大レストラン繁盛記1

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月12日〜10月17日

リプレイ公開日:2004年10月20日

●オープニング

 ここは、大富豪ダルラン氏のレストラン。以前の騒動も何処へやら、毎日大勢のお客様の舌を満足させて評判は上々、以前の赤字も吹き飛ぶ勢いで、時折様子を見に訪れるオーナー殿の表情も実に朗らか。何処かくすんで見えた店の雰囲気も、今では華やいで見えるから不思議なものだ。
「よお、今日も一日ご苦労さん。で、ちょっと話があるんだが」
 店の一切を仕切っているパラシェフ、ジャン・ピコーに呼び出された従業員達。以前はオーナーへの不満からとんでもない事件を引き起こした彼らだが、今はすっかり気持ちを入れ替えて、毎日コツコツと頑張っている。
「話っていうのは他でもない。お前ら、今年いっぱいでやめてもらうから」
 はい、はい、と話を聞いていた彼ら、ピコーの言葉に笑顔のまま硬直する。
「あああ、あの、それはオオオ、オーナーの意思なんでしょうか」
「いーや、俺の判断だ。けど、もちろんオーナーにも相談したさ。この店の事は君に任せてるんだから好きにしてくれって事だったよ。ああ、後の事は心配しなくてもいい。知り合いに、どうしてもこの店で働きたいってのが何人もいるんだ。もちろん腕の方も俺の折り紙つきという訳でね。まあ、安心して辞めていってくれたまえ」
 わはは、と笑って言うピコーにつられて皆も笑っているが、笑いごっちゃない。
「わ、我々の何処がいけないんでしょうか。精一杯働かせてもらってるつもりですが」
 そう言われてピコー、ふふんと鼻で笑った。
「確かに、お前らは一流の店で働いて来ただけあって技術の方はしっかりしたものさ。けど、一流の使いっ走りなんだよな。言ったことを言われたままに、決まった仕事を繰り返すだけ。名の通ったこの店の中でぬくぬく育って、自分を鍛え上げようってハングリーさも無ければ、何とかして店を良くして行こうっていう工夫も無い。そういう毒にも薬にもならん奴はいらないって事だ」
 きっぱりと言われ、言葉もない彼ら。
「お願いします、この店が好きなんです、もっともっと頑張りますから、どうかこのまま置いて下さい!」
 誰から学んだものか、ジャパンに伝わるという必殺の謝罪術、ドゲザをもって頼み込む皆に、ピコーは「そうこなくっちゃな」と自慢の口髭を扱きながら、意味ありげな笑い。従業員達は知っていた。彼がこの仕草をした後には、決まってとんでもない事を言い出す事を。
「今年一杯、俺は思いつくままにお前らに課題を与える。それを見事達成できたなら、お前達の実力と将来性を認めてクビは撤回しようじゃないか。最初の課題は、もう考えてある」
 ピコーの出した最初の課題とは。
 数日後、東の国境地域でゴブリン達の討伐を果たした騎士達がパリの街に凱旋する。功を遂げた将軍と騎士達を一目見ようと、当日は大勢の人達が集まるだろう。
「店の方は休みだが、こういう時にこそ儲けなくちゃな。そこでお前ら、自分達で何か考えて売って来い。厨房は好きに使っていいぞ。予算はいくらかけてもいいが、赤字だったらクビ確定な。しっかり稼いで来いよ」
 軽く言われ、従業員達は茫然自失だ。
「何か考えて売れって、そんな適当な!」
「私達は口の肥えた方々の舌を如何にして満足させるかを日々考えてる者ですよ? それが軍隊見物の野次馬を相手にしろなんて!」
「赤字だったらクビ、赤字だったらクビ‥‥」
 口々に文句を言う彼らに、ピコーはやれやれと肩を竦める。
「ま、荷が重いっていうなら手伝いを手配してやろう。いいか、これは俺からお前らへの挑戦状なんだぞ。御託並べてる暇があったら見事俺の鼻を明かして見せるんだな!」
 途方に暮れる皆を横目で見つつ、ピコーは明日のメニューなどのんびりと考え始めた。
 しばらく後、従業員の何人かが冒険者ギルドに駆け込んだらしい。

●今回の参加者

 ea1860 ミーファ・リリム(20歳・♀・ジプシー・シフール・イスパニア王国)
 ea2037 エルリック・キスリング(29歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2868 五所川原 雷光(37歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4004 薊 鬼十郎(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea5817 カタリナ・ブルームハルト(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5900 ニィ・ハーム(21歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 ea6894 片柳 理亜(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●屋台は踊る
「‥‥ああ、やっと来てくれた! よろしく頼みますよ。私達もほとほと弱っていまして。もう、何をどうして良いものやら‥‥」
 店を訪れた冒険者達に、従業員達は縋りつく様にして訴えた。
「ふふふのふ〜食の探求家、美食の鉄人、全ての食べ物に通ずる者、このミーちゃんが御意見番としてやって来たのらから、もう安心なのらよ〜」
 ずずいと進み出、胸を叩いて請け負ったのは、ミーファ・リリム(ea1860)。従業員達、どう反応していいものか暫し固まるものの、今は藁にも縋る思いなのだろう、お願いします頼みますと、ぺこぺこと頭を下げて見せた。薊 鬼十郎(ea4004)は彼らの様子を見ていて、なんだか悲しくなってしまった。誰かに何とかしてもらおうという考えが言葉の端々に滲み出ていたからだ。
(「どんな道でも、修行に終りは無いはず。でも、彼らは自ら修行を終らせてしまったのですね」)
 彼らを見渡して、鬼十郎は言った。
「皆さんは幸せ者ですよ。考えてみてください‥‥実力主義の世界で、ピコーさんが今の地位を保守するなら、今迄の貴方達でいてくれた方が安泰なんです。でも彼は貴方達を鍛えようとしている。自分を超えて欲しいと願っての事ですよ。今回は良い機会です。初心に戻って頑張りましょう」
 ええ、そりゃあまあ、と煮え切らない返事を返す彼ら。と、五所川原 雷光(ea2868)が彼らの肩をがっしと掴んで微笑んだ。
「これも貴殿らに与えられた天の試練でござる。しっかりと乗り越え、超一流を目指すでござるよ!」
 実に、腹の底にまで響く雷の様な声だった。
(「こ、この人、黒仏教の僧兵らしいぞ」)
(「げぇっ」)
(「うちは代々ジーザス白一筋なんだ、優しく慈悲深く導いて欲しい‥‥」)
「ん? 何か言ったでござるか?」
 いえ、何でもありません! とハキハキ答える従業員達。彼らには、白い歯を見せて笑う雷光の顔が、腹を空かせて牙を剥く熊の如くに見えたという。

 片柳 理亜(ea6894)は従業員達の仕事中、その接客の仕方をじっと観察していた。ジャン・ピコーは毎日必ず、違ったメニューを盛り込んで提供する。当然、それによってお勧めの組み合わせなど変わってくる訳で、ミーティングの情報量はとんでもない事になっている。だが、食堂担当の給仕達はきっちりそれに対応している。礼儀作法もちゃんとしていて、万事においてソツが無い。理亜は、彼らの事を少しだけ見直したのだった。
「そりゃあ、仮にも一流レストランの従業員だからな。でもあいつら、俺が説明したオレンジソースの説明は一言一句間違えず覚えて見せても、本物のソース舐めて確かめてるのを見た事は一度も無いぜ」
 つまりは、そういう事なのさ、とピコーは肩を竦めた。

「さて、と。出された課題は、凱旋パレード見物のお客さんを相手に食べ物を売って儲けを出せって事だけど、どんな物を出すか、何か考えてある?」
 カタリナ・ブルームハルト(ea5817)が話を振ると、従業員達はきょとんとした表情で彼女の目を見返して来た。
「‥‥あの、そういうのはそちらで考えてくれるのでは?」
「これはあくまで、あなた達に出された課題ですからね。アドバイスやお手伝いはさせてもらいますが、考え決断するのはあなた達でなければ意味がありません」
 エルリック・キスリング(ea2037)にぴしゃりと言われ、不満げに口篭る従業員達。どうやら、冒険者達がお手盛りで何から何までやってくれると思っていたらしい。
「当日の人混み、お祭り気分、屋台、購買層、そういったものを考慮しなければいけませんね」
 ソフィア・ファーリーフ(ea3972)が助言するが、もうひとつピンと来ない様子。
「そうでござるな、まずは食器を用いない事。パンで挟んだ物か、串ものが定番でござろう。それから、冷めても美味しい事。油が白く固まるようなのは論外でござるよ。温かさを保つ工夫があればなお良いでござる。後は、安く、軽い事。小銭で買えて、小腹を満たす程度のものが良いのでござるよ」
 雷光の説明に、うんうん尤もと頷くミーファさん。
「あの、実は自分なりに考えて試作してみたんですが」
 見習いシェフが小皿に盛って出したのは、濃厚なスープをたっぷりと吸った牛肉だった。スープとして出すつもりだったけど、パンに挟んで食べてもおいしい筈ですよ、と彼。早速、ミーちゃん先生の試食が始まる。
「お、おいしいのら〜っ!」
 先生、天にものぼる心地である。
「牛肉のいいところを、香辛料をふんだんに使った特性スープでじっくり煮込んでみました」
 本人ご満悦だが、少し嫌な予感がして来た。それ幾らで売るの? とカタリナに聞かれ、彼は自信満々で言ったものだ。
「そうですね、1Gくらいで売っても儲けが出るかな? かなり頑張りました」
 ミーファが脱力のあまり、ぼてっと地面に落ちる。却下! とカタリナに一蹴され、実に不本意そうな見習いシェフ君。
「高い食材を使って美味しいのは当たり前なのら〜。自分でイロイロ食べてみて、味を判断して料理を作るのら〜。値段は4cぐらいに抑えたいところなのらよね〜」
 言われて、従業員達が青ざめた。
「お、おい、4cだって。そんなんでまともな食べ物が出来上がるのか!?」
「儲けを出すにはそれ以下の値段で作る訳だろ? 無茶だ、不可能作戦だ‥‥」
 ヒソヒソ言い合っている表情は真剣そのもの。
(「なんというか‥‥ 物凄く根本的なところを教えなきゃいけないのかも」)
 理亜、苦笑しながらもパンパンと手を叩いて注目を促す。
「それじゃ、早速作業に入りましょうか。当日までの間も、考えたものを売りに出してみて、お客さんの反応を見る事にしようと思います。そこでなんだけど、競争してみない? 2組に分けて、売り上げ勝負」
 あはっ、と少し照れながら言う彼女に、言葉を失ったまま口をパクパクさせるばかりの従業員達。いや、それは‥‥ とようやく声を搾り出すと、理亜は目頭を押さえ、溜息交じりに首を振って見せた。
「とうとうあなた達もクビに王手、か‥‥」
 脅しだ。脅迫だ。 
「あ、負けた方が両方の後片付け担当ね。お互い頑張ろう」
 にっこり微笑んで、手を振る理亜。
「はい、もう決まったんだからうだうだ言わない! 僕と一緒に特訓だっ!」
 A班に振り分けられた面々は問答無用で、鬼コーチカタリナに引き摺られて行くのだった。

 A班。
「これ、美味しいですね。大丈夫、これだけ美味しいものが作れるんですもの、工夫すれば安くて美味しいものもちゃんと出来ます」
 サーラ・カトレア(ea4078)に励まされ、落ち込んでいた見習いシェフ君、俄然やる気になった。A班の売り物は具材を挟み込んだパンという事になって、それに向けて準備が始まる。高価なスパイスを比較的入手し易いハーブで代用したり、肉を屑肉にして、その代わり仕込みに手間をかけてみたり。雷光は試作品が出来上がると決まってすぐには食べず、暫く放置して冷ましてから試食を始めた。実際に食べる状況に合わせているのだ。冷めると肉が固くなるとか、パンが水分を吸って不味くなるとか、彼の指摘はなかなかに手厳しかった。
「本当は野菜も一緒に挟みたいんだけど‥‥」
 見習いシェフ君、エルリックをちらりと見やる。
「野菜は値段に響きますからね。なかなか安くならないし。予算はまあ、こんなところでしょうか」
 提示された額を見て見習い君、肩を落とす。
「‥‥確かに厳しい額だけど、市場を丹念に歩けばきっと何とかなりますよ。大丈夫、私が安くて質のよい野菜を見つける秘伝の方法、みっちり仕込んであげますから」
 はは、と引き攣る従業員一同。
「あ、ちょっとあんた、何で片付けてんだよ。これから色々試さなきゃならないんだから、もっと屑肉仕込んでおいてくれなきゃ困るじゃないか」
 咎められたエルリックは、不思議そうな顔で従業員をじっと見た。
「でも、私はここにある肉の仕込みを手伝ってくれといわれただけですから」
 それにしたって聞くとか何とか、やり様があるだろうが、とぶつぶつ言う彼ら。澄まし顔で愚痴をスルーするエルリックに、カタリナが苦笑いをして見せた。
 一方B班には菓子職人が入っていたので、何かお菓子を作ろうという事になった。だが、何にするかがなかなか決まらない。
「まずは、何でもいいから思いついたものを売ってみればいいと思いますよ。街頭に出てみれば、そこで分かる事もある筈ですから」
 ニィ・ハーム(ea5900)の助言を受けて、彼は小麦と砂糖を使ったお菓子を作る事にした。少々値は張る事になるが、甘いお菓子は常に庶民の憧れの存在。きっと売れる筈だった。

 しかし。初日の売り上げは惨憺たるものだった。しかも、冒険者達の顔は皆険しい。特に理亜は、ひどく腹を立てていた。
「売り上げも売り上げだけど、最悪なのはあの接客。仮にも接客が仕事の人も居るっていうのに、どうしてなの?!」
 彼らは集まるのがお金も持たない子供や露骨な冷やかしばかりだと分かると、ぞんざいな対応しかしなくなってしまったのだ。結果、せっかく買ってくれた人が適当にあしらわれて不快な思いをするという、最低な事になってしまった。
「例え美味しい料理に満足出来たとしても、貴方達の接客態度次第ではその満足を台無しにしかねません。身分は関係無く、全てのお客様に心を込め、料理以外でも満足して頂くのが貴方達の仕事なのです!」
 きつく言われ、俯く彼ら。
「誇りを持つのは良い事です。でも、驕りは良くない。驕りは怠慢を生み折角の才能を自ら腐らせます。才能有るが故、そうして消えていった者は少なくないのですよ」
 鬼十郎の言葉は、きっと耳に痛かった事だろう。
「お客さんの立場になって考える事。それが奉仕というものではないかしら。売ってやってるんだ、なんて相手に思われて買い物したくないですよね。反対に、自分がされたら嬉しい事は、誰にしてあげても嬉しい事なのではないかしら」
 ソフィアが諭す様に言う。しかし彼らのプライドが、なかなか素直に言葉を容れない。
「それを言うなら、エルリックとかいう奴だって‥‥ 屋台の準備をしてくれって言ったら本当に準備だけして帰ったんだぞ? そりゃ確かに準備自体は完璧だったが、彼が呼び込みのひとつも手伝ってくれれば、もう少しはマシな結果に‥‥」
 自分で言っていて不毛だと思ったのだろう、彼は首を振って話を変えた。
「とにかく、ああも売れないんじゃ張り合いも何も無くて‥‥ 食べてさえくれないんじゃ、どうしようもない。そうだ、店の名前を出せばいいんじゃないかな。うちの店が屋台を出してるなんて分かったらきっと評判になるよ。そうしたら売り上げだって‥‥」
 そうだそうだ、と賛同する従業員達に、鬼十郎が首を振った。
「この屋台のオーナーは、ダルラン氏ではありません。皆さんが屋台のオーナーなんです。それを忘れないで下さい」
 ぐ、と言葉に詰まる彼ら。
「みんな、有名店の従業員としてのプライドは持っているけど、料理人としての心は置き去りにしているようだね。売れてないから店の名前を出すなんて自分のプライドと店の名誉を一度に傷つけるような真似、僕だったら出来ないよ」
 カタリナに言いたい放題言われて、従業員がキれた。
「ど、どうしてそこまで言われなきゃならないんだ!」
「レストランにどうしても勤め続けたい、と言ったのは嘘だったんですか?」
 ソフィアに言われ、従業員達は項垂れてしまう。
「皆さんは、何故この仕事を選んだのですか? その頃の貴方が今の貴方を見たら、どんな顔をするでしょう。一晩、よく考えてみて下さい」
 冒険者達から厳しく叱責された従業員達は、鬱憤を溜め込んだまま翌日の仕込みに取り掛かった。と、寸胴を一個だけをピカピカに洗って、そそくさと帰ろうとしているエルリックの姿を見出し、とうとう彼らの怒りはとうとう爆発した。
「あんた金貰って来てるプロなんだろ? もっとこう、何ていうのかなぁ、やり様ってものがあるんじゃないのか!?」
 怒鳴られても彼はすまし顔のまま。煩そうに相手を見やると、呆れたと言わんばかりの体で言った。
「そんな事言ってる間に、あなた達がやればいいじゃないですか。せっかくこうして手伝っているのに文句ばかり言われたんじゃ、やる気も無くなるってものですよ」
 ふざけるな、と反論しようとした従業員達は、しかし、その言葉を吐けなかった。何故ならそれは、酷く誇張されているとはいえ、自分達の姿そのものだったからだ。

 翌日。従業員達はバツの悪そうな顔で、冒険者達の前に現れた。そして、ただただ頭を下げる。そして黙々と準備をし、今日も売りに行った。やっぱり客は少ない。でも。
「さあさあ、新しい創作お菓子だよ、しっとりほわほわ、甘くて美味しいよ!」
「甘いよ、美味しいよ!」
 ニィが屋台の前に立って客引きをするのに合わせ、従業員達も声を出す。甘い香りが辺りに広がり、ミーちゃん先生がとてもとても美味しそうにお菓子をパクつく。そうする内に、だんだんお客が寄って来る。買おうという人も現れる。
「この菓子だけど、焼きがどうも難しいんだ。そこで、特製の焼き器を作ってみた」
 菓子職人氏が考案した一度に5本ほどお菓子の焼ける特製器具は、ふっくら均等に焼けて実に具合が良いものだった。買ってくれるお客がいれば、張り合いも出て工夫を凝らす余裕も出てくる。
「もう少し甘みが強く、ふわっと感があった方がいいみたい」
 ニィはこっそりリシーブメモリーでお客さんの声を聞く。改良に改良を重ねて、明日はもっと美味しくなる筈だ。パンの方もみんなで考え、野菜の方もハーブで漬けるアイディアが生まれた。
「うむ、おいしいでござる」
 パンにかぶりつき、にかっと笑って答える雷光。
「また食べたくなる味ですね」
 サーラが言うと、見習い君は嬉しそうに頬を赤らめた。
「ところで、今回はゴブリン退治の将軍の凱旋という一種の祭りでござる。この合言葉を元に、それを連想させるものにしてはどうであろう。例えば‥‥」
 そして、凱旋の日はやって来る。

●凱旋の日
 準備は朝から始まった。屋台は2箇所、南門近くと、城の正門近くに陣取った。朝からぱらぱらと人が集まり始め、昼前には何列にもなる人の壁が出来る程に、大勢の野次馬が集まっていた。人も大勢、商売敵も大勢集まっての賑やかな祭りが始まる。満を持して、屋台は営業を開始した。
「食べて退治だゴブリンサンド! しゃきしゃき野菜にジューシーお肉、美味しいよっ!」
 可愛くデフォルメしたゴブリンの顔のパンを割って、ハーブに漬け込んだ野菜とコトコト煮込んだ肉を挟んだゴブリンサンド。煮込み続ける寸胴から漂う匂いがお客を呼んで、子供は無邪気に喜んで、大人はちょっと面白がって、空いた小腹を埋めるのに買っていく。
「お、美味いなこれ」
 何気なく聞こえてくる、そんな言葉がやけに嬉しい。
「店でも、いつも聞いていた筈の言葉なのにな。なんだか、全然違って聞こえるよ」
 忙しく働きながら、見習い君が呟いた。
「甘くて美味しい創作お菓子だよ、しっとりほわほわでほっぺが落ちるよ!」
 ニィが楽しげにオカリナを吹き鳴らすと、子供達がわっと集まってくる。甘い香りは無敵の武器だ。
「遅れてすまない、材料は足りてるか!?」
 屋台の間を駆けずり回り、仕入れと仕込みを切り回すエルリックとサーラ。
「さあ、手の空いている人は売りに回ろう! 今の内に稼ぐだけ稼いでおかなきゃね!」
 てきぱき準備を進めるカタリナに、少々引き攣る従業員達。
「待ち構えるだけが、商売ではないですよ」
 ソフィアの言葉は穏やかだけれど問答無用だ。
「が、頑張ってサクラをするのらよ〜」
 大きなお腹を抱えてふうふう言うミーファさん。
「いくらなんでも食べすぎだって。でも、何とかなって本当によかった」
 ゴブリンサンドをぱくつきながら、ほっと一息入れる理亜。通りすがりの野次馬が、特徴的なその形を見て、屋台は何処だと探し始めた。
「おお、将軍一行のお出ましだ!!」
 観客達の期待に応えるように、ゆっくりと、あくまでゆっくりと行進する騎士達の列。ピカピカの鎧はこの日の為に磨き上げていたのだろう。彼らにとっても一世一代の晴れ舞台。胸を張り、誇らしげに通り過ぎて行く。
「さあ、最後にもう一稼ぎだ!」
 カタリナが檄を飛ばす。黒字確保の目標は、無事達成できそうだった。

 ソフィアはお菓子とパンを持って、レストランへとひとり戻った。店一軒切り盛りするとなれば、休日にだって仕事はある。
「ふん。ひどいもんだな。実にひどいもんだ」
 散々に言いながら、ピコーは満面の笑みを崩さぬままに、両方ともぺろりと平らげてしまった。
「難問にあるあなたの厳しさと優しさ、そのうち彼ら従業員の皆さんが自発的にその意図を汲み取るぐらいに教育してみせますよ」
 飲み物を出しながら言う彼女。
「んん? さてはて何の事だか」
 ピコーはすまし顔で、知らん振りをしていた。