【収穫祭】ベルモットの戦い〜紅軍1
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月25日〜10月30日
リプレイ公開日:2004年11月02日
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●オープニング
刈り取られた畑には落ち穂が溢れ、寡婦と孤児の充分な取り分が残される。馬は軽茅の中を風と二人で駈け比べ。世は平らかにして、戦争を知らない子供達がここパリにも増えつつあった。
「不健康ですね、昼日中からこんな所でワインにおぼれているなんて」
艶やかな声に、ちらりと銀色の髪が揺れる。端正な顔立ちからつくられた柔らかな笑みで、彼はその人物を隣の席に呼び寄せる。彼の手の中にあるものをちらりと見ると、カウンターに声をかけた。
「私もワインを頂きましょうか。‥‥彼と同じものをね」
細い手にグラスが渡ると、彼はようやく口を開いた。
「‥‥珍しいですね、あなたが私に会いに来るなんて」
「あなたが私に会いに来たんじゃないアッシュ」
アッシュは、そうでしたか? ととぼけた声をあげる。
「アッシュ、聞きましたよ。またギルドの子を使って、猿やら磯巾着を食べさせたんだとか? いけない人ですね‥‥」
「私はマレーアほど意地悪じゃ、ありませんよ」
人が見れば、五十歩百歩。どちらも怪しい事には違いない。
マレーアはくす、とわらってグラスを掲げた。赤い液体の向こうに、ランタンの灯が見える。
「アッシュ、私退屈しているんです。‥‥何か楽しい事が無い?」
「楽しい事ですか?」
少し考え込み、アッシュがすい、と視線を上げた。
「‥‥久しぶりに戦争なんてどう?」
「戦争? どこをけしかけるっていうんです」
「いいえ、模擬戦ですよ。せっかくの収穫祭ですし、模擬戦でもやって盛り上げるのもいいかと思いますが‥‥幸い、私の『知り合い』がパリ郊外に土地を持っているんです」
知り合い、という言葉にマレーアが興味を示す。
「あなたのパトロンと言うと、どこと繋がっているものやら‥‥」
「いいえ、どこにでも居る貴族のうちの一人ですよ。せっかくの収穫祭ですから、何かイベントがやりたいと言うのです。勝利者側には、ベルモットが振る舞われるそうですよ」
「美味しい酒が出るのならば、やらない訳にはいきませんね。‥‥かつては戦争政治陰謀といえば、あなたの名前が挙がったものです。これは、腕が鳴りますね」
マレーアは楽しそうに、ふふっと声をたてて笑った。
宿に戻ったマレーアは、さっそくアッシュと協議した結果に基づいた計画書を作り始めた。
まずマレーア側が防御、アッシュ側が攻撃側となる。人数はギルドを通して招集し、パリ郊外に布陣する。
築城編成等準備、そして模擬戦集結まで締めて10日という所だろうか。
「防御と言うものは、有利な闘い方です。予め準備をし、地形や障壁に護られて戦うのですから‥‥。でも、守ってばかりでは勝てませんね。機を見て攻撃を仕掛けませんと。地形を活かし、砦を連携させ、幾重にも罠を張り、要所に兵を伏せる」
駒を繰るものは、人か魔か‥‥来るべき叙事詩を前にしてマレーアは地図を取った。
[模擬戦ルール]
1:布陣
.両軍は紅軍(防御)と白軍(攻撃)に分ける。初期参加人数は紅軍15名+陣地構築支援要員20名、白軍36名までとする。
.紅軍は土で城1つと砦6つを、白軍も土で城1つを事前に、相手に見えぬように構築する。
1:防具と武具
.防具は実戦と同様。その上から紅白の布の服を着る。
.槍は6フィートの棒の先をキルトで包み、顔料を塗る。
.鏃は丸い木製でキルトで包み顔料を塗る。
.剣は木剣で刃部分に布を巻き、顔料を塗る。
.急所に顔料がべったりつけば負傷と見なし、城や砦に仲間が回収する。服は紅軍40枚、白軍110枚初期配布され、汚れた布の服を取り替えれば回復と見なす。
.城や砦には防備のために顔料を入れた堀を創ることが出来、城や砦から、顔料を柄杓で掛けることが許される。
.替えの服が無くなった場合は回復できず、負傷の者は戦いから除かれる。
.砦の旗を奪えば、砦を陥落と見なし、戦いから除く。砦に備えてある服も失われる。
.城の旗を奪えば、城陥落と見なし勝利とする。
.敵を全滅させれば、勝利とする。
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1マス100フィート四方
□:平地
川:川
丘:丘陵
茂:茂み
森:森林
◎:白軍城塞
●:紅軍城塞
●リプレイ本文
●縄張り
「うわぁ。いい眺め」
ヴィーヴィル・アイゼン(ea4582)が声を上げた。水は清らで緩やかに、大地の恵みが絶えせぬ豊かな土地である。軽茅を分ける駿馬の足下を、野ウサギが跳ねる。
「騎士様。それが評判のファシネ様ですかい」
物見高い農民がヴィーヴィルの姿を持て近づいて来た。
「あはははは」
はにかんだ彼女の姿を見て、農民は。
「なるほど、ペガサスの血を引く名馬とは、立派なものですなぁ」
噂とは拡大し、大袈裟になり、かつまた美化されるものらしい。しかも、名前間違ってるし‥‥。
「この子はシファネじゃないですよ」
弱ったような面持ちで、ヴィーヴィルは訂正した。
三々五々に現地に集まった紅軍メンバーは、城後背の丘に登り地図を広げた。既に酒場で打ち合わせした印が地図に書き込まれている。
全体を20×20のチェス板に見立て縦軸を数字、横軸をアルファベットで表す。つまり左上のマスは1A、右下のマスは20Tだ。
「どうじゃ? 見えるか!」
七刻双武(ea3866)が幼児のような炎の様に光り輝く赫い髪の少年を肩に乗せる。
「双武さん。重くないですか?」
双武は答えず、ただ一縷の笑みを持って応える。御歳10歳の、しかもバラの少年である。完全武装時の鎧兜程度の重みが、彼に堪える筈もない。
仰ぎ見れば、呼んでみたって届かない程蒼い空。香ばしい草の匂いを、穏やかな風が運んでくる。俯して見れば、眼下に見える川の流れ。ジャイアントも簡単に覆い隠してしまいそうに伸びた草の丈。戦場の外にある、刈り取りの済んだ畑の並び。
城の建設指定地には、既に杭が打たれ縄が張られ、紅白の旗が靡いている。
「大体地図の通りですね」
テュール・ヘインツ(ea1683)は打ち込んだ杭の上に、画家のキャンバスのように置かれた、板枠張られた縦横の糸越しに戦場を俯瞰する。そして、地図に合わせるように糸の位置をずらしてゆく。糸を渡した板枠には、等間隔に無数の細かい切り込みが入れられていた。
「こうかな?」
抽象化された地図と、ほぼ重なるように糸は合わされた。これが全ての作戦の基盤となるものだ。
「本当に出来るかどうか心配だったけど、地形的には問題ないよね」
ヴィーヴィルは固定された木枠を覗き込み話に参加する。
「丘の17Oと19Oを切り崩し、18Nにある城の四方を4つの砦で固め、中州の11Nを出城として、この丘の16Qに高度差を利用した支援の砦を築く。可能ならば連絡用の通路を地下道で繋ぐくらいじゃろか?」
「砦で堀と縄張りを隠し直ぐ外せる板橋を渡すんだね」
ヴィーヴィルは蝋板に
□□☆◆□
□☆●☆□
□□☆◆□
と描いた。●は城、☆は砦、◆は掘り崩す丘である。
「応、屋根を板で葺き、土で覆った2階建ての砦じゃ。出来れば出撃用の虎口を備えたいものじゃ。堀の幅は馬が飛び越えられぬよう広く造る‥‥。この砦が完成すれば相当な防壁となるじゃろうて」
「掘はこうだよね」
テュールは簡単に
――― ――― ―――
――― ―――
――― ――― ―――
と描く。
問題は、それを10人でやると言うことだ。幸い平地の地面は柔らかく、堅い岩盤はなさそうに思える。
「お早いお着きですね」
模擬戦の依頼人マレーアがフライングブルームに乗ってやって来た。
「一方は直線の空堀にして敵の攻撃正面を造り、そこへ最低3方向からの矢を集中できるようにすると良いですね。空堀の深さはジャイアント二人分。空堀の底に杭とロープで障害物を造ります。空堀の左右には隠蔽した横矢を射掛ける場所を造り、堀を超えると日干し煉瓦の垂直の壁。横矢は土塁と落とし穴で守ります。人員の回収は腰縄で吊り上げましよう」
説明を聞くなり追加の仕掛けを付け加える。
それから、簡単な質疑が続く。先ず、木材の使用だが、安全性を確保するためならばOK。
「材料は土だけです。但し、藁を混ぜて日干し煉瓦とし、積み上げることも出来ますよ。魔法は、味方に作用する支援魔法。築城の安全性確保のために使う魔法。味方陣地のフィールドに作用する非攻撃魔法。治癒の魔法。これらを除いて不可です。築城時の妨害は不可。先に砦を造る場所を確保してしまえば、その隣接区域には入れません。模擬戦用の弓矢や槍、木剣などは、主催者側で用意します。但し、弓などは使い慣れた物のほうが都合良いと思います‥‥相手の仕掛けた罠を事前に解除するのはありです。但し、相手もそれを見越して、解除した場所に罠を再び仕掛けるかも知れませんね。偵察も双方問題有りません。ただ、築城の邪魔をしては為らないだけですよ。模擬戦のルールですが、馬は使用して構いません。双方防具は完全武装なので、故意に狙ってはいけない部分は、眼球・金的です。急所に顔料を着けるか、服の1/3以上を顔料で汚せば負傷です。ダーツやナックルの使用は矢や木剣に準じます。鏡を使った目くらましや、荷馬車等を防壁とすることを禁じます。まさかやる人は居ないとは思いますが、噛みつきも禁止です。実戦ではありませんので、ラケダイモンの勇者達に倣う必要はありません」
「ねぇ。その箒貸してくれませんか?」
テュールがわくわくしながら言ってみる。その人なつっこい、血の代わりに青い炎が流れているような因業な悪人でさえも、つい心を許してしまいそうなうるうるの瞳の攻撃に、一瞬マレーアも心を動かしかけたが、
「ちょっと乱暴に扱っただけで壊れてしまうようなものですよ。人数も少ないですし、築城の作業に役に立つくらいです。模擬戦では実用的では有りませんよ」
●罠作り
丘の上。クオン・レイウイング(ea0714)は、気持ちの良い風を受けながら、暫しの休息を楽しんでいた。
(「敵を狙撃するなら、ここからが具合が良さそうだ。身を隠せる様に、もう少しだけ手を入れて‥‥」)
そんな事を、ぼんやりと考える。ここからは、川、周辺の茂み、そして自分達が守るべき城塞を見渡す事が出来る。元々、守り良い場所を選んで築かれた城塞であり、紅軍陣地だ。攻め寄せる敵は多くの時を、こちらに身を晒したままで戦わなければならない。その、唯一と言っていい隠れ場所が、生い茂る茂みな訳だが‥‥。彼はその茂みの中に、草を結んで作る、ごく簡単な罠を仕掛けて回った。競技の趣旨に則り緩めに作ったから、せいぜい蹴つまづくか転んでくれるか、といった程度だろうが、動きの止まった敵は良い的になるだろう。敵の行動を乱すのに、きっと役に立つ筈だ。更に、新しく築く陣地前面の茂みは、屈んでも隠れきれない程に刈り込んでしまう予定だ。敵は、最も身を隠したい場所でそれが叶わない事になる。完全に刈り取ってしまわないのは、足元の罠を隠す為。陣地の真ん前でモタモタしてくれれば、容易く討ち取る事が出来るだろう。敵が川から上がってくるであろう場所には、落とし穴を設置してある。たいした深さでは無いが、穴の中には顔料がタップリだ。罠に気付いた敵が迂回するであろうその進路上にも、更に落とし穴を仕掛けてある。こちらの方は、自分の持てる技術をつぎ込んでカモフラージュを施した。2段構えで、確実に敵を陥れる作戦だ。
「しかし、相手を怪我させない程度に戦うっていうのも、難しいもんだ」
彼は競技用の矢を弄びながら呟いた。丸い木製の鏃をつけて、その頭をキルトで包んだものだが、当然ながら普通の矢ほどは飛ばないし外れ易い。もっとも、当てられる方からすれば十分に怖いし痛くもあるのだろうが‥‥。罠の種類も随分と制限されたし、他にも怪我をさせない為の制限は多岐に渡る。半分手足を縛られて戦う様なもので歯痒いが、クオンはふと、テュールが『実際に剣もって斬りあったりとかは好きじゃないけど、模擬戦なら面白そう』と屈託なく笑っていたのを思い出す。
「ま、たまにはこんなお遊びがあってもいいか」
伸びをして、空を見上げる彼。陽はもう高い。
「‥‥そろそろ食事の算段もしないとな」
落とし穴も茂みの罠ももっと仕掛けておきたいし、刈り込みも進めて‥‥と、ここだけでもやる事は山ほどあったが、腹が減っては戦が出来ぬ。人間、楽しみがあってこそ頑張れるというもの。彼は勢いをつけて立ち上がり、服についた土を払った。
●食料集めで大苦戦
クオンは時間を見計らって作業を離れた。もちろんさぼりではない、食材の確保のためである。穴堀りやら罠やら、大勢で働いているが、まだまだ時間はかかりそうだ。保存食は全員持ってきているだろうが、本物の戦場でも有るまいし、折角のお祭りである。良いものを食いたい。士気を高めるには旨い物が一番。
それに、敵側も同じぐらいの人手で作業しているならば、作業しているあたりの動物は逃げている。狩猟ができるということは、周辺に敵が罠や砦を築いていないということになる。つまり敵の伏兵の準備を調べることも兼ねてしまう一石二鳥。
「ちょっとフライングっぽいか?」
ロングボウと矢筒をもって、まずはこちら作業地の周辺から探り始める。森は木の伐採がない分、獲物も残っていそうだが。
クオンの腕前は、敵に対してはかなりのレベルに達しているが、相手が野性動物となるとまだまだだ。動物を捕まえる簡易な罠を設置してみる。僅かな獣道があるから、ここを通るはずだが。近くに敵側が伏せる場所を準備しているならば、逃げてしまうだろう。自身はそのまま獲物の痕跡を探して移動する。
岬芳紀(ea2022)は川辺の地質調査をしていた。中州にアレクシアス・フェザント(ea1565)が提唱した攻略拠点となる中州砦を作るための浮橋ポイントを探すついでに川で魚を釣って食料を確保していた。残念ながらまだ釣れてはいない。釣りをするということは川の水深や流れの速さを計ることになるから、釣果がなくても有益であった。そろそろ、川の水も冷たくなってきている。釣果はゼロ。すでに中州に砦を作る準備を始めているから、魚の警戒心も上がっているのだろうか?
竿を振り、糸を垂れて、水底の様子を探る。針がついているとできないから、まずは重りだけ。腕が疲れるまでで相当広範囲に調べることはできた。ただし、針をつけて以降はポイントに入れてもアタリは少なかった。
「いない」
クオンは、けっこうあちこち探し歩いたが大きな獲物には出会えなかった。やはり敵側も動いているらしい。
「手ぶらでないだけいいか」
捕まえられたのは、穴蔵に潜っていたウサギが3羽。
芳紀も似たようなものだった。雑魚が数匹。
「全員で分けるには少ないけど」
それでも公平に切り分ける。獲物が少ないということは、敵も準備に動き回っているということ。それが分かったことが本当の収穫だったかも知れない。
●城普請
少し遅れてアレクシアスらが到着。何れも腕の立つ者ばかり。馬から荷物を降ろし、工事用の荷車に据える。
「城と周りの砦を固めねばな。特に周囲の砦は城の縄張りを隠蔽する意味もあるじゃろう。何、本物の矢玉も跳ね返し、10人で敵勢の100やそこらと渡り合って3日は持たせる堅陣を築いて見せるわい」
フランク・マッカラン(ea1690)は、近年まれにみる心地よい血の滾りを覚えた。
(「ノルマン復興戦役において、随分とこのような事をしたもんじゃ」)
馬上過ぐ幾多の戦陣。拓かれし平かなる世。残余神の許すところ。思いて、つい目頭が熱くなった。
「いかんいかん。これは祭りであったのう。しかし、こういうこともできるような平和な世の中になったのじゃな。楽しむとするかのぉ」
少々荒っぽいが自分達が祭りの主役である。
一方、実際の戦を知らぬ若い世代は‥‥。
「これだけ広いと、何処からでも来そうだな」
数えにして弱冠(二十歳)。芳紀にとって陣地構築は初めての体験だ。鋼の如き6尺の体躯。武芸ダコに固まった両の手。白柄の傾き具合も美々しい若武者は、刀をスコップに持ち替えて難敵に挑む。
掘って、掘って、また掘って。掘って、掘って、また掘って。うんざりするほどの城普請。傍らでは、女性陣のヴィーヴィルやオイフェミア・シルバーブルーメ(ea2816)が、主催者用意の木枠に水で捏ねた麦藁入りの土を押し込んで煉瓦を作っている。干して垂直に切り立つ城壁にする為だ。力は要らないが、根気と丁寧さが要求される気の遠くなる作業なので、世の男どもには余り向かない。一定量詰め込んだら、梃子を使ってぎゅっとプレスする。これで乾かせば、一個が出来上がりだ。贅沢なことに、お湯で練ったエン麦の粉を加えている。乾いたときに強度を増すためだ。
あちらでは、オーラエリベリションで気合を入れたマリウス・ドゥースウィント(ea1681)が、オーラパワーを付与したスコップで焼いたナイフでバターを切るが如く土を削って行く。城と砦を囲む掘を作っているのだ。そして、その土を片っ端から藁で編んだ袋に詰めて行くのはエルリック・キスリング(ea2037)。
「こうして土にまみれるのも中々、得難い経験ですね」
内部に積み上げて塁を築いている。後でさらに土を被せて固めれば、味方を守る心強い胸壁となろう。
「盛り土は、突き固めるところと柔らかい所を故意に造ろう」
芳紀は汗を拭いながら皆に問う。
「そうですね。空堀の前のエリアは耕しておいて、開戦直前に水を入れて泥濘にすれば、騎馬の突進を止める事が出来ます。耕した場所なら、落とし穴も隠し易いでしょうね。あ、どうぞ」
検分役のマレーアが、冷たい水桶に浸したタオルを差し出した。
「みなさん。そろそろ休憩にしましょう」
蜂蜜を溶かしたワインビネガーにブドウの汁を加えた飲み物と、溶かしバターの染み込んだ塩味の利いたパンの差し入れだ。おや、細かく砕いたクルミも生地に入っている。
「ありがとうございます」
木の杯で呷るマリウス。双武は過ぎし戦の手柄話をひとくさり。マレーアはその場で詩にした。
♪故郷を出るときゃ玉の肌 今じゃ槍傷刀傷
初の戦は十有五 主(しゅう)に具して槍一つ
真冬の夜風に吹き晒された 如く総身を震わして 待つは懸かれのお下知かな
猿(ましゅら)の叫び響かせて 敵と槍を突き合わす
たんだ夢中のその末に 見事首級(しるし)を上げれども
上は涙に泥まみれ 下は尿(いばり)の滴りて
傷の痛みの今更に よくぞ勝ちを拾い足り♪
紅軍メンバーに数多の修羅場を踏んだ者は少なくないが、若者はまだ戦を知らない。話を聞き、そんなものかと思いを巡らせた。
人数はぎりぎりだが、馬匹や魔法の力を借りて作業の進捗は早い。積み上げた土のブロックで壁を作り、麦藁と多めのエン麦粉を煮た糊を加えた泥で繋ぐ。
「オーライオーライ!」
マリウスが吊り上げる資材の位置を確かめて合図する。
「ストーン!」
主要部分は小さなブロック毎に石化呪文を施した。
「‥‥もう、気絶寸前よね。今日はもう駄目よ。デスの呪文で即死しちゃうわよ」
魔力の全てを吐き出して、高さ3m幅3m厚さ20cmの石壁がいくつも出来た。これを支えとし、二つの石壁に挟み込む形で生乾きの土のブロックを積んで行く。乾けば一応の強度は期待できるだろう。一番上には板を渡し、外側にさらに土のブロック。完成後の足場は、バラして別の部分に流用する。
テュールが刈り取ってきた草や灌木は狼煙の材料に加工するために城の中に積み上げられた。水瓶、水桶、樽の類が山と積まれ、城の普請は続いて行く。
守りのための塹壕に、脱出時に流す顔料桶を設置。砦は防衛拠点に高低差を埋める連絡用の縄ばしごを設置する予定だ。主催者側からの提供を超える需要のため、私物も惜しみなく使われた。
●戦場整備
茂みの刈り込みも、着々と進んでいた。
「それじゃあ、この辺りは頼んだよ〜」
アレクシアスに運んでもらった道具を渡して、クオンに川岸側の仕事を託したテュール。自分は中州を目指して川渡りだ。流れは緩く、さして深くも無いこの川は、人間なら少々もたつくだけで難なく渡り切れるのだろうが、パラにとっては一苦労だ。生身で挑んで軽く溺れかけたテュールは、浅い場所を選んで驢馬を進め、何とか中州にたどり着いた。念入りに辺りを確認、砦造りの皆からも十分に離れているのを確認してから、彼はおもむろに、サンレーザーの呪文を唱え始めた。
「それっ、一発着火っ!」
頭上に輝く秋の太陽。その光を集約して、枯れた茂みに狙いを定める。すぐに茂みから火が起こり、それは気持ちいいそよ風に煽られて、瞬く間に広がって行った。
「ふっふーん、これで中州の茂みはサクッと解決さ」
鼻高々のテュールくん。が、風向きが変わって煙が自分の方へ。慌てて場所を移るが、どんどん煙が追ってくる。気が付けば、辺り一面煙だらけ。心なしか風も強まって、火の勢いも増した様な。
「うわっ、あちち!」
驢馬の手綱を引っ張って、ほうほうの体で逃げ出す彼。散々に火の粉をかぶって火事寸前の彼に水を浴びせて助けたのは、様子を見に来たアレクシアスだった。
「随分と燃えているな、大丈夫なのか?」
「だ、大丈夫だよ、全然大丈夫っ」
一面に広がる炎に厳しい顔のアレクシアス。テュールは内心ドキドキだ。幸い、茂みはそれ以上派手に燃え上がる事は無く、中州の大火事は暫くすると無事鎮火。随分と火の粉も飛んだが、辺りに飛び火する事もなかった。
「ね? 言った通りでしょ?」
胸を張って言いながらも、ほっと一安心のテュールくん。まあ、少々危なっかしくはあったが、確かに中州の茂み刈りはあっという間に終わってしまった。アレクシアスは焼け跡に水を撒いて鎮火するよう指示をし、テュールの頭をぽんぽん、と叩いて彼の機転を褒めたのだった。
「派手にやったなぁ」
中州から帰って来た煤だらけで水浸しのテュールをまじまじと見て、クオンが笑う。なんだよもう、とヘソを曲げる彼に、後で美味いもの食わせてやるから機嫌直せよ、とクオン。
「罠の方は仕込み終わったぞ。城塞横手の茂みも刈り終えてるし、後はここだけだな」
「よーし、もうひと頑張りして、今日中に終わらせちゃおう!」
かくして。予定通りに中州の茂み全てと、川の南8列から12列までの茂みが刈り取られ、城塞左手17列から20列までは屈んでも隠れる事が難しい程に低く刈り揃えられたのだった。
「お疲れ〜。そろそろ戻ろう」
刈り取った草を積めるだけ驢馬に背負わせて、彼らは城塞へと戻る。茂み刈りが早めに終わった分、労力を砦造りに回す事が出来、作業は更に順調に、余裕を持って進められたのだった。
この日、クオンは皆に、手製の罠地図を手渡した。念入りに作りこんだ罠だ、知っていても近くをウロウロしていれば、うっかり引っかかってしまいかねない。作業中も、ましてや戦闘時には、この近辺には近付くな、という警告である。
「あの罠、もう一度仕込み直すのは御免だからな」
そう言うクオンに、こっちだって捻挫も顔料まみれも御免だよ、苦笑する皆。紅軍陣地の戦闘態勢は整いつつある。あとは最後の仕上げあるのみ、だ。
●中州の砦
前衛基地の建設は少し後回しになった。昼間の内に砦予定地の旗を立てて置いたエリアに、アレクシアスと芳紀は夜川を渡る。指南役としてフランクが随行した。
「‥‥どこが浅瀬だ?」
暗くてよくわからないアレクシアスに、
「一番音を立てて流れているところが浅瀬じゃ。人と同じでのう。底の浅い奴ほど良く騒ぐものじゃよ。水音の高い淵など聞いたこともない」
芳紀は地図を取り出しランタンで照らし指さす。
「そうすると、ここが正に淵ですね。この12Nから13Oに船橋を渡しましょう」
「杭を打ち込み網をセットだな。この深さなら溺れることはあるまい」
深さを確かめつつ、アレクシアスは言う。
「ずぶ濡れの敵に、空の落とし穴や風で顔料の粉を吹き付けても良いかも知れぬな。これだとパッドルワードでも発見できん」
負傷討ち死にの条件は、顔料まみれになることだ。そして、範囲内に水たまりがなければ、隠れている顔料の水たまりから情報を聞き出す事も難しい。
「ん? 昼間来た時、仕掛けた罠が外されているようだな」
芳紀はメモを見て確認する。敵はクオンの働きに対応したようだ。
「今仕掛け直すとして、直前にまた確認が必要じゃな。兵法は詭道じゃ。向こうもまた外しに来ようよ。じゃが一度安全と思いこんだ部分に仕掛ければ、却って引っかかりやすいと言うものよのう。先の戦いでもそうであったわ」
先の戦い。即ちノルマン復興戦争である。フランクが静かなる笑みを漏らした。
●我らの旗
砦造りも完了し、露となった紅軍の陣容。白軍は何処からか、これを眺めているのだろうか。そう思うと、ただの模擬戦とはいえ、戦いの前の緊張というものを感じずにはいられない。
「後は、あたし達紅軍のシンボルを掲げるだけね」
ふふ、と笑みを浮かべたオイフェミア。ばばーん、と皆の前に、渾身の力作を披露して見せた。
「ほほう、これはまた、綺麗な旗じゃな。しかし、この紋章は変わっておるのう」
一体何なんじゃ? と聞かれて、オイフェミアは満面の笑みで答えたものだ。
「クラゲをモチーフにして、あたしなりの工夫を凝らしてみたの」
可愛いでしょ? と同意を求める彼女に、何故にくらげ!? と全員が思ったに違いないのだが、その当たり前過ぎる疑問点に敢えて突っ込む勇気のある者は、残念ながらいなかった。まあともかく、見た目の綺麗なこの旗に今更反対する者も無く、めでたく正式な紅軍旗として採用される事となったのだった。
「随分と意気込んでいるのですね」
そう声をかけたマレーアに、オイフェミアは勿論です、と力強く言った。
「ここに来る前、あたしは陣地構築のサポートをしてくれる人材をパリの街で募りました。それはもう、声も限りに呼びかけたのに、誰一人として参加してくれなかった」
ふるふると拳を震わせ、オイフェミアはキッと空を睨みつける。
「白組のやつらが根回ししたのかもしれない‥‥いいえ、そうに違いないわ! なんて汚いことをやる連中かしら。許せない、断じて許せない! そんな奴らに勝たせてなるものですか。決戦当日、やつらには卑怯なまねをした報いが訪れるに違いないわ! いいえ、訪れさすにおくものですかっ!」
白軍も、とんだ嫌疑をかけられたものだ。そうですか、それはそれは、と視線を逸らして話を流すマレーア。テュールが物凄く珍しいものを見るように、じっとオイフェミアを見上げていた。‥‥と。
「いい匂いがするね」
テュールが鼻をくんくんさせて呟いた。皆の腹の虫がぐう、と鳴る。
「それじゃあ、前祝いと行こうか!」
現れたのは料理を抱えたクオンだった。少ない材料を工夫しての苦心の料理は、残念ながら見た目は貧相だったが、とにかく疲れた体には、温かな食べ物ほど有難い物は無いのだ。そして芳紀とヴィーヴィルは、皆に酒を振舞って回る。
「ほほう、ベルモットとは思いもかけず‥‥」
フランクはその酒の香りを、実に幸せそうに楽しんだ。微かに漂うハーブの香りが清々しい。芳紀とヴィーヴィル、実に太っ腹である。虎の子の1本を提供しようと考えていたエルリックは先を越されて苦笑い。
「これは、戦いに勝利してもう一度ベルモットで本祝いをしない事には、どうにも締まらない事になりましたね」
「全くじゃな。それでは我らの旗に勝利を誓う事にしようかの」
マギーが旗を掲げ、双武が乾杯の音頭を取った。皆、旗を仰ぎ見、口々に勝利を誓う。そして、心尽くしの料理と酒を思い思いに楽しんだ。
「ヴィーヴィル、踊ります!」
優雅な身のこなしで舞う彼女に、拍手喝采が巻き起こる。
「2番オイフェミア、泳ぎます!」
「泳ぐって、もう川の水は冷たいですよ、オイフェミアさんてば!」
慌てて止めるマリウス。その様に、大きな笑いが巻き起こった。皆が楽しむ賑やかな声を聞きながら、アレクシアスは馬や驢馬達に飼葉と水を与え、体を摩ってやっていた。慰安と休息は、動物達にも必要だ。
「どんな戦いになるのかなぁ、楽しみだね」
飼葉をせっせと運びながら、楽しげに話しかけるテュール。そうだな、と頷いたアレクシアスは、暮れかけた空を見上げるのだった。