紅の狼1〜謎の辻楽師

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月12日〜10月17日

リプレイ公開日:2004年10月20日

●オープニング

 その日、ギルドに粗末な革鎧を付けた男が現れた。冒険者らしく、背に弓矢を背負い、腰にハルバードを切りつめた得物を下げている。
「紹介窓口はあちら‥‥」
 言いかける係員を手で制し、ずっしりと重い袋を差し出した。
「いや、今回は依頼だ。最近、タチの悪い者達が僕の主君や友人の悪口を広めている。その噂たるや奇天烈なものでね。村の人口の10倍の村人を虐殺したり、しかもそれを火に炙って喰らっただの、面白可笑しく脚色してくれている。11歳の兵士が、村人100人斬りを行ったり、2歳から80歳のご婦人方に口にするのも忌まわしい不埒な行いをやらかしたり‥‥。よほど腕利きの吟遊詩人なんだろう。セーヌの川幅を10フィート足らずに縮めでもせぬ限り不可能な絵空事を聞く者に信じさせてしまう。僕自身のことも、ポイゾントードでもエイプでも、片っ端からむさぼり食う悪食呼ばわりされた上、ミラノの虐殺者として宣伝されているそうだ」
 憤怒の表情を露わにして、男は続ける。
「さらに許し難き事は、ノルマンは神聖ローマに酷いことをしたのだから、謝罪しなくては為らない。と言う戯言を吹聴している点だ。子供ばかりか大人までもそんな気にさせてしまう妄言者を捕まえてくれ」
「ミラノの戦い‥‥と言うと、あの『紅の狼』と呼ばれた‥‥スレ‥‥」
 じろりと睨む男から見えざる力が放出され、係員は絶句する。
 しばしの沈黙の後、たじたじの係員は訊ねた。
「そ、それでなんと言う奴なのですか?」
「ビブロ・テンプルとその配下だ。子供達を集め絵を見せて歌いながら、架空の冒険談を語る男だ。表向きは1C程度の安い菓子を売る大道芸人兼商売人の体裁を取っている。残念ながら、奴らは僕の顔を知っている。それから‥‥」
 声を潜めて男は言った。
「付近に橋や教会など、アジールと為るべき場所が多い。追いつめても逃げ込まれたら事だ」
 アジールとは、聖書にも定められた聖なる逃れの地。例えば事故や正当防衛で人を殺してしまったとか、飢えのためにパンを盗んでしまった者がそこへ逃げ込めば、一定期間の間追っ手は捕まえることが出来ない。もしも、被害者やその遺族達が哀れみを示し示談に応じるならば、入命金を支払って刑を免れることも不可能ではない。俗世の法は、アジールには及ばないのだ。

「足りなければ払う。冒険者を集めてくれ」
 男は袋の口を開けて係員に示した。全て金貨であった。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea1747 荒巻 美影(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2031 キウイ・クレープ(30歳・♀・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3026 サラサ・フローライト(27歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3852 マート・セレスティア(46歳・♂・レンジャー・パラ・ノルマン王国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●聞き込み
 かほど地味なものは無い。歩き、歩き、歩く。ギルドで、酒場で、街角で。時には貴族の舘の門番なども訪ね。『最も得をする者』を目星に、ゼルス・ウィンディ(ea1661)とサラサ・フローライト(ea3026)は街を行く。彼らの他にも、以心伝助(ea4744)が別ルートで、主に情報屋を当たっている。
「単なる怨恨にしては、やり方が回りくどいですね。何か、隠れた大きな目的があるように思います‥‥」
「同業者を当たってみましたが、誰も何処から来たのか知らないそうですよ」
 二人は顔を見合わせた。
 誇張され、尾鰭に角や触手まで付いた得体の知れないふかしの類まで、丹念に記録し分類して行く。その結果は絶望的だった。アレクス・バルディエ卿の敵は多く、一連の貴族ならば、誰が得しても可笑しくはない。宮廷の文官達も、彼を潰すためなら何をやっても不思議ではない連中がうようよ居る。
 何せ、傭兵隊長であった彼の軍事的実力は、一朝事有る時は国王陛下と一戦を交えて勝利を期待出来るほど。そんな噂まであるのだ。功績が大きいほどその身は危うくなるのことわざ通り。
 視点を怨恨に限定しても、出てくる出てくる。彼のために家門没落の憂き目にあった家は多い。噂では奴隷に身を落とした貴族の娘まで居ると聞く。
 領地の件に関しては、今まで上がった連中は完全に白。なにせ、パリ盆地の東縁に封(ほう)じられたバルディエ領は、やたらと広い領地であるが、隣国と境を接する危険な地。しかも城一つ、砦2つ、開拓中の村々がいくつかと言う有様だ。何分新しい土地のため、自由農民の開拓者ばかりだから、領地の経営も難しく、税率も低い。
 今からこれを纏めて整理するだけでも、相当な時間が掛かりそうだ。

●口止め
「すまないが、依頼人と連絡取れないかな?」
 円巴(ea3738)が問い合わせにギルドの受付にやって来た。
「そうは申しましても、ジャン様の御領地のほうですから‥‥。往復に時間が掛かります。あ、今お連れの方があちらにお出でですから‥‥」
「あああ‥‥あの‥‥すれなす‥‥くんは‥‥」
 見ると、赤面し見ているからに気の毒そうな利賀桐まくる(ea5297)の問いかけに、流石本職意図を察して的確に応えていた。
「定期的に使いの者が報告を聞きに来るだけで、彼は来れないらしい。まあね、あの戦馬鹿のジャン卿のお守りじゃ動けんわな」
「やあ、まくるちゃん」
「と‥‥巴さん」
 意外だが必然的な遭遇に、まくるは上目使いにもじもじ。
「圧倒的に情報が足りない。これでどう調べろと言うのだ?」
 語勢こそ穏やかなれど、強い姿勢の巴に係員はこう応えた。
「先入感を持って調査されては困るそうだ。依頼人から見ても得体の知れん奴らだそうでな」
「ビブロとやらの素性や技についてもか? これで失敗しても責任持てんぞ」
「事が事だけに口止め料がつきます。さんざんな失敗であっても、只働きはさせぬ。とのお言葉でした」
 別の係員も出てきて丁寧に対応する。
「何故聴くか? 生き死に出世は興味が尽きた‥‥久しぶりに興味が出たのがバルディエ一行の行く末さ。行ける所までいくのか、途中で堕落するのか、なと」
 苦笑するギルドの係員。預かった金貨の袋を開いて見せ、
「ま、長いつきあいになると思うけど。支払いはこの通り過分に預かっているから大丈夫だ。事が事だけに、仕入れた情報によっては口止め料も支払ってくれと言われている」
 約束の報酬と募集人員。それに金貨の量をまくるは比べた。毎回倍の報酬を払ったとしても、ゆうに10回分が入っている。依頼人自体も、すぐさま解決するとは思っても居ないらしい。

●商人ギルド
 苦笑気味の親方に会えたのは、来訪から半日も経った時であった。
「ジェイランまたお前か?」
 頼み事の時だけに現れる不肖の弟子に向かって開口一番。流石に手みやげは用意したが、忙しい商談の合間を縫って時間を作ってくれた。一番小さな砂時計の砂が、流れ落ちる間だけだが。
「これは出世払いだぞ。確かにビブロ・テンプルと言う奴に興行許可を出した。吟遊詩人風の格好の男だ。似た風体の連れ合いを連れている。子供相手に絵を見せ話を聞かせ、1つ1Cの菓子を売りつけるケチな商売だ。ギルドの掟に従い、1日払いの元手を1割の利子で貸し付けてやっている」
「何処から来た連中で?」
「それを聞かぬのがうちの仁義だ。おかげでお前のような冒険者まで加盟して居られるんだがな」
「あはは。やだな、親方ぁ」
 ジェイランは痛いところを突かれた。

●酒場にて
 暮れなづむ赤い光の射し込む酒場。足とツテで稼いだ情報を持ち寄って、冒険者は集まった。
「あっしの調べでやんすが、ミラノの戦いは敵軍が3倍を越す大軍で、包囲しているノルマン軍は薪炭など物資の不足で苦しんだようっす。戦いの決定打となったのはバルディエ殿の部隊が神聖ローマの騎士を挑発して釣りだしたことっすな。強力な敵の騎士と金床のような頑強な重装歩兵に対し、弓矢と石で戦い、飛び道具で被害が増した敵軍が突撃してきた所を、偽装敗走を行ってクロスボゥの狙撃隊を伏せた陣に誘い込んだそうっすよ」
 伝助の語りに補足して、ジェイランが続けた。
「で、スレナスさんは剽騎隊を率いて、騎射で従者を狙い打ちしたじゃん。バルディエ部隊の常套戦法だというから、今更卑怯もへったくれも無いけど、それで孤立した騎士に、こんどは拳大の石を投げつけたんだぜ」
「その戦法とは?」
 巴が興味深そうに聞く。
「8人で1小隊。4つの小隊を集めて中隊。12の中隊を集めて大隊を作るんだぜ。小隊単位で一直線に縦列で接近し。鼻先を駆け抜けながら先頭の隊長が狙った敵に矢玉を集中してお見舞いする。後続の小隊も小隊単位で先の隊が狙った敵に矢玉を集中。標的は中隊単位で決めれるけど、原則前の隊にくっついて行くじゃん。そして、敵が切り込んできたら馬の脚と装備の軽さに物を言わせて逃げちまうじゃん。そこへ別の中隊が同じ戦法で矢玉を飛ばしてくる。敵は逃げ水と戦っているようなもんで、一方的に攻撃を浴びてさんざんな目に遭ったそうだぜ。いいとこ傷つき、人も馬も疲れ切ったところへ、騎士が突撃。最後は一方的な勝利だったってうちの親方が言ってたぜ」
「それでは、勝っても味方は高く評価したくないでしょうね」
 言ってゼルスがワインを呷る。
「あっしは古風なんでやんすねぇ。どうも卑怯で許せねぇでやんす。話に依れば、バルディエが主張する偉大な祖先の陣法でやんすが、どうにもこうにも」
 伝助は興奮気味。
「そう言えば、面白い話を耳にした。話の中で依頼人殿のことをエフデの如きと言ってるそうだ。訳は知らぬが教会の連中が苦笑していたな」
 サラサがワインを呷りながら呟く

●辻楽師
 多くの血が流された。確かにそれに相違ない。ローマの側にも言い分はあろう。されどあの戦役は、神聖ローマに滅ぼされたノルマン復興の聖戦。
「それはそうと解せぬな‥‥。あのバルディエが事実無根の敵国の評判など」
 アレクシアス・フェザント(ea1565)は苦笑い。どう見ても裏事情がありありなのが子供でも判る程露骨だ。

「騎士様。たった5日で宜しいのですか?」
「ああ、それ以上は保たぬのでな。後で片づけるが、泥棒よけの木戸を作っても良いのだな」
「ええ。きちんと元に戻して頂けるのでしたら」
 商談成立。アレクシアスは安宿を丸ごと一軒借り受けた。そして、看板を出す。
『収穫祭迫る。旅芸人優遇、宿泊無料(但し、食事別料金)』
 これで、普通の旅芸人。あるいはそれに偽装したい連中がやってくるだろう。
「サンクス。こっからはおいらの出番だね」
 ジェイラン・マルフィー(ea3000)は興行許可の書き付けと、芸人相手の超短期金貸しを始める。1日1割2分の高金利だが、零細な商人には重宝される。
「旅芸人からとる担保は、馬や馬車、ん、まあいざというときはその分働いて貰えばいいから人質でもいいや」
「すごい高利だな‥‥」
「このくらい普通の商売じゃん。宿の買い占め代金回収しなくちゃ。おいらの取り分はたったの2分なんだぜ」
 1割は右から左にギルドへと流れる計算だ。勿論金主は商人ギルドなのは間違いない。
「ひ‥‥人質が‥‥子供で‥‥一座の人‥‥居なくなった‥‥ら‥‥どうしよう」
 まくるは、つい要らぬほうに気を回す。
「その時はおいら、まくるちゃんと一緒に育てるよ」
 手を握り瞳の中の自分を見つめるジェイラン。剛速球と真ん中な表現に、まくるの頬は赤くなった。
「あ、近くの状況見てくるよな。いこ? まくるちゃん」
 アジールと成るべきポイントを確認するためだが、見た目はどう考えても、恋人達の散策である。

♪ハートの鼓動は三拍子 滑るように
 ほらほら風も歌い出す 光の中
 街角に ほらせせらぎに 生まれたばかりの 優し時に
 君の名を呼ぶ 君の名を呼ぶ
 心の 泉に 湧き出すその名を♪

 竪琴のメロディー。辻楽師が歌う恋の歌に、
(「だ、駄目ダメっ!ま、真面目に‥‥考えなきゃ‥‥!」)
 しらずデート気分の自分に気づき、まくるは顔を真っ赤にしつつ首を振る。

 木と木を打ち鳴らす音。馬車から扉付きの箱を出してくる男が一人。辻楽師は一礼をし、口上を述べる。
「街のおぼっちゃん並びにおじょうちゃん方。ビブロ一座、この辻での本日二回目の興行です」
 木と木を打ち鳴らす。
「はーい出てきた出てきたよ。楽しいお話出てきたよ」
 一座の子供が焼き菓子の籠を持って観客の周りを回る。
「お‥‥おいくらですか?」
 子供は、指を一本立ててみせる。銅貨一枚らしい。受け取ると、まだほんのりと暖かみのある小麦の焼き菓子を手渡した。卵やバターを使っているのだろう。ふわふわして日向の匂いが口の中に広がった。
 そうこうするうちに、お仲間も集まってきた。焼き菓子をほおばりながら幸せそうな顔をしているのはマート・セレスティア(ea3852)。伝助は路地裏に繋がる道を固め、ゼルスも位置に着いた。

 お菓子を買った子は前の方へ呼ばれた。買わない子も、買った子の後でなら見てても良いらしい。後の子のために座るように、と辻楽師が促す。
 菓子販売を表に持って来て、先にお金を戴くのは上手い方法だ。と、ジェイランは妙に感心した。
 お菓子を買ったマートは、最前列に陣取ってお話の始まりを待っている。
 ビブロが箱の扉を開くと。美しい絵が現れた。薄い木の板に白い顔料を何度も塗り、その上に描かれたものだ。
 竪琴の音を背景に、紡ぎ出される物語。
「なかなかの物だね。あの絵は‥‥」
 キウイ・クレープ(ea2031)は感心する。色彩の美しさは、伝え聞くアトラス派の絵師に迫るほど。惜しむらくは絵が小さい事だが、これも商売を考えれば仕方ない。
(「おいおい。マート! あの馬鹿ぁ!」)
 声に出せぬのがもどかしい。子供に接触してビブロから引き離す役のマートは、語りの見事さにすっかり魅入られていた。箱の中の絵を入れ替えて、移り変わる場面。小さな箱の窓に繰り広げられる世界に、子供のようにはしゃいでいる。折角作った干しぶどう入りのビスケットは、彼の腰の袋の中で眠ったままだ。
 講演が終わると、名残惜しそうに付きまとう子供達の群に囲まれたまま、一座は馬車に乗り込んだ。敵は思ったよりも手強かった。

●悪魔の証明
 絵と音楽と語り。プラス、自分が対価を払ったお菓子。計算し尽くされたコンビネーションは、さながら軍神の布指揮する軍隊の如く。四者が相互に高め合って恐るべき効果をもたらしていた。たまたま今回は危険な話は出てはなかったが、デフォルメされた英雄談は、実際の戦を知る物ならば滑稽極まりない。
「大体、軍規を取り締まる任務を帯び、セーラに仕えるクレリックが、クロスボウを担いで集団で町中を行軍したり、集団でご婦人に乱暴したりなんかしません。おまけにクロスボウで石の家を殴りつけて瓦礫の山にするなんて、腕の立つファイターでも普通出来ません。先にクロスボウが壊れます!」
 荒巻美影(ea1747)は目眩がしてきた。
「でも、それを見ていたいって人のお話なんだよぉ」
「おばさんは酷い人だよ」
「おば、おばさん?!」
 すっかり洗脳されている。理と言うものが全く通じない。感情論を通り越して感傷論。辛い目に遭ったと証言する人がいるんだから、それを信じてあげないのは憐れみの心がない人だ。とまで言う。
「で、でもね。私が聞いた話ですと、その村に住んでいた人の数は歌の内容の十分の一以下でしたよ?」
「じゃあ! 無かったって言う証拠を出してよ! そんな事件がなかったっていう証拠を見せて」
 不可能だ。人はそれを悪魔の証明と言う。
「えーとね。お姉さんが解り易く説明してあげるわね。10個しかないお菓子をどうやったら100個も食べられるのかしら?」
「本当はもっとあるのに、少ない数しか無いって嘘を付いてるんだわ」
「でも、殺したのは本当の話でしょ? たとえ少なくたって殺したら人殺しだよ」
 確かに死者はでているだろう。神聖ローマとの戦争だったのだから。もちろん、攻めていったノルマン側にも多数の死傷者が出ている。
「はっ!」
 武道家の悲しさ。鍛えられた体は、後方から迫る殺気に、無意識に反応していた。美影は体をかわし足を払う。敵はナイフを持って突進してきた。これが大人だったら全く問題はない。問題なのは掛かってきたのが小さな男の子だったからだ。
 男の子は、転んだ拍子に自分の腕を傷つけた。へし折れたナイフの先が近くの子供の足に刺さっている。血が、滲むように地面に流れる。
(「や、やばい!」)
 血の気が引く美影の顔。子供達の投石が、彼女に降り注ぎ、その一発が眉間を割った。そして、地面から起きあがった男の子が、呆然とする彼女にちっぽけなナイフを。
 急所は逸れている。子供の力故に傷も浅い。しかし、心の痛みの方が身体の痛みを量がした。
「これが! ローマ人の痛みだ」
 男の子は喚くように叫んだ。

 これまで時間を掛けた絵芝居の中で、住民を虐殺しその肉を焼いて喰らう様を、捕らえた住民を数珠繋ぎに横に並べ、軍の全面を進ませて生きた盾とする様を、戦死者一人につき、3人の子供を火炙りにしてゆく様子を、スレナスと言う悪鬼が、右の内股に隠した短剣で和平の宴でローマの将軍を抜き打ちに暗殺する様を、あの綺麗な絵を使って明確なイメージで与えられていた子供達は、正に狂信者。
 この、分の悪すぎる戦いから、美影を救出したのはサラサだった。
♪むかぁし 昔 あったとさ 狼と狐があったとさ
 凍れる冬 氷も寒い 北の国の冬
 雪の花が きらきらきら 雪の花が きらきらきら
 むかぁし 昔の事ですよ 遠い昔の事ですよ

「おいらは狐さ この川辺に棲む銀狐
 それにしても 今日は とてもとっさても寒いな
 おお寒い おお寒い おお寒い
 もうお昼になったから、魚を捕ろうと来てみたが
 夕べの寒さで 川も凍る 野原も凍る
 どこも彼処も 厚い氷が張って 魚なんか捕られない
 仕方がないから 去年捕って干していた この魚で昼飯だ」

 むしゃむしゃむしゃむしゃ銀狐
 むしゃむしゃむしゃむしゃマスを食う
 むしゃむしゃむしゃむしゃ銀狐
 むしゃむしゃむしゃむしゃマスを食う

「俺は狼だ 怖い怖い狼だ
 この大雪で どっちへ行っても獲物はいねぇ
 今日で三日も 何にも食っていない
 なぁにかいいものねぇのかなぁ?」♪

 楽しい歌に、殺気だっていた子供達が、引きつけられるようにサラサに近づいてくる。
「あんた。血が出ているよ」
 キウイが惜しげもなく負傷した子供にリカバーポーションを使用する。
「ほら、あんたも」
「大丈夫。自分で直すから」
 美影はオーラリカバーで傷を癒した。この騒ぎで、要らぬ消耗をしたが、大事なく済んだようだ。子供達はサラサの話に聞き入っている。頃は良しと、サラサは歌う。

♪ 小さな村に悲劇が起きた 千人もの人々が 一夜の内に掻き消えた
 さてもさても可笑しな話 村の民は百人足らず 残りの九百何処から来たか?♪

 メロディーで送り込まれるイメージ。しかし、容易に子供達の洗脳は解けそうもなかった。

●内偵
 華やかな馬車。賑やかに鳴らされるラッパや太鼓の音。
 ビブロ一座のお出ましだ。子供たちは母親から貰った僅かな小遣いを握り締めながら、ビブロの元へ駆け寄っていく。今日はどんな話だろう? さあさあ、今日は「赤狼」の新しいお話だ!

 夜。
 ビブロ一座の馬車にこっそりと忍び寄る影あり。マートとまくるだ。
「いやーしかし、このお菓子もなかなか美味いねえ。おいらが子供の頃にゃお菓子って言ってももっと味気の無い物が中心で」
 先ほどビブロが興行している際に購入した菓子を口に詰めるマート。パラの特性で一見ちょっと成長の良い子供のように見えるが、愛称マーちゃんは実に三十五歳の立派な成人男子である。‥‥昼間もきちんと食事を取っていたように思えたが。どこに食べた物が詰まっているのだろう、とか考えるのはご法度だろう。彼の様子を見る分にはおかしな薬は使われてはいないようだ、とまくるは判断した。
 黒い忍装束に身を包んだまくるは馬車へ侵入を試みようとするが近付く事も出来そうにない。ビブロの仲間である二人――少年と女が楽器の練習をしているのだ。多少の物音は二人の楽器の音に掻き消されていたが、流石に迂闊に近寄るわけにも行かない。かといって迷子や興味本位の野次馬の振りをするにもこの衣装では疑われてしまうのがオチだ。
(「も、もうすこし‥‥待たないと‥‥」)
 ラッパの音がやんだ。自分の楽器から口を離した少年の声が聞こえる。
「しっかし、奥方様も無茶言うよなあ。『私の愛する夫の為にあの男を貶めて頂戴!』だなんて」
 リュートを爪弾く澄んだ女の声が、二人の耳に届いた。
「純粋なる愛とはげに恐ろしき物。どれほど身を焦がしても、自分の命をかけても相手を想う‥‥。いいわね。私にもそんな時期があったわ」
 月を見上げ、過去を懐かしむ女。彼女の姿にずきんと胸が痛む少女、まくる。
(「ん? どしたまくるちゃん」)
(「べ、べつに‥‥なんでもない‥‥デス‥‥」)
 その直後。まくるの身を冷ますが如く、一陣の風が吹いた。
 風はビブロ一座の馬車の中をも通り、馬車の中を隠す幌布がめくりあがる。
 一瞬風に目を逸らしたまくるとマートの元へ、ふわりと一本の白いリボンが舞い降りた。
(「‥‥リボン?」)
(「ビブロたちのかな。なんか書いてあるけど……単語にもなってないや、字の並びが滅茶苦茶だ」)
(「こ、これ‥‥あんごう‥‥だよね‥‥たいせつ‥‥?」)
(「重要そうだね! 雇い主の話も判ったし、これで戻った方が良さそうだ」)

 二人の気配が消えたことを確認すると、二人の楽器使いはにやりと微笑んだ。

●夜明けの道
 再び夕日が沈む頃。本日最後の公演を終えたビブロ一座が、店仕舞いをしていると、一人の男が赤いマントを靡かせて訪ねてきた。
「ビブロ殿か?」
「そうですが‥‥」
 訝しげに相手を見る。
「名は明かせぬが一座の興行に興味を示した自分の主人が夜露を凌ぐ為の宿‥‥恥ずかしながら一軒家の提供のみになるが自由に使って欲しい」
 アレクシアスは、精一杯の演技。
「無礼を承知で申しますが、身元も明かせないような方のお世話になるわけにはいきません。私達は元々旅の芸人、夜露をしのぐ術には長けております。明日には次の目的地へ向かわなければなりません、この辺で失礼いたします」
 申し出を断ったのはビブロと共にある女楽師。如何にも道理である。敢えて強いるのはあからさまに怪しまれる。アレクシアスは動き出す馬車と共に歩きながら世間話をした。
「お見送り感謝致します。街の門も閉まりますので、そろそろお帰りになられませ」
 夜明けと共に立つと言う。話に出てきた単語を組み合わせ、素早く頭の中の地図を参照し、大体の目星をアレクシアスは付けた。門の近くだ。尾行していたまくるが、アレクシアスの仕事を引き継いだ。

「簡単に誘い出せるタマでは無かったか‥‥」
 キウイは悔しがる。下調べや段取りが無駄になってしまったようだ。
「これは本当にプロですね。捕まえる以前の話です」
 ゼルスも仏頂面。依頼の条件は捕まえてくれだが、これ以上の工作を阻止すると言う最低限の条件は、敵の方から満たしてくれる。しかし、それではあんまりだ。只の雇われ芸人かと思っていればさに非ず。思う存分かき回した上で、堂々と立ち去って行く。
「そうですね。攻撃タイミンクは夜明け直前に」
 巴は二の矢を放つべきだと皆を促す。夜だと闇に紛れて取り逃がす危険性がある。ここは、日の出と共に襲撃を掛けようと。既に門は閉まっているが、まくるが彼らを追って市街で夜を過ごしている。

 明けの明星が輝きを増し、東の空が白んでくる。鶏の作る時が街に響き、夜明けのミサを告げる鐘が高く鳴り響く。捕縛チームはまくると合流すべく道を急いだ。
 既に、教会などに通じる道は、封鎖した。そちらへは迎えぬように罠を張って待機する。
「これで良し」
 ライトニングトラップを仕込んだゼルスは急いで物陰に隠れる。それから数分経っただろうか? 一座の少年がラッパを吹くと、
「ねえ。最後のお話は只で良いって本当?」
 口コミで、朝の仕事の手伝いをしにやって来た子供達が彼らの近くへ寄ってこようとする。
(「なんてこった!」)
 慌ててヴェントリラキュイを詠唱しようとするが間に合わない。ゼルスは泣く泣く魔法を解除した。
「ごめんなさいね。危ない人が襲ってくるので、直ぐに街を出て行かなきゃならないの」
「そんなの、僕たちがやっつけちゃうよ。どこにいるのさ!」
 この展開は非常に拙い。
「おい。まもなく門が開く。行くぞ!」
 ビブロは、そう言うとなにやら呪文らしきものを詠唱する。白く淡い光に馬車全体が包まれた。
 門が開き、ゆっくりと馬車は進んで行く。朝早くから駆けつけていた子供達が、名残惜しそうに見守る中。人が小走りに走る速度で、開け放たれた門に向かって進んで行く。
「に‥‥逃がさない!」
 まくるが手綱めがけて放ったダーツは、命中するどころかその手前で阻止された。
「悪いけどね、捕まえさせてもらうよ! 依頼に捕縛ってあったけど、足や手の一本や二本じゃ死なないだろうから構わないよね」
 キウイがロングソードを抜いて飛びかかるが、なぜか見えざる壁のような物に阻まれた。
「しまった!」
 巴は門を抜けて走り出す馬車に追いすがったが失敗した。いや、得体の知れぬ力に阻まれて飛びつけ無かったと言った方がよい。
 悔しがる彼らの元に一枚の羊皮紙が。馬車からこぼれ落ちた。そこにはラテン語で「我らは蛇。愚かな女に知恵を、愚かな男に誘惑を。それが我ら知恵の樹に宿りし者の役割。――我らは『スフィア』。知恵の樹に宿りし蛇」と記されていた。

●口止め料
「それで結局取り逃がしたんですね」
 ギルドの係員に報告する一行。
「散々だったよ。アイテムの一部が盗まれたりもした」
 アレクシアスは損害を少し多めに申請しておく。
「それで、ビブロの話の内容は?」
 これはマートがはっきりと覚えており事細かく報告したが、途中で係員の顔色が微妙に変わった。
「ご労様。結果としては報酬を払えないが、見聞きした事を絶対に口外しないと誓うならという条件で‥‥」
 一人一人に過分な金貨を握らせた。口止め料であった。