デビルバスターズ3〜暗き闇の淵より

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 29 C

参加人数:15人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月20日〜12月25日

リプレイ公開日:2004年12月27日

●オープニング

 揺らめくランプの炎に照らされ、獣じみた男の醜悪な顔が闇の中に浮かびあがる。男は汚れた皿の上の肉を手づかみで貪り食っていた。歯をむき出して骨付きの肉の塊に食らいつき、肉の全てを平らげると、脂で汚れた掌を何度も開いては閉じてにんまりと笑う。過酷な牢獄生活によって失われていた力の感覚は、この隠れ家に身を潜めて傷を癒し体力を取り戻すうちに、再び男の巨躯を満たすようになっていた。
「この手だ。この手で俺は何十人もぶっ殺してきた。頭を叩き割り、喉を掻き切り、首を絞め、心臓をぐさりと一突き。‥‥へへへ、思い出すだけで血が騒ぐぜ」
 部屋の暗がりの中には、悪鬼のごとき男を見つめる幾つもの脅えた目。それは人質に捕らえられた子どもたちの目だ。その瞳が闇の中のランプの炎をちろちろと照り返す。
「おい、メシだ。さっさと食いやがれ」
 男の手下が、子どもたちに粥の皿を押しつける。子どもの一人が脅えるあまり、皿を取り落としてその中味を手下の足下にぶちまけた。
「この野郎! 俺の服を汚しやがったな!」
 男はしたたかに子どもの顔を打ち据え、子どもは口から血を流しながら泣いて詫びた。
「ごめんよ! ごめんよぉ!」
「てめえのその汚い手の指を2、3本、切り落としてやろうかい!?」
「ひぃぃ‥‥!」
 子どもの手をつかみ、手下はナイフを突きつける。途端、いかつい拳が手下を殴り飛ばした。
「ばかやろぉ! 余計な騒ぎを起こすんじゃねぇ!!」
「‥‥わ、分かったぜ、お頭」
 いひひひひ、いひひひひ‥‥。人ならぬ不気味な笑いと共に、背中に翼もつ毛むくじゃらの異形の姿が現れた。あたかも空気の中から湧いて出てきたかのように。
「またずいぶんと元気になったじゃねぇか、ゴルバス」
「うぇ‥‥なんだ、おめぇか。脅かしっこなしだぜ」
 現れた悪魔は、部屋のテーブルに置いてあった飲みかけのビールの杯をぐいっと飲み干し、その怪物そのものの顔に喜悦の色を浮かべる。
「うめぇ〜、さすがパリで仕入れたビールの味は最高だぜ。ところで忘れちゃいねぇだろうな? お前を牢獄から助けてやった礼だ」
「忘れちゃいねぇぜ。約束は約束だ。で、俺に何をして欲しいんだ?」
 悪魔の口が三日月の形に広がり、邪悪な笑みを形作った。
「お前の大好きな、人殺しさ」

 悪魔のスパイであることが露見した娘ネリーは、悪魔やっつけ隊本部の一室で取り調べを受けていた。ネリーは椅子に座ったまま身じろぎもせず、目の前にいるヴィンセンス老人を険悪な目で睨みつけている。ひんやりした部屋にはネリーとヴィンセンスの二人きりだ。
「話したいことがあるのであろう? 何でも話すがよい」
「あたしと吟遊詩人のテラーズ・ネッツィーは、古くからの馴染みだった。そのネッツィーが悪魔を連れてあたしの所へやって来て、おまえのことをスパイするように命じたのさ。そしてネッツィーと悪魔はあたしの弟を人質にとった。あとはお前の知ってる通り。あたしは悪魔に襲われたふりをしてこの館に潜り込んで、ここで見聞きしたことをみんなネッツィーに伝えたよ。この館の間取り、出入りする人間とその特徴、ネッツィーは魔法の力でそれをあたしの頭の中から聞き出した。盗賊のゴルバス一味を脱獄させたのも、ネッツィーと悪魔の仕業だよ。ゴルバスを使ってお前を殺そうと企んでいるのさ。だけど、ゴルバスの隠れ家をあたしは知らない。それを知っているのはネッツィーと悪魔だけさ。‥‥あたしの知ってることはこれで全部だよ。で、あたしをどうする気だい? 街のお役人に引き渡して牢屋にぶち込むのかい?」
「いいや、おまえはわしらと一緒にこの館に留まるのだ。わしはお前を悪魔から守らねばならん」
「ふん、偉そうにほざきやがって。おまえはあたしがどんな人間か知らないんだろ? そもそも、この部屋にあたしと二人っきりになったのが間違いだよ。あたしはいつだって、お前みたいに偉そうな口をきくクレリックをぶち殺したくて、うずうずしてるんだからね」
「いいや、わしを殺すことはおまえにはできんよ」
 ヴィンセンスの口調はあくまでも穏やかだ。突然、ネリーは野獣のような素早い動きで立ち上がり、椅子をつかんでヴィンセンスに殴りかかった。
「死にやがれ、じじい!」
 だが、椅子がヴィンセンスの額をぶち割るよりも早く、十字架を握りしめたヴィンセンスの手が突き出され、その口から高速詠唱の呪文が放たれる。ネリーは椅子をつかんだまま彫像のように動きを失い、そのままの姿で床に転がった。

 気がつくと、ネリーはベッドの上に寝かされていた。そばには神聖騎士の男女が二人で付き添い、そのうちの女性のほうが優しく声をかける。
「気がつきましたか?」
「あのクソじじい! ふざけやがって!」
 叫んだベッドから飛び出したネリーを、神聖騎士は強く抱きしめて落ち着かせる。
「ネリー、落ち着きなさい!」
 荒く息をしながらも、ネリーは腕の中で大人しくなった。
「ところでネリー、街の便利屋がキミへの届け物を持ってきたんだが、開けてもいいかな?」
 もう一人の神聖騎士の男がネリーに包みを示すが、ネリーは黙っている。神聖騎士が包みを解くと、中から出てきたのは血のこびりついた服の切れ端だった。
「これは‥‥ネルの服‥‥!」
 ネリーは服の切れ端をひったくり、そのはずみで同封してあった羊皮紙の付け文がはらりと落ちた。それを神聖騎士が拾い上げると、ネリーは神聖騎士の手から付け文をひったくっり、食い入るようにして文面に目を走らせる。
『ネリー、自分の仕事を思い出せ。約束を果たさなければ、次は可愛い弟の耳の切れ端か、指の切れ端が届くことになるぞ。──親愛なるテラーズ・ネッツィーより』
 ネリーは獣のような叫びを上げて部屋から飛び出そうとして、二人の神聖騎士に取り押さえられる。
「ちくしょう、放せ! あたしをネッツィーの所へ行かせろ!」
「いいや、キミはここにいるんだ」
 神聖騎士がドアの前に立ちふさがって行く手を阻むや、ネリーはその腕に思いっきり噛みついて身を翻し、部屋の中の物を手当たり次第に投げつける。そして窓から外に飛び出ようとしたが間一髪、神聖騎士の放ったコアギュレイトの呪文がネリーの体を硬直させ、ネリーは床にごろりと転がった。
「やれやれ、キミはちょっとばかり元気が良すぎるな」
 腕に噛み傷を負った聖騎士が、血の滴る傷を手で押さえながら呟いた。

 さまざまな情報を整理して状況を判断すると、次のようになる。まずゴルバス一味は、かつて盗賊稼業を働いていた街道沿いのどこかに潜伏しており、数名の子どもが人質に捕らえられている。また、ネリーの弟のネルも人質に捕らえられている。一連の事件を引き起こした張本人は悪魔崇拝者の吟遊詩人テラーズ・ネッツィーと、彼に力を貸す悪魔である。テラーズとその信奉者がが出入りする酒場については、既に冒険者の仲間が場所を突き止めている。
「まずはゴルバス一味の潜伏場所を発見し、人質に捕らえられた子ども達を助け出さねばならん」
 かくして、ヴィンセンスと冒険者たちは動き出した。

●今回の参加者

 ea0351 夜 黒妖(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0714 クオン・レイウイング(29歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea1671 ガブリエル・プリメーラ(27歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2030 ジャドウ・ロスト(28歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2179 アトス・ラフェール(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2185 ギィ・タイラー(33歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3120 ロックフェラー・シュターゼン(40歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea3412 デルテ・フェザーク(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3855 ゼフィリア・リシアンサス(28歳・♀・神聖騎士・人間・ビザンチン帝国)
 ea4206 ケイ・メイト(20歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea4473 コトセット・メヌーマ(34歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4481 氷雨 絃也(33歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4567 サラ・コーウィン(30歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea4939 ユージィン・ヴァルクロイツ(35歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

マリー・アマリリス(ea4526)/ アルビカンス・アーエール(ea5415

●リプレイ本文

●ネリーと
「筋骨隆々、四角い顔、潰れた鼻、額と右頬と顎に刀傷、と」
 新参の仲間たちに教えるため、警備隊から聞き出した情報を元にした人相書きを板切れに描いてみたユージィン・ヴァルクロイツ(ea4939)は、出来上がった絵を評して言った。
「こんなオーガもどき野郎と夜道でばったりは御免だね〜」
 ユージィンと共に居間にいるヴィンセンス老は、先ほどシフール便でドレスタットから届いた手紙に目を通している。
「また、厄介事ですか?」
「うむ」
「悪魔絡みの事件?」
 ヴィンセンスは手紙を懐にしまい込み、答える。
「まだ分からぬが、近いうちにドレスタットへ行くことになるやもしれぬ」
「その前に、今関わっている事件を片づけないことには‥‥。あー、皆と一緒にゴルバス一味を捕まえにいくのはよしてくださいね。あなたが行くと、とっても役に立つだろうと思いますけど、僕らが2人じゃ不安です」
「うむ。それがよいじゃろう。気がかりな事もある」
「ところで‥‥ひとつだけ確認しておきますけど。ネリーの手首の傷、老の指示ということはありませんよね?」
「いいや」
 老人はかぶりを振る。
 2階から騒ぎが聞こえてきた。女の悲鳴と派手な物音。
「おい、またかよ」
 2階の部屋へ駆け上がり、追っ手の冒険者を振り切って逃げてきたネリーを発見。すかさずコアギュレイトの魔法を叩き込んで取り押さえた。これで2度目だ。
「従順すぎる女性はつまらないけど、はねっかえりすぎるのも‥‥どうかと思うよ?」
 魔法で硬直したネリーを部屋に運び、逃走防止のためベッドに縛り付ける。ネリーの手首のひどい火傷の跡がどうしても目に入り、痛々しい気持ちになる。
 魔法の硬直が解けて意識が戻ったネリーはまたも暴れ出したが、あきらめて大人しくなった頃合いを見て、ユージィンはジャドウ・ロスト(ea2030)と共に尋問を開始した。
「さて、君の仕事と、ネッツィーとしたという約束について話してもらえないかな?」
「知ってることはあのじじいに全部話したじゃないか! クソ野郎!」
「お前が仕事をしたとして、奴らがお前と弟を生かすとは考えられん。どうせなら、ここに居るお人好しの集団に任せた方がまだ、助かる可能性が高いだろう?」
 ジャドウの問いへの答は沈黙。説得をあきらて二人は部屋を出たが、しばらくするとゼフィリア・リシアンサス(ea3855)が暖かい飲み物を持ってやって来た。
「これ、ほどいてよ」
 甘えた声でネリーが言う。
「暴れたり、逃げ出したりしない?」
「‥‥うん。だからほどいて」
 ネリーを自由にして飲み物を飲ませ、頃合いを見てフィリアは訊いた。
「手首の火傷の跡だけど、小さい頃の火傷なの?」
「あたしが6歳の時、まだ盗みを覚えたての頃、教会にある聖書を盗んだの。それが見つかって、教会のクレリックに罰として蝋燭の火で焼かれたの」
「そうだったの‥‥」
「あたしはクレリックが嫌い。だからテラーズの依頼を引き受けたんだ。報酬は銀貨30枚。テラーズはゴルバス一味を使ってここを襲うつもりで、あたしの役目は襲撃の時にヴィンセンスの背後から一突き喰らわせることだったんだ‥‥」
 しばし二人の間に流れた沈黙を最初に破ったのはゼフィリア。
「ネリー、よかったらここで働いてみませんか?」
「‥‥クレリックは嫌い」
「あなたに酷いことした人だけがクレリックじゃないですよ。クレリックにだって色んな人がいるんですから」
「クレリックは嫌いだけど‥‥あなたと一緒に働けるの?」
 その言葉を聞いてゼフィリアは微笑み付け加える。
「残念ながらお給料はそんなに出ませんけどね」

●ゴルバスは何処に?
 これまでの調査の要点をアトス・ラフェール(ea2179)が板の上に書き出していく。
1 酒店で盗られたのは全てビール。
2 襲われた店からの轍は川の畔の町の石橋の上で一度消え再び街道に続いた。
3 石橋上で長時間何かをしていた。
4 街道の先の町の教会堂の屋根の十字架が破壊される。
5 小さな村の墓地の十字架が破壊される。
6 街道の終点の森にゴルバスの昔の隠れ家。
7 隠れ家付近の沼付近に馬車、水面に壊された樽が散乱。
8 森で悪魔らしき者が火を焚く。
9 帰りに寄った居酒屋ではビールが無く、店の親父の女房子供が病気で姿を見せない。
「4、5、6、7、8は捜査の撹乱や悪魔ゆえの行動と推察します。逆に2、3、9は要注意です。居酒屋の親父の態度からすると、家族が人質になっている可能性があります。石橋の上で賊どもが長時間ごそごそやるのは怪しいし、川が居酒屋に繋がっているかも知れません。調査の中心は居酒屋ですね。ただし念のため、他の場所も調べましょう」
 時間は限られている。馬車を手配して移動時間を節約し、冒険者たちは二班に分かれて再度の調査を始めた。森を担当する一行が森の中に踏み込むと、またも焚き火の炎がゆらめいている。
「ここに‥‥いるの?」
 サラ・コーウィン(ea4567)が先頭に立ち、忍び足で焚き火に近づく。羽根の生えた黒い影が小枝や木の葉をバラバラと火の中に投げ込むのが見えた。しばらくすると黒い影は空へ舞い上がり、森の別の場所へ飛んでいく。
 深追いはせず、コトセット・メヌーマ(ea4473)は現場を丹念に調べ、そして結論づけた。
「焚き火と聞いて一味の宴の跡かとも思ったが、そうではないな。火の回りには大勢で食べ飲みできるほどの広さがないし、連中の足跡もない。我々をおびき寄せるために、悪魔が火を付けて回っているだけだ」
 一方、かつてゴルバス一味がアジトにしていた森のそばの廃村をジャドウと共に調べていたマリウス・ドゥースウィント(ea1681)は、一軒の廃屋の床に隠された地下室への入口を発見した。木の蓋を開けた途端、異様な臭気が鼻をつく。
 地下へ降りたマリウスは、そこで異臭の原因を目の当たりにした。地下室に放り込まれてそのまま放置され、腐りきった死体の数々。大きいのや小さいの、合わせて10体はあるだろうか?
「オーラエリベイションで気合いを入れておいて正解でしたよ」
 思わずつぶやきが出る。気合いを入れていなきゃ吐いたり気絶したりしたかもしれない。
「こちらは死体ではなさそうだな」
 土の床の上に放り出されたいくつもの袋を調べて、ジャドウが事も無げに言う。袋の中味は武器だった。
 それからしばらく二人は廃村を調査したが、腐った死体と隠された武器以外の物は見つからなかった。
「ここは外れ、ということだな」
 ゴルバス一味の手に渡らぬよう武器は馬車に運び入れ、死体は後で埋葬することにして今は放置。まずは居酒屋に向かった仲間と合流しなければ。
「早く行きましょう!」
 サラにせかされ、冒険者たちは居酒屋へ急ぐ。
「急がないとっ! 無事でいて!」
 しかしギィ・タイラー(ea2185)だけは、まだ気になることがあるからと言って森に残っていた。しばらく茂みに潜んで様子をうかがっていると、森の中から悪魔が現れた。空へ舞い上がり、去っていく冒険者たちを空中から眺めてぶつくさ言っている。
「バカな冒険者どもめ、やっと引き上げたかい。囮役も苦労するぜ」
「いいや、まだ俺が残っているぞ!」
「うわっ!」
 いきなり声をかけられ、悪魔は空中でとびすさった。背後にはリトルフライのスクロール魔法を使ったギィがふわりふわりと浮かんでいた。
「何だてめぇは!? 怪しいヤツめ!」
「ふん、悪魔め。おまえの方がよっぽど怪しいぞ」
 悪魔を鼻でせせら笑うギィ。悪魔はギィから距離を置き、その顔をつくづく眺めていたが、やがて悪魔の方から近づいてきた。
「おまえのクセのあるその顔、テラーズの旦那が言ってた男と違うか? おまえはテラーズと同じ臭いがするぜ。神をも恐れぬ人間の臭いだ」
「いかにも、俺だ。テラーズの居場所を知っているのか?」
「テラーズに会いたければ、ヤツの出入りする酒場を訊ねろ」
 酒場の場所を口にすると、悪魔は飛び去っていった。その姿を見送るギィの顔に不敵な笑いが浮かぶ。

●居酒屋の捜査
 仲間と共に居酒屋の調査に向かった一行は、石橋の上から現場を見渡してみた。川は小舟で往来できるだけの広さと深さがあり、川沿いには小舟が並んでいる。
「こうして見ると、連中が潜んでいそうな建物はいくつもあるな」
 川沿いに立ち並ぶ建物を見渡して氷雨 絃也(ea4481)が言った。
「石橋の下に小舟を持ってきて馬車から乗り移り、夜闇に乗じて川から侵入すればわけはない」
 ちなみに疑い濃厚な居酒屋も、川を背にして建てられている。居酒屋には店とは別棟の酒蔵があり、その背後は川になっていて小舟で荷物を出し入れすることができる。
「私が飛んで調べてくるにゃ〜」
 飛び立とうとしたケイ・メイト(ea4206)を、クオン・レイウイング(ea0714)と夜 黒妖(ea0351)が制する。
「待て待て。いきなり飛んでいっては怪しまれる」
「ここは別の手を使ったほうがいいよ。そういうわけでアルビカンス、頼んだよ」
 黒妖の助っ人として同行してきたアルビカンス・アーエールはブレスセンサーの魔法を唱えた。結果はすぐに出た。橋の上から見える居酒屋の酒蔵のあたりに、大勢の人間がいるという。うち数名は子どもらしい。
「俺達で様子を見てこよう」
 クオンと黒妖の二人で通行人を装い、居酒屋の近くを調べてみた。だが酒蔵のあたりでは何ら作業が行われている様子はなく、しんと静まりかえっている。
「こんな所に大勢の人間がいるとは不自然だな」
「ゴルバス一味が酒蔵に隠れているとみて間違いなさそうだね。子供を人質とは許せんね」
 囁きの会話を交わしつつ、黒妖は酒蔵周辺をつぶさにチェック。酒蔵への進入路を頭に叩き込んだ。
 続く潜入捜査は、悪魔の一味に顔を知られていないであろう新規参入の者たちが担当した。最初にロックフェラー・シュターゼン(ea3120)が客として入り込み、店の中の様子を探る。見たところ特に変わった様子はない。店の隅のテーブルにはカードの賭博に興じているひげ面の男たちがいる。だが男たちをよく観察すると、カウンターの主人や店の中の客にさりげない視線を送って見張り、店の中で交わされる言葉に聞き耳を立てているようにも思える。夕暮れ時になるとロックフェラーは店を出て、別の仲間と交代する。
「奥のテーブルの男たちに気をつけろ」
 周囲に気取られぬよう、その耳元でささやく。
 新しく店へ入ってきたのは、旅芸人の楽士に身をやつしたガブリエル・プリメーラ(ea1671)だ。
「一見さんだけどよろしくね。とりあえず、冷えたビールを一杯いただくわ」
「すまんな。この店にビールはないんじゃよ」
「えー、ここビール置いてないのー? ざんねーん。なら酒の代わりになるぐらい面白い話とかなーい?」
 お色気振りまいて喋っていると、その色っぽさに魅せられたかカウンターの隣の席の客が話しかけてきた。
「なら、盗賊ゴルバスとその一味による十三人殺しの話なんてどうだい? 昔、この街道で起きた実話なんだぜ」
「面白そうね、ぜひとも聞かせて!」
「いいだろう。だけど聞いたら夜中に眠れなくなること請け合いだぜ。盗賊ゴルバスってのはなぁ‥‥」
 すると、いきなり店の主人が割り込んできた。
「頼むから、この店でそういう話はやめてくれ」
「え? どうしてなの?」
「わしはそういう話が嫌いなんじゃよ」
 奥のテーブルにちらりと視線を走らせると、賭け事に興じていた男たちが皆、こちらを見ている。
「あら、初めまして」
 ガブリエルは大胆にも男たちのテーブルに歩み寄った。
「あら? 腕っ節強そうなお兄さんたちね。私もゲームに混ぜてくれない?」
「よそ者は向こうへ行ってろ」
 男の一人が険悪な眼差しで拒絶する。
「何よ! 失礼しちゃうわね!」
 しばらく店で世間話をした後、ガブリエルは店を出る。通りを歩いていくと、何かがさあっと足下を横切っていった気配が。
「え?」
 犬か猫かと思って思わず振り返るが、通り過ぎていったはずの姿がない。再び歩き始めたガブリエルは、仲間のケイとマリー・アマリリス(ea4526)が物陰から手招きしているのに気付いた。
「何かあったの?」
「悪魔がこの道を通り過ぎていったにゃ〜。デティクトアンデットの魔法で分かったにゃ〜」
 すると、さっきのは‥‥。
「やはり、あの居酒屋が一味の隠れ家ね」
 その場に留まっていては怪しまれる。冒険者たちは足早に立ち去った。 

●強行突入
 その日の真夜中は冷え込みが激しく、月明かりもない。道ばたに停まった馬車の中、ランタンの光が外に漏れぬよう注意しながら、冒険者たちは顔を突きつけ合わせて救出作戦を練る。情報を整理しつつ、作戦会議をまとめるのはコトセット・メヌーマ(ea4473)。
「‥‥皆、段取りは分かったな? 特に悪魔には要注意だ。古参の者にとっては自明のことだろうが、悪魔は銀か魔法の武器でなければ傷つけられない。その上、我々が相手する悪魔は姿を消す能力を持つまで持っている。作戦中はデティクトアンデットによる監視を怠るな。夜が明けるのと同時に救出作戦を決行する。以上だ」
 夜明けが来るまでの時間はひどく長く感じられた。
「別に正義の味方や神の代弁者を気取るつもりはないが、連中のやり方は気にいらないぜ。下郎共の末路がどうなるかその身に刻んでやる」
 隠れ場所から油断なく居酒屋を監視しながら、クオンがつぶやく。
 やがて空が白み始め、周囲がまだほの暗いうちに行動は開始された。
 先に酒蔵周辺の調査を行った黒妖の指示で、冒険者たちは二班に分けられる。酒蔵の正面と裏口の二方向から突入するためだ。
「悪魔の数と動きは?」
「中にいる悪魔は2匹だにゃ。一カ所でじっとしているにゃ」
 黒妖の肩に張り付いたケイが、すかさず質問に答える。
「アルビカンス、中にいる賊の配置を教えて欲しい」
 アルビカンスはブレスセンサーの魔法を発動させ、答えた。
「正面入口に見張りが二人。裏口に一人。残りは子どもも含めて建物の中央に」
「そうか。ありがとう」
 黒妖は忍び足で正面入口にたどり着いた。そっと扉を開けようとしたが、中から鍵がかかっている。裏口にも回ってみたが、こちらも鍵がかかっている。
 黒妖は携帯していた盗賊用道具一式を取り出した。針金を鍵穴に差し込んで鍵を開けようと試みる。ガチャ‥‥ガチャ‥‥。
 扉の向こうで人の動く気配があり、開きかかっていた鍵が急に動かなくなった。見張りに気付かれ、鍵が開かぬよう扉の向こうから押さえつけられたらしい。
「気づかれたか‥‥」
 黒妖は仲間の元に走り、告げる。
「見張りの賊に気付かれた。鍵開けは無理だ」
「どうする?」
「強行突破するしかない」
「できるのか?」
 しばし判断に迷う黒妖。開錠の術を習得していれば! ──そんな思いが心をよぎる。寒いのに冷や汗がしたたる思いだ。だが賊に気付かれた以上、時間は無駄にできない。ぼやぼやしていたら人質の命が危なくなる。
「できるだけのことはする。賊が気を取られた隙に、裏口班は中へ」
 正面入口に駆け戻ると、黒妖は微塵隠れの術を使った。
 ぼわぁん! 派手な爆発と共に、煙がわき上がる。だが見た目の派手さとは裏腹に、爆発は扉をぎいと軋ませただけだった。さらに二度、三度と、微塵隠れの術を繰り返す。ぼわぁん! ぼわぁん! ぼわぁん! 表面に小さな亀裂がみしみしと走るが、それでも扉は開こうとはしない。扉の向こうでは賊たちが騒ぎ始めている。こちらの動きは完全に気付かれた。背後に控えていた冒険者たちも黒妖の元へ駆けつける。
「まだ開かないのですか!? 手を貸しますよ!」
 剣で扉に斬りかかろうとするアトスを黒妖は制した。
「頑丈すぎて剣じゃ無理だよ。こうなったらあれを使うしかない」
 黒妖は大ガマの術を使った。
 もあっと煙が巻き起こり、その中から体長3mもの大ガマがぬうっと現れた。その異様な姿にさしもの冒険者たちも思わず目を剥く。
 黒妖は大ガマを操り、その巨大な手の平で扉に叩りかかった。
 バギィ! バギィ! さしもの頑丈な扉もこれには敵わずついに残骸と化し、冒険者たちの目の前に入口がぽっかり開いた。
「うわっ! 化け物だ!」
 扉の向こうにいた賊が、大ガマの姿に恐怖して奥へ逃げていく。それを追って仲間たちが踏み込む。皆、コトセットにフレイムエリベイションとバーニングソードの魔法を付与され、士気も戦闘力もいつになく高まっている。先頭切って突っ込んでいくのは氷雨。
「巴里紅翼華撃団隊長、氷雨 絃也推して参る!」
 口元に冷笑を浮かべ、賊を見るや狂ったように斬りつけていく。氷雨の中の凶暴な獣は今、解き放たれた。
 黒妖は全速力で裏口へと回った。
「遅かったにゃ! ずっと待ってたにゃ!」
「すまない!」
 文句をつけるケイに謝り、黒妖は裏口の鍵を開けようとしたが、その必要は無かった。強行突入にあわてふためいた賊たちが、鍵を開けて飛び出してきたのだ。
「逃げろ! もたもたするなぁ!」
 すかさず、賊の前に立ちふさがるケイ。
「我、Anaretaが死蝶。『聖なる母』の名において、御身、束縛せん!!」
 放たれるコアギュレイトの呪文をその身に受け、賊たちは目を見開き口を開いた姿勢のままで硬直し、地面に転がる。
「‥‥自分の身勝手さを‥‥思い知るにゃ!!」
 酒蔵の中では賊たちの反撃が始まっていた。
「畜生! 死にやがれ!」
 賊の中でも手練れの3人が、物陰からダガーを投げつける。だがダガーが突き刺さる寸前、冒険者たちの姿が空気の中にとけ込むようにかき消えた。
「そ、そんなバカな‥‥」
「目の前で消えちまうなんて‥‥」
 ふらふらと物陰から立ち上がった賊たちは次の瞬間、自分たちの軽率さを思い知ることになった。日本刀の一撃をその身に受け、賊たちは一人残らず床に転がる。
『苦しんで逝け!』
 母国語で言い捨てて日本刀を鞘に収める氷雨の傍らで、ガブリエルが不敵にほくそ笑む。
「別にイリュージョン使えるのはテラーズだけじゃない‥‥ってね」
「てめえら! 人質が殺されてもいいのか!?」
 怒り狂った賊が人質の子どもたちに向かって駆けていく。
「こうなったら2、3人ぶっ殺さなけりゃ気がすまねぇぜ!」
 と、いきなり賊は転倒した。まるで地の精にでも足を掴まれたかのように、足を床から話せずじたばたしている。
「こ、このクソアマ! 今度は何をしやがった!?」
「それがシャドウバィンディングの魔法。身をもって知ったでしょう?」
 ガブリエルの言葉が終わらぬうちに、もう一人の賊がその背後から飛び出した。
「ばかやろぉ! ここにもいるぜ!」
 賊はナイフを投げつけた。人質の子ども達に向かって。ガブリエルの表情が凍り付く。
 だが間一髪、白く清らかに輝く光の壁がナイフをはじき飛ばす。ホーリーフィールドの魔法で人質を救ったのはアトス。
「さあ今のうちに!」
「ふざけやがって‥‥!」
 賊の言葉は途中で途絶えた。サラが賊の背に深々と剣を埋めたのだ。
「あなたたちを許すわけにはいきません!」
 賊は血を吹いて倒れ、サラは子どもたちの縛めを解きにかかった。
「助けに来たの。遅くなってごめんね。もう、大丈夫だから‥‥」
 黒妖とケイが率先して子ども達を脱出させる。
「俺達についてきて!!」
「‥‥もう大丈夫にゃ〜。ちゃんとお家に帰してあげるにゃ」
 言って、ケイははたと思い当たった。
「悪魔はどこにいるにゃ!?」
 デティクトアンデットで悪魔を探知し、仲間たちに叫ぶ。
「悪魔があそこから逃げてくにゃ! 姿を消してるにゃ!」
 正面入口を指して叫んだケイの言葉を、ジャドウは聞き逃さなかった。高速詠唱でクリエイトウォーターの呪文を唱え、手元から吹き出した大量の水を辺り一面にまき散らす。その水の中に悪魔の姿がくっきりと浮かび上がる。
「うわあっ!! 畜生、水なんかいらねぇ!! ビールをよこしやがれ!! うぎゃあ!!」
 おマヌケなセリフをほざいていた透明な悪魔が絶叫する。クーリングの魔法をきかせた手で、ジャドウが組み付いたのだ。
「やめろ、凍っちまう! 放せ、放せ──うぎゃあああああーっ!!」
 悪魔の断末魔がとどろいた。とどめを刺したのはマリウス。オーラパワーを付与したロングソードは悪魔の胴を貫き、悪魔はその姿を現した。翼の生えた毛むくじゃらの子鬼。グレムリンと呼ばれる小悪魔は血を吹き出しながらびくびくと体を痙攣させ、やがて動かなくなった。死の瞬間が訪れるやその体がぼろぼろに崩れ、空気の中に溶けるように消滅していく。
「もう一匹はどこだ!?」
 ジャドウの問いに、酒蔵の外からの叫びが答えた。
「悪魔が、悪魔があそこに!」
 空中を指してマリーが叫ぶ。バーニングソードを付与した矢でコトセットが狙いをつけようとするが、悪魔の姿が見えない。
「悪魔はあそこにいるのだな!」
 マリーの指さす方向を確認するや、ジャドウはファイヤーバードのスクロール魔法を唱え、火の鳥に変身して空へ飛び立ち、空中の悪魔への体当たりを試みた。
「ぎゃあ!!」
 体当たり成功。透明化して空へ逃げようとした悪魔が墜落し、その姿を現す。悪魔は再び空へ舞い上がろうとしたが、マリウスの剣がそれを許さなかった。剣はまたも悪魔を貫き、悪魔はぞっとする断末魔と共にこの世から消滅した。

●ゴルバス捕獲成功
 クオンは建物の高所に陣取り、逃げる賊に向かって矢を放っていた。元から一人も生かして返す気はない。賊は一人残らずロングボウの矢の餌食だ。
 と、その目にひときわ巨体の賊の姿が映る。あちこちに倒れてうめく仲間には見向きもせず、賊は一目散に逃げていく。
「あれが噂に名高いゴルバスか」
 情けをかける理由などない。ダブルシューティングの技量を生かし、クオンは弓の弦に2本の矢を当てて力いっぱい引き絞り、容赦なく矢を放った。
 矢は2本とも見事、背中に命中。賊は倒れた。ロックフェラーが駆け寄り、剣を突きつける。賊は顔を上げてロックフェラーを見上げた。傷だらけでオーガのように醜い顔──首魁のゴルバスだった。
「賊頭はお前か? お前等の存在は邪魔なんだ‥‥。コマが増えるとテラーズが前線に出てこなくなる。接触が難しくなるじゃないか? お前等には一人残らず消えてもらわなくちゃならないんだ」
「ちくしょう‥‥ちくしょう‥‥」
 屈辱に顔を歪め、体を引きずって逃げようとするゴルバス。ロックフェラーが剣を振り下ろす。刃がゴルバスの右足の太股に、続いて左足の太股に深々と埋まる。殺される獣のような叫びがゴルバスの喉からほとばしる。
「ここか、それとも処刑場か‥‥好きな方で死んでくれ」
 ゴルバスからの返事はなかった。ただ濁った目だけをロックフェラーに向けていた。

 日もだいぶ高くなった頃、警備隊長のバルジャンがゴルバス一味殲滅の知らせを聞いてやって来た。
「ゴルバスの捕獲ご苦労、と言いたいところだが‥‥こりゃ一体何の真似だ!?」
 現場に散らばる死体を切り刻むロックフェラーの姿を見て、バルジャンは気色悪そうに顔をしかめる。
「悪魔が背後にいる以上‥‥殺しただけでは安心できん。バラバラならゾンビ化しても動けまい?」
「まったく貴様らは! それにしてもまたずいぶんと派手に殺してくれたな!」
「ゴルバス一人、生き残ってりゃ十分だろう?」
 バルジャンは辺りを見回し、冒険者の中では一番話のしやすそうなナイトのマリウスを選ぶと、その手に金貨のぎっしり詰まった袋を渡す。
「この度の報酬だ。どうか受け取っていただきたい。君たちの働きには篤く感謝する。ただしこの件については警備隊のメンツもある。どうか大っぴらに公言することは控えて欲しい」
「約束しましょう。我々は悪魔が倒され、人質の子どもたちが無事に解放されればそれで十分です」
「子ども達については、我々が責任を持って親元へ届けよう。君たちは帰って休みたまえ。いい加減、疲れただろう?」
 仕事は冒険者たちからパリの警備隊の手に引き渡された。半死半生のゴルバスは囚人護送用の馬車の檻にぶち込まれてしょっぴかれて行き、子ども達も警備隊の保護下に置かれ、冒険者たちは帰路についた。

●場末の酒場にて
「そうか、ゴルバス一味が殲滅されたか」
 自分の根城にしている場末の酒場で、悪魔崇拝者のテラーズ・ネッツィーがうそぶく。
「まあ、よい。所詮は暴れるだけしか脳のない盗賊だ。それに、こちらにはまだまだ切り札がある。とびきりの切り札がな」
 配下の悪魔崇拝者から報告を受けたテラーズは、だらしなくテーブルに足を投げ出したまま安物のワインをぐいとあおり、傍らにはべるエルフの娘にまるで愛でも語るようにささやく。
「それより、今夜は楽しもう。美しいエルフの姫君と共に」
 エルフ娘の名はデルテ・フェザーク(ea3412)。テラーズの秘密を探るために今も悪魔崇拝者に成りすまして潜入捜査中なのだ。今日も酒場で聞き耳を立てている間に、ゴルバス一味の顛末を聞き出すことができた。
「今までにどういった活動をしてきたのか教えてもらえますか?」
「はっはっは! このテラーズがこれまで為した偉業を語り始めたら、一日二日で語り終えられるものじゃない」
「でも、私は知りたいんです。テラーズさんはどのような目的で悪魔崇拝しているのですか? 私はこの世の知識すべて身に付けたいと思い不老を望んでいます。それに高位デビルの方々の中には様々な知識を授けてくれる方もいると聞き及んでいます」
「ほう、ずいぶんと勉強してるじゃないか。なら教えてやろう。私が悪魔を崇拝する理由は、何物にも縛られることのない絶対の自由を得るためなのさ」
 言って、テラーズはデルテの唇を奪った。
「あっ‥‥!」
「これは君へのプレゼントさ」
「で、でも‥‥私たち異種族なのに‥‥」
「タブーが怖いのかい? 恐れることはない。我々には悪魔以外に恐れるものなしさ。さて、初心者の君にもそろそろ悪魔の儀式を教えてやろう。ついておいで」
 テラーズはデルテを酒場の奥の部屋に招いた。
「‥‥!」
 デルテは息を飲む。部屋には人間の体に山羊の頭を持った悪魔の像が安置され、その像の前で一人の少年が両手を合わせて祈っている。あたかも教会で神に祈るがごとく。
「ネル、新しい仲間を紹介しよう」
「え? このお姉ちゃんが仲間なの?」
 デルテに向けられた少年の顔は、天使のように愛くるしい。
「あ、初めまして‥‥」
 とまどいながらも挨拶し、デルテはふと思い当たる。ネルという名のこの少年、人質に捕らえられたネリーの弟ではないのか? ‥‥恐らくそうだ。
「ネル、新しい仲間に悪魔への祈りを教えてあげてくれ。いつもネルがやっているようにね」
「うん、分かったよ。テラーズさん」
 そこへ、テラーズの配下が慌ただしく駆け込んできた。
「冒険者を名乗る男が店に乗り込んできました」
「え? 冒険者が!?」
 表向き、デルテは警戒する振りをする。テラーズに怪しまれないように。
「小うるさい冒険者なら、私がお相手してあげる!」
「いや、それには及ばない。君はここから立ち去るんだ」
「でも‥‥」
「冒険者のあしらいなら私一人でも十分。それに、美しい君を傷つけたくないからね」
 またもデルテの唇にキスすると、テラーズは裏口からデルテを送り出し、冒険者の前に姿を現した。店を訪れたのはギィだった。
「ほぅ、お前か。この店の場所を誰から聞いた?」
「悪魔が教えてくれたのさ。今日こそは詳しい説明を聞かせてもらおう。『既に限界の見えたこの身を捨て人を超える術』についてな」
「ズゥンビを知っているな?」
 出し抜けにテラーズが言う。
「邪念や怨念が死体に取り憑いて生まれるモンスターか。あれがどうした?」
「分かりやすく言えば、原理はあれと同じだ。ズゥンビはいわば闇の生命を与えられた存在。その体が破壊され朽ちるまで動き続ける。そのズゥンビを生み出す技は悪魔の得意とするところだが、それをさらに高度化した悪魔の技があると聞く。その技は人間の体を悪魔の体に変えるのだ。決して年を取らず、病に冒されることもなく、剣で刺しても炎で焼いても傷つかない悪魔の体にな」
 思わず身を乗り出して聴き入るギィ。するとテラーズはずる賢そうに目を細めて言って。
「その先を知りたいか?」
「ああ、ぜひとも知りたい」
「ならば、私の依頼を受けてくれないかね?」
「依頼の内容は何だ?」
「実は、私はあのヴィンセンスのクソ爺いのところにスパイを送り込んだのだが、そいつの働きが芳しくない。そこでおまえにその代わりを勤めて欲しいんだよ。ヴィンセンスの身近に張り付き、身の回りの出来事を報告し、隙あらばその命を奪う。‥‥おまえに出来るかな?」
 ギィは心の中で逡巡する。この場でどう答えておくべきか‥‥。ややあって、言うべき言葉が見つかった。
「考えておこう。少し時間をくれ」
「よかろう。いい返事を待っているよ」
 テラーズとの会話を終えると、ギィは人目を避けるようにして酒場から抜け出した。