは入用になるな。兵としても役立つ壮健な若者。3日3晩不眠不休で土木工事に耐えられる者。加えて文字の読める者。そのようなものが居れば召抱えても良い。妻帯者であるなら優先しよう」
「30人ですか?」
僅かに不服が篭る声。
「逆に問おう。いくら寄越す積もりだ? 卿(おんみ)の返答如何によっては、別の者が不幸になるであろうことを心得よ。夥しい血も流れるであろうな」
依頼人、すなわちジャンの主君であるアレクス・バルディエ卿は低い声で諭すように問う。彼の財産は傭兵隊長時代の戦功と敵からの略奪で創られたもの。そして、数々の政争やフェーデで勝ち取ったもの。いわば血の上に築かれた城塞と言っても良い。そしてその鮮血と汚猥にまみれた英雄は、表向きには毒牙を納めている。されど、必要とあれば火と剣(つるぎ)の道を進み、鉄蹄に数多の命を掛けることも辞さぬ男。
「奇麗事ではない。そうおっしゃるのね」
スニアの答えにバルディエは頷いた。
「維持できぬ兵は災いを招く。継続できぬ善行は只の気休めにしか過ぎぬ。そのようなものは重ねて不幸を創るだけだ。違うかね?」
30人と言う数を指して、吝嗇と言うのは無理だろう。彼は死ぬまでの面倒をみる積もりなのだから。
●新都市建設支援
まだ薄い草の芽が、枯れ草の中から現れる頃。地境での連日布告もあって、居留民の流入はようやく停止した。数多の仮庵が並ぶ地に、眉間に縦皺を刻んだ銀髪の騎士が駒を進る。布告のスクロールを広げ、手にしたベルを打ち鳴らし、
「御領主様からの布告だ!」
高らかに読み上げた。
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布告
知恵にて奉公叶う者は申し出よ。選考の間苦役を免す。
有為の士は我が主君アレクス・バルディエ卿に推挙せん。
読み書き、通詞、日和観、治水、農事、薬草、牧畜、木工、建設、紋章知識。
船大工、森の知識、長き従軍、負け戦の生き残り、最悪の飢饉を生き延びた者。
その他諸々の経験を求む。老人は勿論子供でも構わぬ。
志願者のうち自ら進んで苦役に就く者は、選考に漏るるとも身の立つ配慮を行わん。
領主 ジャン・タウラス
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「御領主様のかくも有り難き温情だ。希望者は聖書に手を置き、誠実なる奉公を宣誓せよ。選抜は老人から始め、子供、大人の順に申し送る。老人は経験と知恵を重視し、子供はその素質と気質を見る」
カイザード・フォーリア(ea3693)は、不心得者が混じらぬよう厳しい顔で辺りを見渡す。先には力と技術に主眼を置いていたため、惜ら老巧の者を死なせた。その自戒もあって鷹のように鋭い眼光。馬を並べる瀬方三四郎(ea6586)は神経を尖らせる。救われねばならぬ者が犠牲となり、無頼の徒が恩恵を盗むことが有っては成らぬ。そう祈念し、
「カイザード殿。私は街道の巡邏に参ります。惜(あた)ら有為の士を死なせ、御領主の温情に、図に乗る狼藉者を増やしては、ははは‥‥敵いませぬからなぁ」
耳に残る笑い声を遺し三四郎は、ぎこちないながらも輪乗りに手綱を操った。
●黒い金塊
今、ヤングヴラド・ツェペシュ(ea1274)の手元には、ムネー・モシュネー(ea4879)が携えてきた二通の手紙がある。一通はキャメロットの恋人からの物。もう一通はヴラドの属する結社からのもので、イギリスへの帰還命令がしたためられていた。ムネーはまた帰国に備えての豪華な衣装をも手渡し、帰国の日までは全力でジャンに協力するようヴラドに言い渡してもいた。
思えばトリュフの商いも、ヴラドとその連れた豚が掘り出したトリュフから始まったもの。自分の為すべき最後の仕事を果たすべく、ヴラドは料理人シーロと食い詰め商人を連れ、セシールとの面談に臨んだ。
「ユザーン殿とはトリュフの取引が進んでいるのだ。しかし、一方でシーロ殿のほうも将来性がありそうなのだ。今度の誕生会で、ユザーン殿とシーロ殿の料理対決などの催しが開ければ、トリュフの売り上げに繋がりそうなのだが、当事者に禍根が残る恐れもあるのだ」
「ならば、出来る限り禍根を残さない形での催しを考えましょう。方法はあなた方冒険者に一任します。期待していますよ」
セシールからその言葉を貰う。手応えは十分にあった。
会見が終わると、食い詰め商人はやけに大きなため息をついた。会見の間中、彼の者は貴人を前にして始終固まりっぱなしだったのである。
「ところで‥‥」
ヴラドが食い詰め商人に言葉をかける。
「貴方にはトリュフだけでなく、総合的な経済顧問的役割を担って欲しいのだ」
「はぁ!?」
言われて、食い詰め商人は目を白黒。
「わ、私ごときにそんなご大層なお役目を‥‥しばらく考えさせてください」
今やトリュフはジャンの領地経営を潤す黒い金塊も同然。双武もまた、誕生会の準備などでかさむ出費を案じ、70Gもの大枚を叩いて幾つものトリュフを買い込んだ。
「おお、これは真にかたじけない」
篤く礼を述べるジャンも、トリュフの価値の重みに思わず唸る。
「正にトリュフは、地に埋もれし宝であるな」
購入したトリュフは後にパリのレストランに売りに行こうと考え、双武はそれを荷物の中に放り込んでいたが、トリュフの香りは強烈だ。漂う香りにセシールの侍女が気づき、双武に注意した。
「トリュフは日持ちのしない食べ物。放っておいたら香りが消えて、価値を失いますわよ。双武のお買いになったトリュフは、誕生会で使い切ってしまうのが一番かと思いますわ」
パリにはいつ行ける日かも分からない。侍女の言葉に従い、双武はトリュフをセシールに買い上げてもらった。ただし、双武の支払った金の4割での買値となった。
「成る程。冒険者たちは既に、パリのレストランという売り込み先を確保したようですね」
買い上げたトリュフを眺めながら、セシールは何やらほくそ笑んでいた。
●事業起こし
田舎と言えども都市に近い。産業を興せば富を蓄え得る位置だ。されど却ってそのために、ジャンの無骨が目立ちすぎる。戦時には重宝された彼の武勇も、平和になった今では価値を下げた。一個の武辺としては評価されるが、主君バルディエの他に後ろ盾を持たぬ身である。勲で封地を与えられたが、満足な政(まつりごと)も出来ず、村は疲弊の一途を辿っていた。それが変わり始めたのは、ほんの8ヶ月程前のこと。バルディエに雇われた顧問達が来てからだ。
「真か!」
御蔵忠司(ea0901)の申し出に、ジャンは喜びながらもとまどった。私財を投じて牧場を創ると言うのだ。この払いきれない代価に何を持って報いればよいのか、ジャンは解らなかった。これが並に頭の働く者であれば、バルディエが支払う報酬の何倍もの献上を訝しんだであろう。商人ならば叱ったかも知れない。
「俺も、名を惜しむ者です。あぶく銭でも汚れた金でも、それが正しく使われるなら良き働きをするでしょう。金は行動を自由にもしますが、高々300G程度で縮こまるのは性にあいません。献上がお気に障わるのでしたら、投資と考えて戴きたい。肉はあまり売れないかも知れませんが、ミルクからバターやチーズを生産すれば、飢饉に備えることが出来るでしょう。そして、難民達にも手っ取り早く『職』、すなわち『食』を用意することになります。食える仕事が有れば領民として定着もし、領地を豊かにして行きます。新鮮なミルクさえ有れば、バターを創ることなど誰にでも出来ること。食べて良し、明かりにも傷薬にも使え、そして保存が利きます。そして、良き牛を得れば今日からでも富を生み出すでしょう。牛はアザミでも食らえますので、牧場の整備は後からでも良いのです。牛の糞は良き肥やしにもなりますから、さらに領地を富ませます。許可が下りれば今日からでも整備を始めます」
忠司の申し出に、単純なジャンは純粋にただただ感激した。
「おお。解り申した。樹の伐採や難民の徴用について一切を任せる。完成の暁には忠司殿の名を冠して、長く功績を讃えようぞ」
さて、何処に牧場を拓こうか。忠司はこの一件に関してジャンと同等の権限を与えられた。慣習法の範囲では、領民をも狩り出す事が可能である。
日当たりの良い開墾地ではブドウ園の建設が始まっていた。寄留民達の苦役で拓いた農地は北に森を背負い、なだらかな起伏。森を燃やした灰が肥料の原資となってくれるだろう。ただここまで水路は来ていないので、当面必要とする水は全て人手で運ばねば成らない。
働きの良い寄留民を選抜して元から居た領民とペアにして作業を進める。先ずは斜めに杭を打つことから。牧畜ほど即効は無いが、ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)の目は未来の豊かなワイン園を臨む。人は富貴を共にすることは難しいが、苦労を共にすることは寧ろ容易い。明るい未来が予想される場合にはなおさらのことだ。領民のうち選ばれし者は次男や三男。働き手としては半人前の子供も中に交じっている。
「ブドウは雨が少なく乾燥した環境を好む。砂地や石が多い痩せた土地での栽培が適しておるのじゃ。厩肥は苗を植える前に施し、若木の時期に根を傷つけぬように加える。収穫までは何年も掛かる故、1年ごとに畑を増やし初の収穫から10年で伐採し、1年厩肥と石灰を施しながら休ませるが肝要。良いワインを創るためには、1本の樹に成らせる実を制限し一粒一粒の甘みを高める垣根仕立てを採用する。収量は少ないが、その分甘みが強く良質の原料となるじゃろう。そのまま国王陛下の食卓に上るような、生で食べて美味いブドウを作って行こう」
溝を掘り、苗を植えるために親指と人差し指でL字を作った高さの土を盛り、黙々と作業は続く。指南する爺さんの一言一言を頭に叩き込み、作業は進められて行った。
●誕生会を間近に控えて
シクル・ザーン(ea2350)の帝王学の授業も、これが最後だ。最後の授業の題目は、帝王学の基礎・社交編。
「ジャン様が社交を苦手な理由は、目的や成否を判断する基準が分り難く、戦略を立てにくい為だと思います。それらを重点にお話ししましょう」
端的に言えば、社交の目的とは交渉に重要なコネと評判を手に入れる事。その二つがあれば味方が増え、平時でも非常時でも生き残りやすくなる。そのコネと評判を物にする手法について、熱を込めて教授したシクルは、授業の最後を次の言葉で締めくくった。
「以上のように注意すべき事は多いのですが、社交に参加しない事にはコネもできず、噂で評判も下がるだけです。領主たる者、この事は肝に銘じて下さい」
授業が終わると、ジャンはシクルと固い握手を交わす。
「これまでの帝王学の授業、篤く感謝いたす」
これまでの授業で領主ジャンがどれほどのことを学んだかは、彼がホストとなるセシールの誕生会において明かになるだろう。
誕生会の準備は順調に進む。招待客については予めセシールに候補者のリストを作ってもらい、カミーユ・ド・シェンバッハ(ea4238)と仙の意見を参考にしつつ、その中から領主ジャンが選定する。最も、招待状を送った相手の中には欠席する者もいるから、出席者が確定するのはまだ先だ。
招待状はマギー・フランシスカが手づから作成。出来上がった招待状の一枚一枚に、ジャンがサインする。
「俺にはペンを走らせるよりも、馬を走らす方が性にあっているのだがな」
などと子どものように口にしながらも、ジャンはその務めをやり遂げた。
一方、レニー・アーヤル(ea2955)は誕生会に備え、会場の警備に当たるジャンの兵士たちを鍛え直す。
「兵士と言えどぉ、紳士たれですぅ!」
伝授するのは最低限の礼儀と、女性に対する処方だ。
「特にぃ、女性にはどんな身分の方にもぉ優しく接しなさいですぅ。多少、お年を召した方でもぉ、マダムとは呼ばずにぃ、お嬢さんとぉ呼んでくさいねぇ、女性からのぉ評価を上げることはぁ政治の場ではぁとても重要な事なんですよぉ」
さらに、貴賓と接する機会の多い隊長職には、みっちりとラテン語の授業だ。
会場の準備のため、ドレスタットに向かう日が来た。
「なあ、ココとニノの領地、どっちが住み心地が良さそうだい?」
出発の準備がてら、赤毛の少年ニノに鳳飛牙(ea1544)は訊ねてみる。
「タルモン様の領地のほうが、ずっといいと昔は思ってたよ。でも、こっちの領地も昔と較べたらすごく変わったし、のびのびできていいかもね」
「ところで、ニノは将来何になりたいんだい?」
「オレ、船乗りになりたい。船に乗って色んな国に行けるだろ? で、兄貴は?」
「俺は‥‥英雄にはなれそうも無いけど、他人を助ける事が出来る者になりたいかな? 『正義の味方』なんてね」
準備が整い、冒険者たちは荷物を積んだ馬車に乗って街道を行く。長渡泰斗が村人と共に造り上げた用水路の畔で、子どもたちが走り回っているのが見えた。のどかな春の光景だ。この用水路には泰斗の名を冠することが決まっていた。
「だが、俺だけの功では無い。工事に携わった者全てが功労者である事を忘れないでくれ」
泰斗はそんな言葉も残していた。
ドレスタットに着くと、レニーはジャンの家来と共に街の仕立屋に向かう。誕生会の場に恥じぬよう、式典用の礼服を新調するためだ。新しい礼服は青が基調で、肩には金のモール。これにつばの広い帽子が付くが、指揮官職の帽子にはさらに羽飾りが付く。
やがて、最初の数着が出来上がった。先のブロンデル卿の晩餐会で活躍した三人の家来と共に、ヴラドが真っ先にその礼服を着ると、その姿は一段と晴れやかになった。ヴラドもこれには大満足。
「余らのことは青服隊と呼んで欲しいのだ!」
また、双武は宴会の企画に工夫を凝らす。各地から訪れる賓客にその土地の名産品を持ち寄ってもらい、晩餐の席でその名誉を讃えつつ、ジャンの領地にも他領に負けない品々が育ちつつある事を披露するのだ。
「戦場に置いては、情報が戦局を決しまする。それと同様、客人の方々や御当地の事などを調査するための組織、いわば情報収集のためのギルドが必要かと。その設立の許可を頂きとうございます」
「ギルドとはまた、大きく出たな。しかし全てを一度に揃えることはできぬ。格言にもあるではないか、ノルマンの復興は一日にして成らずと」
そう答えるジャンの眼には、軍略を巡らす軍師のそれに似た輝きがある。
「まずは、手近な所から始めるとしよう」
カミーユは情報収集のため、街のサロンへと頻繁に足を運ぶ。そして、飛牙はセシールの屋敷で会場の設営準備。
「はい、これもお願いね」
手伝っているうちに、なぜかガラクタの処分まで頼まれてしまい、壊れた荷馬車の前に引っ張ってこられた。
「ばらばらにして、薪にしますの」
「任しときな。爆虎掌使えば、あっと言う間さ」
気合いもろとも、飛牙は拳を打ち込む。と、はじけ飛んだ木片が、飛牙の額に当たった。
「痛ぇ!」
「あら大変!」
小間使いのルルが、濡れたハンカチを額の傷に当てる。
「大丈夫ですか?」
「へ、平気さ。こんな傷くらい‥‥」
すぐ目の前には愛くるしいルルの顔。答える飛牙の顔は微かに赤らんでいた。