●リプレイ本文
●祈りを捧げて
最近になって、悪魔やっつけ隊総本部の館を訊ねてくる人が増えた。
「悪魔を見たんだよ! 悪魔を!」
「おっかねぇ悪魔に酒蔵の酒を盗まれたんだ!」
「ここで悪魔を退治してくれるって話だね! 何とかしてくれよ!」
ギルドでの告知を見てやってきた人々である。聞けば、本部のある町のあちこちで、悪魔らしき姿の者が酒を盗んでいく事件が頻発しているらしい。
「悪魔騒ぎで人々は動揺しておるな。わしが事件の現場を回って人々と語り合い、皆を安心させてやらねばなるまい」
「ヴィンセンスさん、あちこちに行かれるのでしたら護衛も同行させてください」
デルテ・フェザーク(ea3412)がヴィンセンスの身を案じて言う。
「いいや、わしとアイシャの二人で十分じゃろう。皆にはわしの護衛以外にもやるべき事があるはずじゃ」
「では、途中まででもご一緒しましょう。私も人々への聞き込みがありますので」
ギルツ・ペルグリン(ea1754)の言葉にヴィンセンスはうなづいた。
「まあ、いいじゃろう」
そして、過去の事件で館と縁を結んだ者も訪ねてきた。
「こんにちは。初めまして。一応は白の神聖騎士なので勉強に‥‥」
ユージィン・ヴァルクロイツ(ea4939)である。
「いやはや、人生って何が起こるかわからないね。あのとき壊した屋敷が、悪魔退治の本拠地かぁ。おや、ロシナンテの墓もそのままか。天と子と精霊の御名において。黙祷」
調査へ出発する前、夜 黒妖(ea0351)は本部へ逃げ込んできた娘ネリーに、十字架のネックレスと銀のネックレスとを差し出した。
「あげるよ‥‥きっとコレが、君を守ってくれるだろうから」
「これを‥‥私に?」
戸惑った様子で2本のネックレスを見つめていたネリーは、かすめ取るようにして黒妖の手の中のそれを受け取った。
「ありがとう‥‥」
お礼の言葉も妙にぎこちない。
館に居残る仲間に黒妖はこっそり耳打ちする。
「ネリーに少し警戒したほうがいいかもしれないよ」
銀と十字架、共に悪魔は嫌う。
出発に先立ち、相馬 ちとせ(ea2448)はロシナンテの墓に参り、合掌する。
「南無阿弥陀仏‥‥では、行って参ります」
●ゴルバス一味の行方
黒妖、ちとせと共にゴルバス一味の捜査に向かったのはアトス・ラフェール(ea2179)、ケイ・メイト(ea4206)、氷雨 絃也(ea4481)、サラ・コーウィン(ea4567)の4名。
「さて‥‥どう見つけ出そうか?」
「手始めは、ゴルバス一味に襲われた居酒屋ですね」
件の居酒屋に出向くと、居酒屋の親父は次のように証言した。
「客が出払って店を閉めて、さあ寝ようとしたら何だか店のほうで物音がする。そっと覗いて見ると、毛むくじゃらの悪魔が3匹も忍び込んで、戸の閂をガチャガチャやってたんだ。閂が外れた途端、外にいた盗賊どもがなだれ込んできて、俺は慌てて女房・子どもをたたき起こして逃げ出したってわけだよ。酒蔵にしまってあったビールの大樽も片っ端から盗まれて店は大損だけど、家族の命が助かっただけでも有り難いものさ」
「で、一味は盗んだビールを馬車に積んで逃走したのだな?」
「そうさ。二頭仕立ての馬車に積めるだけ積んで逃げてったのさ」
居酒屋の前の道を見ると、轍がまだくっきり残っている。このところ小雨続きで土が湿っていたことが幸いした。
「やはり、轍が残っていたな」
「その跡を辿っていけば、一味の隠れ家にたどり着くかもしれません」
アトスとサラの提案で、一行は追跡を開始した。
轍を追って街道を進んでいくと、川の畔の小さな町にたどり着いた。街道沿いの家々に混じり、武器屋、道具屋、薬屋、宿屋、酒場などが軒を連ねる。離れた場所には教会も見える。街道の轍は川にかけられた石橋の上で一旦途切れ、さらに川を越えた先の街道へと続いている。
石橋の欄干に背をもたれて昼寝をしている浮浪者が氷雨の目に止まった。しかし氷雨は土地の言葉であるゲルマン語が話せない。
「言葉が通じんと言うのはやはり、このような時は不便だな」
ちとせに通訳を頼んで訊ねてみた。
「最近、ここを怪しい連中が通らなかったか?」
浮浪者は答えた。
「ああ、一昨日の晩だったかな。見るからにヤバそうな連中が、荷物を目一杯に積んだ馬車に乗ってやって来たよ」
ゴルバス一味に間違いなかった。
「詳しいことを聞かせてくれ」
「いや、俺は見つかるとまずいと思って、目を閉じ耳を塞いで物陰に隠れてたんだ。だから何も見ちゃいねぇし聞いちゃいねぇよ。ただ、ヤツらは石橋の上で何やら長いことごそごそやって時間を潰してたよ。何をやってたかまでは分からねぇけどな」
ついでに町中で聞き込みをしてみたが、とりたてて役に立ちそうな情報は得られなかった。
さらに街道を行くと、先の町よりも一回り小さな町があった。この町にも色々な店があるが、教会堂だけはやけに立派だ。そこに人々が集まって騒いでいる。
「一体、何があったのにゃ?」
聞き込みにやって来たケイに人々は答える。
「真夜中に何者かがやって来て、教会堂の屋根の十字架を叩き壊していったんだ」
見ると、教会堂の十字架は一直線であるはずの横木が折れ、だらりと腕を垂れたようにぶら下がっている。
「ところで、悪魔とゴルバス一味を見なかったかにゃ?」
その問いに人々は首を振るばかり。
「犯人はそいつらかもしれないが、何しろ真夜中のことで誰も見た者がいないんだ」
さらに街道を行くと、小さな村があった。一行の姿を認め、村人たちが集まってくる。
「おお、冒険者の方々か? 実は先日、村で酷い事件があってな。悪魔どもがこの村の教会の墓地を襲い、十字架という十字架を残らず叩き壊しおったのだ。あなた方の手で何とかして下さらんか?」
現場に案内されると、教会堂の十字架は根本からへし折られ、墓に立てられていた石の十字架もことごとくうち砕かれていた。
「ふむ‥‥悪魔を見たのはわかったにゃ。で、ゴルバス一味は見たのかにゃ?」
村人たちは首を振る。
「いいや、わしらが見たのは気味の悪い悪魔の姿だけじゃった」
村を出てしばらく進んだところで、猟師の一団に出会った。
「この辺りで怪しい者を見かけなかったかにゃ?」
猟師たちは答えた。
「この先の森だが、気をつけた方がいいぞ。話に聞く悪魔みたいなヤツが森の中をうろついてやがる。縁起が悪いから俺たちは猟を切り上げ、早々と帰ってきたところさ」
さらに歩いていくと、そこはもう街道の終わりだった。街道は森の中に消え、森のそばにはよどんだ沼と、崩れ駆けた家々の並ぶ廃村がある。
「おい、これはどういうことだ?」
沼のほとりには乗り捨てられた馬車、そして沼の水面には叩き壊されたビールの樽がいくつも浮かんでいるんではないか。
「そこでにゃにしてるにゃ!!」
人の気配に気付いたケイが叫ぶ。森の中から姿を現したのはフォルテシモ・テスタロッサ(ea1861)と警備隊長のバルジャン。
「なんだ、お前たちもここに来たのか!」
バルジャンが怒鳴った。
「わしはバルジャン殿とここで張り込みをしていたのじゃが、未だにゴルバス一味が現れる気配が無いのじゃ」
フォルテシモがバルジャンから聞き込んだ話によれば、ここの廃村はかつてゴルバス一味の根城だったという。この廃村でゴルバス一味は捕らえられたが、それは仲間割れした手下の密告によるものだった。その手下は既にゴルバスの手にかかって殺されている。
「馬車がここにあったということは、一味もこの近くに潜んでいるのでしょうか? でも、沼に捨てられた樽はどういうことでしょう?」
サラの質問にバルジャンは不愉快そうに答えた。
「酒盛りでもやって、全部飲み干してしまったのではないのか?」
「あんなにたくさんあったビールを全部ですか? いくら一味が大人数でも、馬車一杯に積んだビールを一晩や二晩で飲み干すのは難しいんじゃないでしょうか?」
「相手は悪魔だぞ! あれだけのビールを一晩で飲み干してもおかしくないわい!」
「で、何か手がかりは見つかりましたか?」
この質問にはフォルテシモが答える。
「いいや。わしとバルジャン殿の二人で森も廃村もくまなく探したが、手がかりらしき物は何一つ見つからなんだ」
時は今や夕刻。森も沼も廃村も夕闇に覆われていく。
「あれを見て。誰かが森の中で火を焚いてます」
いち早く気付いたサラが仲間に耳打ちする。
「まさか。わしらが回った時には誰も見つからなんだが」
フォルテシモは言うが、確かに森の中に焚き火の明かりが見える。
「俺が行こう」
氷雨が刀を構え、森の中に踏み入った。
「鬼が出るか蛇が出るか、楽しみだな」
忍び足で焚き火の場所までやってきた。が、そこには誰もいない。ただ煌々と燃えさかる炎があるだけだ。
「ぎゃははははははは!」
いきなり頭上でけたたましい笑い声が。見上げると、羽根を生やした不気味な姿が舞い上がり、それは夕闇の空の彼方へと消えていった。
ひとまず冒険者たちは捜査を中断し、帰路につく。夜遅く川のほとりの町に着き、川を背にした大きな居酒屋で遅めの夕食をとっていると、客の一人が声をかけてきた。
「よぉ、こんな所で会うとは奇遇だな!」
冒険者ギルドの関係者の一人で、黒妖が情報収集を頼んだ相手だ。
「俺も情報を集めるうちにこんな所まで来ちまったが、ゴルバス一味はこの街道沿いで何度も悪事を働いたらしい。土地勘もあることだし、奴らが逃げ込んだのはこの街道筋のどこかだと俺はにらんだぜ。ただしゴルバスはずる賢いヤツで、追っ手の裏をかくのがうまいって話だ。ニセの証拠に引っ張り回されないよう、気をつけなよ。‥‥おい、親父。この店にビールは置いてないのか?」
客が呼ぶと、店の親父がカウンターから答える。
「あいにく、この店にビールは置いてないのじゃよ」
別の客が親父に訊ねた。
「ところで女房と、いつも酒場を走り回ってたガキの姿が見えねぇが?」
「二人とも奥の部屋で休んでおるよ。風邪でもひいたか、最近体の調子が悪くてな」
●悪魔を崇める者
街に出かけたヴィンセンス老はその晩は戻らず、明け方になってやっと帰ってきた。
「ヴィンセンスさん、昨晩はどうしたんですか? 心配してましたよ」
留守番していたデルテ・フェザーク(ea3412)が訊くと、老人は答えた。
「また悪魔がやって来たら怖いと、酒屋の子どもたちが怖がってな。仕方がないのでわしらも酒屋で一晩過ごし、子どもたちに聖書の話などを聞かせておった」
「ほんっとにヴィンセンス様ったら子どもには甘いんだから」
老人の肩でアイシャが眠たそうに目をこすって言う。
食事時になり、デルテは気になることを訊ねてみた。
「テラーズさんを探して町をうろついても、見つけるのは難しいと思います。悪魔の信奉者に共通したモノは無いでしょうか? 誰が見ても一目で判断できるようなモノは無いと思いますけど、同じ信奉者同士なら判るようなモノです。紋章でも仕草でも良いです。テラーズさんから接触してくるようなモノを何か知りませんか?」
「彼ら悪魔の信奉者が好むシンボルは様々じゃが、最も使われやすいのは聖なるシンボルを冒涜するものじゃな。たとえば頭のない十字架、腕を折られた十字架、逆さまの十字架などじゃ。仕草としては、こういうものがある」
ヴィンセンスは左手の拳を握ると人差し指と小指を立て、親指を内側に折り曲げてデルテに見せた。
「どうじゃ? 2本の角を生やした悪魔の顔に似ておるじゃろう?」
言って、微笑みながら呟く。
「主なるジーザスよ、お許しください。教えを授けるためとはいえ、主が我に与え給うた左手を不浄なる仕草で汚してしまいました」
老人は左手を拭き清める仕草をして十字を切る。
「もう一つ聞きたいのですが、下っ端のデビルよりも上位に立ち、並々ならぬ強さを持つという中級デビルとこれまで対決したことはありませんか?」
「中級デビル、悪魔界の貴族と称する者たちか」
しばしの沈黙の後に答があった。
「心辺りはいくつかある。これまで戦った悪魔の中でも、最も手強い者達じゃ。じゃが、彼らは滅多なことで正体を現さず、中級デビルの仕業に見えて実は下級デビルや悪人どもの仕業であった事件も数多いのじゃ。もっとも、彼ら中級デビルが事件の背後で糸を引いていた可能性は捨てきれぬが‥‥。今はまだ答を出すには早かろう。さて‥‥わしはこれから街に向かい、人々の様子を見て回るとしよう。そうそう、あれを持っていかねば」
ヴィンセンスは食事を終えると、戸棚にしまってあった銀の燭台を小袋に詰め始めた。
「銀の燭台をどうするんですか?」
「悪魔が再びやってきた時の用心のために、街の人々に渡しておくのじゃ。いざという時に、悪魔に立ち向かうための武器となるじゃろう?」
アイシャがぼやいた。
「ヴィンセンス様は人が良すぎますよ〜! そんな高価なものを配って、盗まれたらどうするんですか〜!?」
「今は盗まれる心配よりも、悪魔に脅かされる人々のことを心配すべき時じゃ。銀の燭台が手元に一個あるだけでも、人は心強くなれるものじゃ」
ここはパリの裏町のさらに裏、ごろつきどものたまり場にある酒場。ギルツ・ペルグリンが店の中に踏み込んだ途端、質の悪い安酒の匂いが鼻をつく。
お目当ての男、テラーズ・ネッツィーは酒場の喧噪の中で竪琴をつま弾き、歌を歌っていた。毒に満ちた歌詞を甘くやるせない調べに乗せて。
♪悪魔に救いは来ない 未来永劫救いは来ない
全てを失い 全てに見捨てられ
石を投げられ 唾を吐かれ
罵りあざける声の中で 傷の痛みにうめき
世界の終わりの来る日まで 闇の中でただすすり泣く
悪魔に哀れみを 悪魔に哀れみを
永遠に救いなき悪魔に哀れみを♪
テラーズの両隣にはふしだらに胸元をはだけた厚化粧の商売女が二人、安っぽい笑いを浮かべて侍っている。
「テラーズ・ネッツィーだな? この酒場に悪魔の歌を歌うバードがいると聞いてやって来た」
テラーズはそのハンサムな色白の顔に不敵な笑みを浮かべた。
「どうだい、私の歌を気にいってくれたか?」
「救いのない歌だ。その歌は魂を毒する」
「だけど、この地獄のような酒場にはお似合いだろ? ここにやってくるのは神からも見放された罪人ばかりだ。皆、俺の歌を気にいってくれてるぜ」
言って、テラーズは酒をぐいとあおる。隣に座るの女が甘ったるい声でささやいた。
「テラーズぅ、あたしにも飲ませてぇ。口移しでぇ」
「いいとも、かわいい小悪魔ちゃん」
ギルツの目の前で、テラーズと女は淫らに唇を重ね合わせる。しかしその挑発的な仕草にもギルツは動じない。
「聞きたいことがある。悪魔に化けてあちこちの店から酒を盗んだのはおまえの仕業か?」
「おい、気をつけろよ。悪魔が後ろからおまえを狙ってるぜ」
ギルツが振り向くと、壁に二本の角を生やした不気味な悪魔の影が。だがそれはテラーズが手で形作り、ランプの光で浮かび上がらせた影絵だった。
「ふざけた真似はやめて質問に答えろ」
「ふん、可愛げのないナイトだな。まあいい、ちょうどヒマを持てあましてたところだ」
テラーズは店に集った柄の悪い客に呼ばわった。
「さあ皆の衆、ご注目あれ! 悪魔退治のナイト様のご登場だ!」
下卑た笑いがどっと起きた。テラーズの目が不敵にギルツを睨めつける。
「おまえ、悪魔を斬り殺したくてうずうずしてるな? そのクソ真面目な仏頂面に書いてあるぜ。ならばおまえの望む答をくれてやる。『悪魔に化けて酒を盗んだのは俺だ』『ヴィンセンスのクソ爺いの命を付け狙っているのもこの俺だ』、これが答だ。さあどうする?」
「大人しくヴィンセント老の仕置きを受けろ。さもなくば、ここで果てるか‥‥手加減は苦手でな」
ジャイアントソードを抜き放つギルツ。それを見てテラーズが嘲った。
「バカめ、こんな所で剣を抜くとは」
客のごろつきどもが色めき立ち、手に手に獲物を構えてギルツを囲む。
「テラーズ! 加勢するぜ!」
叫びと共に物陰から毛むくじゃらの姿が飛び出し、火のついたランプをギルツに投げつけた。ランプはギルツの肩に当たり、服にこぼれた油に火が燃え移る。ごろつきの一人が戦斧を振りかざして襲ってきたが、ギルツは体を焼く火はお構いなしにソードの一撃で斧をはじき飛ばし、返す刀の重量を効かせてごろつきに斬りつけた。迸る鮮血と共にごろつきの腕が宙に舞い、ごろつきは悲鳴を上げて倒れる。他のごろつき達も、まるで潮が引くようにギルツから遠ざかる。テラーズと毛むくじゃらの悪魔の姿は出入り口の扉の向こうに消えていた。
「言ったはずだ。手加減は苦手だとな」
ギルツは落ち着き払って服に燃え移った火を叩き消し、テラーズと悪魔を追って店の外に出た。が、既にその姿はどこにもなく、月のない夜の闇が広がるばかり。
ギィ・タイラー(ea2185)は町中でテラーズの姿を探し求めていた。その隣にはユージィン・ヴァルクロイツの姿がある。
「腐れバード‥‥か。どのくらい腐れてるのか知らないけど、腐ってたら前線には出ないだろう? 少なくとも僕なら出ないね」
(‥‥やりにくいな)
内心そう思いなからもギィは黙っている。
「ここは素直に『テラーズ・ネッツィー』という名前の悪魔崇拝な腐れバードを探していますって、探して歩くこうか」
「そうだな‥‥。二人一緒に歩き回っても能率が悪い。街の半分ずつを手分けして探そう」
ユージィンと別れ、街の酒屋や酒場を回って聞き込みをやっていると、尋ね人のほうからギィの前に姿を現した。
「へっへっへっへ! 久しぶりだなぁ、金塊の賢人! この俺を探していたんだろう?」
ギィはかまをかけて訊ねてみた。
「悪魔に化けて芝居とはご苦労なことだな、テラーズ・ネッツィー。爺さんから話は聞いたぜ。イリュージョンの達人で人を騙くらかすのが上手い腐れバードめ。しかし見かけだけ悪魔そっくりに化けても、身振りそぶりがヘラヘラして殺気が無いから一目でバレるぜ。まるで悪魔の皮をかぶった道化役者だな」
「最高のほめ言葉を頂き、光栄至極」
相手は悪魔の顔のままでニヤリと笑った。
「お前を捜していたのは、聞き逃したことがあったからだ。悪魔との契約によりもたらされる不死について。答えてもらおうか」
「悪魔に魂を売り渡したる者は、その死せる肉体を神ならざる大いなる者の力で満たされ、魂を持たぬ者として新たな生を生きる。つまりはそういうことだ。もっと詳しい話が聞きたければテラーズのいる酒場を探し出してヤツに聞け。お前ならできるはずだ」
目の前の異形の者は翼を広げて空に舞い上がり、その姿を消した。
「ギィ、無事か!?」
ユージィンが駆けてくる。
「悪魔の姿を見たんで追ってきたんだが、何もされなかったか?」
「いいや、大丈夫だ」
「ところで、街で聞き込みをやって分かったんだが、あの悪魔だか悪魔もどきだかは、ビールの置いてある酒屋や酒場ばかりを狙って現れ、ビールだけを盗んでいくようだな」
「そうか。俺の聞き込みでも同じ結果が出た」
ギィは頷いた。
デルテ・フェザークが訪ねたのはパリの町はずれにある小さな酒場。
「悪魔の歌を歌うバードはいるかしら?」
左手で悪魔のサインを作り、出入り口で番をする男に訊ねる。
「入れ」
男は難なくデルテを通した。
テラーズ・ネッツィーはそこにいた。柄の悪そうな男や女に囲まれている。
「初めまして、テラーズさん」
悪魔のサインを見せて挨拶すると、テラーズはにやりと笑う。
「よくここが分かったな」
「知り合いの方に聞きました」
デルテに店の場所を教えたのはシャルロッテ・ブルームハルト(ea5180)。冒険者ギルドの関係者に金を払って、テラーズの出没しそうな場所を聞き出したのだ。
「前にいたお店、潰されてしまったそうですね」
「ああ。おバカなナイトのおかげで店じまいさ」
「あの‥‥私、悪魔の信奉者になって日が浅いんで、色々と教えてもらいたいんです」
「いいとも。さあ、こちらにおいで。皆で乾杯しよう。ここを訪ねてきてくれた可愛い小悪魔ちゃんのために」
こうしてデルテはテラーズの追っかけとして、敵との接触に成功。その日は慎重を期して本部には戻らず、街の宿屋で一泊した。
●ネリーの正体
「ネリー、お風呂ですよ。体を洗ってあげます」
ゼフィリア・リシアンサス(ea3855)の誘いにネリーははにかんだ。
「あたしの体、きれいじゃない‥‥」
「気にしないで大丈夫。私も一緒に入りますから」
ネリーの服を脱がせながら、ゼフィリアは細部に目を走らせる。ネリーの服は安物であちこちすり切れ、ひどく痛んでいる。おまけにナイフで切り裂かれたような傷を縫い繕った跡まであった。ネリーの体は痩せて血色が悪い。体のあちこちに古傷があり、両手を見ればひどい火傷の跡が。
(ネリーは貧しい家庭の出で、ひどい育ち方をしたようですね)
風呂でネリーの体を洗いながら、ゼフィリアは思った。
翌日、ゼフィリアは冒険者ギルドを訪ねた。
「ネリーという名の行方不明者の捜索願いは出てないがねぇ‥‥」
中年の係官は書類の束をめくりながらゼフィリアの問い合わせに答えたが、
「いや待て、ネリーという名には心当たりがあるぞ」
別の書類の束を引っ張り出して、そのうちの1枚を示した。
「こいつだ。犯罪者の逮捕記録のほうにネリーの名前があった。パリの下町を荒らし回った性悪な女スリ。年格好もあんたの言う娘と同じくらいだが、記録によれば見かけに似合わず凶暴な女で、取り押さえるだけで5人も怪我人が出たそうだ」
ネリーは本部の台所で料理の手伝いをしていた。
「お嬢さん、私にも手伝わせて下さいな♪」
フェイテル・ファウスト(ea2730)が貯蔵庫から野菜をどっさり持ってきた。
「あの‥‥」
「おや? 塩が足りないね。持ってきますよ。楽しくいきましょう、楽しく♪」
フェイテルの姿が隣の部屋に消える。
「人数多いから準備も大変だろう? 俺も手伝おうか?」
「いいえ‥‥大丈夫」
「そうか。必要な時には声をかけてくれ」
ユージィンも表向きはネリーに紳士的に接するが、警戒は怠らない。
記憶を取り戻すきっかけになればいいと思い、ルー・ノース(ea4086)はネリーに色々と話しかけていた。
「ネリーさん、ナイフの使い方うまいんですね」
「‥‥そうね」
「もしかしたら、ナイフを使う仕事とかしてたのかな?」
「‥‥かもしれない」
ネリーの両手のひどい火傷の跡は、さっきから気になっていた。
「聞いていいですか? その手の火傷の跡‥‥」
「これはね、昔出会ったクレリックのクソ野郎につけられたの」
「ネリーさん? 思い出したの?」
「あんなこと、絶対に忘れられるものか」
ネリーの顔つきが険しくなり、肉切りナイフを動かしていた手が止まる。
「ねえ、あたしが怖い?」
「悪魔は怖いですけれど、ネリーさんは怖くないです」
ネリーはきつい目でルーを見つめていたが、その目が涙でうるみ始めた。
「どうしたんですか?」
「おまえを見ていると、あたし‥‥いいえ、何でもないわ」
隣の部屋で何度か呪文を唱える声があり、しばらくするとフェイテルがゼフィリアを伴って現れた。
「ネリーさん、この忙しいこんな時に何ですが、少し話をしませんか? 悪魔の人質になっているあなたの弟のことです」
ネリーがはっと振り向き、つぶやく。
「どうして、それを‥‥」
「失礼かとも思いましたが、リシーブメモリーの魔法であなたの記憶を調べさせていただきました」
「‥‥どこまで分かったの?」
「大切な弟を悪魔の人質にされ、悪魔に襲われた演技をして館に逃げ込んだこと。テラーズとテレパシー魔法の会話で連絡を取り、館で見聞きしたことを伝えていること。あなたの素性についてもここにいるゼフィリアさんが‥‥」
ネリーが素早く動いた。まるでネズミに飛びかかるネコのように、すぐそばにいたルーを捕まえ、その首筋に肉切りナイフを突きつけた。
「あたしに近寄るな! こいつが殺されてもいいの!?」
「ルー!」
ユージィンが飛びだそうとしたが、フェイテルが制止する。ネリーの握るナイフの切っ先が小刻みに揺れ、そのままナイフは床に落ち、ネリーはへたりこんですすり泣き始めた。
「どうしたら‥‥あたし、どうしたらいいのさ‥‥」
●作戦会議
会議室となった館の食堂、テーブルに地図を広げてケイ・メイトが説明する。
「悪魔が目撃される場所は、大きく二つに分けられるにゃ。一つはこの本部の周辺、もう一つはパリから伸びる街道筋だにゃ。本部周辺では酒屋や酒場のビールが盗まれて、街道筋では教会や墓地の十字架が壊されているにゃ」
「本部周辺の事件はテラーズ・ネッツィー、街道筋の事件はゴルバス一味と関係ある気がしますが‥‥」
アトス・ラフェールの言葉は上の階で起きた騒々しい物音で中断された。ドンドンと何かを壁に打ち付ける音、そして叫び。
「ネリーが暴れています。行きましょう」
軟禁された部屋でネリーは壁に頭を打ちつけて叫び、ゼフィリアが必死に取り押さえている。
「ネリー! しっかりしなさい!」
「声が! あたしの頭の中で、あの男の声が!」
「テラーズですね!」
見張りを続けていたギィ・タイラーの声が屋根の上から響く。
「館の東の道に怪しいヤツがいるぞ!」
冒険者たちは外に飛び出した。夜空に月はなく、頼りはランタンの光だけだ。
「どこ!? テラーズはどこ!?」
「私に任せなさい!」
フェイテル・ファウストが呪文を唱える。
「ムーンアローよ! テラーズ・ネッツィーに当たれ!」
銀色に輝く矢が現れ、夜闇の奥へ一直線に飛んでいく。
「ぎゃあ!」
叫びが上がり、やがて夜空を飛んで逃げていく黒い影が、かすかな街の明かりの中に浮かんで消えた。
「本物の悪魔なら私のディティクトアンデットで見つけられるけど、あのニセ悪魔には効かないし。おまけに月魔法まで使う敵‥‥本当に厄介な敵です」
つぶやくシャルロッテに、ユージィンが言葉を返す。
「しかもそのニセ悪魔には本物の悪魔がまとわりついているときてる。まったくやりにくいことこの上ないよなぁ」
「もう大丈夫です。テラーズは逃げていきました」
ぐったりと腕の中にくずおれたネリーを、ゼフィリアはベッドに導いた。
「疲れたでしょう? 今夜はもうお休みなさい。私もそばにいてあげます」
ネリーと共にベッドに身を横たえ、その手を握る。
「ここから逃げて‥‥ゴルバス一味がみんなを殺しに来るよ‥‥」
ネリーの唇から呟きがもれ、そして彼女は死んだように眠りに落ちた。
フォルテシモ・テスタロッサから報告があった。彼女の調査によるとあちこちの武器屋にゴルバス一味の手先と思われる男が現れ、さまざまな武器を物色していたという。その様子からして、何処かに潜伏中のゴルバス一味は近いうちに大規模な襲撃を予定しており、既にその下準備が始まっているようだ。また、かつての一味の根城から伸びる街道沿いで、3人の子どもが行方不明になっている。この事件にも一味の関与が予想される。