紅の狼2〜シレーヌの詩

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 65 C

参加人数:15人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月28日〜04月07日

リプレイ公開日:2005年04月05日

●オープニング

 ギルドに向かう冒険者たちの目に映るは風邪気味の子供達。それもバルディエ領の学校に通う子供達。
 確かに寒いが、多過ぎやしないか? 話を聞いてみると、子供達は口々に言う。
「川面の幽霊に呼ばれたんだ!!」

 ギルドに参れば、はぁ成程。バルディエからの依頼が張り出してある。
「『河の幽霊』について、調査員求む」
 子供達を引っ張り込むとは何たる事か。正義感に燃える冒険者がこの依頼を受けようと振り返れば、そこにいるのはバルディエ領の御方。
「その依頼、ちょっと待って頂けますか? 依頼内容の変更を」
 新たに足された羊皮紙には、『調査』の文字が消えて『退治』の文字が。
「今までは川遊びていどで済んでたんですけどね。
 一命は取り留めましたが、溺れる子供が出ました」

 幽霊は吟遊詩人の歌に惹かれて現れると言う。
『吟遊詩人』とは最近街にやってきた女。
「私の歌声によって人々が少しでも癒されてくれれば」
 ‥‥この女、歌に魔法を仕込んでいる‥‥?

 彼女の歌を聴きに来た子供達の中から、日に一、二人。不思議な女に導かれて、ふらふらと河へ。おかしな事にその女は、他の誰にも見えやしない‥‥。そう言えばこの間、卿の一人娘も川に引きずり込まれたと言う。まあこれは冒険者の扮した影武者だったそうだが、それでも危険にゃ違いない。

「川面の幽霊退治。引き受けて頂けますかな?」
 バルディエの依頼を携えてきた使いの者は、にっこりと微笑んだ。

●今回の参加者

 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea1625 イルニアス・エルトファーム(27歳・♂・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 ea1747 荒巻 美影(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea3000 ジェイラン・マルフィー(26歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4251 オレノウ・タオキケー(27歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea4668 フレイハルト・ウィンダム(30歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 ea4744 以心 伝助(34歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5297 利賀桐 まくる(20歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea5970 エリー・エル(44歳・♀・テンプルナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6855 エスト・エストリア(21歳・♀・志士・エルフ・ノルマン王国)
 ea7211 レオニール・グリューネバーグ(30歳・♂・神聖騎士・人間・ロシア王国)
 ea7400 リセット・マーベリック(22歳・♀・レンジャー・エルフ・ロシア王国)
 ea8851 エヴァリィ・スゥ(18歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●泥濘の道
「相変わらずの道だ。いや、泥濘が酷いな」
 アレクシアス・フェザント(ea1565)は、用意された馬車の窓から春の街道を眺める。
 道が乾く夏や、凍り付く冬場は良い。何れは整備して快適に走れる道にしなくては。そのためには、きっと物凄い資金と労力が掛かるであろう。
「‥‥アレクシアス殿」
 夢想を破ったのはイルニアス・エルトファーム(ea1625)の声。剣士としては端正すぎる顔に、凄みを加える右目の黒い眼帯。翡翠のような深い碧の瞳に人生を映し、剣を足の間に侍してアレクシアスの正面に座っている。
「キミは以前にもバルディエ卿のお仕事を受けたと聞きくが、いつもこうなのか?」
「ん? ああ‥‥。いろいろ事情があるようだな」
 専用馬車を仕立てての出迎えなど、イルニアスには初めての経験だ。
「まもなく領内に入る。秘密が大切な依頼と聞くので、以降は『旅の剣士・アルセスト』を名乗る。そのつもりでいてくれ」
 泥濘の道は思いの外手間取り、着いたのは予定よりも半日ほど経った頃。日没の鐘を道中で聞いた。
 4つの丘陵に囲まれた平地に蹄鉄よりも急に迂った河に囲まれた土地。ここが事件の舞台だ。まだ野獣除けの柵が出来たばかりの予定地には、移住は始まっていない。僅かに資材置き場の掘っ建て小屋が幾棟かあるくらいだ。それでも睨みを聞かす位置に、陣地のような防御施設が出来ている。砦と言うのもおこがましいくらいの簡素な造りだ。街の予定地に明かりは無い。丘陵の上から漏れる光りが、次第に暗くなる。
 松明を燃やし道を進み、宿舎があるキュアノスの丘に着いたときは星が綺麗に輝いていた。木造の仮教会から漏れるランプの明かりにほっと一息。パンとスープの簡単な食事が供される。具は野菜であった。

「遅いぞ。本来なら面会を許さぬ所だ」
 バルディエは不機嫌そうに口にする。
「敢えて非礼を許すのは、緊急時と言うことだな」
 面会を申し出たフレイハルト・ウィンダム(ea4668)は、値踏みするような視線に切り込んで答えた。
「もう少し口の利き方を計算せよ。意図的に相手を怒らせたり、怒りを忘れさせることが出来なければ、卿(おんみ)は早晩肩までの高さで背を測ることに成ろう」
 諭すような口調でバルディエは、手招きでイスを勧めする。パチっと爆ぜる明かりが、獣の脂特有の臭いを隠らせる。
「調査のため、閣下の学校の講師としての立場を戴きたい」
 バード故、伝承と音楽と話し方ならなんとかなるであろう。その旨を告げると、
「聖歌の講師なら任せても良いだろう」
 承諾は降りた。

●それぞれの賜物
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 パウロはコリント教会の人々に宛てた最初の手紙の中で2種類の者がいると言っています。それは、肉に属する者と御霊に属する者です。前者は成長が無く、後者だけが成長して行くのです。当時、コリント教会の多くの人々は肉に属していました。肉に属するとはどういうことでしょうか?
 コリント教会には妬みと争いがありました。パウロは諭します。『あなた方の間に、妬みや争いがあるとすれば、あなた方は肉に属しているのではありませんか? そしてただの人のように歩んでいるのではありませんか?』と。妬みと争いは深く関わってきます。妬みは表に現れた態度であり、争いはこれより生じた行動です。一方は心の病であり、他方は自己中心の外的表現です。そして、両方とも肉に属しているが故。
 肉は一般に多くの形を取ります。あるいは高慢になって人を裁いたり、全体の働きに協力しなくなったり、自分の好む人、自分を誉めてくれる人とは協力するけれど、自分の希望を取り入れてくれないと人とは協力しない態度をとるのです。ある時は劣等感に陥ったり、ある時は自己憐憫になったり、またある時は高慢になったりします。
 パウロはそれを正すために、身体の譬えを語りました。身体は一つの器官だけでは無く、それぞれが皆違う。しかし全てが必要なのだと。足が、私は手では無いから身体に属さないとか、耳が、私は目では無いから身体に属さないとは言えないように、それぞれ違うけれど皆必要とされているのだ。と言っています。ですから、他の人のように出来なかったとしても、あるいは他の人と違っているとしても。自分はここに要らないと考える必要はないし、思ってもいけません。違ったままで良いのです。勿論、それはめいめい勝手に生きて良いとか傍若無人に振る舞って良いと言うのではなく、みんなで協力するのが大切なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 神学の講義が終わると暫しの休憩の後、先ほどのお堅いクレリックとは一転、やけに軽い人物が教鞭を執った。砂時計をひっくり返し。
「はい、今日から皆さんと音楽のお勉強することになりました。フレイ・ハーラントです。よろしくお願いしますね」
 フレイハルトはらしくない語りで講義を始める。しかし困った。存外に、聞き慣れた用語と理解している用語の違いを、彼女自身理解しているとは言い難かったのだ。
(「まだまだ勉強が足りないな」)
 教師としての拙さを別の物で補う。子供達に身に付くかどうかは別の話だが、聞く者の耳を捕らえて離さぬ語りと絶妙の間で、ボロを出さずに済んだようだ。
 仮面を外していたせいもあるだろうか?
「あれが噂の吟遊詩人みたいですね」
 戸の隙間から様子を伺う二人の女性。イリア・アドミナル(ea2564)は、傍らのエスト・エストリア(ea6855)に警戒を露わに告げる。
「うーん。語りに年期が入ってます。あれ? でもこの声‥‥どこかで聞いたような」
 さえ渡る大道芸の語りが怪しさ倍増。流れるような語りに、砂時計の砂は瞬く間に落ちた。
「随分と楽しい授業でしたね」
 声を掛けたのはラテン語と作法と神学を教えるクレリック。どっと盛り上がる大道芸のような進行に、額に縦皺が浮かんでいた。音楽なんぞ、賛美歌が歌えればそれで充分。と言ったお堅い考えの持ち主で有ろう事は、用意に察せられる。
「まったくバードと言う者は‥‥」
 少し偏見が入ってないかい? それ。

●聞き込み
「影武者ぁ!? 何だねそりゃ?」
「影武者だったのかい? こないだ見えたお嬢様は」
 聞き込みに都市建設のためのキャンプを歩く荒巻美影(ea1747)は、怪訝そうに問い返される。
 子供達の慰問のためにバルディエの娘ルイーザが度々訪問していることは知られていた。花の妖精のように愛らしいお嬢様と聞く。どんなに心の荒んだ者でも、見るだけで心が温かくなるような優しい笑顔の持ち主だと言われている。これは物の喩えだが、この世に司祭様による幼児洗礼の代わりに、デビルによる悪の洗礼を受けた生まれつきの悪党が存在したとしても、彼女故に愛に目覚めるだろう。とすら彼らは言う。
 それで彼らもいつお姿を拝見できるかと心待ちにしていたのだ。忽ちがっかりの表情を露わにする。
「あ、いや‥‥」
 拙い展開になりそうだと慌てる美影。影武者云々はギルド向けの説明だったようだ。

「ボクずっとお手伝いしてたから分かんないや。学校に行った友達からお嬢様がくれたって言うお菓子を分けて貰ったけど、お料理の得意な人なんだってね。大きくなったらお嫁さんにしたいよ」
 通りかかった子供に尋ねるのはレオニール・グリューネバーグ(ea7211)。親愛さを示すために手を握ると、小さいながらも手に堅いマメが出来ている少年は、お菓子の甘さを思い出して幸せそうな顔を作った。
「それで、見た子を知らないか?」
「うん。殆ど学校に行ってる子だね」
「学校か。坊主も通いたいのか? 騎士や商人の子じゃなくても通えるぞ」
 少年は、ちょっと考えてから頭を振り
「ううん。だって‥‥御領主様が買ってきた子は、成績が良ければ将来偉いお役人に成れるそうだけど、それはほんの一握りで‥‥他は全部‥‥。ううん。ボクあんまり賢くないから‥‥」
 言葉を濁した。
「そうか。邪魔したな。」

「吟遊詩人? さぁね。宿にでも泊まってるんじゃない?」
 3年の免税を約束されて移住した若いエルフの男は、そんなことよりも目の前のリセット・マーベリック(ea7400)に興味を示した。
「農地と農具と豚と1年目の食料と2年目までの種を貰えるんだ。この手で運を開いて見せるぜ。お嬢さん、あんたもいつまでも冒険者やってられないだろ。保険を掛けとく気は無いかい」
「‥‥ははは。お気持ちだけ嬉しく貰っておきますね」
 どうやらよそ行きのしゃんとした顔なので、普段よりも魅力的に見えるらしい。大望を抱く身である。殿方の憧れの視線については悪い気はしなかったが、少しばかり当惑した。冒険者をやっていなければ嫁いでいてもおかしくない歳であったからだ。

 その頃、イルニアスは、リセットよりも凄いことになっていた。旅の剣士・アルセストを名乗る美々しい黒衣の騎士の甘いマスクは、戦傷を思わせる黒の眼帯とマッチして、辺りに人だかりを作っていた。若いエルフの娘は言うに及ばず、奉公に上がるほどの子供を持ったおかみさん。果ては異種族の女性まで、あたかも噂の人気俳優を見るが如き瞳で、集まって来る。少しばかりヨン様(ヨシュアス・レイン)の気持ちが分かったような気がする。
「お兄さんかっこいいわねえ、この辺の人? あたしに旦那がいなかったら‥‥」
「アルセスト様ぁ。こっちを向いてぇ〜」
 ちっ。と忌々しそうに睨む荒くれ達を後目に、いろいろと情報を聞き出そうとするが、反対に自分のことを聞かれるばかり。イルニアスはふうっとため息を吐いた。それをニヒルな翳りと見て、娘達の騒ぐこと。真に群集心理とは恐ろしい。
「静まれ! 何の騒ぎだ。即刻解散せよ!」
 バルディエ配下の騎士が取り締まりに現れるまで、いくらも時間が無かったと言うから、その騒ぎの程を想像して貰いたい。

 三日目の夕刻。一行に進まない捜査の足を引きずって、宿舎に帰った一行がそれぞれに情報を持ち寄ると、おぼろげながら事件のあらましが見えてきた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1.女性吟遊詩人がやってきて、歌を歌うと幽霊が現れる。元々川辺で歌っていて、いつのまにか人が集まるようになっていた
2.最初のうちは特に何も起きなかったけれど、ある日『女の人がいた』という話が子供たちの間で広まる。それくらいは気にしていなかったが、ある日呼びかけて来るようになった
3.川に落ちた音を聞いた人々が救出。それほど深くないところだが、溺れた子供が出た日はたまたま暖かくて雪解け水によって増水・急流と化していた
4.川に子供が落ちるたびに演奏は中断。最近は子供たちが度胸試し的に歌をせがむようになる。川へ落ちるのはたいてい「たまたま立ち寄ったそれ以外の子供」
5.溺れた子供が出て以来、当の吟遊詩人は人前で歌を歌っていない
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ところで、誰もその吟遊詩人には会いに行っていないのか?」
 何気なく アレクシアスが尋ねると、
「「「あ゛‥‥」」」
 一同はいっせいに唱和した。

●エストのお城
 なんとか出来上がった小屋。エストのお城は煉瓦造りの研究室。火事が心配されるので、延焼を防ぐため、矢が届く範囲の5倍の範囲の樹を伐採してある。炉に坩堝、天秤に乳鉢。明かり採りと換気のための天窓。窓の鎧戸には、防火のために糊で練った粘土が厚く塗られている。一般人から見たら、得体の知れない器具が並べられている。暗い室内と異様な有様に、人はこれが拷問部屋であると言われても信じるかも知れない。
「やっぱり、あと排水処理が不可欠ですね」
 酸に耐えられるよう、内側に金メッキをした鉛の管。排水を処理用の池に集め、炭の粉と粘土で濾過して灰を加える。これで汚染を一部にくい止めれるはずだ。薔薇水や油菜の処理程度ならば何でもないが、金属を扱う実験ではきちんと処理しないと大変なことになる。クレリックや毒消しがいくらあっても足りない事に成るであろう。

●吟遊詩人の憂鬱
 宿の一室。冒険者達は件の吟遊詩人の話を聞いた。女の名前はヘルガ。冒険者になってまだそれほど経っていないという。
「まだまだ歌い手としても冒険者としても未熟なんです。だから、何か出来る事はないかなと思って‥‥この街へ来ました。新しい街という事でいろいろとあるかと思い、私の歌が少しでも役に立てば‥‥そう思っていたのですが‥‥あはは、メロディー位しか使えないのに、身の程知らずですよね、ホント」
 俯き気味の表情は、語らずとも今の心境をはっきりと映していた。
「『私が歌うから』幽霊が出てくるんです。じゃあ、私がここにいなければいい。‥‥実は、もうここを出て行くんです。借りてた宿も引き払って、竪琴も売ってきました」
「え、そ、それって‥‥」
 ジェイラン・マルフィー(ea3000)が慌てる。商売道具である楽器を『手放した』という事は、すなわち‥‥。
「ギルドに行って、登録も取り消すつもりです。‥‥歌えない吟遊詩人なんて、驢馬にも乗れない騎士様のようなものですから」
 呪歌を警戒していたオレノウ・タオキケー(ea4251)もエヴァリィ・スゥ(ea8851)も、その悲痛な瞳に己を映す。自分から歌を取り上げられたらいったいどうなるだろう? ‥‥歌を生きる術として選んだ者にとって、それは絶望、それは悪夢、それは己にとって最悪の結末。ほろり、ほろりとこぼれていくヘルガの涙に、利賀桐まくる(ea5297)もつい貰い泣きである。長い袖でこぼれる涙を拭いたヘルガは、にっこりと‥‥無理やり微笑んで、自分の話を聞いてくれた冒険者達に頭を下げた。
「もうそろそろ馬車が来ますね。これに乗らなきゃ、また明日になっちゃう。‥‥子供達や街の皆さんと別れるのが辛いから、早く出て行こうと思います。‥‥じゃ」
 荷物を抱え、ヘルガが冒険者達に背を向けたとき。
「あ、あ、あの‥‥へるがさん‥‥ほんとうに‥‥なにも‥‥?」
 誰もが聞きたくても聞く事の出来なかった問い。まくるが、勇気を持ってその一言を口にした。
 ‥‥歩みを止めたヘルガは、首だけで振り返り。
「‥‥あたしが本当にそんな事出来るなら‥‥あなたたちは敵。‥‥本当に幽霊を操れるなら、とっくに川に沈めてるわ」
 ぼろぼろと零れ落ちる涙に、嘘はなかった。

●噂話は駿馬より早く
 丘の上の館にて調べ物をしているのは、以前からこの地で活動することのあったエリー・エル(ea5970)。この辺りに伝わる伝承など、これまで気にする事もなかった。一つ一つ書き記された羊皮紙を慎重に扱いながら、エリーは求めるものを探していく。
「うーん‥‥川や水に関する話は見当たらないわねぇン。出てくるのは‥‥150年前程のお姫様とそれに従う従者や騎士の話かぁ」
 何の関係もない子供達を危険な目に合わせるとは言語道断。ギルドで貼られた羊皮紙を見た時から、エリーの怒りは未だ収まっていない。勿論その為に人にぶつけるなどという事はしない。事件解決後に犯人に向けてぶつけるエネルギーを貯めている、とも言えなくはないが。
「これだけ探しても伝承が無いって事は、やっぱり人為的なものかしらねぇン。イリュージョンの魔法なら簡単か」
 その割に声が聞こえたという事が気にかかるが、エリーの中ではそのような結論に達したようだ。まあ、犯人を締め上げれば真実はいくらでも引き摺り出せる。重要な書類を棚に戻しながら、頭の中で己の結論を纏めていると、書庫の入り口に小さな人影が。
「あらぁ、こんにちはァ。どうしたの?」
 自分の教え子でもある少女ににっこりと微笑を向けると。少女はぼろぼろと涙を流し、エリーに抱き着いてきた。
「せんせー‥‥おねがい、殺さないで、いい子にするからあたしたちのこと殺さないで‥‥!」
 ?!
 いったい何の話か。困惑するエリーの眼の片隅に、新たな影が入った。ギルドで見かけた不思議な男。ジャパンの衣装と思われる上下を身に纏い、羽の団扇と先のL字に折れ曲がった奇妙な鉄の杖を持つ男は、苛立ちを隠せない表情で。
「あんたたち、いったいどんな噂をばら撒いたの?」
 きつい口調でエリーに問うた。‥‥ここ数日この書庫に閉じこもりっぱなしだった彼女には寝耳に水の話である。泣きじゃくりながら少女が言う。
「冒険者の人たちが、成績の悪い子は錬金術の実験に使うって。街の人たちが言ってるの‥‥」
 あまりのことにエリーの思考は停止する。その前を現実感の喪われた声が過ぎ越して行行った。
 暫くして漸く理性を取り戻した時、真っ青になった円巴(ea3738)とイリアが部屋に駆け込んで来ていた。まだ呆然とするエリーの耳に、
「済まぬ。してやられた‥‥」
 巴の悲痛な叫び。怒りと情けなさとで握りしめた拳が掌を破って血を滴らせている。イリアはイリアで今にも失神しそうな有様だ。

 バルディエに買われた子供達の身の上は様々である。親と死に別れた者も少なくない。否、親の顔すら知らぬ者ばかりと言っても過言でない。いったいどこでどうねじ曲がったのであろうか? 彼女らが広めた『成績優秀な生徒には親と会わせるなどの褒美』と言う話が、めちゃくちゃな話になっている。パリとドレスタットのギルド総出で子供を捨てた親を大捜索などと言う話は、まだましな方である。成績の芳しくない者を『天国の両親に会わせてあげると言って斬り殺す』だの。確かに権力の一端に与らせるが、いざというとき全責任を背負わせて処刑するための駒だの。およそ二人の考えもしなかった悪意有る噂にすり替わっているのだ。
「抜かった‥‥。敵が既に浸透している可能性を失念していた」
 それは彼女ほどの人物ならば、当然読んでいなければ成らないレベルのものであった。それだけに、痛恨の思いが溢れる。
 ドン! ごちる巴の言葉を遮るように床に鉄の杖を突いて。不思議な姿の男は、涙声で冒険者達の失策を嘆いた。
「悪意の噂は別としても。あんた達本当にあの子達の親を探し出してやれるっていうの?! いい加減な事いうのはやめて!! その言葉がどれだけ子供たちを傷つけるか考えてない!!」

●パラの女
 馬車を待つパラの女。
 その隣に立った男が、すい、と竪琴を取り出した。
「これ、あなたの竪琴じゃありませんか?」
 背の高い男の顔は、夕焼けに照らされてはっきりと見る事は出来ず。けれど、所々にある小さな傷は確かに自分が売り払った竪琴と同じもので。
「あなたの歌が好きでした。‥‥歌を止めるなんて言わないで下さい」

 パラの自分と同じ高さにまでしゃがみこんだ彼の視線はとても優しくて。
 そして、とても暖かかった。

「良かったら、私達の一座に加わって頂けませんか? 私達は一人一人ではとても弱い存在です。だからこそ、皆で力を合わせて守りあっている」

 零れる涙を止める事の出来ないヘルガに、男は言った。

「私達が守ります。誰にもあなたが歌う事を咎めさせたりしません」

●赤頭巾
 あれだけ派手な赤い頭巾が、消えた。
 ハーフエルフに抵抗はあるとはいえ同じ依頼を受けた仲間だ。オレノウは街を探す。
「手を繋ぐ位のことはしてやるべきだったでしょうか‥‥」
 だが、仮に少女とはいえ冒険者。まして十三歳ともなれば充分に嫁にいける年齢である。‥‥実際に行くかどうかは置いておいても、手を繋いで引っ張ってやるほどの年齢ではない。小さく溜息をつくと、これまで通ってきた道を一人で戻っている時の話である。

(「あ、あれ‥‥?」)
 エヴァリィはおかしいと思いながらも、逸れない様にエルフの男の後についていった。古着屋で金さえあれば簡単に入手出来るその服はあまりにも特徴がなく少々見逃した時もあったが、すぐに見つけたその美しい金髪はオレノウのものに違いないと思っていた。今まであまり選ばなかった道を選んでいるのも、きっと敵と思われる組織から見つからないようにするため。そう思っていた。

 ついさっきまでは。

 人の気が無くなり始める夕方の街外れ。領主の館からもバルディエが念の為に取ってくれた宿からも離れた所で、美しい黄金の髪を持った男がくるりと振り返った。
 ‥‥オレノウに負けず劣らずの端正な表情。エヴァリィが冒険者でなかったなら、あるいは一目で恋に落ちてしまったかもしれない程の顔立ちは、しかし、オレノウとは比べ物にならないほど恐ろしい、負の空気を一瞬にして身に纏わせた。夕日の色を映してかそれともエヴァリィの頭巾の色が映るのか、血のように紅いその瞳は真っ直ぐに小さな少女を見下ろして。
「‥‥!!」
 少女が後ろを向いて逃げ出すよりも遥かに早く。
 二つの衝撃が、少女を襲った。

「おい、人の獲物に何するんだ」
「え、何、お前気づいてたの? ばっかだぁって言いながらずーっと見てたんだけど」
 美しい髪のエルフの男と二人のシフールの会話が、夢うつつにエヴァリィの耳に入ってくる。
「こんな派手なモンつけて尾行するとは思ってなかったからな。確かにしばらくは油断してたよ。あーあ、これからどう弄ろうかと思ってたのに。あの歌うたいも出ていっちまったからな」
「やめとけやめとけ。ハーフエルフなんか弄っても面白くないって。仲間にするならともかく」
 少女の赤い頭巾を振り回し、三人の会話は続く。
「で、どうするよこのガキ。俺らの事気づいてるからには生かしとく訳にはいかないけど」
「どうするも何も。『川の幽霊様』の仕業、でしょ?」
 三人の笑い声。身体を持ち上げられる感触を最後に、エヴァリィの意識は途切れた。

 夜も更けて。
 一人、夜の川を捜索する赤毛の男あり。ジャパンからはるばるこのノルマンにやってきた情報屋、以心伝助(ea4744)である。伝助は以前川に落ちた少女の事を思い出し、今回の件に繋がるものはないかと必死に思い出そうとしていた。
(「‥‥あんな事が人為的に引き起こされているとしたら、許せやせん」)
 領主の娘の影武者を救ったのは、実は彼である。まだ水冷たい川に飛び込み、水をたっぷり吸って重くなったドレスを引き上げ、強引に水を吐き出させ薬を流し込んだ。‥‥発見が早かったから良かったものの、下手をすれば引き上げようとした者まで溺れかねない状況だ。ここ暫くの陽気の為か、川はあの時よりも水かさは増し、落ちたらどこまでも飲み込まれてしまいそうなほどに暗い色を湛えている。
(「ウサギ、と言っていやしたが。方法を変えたんすかねぇ‥‥ん?」)
 暗い色に浮かぶは、そこにとってありえない色。

 赤い、頭巾。

 『赤』という色は特別な色だ。ハレの日の衣装だったとしても、この辺りの子供が普通に持っているとは考えにくい。勿論、彼がこの街で過ごしてきた日々でも、『赤い衣服』を着た者は祭りの時期以外に見た事がない。
 ただ、彼の頭に一人。
 赤い頭巾をつけた者が浮かんだ。
 この依頼の仲間である少女。
 ハーフエルフの証とも言えるその特徴的な耳を隠すために頭巾を身につけていた、少女。
 幽霊を見かけたという子供達より、ほんの少しだけ年上の‥‥少女。

「‥‥またでやんすか?!」
 衣服を脱ぎ捨て、褌一枚で川に飛び込む。雪解け水で増水した川はまだ冷たい。それでも、この間の影武者嬢より簡素な衣服の為か、それとも『水の中で暴れる』という事すら出来ない少女の状態の為か、先日よりかはまだ楽に回収できた。
(「‥‥こんな事に慣れたくはネぇんですけどね‥‥」)
 慌てて火を焚き、水を吐き出させる為に胸を押す。ゴポリ、と水を吐き出したところで頬を叩き、意識の有無を確認する。
「おい! 大丈夫でやすか?! あっしの声が聞こえるなら、返事して下せぇ!!」
 ‥‥げほげほと咳き込む少女にほっと安堵の吐息をつくと、伝助は少女の小さな身を抱き上げ、仲間達のいる宿へと走った。
「‥‥ゆう‥‥れ‥‥」
「今はまずしゃべらんで。舌噛みやす」
 か細い声で、少しでも伝えようとするエヴァリィの口から零れる言葉に。
 足を止めぬ伝助も、驚きを隠せなかった。

「‥‥るがさん‥‥かんけいない‥‥える‥‥と‥‥しふ‥‥」

「? エルフとシフール?」

「まほう‥‥ほかのひとが‥‥へるがさ‥‥つかわれた‥‥だけ‥‥」

●スフィアの蠢動
 川の幽霊は消えた。
 無論、真の正体はうっすらながら見えたわけだが。
 エヴァリィの命がけの証言から、少なくとも複数の何者かが人為的に幽霊を作り出し子供たちをおびき寄せた、というのが真相のようである。そして、先日街を出ていった女性吟遊詩人が無関係であったことも。バルディエとその兄クラナド(クララ、はどうやら愛称であるようだ)がその報告を受け、大きく溜息をついた。
「つまり、ビブロ一味の仕業、と考えるのが一番無難という事か。以前の連中とは違う奴らが出てきたとなると‥‥」
「‥‥彼らの規模が分からなくなってきたわね」
 ビブロ一味。
 探しても探しても見つける事の出来なかった影が、ここで突然色濃く浮かび上がった。アレクシアスや伝助、巴らの『以前ビブロ一味に関わった者』達の表情が曇る。またしても奴等の方が一枚上手だったというのか。悔しげに左の掌に右の拳をぶつけるジェイラン、爪を噛むまくる。一度ならず二度までも、彼らの『勝利』を許してしまったのだ。
「‥‥まあ、川の幽霊は消えた訳だ。依頼は終了。ギルドで報酬を受け取ってくれ」
「待て。一つ、聞きたいことがある」
 アレクシアスは自分の作業に戻ろうとする二人に声をかけ引き止めた。あまり宜しくない顔色のバルディエに、以前から思っていた事を聞く。
「『スフィア』と言う名に覚えはあるか?」
「‥‥すまん、記憶にはないが。それが何か」
「そうか。覚えておいてくれ、それが奴ら『ビブロ一味』の本性だ」

 帰路を行く冒険者達。その顔は、やはりあまり浮かない。その中でも浮かない顔をしているのはエヴァリィだ。知らず知らずとはいえ犯人の尻尾を掴みかけ、その上で逆に殺されかけるという失態。同じ吟遊詩人仲間でもあるヘルガの歌の道を、自分達の思い込みで絶ってしまったこと。
 あの後、エヴァリィは子供たちのメンタルケアとばかりにオレノウを引っ張って学校へ演奏にいったのだが、教師に「魔法を使わないように」と釘を刺され困惑した。音楽は自分の内面、心を映す。恐怖に震えた夜を過ごしたエヴァリィには、心の底から『楽しい』音楽を奏でる事が出来なかったのだ。オレノウや先に潜入していたフレイハルトのおかげで演奏会は無事に終了したが、きっと自分だけではうまく行かなかったであろうことは目に見えている。
 おまけに自分が川に落ちたことで、伝助の持っていた高価なポーションを消費させ、今後の事を考えてと仲間達がクラナドに手持ちのポーション類をほとんど差し出してしまったのだ。皆にしてみればいい出費であろう。なんだか今回の事件、一人で足を引っ張ってしまったような気がしてならない。小さく溜息をつくと、頭巾の上からぽん、と暖かい手が置かれた。
「しかし、生きててよかったねぇ。死んじゃってたら仕返しも出来ない」
 イルニアスが人の良さそうな微笑を見せる。美影やレオニールもそれに続く。
「そうそう。今度会ったら絶対とっ捕まえてやるから、一番最初に好き勝手にお返ししていいからね?」
「まあ、その権利はあるな。全裸にするなり踏みつけるなり」
 ‥‥クールな容貌でとんでもない事を言い出すレオニールに一瞬静まり返った仲間達は、その後爆笑の渦に包まれた。笑いの理由が分からないのはレオニールばかり。曇っていた少女の心に、ほんの少しだけ晴れ間が見えたようだ。

 冒険者の集団が、ドレスタットの街へ帰ろうと歩みを進めている時。
「‥‥あれぇ? ねえ、あの子生きてるよー?」
「あーあ。また失敗してるんでやんの。だからあん時に殺せば良かったのに」
「『川の幽霊のせいにしよう』って言い出したのはお前だろうが」
 冒険者達を遠くから見つめる、複数の影。
「まあいい、次に来た時には必ず殺す。そういう事で」
「前向きね‥‥ま、それがアンタの取り柄だもの」
 けらけらと笑う女、むくれる男、種族も性別もばらばらな集団。
 その奥に。
 一人の男と、女の姿があった。
 女は眠る。男の肩を枕に。
「今はゆっくり眠りなさい。誰にもあなたを咎めさせない。私達はあなたを歓迎します‥‥ヘルガ」