●リプレイ本文
●応援
「と、いうわけで、無理を言って忙しいお父様に時間を空けてもらったんだから、みんなしっかり頑張ってよね! 失敗したら僕も恥かいちゃうんだからねっ」
ユニット君の檄が飛ぶ。オーナーを招いての祝いの席は、従業員達に与えられた最後のチャンスとなった。彼らは普段の営業もこなしながら、空いた僅かな時間を遣り繰りして、お祝いの準備を進めている。
深刻顔で打ち合わせをしている彼らに、イルニアス・エルトファーム(ea1625)が声をかけた。
「いっそここは、クビがどうこうという事は忘れて、純粋にダルラン氏の誕生日を祝うことを重視した方がいいのではないか?」
え、と答えに窮した従業員達。
「日頃お世話になっている方なのだろう? どんなに厳しい人物でも、心から祝ってもらうのは嬉しい筈だ。もてなしに大切なのは、料理の腕ばかりではなく、相手を楽しませよう、喜ばせようという心だと思う」
顔を見合わせる彼ら。もちろん、相手を思う気持ちの大切さは彼らがこれまでの試練で痛感した事だったのだが、改めて言われてみれば、目先の事に振り回されていた自分に気付く。
「‥‥そう、ですね。そうですよね」
見習いシェフ君が、照れ隠しに頭を掻く。彼らはまだまだ発展途上だ。
「でも、最初に会った時よりもやる気も根性も大違いだよね。あたしが見ててもそう思うんだから、きっと二人にもそれは伝わるよ」
片柳理亜(ea6894)の励ましに、素直に嬉しそうな彼ら。
「それじゃ、ダルランさんを満足させられるように頑張ろー!」
理亜の音頭で、おー! と気勢を上げる。この、ある意味少々お調子者な彼らの性質は、良い方向に働いていると言えるだろう。
「ところで確認の為に聞くのだが、誕生日祝いを店の経費でしようとは思っていまいな?」
五所川原雷光(ea2868)の突っ込みに、きょとんとしているヒラと見習い。ぎくりと目を逸らす主任クラス。前者は全然考えていなかった、後者はどうしたものか悩んでいたのだろう。ここで扱っている食材は、腰が抜ける程に高価なものも少なく無いのだから。え、お金なら僕が払うよ? と言い出すユニットを宥めながら、雷光は言った。
「ここは少しづつ皆で出し合って、そのお金でオーナー殿をもてなそうではないか。拙者の報酬からも少し引いて良いでござるから」
確かに、その方が趣旨には合っている。従業員達、幾ら出せるかヒソヒソやり始めた。彼らの場合、せいぜい数Gづつといった所だろうか? 見習い君などはそれも怪しい所だが。
「坊ちゃんには、皆と準備を手伝って欲しいでござる。坊ちゃん手ずから準備したとなれば、きっとお父上も喜んでくれるでござるよ」
「そう? うん、分かった、じゃあそうする!」
にぱっと笑って答える彼。雷光も自然と笑顔になる。
「ところで、ダルランさんって、どんな料理が好みなの?」
「そうですね‥‥ オーナーは確か、魚貝料理が好きだと言っていた様な」
理亜の問いに、従業員達が答える。そうなんですか? とニィ・ハーム(ea5900)が、ユニット君に話を振った。
「うーんと、そうだね。お魚が好きだよ。パリで食べるお魚は鮮度が悪いってよく文句言ってる」
「で、で、どんな魚が好きなんですか?!」
従業員達、一斉に身を乗り出し頭をぶつけて屈み込む。タンコブと引き換えに、ダルランの白身魚好きが判明。なんとか取っ掛かりを掴む事が出来た。
「‥‥今まで色々な手段を講じてきたが、相手は実業家。生半可なものでは興味も引けないだろう。ならいっそ、君達の力量の程をしっかり見せてみるのもいい。そこで、だ。ひとつ提案がある」
キース・レッド(ea3475)に全員の視線が集中する。
「かのアレックス・バルディエの家臣、ジャン・タウラス領は知ってるかい? そう、君達が失敗したトリュフの原産地さ。そっちに関わってる悪友からの情報でね。どうだい? トリュフ料理に挑戦してみないか?」
ぴくっと眉毛を引き攣らせたのが、トリュフで失敗した彼に違いない。他の者達も顔を見合わせるばかりで言葉が無い。
「開き直るくらいでいいんだ。ふてぶてしさ、肝の太さが足らないのさ、君達は」
ずばり言われて、ますます無言。
「まあ、この程度の試練を自身に課せないなら道は一つさ」
立ち去ろうとするキースを、見習い君が呼び止めた。
「やって‥‥みます。いえ、是非ともやらせて下さい。これでも、少しは勉強もしました。きっと上手に使ってみせます」
馬鹿、何を言ってるんだ! と仲間から揉みくちゃにされている見習い君に、そうこなくっちゃな、と笑うキース。
「しかし、トリュフは希少な食材といいます。相当な高額になるのでは? 付け焼刃で使うにはあまりに‥‥」
言いかけた主任を、ミーファ・リリム(ea1860)がちっちっち、と指を振りながら制した。
「今までの事で、みんな料理の何たるかが判った筈なのら〜。これなら、高価な食材を使っても、それに頼ったつまらない料理は作らないと思うのらよ〜。『パリの食通』ミーちゃんが保障するのら〜」
「料理法ぐらい、知らなくても自分で見つけ出すくらいのつもりでいればいいのさ。フ‥‥資金は俺が出そう」
おお! と従業員一同が驚きの声をあげる。
「小細工は無しだ。最後は派手に行こうじゃないか。自分達で食材を見極め、自分が今出せる最高の一品を提供するんだ。僕らが裏方として、君たちの手足となって食材を調達しよう」
盛り上がる従業員達に、ミーファもうんうん、と満足げに頷く。
(「みんながクビになってしまったら、『レストラン顔パス』の野望が消えてしまうのら〜。それだけは断固阻止するのらよ〜っ!」)
彼女の、心の叫びはさておいて。
「皆でお金を出し合って、ダルランさんの為の料理を作る‥‥これは良いプレゼントになるよね。自分の為の料理でお祝いされたら、あたしは絶対嬉しいもの」
理亜がしみじみと語る。雷光とキース、カタリナ・ブルームハルト(ea5817)と彼女も幾らかのお金をカンパして、材料費の足しとした。ガゼルフ・ファーゴット(ea3285)はやはり自腹を切って、見習い君や菓子職人と何やら話し合っている。
「どんな料理ができるのであろうな」
「僕は、最初の屋台で作ったお菓子とパンをもう一回食べたいな」
カタリナはその味を思い出しながら、夜が更けるのも忘れて頑張る従業員達の姿を感慨深く眺める。最初の頃の姿と今の姿を思い比べてみれば、まるで別人の様だ。
「睡眠不足と忙し過ぎはヘマの元だよ、あんまり根を詰めないで。普段の仕事が疎かになる様だと、本末転倒なんだからね?」
心配した響清十郎(ea4169)が、声をかけて休ませようとする程で。しかしそれは、追い詰められて必死になっているというのとは、少し違う様だった。勿論、内心の焦りはある筈だが、そうしている彼らは真剣で、そしてとても楽しそうなのだ。
「辞めないでいられるといいね」
そう言ったカタリナに、イルニアスは、
「一人前と認められた時、それは一人立ちする時でもある」
と呟いた。
「しかし、解雇の件は全てピコー殿に一任だったはず。ダルラン殿が今更口出しするとは思えぬのだが」
「あ、そうか。何か、ずーっと引っかかってたんだよね」
雷光の疑問に、理亜も頷く。
「ユニット君は全てをダルラン氏に話したのでは無い様子。意図を隠さねばならない話でもないでしょう、私から一度、ダルラン氏に事の次第を話しておきます」
マリウス・ドゥースウィント(ea1681)が申し出てくれたので、その件は彼に一任される事になった。
「彼らとの付き合いは短い私ですが‥‥ 不安な状況ながらも頑張る姿を見れば、応援したい気持ちにもなります。空回りしかけているなら、正してあげなければね」
●準備
この週、レストランには昼と夜の2回、三味線の演奏が流れる事になった。吟遊詩人のオレノウ・タオキケー(ea4251)が申し出た事だ。
(「大事なお祝いの会らしいから。しっかり空気を掴んで盛り上げなければ」)
そんな事を考えて、ここがどんな店なのかを掴んでおこうと考えた訳だ。以前、彼がこのレストランを訪れたのは、モンスター騒動で店が大混乱している最中。その時から比べれば、店の空気は見違える様だ。客が増えたのもあるだろうが、働いている人間の顔が違うからだとすぐに気が付いた。
(「あのダメっぽかった従業員達が、変われば変わるものだ。私も最近は妙な依頼ばかり受けていたせいで、ギルドに行っても真っ先にその手の依頼を勧められる始末。ここいらで奮起して、そういう根も葉もない噂を払拭しなければっ」)
べべん、と一掻き。この店の客のグレードは総じて高い。昼間は文化人に芸術家、夜は気ままな貴族が訪れたりもする。戦いによって大勢の宮廷料理人が野に下り、巷の食に洗練された技巧が流れ込んではや幾年。こんな店が成り立つのだからこの国も大したものだ。
オレノウは、演奏で客を楽しませつつも、それが料理を邪魔しない様に苦心した。客は皆、演奏を喜びながら、料理を楽しみ、会話に花を咲かせている。
(「料理長無しでここまで皆を喜ばせているなら、従業員達はもう一人前と思えるがなぁ」)
目の前を行き交う料理の芳香に、お腹が鳴りそうで冷や汗ものの彼である。
「オーナーや料理長が、みんなに何を求めているか、ですよね」
それは、最初に言われた事を思い出してみれば自ずと分かると思います、とニィは言った。
『言ったことを言われたままに、決まった仕事を繰り返すだけ。名の通ったこの店の中でぬくぬく育って、自分を鍛え上げようってハングリーさも無ければ、何とかして店を良くして行こうっていう工夫も無い』
それが、最初にジャン・ピコーから投げつけられた評価だった。その時は反発を覚えた従業員達だが、今になって思えばまさにその通り。実に的を射た指摘だったのだと赤面する他無い。
「見逃さず、常に工夫し、恐れない」
見習い君は、短い言葉で端的に表現し、
「‥‥難しいなぁ、凄く」
そう言って、困った風に頭を掻いた。そして、ピコーをして「生涯勉強の連続だ」と語っていた事を思い出す。難しいのは当たり前、そこに向かっているかどうかなのだと思い至り、見習い君、顔を真っ赤にして額を叩いた。
「まあ、当たって砕けるしか無いって事だろうなぁ。びびって腰が引けてるのだけは、見られない様にしようや」
ぽん、とその肩を叩き、溜息交じりに言った菓子職人。その後ろで、ガゼルフが会心の笑みを浮かべていた。
「よし、頑張らなくっちゃ!」
吹っ切れた風な見習い君に、ニィも嬉しそうに笑っていた。
●面会
マリウスは、手順を踏み、事前に連絡を取った上で、ダルランのもとに足を運んだ。
(「意外に‥‥趣味の良い調度だな」)
案内をされながら、何気に失礼な感想を抱くマリウス。パリの一等地に構えられたダルラン商会の事務所は、小ぶりでありながら地味に高級なもので埋め尽くされていて、冒険者が足を踏み入れるのは憚られる様な、そんな空気を醸し出していた。食材の交易を主な仕事にしているという事だが、相当に儲かっているのは確かな様だ。
「ユニットからの依頼を受けているそうだな。私は忙しい。用件は端的に頼む」
ダルランは会ってこそくれたものの、何かの書き物をしていて目も上げない。なるほど、とっつき難い人物だ、とマリウスは心の中で苦笑する。
「貴重なお時間を頂き、ありがとうございます」
それでも礼を尽くした上で、話を切り出した。
「レイノー氏の一件で、レストランの方々と知り合いました。ダルラン殿は今月が誕生月だとか。お祝いが催されるという事で、ご子息からの依頼を受けています。店の方々も随分と熱心に準備をしているようです。まるで、それに自分の将来が関わっているかのように‥‥」
端的に、と言ったにも関わらず遠回しな言い方をするマリウスに、顔を上げ、眉を顰めるダルラン。不愉快さを隠そうともしなかった彼だが、暫くして、彼の意図を察した様だ。
「あの馬鹿どもは、また何ぞろ下らん心配をしているのか」
その、呆れた様な表情を見て、マリウスは何の心配も無い事を確信した。
「差し出がましい事を致しました」
頭を下げ、下がろうとした彼を、ダルランが呼び止めた。
「祝いの話は、保身の為に従業員達が、息子に意を含めて言わせたという事か?」
「いえ、店の者のうろたえぶりを見かねての、ご子息の発案のようです。将来が楽しみですね」
微笑むマリウスを見据えていたダルランだが、言葉に嘘は無いと分かったのだろう。そうか、うむ、そうか、と表情を弛めたのだった。
●調達
トリュフを無事調達し、戻って来たキース。しかし彼は苦笑いだった。
「たったこれだけで18Gも取られたよ」
ほえ〜! と黒い塊を突付きながら驚くミーファ。個数にして20個ほど。全部合わせても、せいぜい彼女と同じくらいの重さだろうか。採取したばかりの最高級品だから、決してボッている訳でもないのだが。
「これがトリュフかぁ」
その奇妙な見た目、強い香り。礼を言うのもそこそこに、従業員達は食材に寄り集まってやいやいと話し合う。
「ちょうど今頃までが黒トリュフの旬なんです。やっぱり新鮮さは最大のご馳走ですよね」
ほう、詳しいな、と感心するキースに、本の受け売りです、と恐縮する見習い君。
「これは、生で食べるのが基本みたいです。薄くスライスして料理にかけて、その香りを楽しむとか。当然、スライスしたての方が香りが強いので‥‥」
「我々がテーブルでやった方がいいのか。うむ、分かった」
食堂係が集まってミーティング開始。
「生で使うだけか?」
キースの少し意地悪な質問に、
「魚料理のソースに使おうと思ってます。臭み消しになる筈なので」
大真面目に答える見習い君。その様に、キースが笑う。頑張れよ、と声をかけた彼に、従業員一同が、有難うございます、と頭を下げた。
一方、清十郎とカタリナは調達係を連れて、最も近い漁村へと向かっていた。
「もう少し早い季節ならタラが最高に美味しいんですが‥‥今回はシタビラメで行こうという事になりました」
調達係が2人に説明する。ドーバー海峡の近辺は、美味しいシタビラメが獲れるので有名なのだ。ダルラン商会は日々魚を仕入れているから、わざわざ冒険者が出張らずともそれを買い取ればいいのだが、出来る限り新鮮なものを使いたいというのが、今回従業員達の望みだった。となれば、馬に慣れた者が駆けるしか無い訳で。
調達係は漁村に到着するや、体を休める時間さえ惜しんで漁師のもとを回り、良いシタビラメが上がったら見せて欲しいと頼み歩いた。まだ暗いうちに起きて出漁を見送り、帰って来たところに突撃して交渉、良いものを片っ端から買い上げて行く。その行動力たるや、冒険者たる2人が唖然とする程だ。
「いいものが手に入りました、塩漬けにしてあります」
手渡された食材を受け取り、清十郎とカタリナは馬を飛ばした。調達係は念のため、軽く干物にしたものを持って後を追う。お願いします、と頭を下げる彼。
「任せといて!」
飛ばしに飛ばす清十郎、急ぎに急ぐカタリナ。それでもおよそ1日の距離。天の恵みか、幸いにも寒い日だった。
「また、妙な事を始めたなぁお前らは」
戻って来た料理長ジャン・ピコーは開口一番、従業員達にそう言って肩を竦めて見せた。
「あ、あの、我々は‥‥」
緊張の面持ちで聞く主任。ピコーはトリュフをひとつ摘み、その香りを一頻り楽しむと、ふむ、と息をついた。
「まあ、始めた事は最後までやれ。ちゃんと見ていてやるから、心配するな」
言ったかと思うと、それじゃあ俺は人使いの荒いオーナー殿にご報告だ、と、そそくさといなくなってしまう。
「‥‥」
またもや聞き損ねてしまった彼ら。もっとも、日取りは翌日に迫っている。今更もう、逃げも隠れも出来なかった。
翌、早朝。到着した清十郎とカタリナを、従業員達が出迎えた。馬も彼らもヘトヘトで、荷物を渡し、戦友たる馬に水と飼葉をやった2人は、ぶっ倒れて眠り込んでしまった。その、大切な食材を確認し、頷き合う従業員達。
陽が上がってからやって来たユニット君は、サイラス・ビントゥ(ea6044)と共に食堂の飾りつけを始めた。
「坊ちゃん、高いところの飾りつけをやってみますかな?」
肩車をして、ユニットを持ち上げるサイラス。ユニットは大喜びだ。
「高い! 凄い! おじさんありがとう!」
「何、容易い事。カツドンカツドン‥‥」
謎の言葉を呟きながら彼も作業に励む。飾りつけが終わると、テーブルの準備。ユニット君もテーブルクロスやら花瓶やら抱えてあっちに行ったりこっちに行ったり。セシリア・カータ(ea1643)に手伝ってもらい、大騒ぎをしながら次第に準備を整えて行く。厨房からは、えもいわれぬ香りが漂っていた。
そして、昼過ぎ。ダルランが妻と親類を連れ、ピコーを従えて店の門を潜った。
●祝いの席
「お父様、おめでとう!」
ユニット君の音頭で、杯が空けられ、親族一同からダルランに次々と祝いの言葉が贈られた。厨房で従業員達の為に演奏していたオレノウは、呼び出され、食堂での演奏を求められた。
「お前ももう歳だな。そろそろ体も辛かろう、引退はいつだ?」
「黙れ、お前とて似たような歳ではないか」
言いたい放題の親族と、いつもニコニコしている奥さん、そして子供。ダルランは案外と、家族運は良いと見える。
「余りもので申し訳ないのだが」
サイラスが持参した羽根付き帽子と豪華なローブを、ダルランは「うむ、気を遣わせたな」と快く受け取った。
「見ろ。人の祝いにはこうして土産のひとつも持ってくるものだ。それを手ぶらで家族一同、子供まで連れて来おってからに。タカる気満々ではないかあさましい」
「やかましい、そちらこそこれみよがしに呼びつけおって。顔を出しただけでも有り難いと思わないかこの罰当たりめが」
自分の贈り物で毒舌合戦が始まってしまい、サイラスも困り顔だ。
「もう、お父様も叔父さんも止めてよね。これは僕が主催のお祝いなんだからねっ」
むくれるユニット。
「うむ、坊ちゃんの言うとおり。せっかくの祝いの日に言い合うのも馬鹿らしい。従業員達が日頃の感謝を込めて作った心尽くしの料理を楽しもうではありませんか」
運ばれて来る、幾つもの皿。焼きたてのパン、鮮やかに茹で上がった春先の野菜、早馬を飛ばして運んだ新鮮な魚をさっとソテーしたシンプルな料理に、黒トリュフから取った香りのソースをたっぷりかけて。
「おお、これはこれは‥‥ まるで王侯貴族の食事だな!」
給仕にトリュフを散らしてもらい、大喜びの親族達。反面、ダルランとピコーは黙々と料理を口に運ぶ。皆、綺麗にたいらげているのだが、清十郎は見ていてもう、気が気では無い。
「これなら、自分が戦ってる方がずっとマシだよ‥‥」
思わずそんな事を言ってしまう程だ。
「どうですかな、彼らの料理は」
サイラスが、ピコーに聞いた。
「ん、まあ、なかなか美味いよ。使えるとなれば何でもゴテゴテと入れたくなるものだが、むしろ淡白に纏めているな。悪くない」
うむ、うむ、と大きく頷き、サイラスは語る。
「屋台で勝負を挑まれた時、彼らは『どうやれば売れるか、おいしく食べてもらえるか』と創意工夫に励んでおった。そういう積み重ねが、今こうして形になっておるのだろう」
そして、一通り食事が終わると、その後は軽食をつまみながらの雑談会となる。そこに現れたのは、体がすっぽり入る大きい白い巾着袋に、丸く黄色い帽子を着用して現れたガゼルフ。これがキビダンゴだという事は、ジャパン文化についてよほど精通している者でなければ分かるまい。子供達にとっては面白そうな怪人以外の何者でも無い訳で。
「へんなやつ! へんなやつ!」
「これでも食らえっ」
殴られたり蹴飛ばされたり。まあちょっと痛いだけだが、精神的に結構大変。耐えるんだキビダンゴ!
「今日はオーナーのもとで働く店の従業員達がどれだけ腕を上げたかを見るために、以前屋台で売った『きびパン』を作ってもらった! でも、ただのきびパンじゃないぞ、自分なりに改良を加えた『オリジナルきびパン』だ!」
用意されたパン2種類に、ほう、と見入る親族一同。
「これが俺の作った『きびパン・プロトタイプ』。こっちが従業員の人たちが作った『オリジナルきびパン』だ。取り合えず、食べてやってくれ」
皆が食べている間に、ガゼルフも一口頂く。自分のプロトタイプは‥‥うむ、なかなか。菓子職人が作ったオリジナルは? 食べてみればそれは、サクサク生地に中身のクリームがしっとり。
「こ、こんなのきびパンじゃないやい‥‥」
がっくりと落ち込むガゼルフ。まあしかし美味なのは確かだ。
「ほう、これはなかなか」
「面白い工夫がされているな」
親族からもなかなか好評。目的は果たせた訳だ。
「ねえ変な人〜、これはなに〜?」
「ん? ああ、これはチーズを使ったデザートなんだ。美味しいぞ! ポイントはきびだんご型な事かな。たくさん作ったからどんどん食べろよっ」
「もしかして、きびだんご型って丸いだけ?」
「手抜きだ手抜きだ〜」
う、うるさい、文句は食べてから言えってんだ! と大人げなく怒る様も、子供達を大いに喜ばせた。正式な食事としては少々気安過ぎる感のある蒸気パンと煮込み肉サンドも、こういう軽食には持って来いだ。
手伝いに奔走していたカタリナは、こっそり分けてもらったサンドとパンで休憩タイム。
(「あ、煮込み肉に少しだけクリームがたらしてあるんだ。味がまろやかになって美味しいね。蒸気パンは‥‥何だろう、何かの果物の匂いがする」)
それは従業員達の成長の証。以前食べたものとは違う味。喜ばしく、そして少し寂しかった。
「オーナーに料理長、よっく聞くのら!」
ばばん! と会食の席に現れたミーファさん。二王立ちでビシッとダルランを指差した。
「たくさん食べて分かったらよね? パリに知れ渡る食通で、極食会の一員でもあるミーちゃんがオススメのこのレストランの従業員、簡単に首にしちゃって良いのらかね〜?」
反応無し。
「ミーちゃんも極食会もしらないらか〜? そんなんじゃ、流行についていけないのらよ〜。ミーちゃんがしっかり教えてあげるのら〜っ!」
腕組みをして、鼻息も荒く言い切る彼女。
「ダルランさん、皆良い感じに変わりましたよね? 最初はただ課せられた作業をこなすだけだったのに、今ではやる気も向上心も思いやりもいっぱいで、楽しく働いてます。確かにまだ未熟な所はあるかもしれませんけど‥‥皆まだまだここでの修業が必要なんです! レストランからクビにしないであげて下さい、お願いします!」
理亜も飛び出し、深々と頭を下げる。姿を現した従業員達は、目を潤ませて嘆願する。
「今日の準備をしながら、ずっと考えてました。やっぱり料理が好きで、この店が好きなんです。辞めたくないって思いは強くなるばっかりで‥‥新しく入る人達の下でも構いません、どうか続けさせて下さい」
ふん、と眉毛を吊り上げるダルラン。
「人の祝いの席で、随分と押し付けがましいのだな」
厳しい言葉に、従業員達、青くなる。が、その時ピコーが、くっ、と声を出して笑った。
「あーダメだ、もう我慢できない。あのな、誰もお前らをクビにするなんて、一言も言ってないだろう?」
へ? と間の抜けた声を出す従業員達。ミーちゃん先生も理亜さんも、きょとんとしてピコーを見るばかり。
「でも、あの、『思い切って決めた』とか『まだ若いんだから新しい道を探るのもいいだろう』とか、言っていたと‥‥」
ぽかんとしているユニット君を見遣って、なるほどな、とダルランが呟いた。
「粗忽者め。それはピコーの事だ」
言われて益々、呆然とする従業員達。
「オーナーに頼んで、後援してもらう事になったのさ。世の中にゃまだ俺の知らない食材やら調理法やらがゴロゴロしてる。それを見つけて紹介して、可能ならこの国に持ち込んで‥‥ ノルマンの料理文化ってやつを、正真正銘、何処にも負けないものにしたいんだ。尤も、俺ひとりで出来る事なんざ知れてるだろうが、東洋の格言でも言うだろう? 千里の道も一歩から、ってな」
「元々、彼にはレストランを立て直す為に来てもらうという約束だったのだ。私としては今後も残って欲しかったのだが、お前達が既に店を支えるに足る力量だと言うのだ。‥‥どうなんだ?」
従業員達、は、はいっ! と返事をし、あ、いや、その‥‥と口篭る。
(「発つのは料理長殿だったか」)
なるほど、と呟くイルニアス。感極まって顔をくしゃくしゃにしている従業員達に、ピコーが言う。
「何て顔をするかねぇ。まあ時々は戻ってきて色々教えてやるから、お前らは凡人らしく地道に技術を磨いていろ。ノルマンの料理のレベルは高い。ここにいても学べる事はごまんとあるんだからな」
はい、はい、とただ、頭を下げている事しか出来ない従業員達。
「よし、よし! やったなお前達! よく頑張った! 俺は信じてたぜ!!」
ガゼルフも思わず貰い泣き。
「本当良かったね、おめでと」
こちらもうるうる来ている理亜さんは、
「あたしも皆見てて料理に興味持てたけど、どうしても独学で覚えられないんだよね」
ガックリだよ、と少しおどけて涙を誤魔化す。
「ダルランよ、この店はいいな。俺に譲らんか」
「断る」
親族同士で軽い応酬も。オレノウが、すかさずオーナーと店を讃える即興歌を演奏し、場を盛り上げる。立て続けに陽気な曲を奏でてみれば、三味線もびっくりするほど陽気で楽しげな音を出す。ユニット君が笑い出し、子供達が踊り出すまで、そうはかからなかった。ニィとミーファも演奏に加わって、マリウスも負けじと飛び入り参加。ますます祝いの席は賑やかになったのだった。
そして、祝いの宴が終了して。従業員達は、世話になったユニット君、そして冒険者達に何度も何度も礼を言った。
「ミーちゃんはお店にとっての大恩人なのらよ〜」
胸を張って言う彼女に、ええ、もちろんですとも! と感謝を惜しまない彼ら。ミーファの目が、ぎらりと光った。
「もちろん、大恩人がお店に来てもお金なんて取らないらよね〜?」
にっこり微笑んで言う彼女に、彼ら、むぐ、と言葉に詰まる。にこにこ。にこにこ。にこにこ。にこにこ。にこにこ。凄まじいプレッシャーに従業員達絶体絶命。
「あ、安心するのら〜、友達とか呼んで来たりはしないのらよ〜♪」
にこにこ。そうなんですか? それじゃあまあ、などと言いかけている。ヤバイ! 騙されるな! 彼女の恐るべき食いっぷりを思い出せっ!
「ふざけるなちんちくりん」
ひょいと顔を出したピコーが、デコピン攻撃で脅威排除。オデコを押さえて、ひどいのら〜! と猛烈抗議のミーファさん。
「まあ、しっかり贔屓にしてやってくれ。顔を出せば賄いくらいは出ようさ」
それ、とピコーがオーブンから取り出したのは、舌平目の干物を使った、戻し舌平目のパイだった。トリュフの欠片が軽く炙られて、何とも言えない香りを放っている。ワインも引っ張り出して、皆揃って乾杯だ。熱々のパイを口いっぱいに頬張って、もがもがと幸せそうに苦しむミーちゃん先生に、皆が笑う。
「お疲れ様。あんた達のおかげで、このへなちょこ共もなんとか使える様になった。感謝するよ」
冒険者に、杯を掲げて見せるピコー。
「そんで、お前ら。これで名実共に、この店はお前達の店なんだからな。流行るも廃れるもお前達次第だ。もし今度帰って来た時に店が無くなっててみろ、お前ら一人づつ見つけ出してこんがりローストしてやるからそう覚悟しとけ」
ピコーが見習い君の肩をぽんと叩いた。いや、今日から彼も正式のシェフだ。
「これからも日々修練ですよ、歩き続けないと後ろに下がっていっちゃいますからね」
カタリナの言葉に、ま、そういう事だな、とピコー。
「よっし、それじゃあこれからも頑張っていこう!!」
カタリナの掛け声に、皆、杯を掲げて応えるのだった。