大レストラン繁盛記5

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:15人

サポート参加人数:3人

冒険期間:02月14日〜02月19日

リプレイ公開日:2005年02月22日

●オープニング

 まもなく暦の上では春。春の宴を催さねばならなくなったレイノー氏。レストラン従業員と冒険者達によって元気付けられた彼は意を決し、冷やかす気満々の貴族達に正式な招待状を配布した。
「冒険者の心を持たざる者は当家の門を潜るべからず」
 招待状には、そんな言葉が添られている。宴の趣向は『冒険者の宴』。予算をかけられない事実を割り切って、貴族達には経験が無いであろう持たざる者ならではの宴を演出しようというのだ。本物の冒険者達が客をもてなすという演出が、この宴の肝となる。
「そこで、です。冒険者の皆さんに具体的な演出を考えて欲しいのです」
 屋敷の執事が、覚悟の面持ちで言う。レイノー氏が彼に頷いて見せ、話を継いだ。
「残念ながら、当家には盛大な宴を催すだけの財力がありません。ジャパンの珍しい食材も、インドゥーラの貴重なスパイスも、揃える事は困難です。贅沢に慣れた人達を、そういう方向で満足させるのは難しい。だがここには、そんな距離さえ容易く越えて行き来する人々がいる。貴方達、冒険者をもって賓客をもてなすというアイデアは素晴らしい。私は、これに賭けることにしました」
 嘲笑されるのを我慢して、ただただ無難に済ますという手もあるだろう。だが侮られては、今後の仕事にも不都合を生じてしまう。レイノーは、冒険者達の感性に賭けたのだ。客となった貴族達は、冒険者を気取ってやって来る。もっとも、彼らが思い描くのは冒険叙事詩に語られる様な大英雄なのだろうが‥‥ その彼らを上手にもてなして、出来れば気持ちよく、悪くても文句が言えない状況にしてお帰り願わなくてはならない。 レイノーの屋敷に屈強の者達が集っているとの噂は既に社交場を飛び交っていて、『苛められた仕返しに来客を血祭りにあげるに違いない』だの『モンスターをその場で捌いて、世にも恐ろしいゲテモノ料理を出すに違いない』だのと、好き放題に言われているらしい。自分達で仕組んだ手前、今更退けない客達は戦々恐々としながらも、レイノー如き何するものぞと肩肘張っているのだろう。
「ガゼルフさんがお芝居をしたいって言ってましたけど、言ってみればこの宴自体がお芝居みたいなものですよね。あ、そうだ、そんな噂が流れているのなら、ミーファさんの案を逆にして、普通の料理をモンスター料理だといって出すのも手かもしれません。冒険者の皆さんにそれっぽい演出をしてもらって。最後にあなたが腕を振るった馴染み深い伝統料理で安心させる、みたいな感じで」
「‥‥」
「駄目、ですか?」
 料理について話を詰める見習い君と屋敷の専属シェフ殿だが、2人の間には何とも微妙な空気が流れている。肩を落として、シェフ殿のもとを離れる見習い君。料理の方も大変だが、客をもてなす立場の者達、食堂係の面々が更に大変だ。
「う、宴の事、大切なお客様のもてなし方、我々が一通り心得ている。お、お、大船に乗ったつもりで、君達は自由にやってくれたまえ」
 食堂主任が請け負うものの、緊張でガチガチ。それはそうだろう。今回の客は皆貴族。失礼があれば後で店の方にもどんな迷惑がかかるか分からないのだから。
「彼は貴族の作法なんかにも詳しいんだ。でも、少々気が小さくてなぁ‥‥」
 冒険者達に耳打ちをする菓子職人。宴では、貴族達の熾烈な意地悪&嫌味攻撃が予想される。こんな事では揚げ足を取られてしまいかねない。ぜひ支えてやってくれ、と菓子職人が話しているところにやって来た見習い君が、シェフ殿に聞こえないよう声を潜めながら、こう言った。
「あの‥‥ 面倒ばかり言って申し訳無いんですけど、宴の演出に出来れば、あの方の顔が立つような演出を、ひとつ盛り込んで欲しいんです」
 何故、そんなことを言うのかといえば。
「レイノー様を元気付ける為とはいえ、私は出過ぎた真似をしてしまいました。あの方の面目を潰す格好になってしまって‥‥。全てはこのお屋敷の中の問題、最後にはお屋敷の人々の顔が立つようにしなければならなかったのに。今度こそ、そうしようと考えてるんですけど、全然良い考えが浮かばなくて‥‥」
 レイノーの生家を訪れたあの日以来、シェフ殿がレイノーを悪し様に言う事は無くなった。未だ体の弱っているレイノーの為、日々のメニューを工夫して出してもいる。だが、すっかり無口になって、物思いに耽る事が多くなってしまった。そんな様子を見て、見習い君は甚く気に病んでいるのだ。
「冒険者の皆さんには難しい役割を押し付ける事になってしまいましたが、よろしくお願いします」
 頭を下げる見習い君。そして、執事君。レイノー屋敷の運命も、従業員達の将来も、この宴にかかっている。

●今回の参加者

 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1681 マリウス・ドゥースウィント(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1860 ミーファ・リリム(20歳・♀・ジプシー・シフール・イスパニア王国)
 ea2868 五所川原 雷光(37歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3285 ガゼルフ・ファーゴット(25歳・♂・ファイター・エルフ・ノルマン王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4078 サーラ・カトレア(31歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea4169 響 清十郎(40歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 ea4473 コトセット・メヌーマ(34歳・♂・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4778 割波戸 黒兵衛(65歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5753 イワノフ・クリームリン(38歳・♂・ナイト・ジャイアント・ロシア王国)
 ea5817 カタリナ・ブルームハルト(33歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea5900 ニィ・ハーム(21歳・♂・バード・シフール・イギリス王国)
 ea6044 サイラス・ビントゥ(50歳・♂・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea6894 片柳 理亜(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

クリシュナ・パラハ(ea1850)/ オイフェミア・シルバーブルーメ(ea2816)/ アイリス・ビントゥ(ea7378

●リプレイ本文

●準備
「このまま、うやむやの内に無かった事になってくれればよかったのだが‥‥」
 レイノーが苦笑気味に呟いた言葉は、きっと正直な気持ちだったろう。貴族達のゴリ押しで開かざるを得なくなってしまった宴。こんな厄介事は、無いならそれに越した事は無いに決まっている。それでも、一度やると決めてしまった以上は、もう引き下がれはしないのだ。キース・レッド(ea3475)の説明を受けて、レイノーは彼ら冒険者達が考えた趣向に許可を与えた。準備が本格的に始まって、レイノーも、屋敷の使用人達も、レストランの従業員や冒険者達も、作業に追われて大忙しだ。
 装置、小道具をキースから一手に任され、気合の入るクリシュナ・パラハ。彼女は演者の希望を取り纏め、飾り付けや書割などの設置場所を考えて、図面に起こし寸法や設置方法などを決めて行った。実際の製作を行うのは、美術に造詣のあるオイフェミア・シルバーブルーメだ。モンスターのハリボテには、その方面への知識を持つコトセット・メヌーマ(ea4473)が細かな考証を行った。
 オイフェミアを手伝って、ヒートハンドで鉄材の加工をしていたコトセット。せっせと造形に勤しんでいる彼女を眺めていたが、次第に出来上がって行く珍妙な物体に、だんだん顔が険しくなって行く。
「失礼だが、その妙な代物は何なんだ? 思い当たるモンスターが無いのだが」
 聞かれたオイフェミア、その物体を頭に被って見せた。
「謎の生命体、キビダンゴです」
 ああ、あー、なるほど、とコトセット。2人の間に流れる奇妙な空気に、クリシュナがくすりと笑う。朝からの作業を続けている彼らだが、やらなければならないことはまだまだあった。手が止まったところで、一息ついたクリシュナに、コトセットがフレイムエリベイションを付与した。続いて、オイフェミアにも。
「これは、もっとキリキリ働けってコトかしら?」
 キビダンゴを脱ぎながら少し意地悪げに言ったオイフェミアに、まあ、そういう事だな、と笑うコトセット。
「さあ、もう時間も余りありません、一気に片付けてしまいましょう」
 大道具を設置するのも一苦労。美術監督クリシュナはもう、キリキリ舞いだ。

 一方、調理場では客人に供するご馳走の準備が進んでいた。演出の関係上、主となる食材に手の込んだ下ごしらえはいらない‥‥ というよりも出来ないのだが、それならそれで、簡単な調理でさっと見栄えの良い料理が出来上がる様に、色々な準備が必要になる。料理人の面々も大忙しだ。
「あの‥‥」
 専属シェフ殿に、恐る恐る声をかけたのは片柳理亜(ea6894)。
「前は言い過ぎちゃってごめんなさい‥‥ まだ気にしてます?」
 頭を下げて詫びる彼女。彼らを思っての事とはいえ、キツい言い方をしてしまったかも知れないと、彼女は気に病んでいるのだ。シェフ殿はいつもの無愛想な様子で、気にするな、と一言だけ。それを見ていたカタリナ・ブルームハルト(ea5817)は進み出ると、つっけんどんに言った。
「ここはひとつ頑張ってくださいね。一世一代の晴れ舞台なんだから、いいところを見せないと」
 励ましてはいるが、かなり挑発的。ぎろりと睨まれても、彼女はつーんと、そっぽを向いて取り合わない。何とか取り成そうとする理亜に、カタリナは「反発してやる気を出してくれるならそれでいいよ」と呟いた。親身に話を聞く役は、別にちゃんと用意してある。カタリナが出て行ってから暫く後、厨房に現れたのはサイラス・ビントゥ(ea6044)だった。
「ふむ、何か悩み事かな?」
 むっつりと黙り込んだまま仕事を進めるシェフ殿に、サイラスは問い掛けた。返答は無し。サイラスは食材など運ぶ手伝いをしながら、話を続ける。
「‥‥妹は、私が言うのもなんだが、ひどい人見知りでな。しかし、料理などをしている時は、何かこう、楽しそうだ。貴殿もそういうことがあるから、この仕事をしているのではないかな?」
 シェフ殿は、溜息交じりに首を振った。サイラスの問いを否定したのではない。自分に首を振ったのだ。
「娘でもおかしくない齢のお嬢さん達から、あんたの様な宗教者にまで気遣われる。‥‥そんなに落ち込んで見えるのか」
 見えますな、とサイラス。違うのですかな? と聞き返した彼に、シェフ殿は「いや、違わないな」と返事をした。
「これでも、長らくこの世界で食って来た。ここの世話になってからも長い。あの執事よりも、俺の方が古株なんだ。主のことは、大概分かっているつもりだったが‥‥ 主が口に運んだのは俺の料理ではなかった。しかも、あの若いのはまだ、見習いだそうだな」
 いかにも、と答えると、シェフ殿はやれやれ、とまた首を振る。
「この目が曇っていたということか。だからこそ、厳しい言葉をぶつけられた時、反発するしか無かったのかも知れんな。情けない話だが、この歳になってから己の至らなさを見せ付けられてしまうのは、少々しんどいものがある」
 その様子をハラハラしながら見守っていた響清十郎(ea4169)は、ふと、背後に人の気配を感じて振り返った。そこには、同じ様に厨房を覗き込むレイノー氏の姿が。やはり彼も、シェフ殿のことが気になるのだろう。清十郎は、レイノーに問い掛けた。
「おいらはまだ発展途上。これからもっともっと強くなりたいって思う。シェフ殿は違うのかな。『何かが見えていなかった事を知るのは大きな成長』だって、おいらに教えてくれた人がいるんだ。おいらもそう思うよ」
 レイノーは清十郎の言葉に、そうだな、と頷いて見せる。
「しかし、私達くらいの歳になると、自分に見えていなかったものがあった、という事実は認め難いものなんだ。それは、今まで積み重ねて来たもの、自分が人生を費やして作り上げたものを否定することでもあるからね。多くを積み重ねて来た者ほど、その苦痛は大きい」
 それでも、と声を出したのは、見習い君だった。
「それでも、乗り越えて行かなきゃいけないんだと思います。生涯勉強の連続だって、うちの料理長は言うんです。僕達は以前、何を極めた訳でもないのに、このくらいでいい筈だって、そういう仕事をしてました。本当は、始まりにさえ立ってなかったんだって、皆に教えられて‥‥ でもやっぱり、今でもすぐにヘコタレそうになります。そんな時に、叱ってくれたり、励ましてくれたり、ただ話を聞いてくれる人がいるだけで元気になれて‥‥ だからその、す、すいません、何が言いたいんだか分かりませんね」
 レイノーが笑う。ありがとう、と彼に頷くと、厨房に入って行った。
「おいら達は引っ込んでよう」
 清十郎が気を利かせ、皆を退室させる。
「レイノー殿だけでなく、ここにいる皆が貴殿の力を必要としているのだ」
 サイラスは、シェフ殿にそう声をかけて、厨房を出た。2人は随分と長い間、話し込んでいた様だ。
 シェフ殿の無愛想は変わることが無かったが、その仕事ぶりには精気が戻っていて、皆を安堵させた。彼は、アイリス・ビントゥが、故郷の歌だろうか? 何かの歌を口ずさみながらお鍋を掻き回しているのを見て、「楽しいかね?」と声をかけた。
「え? あ、その、はい。あたしはとっても楽しいです」
 もじもじしながら答えた彼女に、シェフ殿は「そうか」と頷いた。

 宴では給仕を務めるつもりの理亜は、積極的に使用人、従業員達から接待のマナーを教えてもらった。もっとも、理亜とて皇家に仕える志士の身。貴人を遇する心得はある訳で、後は流儀の違いを覚えるだけで十分に恰好はついた。そして、そのお礼にと、冒険者の扱い方など伝授する。
「冒険者だって皆と全然変わらないよ。突飛な行動とる事もあるかもしれないけど、『そういうものなんだ』って流しちゃって全然大丈夫! ‥‥もし本格的にマズかったら、お盆でひっぱたいてでも止めちゃって大丈夫です!」
 おお、と感嘆する彼ら。が、手を挙げたひとりが恐る恐る指を差し、
「あれもひっぱたいちゃっていいんですか? 食べられたりしないです?」
 指の先にはサイラスが。もちろん大丈夫! と請け負った彼女だが、正直、あまり自信は無い。
「ともかく冷静にやろうよ。ちょっと失敗しても皆がフォロー入れてくれるよ。本職じゃないあたしにここまで教えられたんだから、自信持って宴に臨むと良いと思うよ」
 彼女の言葉に、皆、心を強くする。
「じゃあ、出し物に負けない様、頑張って行こー!」
 おー! と続く掛け声。お屋敷・レストラン連合給仕隊の士気は否が応にも高まるのだった。

 招いた客人の席順などを、夜遅くまで考えていたレイノー氏。彼の部屋を訪ねた五所川原雷光(ea2868)は、付け加えたいアイデアを話し、許可を求めた。さしものレイノーも、これには暫し考える時を必要としたが‥‥ いいだろう、と許しを与えた。
「そこで、大事なのは人選なのでござるが」
「そう‥‥ そういうことならば、まずはこの方だろう」
 2人の話し合いは、深夜にまで及んだ。

●レイノー邸への案内
 当日。夕刻ごろになって、客人は次々に現れ始めた。豪奢な馬車で乗りつけ、降りて来た彼らの姿を見た冒険者達は、笑いを堪えるのに大変な努力を費やさねばならなかった。大袈裟な装備、やたらな装飾、肩で風切る歩き方。森に入ればあっという間にゴブリン弓手の餌食、獣に狙われたら逃げることも困難だ。‥‥熊避けにはなるかも知れない。これが武勇の誉れ高きウィリアム王の臣下というのだから嘆かわしい。特別ろくでもないのが集まったのだと信じたいところだ。
 彼らは屋敷に施されたオドロドロしい装飾に一瞬、気圧される。それは、薄闇の中で、篝火の揺れる炎に照らされることを計算して作られていた。気圧された自分を振り払う様に大威張りで門を潜った彼らを、執事君が恭しく出迎えた。彼は客人を、イルニアス・エルトファーム(ea1625)の元へと案内する。
「冒険者ギルドにようこそ」
 正装したイルニアスは、あくまで礼儀正しい。しかし、ここからは冒険者の世界である、と宣言して見せた。そして、各人に『依頼』の内容が説明される。
『レイノー邸に潜入し、その怪異を調査せよ』
 事細かに注意事項を説明するイルニアス。冒険者として名高い彼を知らない訳でも無かろうが、彼らはあくまで尊大に振舞った。
「ふん、下らん趣向だな。さあ、行くぞ!」
 ぞろぞろと護衛を引き連れて入ろうとした貴族の行く手を、マリウス・ドゥースウィント(ea1681)がさりげなく遮る。
「お待ち下さい。何処の宴でも同じこと。主が招待した方のみがお入りになるのが道理ではないでしょうか。従者の方は、別室が用意してございます。こちらへ‥‥」
 男爵様に難癖をつけるつもりか! と凄む、あまりガラの宜しくない従者達。今日の為に雇ったのかも知れないな、とマリウスは見当をつける。
「ギルドの冒険には人数制限があります。他のお客様と交代ということならばお受け致しますが」
 イルニアスに言われ、鼻白む彼ら。そんなことが出来る訳も無い。
「ば、馬鹿馬鹿しい! そんな理不尽に付き合えるか!」
「それは、依頼の拒絶と取ってよろしいでしょうか? もちろん、依頼を受ける受けないは自由ですが、そうなると残念ながら、ここでお帰り頂くこととなりますが‥‥」
 従者達も凄んではみるものの、名高い冒険者達と一戦交えるほどの無謀さがある訳でもない。困り果てている男爵殿に、マリウスが助け舟を出した。
「その様に大勢では、せっかくの男爵様の活躍も薄れ、趣向が台無しになる恐れがあります。どうか、お許しを頂きたく‥‥」
 マリウスにそこはかとなく自尊心をくすぐられ、男爵殿、うむ、まあ、そういうことなら仕方あるまい、無粋をするつもりは無いからな、と供の者を下がらせる。寛大なるご配慮、痛み入ります、と満足させておくことも忘れない。マリウスが呼び鈴を振ると、ミーファ・リリム(ea1860)が飛んで来た。とんがり帽子にキモノガウン、見えないオシャレのデザイナーズフンドシと、見るからにかなり気合が入っている。
「ようこそなのら〜 ここからは、ミーちゃんが案内をするのら〜」
「な、なんだこの妙なシフールは‥‥」
 貴族達にとっては、ここから既に大冒険な気がしないでもない。
「勇者を導く妖精は、英雄譚には付き物なのらよ〜 さあ、みんなミーちゃんに導かれるのら〜」
 一同、唖然。彼らは屋敷の一室に案内され、暖を取りながら客が揃うのを待つこととなった。

「何だ、始めるならさっさと始めないか」
「いつまでこんなところに放っておくつもりだ、けしからん!」
 好き勝手なことを言い合っている様子を覗き見て、ぷるぷると震える食堂主任。どうしよう、大丈夫だろうか、とウロウロするばかりの彼に、礼服姿の雷光が背中をバシッと叩いて気合を注入。
「貴族相手が何でござる。レストランは上流階級ご用達でござろう? 例え貴族と言えども相手は人間。普通に失礼なく振舞っておればよい。演出は我らに任せ、貴殿は誠心誠意を尽くせばよいのだ」
 う、うむ、と頷いて見せる彼に、コトセットがフレイムエリベイションを付与して言った。
「ちょっとしたまじないだ。最初が切り抜けられれば、後は上手く行く」
 実際、一番緊張するのは最初な訳で、その心の動きを上手に利用した暗示と言えるだろう。仲間達の準備完了の合図を受けて、キースは彼の首筋に、ふっと息を吹きかけた。
「な、な、何をするっ!」
「さ、肩の力も抜けたところで始めようか」
 きょとんとしている食堂主任の背を、雷光がもう一度、ぽんと叩く。キースが顔を出したのを見て、ミーファが貴族達に注目を促した。

●レイノー邸の怪異
「このお屋敷には、幾つもの怪異が報告されているのら〜。冒険者の人達に、それを解決して欲しいのらよ〜 そうでないと、ご馳走はお預けなのら〜」
 ミーファが彼らを案内して、最初の部屋に向かわせる。そこには、割波戸黒兵衛(ea4778)が待っていた。老忍者の姿に緊張する彼ら。黒兵衛は貴族達に、屋敷の地図を手渡した。
「その地図が求めるものへと導いてくれよう。行くが良い」
 もったいぶった言い回しは冒険譚の基本。怪訝な表情で地図をこねくり回しながら出て行く彼らを、黒兵衛は見送った。
(「貧者の贅沢、か‥‥ 貧しかった忍者村での修行の日々を思い出すの。お腹一杯になる事が贅沢だった。味なんて二の次で‥‥ っと、どうも年を取るといかんな」)
 しみじみと昔を思い出してみれば、一番の調味料は空腹だという結論に達する。彼が意図したのは、そういう状況を作る事だった。地図が示す場所を苦労して掘り返した彼らは、鍵を見つけた。数多の箱の中から鍵が合う宝箱をやっとの思いで見つけ、開けてみれば、中からは武器と称する丸棒が。作られた障害物を乗り越えて進むと、途中には小麦粉+塩+水を混ぜて十分捏ねた上で一晩置いた物体『モンスター』が登場。平台に置かれたそれを、汗をかくまで武器で殴れと指示された。
「これは‥‥ 何か作らされている様な‥‥」
「パンではありませんわね。一体何なのかしら‥‥ いいえ、その前に何故客である私達が調理をしなくてはなりませんの!?」
 かくして、貴族達は散々に運動を強要されて、くたくたに草臥れ果ててしまった。
「全く、何なんだこの宴は‥‥」
 ぶつぶつ言いながら戻って来た貴族達。すっかり油断していた彼らは、置かれていた袋から唐突に飛び出した、黄色くて丸い被り物を被った男に驚いて、悲鳴を上げながら引っくり返る羽目になった。
「おっす! 俺、きびだんご!」
 言わずと知れた、ガゼルフ・ファーゴット(ea3285)だ。
「な、なんだ貴様は!」
 至極尤もな質問に「き・び・だ・ん・ご」と明るく答えると、
「これ、お近づきの印に」
 頭から取り出したきびパンを、貴族達に渡して回った。一通り行き渡ったのを確認すると、力尽きたかの様にへなへなと倒れて見せるガゼルフ。いや、きびだんご。それを雷光が当たり前の様に袋に戻し、隅っこへと運んで行く。
「‥‥ち、力が抜けるぜ。俺の体のほとんどをあげたんだもんな‥‥」
 そんなことを呟きながら、その袋はモニョモニョ動いて、そこはかとなく存在をアピールするのだった。
「声をかけてあげた方がいいのかしら」
「‥‥止めておきなさい、関わらない方がよろしいですわっ」
「このパンはまあまあのお味ですけど‥‥」
「た、食べたのですか、レディ、貴方は勇敢なお方だ」
 奇妙なものには慣れている貴族達も、どう扱っていいのか困惑している様子。ちなみにこのパン、とても少量だ。食べれば胃が活性化されて、余計に腹が減るという仕掛け。と、そこにミーファとニィ・ハーム(ea5900)がすっ飛んで来た。
「大変だ、モンスターの襲来だ!」
「冒険者の皆さんの出番なのら〜!」
 その言葉も終わらない内に、一斉に駆け抜けて行ったのは、妙な飾りを付けられた鶏達の一団だった。
「なんという事だろう、コカトリスの子供が大量発生してしまうとは! 一刻も早く討伐しなくては!」
 コトセットの解説に、たかが鶏に何を大袈裟な、と笑う貴族達。
「ああ、言い忘れてましたがコカトリスの子供は‥‥ 意外と凶暴ですからご注意あれ」
 鶏達は羽ばたいて羽根を撒き散らすわ、爪で引っ掻くわ、くちばしで捻り抓るわの大暴れ。ご婦人方を怪鳥の襲撃から守った勇者達は、それはもう散々な目に遭わされた。激怒して追いかけるものの、これがなかなか捕まらない。本職の冒険者達が順調に捕まえて行く中で、貴族達は再度、ヘトヘトになるまで駆けずり回ることになった。
「‥‥思ったよりも難度が高かった様ですね」
 ニィはそれとなく貴族達を助けて、ようやく何羽かを捕らえさせた。
「よくも可愛い部下達を捕らえてくれたな冒険者どもよ! 丁度いい食料だぜ、一人残らず食ってやる!」
 いつの間に袋から抜け出たのか、サンタクロースハットにブラックローブという謎衣装のガゼルフが仁王立ちになって叫んでいた。そして、ひらりと飛び降りるや、貴族達に襲い掛かった。疲れ果てた貴族達に負けると言う行為はとてつもなく難しかったが、何とか必死で戦ったのにあっさり負けちゃいました、という体を作って倒れ伏し、涙を流す。
「‥‥食われるのは俺の方みたいです」
 やったぞ、お見事です何某卿! などと讃え合う声を聞きながら、キースは大ボス『怪盗マスク・ド・レッド』として場を締める準備を整えていた。が、
「レイノー殿。我々はいつまでこの茶番に付き合わされるのかな?」
 とうとう文句を言う者が現れてしまった。結構楽しんでいた気もするが、ひとりが騒ぎ出せば、元々がレイノーを困らせようと企む彼らだ。皆一緒になってレイノーを責め始めた。その時だ。
「何者です!?」
 誰何する厳しい声に、貴族達も冒険者達も振り返る、怪人は、ひとり離れて休んでいた令嬢を抱え上げるや、踵を返して逃走を始めた。
「レイノー殿、悪ふざけもいい加減に‥‥」
 貴族達は抗議しようとするが、屋敷の者は悲鳴を上げ、レイノーは捕らえよと叫び、冒険者達は武器を手に追いはじめる。その緊迫感たるや、とても余興とは思えなかった。当然だ。冒険者達にとってもこれはハプニング。突然発生した誘拐事件に、彼らでさえ混乱していた。貴族達は青ざめた。さらわれたのは辺境伯のご令嬢、事あらばレイノーの首が飛ぶのはもちろんだが、誘った彼らにも厳しい咎めがあるのは確実だったからだ。
 屋敷の外で、寒空の下、警備を続けていたイワノフ・クリームリン(ea5753)は、突如湧き起こった怒号と悲鳴に駆けつけた。
(「まさか、警備に抜かりがあったとは思えないが‥‥」)
 その目前に飛び出して来た屈強の怪人。抱えられた令嬢が、たーすーけーてー! と叫ぶ。
「オーガか!? そのレディをどうするつもりだ!!」
 叩き込んだメタルロッドは、敵の六角棒によって食い止められた。腹の底に鈍く響く、強烈な打ち合いの音。素人目にも、イワノフの攻撃が本気であることは一目瞭然だった。追いついた『怪盗マスク・ド・レッド』が日本刀で斬りつける。だが、令嬢を抱えた敵を相手に、思うように戦うことが出来ない。その隙を突いて、屋敷の中へ飛び込む怪人。追うイワノフとキースは、互いに顔を見合わせ、苦笑し合った。最初はオーガの類かと思ったが、どうやらそれは扮装である様だ。キースは、呆然と見守るばかりの貴族達に叫んだ。
「方々、ご助成願いたい!」
 その声に、凍り付いていた彼らの呪縛がようやく解けた。彼らは、あまり勇気のある方では無いだろう。しかし、この状況で動かぬ失態をご婦人方に目撃され、後々臆病者と誹りを受けることは、死に値する屈辱だった。キースが貴族達を向かわせたことで、冒険者達は概ね事情を察した。おっかなびっくり追いかける貴族達を誘導し、怪人の方へと向かわせる。
「ここまでだオーガめ、正義の剣を受けろ!」
「恐れを知るならご令嬢を放さぬか!」
 方々から斬りつけて来る彼らに、怪人は大声で喚き散らすと、令嬢を放り出すや窓を破って屋敷を抜け出し、夜の闇の中へと消えてしまった。床に突っ伏し、震える令嬢。泣いているのかと思いきや。
「うふふ、あー、楽しかった!」
 あっけらかんと笑っていた。呆気に取られている貴族達に、彼女は最後の食材を手渡した。
「‥‥レイノー殿、やはりこれも余興だったのか?」
 深々と頭を垂れるレイノーに、貴族達は脱力して座り込み、そして、怒り出す。
「良いではありませんか。皆様のナイトぶり、とても素敵でしたわよ?」
 この令嬢のノリの良さがこの場を救った。なんとなく文句の言い難い空気になった頃、様子を見計らっていた執事君に、シェフ殿が声をかけた。厨房の扉が開かれ、下用意された料理が食卓となるテラスに運び出される。屋敷の中に、なんとも言えない良い香りが漂い始めた。
「お待たせ致しました、お食事の準備が整いました。こちらへ‥‥」
 食堂主任、至って平静な風を装い、貴族達を促した。ありがとう、と微笑みそれに従うご令嬢。こうなると、他の面々もいつまでも怒っていられない。何より、緊張が解けて思い出した空腹は耐えがたい程で、焼き始めた肉の香ばしい匂いに、とても抵抗できるものではなかったのだ。
 庭に客人を案内し終え、物陰で安堵の息を漏らす食堂主任。理亜がその肩をぽんと叩き、彼の仕事を労った。
「さ、私達の仕事はこれからが本番。頑張りましょう」
 庭に、賑やかな音楽が流れ出した。

●レイノー邸の宴
 宴は今では少なくなりつつある、伝統的なスタイルのものになった。目の前で調理された料理は、積み上がる程に並べられ、テーブルを埋めて行く。それは昨今の洗練されたものではなく、野趣溢れる‥‥ 言い換えれば少々野蛮な、豪快な料理だった。メインとなる鶏は、シェフ殿によって頭から足の先まで、何一つ余す事無く、客に供された。歳嵩の者は大いに懐かしみ、こういった料理に慣れない若い者も、彼が予め用意しておいたソースによって、十分にこの料理を楽しむことが出来たのである。
「胸肉、腿肉は串に刺しました、ご自身で焼いて頂きます」
 これは貴族達にとって、物珍しい経験だった様だ。面倒だの、手が汚れるだのと文句を言いながらも、用意された串はあっという間に平らげられた。簡単な下ごしらえがされただけの物だが、スパイスは少量ながらシェフ殿の経験で絶妙の配合がされていたし、味という点ではむしろ、金に物を言わせスパイス塗れにしたものより、ずっと優れている筈だった。彼らの反応に、ニィは胸を撫で下ろし、一層楽しげにシフールの竪琴を奏で歌う。そして、サーラ・カトレア(ea4078)の舞いは、この薄明かりの中で神秘性を増し、何か原始的な感動すら感じさせた。少なくとも、男達の無駄口を減らし、女達の話題を攫って、下らない画策を忘れさせる力を秘めていた。
 忙しく立ち働く食堂主任は、もう緊張も消えて、他の給仕達のフォローさえこなしていた。
「難癖つけてくるのはいない? もしもいたら、僕も一緒にいくからね! 三領主トーナメント優勝者にして酔狂客ばすたぁの、この僕がね!!」
 そう応援したカタリナの言葉を聞いていた客人2人。
「すいきょ? 何だ?」
「まさか、あの酔狂客バスターか!」
 内ひとりが、驚愕の顔で彼女を見た。貴族と言ってもピンキリで、巷を徘徊し、あらゆるロクデモナイ事を知っていたりする者もいる訳だ。
「聞いた事があるぞノルマン江戸村における恐怖の事件を。酔って絡んだ男を、再起不能に追い込んだとか‥‥」
 まあ、恐ろしい! と恐がるご婦人方を前に、調子に乗ってベラベラと話し始めるこの男。
「なんでも、決して口にしてはいけない禁句があるという。あー、なんだったか、いや、ここまで出かけているんだ、ん? おお、そうだ、確か胸ペ‥‥」
「が、我慢ですカタリナさんっ!」
 トレイを振りかぶるカタリナを、理亜が羽交い絞めにして食い止める。曲調が変わり、踊りを変えるサーラ。その躍動するたわわな胸に視線を移し、しみじみと語る男。‥‥彼がまだ生きていられることを祈ろう。
 冒険者達の話は尽きることが無い。特に日々退屈を共に生きているご婦人方は、彼らの話を喜んで聞いた。特に、【破壊僧】サイラスの話は、評判になっていただけに人気があった。生まれ故郷インドゥーラの生活や習慣、冒険の話、破壊僧と呼ばれることになった経緯なども話して聞かせた。誇張された話だと知って落胆するご婦人もいたが、門を壊したのは本当というので大いに盛り上がった。
「オーガ戦士の止めを刺したこともあるのだが、それもこれも私一人の力ではなく、みな仲間の協力があったからこそ出来たことなのだ」
 そんな風に語って、手を取り合って生きる事の大切さなど説くのだった。と、やっかんだ男達が、何か凄いところを見せてみろとゴネ始めた。困った風なサイラスを見て、それじゃあおいらが、と清十郎が立ち上がった。何気なく食卓のナイフを手に取った彼は、ソニックブームで離れた篝火を掻き消して見せる。その鮮やかさに、おお、とどよめきが起こった。
「イワノフ殿、我が『ガマ助』と力比べなど如何かな?」
「お受けしよう」
 武器を置き、コキコキと肩を鳴らすイワノフの前に、黒兵衛が大ガマの術で『ガマ助』を呼び出した。ガマと人とのレスリングに、貴族達が無邪気に歓声を上げた。
 楽しむ客を嬉しげに眺めながら、菓子職人は黒兵衛が作らせた小麦粉を練ったものを、デザートに仕上げていた。ジャパンで見られるこんとんに近いものだが、味付けはノルマン風だ。取り分けられたものを口にしたサイラス、む、と唸った。
「デザートに骨が‥‥」
 骨? 粉で作ったデザートに骨なんかある訳無い。
「何と、指輪であったか」
 宝石やコインを食べ物に入れ、見つけた者が幸運を手にするとする風習は良く知られたものだ。が、それを噛み砕く者は珍しい。すっかり変形した指輪に、男達は呆れ返り、ご婦人方は吹き出した。どうやら当面、破壊僧の名が廃れることは無さそうだ。

 マリウスは帰路に着く貴族達を、細心の注意を払って送り出した。それこそ、家格や役職を考慮し馬車を回す順番を決める事はもちろん、最近その家に起こった出来事を調べ、一言二言交わすだけの会話の内容まで吟味した。宴では趣向により冒険者として扱ったが、それを持ち帰らせてはならない。あくまで、それはここだけの余興。そうでなければ、身分に合わない不当な扱いが怒りを招かない筈は無いのだ。『レイノーは、皆様の身分を忘れ、蔑ろにした訳ではありません』と、門を出る前に示しておかなければならなかった。執事君はもちろん、レイノー自身も彼らを見送り、満足を与えておくことを忘れない。
「宴の後には、冒険者のノリとは異なる対応が必要になる。ディナーのデザートが全てを決めるようにね」
 とは、マリウスの弁。そして、その場にレイノーは、シェフ殿も並ばせた。それはニィの助言を受け、レイノーが決めた事だった。この時代、料理人が表に立つことは珍しい。責任ある者として彼を扱ったのであり、それはレイノーから彼への、最大級の労いだった。
「やめないで下さいね」
 カタリナが釘をさす。彼の目に涙が滲んでいるのが見えたが、彼女は気付かないふりをした。
「は〜、心臓に良くない宴だったよ、本当‥‥」
 テーブルに突っ伏して呟く理亜。屋敷の使用人達もレストラン従業員も、皆、草臥れ果てていた。しかし、彼らにはまだ、後片付けが残っている。皿を集め始めた見習い君は、特製ソースをぺろりと舐めて、うーん、と首を捻った。と、戻って来たシェフ殿に拳骨をもらって、目から星を出す羽目に。このソースが見習い如きに分かって堪るか、と一蹴されしょぼくれる彼に、シェフ殿は仕込んだ鍋を取り出して見せた。ソースと良く似た香り。でも、もっと単純な。
「まかないだ。片付けがひと段落したら出してやろう」
 ご馳走を目の前にしながら、ほとんど食べられなかった一同が飛び起きる。執事君が、値頃なワインを見繕って現れた。
「ミーちゃん頑張るのら〜!」
 俄然張り切るミーファのお腹が、ぐうと鳴った。