●リプレイ本文
●勲章
吹き荒ぶ風の中。丘陵の一つの頂に小さな木造の教会が出来た。隙間風をタールを塗った布で塞ぎ、屋根は木の皮で葺いている。部屋は全部で三つ。礼拝堂と司祭の部屋、そして小さな物置一つ。礼拝堂の右奥に煉瓦造りの暖炉が一つ、左奥の隅にには大きな水瓶が一つ。ベンチと机は40人分。明かり取りの窓は小さく、部屋の中は薄暗かった。
無理もない。聖夜祭の迫る頃は、夜の闇が次第に長く地上を支配して行く。祝別されたランプの明かりが、部屋の中を照らしていた。
カンカンカン。小さなハンマーで屑鉄を叩く。焼けた鉄片を三枚重ねにして力強く打ち下ろす。
「こんな塩梅でがしょ?」
吉村謙一郎(ea1899)はローシュ・フラーム(ea3446)に尋ねる。
「筋は良いな。しかし、さっき鉄片に塗ったのはなんだ?」
「大豆味噌ですだ。童の頃、見て覚えたものだども‥‥。味噌ば塗って重ねたならぱ、決してくっ接かず、間の鉄片さ平らになりますだ」
根気の要る作業だ。何度も何度も打ち延ばして、鉄板を造る。その傍らで、ローシュはナイフを鍛えている。鋼を鍛えた大人の親指ほどの刃渡り。片目を瞑り、焼き入れの色合いを見る。走る湯気、悲鳴を上げるナイフの身、小さいけれど歴とした刃。
「ふむ。こんなものだろう」
刀身は所謂薙刀の如き自然な反りを持ち、無理無く切れる。砥石でエッジを立て、真鍮の棒に当てると、抵抗無く削ることが出来た。小さいながらも、人を傷つけ殺すことさえ可能な武器となる。ローシュは、これを以て責任と矜持を子供らに与える積もりである。
そんな彼の指導もあって、苦心しながら細工を続ける謙一郎。砥石で表面をぴかぴかに磨き、ようやく出来た鉄板を断っていく。刀を握るべき手に、小さな無数の傷が付き、その血を以て象られた星の数々。子供達に授ける勲章である。
『好学近乎知 力行近乎仁 知恥近乎勇(学を好むは知に近く、力行は仁に近く、恥を知るは勇に近し)』
原文のまま刻みし中庸の一句。ゲルマン語の説明を続けて印す。人は学ぶことによって初めてその可能性を開かれるのだ。それが、アレクス卿の望む流れにも沿うことであろう。食を植えるは一年の計、樹を植えるは十年の計。そして、人を植えるは百年の計であるのだから。
それは確かな事である。何より、冒険者達が贈り物のために必要とした賄いを、領主が快く用意してくれたことでも解るであろう。
●男だろ!
ロバでもこれ程こき使えば。敬虔なるジーザス教徒ならば憐れみを覚えるであろう。大きな包みを背負い、女性クレリックの後に従う男が2人。
「だらしないのう。それでも男じゃろうか?」
にこっと笑い、よたよたする以心伝助(ea4744)を見る。
「‥‥」
答えるどころか声も出ない。
「しっかりしろ。男だろ」
伝助の5割増しの大きさの荷物を背負っているアッシュ・クライン(ea3102)が声を掛ける。それにしても、伝助とてただ者ではない。この寒空に総身から湯気を出しているあたり、流石寒中水泳のつわもの。よろけながらも鍛えてはある。
「もうすぐちゃ。今少し」
ヴェガ・キュアノス(ea7463)は先頭に立ち頂を目指す。自分の名が冠せられた丘へ。
「はぁー。しんどいっすね。何が入ってるんっすか?」
包みを解くと子供ほど大きさの蜜蝋の塊と縛ってある銀の燭台の数々。一方、アッシュの荷物は、端切れの布が入っていた。端切れ為れども様々な色。もしも縫い合わせて服を創れば、族長ヤコブが我が子ヨセフに与えたような素晴らしい晴れ着と為るだろう。
「旦那、それは無いでやんすよぉ」
「小さな包みを選んだのは伝助だろ」
笑いを堪えながらアッシュはベンチに腰掛けた。伝助は肌脱ぎになり手拭いを使うが、一息入れるまもなく仕事が始まる。
「さ、荷物を物置へ入れたら行くぞ。彼も到着したようじゃし」
ヴェガは丘を登ってくるローシュに手を振った。
「あ、あっしは魚を捕りに行ってめいりやす。ヴェガさんも期待して待ってて欲しいっすね」
慌てて、道具を手に飛び出した。火照った身体に北風が心地よかった。
●栞
「なかなか難しいですね」
染料に一日浸して一日干したフェルト地は、明礬で洗うと薄い青に色づいていた。うっすらと染まった色合いは、浅黄と言うよりは瓶覗き。鏝を使って丁寧に、ピンと延ばして並べて行く。
一人イリア・アドミナル(ea2564)は続けていた。共に作業をしていたアッシュとカイザード・フォーリア(ea3693)は、とうに飽いて休んでいる。
「女って勤勉だな‥‥」
漏らすアッシュとて、力作業では充分に働いた。イリアはくすっと口元を緩め、母の顔でナイフを使う。
「そろそろですかね」
柔らかさを確かめて男二人を呼びつける。
「任せろ」
研ぎ澄まされたナイフを手にアッシュの目に光りが宿る。水色の皮を短冊に豪快に切って行く。イリアは剃刀を手に、黒と白のフェルトを型に合わせて切り始めた。
「終わったぞ!」
「後は僕に任せておいて」
針仕事は、ちょっと二人には任せられそうもない。いくら心を込めても、慣れぬ仕事で出来映えが悪いだろうし、直ぐに傷んでは意味がない。小さなフェルトの短冊を二つ重ねて縫って行く。一針一針、飾り刺繍を施し。丈夫で美しい栞に仕上げる。
「年に一度の聖夜祭、子供達の一生の思い出が作れたら嬉しいな。孫を膝に抱く年になっても、思い出してくれるような思い出に」
「ああ、ずっと思い出と一緒に大切にしてくれるといいな」
イリアと会話を交わすアッシュの声。二人だけにするかのように、カイザードはそっと席を外した。
●山師
背骨が曲がる重いチェストを運び込み、カイザードは呟いた。
「流石庶民上がりの大貴族様だ。意外と話せるな」
幾つもの国の貨幣がごちゃ混ぜになった中身を見たとき、流石の彼も現実感を失った。一袋の金貨は見たことがあるが、正しくそれはただの物体。石ころのように無造作に詰め込まれている。
「ビザンツとイスパニアのブドウは合わないかも知れないな。ノルマンの苗を集め給え」
バルディエはそう言ってカイザードを睨んだ。
「収穫には時間が掛かるが、今から酒舟や貯蔵庫の用意を頼む。私と謂えども安い買い物ではない。一合戦を催せる代価を支払うのだからな。春までに全ての手配を頼むぞ」
集めた資金を使うまでもなく、ブドウの苗購入のメドは立った。後は、より栽培に適した場所を見つけるだけだ。今は雪も舞う広い草原の何処から初めるのか? カイザードは、戦場を想定する軍師の才を求められたような気がした。収穫まで掛かる年月を見越し、物流や潅漑や労働力の集約。それに連作障害まで見通しての計画。
いや、それだけではない。鉄や銅や錫、それに明礬や岩塩と言った鉱山の開発。ある程度事前に予想が付く農業とは異なり、こちらは見通しのつかない大博打。一国の浮沈を懸ける戦争にも似た勝負であった。
御用商人に金を預け、東の丘陵地帯に入る。利子でいくらかでも増やしておく必要はあるだろう。
パリ周辺に馴れ親しんだ者から見れば、立派に山岳と言っても良い地勢が東に連なっている。西を眺めれば一面の草原。今は雪を被って白銀に輝いていた。
「山岳地帯には鉱脈が眠っていることが多い。果たして吉と出るか凶と出るか‥‥」
山師を募集する書き付けを手に、ぶるっと胴震いをしたのは、何も寒風の為だけではあるまい。
「カイザードさん。良い樹が見つかりましたよ」
イリアが呼びに来た。
(「そうだな。今すぐ動ける訳じゃない」)
振り返り、
「解った。今行く」
イリア達の方へ降りていった。
●学校
急いで造った木の教会。だけどテントよりも暖かい。祈り学び、かつ奉仕する日々の中で、子供達も身分を忘れて次第にうち解けていった。
「聖夜祭、みんなで成功させようねぇん」
共通の目標が、人を仲間と為さしめる。エリー・エル(ea5970)は騎士にして聖職者。心が若いと娘のようにさえ見える。
聖夜祭に向けて準備が進む教室の中、心の中まで暖かくなる贈り物。それは、友達と過ごす時間その物。贈ることが贈られること。
「先生。くすぐったい」
劇の衣装を造るため、寸法取りが始まった。
「君っていい体してるねぇん」
逞しく為りつつある男の子の、腕の筋肉を掴みながらエリーは恋人を見るような目で愛情を注ぎ込む。
♪一緒に居れば 楽しさ一杯 君もあなたも楽しい仲間
悲しい時にも 苦しいときにも きっと力に為ってくれる♪
劇の歌を口ずさむ子供。慌ただしい一日が過ぎる。もちろん、勉強の事も忘れちゃいけない。
「今日は、10作りをしましょう」
もう日課になった100玉の算盤。リュシエンヌ・アルビレオ(ea6320)は玉を繰りながら
「次は2飛び。2・4・6・8・10・12・14・16‥‥100!」
「次は3飛び。3・6・9・12・15・18・21・24‥‥99!」
2飛びと3飛びで数を唱えさせた後、授業に入る。手にする物は小さな木片と太めの棒。長さを合わせて切ってある。『木片は十個集まると棒になる。棒は十個の木片にばらせる』この事を子供達に操作させ、手を使って作業させる事によって体得させる方針だ。一つ一つ小さなステップに分解して、丁寧に何度も繰り返す。まだ繰り上がり繰り下がりもおぼつかない子も居るけど、正しい手順と正しい答えを、なぞらせて行く。そうやって行くうちに、いつの間にか理解するのだ。そして、理解した者に説明させ、足らずをリュシエンヌが補って行く。
まだ予定ではあるが、エスト・エストリア(ea6855)は錬金術工房の準備を始めた。流石に工房自体を教会の隣に立てることは問題があったが、学問所付属の教室の許可は下りている。
「500Gですか‥‥」
理想を言えば石造りの建物で有るばかりか、地面を掘り下げて完璧な防水措置や、時として毒の混じった排水を処理する施設。さらには高価なガラス器具や鉛箱。それらを創り買いそろえて整備するとなると、恐ろしい金が飛んで行くのだ。先ずは、小規模な実験室を創るところから着手すべきであろう。それに、子供達の興味も喚起しないと。
「‥‥」
声もなく、80余りの瞳が、押し合いへし合い集まって、エストの手元を見ている。
長石とソーダを混ぜて、腕の中に収まる大きさの実験用の小さな炉で過熱。鞴でおこした炭火の光。るつぼの中に赤く輝く出来立てのガラスにエストは匙で薬を入れる。金属棒で撹拌しつつ鋳型に流し込む。
ガラスの色が次第に変わって行き、やがて深い青を生んだとき、
「はぁー」
ため息ともつかないざわめきが起こった。
「この技術は単体では役にたたないですけれど、色と金属量や種類の取り合わせの研究やガラスの加工を研究・学べば何時か綺麗なガラス細工が出来る筈ですよ〜。大都市の教会の窓を飾る綺麗な窓絵は、このようにして出来ています」
花びらから取った色素を水に溶いた色水に、酢やソーダを滴し、色の変わる様を見せる。錬金術の初歩の授業に子供らの興味は尽きない。あまりに高価なエストの師匠の私物なので、騎士や商人の子とて、天秤やムーア人の頭と呼ばれる器具に触れてみるのも恐る恐るだ。孤児などは、うっかり壊したらどこか遠くへ売り飛ばされても弁償出来ないんじゃないかと、息を潜めて見つめるばかり。それでも、好奇心故に目が離せない。
エトスの技量が拙いため、気泡だらけ。でも、確かに青く輝く宝石のようなペンダントが出来た。
授業の終わる頃、ピンで仮止めした衣装が出来上がり、再び劇の練習に入る。リュシエンヌは歌唱の指導だ。
♪草木は芽吹き 花はひらく
獣は走り 鳥は飛び立つ
雪の白の下から 様々の色が現われる
生きるもの全てが 喜びの歌 うたう
春の目覚め その喜びを♪
冬の最中に春の歌なんておかしいかもしれない。でも、冬来たりなば春遠からじ。夜明けの前が一番暗いように、一番辛いと思う時が、実は幸せの訪れなのだ。雪の中の春は、少しずつ広がって、雪の中で待っている。そしてやがて雪が解けると、ぱっと一度に広がって花を開き出す。学びもまた同様。ある日、本当に一度に理解が進んで行くのだ。
「エリー先生。あたし手伝えないかなぁ?」
夕刻。一人の女の子が宿舎を訪ねてきた。
「いいわよ。針を使った事はあるの?」
「ううん。初めて」
手はあかぎれが目立つ。
「そう。お裁縫は誰にでも出来る魔法みたいなものだよ。破れた服も綺麗になるの」
一から教えるエリーの耳に、鼻歌で春の歌を歌う声が聞こえる。暖炉の上で、大きなお鍋の蓋がカタカタ揺れた。
「ご飯はまだかな? 食べて行く?」
「うん。でもあたしだけ?」
「みんな呼んでいらっしゃい」
女の子は、にこりと笑った。
●包丁人
リズミカルにまな板を叩く包丁の音。余り料理は得意でないが、円巴(ea3738)の業は冴える。チーズに干し肉小麦に酸いワイン、蓄えの一部を貰い受け、カブにタマネギホースラディシュ。卵とミルクと甘酒と、野ウサギ・鳩に猪の肉。献品された食材を元に三面六臂。
「姐さん? あ、巴さんでやしたか。魚獲ってきたっす」
大きな魚をどんと放る伝助の、髪が奇妙な形で固まっていた。
「まさか‥‥」
「へい。そのまさかっす」
恐らく河に入ったのだろう。濡れた服も凍っていた。
「普通に釣ろうとしやしたが、敵もさるもの。いっそ微塵隠れの術でもあれば簡単でやしたが‥‥」
「そっちに毛布がある。いいからくるまってろ」
氷を散らして服を脱ぎ、毛布にくるまり火にあたる。
「忍者って丈夫だな」
苦笑いしつつ仕事に戻る。
1.チーズと干し肉の盛りあわせ
工芸品のように刻み盛りつけて食卓に花を添える。それに水で割ったワインを用意。
2.スープ
ミルクをベースにとろみをつけて野菜を煮込む。時間を掛けてコトコトと。
3.鰤大根ならぬ鳥カブラ。それに薄味の鳩のパイ。
4.鳥の岩塩焼き(塩蒸)
ハーブを中にいれ、パイ生地で包んだ後に岩塩で包んで蒸上げる。
5.デザート
バターをふんだんに使った焼き菓子。クリームを乗せて召し上がれ。
人づてに入手した麹を使い甘酒を創る。
全ては根気と熱意と愛情勝負、子供達と来賓に楽しい時を招くため。
●お説教
パーティーの始まりは礼拝から始まる。ヴェガは子供達に向かって手をかざし、祝福する。
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この季節になると、好むとか好まないとかに関わらず、主の誕生日を考えるようになるのう。一般に12月25日とされておる。しかし、聖書の記述によると羊飼いが野宿して番をしていたとあるのじゃ。故に史実としてならば3月から9月に跨る春と夏の時期じゃ。ならば、なぜこの時期に為ったのじゃろう?
元々、この日は異教、ミトラの祭日じゃった。ミトラとは太陽を偶像とした異教で、冬至を太陽の新しい誕生日と定めた。主の生誕より400数十年ばかり経った頃、教会はこの日をジーザスの誕生を祝う日として定めた。
もちろん。司祭の中にはこれを拒む者も居た。異教の祝日を主の記念日とするのは汚らわしいと。じゃが使徒パウロは、日そのものが大事なのではないと言っておる。ローマ教会にあてた手紙の14章5節から6節に掛けてぢゃ。
「ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人も居ます。それぞれが自分の心の中で確信を持ちなさい。日を守る人は、主の為に守っています。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです」と。
そうじゃ。大切なことは主を知り、主を愛する我らにとって、聖夜祭を含めて、毎日がお祝いの日なのじゃ。
今、この日を主の祝日とする事に反対する者は殆ど居らぬ。じゃが大事な事は、我らが如何に主の日を守ると言うことじゃろう。我らは主のために守っておるのじゃろうか? それとも自分の満足のために守っておるのじゃろうか? 今、我らが主のために聖夜祭を祝うのならば、素晴らしい時と為ることを確信する。預言者ミカの書にこうある。
「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、私のために。主の民の支配者になる者が出る。その出る事は昔から、永遠の昔からの定めである」
主は、歴史の始まる昔からの契約により、我らを贖うためにお出でになったのじゃ。
ベツレヘムとはパンの家と言う意味じゃ。別名であるエフラテは、実り多いと言う意味じゃ。初めてベツレヘムの記録があるのは、創世記35章16節から20節。この地で族長ヤコブの妻ラケルが死んだ。ラケルは死の直前に男の子を産み「ベンオニ」すなわち「苦しみの子」と名付けた。それは人としてのジーザスを象徴しておるのぢゃ。しかし、ヤコブはその名を変えて「ベニヤミン」すなわち「右手の子」と名付けた。これは、神の御子としてのジーザスを象徴している。
次ぎに現れるのがルツ記。ルツが落ち穂拾いをしていたのはベツレヘムのボアズの畑であった。ルツとボアズが結ばれたのもベツレヘム。その二人からオベデが生まれ、オヤベはエッサイの父と為り、エッサイはダビデの父となった。そのダビデが統一王国の大王となり、ベツレヘムはダビデの町と呼ばれるようになった。そこに、ダビデの子孫である、人としてのジーザスがお生まれになったのじゃ。
おぬしは、ジーザスを王として迎えて居られるか? もしかしたら、自分が余りにも小さい存在なので、資格がない。などと躊躇っておるのか?
安心するが良い、主は小さなベツレヘムでおぬしの為にお生まれに為られたのじゃ。今ここで主を求めよ。自分が余りにも小さくて人の目に留まらぬと思うならば。今、主に来たれ! 主が来る事は永遠の昔からの定め。小さなベツレヘムにお生まれになったから、主は貧しく惨めな者の心にもお出でに為られる。今日の日主を迎え入れよ。主はおぬしの心に永遠に住まわれる。アーメン。
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●生誕劇
礼拝が終わるとお楽しみの時間。一番の出し物は生誕劇だ。この日、小さな教会は飾り立てられ、ささやかな劇場に姿を変える。上演に先立ち、サラサ・フローライト(ea3026)の伴奏でルリ・テランセラ(ea5013)が聖歌を歌いあげる。
♪ハレルヤ ハレルヤ 救い主は生まれたもう♪
聖女にも似た一途さで清らかに歌声響かせる姿に子供達が見とれていると、赤い衣装に赤帽子のエリーが大きな袋をかついで現れた。聖ニコラウスに扮したつもりが、どこかおちゃめで滑稽な姿に子供達は吹き出し、思わずきゃあきゃあ騒いでしまう。袋の中味はプレゼント。手作りのマフラーやお菓子が子供達全員に行き渡ると、エリーはにっこり。
「はいはい、プレゼントを取り合ってケンカしちゃだめだよ。それじゃ、これからとっておきのプレゼントを見せてあげよう。みんなで仲良く観るんだよ」
そして生誕劇は始まった。
「これは今より1000年も昔の出来事じゃ。時のローマ皇帝アウグストゥスは全領土の住民に登録をせよとの勅令を下した。そのため国の人々は皆、登録するためにおのおの自分の街へ旅立った。ダビデの家に属しその血筋を引くヨセフも、ガリラヤの町ナザレからユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上っていった。身ごもっていたいいなずけのマリアと一緒に登録するためである」
おごそかなヴェガの朗読が終わると、子どもの演じるヨセフとマリアが舞台に登場。ところが‥‥。
「もしもし‥‥もしもし‥‥」
「あの‥‥あの‥‥」
二人とも上がってしまって、セリフを忘れてしまっている。すかさず天使に扮したサラサが現れてサポートする。
「私は神様が使わした大天使。忘れてしまった言葉を授けましょう」
サラサが耳にセリフを囁くと、それはすぐにヨセフとマリアの口を通して語られる。
「もしもし、私たちは旅の者ですが」
「このお宿に空いているお部屋はありませんか?」
宿屋の主人を演じるのも子供達。
「あいにくですが、空いている部屋は一つもありません」
「そうですか。それは困りました」
「ああ、そうだ。馬小屋なら空いていますよ。さあ、こちらへどうぞ」
ここで場面は野原に変わる。
「めぇ〜、めぇ〜、こわいよ〜」
怖がって鳴いている羊を取り巻いているのは悪い狼たちだ。
「がお〜! 食べちゃうぞ〜!」
「がお〜! 食べちゃうぞ〜!」
「がお〜! 食べちゃうぞ〜!」
そこへ正義の味方、羊飼いのお兄さんが現れた。
「ええい悪い狼め、懲らしめてやる!」
棒を振り回して大立ち回り。えい、やあ、と打ち据えると狼たちは一目散に逃げ出した。
「怖かったろう。もう大丈夫だよ」
「めえ〜、めえ〜、ありがとう」
羊飼いのお兄さん役の伝助、迷子になった羊役の子供を抱いて舞台を一回り。いやまさかこんな役が回ってくるとは予想外だった。サラサに無理矢理ひっぱられて子ども達の相手をしているうちにふざけっこになり、その羊と狼と羊飼いのごっこ遊びがサラサの目に止まって劇の中に取り入れられたというのが事の顛末。
さて、羊飼い達が夜遅く羊の番をしていると、空から御使いの天使が現れた。その姿に恐れおののく羊飼い達に天使は告げる。
「恐れることはありません。今日ダビデの町で、救い主がお生まれになりました」
そして場面は生誕劇のクライマックスへ。馬小屋の中のヨセフとマリアの前に羊飼い達がやって来る。さらに東方よりの賢人たちも訪ねてくる。
「この世の救い主に捧げる贈り物を持って参りました」
三博士を演じるのはイリアと二人の子供。三つの贈り物が渡されると、空から天使たちが舞い降りて救い主の誕生を祝福する。
♪ハレルヤ ハレルヤ 救い主は生まれたもう♪
聖歌の合唱で生誕劇は幕を閉じる。最後に一列に並んでお辞儀する出演者たちを、子ども達の拍手が包み込む。
「素敵なプレゼントをありがとう!」
劇が終わってサラサに礼を言いにきた子供は、かつて『聖ニクラウスなんかいない』と拗ねていた子の一人。サラサは今日の日に相応しい言葉を返してやった。
「人は志とその努力次第で何者にもなれる。聖ニクラウスにも、アレクス卿のような英雄にもな」
と、子どもが仮面をつけた男を取り囲んで騒いでいる。
「ロキ、顔を見せてよ! 顔を見せてよ!」
こっそりと生誕劇を物陰から見ていたロキという男、 笑いさざめく子ども達に仮面をはぎ取られると、下から現れたのはシン・バルナック(ea1450)の顔だった。子供たちに顔を合わせられぬ事情あっての偽名と仮面だったのだが。
「自分でもわかっていたさ‥‥偽名と仮面は若者によって修正されるって事ぐらい!!」
苦笑しながらうそぶくシン。子ども達の笑顔につつまれ、伝助はいつになく気分がいい。
「こうして皆、ずっと笑顔でいれたらいいっすね」
はしゃぎ回った子供達も寝静まった夜、ルリは熊のぬいぐるみを抱いて澄み切った夜空を眺めていた。星の光に満ちた夜空に吸い込まれそうで、思わず神秘的な眩惑を感じてしまう。
「救い主のお生まれになった夜も、こんなのだったのかな?」
教会の中ではエリーとヴェガが一日の最後の祈りを捧げる。
「神の祝福を‥‥」
エリーは子供達の幸せと、自分がこの世に生まれたことへの感謝を。そしてヴェガはこの若き土地の平和を。
「キュアノスとは青の中の青。あの忌まわしき戦いで失われたキュアノスの名が再びノルマンの地に刻み込まれ、亡き父母もさぞお喜びであろう。神よ、この地を護りたまえ、二度と戦火に巻き込まれぬように」
●賢者の贈り物
「それでは‥‥」
マギー・フランシスカ(ea5985)はさっと立ち上がった。
「あたし達からは、これを送ろう。おぬしらがこの教会で学ぶ生徒の一人という証じゃ。この名札に恥じぬよう、しっかり学ぶのじゃぞ」
そして子らを手招きをし、一人一人名前を呼びながら木札を渡して行く。それには手彫りでその子の名前が書いてあった。特に、今洗礼を授けられた者には、
「あんたは今宵生まれ変わった。アブラムがアブラハムと為ったように相応しい生き方をしなければならんのじゃ」
聖書に由来する名前。幼児洗礼も受けていなかった孤児達の中には、まさにあだ名のような名前しか持たぬ者も居た。そんな孤児達は、立派な名前に喜ぶ者も多かったが、年かさの子は、なぜかちょっと寂しそうな顔をした。
「ん? どうした。気に入らぬか?」
かぶりを振る。
「親に呼ばれていた名前を捨てろとは申してないぞ」
頷く。でも、なぜか悲しそう。それ以上の理由は、マギーには解らなかった。
「さあさ、私からの贈り物だ」
カイザードが話始めた。
「私は色々な国を知っている。イスパニアではサフランと言う高価な花を栽培して、豊かな生活をしている者達がいる。宝石のようなコルドバグラスを創り出す職人の地位は高い。何時だって生きることは戦いだ。この世の艱難と戦い勝利して、誉れの冠を受けよ。イスパニアでは、屠られ食卓に上る牛とて自分の命を自分で勝ち取る機会が与えられる。まして人間では無いか? 私の国ビザンチン帝国では、平民も、いや奴隷でさえも自分の努力や才能で、貴族よりも高い身分を手に出来る」
孤児の男の子の何人かの瞳に、将来の夢と言うものが宿った瞬間を冒険者達は見た。
「そして、御領主のバルディエ様は努力と才能と忠誠に報いて下さる方だ」
そう言ってカイザードは右手をゆっくりと挙げる。
「一人一つずつっすよ」
伝助が素焼きの鉢を持ってくる。黒い土に小さな苗。
「これはブドウの苗だ。お前達が目にする広い土地は、耕し肥(ひ)を与えれば見事に育つ。当地の気候は甘みの多いブドウを実らせる。普通に飲めるワインが出来るまで5〜10年、旨いワインを醸す為に改良を続けるにはそれ以上。だがこの地を耕やしていれば、何時か豊かになれるだろう」
願い事を見つめる樹の下で、ヴェガは菓子を配る。女の子には、可愛らしい木彫りのアクセサリーも添えられていた。
「良き聖夜を! 聖ニクラウスは他人の為に尽くす心優しき者。あまりに多くの人々が彼を慕う為、手が回らぬ事もあろう。しかし目に見えぬ形でも、驚くべき恵みが届いておる。例えば今、おぬし等が此処に居る事。彼はこの聖夜にセーラとジーザスの慈悲をおぬし等に届けておるのじゃよ」
反対側で男の子を呼ぶのはローシュと謙一郎。
星の勲章と一振りのナイフ。
「これでも歴としたナイフじゃ。強くあれ雄々しくあれ、そして何よりも優しくあれ。持てる力を律することが出来る者を大人というのじゃ。わしが復興戦争の折に会ってきた騎士達は、皆そうゆう者達であったがの」
子らが学ぶべき英雄達の話。ナイフを贈られた男の子は、自分がなんだか強く、そして偉くなったような気がして、拳を握り締めながら耳を傾けて行く。
「‥‥最後に、手入れは自分ですることじゃ。今度わしが来た時‥‥」
子供達に授けた物と同じナイフを蝋燭の明かりにくるりと回し、言葉を止めた。池の氷が寒さで裂けるような緊張が走る。
「‥‥確かめさせてもらうぞ。もし、おかしな使い方をしておったら承知せんからな」
●静かな夜の想い。
素晴らしい時はやがて去り行き、子供達はそれぞれの窓に帰って行く。
「みゃぁ‥‥」
ルリは少しばかり疲れを覚えた。辺境伯の娘らしからぬ気さくさに、小さな子供達は懐いたが、年かさの子や子供の親達には恐縮されまくり。かなりよそよそしさを感じる。
(「大貴族の娘になんて生まれるものじゃ無いよね。本当に涙が出ちゃう。きっと、ルルさんも‥‥」)
ルリが何かして上げようとすると、まるでいけない遊びを見つかけたようにビクリと反応する。見えない籠が自分を取り囲んでいるかのようなそんな気がしてきた。
「ん‥‥ねむねむ」
ルリ専用の宿舎である砦の奥の部屋に帰り、覆い付きのベッドに向かう。
(「あれ?」)
7つばかりであろうか? 幼い召使いが待ちきれずにベッドの横で眠って居た。
「風邪、引いちゃうよ」
ルリは寝息を立てる幼子を、抱き上げると自分のベッドにそっと置き、毛布を掛けた。
「ごめんね。今日は一緒に寝れなくて」
お気に入りのぬいぐるみに詫びを入れ、静かにランプの火を消した。