●リプレイ本文
●寄進
重みに驚きの声が上がる。
「惜しみなく与え給うた主に、惜しみなく捧げる者は幸いです」
100枚を超える金貨の輝きに、司祭の声は裏返る。かくの如き寄進は珍しい。否、大商人ならば一族の魂の救いのために、浄罪の喜捨を行う事がある。罪の財貨とて、正しく用いられれば善き業と成るからである。しかし、それとて救済財を教会から購う感覚だ。
「司祭様、子供達の未来のお力をお貸し下さい」
イリア・アドミナル(ea2564)は駄目を推すように司祭に礼をする。
「主を識ることは智慧の初めです。イリア殿、確かに受け取りました。教会に学びの庭を築く基(もとい)と致しましょう」
イリアの申し出は、世俗の垢に汚された司祭の耳を洗うものであった。捧げしものは、世俗の読み書き(ゲルマン語)ばかりか、主の言葉を紐解く鍵(ラテン語)を教えるための。そして、魂の糧と共に肉体の糧をも満たすに足る金額であった。
「農閑期には、求める者には誰にでも読み書きを教えて下さい。アレクス卿にも進言しておきますが、住民に教育が普及すれば、地域に適した農業も、地力の維持も容易になります。そして、誰よりも祈る人は、誰よりも自らを律し働く人と思います〜」
エスト・エストリア(ea6855)は、読み書きなど一定の学問を修めるまで、堅信式を行わぬ事を提案した。世俗の権力では適わぬ、教育の義務化を全うするためである。
「街にとっての財産はぁ、人でぇ、人を育てるのはぁ、学校だと思うのぉ。希望は戦い、交通、物成りに強い土地って云うけどぉ、それを最終的に作るのはぁ、私達冒険者じゃなくってぇ、ここに住む人なんだからねぇん。確かにぃ、これだとぉ、早急な発展はもちろん望めないけどぉ、私は明日より、明後日を見て考えたいなぁ」
エリー・エル(ea5970)は独特の抑揚で意見を述べる。どことなく、妖しい酒場女性の甘ったるいイメージが、ほんわりと司祭の脳裏に浮かんだが、その言葉は正論である。ぷるぷるとそれを払拭し問い返した。
「しかし、領民全てと成りますと費用が‥‥」
「費用は、子供達の労働に基づく教会の商売で充てればよい。実際の農業技術を教えれば、親も納得するであろう。ところで、子供達に困った事は無いかの?」
脇からヴェガ・キュアノス(ea7463)が言葉を添える。
「いえいえ。今のところは‥‥」
「献金と教会に付属する土地を、チーズやバターやワイン、石鹸などの生産に当てたいと思うのじゃ。主の御業のために用いられる執事費を、教会自らが生み出してこそ、子らの教育のため、また貧しき者達の救済のための正義が行われるであろうの。さしあたって、予算と相談の上、餌を選ばぬ山羊と農作業用の牛を備えようと思う」
「では、子供達がまってますので」
イリアは席を辞し、子供達の待つ礼拝堂の扉を開けた。
「新しく加わった皆にプレゼントだよ、これで皆と学ぼうね、新しい土地で、頑張ろう」
小脇に抱える追加の教本を、孤児達に配る。これがどんなに素晴らしいことか? イリア自身も自覚せぬ、教育に至る大いなる第一歩であった。
バルディエの裁可を得た人材発掘のための教育計画は、年間資金の3割をバルディエが負担(年貢のなかから予算として捻出)。残り7割が教会運営の商売利潤。その内半分が教育の恩恵に与る子供達の勤労に拠る計画である。バルディエ下賜による一時金とイリアを初めとする有志の寄付による基金が商売の元手だ。
街の建設のために物入りになるため、領主に多くを求めるわけには行かない。
●雪兎
「みゃう‥‥。つまんない」
種族の違いを除けば、バルディエの娘にうり二つの彼女は、影武者としては得難い人物であった。しかし、人騒がせな行動パターンまでそっくりだったとは、大いなる誤算。ルリ・テランセラ(ea5013)は、密かに宿舎を抜け出していた。
曇り空だが、穏やかな風。こっそりと抜け出すために、防寒具を纏わぬ普段着姿だ。
丘陵から見下ろす河は、U字を描いて光っている。あれがもっと進めば、河は三日月型の湖になる。石の粉を撒いたようなざらついた雪が、枯れ草を白く染めて積もっている。
小さなぬいぐるみを抱いて坂を下って行くと、一羽の兎が草の中から顔を出した。ルリが身を屈めると、警戒しながらも近づいてくる。腕の中のぬいぐるみを、仲間とでも思ったのだろうか?
「おいで」
ぴくんと耳が揺れたかと思うと。一目散に駈けて行く。
「ねぇ、まってよー」
追いかけるルリ。白い冬の毛皮が景色に紛れて、危うく見失いそうになりながらも、転ぶように走って行く。
●朝まで生会議?!
冬の寒さが厳しい折だ。砦の内に籠もる空気も凍えそうな程だが、砦の奥に位置するその部屋だけは熱気が満ちている。暖炉で赤々と燃えさかる炎の熱もさることながら、この部屋に集う者達は誰もが熱弁を振るい、大いなる熱気を振りまいていた。会議の議題は、三つの候補地のうちどの場所に街を建設するかについてだ。
『キュアノスの丘から西方に見下ろす平原地帯の入口』を推したアッシュ・クライン(ea3102)は、早々に脱落する事となった。無論、彼がここを推薦する理由はちゃんとあった。例えば、以前配った葡萄の苗を発展の核とし、それを広範囲に渡って育てるとなれば、丘陵よりは平原の方が育てやすいという考え。街の建設は丘陵やそれの狭間に比べ、平地となっているこの地帯の方がしやすいという思い。街を創るという重要な仕事、自分達の意見一つで住民の今後が決まるのだ。その口調からあまり世間様に興味がないと思われても仕方ないアッシュだが、共に会議を続ける仲間達と同じように新しい街を想う気持ちは厚い。
だがしかし。同意する人間がいなければその意見は重みを持たない。最終決定はバルディエにあるとしても、冒険者達が推す候補地は、いまや二者択一のものとなっていた。
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1.現在砦と教会があるキュアノスの丘。
2.キュアノスの丘の東方。4つの丘陵の狭間にあって、河に囲まれた土地。
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静かに、だが熱く。話し合いは繰り広げられていた。
キュアノスの丘を推すのは次の6名。イリア、以心伝助(ea4744)、エリー、マギー・フランシスカ(ea5985)、リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)、ファング・ダイモス(ea7482)。
丘の東方を勧めるのは次の5名。カイザード・フォーリア(ea3693)、キラ・ジェネシコフ(ea4100)、エスト、リセット・マーベリック(ea7400)、そしてヴェガ。
人数で見れば6人対5人。ほぼ拮抗する論客達は激しい議論を展開する。事は百年の計。街が滅ぶも栄えるもこの一事が先途故に、何れも軽々な意見ではない。耳を傾けるべき意見が出尽くすまでバルディエは言葉を控え、今は静かに耳を傾けている。
「おぬしの意見は全て書き留めた故、後は残る二つの意見をじっくりと聞き、意見されてはいかがかな?」
会議の進行役、ヴェガの勧めもあって、アッシュはこの際判定に回った方がいいかなと身を引いた。こうなると、後は意見勝負な訳だが、勿論どちらにもきちんとした考えがあってこうなってる訳だからそう簡単には決められない。
「他の候補地に近い場所に拠点を築く事で、他の候補地にも都市を築く際に物資の確保が容易になります」
「河に囲まれている方が防備も強固に出来ます。学究の為必要な資金を稼げそうな点と、葡萄栽培に向く丘陵や平原に街を作らなくて済む事。また戦禍を街で食い止められます」
「都市機能で見れば、交通・物流・防衛の面でこの地が最も適しておるぞ」
「こっちの方が‥‥隣国から見て砦の後方からの開発になるんで、相手への刺激はまだ少ないと思うんですけど」
最終的な候補地となるまでにも充分な鑑定があった。それを最後の一つにするのだから、揉めて当然。しゃべり過ぎで双方が喉に痛みを感じ始め、その言葉をペンで羊皮紙にしたためるヴェガも、手の疲れを如何ともし難くなった頃、バルディエがついと手を上げ、立ち上がった。
「煮詰まってきたようだな。少し休憩を入れようか」
●魅せられし者
重く澱んだ空から落ちてくる雪。一行がルリの姿が見えない事に気が着いたとき。大地はうっすらと白い絨毯に覆われていた。
遮る物とて無い広野を強い風が吹き抜けて、積もった雪を巻き上げる雪の嵐が、異国の邪神さながらに騎行する。
「ルリちゃーん!」
エリーの声も空しく、呼べど答えず探せど見えず。辺りは次第に暗く成って行く。松明を手に、布に来るんだ温石を懐に吹雪きの中を進んで行く。
「まて、おい‥‥」
河の傍に来たとき、アッシュが皆を制した。吹雪の中、ぼうっとして、何者かに誘われるかのように河の中へ入って行く人影を、彼の眼は認めたのだ。その間およそ100m。
丁度、肩の辺りまで流れに沈み、そのまま水の中に没しようとしている。
「あっしがいきやす! マギーさん。火を用意するでやんす!」
言うが早いか、服を脱ぎ捨て駆け出す伝助。馬車の馬も追い越さんばかりのスピードで走り抜け、波を蹴立て、水没したばかりの人影に追い着いた。
「よし、引くぞ!」
アッシュ達が伝助が結わえたロープの端をたぐり、ぐったりしたルリの身体を岸まで引き上げる。意識は無い。
「ルリちゃんしっかり!」
急ぎ木陰に待避すると、あり合わせの物で風除けを造って手当を施し始める。
ヴェガがワインを口に含むと、口移しで飲ませ、リセットがレジストコールドのスクロールを広げ試みる。アッシュは生木にありったけの油を使って強い火を熾す。
「‥‥まって‥‥お願い‥‥行かないで‥‥」
ルリの唇から漏れるうわごと。
「殿方は後を向いて下され」
水に入った伝助を除く男達が、風よけも兼ねて立つ後で、女性達が服を脱ぎ、燃えさかるたき火にあたり、身体でリルの身体を暖めた。ありったけの防寒具や温石それらを全て動員しての献身だ。
その甲斐あって、応援が駆けつける頃にようやくルリは意識を取り戻した。
●授業
「もっと強く! 肩から突っ込んでこい!」
希望する子供や大人達に剣を教えるアッシュの声。寒さにも関わらず、身体から湯気を出して打ち込む姿は、見ていて清々しい。素振りと杭に対する打ち込みや、走り込みでは物足りない者を相手に、自分は受け専門に回って打ち込ませる。
「それで打ち合いがしたいとは、10年早い。そんな腰ではネズミも殺せんぞ」
「そ、そんなこと言ったって‥‥」
鎧代わりの鉛を仕込んだ服。足にも腕にも鉛を巻いている。木剣も重い樫の木だ。おまけに口の周りを三重の布で覆っている。これでは息が切れるはずだ。たかで10合も打ち込まないのに、最早息が上がっている。
「休んで良し。次ぎ! もういないのか?」
同様の姿で木剣握ったアッシュは、涼しい顔でのべ50人ばかりに応じていた。
「どうだ? まだ早いと言った訳が分かったろう。もっと身体を鍛えなければ剣を振るえない。真剣はもっと重いぞ。鎧を身体の一部として着るには修練が必要だ。判ったら、暫くは基礎トレーニングだ」
同じ頃、教会の学校ではリュシエンヌが数学を教えていた。
「1台の馬車につき、4個の車輪が必要です。4台の馬車を作るには、何個の車輪が要りますか?」
理解の早い子の内、商人や官吏を希望する子らを中心に掛け算の過程まで進んでいた。足し算・引き算・掛け算。過去の経験から、割り算が出来ない子はどれかを正しく出来ない。これらを完璧にこなせて、やっと割り算が出来るようになるのだ。
同じ礼拝堂の一角では、エリーが理解の遅れている子達をフォロー。
「んー。教本を出してと言ったけど、判らないのかなぁ?」
教師の指示を正しく実行出来ない。それが躓きの原因だと理解したエリーは、急遽人の話を聴き取らせる訓練にシフトした。僅かの時間で終わる短い物語を語った後、
「‥‥さて、このお話の中で重要な言葉が3つ有るよ。『本』とか『おじいさん』とか『狐さん』とかの言葉で答えてね。さ、どれとどれと、どれかなぁ?」
「んーとね。勇者」
「一つ目あたりぃ!」
楽しそうな子供の瞳。それらの前振りの後、エリーの指示に従い手を挙げたり首を振らせたり。そして、最後にこう指示した。
「このお手本通りに書きなさい」
エリーが印した計算のやり方を、そっくりそのまま書き写させる。鸚鵡返しに過程の説明を復唱させる。授業のお仕舞いに、エリーは不安がる子供達にこう保証した。
「写して行けば、そのうち急に解るものよ。あなた達は絶対にマスターできるんだから」
●匠の舘
仄暗く灯火が照らすテーブル。獣脂の独特の臭いが立ち込める宿舎。白湯で割った古ワインを啜る二人の姿。
「おばあちゃんの話だと、『狐の手袋』って毒薬なんですって。心臓の病気に効くお薬ですけど、投薬量と致死量が近いせいもあって、練達の薬師でも無い限り患者を死なせてしまうような危ないものらしいの」
リセットは難しい顔でエストに告げた。一子相伝とも呼べる秘伝のノートに目をやりながら、狐の手袋の標本と、スケッチを見比べる。間違いない。
「植物の毒は銀を曇らせない物が多いから、下手に量産するとちょっとやばいことになるかも知れませんね。悪用されて毒殺にでも使われたら‥‥」
エストは、使用の痕跡が残りにくい事実上の毒薬の量産に釘を差す。学徒として研究を進める分には問題なくとも、それをおおっぴらに売りさばくことは出来ない。バルディエ自体の敵の多さを考えれば、前者は承認されても後者は言語道断と言えよう。
「そうすると、頼みは石鹸ですね」
リセットはノートをめくり、
「ここの気候ではオリーブ栽培は無理でした。候補はこの二つに成ります」
エストに指し示す。
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・アブラナ
利用:種子(油)/茎・葉・花(食用)
利点:寒い気候でよく育つ、重要な野菜のひとつ。寒冷地に適し栽培が容易。
欠点:肥料が多量に必要。
解説
神の祝福を受け、主の徴を象った4枚の花弁を持つ。花の後に細長い莢状の実をつけ、
中に1ミリ位の無数の種が出来る。種子は脂肪分を多く含み上等の油がが採れる。
・唐胡麻(とうごま)
利用:種子(油:灯油・化粧品・下剤)/幹(加工すればパピルス代わりになる)
利点:やせ地でも栽培可・油は低温潤滑性を持つ。
欠点:油に有毒成分・日陰栽培不可・寒冷地にあまり適さず。
解説
葉の下に隠れるように花がつく。赤い花が雌花で上側につき、
雄花は白く小さくて雌花の下につく。草丈2mまでで直立し葉は大型。別名ヒマ。
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「資源調査がまだなのでなんとも言えません。海が遠いのでソーダの入手が困難ですが、より高く売れる付加価値を付けれればなんとかなると思います。油自体に商品価値がありますし‥‥」
地下資源というものは、ほとんど運任せな部分もある。早急に調査し、良い結果が得られたとしても、それが隣国や近隣諸侯の野心の目標になることも多いのだ。それに、有能な山師や職人を確保できなければ、文字通り宝の持ち腐れとなる。
ノートと自分の知識とを照らし合わせ、エストはつぶやく。
「うーん。あとはミントやラベンダーのような香料くらいでしょうか? バラ水を作る要領で生成できると思いますよ。これを石鹸に練り込めば、結構売りになると思います」
ミントやラベンダーはやせ地でもOKだ。人員は、領主の命で農民の冬場の作業として賦役を課しても、さほど負担とならないだろう。但し、そのような石鹸は普通のソーダでは造れない。下地が顔も洗える品質で無いとクレーム続出は請け合いだ。
「普及もかねて、お風呂も作りましょうね」
薬の話で当てが外れたリセットは、気を取り直して言った。資金は限られている、いろいろ試算した結果、焼き石にお湯をかけるスチームサウナが適正であった。
「温水浴は、パン屋さんの釜の廃熱利用で造るのでなければ費用が掛かり過ぎです」
認可を得た精製所と風呂の建築が、彼女らの資金で始まったのはまもなくであった。
●実地検分
バルディエの封土の東端。人家一つなく、ただ青空の下に広がる未開の土地。そこに愛馬に跨ったバルディエが現れた。街の建設を巡って開かれた会議の翌日のことだ。彼とその家臣たちの後には、馬や驢馬に跨った冒険者たちが続く。ある者は自前の馬や驢馬に跨り、ある者は砦から借りた馬に乗っている。
部屋に籠もって会議に明け暮れていては、思わぬ見落としがあるかもしれぬ。会議で大方の意見が出尽した後、バルディエは現場での実地検分を行うことに決めたのだ。
まず、一行はキュアノスの丘、教会堂の建つ場所へと登る。
「ここからだと街道を見下ろす形になるから、周囲の状況確認も容易いでしょ? それにローマ側から見れば砦の後方からの開発になるから、東の土地と較べたら相手への刺激は少ないと思えるし。それに、葡萄の生産がし易いことも大きな利点っすね。でも欠点もあるっすよ。敵に囲まれた場合、逃げ場所がないからほぼ確実に篭城戦になるだろうし、丘の上だと水源の確保が困難っすからね」
伝助の言葉が終わらぬうちに、エリーがやたら浮き浮きした口調で夢を語り始める。
「ここにジーザス教系の学園都市を作れたらいいねぇ。街にとっての財産はぁ、人でぇ、人を育てるのはぁ、学校だと思うのぉ」
バルディエは冒険者たちに促した。
「貴公らがここに街を作るとしたら、どこに何を建てる? この土地を図面代わりにして試すがよい」
まず、ファングが動き出した。
「頂上に井戸、その周辺に風車小屋。街の周囲には柵、壁、堀の順で防壁を巡らせる」
ファングの目指す街は、自活能力を備えた難攻不落の街だ。ファングの指図に従い、バルディエの家臣たちが土地のあちこちに目印の杭を打ち込む。
続いて、イリアが指示を出す。
「丘の上の街を交易の拠点とし、その麓近くの平原に牧場を」
イリアの求めに従い、家臣の一人が馬数頭を引き連れて平原へと向かう。
「なるほど。あの辺りを牧場とするのだな」
「はい。牧場で育てた馬は、丘の上の町と川の渡し場などを結ぶ定期馬便に用いるのです。それを隠れ蓑に、戦闘馬の生産と馬術に長けた人材の訓練を行い、潜在兵力を確保する事を提案します」
イリアの言葉に感心して頷くバルディエ。その瞳に野心の輝きが宿り始めている。
さらにマギーが手づからの設計図を示し、指図を受けた家臣たちは杭とロープを持って、指示された場所へ駆けて行く。
「ここは地形的に、町を関所のような交通の要所にしやすく、かつワインの生産にも適しておる。二つの丘を囲うように柵や城壁を配置し、その周囲を堀で覆うのじゃ。入り口は跳ね橋にし、戦時に長期間立て籠もれるように町の中にも井戸・畑・風車などを作る。ただし今のままでは、丘陵の起伏が交通の不便を引き起こす故、街道と繋がる大通りは地面を掘って平らにし、平地に近くなるようにするがよかろう」
その脇からリュシエンヌが言い添えた。
「丘の街ってけっこう絵になるのよね。街の建物の色をそろえるとなおのこと」
続いて、一行は第二候補地へ移った。4つの丘陵の狭間、三方を川に囲まれた土地だ。
「わたくしはこの土地が宜しいかと。防衛面では、優れた場所かと思いますわ」
カイザードとじっくり煮詰めた建設計画を、キラは実際の土地を足下に踏みしめつつ、バルディエに説明する。
「この土地を囲む川を天然の堀として使えます。川に面して無い土地は当座の間、城壁で囲えば良いでしょう。見晴らしの悪さは、丘陵に物見櫓を建てれることで補えます。また、こちらも平野が存在してますので、畑や田も作るのにさほど苦労はしないはず。まずは領民の生活を守れる場所が宜しいかと。丘の上の教会については、あそこは勉学の場所にするのであれば、逆に街の近くに無い方が宜しいかと。まず攻められるのは町。教会を避難所として、敵に気付かれぬよう逃げる事も可能ですわ」
さらに、エストとヴェガが言い添えた。
「防備も固めていけば強固に出来ますし、戦禍を街で食い止められますから。葡萄栽培に向く丘陵や平原に街を作らなくて済みます」
「交通・物流・防衛の面で、この地が最も適しておる。キュアノスの丘は緊急の避難所として、かつ将来の発展への布石として位置づけるがよかろう」
●大募集
丸一日かけて実地検分は終わった。そしてバルディエは決断を下した。
「新たな街を建設する地は4つの丘陵の狭間、河に囲まれた土地とする。同時に、キュアノスの丘と砦周辺についても、街の発展に向けた整備を行おう。貴重な意見の数々を出してくれた貴公らに深く感謝する」
その決定が下るや、カイザードはバルディエに一つの進言を行った。一口あたり少額からでも出資できる、資金調達組織の設立についてだ。集まった資金はバルディエの封土の開拓に充てられ、利益が出たら出資者に分配するのだ。出資者が商人であれば、街の見本市に招待するなど便宜を図ってもよい。ただし、この土地に野心を抱く大貴族や大商人の影響力を極力排除するため、出資額には上限を設ける。
「広く一般から開発の資金を調達する制度です。この地の昔名からカンパニア制とでも」
この進言に、バルディエは大いに興味をそそられた。しかし、それが現実化するとしても、まだまだ先の話。礼の言葉に続き、バルディエは言い添える。
「再びまみえる日があれば、この件について皆とじっくりと話し合いたいものだ。なお、街の名はまだ決めぬ。諸君には有志を募り、この地に相応しき名前を纏めて欲しい。そうだな。3月の半ば雪が解け始める頃までに候補を決めて貰いたい。植民者を集めるため、より多くの人々の口に話が上る事が望ましい。故に、駆け出しの冒険者でも良い。『街の建設に加わり得る全ての都市の者』に意見を求めたい。私は上位意見3つの内から、より相応しき物を選んで名付けることを約束しよう」