ザ・チャンピオン〜若い駿馬〜前編

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月10日〜08月15日

リプレイ公開日:2004年08月17日

●オープニング

「うわー!」
 一匹の馬が、鞍を着けようとした冒険者を噛んで、放り投げた。
「だ、旦那様。彼ほどの名人でもこの有様。乗りこなすなど無理です!」
 執事が、10人目の応募者の手当をしながら窘める。
「えい。時間がないのだぞ。このワシに遅れを取れと申すのか?」
 悍の強いこの馬は、決闘のために最近入手したばかりのものである。毛並みと言い、脚の早さと言い、気の荒さと言い、ノーマルホースとも思えないレベル。しかし、荒々しすぎて乗り手が居ないのだ。
「いったい、前の持ち主はどんな躾をしておったと言うのだ」
「は、出入りの商人の話では、ビザンツの神聖騎士の持ち物だったとか」
 あるいは、元の持ち主との絆がよほど強かったのだろう。以来、一度も人を乗せていないと言う。
「とにかく、こやつが一番良い馬なのは間違い無い。今度こそ‥‥あの成り上がり者めをぎゃふんと言わせてくれる」
「だ、旦那様ぁ!」

「‥‥と、言う訳なんだそうだ。決闘と言う程の大袈裟なものでは無いが、貴族同士の見栄の張り合いと言うわけだ。少しでも良い馬をと八方手を尽くして勝てそうな馬を見つけたが、軍馬よりも気が荒く乗りこなす者がいない。馬術に長けた冒険者を紹介してくれとおっしゃっている。負ければ金は払わないが、勝つことが出来たらば、望みの褒美をくれるそうだ。どうだね?」
 ギルドの職員は、何度目かの説明を応募者に告げた。

●今回の参加者

 ea1554 月読 玲(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1690 フランク・マッカラン(70歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3484 ジィ・ジ(71歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea5226 ヴァレリー・ローマック(23歳・♀・ナイト・エルフ・ロシア王国)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5817 カタリナ・ブルームハルト(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●冒険者達の到着
 一日の終わりは茜色。たなびく炊煙、還る鳥。一行が着いたのはそんな時刻であった。出迎えたのは召使い数人。丁度晩餐の時刻故、冒険者達の食事も別室に用意されていた。
 食卓に並ぶは古ワイン、黒パンと堅いチーズと豆と内臓肉のスープ、茹でたチシャ。大したもてなしでは無いが、腹を満たすには足る内容だ。一行を見て、何か驚いた風の年嵩の女性が、若い娘に耳打ちした。
 まもなく、
「おお、見れば騎士様や賢者様方も‥‥。冒険者ギルドにお任せして良かった‥‥」
 如何にも慌ててやって来た風の執事が、複雑な面もちで挨拶をする。
「何をしておるか! 早く料理をお持ちしろ」
 沸き立つような若いワインに白いパン、炙られた雉肉、鳩のパイ、バターの滴るマスとキノコの料理‥‥。恐らく主人の晩餐の一部が回されてきたのだろう。
「魚とは随分贅沢だな」
 さっきとは打って変わった扱いだ。大方、冒険者と言う者を、ならず者に毛が生えた連中とでも思っていたのだろう。
「これは何とも‥‥」
「現金なものですね」
 ノルマン騎士のカタリナ・ブルームハルト(ea5817)とロシアの騎士イリア・アドミナル(ea2564)は、顔を見合わせて苦笑する。二人に用意された席は所謂上座。目の前に置かれた料理も他の者よりは上等である。
「別に驚くことはない。世の中の理(ことわり)とはこう言うもんじゃ」
 下座に座らされたフランク・マッカラン(ea1690)は、世巧者らしく気にもしない。
「あ、どうぞ」
 給仕する召使いを無視して、イリアは料理を切り分けてパンに乗せ、フランク達に運ぶ。その様を、執事は不可解な面持ちで眺めていた。

 ノルマンに貴族は多けれど、成り上がり者と言えば限られる。フランクが依頼を受けたのは、傭兵隊長から成り上がった男との因縁のためであった。
「見過ごす訳にはいかんな」
 尋常の勝負ならば良い。単なる貴族の意地の張り合いだ、フランクの口出しする話ではない。しかし、相手がバルディエと言うなら話は違う。我が身を奴隷商人に引き渡して決闘の代理人を立てるような孝行娘に、彼が卑怯な手段を用いたことを、彼は知っている。
「殿様にお目通り願いたい」
 フランクは出迎えの執事に向かって所望する。
「あ、ぼ僕は‥‥」
 何か思う事があるのか、利賀桐まくる(ea5297)とジェイラン・マルフィー(ea3000)が会釈して場を抜ける。誘われるように月読玲(ea1554)も席を立った。

●会見
 食事が終わる頃、フランクと二人の騎士は別の部屋に通された。当主は三十路の男で、均整の取れた体躯はさほど贅肉もない。
 ノルマンは若い国である。正確に言えば復璧間もない王国である。世襲貴族とは言え、剣を取り槍を振るった建国の勇士。古い国にありがちな因習の害は未だ鮮(すくな)い。それでも、生まれながらの貴族の矜持は当主の眼より迸る。執事にとっては騎士様であっても、彼にとっては騎士風情。扱いは甚だぞんざいであった。
「私は諸君に依頼した。そして、諸君がそれを受けた。ではいかんのかね?」
「お殿様。わしらは敵は成り上がり者と言うお話故伺いましたのじゃ。もしや、そやつの名はバルディエとは申されませぬか?」
 フランクの丁寧な問いに、
「いかにも、その増長した奴腹だ」
 めんどくさそうだった当主がやや身を乗り出す。
「わしらは、バルディエとは因縁浅からぬものでのう。以前に奴が汚い手で勝利を盗もうとした事を知って居る。よって、この老いぼれの戯言も少しはお役に立つと思うのじゃが。お聞き召さるか?」
 果たして目の色が変わった。
「そうか‥‥。もしや貴公は、『醜(しこ)の御盾』と名高き、フランク殿か?」
 吟遊詩人の詩のおかげで、少しは名前も知られているらしい。
「いかにもわしがフランクじゃ。じゃが、そのような大した侠(おとこ)では有り申さん。それよりも、彼女の名はお聞き及びか? イリア・アドミナルと申される」
「では、彼女が『虚空の旅人』殿か? 伝え聞くバルディエとの決闘でのお働き‥‥眼福した。しかし、評判の女騎士殿がねこんなに若くて美しい方とは‥‥」
 当主は掌を返したような扱いになる。無理もない。はせ参じたのは名の通った義士。しかもバルディエに勝利した連中だ。
「勝利は時の運です。なので僕もお約束致しかねます。でも、バルディエが汚い手を使ってくる事は防いで見せます」
「イリア殿の言うように彼奴は試合中の妨害をしてくることに前例があるのでな」
 あの時は依頼人を守るため、敢えて負けた敵の体面にも気を配ったが、今回はそんな遠慮は要らない。自分の身は自分で守れるだろう。しかし、はっきりとした証拠を掴んだ訳ではない。
「それにしても、他の馬じゃいけないのかい? 僕のシュツルムだって負けてないけどなぁ‥‥」
 カタリナのぼやきに、
「愛馬のほうが良いと言うのは尤もだが、既に試合で使う馬は相手に見せている。いまさら変更は利かない」
 当主は言い切った。
「勝負の方法は?」
 手短に聞くイリアに、
「早駈けだ。距離にして5マイル、競技場の周回勝負だ」
 と告げた。

●陰謀
 まくるは食卓を抜けたその足で、厩(うまや)を訪ねた。夕闇迫る薄暗い中に、人の気配がする。こう見えてもまくるは忍者である。気を絶ち、身を屈めて耳を澄ませば、その正体が見えてくる。

「なぁに、可愛い馬に毒を盛ると言うわけではない。そう、これから暫くの間、飼い葉にたっぷりと水を含ませておくれ 。そうすれば、見かけは変わらないが体力が落ち、最後の脚を失う。ただそれだけのことさ。そうそう、これは金で全てを片付けようとする門閥貴族との正義の戦いだ。当家も確かに回天の業(わざ)に功績があった。大したことだ。少なくとも自分の腕で今日の地位を得たのだからな。しかし、それ以上の働きをしたあの御方が不遇を囲って居られる。ただ、累代の家臣では無いと言うだけで‥‥。お前様も奉公して何年になる? 所詮門閥貴族とはそう言うものだ‥‥」
 馬丁に向かい彼の見えざる功績を讃える。彼が如何に主人に尽くし、そして功成り遂げさせたか。言葉は熱を持ち、回天の大業はお前様のような人々に支えられて成った。とまで言い切った。
 馬丁は何だか酒に酔ったように興奮し、日頃の不満をぶちまける。男は、一つ一つそれに頷き、主人が彼を評価していないことに憤って見せた。そして、
「頼む。これは正義の戦いなのだ。お前様がいるから道が拓ける」
 そう囁き、馬丁の手を握りしめた。最後に小さな袋を一つ。
「正義の戦いではあるが、あやつが負ければ腹いせにお前様の奉公を解くやも知れぬ。これはその時のために。神が正義の闘いに赴くお前様に備えられたものと思うが良い。何事もなかったならば、人知れず神にお返し申されよ。神はお前様を覚えて下さる」
 男は去った。夢を見ていたような馬丁の心が現実に戻ったとき、手にはずっしりと重い小袋の感触があった。

(「ど、どうしよう?」)
 そして、まくるの耳はその一部始終を捉えていた。

●噛み馬
 東から湧いてくる蒼い闇。紅く輝く西の空。夕日が木々を真っ赤に染めて、お休みと揺れているシルエット。
「里のみんなは元気かなぁ」
 遠い目で懐かしい情景を想い浮かべながら、夕べの風が涼やかに牧場(まきば)を亘るその中を、独り歩く玲。
「あの馬ですか‥‥見事な馬だ‥‥」
 毛並みもさることながら、浮かび上がるシルエットは如何にも剽悍。夕日を映す双眸は炎を魂に宿すが如く鋭い。風を刻み、緑を切り裂いて行く姿は完成された舞師の美々しさを持ち、いななく声は憂いを帯びつつも力強い。
 尊い物を抱くかのように、玲が近づいてその体に触れようとすると、
 カプ! 差し出すその手を噛んで、鈍い痛みを玲に残す。そして‥‥。
 ヒーン! 高く一声。燃える光を身に浴びて、馬は拒むかのように駆け出した。
「あ‥‥。まって‥‥」
 可愛いネコを撫でようとして逃げられてしまった少女のように、玲の頬は赤らんだ。それは、夕映えのせいかも知れないけれど。

●パリの市
 ゆっくりと白む空。市へ荷を運ぶ馬車の台に、ジェイランは横たわる。目覚め始めた小屋小屋の、辺りに和する群鶏の声。響く鐘にパリの大門は開いた。待ちかねたように、市へ運び込まれる荷の数々。威勢の良い売り口上に、絶え間ない天秤の音。
 ジェイランは独り市を歩く。
「おや、ジェイラン。今日はお客かい?」
「そうとも親方。冒険者ギルドの依頼でね。お貴族様との顔つなぎさ」
「それは大したもんだ」
「おいら、いつかは越後屋みたいな大商人になるんだ」
 気負うでもなくさらりと言う。若いと言うことはそれだけでバネのような力を持っている。そんな彼に笑いながら、
「何を探っているんだ?」
 ジェイランは軽く、今回の仕事関連で、成り上がり貴族についての情報や評判、最近出入りしている人の変化。そして、決闘にでる選手の実力など訊ねた。
「あ、親方。その手は‥‥」
「商人たる者。只で物を売らんのは判っているな。お前もウィザードならば、この世の理(ことわり)は、ある物を得るには相応の物を失わねば成らぬことは知っているはずだ。お前の使う魔法一つとて、只で身につけた訳ではないはずだ」
 言われるまでもない。師匠に奉仕し、金を払って書物を買い、長い時間を修行に費やした。仕方がないので、ジェイランはコインを二つ取り出して親方に渡す。
「なんだ、これっぽっちか?」
 詰るような親方に、
「商人は金が命。元手は大切にしろってのは親方の教えじゃん」
「お前も言う様になったな。いいだろ、出世払いだ。但し、特別なことは自分で調べるか、対価を払って専門家から買え。これは街の噂だが‥‥」
 成り上がり貴族の名はアレクス・バルディエ。出入りの人間はよく判らない。騎手の名や素性は不明。家の名誉が掛かった勝負ではないが、双方、大金が掛けられているらしいとのこと。これが情報の全てであった。
「ところで親方。馬の元の持ち主は」
「なんだ、お前。そんなことも知らずに仕事を受けたのか? パリ広しと言えども、馬を売り払う神聖騎士などそうそう居るものか。農民が雌牛を売るようなものだ。相当深い訳があったに違いないと、皆、同情しておったわ」
「じゃ‥‥ひょっとして‥‥」
 ジェイランはヴィーヴィルと言う名を耳にした。

●シファネ
 カプっ! またしても馬は噛みついた。今度は加えて離さない。
「えっと‥‥そんなに私って美味しい?」
 何度も噛まれて血の滲む指。玲は引きつった声で馬に話しかける。と、俄に放し、如何にも不味そうに、フンフン! と息を吐き出す。
 傍らのジィ・ジ(ea3484)は、少しやつれた風で飼い葉の配合を行っている。炒ったエンマ麦に刻んだカブを混ぜ、少し岩塩を加える。調教師を買って出たジィは、厩に泊まり込みの熱心さだ。まくるの報告もあってか食餌の方も馬丁任せにしない。しかし、見慣れぬ人物を警戒してか食べてくれない。
「なかなか気むずかしい馬ですな。恐らく、前の主人に忠義を立てているのでありましょう。良い馬とはこういうものです」
 経験を積んだ調教師とて、このような馬を練るのは容易な業では無い。そこへ、神聖騎士のいでたちの『男』がやって来た。、
「‥‥お、おおお願い‥‥‥‥。ぼ、ボクたちに‥‥ち、力をかかか貸して‥‥」
 話しぶりから誰なのかは一目瞭然。しかし、如何にも怪しげなまくるを前に、なぜか馬は幾分穏やかな表情。
「か、かか勝てたら、‥‥あなたの、ホ、ホントの主さん‥‥、も‥‥もう一度‥‥帰って、くるよ‥‥」
 一瞬の沈黙。やがてくわっと口を開き、コツコツと大きく前掻き始めた。攻撃してこない分進捗はあったが、警戒は解いては居ない。
「は、早く連れて来いって、い‥‥言って、るみたい」
 頷くジィに勇気づけられ
「や、約束‥‥する‥‥このま‥‥マフラーがが、証だから‥‥」
 首にマフラーを掛けた。
 こうして、少し馴染んできたところに、イリアとカタリナがやって来た。
「ん〜、君の名前はシファネ君かな? 僕はカタリナだよ。ま、急造パートナーになるけどよろしくね」
 シファネと言う呼びかけに反応し、馬はゆっくりと首を向けた。確信したカタリナは、元の飼い主から借りてきた十字架のネックレスを馬の首に掛けてやる。
「この依頼が終ったら元の飼い主に所に返して上げるから頑張ろうね」
 馬は、 シファネは、イリアがたてがみに触れるのを許した。ここに至ってようやく、心を開いてくれたようだ。騎手を予定しているカタリナが掛けるブラシを、抗いもせず受け、轡を取る散歩に従って行く。しかし、
「よし、僕のことを認めてくれるようならちょっと乗せてもらうよ」
 シファネに語りかけながら背に乗ろうとすると、突然竿立ちになり騎乗を拒む。
「シファネ! シファネ! シファネ!」
 ジィが荒ぶる馬の名を連呼すると、辛うじて大人しくなる。そして、コツコツと前掻きの大きな音を立て、怒りを浮かべた瞳で何かを要求する。悍馬はその背に自分が主人と認めた者以外、乗せようとはしなかった。

 時は無情に流れ、勝負を3日後に控える今日。幸い、怪しい者は誰も厩に近づかない。ジェイランがあきれるほどに水をぶち撒けて創った水たまりも、めでたく徒労に終わってくれた。しかし、一向に人を乗せようとしないシファネ。
 皆はほとほと疲れ果てた。
「うむ‥‥。イリア殿、カタリナ殿。これは当主殿と掛け合ってみる必要があるまいか?」
 フランクが意を決して切り出した。先ず、馬に乗れないことには話にならない。
「僕もそう思っていたよ。勝つためにはヴィーが必要だって!」