迷子のケモノ達 後編

■シリーズシナリオ


担当:マレーア

対応レベル:4〜8lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 88 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月01日〜01月06日

リプレイ公開日:2005年01月07日

●オープニング

 農場の牛を襲った正体不明の獣は、付近の森を縄張りにしていた熊といういことで一応の決着を見た。というよりも当面様子を見るしかなかった。熊であればそろそろ冬ごもりに入り、いずれにしても被害は無くなる。
 しかし、この日また農場には被害が出た。
「牛じゃないけど、こりゃ」
 この農場で作られている特製チーズの貯蔵庫に大きな穴があいて、熟成されていたチーズが幾つか盗まれていた。
「熟成中を狙うとは」
 熟成中の物を売りさばかれて、ここの農場のチーズが不味いという噂がたったら、盗まれた個数の被害よりも遙に大きなことになる。今後ずっと評価が下がったままでは価格もさがる。専門家が評価を直すのはかなり難しいし、一般人は誰かの評価を鵜呑みにする。
「これはなんだろう?」
 貯蔵庫には獣の毛のようなものが見つかった。
「なんかこの前冒険者たちが仕掛けた罠にも、これと同じような毛があったような気がする」
 壁に穴をあけるという方法は、人間とは思えない。扉についている鍵は簡単なものだ。盗み出すなら鍵を開ける方法を選ぶだろう。しかし、同一犯人とするなら何故、手段を変える?
「急いでギルドに依頼を出そう」
 人為的なものならば、この前の事件も人の仕業かも知れない。

●今回の参加者

 ea1450 シン・バルナック(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1984 長渡 泰斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2031 キウイ・クレープ(30歳・♀・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)
 ea2564 イリア・アドミナル(21歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea2601 ツヴァイン・シュプリメン(54歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea2955 レニー・アーヤル(27歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea3446 ローシュ・フラーム(58歳・♂・ファイター・ドワーフ・ノルマン王国)
 ea3693 カイザード・フォーリア(37歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3738 円 巴(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea4442 レイ・コルレオーネ(46歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea4792 アリス・コルレオーネ(34歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 ea7463 ヴェガ・キュアノス(29歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●ドレスタッドにて
「それじゃ、シンと私、それにアリスの3人はドレスタッドで情報を集めてから農場に向かう」
 カイザード・フォーリア(ea3693)は、シン・バルナック(ea1450)とアリス・コルレオーネ(ea4792)を振り返って、先に行く者たちに声をかけた。
「分かった。取り敢えず道はレイが知っているから、農場での調査は始めておく」
 ローシュ・フラーム(ea3446)が即答した。
「ああ、夜までには着く予定だ。できれば‥‥」
「猟師のじいさんを呼んでおいてくれ、だろう?」
 今度はレイ・コルレオーネ(ea4442)が、カイザードの言葉を想像して答える。前回の依頼を受けた時に情報を教えてくれたじいさんのことと思った。
「ああ、情報が少なすぎるからな、現状を見て貰って意見を聞きたい」
 今回も情報があまりに少ない。野性動物の仕業か、誰か人為的なものかも。そのため両面から調査をしなければならない。
「わしらは一旦農場でチーズの状況を見てから、ドレスタッドに戻ってくるじゃろう」
 ヴェガ・キュアノス(ea7463)らは一旦農場に行ってから戻ってくることにした。馬でも借りれば、一旦行ったあとでもドレスタッドには簡単に戻れるだろう。

●農場の貯蔵庫
「ここがチーズの貯蔵庫か」
 ローシュはチーズが盗まれたというチーズの貯蔵庫の中を見ていた。
「毛って言っても、な」
 長渡泰斗(ea1984)も落ちていたという毛を摘んでみたが、どんな生き物の毛か分からなかった。狼っぽいけど。
「誰かわかる人いるか?」
「ネズミじゃないか? チーズだしの」
 ローシュは即答した。
「チーズだからネズミか。それもあるかもな」
 残念ながら、動物、モンスターに関する深い知識のある冒険者はいなかった。
「でもな。この穴。その生き物が開けたとしたら、相当な奴だぞ」
「そうじゃのう」
 貯蔵庫は、豊富な森の木材を利用した非常に厚みのある建物。そのため野性動物が簡単に穴を開けられるようなものではないようだ。ここに来るまで、貯蔵庫と言っても前回来たメンバー以外は掘っ建て小屋程度だと思っていたようだ。チーズ作りに傾倒して、田舎に帰った分、ここまで凝っていたのだろう。
「ネズミが一生懸命齧ったのかもしれないが」
「ネズミの大群がここに来たなら‥‥だとしたらチーズも盗まれたのじゃなく、食われたのかもな。依頼人にとっては、その方がいいだろうし、こっちもネズミを討伐すればいいのじゃが」
 ネズミ討伐ってけっこう難しいかも。それにネズミスレイヤーなんて称号は情けない。
「たしかに。ネズミって確信はないが、否定する要因もないしな。取り敢えず二度とないように見張るしかない」
 長渡泰斗はモンスターなり野性動物なりが襲ってきた時に備えて、鳴子の罠を作成し始めた。明るいうちに準備を整えて罠を仕掛けなければならばない。

●町での探索
「それじゃ、緊急時にはギルドに伝言を頼む。何も無ければ日暮れまでに農場で合流。でいいですか?」
 シンはアリスとカイザードに同意を求めた。町で背後関係を探るのはこの3人しかいない。もっともチーズのことで別に4人動くことになるが、緊急時以外には出会うことはないだろう。
「遅くとも夜には農場に行こう」
 農場に再度の襲撃があるかも知れない。その危険はある。長渡泰斗とローシュ・フラームが昼の内に防御態勢を作り上げているはずだが、実際の襲撃があったら人手は多い方がいい。
「それでいいだろう」
 カイザードはそっけなく答えた。
 アリスも頷いている。
「それでは、おのおの別行動で」
 といっても、シンとアリスは農場主のもとの雇い主の商人のところに、カイザードは農場の付近で開発をしようとしている商人に接触するつもりだった。開発する商人にも同じ被害があるのか、無いのかで対応も違うだろう。
 カイザードは礼装で冒険商人を尋ねた。
「ドレスタッド周辺はまだ開発の余地がまだまだある。そこで」
「ほう。ドレスタッド港町。今も発展し続けているため、食料も燃料も不足気味」
 カイザードが訪ねた冒険商人は、ローゼリックといった。開発をこれから大規模に始めようとしている。その手始めに一定程度の農地の開発を行っていた。しかしながら、後発だったため良い土地はすでに他の者たちに占領されてしまっていて、開発にはもっと資金のかかる遠方地しか残っていなかった。そのため、自己資金だけでは不足気味であった。もちろん、現在の商売からの利益はほとんどつぎ込んでいる。そのためできれば資金提供してくれる貴族でもバックについてくれれば良いと思っていた。これまでの商売で関係のあった貴族には一通り声をかけている。一家かなりいい感触があって期待しているところだ。カイザードも礼装できたため、出資についての相談だと思って口が緩んでいた。
(「しめしめ、しゃべりたいだけしゃべってもらおう」)
 カイザードはほくそ笑む。こちらから頼まなくても、向こうで情報をくれそうだった。
「現在は、ドレスタッド周辺だけでは、ドレスタッドのみでなくドレスタッドに立ち寄る船にも新鮮な食料が供給できる体制になるにはまだまだ不足。船にも新鮮な食料の供給が可能になれば、もっと多くの船が来てもっと町は大きくなる」
「では、開発はこれからもっと大規模に行われると」
「問題は資金繰りだけだ。たがいの開発地は一定以上の間隔が開いているため、規模は順次拡大できるだろう。そこは他の開発地も同じことを考えている」
 資金ができた者から順次範囲を拡大し、状況によっては他の開発地を買い取るなり、奪い取るなりの手段を用いるのだろう。開発してもそこを耕す人手を得られなければどうしようもないのだが、そこはドレスタッドに出てきて職を得られなかった者たちを充てる。一旗当てようと、田舎から出てくる者も少なくない。町に出ればもっといい儲け話が転がっていると思って出てくる者が多い。今回の依頼人の農場主もそのパターンだった。まだ定職に就いていた分だけ良かったが、定職につけなければ日雇いの仕事。それでもまだまし、悪事に手を染める者もでる。その点では開発地に送り込んでしまえば、ドレスタッドの治安は悪くはならない。その点でも開発は必要なのだろう。ドレスタッドの町が資金を出すまでには至っていないにしても。
「ところが最近、開発地で妙な事件が起こっているとか」
 投資を誘因されるような話ばかりでは、良い話しか聞けない。むしろ、悪い方の情報が欲しい。
「どこもある程度の問題はありますな」
 急に口が固くなった。
(「狸め、何か知っているな」)
 表情に変化はない。なるほど一筋縄ではいかない。
「しかし、具体的に何が問題で、どのような解決法があるのか分からなければ、出資したくともできないだろう」
 カイザードは僅かに声のトーンを上げる。微妙な駆け引き。
「獣の襲撃というのは聞いたことがあります。まぁ開発を行う以上は、森を奪われて食料を失った一部の獣が人里に現れることはないわけではない。しかし、森自体は東にも南にも広がっている。そっちに移住すればいい」
(「こいつ、それが森の生態系を破壊することに繋がるって考えないのか」)
 カイザードは思わず、拳を握りしめた。こんな奴らが開発していれば、大変なことになる。
(「今回のことが人為的なものならば、乱開発に対する抗議だろうか」)
 カイザードは商人のところ辞した。商人からでは情報は聞き出せそうにない。やっぱり開発地にいかないと駄目だろうか。

●もとの主人
「チーズが盗まれたと聞いたが、被害はどのくらいだ」
 シンとアリスが尋ねていったのは、農場主が以前雇われていた商人のところだった。この商人も依頼人の農場を足掛かりに食料の増産を考えている。今のところは周囲の農村からの買い付けで利益を得ているところだ。開発地で別の商人が増産を始めてもすぐには影響はないし、影響が出る頃には増産に着手する予定だという。
「熟成中のものらしいです。詳しくは別の者が調査中です」
「では君達の用件はチーズの件ではないのか?」
「大きく言えばそうですが」
「チーズの盗難が人為的なものであった場合の犯人探しか。そのための背後関係を探っているというところか」
「はい。よく分かりましたね」
「そこでもし、私が背後で糸をひいているとか思わないのかね」
 目の前の商人の目に剣呑な光が見えた。表情は笑っているものの、目は笑っていない。
「おまえは違う。もしチーズを盗んで半端なものを出したら評判を失う。商人は損をする取引はしないものだ」
「ほう。しかしチーズの味の違いの分かるものなど、ほんの一握り。ブランド名が付いているだけで大金を払う者もいる」
「そう、もしかしたら誰も気づかないかも知れない。しかし、一人でも気づけば評判はがた落ちになる」
「頭の回るお嬢さんだ。チーズの評判落ちは、あいつよりも私の方にダメージが大きい。チーズはあいつのところから買い取ってさらに出荷調整している。こちらの倉庫にはまだかなりの在庫がある。もちろん、チーズに最適の環境でな」
「つまり‥‥」
「偽物が出回るとそれら全てが値崩れを起こす」
 どうやら、農場主よりも大事みたいだ。
「こころあたりがないわけではない」
 商人の話によると、開発地の商人との間で、小競り合いがあったらしい。使用人同士が酒場で酔った上での乱闘ということだが、喧嘩をふっかけられたという。
「幸い、仲裁に入った人物がいたため大事には至らなかったが」

●周辺探索
「それじゃ出発」
「チーズを見つけてね」
 チーズ探索班の4人イリア・アドミナル(ea2564)、ツヴァイン・シュプリメン(ea2601)、円巴(ea3738)、ヴェガ・キュアノス(ea7463)と周辺探索班のキウイ・クレープ(ea2031)、レニー・アーヤル(ea2955)、レイ・コルレオーネ(ea4442)は同時に農場から出発した。
 チーズ探索班はチーズが売りさばかれるとすればドレスタッドしかないと見て、ドレスタッドで情報を集める。周辺探索は貯蔵庫から犯人を追跡するのである。
 キウイとレニーは組になって地面を見ながら追跡を開始する。貯蔵庫から森までは、季節柄荒されることは少ない。夏であれば放牧されている牛などが足跡を消してしまっていただろうが、今は牛は屋内でおとなしくしている。
 その二人の後ろから、レイが不仲な馬と一緒についてきている。馬には警戒してもらうつもりのようだ。
「貯蔵庫に残された瑕はこの前の駄馬が襲われたものとは違う。多分別の相手‥‥いや。別の得物と考えた方がいいのか。クマには可哀相なことしたな」
 こうなってみると、あのクマは白だった。クマのためにも駄馬のためにも真犯人を捕まえたい。
「ねぇどう思う?」
 キウイも駆け出し程度の技能でどうにか足跡を追っている。ときおり、疑問に思うとレニーを呼んで一緒に見てみる。レイと馬がいるから二人で探せる。もしレイがいなければ、交互に周辺の警戒を行う予定だった。
「どう、追えそう?」
 すでに昼を過ぎた。森に入ってからでもかなりの時間が経過している。農場まで帰る時間を考えれば、追跡はあと2時間程度が限界だろう。
「まだ大丈夫。でも、そろそろ冬でも行動する動物がいるから追跡は難しいかも」
 足跡の痕跡そのものが隠れてしまっている場合もある。しかし、他の動物がどうに足跡に近寄った様子がない。もしかしたら、動物達の嫌う者なのかも。
「動物が近寄らないだけもかなりの手掛かりかも」
 そのまま追跡を続けること1時間。森は薄くなり伐採が行われた場所に出た。
「ここは?」
「別の開発地みたいね。でも、酷い」
「ああ、こりゃ」
 根こそぎ伐採された木がまだあちこちに放置されていて、雑然としている。開発だか破壊だか分かったものではない。
「一旦農場に戻ろう。暗くなる前に」
 暗くなったら森の中で道を見失うことだってあり得る。
「そうね。それに」
「今夜も襲撃があるかも」

●チーズを追って
「農場主から聞いたチーズのことを確認しておきましょう」
 イリアが農場主からメモしておいたチーズの特徴を読み上げる。
 チーズは円筒型。大きさは直径60センチから80センチ、高さ40センチ以上。大人でも持つには苦労するほどのもの。
「野性動物が口でくわえて逃げ去るにはちょっと大きいのう」
 ヴェガの発言にみな同意する。この大きさではその場で食べるにも、ちょっと大きすぎるだろう。
「これをくわえて行ける大きさの獣なら、空けた穴からの出入りは多分無理」
「たぶん、穴はフェイクじゃろう」
 獣の襲撃があったように不安がらせるのが目的だろう。農場主を不安がらせて、農場を引き払わせるか?
「チーズはそれを雇われた人間の駄賃代わりじゃろう」
 ヴェガの推理といよりもチーズをドレスタッドに探索に来た面々は、そう思っていた。人間でなければ、チーズを盗み出して売りさばくようなことはしないだろう。
「チーズのブランドを見て、宝の山だと思ったんじゃない?」
「そうね」
 円もそう考えた。盗まれたチーズは10個。一人1個づつ持って行ったなら10人。あるいは、あの毛。
「あの毛、手なづけたモンスターか、何かの動物。それにチーズを運ばせたのなら、実行人数はもっと少なくてもいい」
 きっと実行犯は多分一人、いや一人と1匹。多くても二人と1匹。それとも。
「まさか獣人なんてことは‥‥」
「円、どうかした? 冷や汗なんかかいて」
「いや、思い過ごしだ」
「ならいい。でも、チーズなんて盗んで、熟成されているかどうか」
「盗みに入ったのは夜。チーズの外側に何が書いているか読める? たぶん、暗くて読めないはず。熟成中かどうかはチーズの表面からは分からない。熟成中だったのは、偶然かも」
 そう熟成中だったかどうか。区別できなかったとしたら?
「それじゃ手分けしてチーズの売りさばきできそうな店をあたろう」
 ツヴァインの声で手分けして情報を集める。
 ツヴァインは露店や行商人をあたる。イリアは農場主の臨時雇いということにしてチーズの販売業者をあたる。円巴は農場主のもと主の商人を、ヴェガも同行する。ヴェガは農場に向かわずに直接聞き込みをしたかったが、農場主の作ったチーズの現物もみなくては調査もできないため、一旦農場に行ってから皆と一緒にドレスタッドに戻ってきた。
「やっぱり行って良かったのう。予想していたのとはかなり違っておったのじゃ」
「あんなに大きいなんてね」
 円も頷く。

「おやおや、今度はチーズの探索ですか?」
「すでに来たのじゃな。では話は早いのじゃ」
「農場からのチーズは当方で独占的に扱っている。下手なものが出回っては大損になる」
(「よく分かっておるようじゃな」)
 とほくそ笑み言葉を続ける。
「では協力するであろうのう」
「ではチーズを販売するルートについて知りたいのだろう?」
 もと主の商人の話では、農場主の作ったチーズは主に上流階級向けのもので、一般市場にはあまり出回っていない。最近あちこちでこのチーズの価値が分かりだしたため、一般の販売業者もチーズを得ようと画策しているらしい。
「でもあなたが独占している」
「つまり、熟成中でも外側からだけ見れば、農場産の高級チーズに見える。高級チーズを欲している販売業者に売れば利益になるし、もし味が悪ければチーズそのものの評判を落としてあなたの商売に損害を与えられる。犯人はきっと熟成中などとは知らないのでしょうけど」
「味の違いが分かるものは一握り、しかし上流階級でチーズの味に煩い者ならば」
 ならば犯人はチーズ販売業者に向かうはずだ。
「忠告をしておく」
 ヴェガは、もし熟成中のものが出回ったならば、独占権を持つ者が販売していないから偽物として主張すればいいことを教えた。
「そして本物を大々的に売り出せば‥‥」
「大々的に売ってしまっては値崩れが起きる。そのあたりは商人の方が専門だ」
 売り方については口を出すなということらしい。
「イリアに合流するのじゃ」
 ヴェガはイリアと合流しようとした。
「それじゃ、私はツヴァインだな」
 露店や行商人をあたっているツヴァインの方に合流しようとした。ここでの情報を知らせておいた方がいい。
「ここも違うみたい」
 イリアはすでに3件目を回っていた。一般にチーズを販売している店からその仕入れ先を調べてみた。農場産のチーズほどのものはないらしい。各販売店でも農場産のチーズについては需要があるものの、供給量が圧倒的に少なく値が高くなっているという。
「それじゃ農場産のチーズはないのね」
 その会話を繰り返した後であった。
「そういえば」
 4件目の卸屋で、かすかな当たりがあった。
「そういえば?」
「数日前、小柄な男‥‥たぶん男だった‥‥が訪ねてきて、農場産のチーズがあると言った。値段は相場どおりでいいと。金払っても手に入らないものだからな。明日1個持ってくると言っていた」
「明日ね」
 イリアはヴェガと合流した時に、それまでのことを知らせた。
「そうか。明日まで来てみるのじゃ」
「その前に犯人が捕まえられるかもね」
 つまり明日持ってくるという事は、今夜襲撃があるということだろう。
「ツヴァイン、どう?」
 円は、露店を回っているツヴァインを見つけた。
「さっぱり、露店や行商人には出回っていないようだ」
「高級品みたいだから」
 つまり、犯人が十分に高級品だと認識しているということだ。
「たぶん盗んだあとで気づいたのじゃろう」
「あるいは食った後でな」
 4人は今夜襲撃するらしいという情報を手に、農場へと急いで戻った。

●迎撃態勢
「やる気になる情報を持ってきてくれたものだ」
 長渡泰斗は、貯蔵庫の前で帰ってきた面々に言い放った。
「やれることはやっておいた。いつでもこいってやつだ」
 ローシュも得物を構えていた。
 もう日が暮れようとしていた。
「鳴子の罠は貯蔵庫だけでなく、森の切れ目からどのルートで入ってきても分かるようになっている。よほど夜目が効かなければ、罠を回避して入り込むことは難しいだろう」
「前衛は私が」
 シンが名乗り出る。この中ではもっとも防御力が高い。
「任せるよ」
 キウイは、ウィザードが攻撃にさらされないように守りつつ攻撃することにしている。
「先頭にシン、次に泰斗とローシュ、私とキウイと円は最後の防衛ラインになる。ウィザード達は、先制攻撃と後方支援をしてくれ」
 カイザードが指示を出す。
 何かまだ正体は分からないが、人であるらしいことは確かだ。少なくともチーズを売りにいくという判断ができるのは野獣ではない。
 鳴子がなった。かなり激しく。
「突進力のある奴だ」
「貯蔵庫に穴開ける奴だ。それぐらいって!」
 鳴子は、あちこちで鳴りはじめる。
「大群だな」
 余裕を噛ませるセリフだが、実際にこんな大群に襲われたのは初めての経験だ。
 最初の一団が一番近い鳴子を成らす。
 飛び掛かってきたのは狼だった。しかもかなり大きい。
 狼の直撃を受けてシンが真後ろに倒れる。プレートアーマーのお蔭で無事だが、引き倒されては起き上がるのには難しい。そのうえ狼にのしかかられてしまっては。
「吹き荒れろ‥‥白夜に舞う、白銀の風! アイスブリザード!」
 アリスのアイスブリザードがシンの薄皮一枚ごと狼を吹き飛ばす。
 凍りついて動きの悪くなった狼の首に、ローシュが止めに一撃を食らわせる。
 凍てつく空気の中、飛び掛かってくる狼に向かってアイスブリザードが、後方のウィザードから放たれる。
 それでも突破してきた狼は、カイザード、キウイ、円がウィザードを守って次々に刃を送り込む。
 狼を殲滅した時、全員が疲れ切っていた。
「あの穴は狼があけたものじゃない。別の敵がいるはずだ」
 その時、人影が近づいてきた。
「良くも可哀相な狼たちを」
「可哀相。こっちは殺されそうにって誰だ?」
 レイは思わず叫んだが、叫んだ後になって誰か思い浮かばないことに気づいた。
「うっ、狼が騒ぎを起こしている間に入り込んだのよ!」
 イリアは背後を取られて腕をねじり上げられていた。苦痛に顔を歪める。
「どういうつもりだ」
「あんたたち、自分で何をしたのか分かっているの?」
「農場に襲撃をかけてきた狼を倒しただけだ」
「狼達は人間に追われてこっちにきた。やっとこっちの生態系に適合したのに。ここでも人間たちによって住む場所を奪われた」
「この農場はずっと前からここにある」
 冒険者以外の声がした。
「猟師のじいさん」
「じいさんではない。考え違いをするな、お前さんが攻撃すべきはここの農場ではあるまい。ここの攻撃しても、ドレスタッドが無くなるわけでない。それに狼達を心配するなら何故チーズを盗んだ」
「それは‥‥」
「結局、狼達も自分の利益のための道具にしていたんだろう。じっくり聞かせてもらうよ。イリアを放せ」
 カイザードが犯人の首筋に切っ先を突きつけた。

●結局のところ
「けっこう簡単に話してくれたね」
「けっこう簡単? あの拷問が、やっぱり魔女だ」
 アリスの軽い口調にレイが聞きなおす。
「どんな拷問したの?」
 レニーが興味深げに尋ねた。
「逆さ吊りにして」
「え?」
「足の裏に穴開けて」
「え、え」
「鉄の太い針を差し込んで」
「ぎぇ」
「その針の上に蝋燭を灯したの」
「それって結構辛いんじゃないかと」
 ツヴァインが、思わず想像して声を出す。
 拷問した結果、狼を保護していたのは事実だったようだ。しかし、それはあくまでも手なずけて何かに使おうとしたため。
「農場を襲撃したのは、互いの開発地同士を仲違いさせて混乱させようとしたらしい」
「チーズは行きがけの駄賃、狼の背にくくり付けて運んだようだ」
「あの穴だけは知らないと言い張っている」
 拷問で聞き出していた面々は、少し青い顔になって聞き出したことを言った。
 あとはチーズを隠しておいた場所から回収すれば、依頼は終了。
「でもさ、まだ何かありそうな気がするな」
 レイはあの穴が気になっていた。馬や熊の仇も討てないし‥‥でもあの拷問を見た後だとちょっとね。
「何か起こったら、まだ依頼がある。こんだけ高級チーズがあるんだ。依頼料金には事欠かないだろう」
 円は貯蔵庫で熟成中のチーズの山を見ていった。
「ヴェガは?」
「チーズの作り方を習いにいっている」
 チーズが回収されるまでの間、ヴェガはみっちりチーズづくりを手伝わされたとか。