●リプレイ本文
●来る者拒まず
悪魔やっつけ隊のメンバー募集をギルドで告知して、最初にやって来たのは弓使いのレンジャー、ラグファス・レフォード(ea0261)。
「消耗品は本部持ちって話を聞いてやってきた。矢の消耗が激しい弓使いにとって最高の条件だな」
「あの〜、相手が悪魔ってことは知ってますよね〜?」
突っ込むアイシャ。
「ああ、一応はな。まっ、力を信じて好き勝手やる輩は気に喰わねぇし、そういう馬鹿をどうにかしたいって気持ちはあるけどな」
お次はバードのフェイテル・ファウスト(ea2730)。
「悪魔退治の仕事というのはここですか? 後々詩の題材に使えそうですね」
「あの〜、いちおう危険と隣り合わせのお仕事なんですけど〜」
「まぁ、やってみますかー♪」
続いて神聖騎士のフォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)がやって来た。
「ふむ。つまりは悪魔と戦う志持つ者達の牙城を築こうと言う事だと理解すれば良いのであろうか。ならば、意義の有る事じゃな。わしも微力ながら協力させて貰おうか」
「わ〜い! やっと頼もしそうなお方が来てくれました〜!」
若いくせして口調が年寄りじみているが、まあ良しとしよう。
そしてウィザードのデルテ・フェザーク(ea3412)。
「実力不足ですがデルテ・フェザークです。悪魔との戦闘経験は1度だけですがよろしくお願いします。私の能力に関して今は秘めさせていただきますけど問題ありますか?」
「じぇ〜んじぇん! 問題なし!」
初対面の相手に自分の能力を簡単に明かす愚は犯さない。特に悪魔と関わるなら尚の事。何時何処で悪魔の手先に能力を知られ対抗策を講じられるか判らないからだ。
続く志願者のサラ・コーウィン(ea4567)は、悪魔に対する備えの必要性を感じて参加したファイター。エミリエル・ファートゥショカ(ea6278)は、モンスター学者を志す向学心旺盛なレンジャー。同じくレンジャーのギィ・タイラー(ea2185)は強さを求め、とにかく強くなりたいと欲する男。ウインディア・ジグヴァント(ea4621)は、ヴィンセンス老人が長年蓄えた知識に好奇心を覚えてやってきたウィザード。ゼフィリア・リシアンサス(ea3855)は常にマイペースでおっとりした神聖騎士。アリオス・セディオン(ea4909)も同じく神聖騎士で、責任感強く実直な男だ。
中には一風変わった経歴を持つ者たちもいる。
「とりあえず‥‥こ ん に ち は にゃ〜〜〜〜〜!!!!!」
「うわぁ! ‥‥びっくりしたぁ〜!」
忍者の夜 黒妖(ea0351)、志士の相馬 ちとせ(ea2448)と共にやってきて、無駄に大声な挨拶をかましたのはシフールのクレリック、ケイ・メイト(ea4206)。三人は対化物殲滅集団『Anareta』のメンバーであり、悪魔退治にかける熱意も人一倍だ。
最後にやって来たのは、今は『悪魔やっつけ隊』本部となったこの館で、かつて悪魔と対決したアトス・ラフェール(ea2179)。
「是非参加させて下さい。 思うところもありますので」
その肩にしがみついて震えているのは、またも悪魔がらみの依頼に引きずり込まれてしまった悲運のシフール、バードのルー・ノース(ea4086)である。
「よ、様子を見に来ただけですのにぃぃ!! 引きずり込まれましたぁっ! も、もう怖いのは嫌ですぅ‥‥え? 悪魔退治のお勉強ですか? そ、それなら‥‥」
集まった顔触れを見て、アイシャがにっこり笑う。
「こんなに来てくれて、よかったわ〜。誰も来なかったらどうしようかと思ってたの。これで全員揃ったわね? あら? あなた達も志願者なの?」
皆から離れた場所で所在なげにしているアルフォンス・スティバスとロックフェラー・シュターゼンにアイシャが訊ねる。
「いや、ちょっとお手伝いに来ただけなので‥‥」
●最初のお仕事
「皆、よくぞここへ集ってくれた。わしがこの度、『悪魔やっつけ隊』を指導することになった、ジョン・アンドリュー・ヴィンセンスじゃ。よろしく頼むぞ」
館に集った冒険者と初対面の挨拶を交わすヴィンセンスは、見るからに温厚なクレリック。髪の毛も長く伸びるあごひげもすっかり真っ白だ。その投げかける眼差しは柔らかいが、瞳には強い意志の光が宿っている。
「悪魔退治に関わるようになって、かれこれ40年。世にはびこる悪魔は数多く、悪魔が人々にもたらす苦しみは想像を絶する。その悪魔と戦い、人々を悪魔から守るに足る力を持つ者はまだまだ少ない。それでも今日、これほど大勢の者達が悪魔との戦いに参じるべくこの館に集ってくれたことは、わしにとっては大きな喜びじゃ」
「早速ですが、ジョンさんにお願いです」
屈託のない表情でサラが意見した。
「聞けば、ジョンさんの命も悪魔に狙われてるとか。ならば安全確保のためにも館の修理は急務かと思います。見ての通り、館は焼け跡だらけの穴だらけですから」
それを聞いてウインディアが言う。
「焼け跡の修繕や穴塞ぎより、必要なのは衣食住の確保であろう?」
それを受けてゼフィリアがアイシと相談を始めた。
「食料と生活必需品の買い出しは私がやりましょう」
「パン屋さんの場所なら知ってるわよ」
「それから飲み水の確保ですね」
「お屋敷に使える井戸があるから大丈夫よ」
「替えの下着は?」
「とりあえず足りてるわ」
二人のやり取りを聞いて、ウインディアが言った。
「衣食は足りてるから、残るは『住』の充実か」
ヴィンセンスがにんまりと笑って言う。
「では、館の修理に取りかかるとするか。『悪魔やっつけ隊』の最初の仕事じゃな」
ウインディアがぼやく。
「‥‥とはいえ、俺に何をしろと?」
角材を持ち歩く体力は無さそうだし、しかも屋敷は壊れすぎ。
「案ずるには及ばん。人それぞれ自分の出来ることを為せばよい。材料はほれ、そこに買い揃えてあるしの」
ヴィンセンスの示す部屋の隅には材木と板材と床材がごそっと積んであった。
屋敷をぐるりと見て回り、破損個所をチェックしながらケイがつぶやく。
「うにゃ〜‥‥思ったよりボロボロにゃ〜」
「これでは、とても今日一日で修理を終わらすのは無理だ」
そう言うアトスも、実はこの館で過去に悪魔退治を行い、館を壊した張本人の一人だったりする。困惑する皆の顔を見てヴィンセンスが言った。
「いきなり全部に手を回すこともあるまい。まずは、この館で一番広い応接間を皆の泊まり部屋にするとして、その周辺の修理から始めると致そう」
屋根の修理は力仕事だからラグファス、アトス、ギィらが受け持ち、助っ人のロックフェラーと、ついでにシフールのルーの力も借りて、板材の束を屋根の上まで運ぶ‥‥が。
「あの‥‥重いものは持てませんし、修繕のお手伝いはできませ‥‥や、やらなきゃだめですかぁ!? いやぁん、板につぶされま‥‥むぎゅ」
「どうした、何をしておる?」
ヴィンセンスが板材をひょいと持ち上げ、梯子伝いにひょいひょいと屋根まで上っていく。それを見てデルテとエミリエルがびっくり。
「ヴィンセンス様〜っ! そんな高い所に上って、落ちたら危ないです〜っ!」
「あらあら、板材担いで屋根のあんな端っこのほうを歩き回って、大丈夫ですか?」
アイシャが事も無げに言った。
「大丈夫よ。ヴィンセンス様はクレリックになる前は大工さんで、若い頃は材木担いで屋根の上を走り回ってたりしたんだって」
部屋の穴塞ぎは夜 黒妖、相馬 ちとせが受け持った。
「力がなくても、これぐらいなら」
「さて皆さん、頑張りましょう♪」
フォルテシモはお掃除担当。そしてケイは張替え用の床板の磨きと寸法合わせ。
「こんなもんでどうですにゃ、師匠?」
仕事の様子を見にきたヴィンセンス、しかめ面になってうなる。
「う〜む‥‥寸法が狂っておるぞ。道具は何を使っておる?」
「これですにゃ〜」
使っているのは館の物置から引っ張り出してきた有り合わせの大工道具だった。
「いかんいかん、こんないい加減な作りの道具ではいい仕事はできん。もっときちんとした大工道具を買い揃えねばいかんわい」
「ヴィンセンス様ぁ〜、そんなことで余計なお金が飛んでいくのは困ります〜!」
突っ込むアイシャだが、ヴィンセンスはきっぱり答える。
「いい加減な大工仕事は、わしの性分に合わんのでな」
●悪魔とは何者ぞ?
大工仕事も夕方にはけりがつき、食事時になった。
「主よ、我らの日用の糧を今日も与え給うたことを、我らは感謝いたします。主よ、この食卓を祝福し、生きる力を我らにお与えください。アーメン」
ヴィンセンスが厳かに食前の祈りを唱え、ささやかな食事が始まる。もともと貴族の館だっただけに食堂は広い。ヴィンセンスと冒険者全員が席についても、椅子とテーブルにはまだ余裕がある。
食事がてら、皆の質問が始まった。
「最初に伺いたいのですが、隊の方針についてはどのようになさるのですか?」
サラの質問にヴィンセンスは答えた。
「来る者は拒まず、去る者は追わず。ここに集いし者達には人それぞれの過去があり、その信条、その忠誠を誓う相手にもさまざまな相違があろう。されど、悪を許さず悪魔とは断固戦うという一点において一致しておるなら、隊はどのような者をも受け入れる。わしはそのように考えておる。もちろん、隊に入るのは個人の自由意志によるものであるから、隊を去るのもそれぞれの自由じゃ。正当なる理由により隊を去りゆく者があらば、わしはそれを引き留めはせぬ」
ゼフィリアが質問した。
「悪魔と戦う際の注意点、どんな物を事前に用意すればいいのか、そして今までに出会った悪魔の特殊能力を教えていただけますか?」
「まずは具体例で話すとしよう。30年ほど前、わしがさる港街で遭遇した悪魔の話じゃ。その悪魔は夜叉と呼ばれる悪魔で、さまざまな街を渡り歩いた末に、さる裕福な商人の娘に取り憑き、殺人をそそのかした。結果、その娘は親しい女友達を3人も手にかけて殺したのじゃ。わしが悪魔の正体を見破ると、悪魔は黒い炎の魔法でわしを焼き殺そうとし、最後にはカラスに変身して逃げようとした。わしは即座にホーリーの魔法を放ち、これを倒した」
「見事、悪魔退治に成功したのですね」
「いいや‥‥。悪魔は倒したものの、結果的には失敗じゃった。悪魔が離れて娘は正気に戻ったものの、自分の犯した罪の深さに打ちひしがれ、自ら命を絶ってしまったのじゃ。わしがもっと気を配っていたなら、救えた命じゃった」
ヴィンセンスの説明は続く。それによれば、悪魔には3つの特徴がある。どのような国の言葉でも自由自在に話せること、小は小さなハエから大は自分自身の大きさまで様々な生き物に変身できること、そして銀もしくは魔法の武器あるいは魔法によってしか傷つかない身体を持つことである。
「銀のネックレスは有効ですか?」
サラの質問にヴィンセンスは答える。
「ネックレスは武器ではないので、戦いの役には立たんじゃろう。もっとも悪魔には銀を忌み嫌う者も多い故、それなりの有効性はあるかもしれんが」
デルテが訊ねる。
「悪魔ってそう簡単に姿を見せませんよね? 見つけるのに魔法以外で何か特別な手段でもあるのですか?」
「焦らず、じっと待て」
「???」
「そして自分の回りの全てのことに目を光らせるのじゃ。それがもし悪魔であれば、待つうちに必ず確かな兆候が現れるものじゃからな」
さらにフォルテシモが質問。
「デビルと戦う上で何よりも心に留めておかねばならぬ事とは何であろうか?」
「敵を知る以上に己自信を知ることじゃ。汝の弱さを知り、その弱さから目をそむけることなかれ。さもなくば、悪魔はその弱さにつけ込み、汝の魂を殺すであろう」
「お答え頂き、かたじけない。さて、一つだけ忠告いたすが、最初のうちは『悪魔やっつけ隊』の宣伝活動はあまりやらない方が良いじゃろうな。特に、この館の事を周囲に知られる様な宣伝活動は。無論、尋ねられたなら正直に答えるべきじゃが。或る意味、デビルの攻撃目標となりかねない場所で有るからな。そんな物が近所に有るとしたら、嫌がる者が居たとしても不思議は無かろうしな。まずは我等で実績を上げて周囲の信頼を得る事が肝要じゃな。人の心の弱き部分に忍び込むデビルに対するには、『信頼』こそが最も強き武器じゃ」
その言葉はヴィンセンスを大いに満足させた。
「わしも全く同感じゃ」
「でも、少しは宣伝しないと仕事が来ないよ」
ぼやくアイシャにヴィンセンスは答えた。
「仕事は冒険者ギルドを通じてのみ行い、本部である館の所在はギルドにのみ知らせる。それでよかろう?」
「うん、そうだね」
ゼフィリアが言った。
「なら、一般の人にアピールする為のチラシも作って、ギルドに置いてもらいましょう」
●悪魔への警戒
話によれば、各地を旅して回ったヴィンセンスは、教会や神聖騎士の家を寝泊まりの場所に選ぶよう心掛けてきたという。悪と戦う使命を持った者の住処なら、悪魔の襲撃に対しても備えができるからだ。そういう寝泊まり場所が確保できず、一人で野宿することもあったが、そういう時は眠っている間でさえ警戒を怠れず、ホーリーシンボルである銀の十字架を常に握りしめていたという。
「一人で眠っている時に悪魔に襲われたことは何度かある。それでも大抵の悪魔なら、わし一人でも十分に相手ができるから、さほど心配することはない」
そう言うヴィンセンスだったが、それでも冒険者たちはヴィンセンスを悪魔から守るために、夜の間は交代で不寝番を行うことにした。隊員をABCDの4班に分け、館周辺の見張りとヴィンセンスの身辺警護と休息をローテーションで行う。隊員のうち悪魔探知に有効な魔法デテクトアンデッドを使えるのは3人。ちなみにヴィンセンスもこの魔法を使える。
「ならば、わしも見張りに協力するとしよう。自分の命を守るのに、人にばかり頼っている訳にはいかんからな」
一つの班が受け持つ時間は、近くの教会が定時毎に鳴らす鐘の音を目安に区分される。鐘が鳴ったら次の班と交代だ。
長い秋の夜は深々と更けてゆく。護衛を受け持つ間、ヴィンセンスと二人きりになる時間を利用して、黒妖はずっと気になっていたことを話してみた。
「俺は、Anaretaという化物戦闘集団を作っています。それは神を信じているのに、俺が禁忌であるはずの同性愛者だから。神に許されたい為に不浄の者を滅し、愛する人を大切な仲間を守る。それが俺個人の悪魔を、化物を倒す理由です。でも、俺はどうすれば役に立つことができるのでしょうか? 俺に‥‥せめて皆の役に立てるだけの力を‥‥悪魔を倒す術を下さい」
「そなたは既に、皆の役に立っておるよ。悪魔を倒す力も、既にそなたの内に備わっておる」
「え?」
「そなたはその力をまだまだ自覚することができず、十分に引き出せないでいる。それだけの話じゃ」
ヴィンセンスの答も、かえって謎をかけられてしまったような気がする。しばし沈黙した後に、黒妖は訊ねた。
「悪魔は人を惑わし、時には死に至らしめる。でも‥‥それは人間も同じ。むしろ、同族を倒す人間の方が余程悪魔じみてる。でも、人間は悪魔が悪いものだといって倒そうとする。何故‥‥でしょうね?」
「悪魔も人間も、その邪悪さという点では双子の兄弟のようなものじゃ。あるいは、このように言うこともできるかも知れぬ。悪魔とは、真実を映し出す鏡に映りし人間の似姿であるのだとな」
その言葉に鋭い真実の響きを感じ、黒妖はじっと聴き入る。
「人は人であろうとする限り、悪と戦わねばならぬ。それが、神が人に授け給うた宿命じゃ。悪から目を背け、悪から逃げ続けるならば、やがては悪に飲み込まれる。‥‥じゃが、悪魔との戦いにおいて最も恐れねばならぬことは、悪魔と戦ううちに自分が悪魔と化してしまうことじゃ。悪の誘惑に負けその魂を悪魔に売り渡すなら、人はいとも簡単に悪魔と成り代わってしまう。わしはそういう者達を大勢見てきたのでな」
教会の鐘が鳴り、交代の時間がやってきた。黒妖は休みをとる前に館の二階の窓からしばし外の夜景を眺め、物思いにふけった。遠くに町並みが見える。昼間は喧噪が絶えずごみごみした街も、闇夜の帳に包まれた今は柔らかな月の光を浴び、静寂の中にその姿を浮かび上がらせている。太陽の光の中でまとわりついていた薄汚さも、夜の闇と月の光が優しく覆い隠し、まるでどこか別世界の美しい光景を眺めているような気持ちになる。
「世界は美しくなんかない。そしてそれゆえに美しい‥‥か」
黒妖は一人、つぶやいた。
わおんわおんわおんわおん! 何やら遠くでけたたましい犬の鳴き声がする。
「今夜はずいぶんと犬が騒ぎますね。さて、私たちの番は真夜中です。それまで休んでおきましょう」
「それじゃ、僕はアトスさんの横で休ませていただきますぅ」
アトスの隣に並んだルーがムーンフィールドの結界を張る。
「寝る時にも結界を?」
「だ、だってここは怖い思い出が‥‥」
そうして毛布の中に潜り込んでから、どれほど時間が経ったことだろう? ルーはなかなか寝付けなかった。教会の鐘の音が聞こえる。あれ、もうこんな時間? 次の鐘が鳴ったら交代だから、早く眠らないと‥‥。そう思っているうちに、まどろみがやってきた。
イヒヒヒヒヒヒヒヒ‥‥。
誰かが笑っている。
「見つけたぞぉ〜、ルー・ノース」
耳元で不気味な声が聞こえたような‥‥。
思わず薄めを開ける。と‥‥。
牙を剥いた恐ろしい悪魔がルーの体にのしかかり、顔をのぞき込んでいた。
「きゃああああああああああああーっ!!!!」
大声で叫び、その声で目が覚めた。
「ルー、何事です!?」
隣に寝ていたアトスがルーを見下ろしている。
「‥‥あ‥‥あ‥‥悪魔が、悪魔が!」
「ルー、しっかりしなさい!」
「あ‥‥アトスさん。‥‥夢、だったの?」
安心したところへ、別の悲鳴が聞こえてきた。
「いやああああああああああああーっ!!!!」
びくっと身を震わせるルー。悲鳴を上げたのは、皆と同じ部屋で寝ていたアイシャ。アトスが慌てて駆け寄ると、アイシャは気が付いた。
「あ‥‥。やだ、あたしったら、また昔のいやなこと夢で見てうなされてたわ」
どおおおん!! 不意に、屋根のほうで派手な物音がした。またも身を震わせるルー。
「空から何か落ちてきたの?」
音の原因を確かめに屋根に上ったラグファスは、とんでもない物を目の当たりにした。
「うっ‥‥! こりゃひでぇ!」
ランタンの光に浮かび上がったのは、ぐちゃぐちゃに潰れて屋根にめり込んだ犬の死骸だった。空のかなり高い所から館めがけて落とされたらしい。
「こんな嫌がらせをするヤツは、悪魔に決まってるな」
●過去の傷
館の庭の一角、忠犬ロシナンテの墓に花を添え、ルーとアトスとサラの三人は祈りを捧げる。
「あの‥‥昔、ここで何があったんでしょうか?」
サラに問われ、アトスとルーは答えた。
「この館にはかつて悪魔インプの群が巣くい、館の主である貴族をたぶらかして殺そうとしたのです。ロシナンテはこの館で働いていた執事が育てた番犬で、悪魔を退治しようと悪魔が潜む床下に駆け込んだのですが、悪魔がはびこらせたビリジアンモールドの毒にやられて命を落としたのです」
「僕より、ずぅっとすごい子でしたもの」
三人の姿を認めて、ヴィンセンスがやってきた。
「おお、こんな所におったか」
「ヴィンセンス先生、ロシナンテの話を聞いてもらえますか?」
ルーの言葉に老人はほほえんだ。
「いいとも。聞かせておくれ」
「みんなの食事に材木にチラシの羊皮紙に‥‥あ〜、こんなんじゃお金がいくらあっても足りな〜い!」
街での買い物がてら、ゼフィリアにアイシャが言う。
「倹約できる物は少しずつ倹約していきましょう」
「あ〜、早くお金になる仕事がやって来ないかな〜」
屋敷へ向かう帰り道、ゼフィリアは訊ねてみた。
「訊いていいかしら? ジョンとあなたの出会いのことを。いつからジョンと旅をするようになったの?」
「あの時‥‥私は酷い目に遭ってたわ。箱の中に閉じこめられて、羽根をむしられて、お肉を焼く串で体のあちこちを串刺しにされて‥‥」
「え‥‥!?」
思わずゼフィリアの足が止まる。
「気にしないで、昔のことよ。ねぇ、ちょっと一休みしましょう。話せば長くなるし」
ちょうど小川にかかる橋の上にさしかかったところだった。ゼフィリアは橋の欄干に腰掛け、アイシャの話の続きを聞いた。
「ほら、腕のこことここ、それに足のここ。それからお腹にも。魔法で治してもらったけど、微かに跡が残ってるでしょ? 私に酷いことしたのは、ノルマンのある所に住んでいる貴族の少年よ。その子はまだ14歳だったの」
「どうしてそんな酷いことを?」
「悪魔にそそのかされたのよ。その子は私を騙して閉じこめて、さんざん酷いことをした挙げ句に、私を悪魔の生け贄に捧げるつもりだったの。私は死んだふりをして、隙をみて必死で逃げだして、そこをたまたま通りかかったヴィンセンスさんに助けられたの」
「そうだったの。とても酷い目に遭ったのですね。でも、その少年につきまとっていた悪魔はジョンに退治されたのでしょう?」
「いいえ。少年の両親が少年を庇って、事件をもみ消しちゃったの。偉い貴族の家柄だから、悪い噂を恐れたのね。ヴィンセンスさんも、権力ってヤツの前には歯が立たなかったわ。だから少年も悪魔もそのまま。あれから4年も経っているから、少年が生きていたらそろそろ大人の仲間入りをする頃よ」
しばし、沈黙が二人の間に流れた。それをうち消すようにアイシャが言う。
「あ、落ち込ませちゃった? ごめん、ごめん」
「いいえ、そんなことないです。ありがとう、話してくれて」
「でもね、あのおじいさんと一緒に悪魔退治をやっていると、そういうひどい事件をやたらと出くわすことになるから、今から覚悟しといた方がいいわよ。ここに来る少し前に出くわした『血みどろグリン』って悪魔も、相当に酷いヤツだったわ」
「その『血みどろグリン』の話を詳しく聞かせてくれませんか?」
館に戻ってきたアイシャに、モンスター学者を自称するエミリエルが訊ねた。
「いいわよ。この街に来る前、ヴィンセンスさんと私はノルマンの北の港町に滞在していたんだけど、『血みどろグリン』はその街の飲んだくれ親父に取り憑いていた悪魔よ。親父を酒に溺れさせて、ムチャクチャ暴力を振るわせて、おかげで親父の一家は危うく心中に追い込まれたわ。ヴィンセンスさんと私が踏み込んだ時は本当にすごかったわよ。部屋の中は食べ物の腐った臭いで一杯で、床には痣だらけになった奥さんがへたり込んでいて、ベッドの上には飢え死にしかけた子どもたち。そして親父はぐでんぐでんに酔っぱらったうつろな目で、羽根の生えた毛むくじゃらの悪魔と酒盛りをやってたんだから」
●逃れてきた娘
「悪魔で最も厄介なのは、どういうものだ?」
ウインディアがヴィンセンスに訊ねた。
「俺が考えるに、『あなたの心の中の悪魔に囁いただけ』というのが一番に厄介と思うのだが‥‥。人は嘘をつくが悪魔も嘘をつく。その悪魔さえ利用して己が欲望を果たそうとするのが人間というものだろう?」
「まさにその通りじゃ。最も厄介なのは、己の心の中の悪魔じゃな」
ヴィンセンスは答える。
「ところで、過去に取り逃がした悪魔はいないか?」
訊ねたのはアリオス。
「警護をする上で、情報は大切だ。教えて欲しい」
「取り逃がした悪魔は、100匹は下らぬじゃろう。確実に仕留めた悪魔は100から先は数えてはおらぬがな」
時は夜。屋敷の外は闇だ。
突然、見回り中のアトスが叫んだ。
「デティクトアンデットで悪魔らしきを見つけました! 屋敷のすぐ外です!」
「とうとう現れたか!」
館の外へ冒険者たちは飛び出し、そして悪魔と遭遇した。羽根の生えた毛むくじゃらの悪魔のような者は、若い娘を襲っていた。娘の服はずたずたに裂け、全身血まみれだ。
「我らはAnareta、殺戮の星より生まれし死の獣、我等が牙で汝の罪を断罪せん!」
黒妖、相馬 ちとせ、ケイが3人で悪魔らしき者を取り囲み、名乗りを上げる。その手にはアルフォンスの作りしクリスタルソード。ゼフィリアが身構え、ホーリーの魔法を放とうとする。
娘の肩にしがみついた悪魔に見える者が、冒険者たちをじろりとにらんで翼を広げ、宙に舞う。と見るや、そいつの姿が空気の中にとけ込むようにすうっと消えた。
「どこ!?」
「どこに消えたにゃ!?」
フェイテルが叫ぶ。
「任せて!」
ムーンアローを撃とうと印を結び呪文を唱えようとしたその時、血まみれの娘がフェイテルにしがみついた。
「助けて! 怖い!」
その動きに邪魔されて呪文は成就せず、娘はフェイテルの腕の中にくずおれた。気を失ったかのように見えた。
傷ついた娘は館に運び込まれ、ケイが手当てを施し、娘の意識が戻る。
「‥‥ここは?」
「『悪魔やっつけ隊』の本部だにゃ。キミは誰だにゃ?」
「あたしの名前‥‥ネリー」
「一体、何があったのだにゃ?」
「‥‥分からない。‥‥何も思い出せない。‥‥どうして、あたしはこんな所に?」
街の酒屋で叫びが上がった。
「待てーっ! 酒泥棒ーっ!」
酒蔵から黒い影が飛び出し、夜の町へと羽ばたく。
「いっひっひっひ! いただきだぜぇ!」
ダミ声で笑う悪魔らしき者は、なぜかビールの小樽を腕に抱えていた。
と、その前に立ちふさがった男が一人。
「まさかこんな所で会うとはな」
「貴様、俺に何の用だ?」
男は名乗った。
「はじめまして、悪魔さん。いや、悪魔のふりをした未熟者。あの爺さんを餌にすればきっと来てくれると信じていたよ。俺の名はギィ、金塊の賢人にして『レジェンド』の一翼、やがて不死となる伝説! お前に聞きたいことがあるんだ。話によれば、悪魔と契約すれば不死の肉体が手に入るそうだな? その不死とは、どういうものなのだ?」
「今、それを教えてやろう。汝の魂を我に!!」
悪魔のように見えた者が怪しげな呪文を唱え、左手を突きだした。ギィはうっとうめいて身を崩した。息苦しい。まるで自分の生命力が悪魔の左手に吸い込まれていくかのよう。
「くっ‥‥させるか!」
ギィは剣を抜き、斬りつける。敵は真っ二つに切り裂かれたかに見えた。途端、ギィの体から苦しみは消え去った。
「なんてやつだ。力づくで俺様の術を破りやがった」
「腐れバードめ。高レベルイリュージョンか。まんまと騙される所だった」
「けっけっけ、ちょっとばかし調子に乗りすぎたか。だがギィ、おまえの顔と名前は覚えておくぜ!」
言うなり、そいつは夜空の闇の中へと消え去った。
エミリエルの資料もだいぶたまった。暇な時間に冒険者がヴィンセンスから聞いたり、自分が聞き出した悪魔の情報を羊皮紙に書き付け、纏めたものだ。
「これを悪魔図鑑とでも名付けましょうか? さて、今の私たちにまとわりついている悪魔とは‥‥」
全身毛むくじゃらで翼があって透明化能力があって酒好きな悪魔──特徴から正体を洗い出すうちに、エミリエルはこれぞと思う悪魔を資料の中から探し当てた。
「グレムリン、これですね。どうやら相手はグレムリンの眷属に属する悪魔のようです」
そいつが黒幕なのか? しかし、その確証は誰にもない。