ザ・チャンピオン 〜貴公子オスカー2

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月12日〜09月17日

リプレイ公開日:2004年09月20日

●オープニング

 ひょんなことから起こった兄弟喧嘩を発端として起こった決闘騒ぎ。
 当事者が幼すぎたため、それぞれ代理人を立てて行なわれたこの決闘は、臨んだ騎士両名の武器の破損、仕切りなおし、という予想外の結果に終わった。
 誰しもが、その勝敗の結果を固唾を呑んで見守っていた決闘。
 しかし当事者達がこの決闘に望んでいたのは、『引き分け』という結果であった。

 今回の策が結果として失敗に終わったことについて、依頼主であるオスカーは何も言わなかったし、決闘代理の依頼を取り下げることもしなかった。ただ、一言。
「依頼の内容は変わらないよ。この決闘に勝敗はいらない。それだけだ」

 貴族街の通りを、一人の忍びが足音を立てずに走ってゆく。
 彼女が辿っている道筋を逆に進むと、とある邸に辿り着く。豪奢な造りの邸が立ち並ぶ中では質素といってもいいほどのそこは、『傭兵貴族』と呼ばれるアレクス・バルディエの住いであった。
 『忍び』としての技量を活かして潜入調査を試みた彼女が見たのは、バルディエの邸に集まる、実に多くの『人材』だった。皆、何かに秀でた才覚のあるものばかり。下手に忍び込もうものなら、あっという間に発見されてしまう。そんな状況であったため、これまでこれといった成果を上げることができなかったのだ。しかし。
 時折背後に意識を飛ばし、追跡されていないことを確かめる。そして、懐に忍ばせた羊皮紙が、変わらずそこにあることを再確認する。
 仕切りなおしとなった決闘後、珍しく手薄になっていたバルディエの邸。その、主の部屋で見つけたこの羊皮紙には、ゲルマン語で次のような文章が走り書きされていた。

『次なる決闘にて勝利をもたらさんがため‥‥ベルナルド様に注意‥‥謀殺可能か‥‥‥‥公表‥‥勝っても負けてもオスカー様に更なる名声』

 意味は、まだわからない。
 しかしおそらく、かなり重要なもののはずだ。彼女の『忍び』としての勘がそう囁いている。
 ともかく今は、これを無事届けるだけだ。仲間の下へと。

 その頃。パリから遠く離れた地方の領主の館。
 執務室の自身の椅子にゆったりと陣取り、その人物は複数枚の羊皮紙に目を通していた。もうそろそろ壮年の時期を終えようかという年頃の、隻眼の威容を持つ男性――オスカーとベルナルド、2人の異母兄弟の父、フランシスその人である。
 手にした羊皮紙全てに目を通し終え、父親は愉快そうに口の端を吊り上げた。
「ふむ。所用でパリを離れている隙に。何やら面白いことになっておるようだの」
「否定はしません。が、どうするんです? 彼らは仲裁を願い出てきてるんでしょう? 親父殿に」
 彼の反応に少なからず眉をひそめつつ、目の前に立つ白い騎士服の青年が言う。その面差しから、青年もまた目の前の男、フランシス卿の息子の一人であることは間違いない。フランシスは愉快そうな笑みを崩すことなく、自身の息子の一人に向き直る。
「そんなこと、言わずともわかっていよう。――捨て置け」
「‥‥やっぱり?」
「この程度のこと。自身で何とかできずして、宮中の狐狸妖怪どもの中を渡り歩いてゆけるものかよ。わしは、その様子を存分に楽しませてもらうとしよう」
 なに、わしなどが出張らずとも。よき援護者がどちらにもおるではないか――。
「――御意」
 聞き様によっては無責任極まりない父の言の裏の意味を汲み取り、同じく息子の一人である青年は苦笑とともに恭しく一礼した。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea2731 レジエル・グラープソン(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4251 オレノウ・タオキケー(27歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4290 マナ・クレメンテ(31歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea5601 城戸 烽火(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

我羅 斑鮫(ea4266)/ ファム・クライス(ea4732

●リプレイ本文

●罠か証拠か
 今回の事件の真の意味での発端である、『傭兵貴族』ことアレクス・バルディエ。
 そのバルディエの邸で、城戸 烽火(ea5601)が入手してきた一枚の羊皮紙は、今回の代理決闘の依頼を受けた仲間達に大きな困惑をもたらした。
「いったい、どういうことなんでしょうね?」
 中央のテーブルの上にのせられた羊皮紙を見やり、レジエル・グラープソン(ea2731)が呟く。次なる決闘での勝利、オスカーとベルナルド、謀殺、公表、そして更なる名声。書かれている言葉だけから単純に読み取ると、今回のこの決闘騒ぎに絡めた何らかの陰謀、それを表しているとしか思えない。
 アレクシアス・フェザント(ea1565)の意見で、オスカーと、彼の忠実な老侍従メシエに羊皮紙の筆跡を検分してもらった結果。この文章を書いたのは、少なくともバルディエ本人ではないことが確認された。
「文中に出てくる、兄弟両方に敬称が使用されている点から‥‥これはバルディエ本人が、というより、彼に味方するものからの情報、と考えるのが自然だろうな。おそらく、今回の決闘騒ぎの裏では何か謀略が動き始めていて、そのことが暴かれ公開されれば、どのような結果であってもオスカーに有利になるという意味‥‥と考えるのが妥当だが」
 イルニアス・エルトファーム(ea1625)が自身の予想を述べる。それに対して、反対の意見を口にする者はいない。しかし、これを以ってあの危険な匂いをまとう男の尻尾を掴んだ、と、安直に考えるものもまた、いなかった。
 この羊皮紙が、まったくの虚言事だけを書き連ねているものとは思えない。だが、筆跡がバルディエのものではないということは、万一のことがあった場合、バルディエ本人は如何様にも言い逃れができる、ということでもある。更にもし本当に何らかの策謀を示すものだとしても、これ自体を証拠として扱うことは危険すぎる。そもそもこの羊皮紙は、結果的に無断で、しかも公正とは言いかねる手段で入手したものだ。重要なものだというなら、所持しているという事実それだけで罪に問われかねない。
――そして逆にいえば。他ならないバルディエ自身が、そうなるよう仕向けて『敢えて我々に入手させた』可能性もある、ということだな。
 イルニアスのこの予想を肯定するように、烽火も言う。
「もしかしたら、あたしが館に忍び込めたのは、連中がそれを狙っていたからかもしれない」
 と。
 バルディエの邸には、常日頃から実に様々な人材がいた。隠密のプロである自分が、時に侵入することを断念したことがあるほどに。それが、あの日。仕切り直しとなった決闘の直後とはいえ、主の執務室にまで入り込むことができた。あるいはこれもまた、策のひとつではないのか。そんな気がする。
「何にしても、この羊皮紙の扱いには注意が必要ですね」
 オレノウ・タオキケー(ea4251)の言葉に、全員が頷く。書かれている内容を無視することはできないが、しかしこの羊皮紙自体を使って、今回の事態をどうにかする――ということは、考えない方がよさそうだ。イルニアスが改めて口を開く。
「この決闘の裏で何かが動いてるのは間違いない。この羊皮紙のことは、ベルナルド側にも伝えた方が良さそうだな。‥‥レジエル」
「わかりました。ではこれは、預からせていただきます」
 レジエルが頷き、問題を羊皮紙を受け取る。これを受け渡すのは連絡係である自分の役目だ。
 バルディエの動きには今後とも、気をつける必要がありそうだ。

●想いと願い
「宣誓を行なう?」
 再決闘を前に。それまでに行なうべきことを確認するために、依頼人であり当事者のオスカーと接見する。顔を合わせるやアレクシアスから出た意見に、オスカーが興味深げな瞳を向けた。
「はい。次の決闘でも最善を尽くす所存ではありますが、今回は相手が相手。どんな手を打ってくるかわかりません。確実に望む結果を得るためには、決闘会場で、オスカー様自身が決闘結果を『引き分け』と認め、公にベルナルド様と和解していただく。それが一番だと思うのです」
「ふむ‥‥」
 一考する価値はありそうだ。そんな感じで腕を組み、オスカーが考え込む。
「オスカー様。私の目から見てですが、あなたとベルナルド様は、本当は仲が良かったのではありませんか? 先の決闘のとき、顔色を変えて叫んだこと、すぐ側だったのでよく覚えていますよ」
「仲が良かったかどうかはともかく‥‥キライではないよ。昔からね」
 レジエルの言葉に、いつものように笑いながら、オスカー。
「ただ、向こうがどう思ってるのかはわからないな。宣誓を行なうのは構わないよ、アレクシアス。だけど問題は、向こうがそれを受け入れるかどうかさ。こちらがいくら宣誓しても、向こうがそれに同意しなけりゃ難しいと思うね」
「少し、よろしいかな? ――決闘には勝敗に関係なく、その折の態度で名誉を得ることもある。あの日のバルディエ卿の様にね。時には思惑に乗って華麗に踊るのもいい? 貴方にしか出来ない権利もある。貴方にはなるほど手にあるものが少ない、だがそれでいいではないか。小さな尊厳王よ、貴方の下で働いたことを光栄だと言わせて欲しいな」
 円 巴(ea3738)がやんわり、と言う。やがてオスカーは頷いた。
「――わかった。これは公的に申し入れてみるよ。今度の決闘の結果がいかなものであれ、もうやり直しはしない。開始前に司祭様にそう宣誓してみることをね。それと、レジエル?」
「はい?」
「連絡係の君に、ちょっとお願いがあるんだ‥‥耳貸して」
 レジエルを呼び寄せ、耳元でこしょこしょ、と呟く。オスカーの言葉を一通り聞いて、したり、と頷くレジエル。
「かしこまりました。連絡係として必ず成功させます」
「頼んだよ」
 接見の後。手紙を用意するためにオスカーは老侍従を伴いサロンを出て行った。その後姿を見送りつつ、マナ・クレメンテ(ea4290)は呟く。
「2人とも、何とか上手く仲直りができるといいんだけど。そもそも、家を支える柱が1本なんて、逆に脆いと思うんだけどなぁ‥‥。二人が仲直りして、協力するようになれば、その方が絶対に強いと思うんだけど」
「理屈の上ではね。しかし上流社会というものは、そんな簡単なものでもないんだ。時には血のつながりでさえ、何の意味も持たなくなることがある‥‥」
 巴の淡々とした、しかし的を射た言葉に、「わかってるけど‥‥」と眉をひそめるマナ。自分の考えが、庶民的過ぎることなどよくわかっている。わかっているけれど、あんな子供の頃から、もしかしたら仲良くなれるかもしれない、あるいは仲が良かった相手と対立し、いがみあわなければならない、という状況にあるのは、正直見ていてたまらないものがある。
「確かに、今回の依頼はなんとも落ち着かないことこのうえないシロモノですが‥‥。だけど今回は心配ないでしょう。少なくともオスカー様は、こんなことで諦めてしまうほど脆くありませんよ」
 レジエルが言う。
 そして今回。彼の持つ『したたかさ』を確かなものにするのが、自分の仕事だ。

●動く者踊る者
 イルニアスは、決闘当日までのオスカーの護衛を務めながら、パリのあらゆる場所で、この決闘が世間的にどうとらえられているのか、ということをそれとなく調べてみた。
 結論として、この決闘騒ぎについては、市民、貴族の間でもそれなりに話題になってはいる。しかし市井の者達に関しては、自分たちに直接関わりのある事件でなし。日々の話のタネとして、面白半分に語られている、というのが正解であろう。
 貴族達に至っては、この決闘によって勢力のバランスがいかに変わるか、ということに虎視眈々となっている、という様子だ。復興戦争の傷も癒え、年若い国王を中心としての国家としての体裁も整い、機能し始めた昨今。今度は自分たちの立場を確固たる者とすべく、あらゆる者たちがチャンスを狙っている――そういうことだろう。
 また市井の人々の間で、バルディエに対する評判は決して悪くはない。『ノルマン復興戦争の勇者』としての誉れも高く、また腕一本で現在の地位を築き上げた、ということで、その評価の程は非常に高いといっていい。むしろ悪しき風評は、貴族達の方にこそ多い。
――高い功績を持つものは、それだけ嫉妬される。
 以前、オスカーが『アレクス・バルディエ』なる人物を評して口にした言葉だが。ある意味、これが真相なのでないか、そんな風にも思う。
「‥‥それと、ベルナルド様を狙う企みがある。そんな噂が流れていましたが」
 得られた情報を伝えながら、ちらり、と意味ありげな視線を傍らにいる巴に向けるイルニアス。巴はそれに、皮肉げに肩を竦める。
「隠すばかりが策ではないだろう。知らしめておくことが抑制に繋がることもある」
「確かに」
 巴の言葉には確かに一理ある。例の羊皮紙が示すように、今回の件の裏で何か企みが進行しているのは間違いない。そして現状、その企みは秘密裏に行なわれることに意義がある。ならば、その意義はもうないということを暗に示せば、充分抑止力になりうる。
「それにしても、噂のバルディエ卿は静かなものだな」
 先日の決闘で右腕を負傷した、ということもあるだろうが。あの日以来、あの男はあまり公的な場所にその姿を見せていない。この間の決闘前、パリの酒場に現れての派手な振る舞いが嘘のようになりを潜めている。
「まったく、不可解な御仁です‥‥不可解と言うか、底が知れない」
 あるいは。あの男の目的はこの決闘そのものでなく、この決闘によって動き出す『何か』を見極める、あるいは牽制するのが目的ではないのか――そんな風にイルニアスは思う。
 影で謀略に動くものを引きずり出し、その弱みを押さえいずれは邪魔なものを排除し、国政のあり方を変えようというのではないか‥‥貴族という地位を利用して。あくまで勝手な推測だが、どうもあの男の目線の先にあるのは、今回の決闘ではない。そんな気がしてならない。

●奇策と奇跡
「♪重要なのは偶然が、重なり発生したものかどうか。考えられない重なりを‥‥人それを『奇跡』という‥‥♪」
 思いつくままに浮かんだ言葉をフレーズにして口ずさみながら。フレイハルト・ウィンダム(ea4668)は、今回の決闘が行なわれる場所を訪れていた。
 決闘が行なわれるのは、寺院前の広場。周辺地域をまとめる、それなりの規模のものだ。とすれば、おそらく自分が期待しているものは間違いなくあるはず。
 一人では手に余るので気心知れた相方にも協力を願い、朝もまだ早いうちからその寺院を訪れ、時間をずらし、念入りに周囲の状況を観察する。
 果たして。やはりその場所はあった。
「やっぱり、あったな。この時刻‥‥この位置、か」
 ニヤリ、と微笑み、視線を上に向ける。そこにあるのは、高い尖塔に飾られたセーラ神の聖印と、その威光を具象する艶やかなステンドグラス。
 それは、降り注ぐ日差しを受けてより一層鮮やかに輝き、光の欠片を周囲に振りまいている。
 ちょうどその頃。グラン・バクもまたその場所を訪れていた。より確かな結果を求められる次の決闘では、いかな仕掛けが施されるかわからない。それを防ぐためには、事前に『決闘の場』を知り、『どのような仕掛け』が有用かつ実行可能か知っておく必要がある。
 視線を戻したフレイは、注意深く周囲を検めながら近付いてくるその騎士に、すぐ気付いた。
――あれは‥‥向こうの決闘代理人さんじゃない。
 ちらり、と周囲を確かめる。特に監視されている様子はないが、あまり人のいないこの状況では、万一見咎められた場合言い逃れができない。咄嗟にそう判断し、さりげなく、グランと入れ替わるようにその場を後にするフレイハルト。そしてある程度距離を取り、いかにもふと思いついた、というように、自身の楽器であるオカリナを奏で始める。
「‥‥ん?」
 突如、脳裏に声が響いたような気がして、ふとグランが足を止めた。しかし周囲からは風に乗りオカリナの音が流れてくるだけで、声をかけてきたような人影はない。にも関わらず、その『声ならぬ声』ははっきりと聞こえ続ける。耳ではなく頭に。
(「ハーイ、代理人さん。会場の下見とは、感心ね!」)
「‥‥?! 誰だ?」
(「私はフレイハルト・ウィンダム。『フールのプディング』で通ってる。知ってるだろ? ああ、イチイチ声は出さなくて結構。どこで誰が聞いてるかわかったもんじゃないから。ここはココロでオハナシしよう♪」)
 どうやら相手は魔術で話しかけてるようだ。何とも落ち着かないが、ひとまず言われたことに倣うグラン。
(「確かキミは、オスカー様側の冒険者だな? キミも会場の下見か?」)
(「まあね。次の決闘に関してちょっとした策があってね。‥‥ここでキミに会えたのは実に僥倖だったよ。協力してもらえるかい? 上手くいけば、決闘は間違いなく『引き分け』で終わるはずだ」)
(「策?」)
(「そう。まずは、そうだな‥‥その場所から5歩ほど歩いて、寺院の方を見てくれないかな?」)

(「――なるほど」)
 フレイハルトの指示通りに行動し、続けて彼女の言う『策』について聞き、したり顔で頷くグラン。策としては悪くない。だが‥‥
(「しかし、そうそう上手くいくかな? 時間は合わせれば何とかなるとして、都合よくこんな状況になるかどうかは」)
(「そんなん、やってみなきゃあわかんないだろ!」)
 あっけらかん、と答えるフレイハルト。
(「もちろん、偶然にばかり頼る気はないよ。打つべき手は、打つ。どう?」)
(「‥‥了解。まあ、何もしないよりは確実だろう」)
(「話がわかるね♪ アレクシアスには、こっちから話を通しておくよ。あとは全て当日に。ぶっつけ本番になっちゃうけど、そこは何とかしてね!」)

 偶然は重なる。
 その考えられない重なりを
 人それを『奇跡』という。

 だが、ただひたすら『偶然』が重なるのを待っているだけでは『奇跡』にはならない。

●真相と真意
 決闘前日。レジエルがトールから急ぎ受けとった情報を、驚愕と共に伝えてきた。
 ベルナルド側――主に奥方とその支援者――による自作自演劇のカラクリと、それを更に逆手に取ったバルディエの策について、である。
 何らかの形でベルナルドを襲撃し、その事件はバルディエ、あるいはオスカー側の仕業とみなす。それが奥方とその支援者が描いた図だ。
 しかしおそらく、この図面は既にバルディエに筒抜けになっている。
 もし策の通りベルナルドの身に万一のことがあったとしても、バルディエ側は事の真相を公表すればいい。そうすれば、窮地に立つのは奥方をはじめとするベルナルドの方になる。あの男のことだ。おそらく証拠になるものの一つや二つ、既に用意してあるのだろう。
 あとは、コトが起こるのをただ待てばいいのだ。起こらなかったとしても、こちらに不利になることは何もないのだから、捨て置けばいいだけだ。
「‥‥なるほど。羊皮紙にあった『公表』とは、そういう意味か!」
 イルニアスが顔をしかめて呟く。
 よもや、こうなることを見越して先日の決闘を『仕切りなおし』にしたのか。そんな邪推にも駆られるが。どちらにしろ今回は、バルディエの方が策士として一枚上手であった、ということだ。
「して、どうします?」
 オレノウが訊ねる。今回の『決闘』を引き分けに終わらせる手筈は、フレイハルトの手によって既に整えられている。あとは、この策謀をどう阻止するか。それが問題だ。
「ベルナルド側では、今日までの様子からいって、策が実行されるのは明日――決闘当日、そして決闘会場ではないかと予測しています。それが正しいと私も思います。何しろこの決闘、興味本位とはいえ多くの人が関心を持っていますから、そこで事件を起こせば効果は絶大です」
「そして、自分で自分に止めを刺すわけだ‥‥役者が違いすぎたな」
 あくまで冷静に、巴。
「これまで、バルディエが絡んだ決闘において。もっとも目立つ工作は、決闘当日に何らかの手段を用いて介入する、というパターンだ」
 かつての決闘相手などから情報を集めていた烽火が言う。
「勿論、バルディエ本人がそれを実行させたのかどうかは闇の中だ。しかし、彼に恨みを持つものの間ではこれが奴の常套手段とされていて、結構有名だ。つまり、相手方も知っていると言うことだな。奥方側としては、ベルナルド様の襲撃はバルディエか、こちらの仕業と思わせたいだろうから‥‥おそらく同じような手を使ってくるはずだ」
 烽火の言葉に、かつての代理決闘のときを思い出すアレクシアス。もっともあの時は、功績を狙った相手の代理騎士が一人勝手に行なったこと、とされていて、バルディエ本人がそうしろと言ったわけではない、ということになってる。
「何にせよ、明日。決闘会場に人が集まりだして、決着がつくまで、が勝負になりますね」
「この場は、ベルナルド側との連携が重要になるな。いかに事を荒立てず、また表沙汰にしないかが鍵になる」
 そう言い、自ら会場での連絡役を買って出るオレノウ。月魔法のスキルがここでは必要だ。イルニアスが頷く。
「我々は、この件を表沙汰にしないことに全力を尽くします。決闘に関しては、アレクシアス、貴方に一任します。よろしくお願いします」
「わかった」
 言葉少なに、アレクシアスが答えた。

●勝敗と未来
 決闘の場所となるのは、前回と同じ。パリ郊外の寺院の前広場である。代理人として立つ騎士も勿論同じで、オスカー側はアレクシアス・フェザント。ベルナルド側はグラン・バクが務める。
 この日もまた、物見高い見物人達がぞろぞろと集まってきていた。何しろ、一度決着がつかない、という結果で終わった、いわく多い決闘だ。今度は一体どんなことが起こるのか‥‥そんなことを楽しみにしている輩もいるかもしれない。
 そして刻限よりやや早い頃合に、当事者であるベルナルド、そしてオスカーの一行が、代理人達を伴い会場に現れる。それを確かめて、会場の警備に当たる冒険者たちは改めて気を引き締める。この決闘の裏で動いている陰謀は、これから動き出すのだ。
 刻限を前に、代理人達に今日の決闘で使用するための剣が渡される。確約どおり、アレクシアスの剣はバルディエが、グランの剣は奥方が用意したものだ。傍目からも業物であると知れる長剣である。
「‥‥これならば折れることもないでしょう。これと貴人の信頼を持ちて名誉挽回と機会とさせて頂く」
 奥方が手ずから差し出した剣を、グランは恭しく受け取る。そして、その言葉の証明、といわんばかりに、手近な岩に向けて剣を一閃する。
 何とも形容しがたい音が響き、次の瞬間、周囲の人々の目に映ったのは、見事に一刀両断にされた岩の姿だった。喚声と感嘆のため息が漏れる。
「期待しておりますよ」
 口元に扇を当て、奥方が微笑む。
 会場内には不審者を一刻も早く見つけ出すべく、冒険者たちがそれぞれ散り、警戒に当たっている。しかし今のところ、それらしい不審者は見当たらない。

 さて、刻限である。
 まずは、前回のような武器破壊、というような事態が起こることのないよう、立会人が双方の使う剣を念入りに検分した。これには、『それでも剣が折れた場合は、決闘に結論がでたとみなす』ための前準備であり、また何か余計な仕掛けが武器にされていないかどうか、確かめると言う意味合いもある。城戸 烽火の意見を汲み、オスカーが申し入れたことだ。
 続けて、代理人と当事者2人が司祭の前に進み出る。決闘がいかな結果に終わろうとも、それによる判定に従う、ということと、以後の和解を宣誓するために。

 異変は、そのときに起こった。

 それはおそらく、集まった面子のほとんどが気付くことができなかったろう、そんな些細な異変だった。
 宣誓を行なうために、司祭の前に立ったベルナルド。その彼の周辺の空間が一瞬だが、うっすらと輝く壁に包まれたのだ。
――来た!
 イリアが即座に立ち上がり、素早く周囲を見回す。そして、言った。
「あそこだ、寺院の裏! ――オレノウさん!!」
「心得ました」
 イリアの合図を受けて、オレノウが高らかに手にした三味線をかき鳴らす。それは声にならない声となって、会場のそこかしこにいる仲間たちに伝わった。
(「近くにいるものは寺院の方へ! 一部の人は残って! まだ他にもいる可能性があります!」)
(「了解した!」)
 レジエル、巴、ナスターシャ、そしてトールが、指示された場所へ向かって動き出す。
 にわかに慌しくなる会場。人々の視線は、いきなり物珍しい楽器をかき鳴らしたオレノウに集中するが、オレノウはそれをさりげなくも強引な笑顔でかわす。
「失礼、調弦の手が滑ったようです。司祭殿、宣誓前の御無礼、どうかご容赦いただきたい」
「はあ‥‥」
 何が起こったのかわからず、ぽかん、となっている司祭に向かって先を促す。司祭本人は顔中に『?』マークを浮かべつつも、改めて宣誓を行なおうとしている2人の少年に向き直った。こほん、と咳払いをし、つとめて厳かに宣誓の儀を始める。
「ではオスカー・ヴォグリオール、並びにベルナルド・ヴォグリオール。汝ら両名は本日の決闘において‥‥」

 逃げた刺客は、やがて追いかけた面々によって捕らえられた。
 いささか簡単すぎる気がしたが、おそらくこれも策のうちなのだろう。襲った張本人が命令者の名を漏らす‥‥ある意味、もっとも納得されやすい状況だ。
「他に仲間は?」
 巴が問うが、その男は小馬鹿にしたような目線を向けるばかり。しかし試しに右手の日本刀をさりげなく咽喉元に突きつけると、あっさりとギブアップした。「何でも喋るから、命だけは助けてくれ」ときたものだ。ナスターシャが肩を竦め、言う。
「わかりました、助けて差し上げます。とっととどこへなとお逃げなさい」
「‥‥へっ?」
 途端に、間の抜けた表情になる刺客の男。てっきり捕らえられると思っていたのだろう。それを「逃げろ」と言われて、判断に困ったようだ。
「お、おい。いいのかよ‥‥?」
「構いませんよ。貴方が喋るだろうことはもうわかっていますから。そうですね‥‥貴方の雇い主は『傭兵貴族』アレクス・バルディエで、黒幕は今広場にいる少年オスカー、というところじゃないですか?」
「‥‥な、な、なんで?」
 レジエルの言葉に、男は目を白黒させる。その様子に、トールは呆れたようにため息をついた。どうやらこの男、正真正銘の『駒』でしかないらしい。手配したのが誰かは知らないが、もう少しましな人材はいなかったのか。少なくともこの時点で、この事件自体を起こしたのはバルディエではない。そう断言できてしまうではないか。
「なんでもへったくれも、ない。生憎だが手の内は全てわかってるんだ。このまんまとっ捕まっても何の意味もない。むしろあんたが捕まって、余計なことをベラベラ喋れば喋るほど、誰もお前を助けてくれなくなるぞ。だから今のうちに逃げるんだな」
「依頼人に忠義立てして捕まるのは自由ですから、お好きに。でも、その結果どうなっても、それはあなたが選んだ道ですから。‥‥どうなさいます? 残りの人生賭けてお試しになる?」
 にこやかに微笑みつつ、ナスターシャが言う。実に美しい微笑だったが、その裏に見え隠れする明らかな脅しの色に、男は決断を下した。
 素直に尻尾を巻いて逃げる、という決断を。

 宣誓の儀式が厳かに進む中。優雅に広げられた扇の向こう側で、奥方の顔色が変わったのがわかった。心なしか、扇を持つ手も震えている。
「奥方様、お加減でも?」
 側に控えるガブリエルが、さりげなく尋ねる。その声に奥方ははっとなり、こっそりと言った。
「‥‥息子が、何者かに狙われているよう、ですわ。本当に役に立たない冒険者たちだこと‥‥取り逃がさないよう、追いかけていただけませんこと?」
「いや‥‥あれは逃がした方がよろしいかと存じますよ」
 ガブリエルの答えに、奥方が驚いたように目を見開く。同じように傍らに控えていたフランクが、低い声で囁いた。
「此度の策については、既にあちら側に筒抜けでございましたぞ、奥方様」
「‥‥‥‥!」
「嘘だと思うなら、これから言う商人の取引先などお調べになるとよろしい。そしてあの襲撃者は、取り逃すのが最も最良の策と愚考致します。さもなくは、色々とまずいことになりましょうな」
「ここであの男を逃がせば、どちらも権威が下がると言うことはない。しかし捕らえてしまえば‥‥おわかりですね?」
 ガブリエルが囁く。奥方からの返答はない。ただ、その白い手に挟まれていた艶やかな扇が、音もなくその足元に落ちていった。

 やがて宣誓が終わり、立会人がおごそかに決闘場の中央に立った。それに従い、代理人のアレクシアスとグランも対峙し、手にした剣を構えあう。
「――はじめ!」
 立会人から鋭い号令が飛ぶ。それを合図に、鋭く斬り込みあう両名。腕の程はほぼ互角。しかし技量の点において、グランの方にやや分がある、といったところだ。互いに隙を突きあい、激しい剣戟が繰り広げられる。
 巧みに打ち合いながら、実にさりげなく、2人は目的の場所に位置を移していった。
――くそ、お天道さんがイマイチだぜ‥‥ホントに何とかなるんだろうな?
 この決闘自体に『勝敗』を持ち込むつもりはもちろんない。しかし『決着』をつけるまでは本気でやる。前の決闘から決めていたことだ。
「‥‥はぁあ!」
「!」
 気合と共に、グランが激しく攻め込んでいく。速い攻めに、アレクシアスはたちまち受けの体制に追い込まれた。巧みな剣さばきで繰り出される攻撃を防ぐが、それが精一杯だ。攻撃に転じることができない。
 そのときだ。
 さわり、と風が動いて、隠れていた太陽がゆっくりとその姿を見せる。
 差し込む光は、寺院に施されたステンド・グラスに反射し、そして――
「――ッ!」
 乱反射する光が、まっすぐグランの目を射抜いた。目がくらみ、冗談抜きで瞼を閉じて光から目を逸らす。演技でもなんでもなく。
 もちろん、その隙を逃すアレクシアスではない。手首が翻り、グランめがけて自身の剣を振り下ろした。その気配に、グランも反射的に手にした剣を構える。

 キィィ‥‥ン

 澄んだ、音が響いた。
 グランの視界には、まだ白い残光が残っている。
 だがその目が捉えた自分の右手には、剣がない。
 手の甲から手首にかけて痺れるような痛みが走り、深紅の筋が滴っている。
 思わず口元に、皮肉げな笑みが浮かぶ。
「勝負あり! 勝者、アレクシアス‥‥」
「いや、これは相打ちだ」
 高らかに勝利を宣言しようとした立会人を、当のアレクシアスが止めた。怪訝そうな表情になる彼に、アレクシアスがゆっくりと振り返る。
 笑みの浮かんだその頬に、鮮やかに走っているのは‥‥一条の傷。
「な‥‥」
 唖然、となる立会人と観衆。沈黙した空気の中、2人の代理人はそれぞれの剣をおさめ、ゆっくりと歩み寄った。
「いい手合わせだった。感謝する」
「――ああ」
 そして互いに笑いあい、固い握手を交わした。それが合図のように、拍手が鳴り響く。
 拍手の主は、オスカー。そして、ベルナルドだ。楽しげに笑い、声をそろえて宣言する。
「「勝負あり。今回の決闘に勝者はなし! ――以上!!」」
 その声と共に、会場は大歓声に包まれた。そして、2人の少年に引っ張り出される司祭。もちろん、代理人の受けた傷を、神の奇跡で癒してもらうためだ。

 歓声の中、フレイハルトがオレノウを誘い、高らかに楽器をかき鳴らす。

 かくして今日も神様は、地上に生きる子羊に
 粋な贈り物をくだされる
 偶然と言う名の贈り物
 重なり合った偶然は これ神様の思し召し
 人、それを奇跡という――

 歌いながら、こっそりと空を見上げる。
 光に紛れて、どこにいるかわからないけれど。
 この奇跡に貢献した、小さな同胞に向かって。フレイハルトは極上の微笑を浮かべた。