●リプレイ本文
●冒険者の手記1
「ここか?」
ヴィグ・カノス(ea0294)は農場と思われる開けた土地に出て呟く。
ドレスタッドより馬で約半日。山間に入ったところに依頼主の農場はあった。商人の下で20年間働いて得た給金でやっと開いた農場だという。それでも借金があまたあるらしい。
「へぇ、けっこう田舎ね」
ティアイエル・エルトファーム(ea0324)は森の迫る圧迫感が消えて少しほっとしている。ドレスタッドそのものがパリより田舎なのだから、そこから更に入って都会になるはずもない。ここはまだ森の自然が互いの領域を競っている土地。
「だから呼ばれたんだろ?」
シン・バルナック(ea1450)はあたりの気配を感じるようにして声を出す。もしも、今回の依頼に裏があれば見張られている可能性もある。
話は少し逆上る。
ギルドで依頼を受けた8人は、農場に向かうに酒場で作戦について相談した。
「狼退治だけならそう大変でもないな」
狼は所詮狼。狡猾であろうと高が知れている。罠を使って、待ち伏せして仕留めればいい。
「農場主だって馬鹿じゃなかろう。罠ぐらい使っているし、付近の猟師にだってそのあたりのことは相談しているだろう。農場が出てきても猟師の狩場が直ぐに減るわけじゃないんだから。しかも農場主の親はあのあたりの土地を持っている人らしいから、地元人とのトラブルはなかろう」
親の代でしっかり付き合いがあれば。
「取り敢えず農場に全員で行って被害の牛の状態をみよう。それに詳しい状況も直接聞いた方がいい。ギルドに細かいところまで話してはいないだろうし、依頼人が正直じゃないとは言わないが、都合の悪いことを話していないことは今までもあっただろう」
冒険者稼業としていれば良くあること。半分騙しに近いことだってある。
「その上で町で調べることもあるだろうけど」
まずは直接的な被害の調査と拡大防止策だろう。
そして彼等は農場に向かった。
●牛の惨殺死体
「良くきてくれた。たぶん、必要だろうと思って地元の人達を何人か呼んである。狼の被害はうちの農場だけに留まらないようだから」
依頼を出したのはこの農場主だが、ここだけでなくこの周辺の家でも狼かどうか分からないが被害が出ているという。
「家内をまだ迎えていないので大したもてなしはできないが」
農場で作った特製のチーズが出された。それと絞ったばかりの牛乳。
「これは商品になる」
レジエル・グラープソン(ea2731)は一口チーズを食べてその味に感動した。ドレスタッドのみではなく、交易品にもなりそうなものだ。
「失礼ですが、これは貴方が」
農場主は商人のもとでいろいろ学ばせられたが、どれも物にはならなかった。唯一チーズの目利きだけはできた。
「それでチーズの作り方とか‥‥そんなことばかりに熱を入れたので追い出されたというか」
「そういうことね」
ティアイエルも味は良かったと感じたが、あまりに農場主は人が良さそうだ。商人にはなれそうにない。たぶん彼が20年間奉公したという商人がこのチーズの販売を独占してもうけるつもりだろうと察した。
「手分けをして始めよう」
ヴィグとファットマン・グレート(ea3587)、それにレジエルは牛の死骸を確認しにいった。本当に狼はどうか。
「じゃこっちは猟師さんたちに状況を聞いている」
ティオ、シン・バルナック(ea1450)、リュオン・リグナート(ea2203)の3人は農場主の呼んでいた人達から情報収集を始める。
「それじゃわたしたちは農場の周りを日が高いうちに見回ってくるわ」
アリス・コルレオーネ(ea4792)がレイ・コルレオーネ(ea4442)を引き連れて、表に出る。
「二人で大丈夫か?」
「昼間から狼は襲ってはこないだろう」
シンはアリスを気にしていたが(狼に襲われることが心配か、それとも先を越されるのは心配かは不明)、シンの行動を予想しているリュオンに却下された。
●牛の死骸
「これは昨日やられた牛です」
依頼を出した後に殺されたのはこの1頭だけだった。狼は人間と違って必要のない襲撃は行わない。牛を襲って食う周期もあるのだろう。
ヴィグとファットマンはともに熟練しているわけではないは猟師の心得くらいはある。狼かそれ以外かぐらいの区別はつくと思った。
「刀傷はないようだ」
寒い季節になってきたので、牛はまた腐敗していない。まだまだ殺害の後で生々しい。
「フレッシュミートか、飢えている時なら食える状態だな」
モンゴル出身のファットマンは故郷の狼を思い浮かべる。狼の習性にしても地域差があるから確定的なことは言えないが、後ろ足を先に襲ったこと、内臓をむさぼり食ったこと。どうも狼ではないように思える。
「後ろ足というのがな、どうも引っかかる」
森の主と言われる狼なら、そういうやり方をするのかも知れない。ヴィグもそう思った。
「狼ならまずは前足を狙わないか?」
牛の首までの高さは狼の口よりも高い。飛び上がって首筋に噛みつくことで致命傷を与えるが、前足の被害は少なく、まして牛の首には噛まれたあとがない。
「後ろ足を襲って、抵抗の激しい牛を無理やり内臓を食って殺したか。牛の踊り食いって狼には意味はないだろう」
狼なら先ずは首を噛んで牛を殺した後、食ってもいい。
「狼に見せかけた何かか?」
「牛の内臓はもしかしたら別の生き物かも知れないけど、肋付近の旨いところだけを食ったのかも」
森の主が本当に狼なのか。
●猟師の話。森の主ってなに?
「率直に聞きます。森の主の狼ってどんな奴ですか?」
ティオは猟師に尋ねた。
「はっきり言っておくが、森の主が狼だと言った覚えない」
猟師は率直に応えた。
「だって依頼では」
リュオンは意外そうで、実は半ばそうじゃないかと思っていた。
「狼じゃないってことは別の生き物」
「それが詳しくは分かっていない。これまでも森の主とかいう生き物の被害にあったことがあって、わしも若いころは主を倒してやろうと意気込んで出掛けたものだ。しかし、この森は狭いようで広い。東の方ではもっと大きな森に接していて、そちらの動物も入ってくる。猟師仲間の中には人狼を見たとか吹いた者もおったが、狼の皮を被った密猟者だった。ただ、この森で悪さする人間は森の中で殺される。さっき言った密猟者も殺されていたのが発見された。中には余所から入っていたゴブリンやオーガまでもの死骸が見つかったこともあった。食べる以上に殺せば森の主の反撃を食うと言って猟師は必要以上に獲物は捕らんし、子供や雌は捕らん。長期的には自分の首を絞めることになるからな」
「じゃ、森の主を見た人はいないのかい?」
シンは興味を持った。もしかしたら、森を守っている守護者みたいな者がいるのかも知れない。
「ところで」
リュオンは声を落とした。
「この農場は森の主から見たら、悪いことしていることになるのかな」
「難しいところじゃな」
農場を作る時には、森を大幅に切り開いたという。そして牛が放牧されているあたりと森との境界は特に仕切られているわけではない。境界に柵を作らなくても牛は境界の外には出ない。
●農場の周囲
レイとアリスは農場の周辺を見回っていた。
「森との境界線が無いわね」
アリスは牛の放牧地の端まで行ってみる。放牧地は牧草が生えているが、森の下刈りのあまり行われていない。野性動物も動きにくいくらいだろう。
「あっちは下刈りされてあった」
レイは別方向を探ってきた。農場で使う薪とかは周囲の森から得ている。農場の住む人が少ないから周囲すべてを下刈りしなくてもいいのだろう。
「この状態じゃ牛は森には行けないわね」
下刈りしていないため柵を作らなくても、牛は森には入れない。
「とすると、森から牛の放牧地に入れる場所は限られるわね」
大まかな地図を書いてみると下刈りしてある地域はけっこう農場に近い。それに薪を運ぶための踏み固めた道もある。きっと荷馬車か何かで運ぶのだろう。
狼のサイズによっては別の場所からでも入れる可能性はある。しかし、森の主というからにはずば抜けて大きいのだろう。
●被害拡大防止トラップの効果
「それじゃまずその道の付近にトラップを設置しよう」
それぞれが役割を終えて集まったのは夕刻近くだった。
「昨日襲ったばかりなら今夜はないかも知れないが、やっておく方がいい」
レイは見つけた場所に幾つかの罠をしかける。この程度で引っかかる奴なら楽だろうが。この程度じゃ農場主もやっていることだろう。そこでレイは中の悪い自分の駄馬を餌がわりにトラップの近くに繋いだ。
「いいの?」
「いいよ」
駄馬が状況を察したのかレイを鋭い目つきで睨んでいる。
「睨まれているよ」
「いいさ、い、痛い」
レイの冷やかな態度に駄馬が怒ったのか、レイに噛みついた。
「今夜見張りをおこう。8人いるから4人と4人で2班。狼なら夜半からでいい」
シン、リュオン、レジエルの3人組にウィザードのレイを加えた4人で前半。ヴィグ、ティアイエル、ファットマン、アリスの4人で夜明け前を担当する。
僅かな火でも狼は気づくだろから、火もたけない。寒い外で防寒着なり毛布なりで体を温めながら、その場所を見張る。
「これじゃ見えないよ」
深い闇の中で野性動物の動きはない。もう虫もいないのだろう。静かなものだ。
「交代だ」
シンたち4人は寒さに震えながら、農場に入った。温かいミルクを飲んで寝ようとしたところ、さっきのトラップの当たりで大声がした。
●襲撃
夜半の交代は眠いが、表の寒さにあたると一気に引き締まる。
シンのプレートアーマーの騒々しい音が無くなって、しばらくすると駄馬の様子がおかしい。暗いため見えるわけではないが、何かに怯えるような感覚が伝わってくる。
「どうしたのかしら?」
ティオは魔法の準備に入る。何かいる。駄馬を怯えさせる何かが。
ファットマンは農場主に用意してもらった松明を準備する。暗闇では戦いにならない。ヴィグもスピアを投擲できるためには目標は見えないと厳しい。大きく外れれば敵に侮られる。アリスも魔法の準備に入る。
駄馬の悲鳴が聞こえる。何かが襲いかかった。駄馬は前足を高く上げて踏み下ろし、どうにか撃退しようとするが、全く効果がないようだ。
ファットマンが火の点いたタイマツを投げる。黒く大きな獣が駄馬の後ろ足を襲っていた。
「こいつが犯人か?」
ヴィグがスピアを投げる。松明の火で人間はいることに気づいたのか、そいつは駄馬に強かな一撃を加えて森の方に逃げようとした。
トラップが幾つか行く手を阻むが、トラップに引っかかったまま強引に逃げ出す。
「今のは?」
トラップの鎖は地面に杭で打ちつけてあったが、杭ごと持っていかれた。
駄馬はまだ生きていたが、多分回復しそうにない。
騒ぎに気づいて4人が走ってきた。駄馬はその中にレイを見つけて、恨めしそうな視線を向ける。さすがにレイも気が咎めた。ティオが無言でリカバーポーションを駄馬に使用する。リカバーポーションを持っていた人はそれに習った。
「あいつが今までの犯人かは分からない。牛は馬のように前足を振り上げて防御したりしないから」
森に逃げたのなら、森まで追跡しなければ。
●追跡
翌朝追跡が始まる。追跡は後半4人組があたる。残った4人のうちシン、リュオン、レジエルは町で聞き込みに、レイは農場を守ることになった。
トラップごと持っていったせいで、追跡は楽だった。ヴィグでなくと逃げた痕跡を辿れる。半日の追跡後、トラップが破壊されていた場所に出た。
「この岩にぶつけて壊したのか。その程度の知能はある」
火を見て人間がいると気づいて直ぐに逃走したことも知能のなせる技か。
「狡猾な狼。そんな感じじゃないな」
狼にはあのような攻撃はできない。
「だったら熊か」
熊ならあり得る。熊の剛毛ならあの程度のトラップに挟まれても大きなダメージは受けない。
「熊なら縄張りの印ない?」
アリスは周囲の木を見回った。
熊なら自分の背の高さを木に爪で記して、自分の臭いを着けているはずだ。
「これそうじゃないか」
ファットマンが捜し出したのは、それらしい。しかし昨日のに比べると小さいようだ。暗闇で松明の明かりだったから、大きく見えたのかも知れない。その時、大きな叫び声とともに黒いものが襲いかかってきた。
「熊か」
「たぶん」
ファットマンが正面から向き合う。アリスはその前に魔法で攻撃していた。
「吹き荒れろ白夜に舞う、白銀の風! アイスブリザード!」
熊はアイスブリザードで怯んだが、勢いは殺されずそのままファットマンの構えたライトシールドに突進した。熊の突進を受けてファットマンが吹っ飛ばされるが、熊も動きが止まった。ティオのライトニングサンダーボルトが炸裂し、熊は火傷を負ったように見えた。ヴィグが熊の心臓目掛けてスピアに全体重をかけてぶつかっていく。心臓には届かなかったが、大きなダメージは与えた手応えがあった。起き上がったファットマンが、熊の背後からロングソードでスマッシュを決める。
「どうにか倒せた」
ファットマンとヴィグの二人で熊を引きずって農場に戻る。こいつが犯人ならこれで被害はないはずだが。
●町の探索
3人組はドレスタッドに来て農場主に運営資金を貸しているという商人を探った。けっこうやり手らしい。以前働いていた農場主についてはあまり高い評価はされていない。20年やっても重要な地位を就けずに家業に戻ったことを考えるとそうなのだろう。
「背後の線を考えたのだけどな」
しかし、あの商人以外にの近くで町向けの大規模な食料を生産するという商人がいるらしい。そして今徐々にだが、その土地を開いているという。
「森を開くって‥‥もしかして」
森に住む生き物の住む場所が無くなる。居場所のなくなった動物は移動するか死ぬか。そして移動したら、移動先の動物も食料が減る。
●これが最後ではない
「町でそんな情報を仕入れたのか」
どうやら仕留めた熊が最後ではないようだ。
森の中の食物バランスを安定させなければならない。もっと厄介な仕事ができた。
「もしかしたら、この熊ただ単に縄張りに入ってきたから襲ってきたんじゃない?」
その夜は何も起こらなかったが、狼の遠吠えが聞こえたような気がした。