●リプレイ本文
●街の噂
準備と作戦。個人の技量。そして幾つかの幸運によってもたらされた勝利。無論、各員の負傷や武器の破損。そう言った損害を含めても、先ず大勝利と言って差し支えない。公には、マレシャル以下が海賊を文字通り撃滅したのだ。
火矢を受けて焼死した者。針山の如く矢を受けて絶命した者。鱠の如く切り刻まれた者。座礁に続く荒波に溺死した者。頭を割られ、目が飛び出て脳漿がはみ出した者。首の骨をへし折られた者。‥‥およそ人の子が思い描ける無惨な屍。逃げ場のない船の戦いは苛烈さを極めた。
「生き残りは3人か‥‥」
折れた愛刀を見やり、五十鈴桜(ea9166)はため息を吐く。折れた日本刀を直す手段はない。せいぜい折れた先を摺り上げて、短い懐剣に仕立てるのが関の山。掛ける費用を考えれば、買い換えた方が安く済む。幸運にも折れた切っ先が敵の目を貫いてくれて居なければ、生きて還れはしなかっただろう。天佑であった。
まだ傷の癒え切らぬ桜に、若い母親が子供を抱いてくれと頼む。桜の幸運と勲にあやかって、強い子供に成れるよう。
「私でいいのか?」
照れながらも抱いてやる。小なりと言えども英雄には違い有るまい。まだフランカ・ライプニッツ(eb1633)よりはマシである。スレナス関与の事実に箝口令が布かれ、全ての作戦が彼女の知嚢よりとされてしまった。そのため、不本意ながらも身に合わぬ名声を負う事と為ってしまったのだ。
「今アルテミシアって誰の事ですか?」
乾いた笑いがフランカの唇から漏れる。大衆の前で凱旋を祝われるという栄誉を、マレシャルと共に経験。
宿に戻ると、
「重い‥‥じゃが致し方有るまい」
ファルネーゼ・フォーリア(eb1210)が着慣れぬ礼服を着込み苦戦中。冒険の装備の方が軽いと思われるほどに、足下がおぼつかない。普段はしない本式の化粧。見違えるほどの美々しさに、仲間が間違えた程である。
「こほん。ファルネーゼ、領主様から身柄を引き渡して貰ったぞ」
カイザードは書類を見せる。勝者の権利として、賊の身柄は比較的簡単に確保出来た。余罪が不明な上、彼らの傷を癒すために散財したのはマレシャルと冒険者達であったからである。
「何時でも尋問可能だ。急いだ方が良いぞ。危険な情報を握っていると口封じされかねない」
殊に裏の事情を知っていそうな連中は危ない。追求をそいつの所で止めるために密殺する位の知恵は、盗賊ギルド程度の浅い裏家業でも持っている。
それにしても。セシール殿は食えない貴婦人らしい。賓客とは言え相手は貴族達だ。
「大方、良い芸をした犬に褒美をくれてやろうと言う程度の話じゃろう。奇妙な見せ物には為るまいぞ」
浮かれる一部の者達に、ファルネーゼは釘を刺した。
●捕虜
「海賊達がどの様な行動に出るか分かりません。皆様に累が及ぶのを避ける為にも、ギルドの関与は伏せておきたいと思います」
言葉を尽くして説明をするレティア・エストニア(ea7348)に、商人ギルドから使わされた者達はあっさり申し出を了承。但し尋問に立ち会いたいとの事。名より実をくれとは商人らしい。視線を向けたレティアに、マレシャルが頷いて見せた。情報は共有しておいた方が良いという判断だ。
護送は厳重な警備の下行われた。無事到着にほっと胸を撫で下ろすレティア。お疲れ様、と声をかける彼女にサミル・ランバス(eb1350)の表情は硬かった。
「‥‥はっきりとは言えないが、途中で怪しい奴らを見た。つけられてはいない筈だが、一応、警戒はしておいてくれ」
ジェンナーロとカイザードが見回りに出向く中、尋問は始められた。さすがに暴れたりこそしなかったものの、終始そっぽを向きっぱなしで何も答えない。
「ふふん、なかなか良い覚悟なのである。これはもう、最大級のスペッシャルサ〜ビスで持て成さずばなりますまい」
くっくっく、と怪しげに笑うジーク・ハーツ(ea9556)に、海賊達がごくりと唾を飲む。
「‥‥一体、何をするつもりだ?」
桜の問いに、彼はふふんと鼻を鳴らした。
海賊達は樽に押し込まれ、首だけ出された状態で放置された。やがて、何本もの剣を携えて現れたジーク。不気味な笑みを湛えながら剣を掲げた彼は、それを躊躇無く樽に突き立てた。ヒィ、と、声にならない悲鳴をあげる男。他の海賊達が、やめろ、人でなし、殺人鬼めと喚く程、ジークの顔は紅潮し嬉々として剣を手に取る。
「ぎゃぁっ!!」
苦痛に暴れる男、樽から噴出す血。その体は勢い良く樽から吐き出され、宙高く舞った後、鈍い音と共に床に叩きつけられた。ジークは薄笑いを浮かべながら樽に突き立った剣を抜くと、ピクピクと痙攣する男を抱え、再び樽の中に戻す。治癒魔法を施し、男が意識を取りもどすと、再び剣を突き立て始めた。
「や、止めてくれ、もう止めてくれ〜ッ!!」
賊達は仲間を責める幻想の拷問にのた打ち回り、小便を垂れ流す程に恐怖して、後はもう問われた事を洗い浚い答える様になった。
尋問後。マレシャルと商人ギルドの者達が、随分と長い間話をしていた。尋問の情報には厳しく緘口令が敷かれる事となり、皮肉にも、ジークが書けない内容がまた更に増えてしまったのである。
「近いうちに、再び皆さんのお力を借りる事になるでしょう。その時は宜しくお願いします」
マレシャルの表情は険しい。海賊達は厳重な警護のもと、無事に領主のもとへと送り返された。予想された襲撃は遂に無かったものの、警護にあたった者は行きと同様、こちらの隙を伺う怪しい一団の存在を感じ取っている。思いもかけず厳重だった守りに、手を出しかねたものか‥‥。
●宴会前
お屋敷を訪れた一同は丁重な出迎えを受けた。広間へと案内される彼らに、頭を下げながら慌しく行過ぎるのは、屋敷の小間使い達だ。と、ミヤ・ラスカリア(ea8111)の目が鋭く光る。突然その中の一人に声をかけた。
「ルルさんだよね? ねぇねぇ、飛牙の何処が気に入ったの?」
びっくりするルル。明け透けなのにも程がある。本気で付き合うの? 最近会ってるの? とルルの周囲を巡りながらしつこく聞くミヤに小間使い達は腹を立てるが、何せ相手が賓客なので無下に出来ない。ルルはただ微笑んで見せるのみ。その微笑が、全てを物語っていた。
「‥‥ああ、もう見てらんない。黙ってたけど、言うわ。飛牙って男、最近ますます依頼人の女性と怪しい関係だって言うわよ? 衆目の前で、熱い眼差しで見詰め合って頬を赤らめ合うなんて事を平然と‥‥」
仲間の告げ口に、そんな、とルルが言い返しているその最中に、ひょっこりと現れた飛牙。互いに目が合い、暫し、沈黙が流れる。
「俺、ちゃんと頑張ってるから。じゃあな」
それだけ言うとすぐに視線を逸らし、彼は用事を済ませに行ってしまった。
「ほらね、やましい事があるから、目も合わせられないのよ」
別に、全然平気です、と笑うルル。
(「うわぁ、まずいよ飛牙‥‥」)
ミヤは口をぱくぱくさせながら、離れていく2人の間で途方に暮れるしか無かった。
●宴会
入場と共に巻き起こる拍手。一同は、目が眩みそうなご馳走と好奇心の塊の様な貴婦人達に迎えられた。
「功を成した勇士をこうして招くのは、私達に許されたささやかな楽しみ。さあ、どうかこちらへ。今日は大いに食べ、痛飲してください」
歓迎の意を示し、彼らを席へと導くセシール。マレシャルは招待への感謝を述べてから、セシールの後に続いた。
「ほ、本日は、お招きにあじゅ、あずかりまして、ありが‥‥」
ゴチッという鈍い音。ミヤは緊張のあまり、偉そうな椅子に頭突きを食らわせて、諸共に引っくり返る羽目になった。
「晴れがましき場に、幼きミヤは緊張した様子。粗相の段、何卒ご容赦を」
ファルネーゼがフォローを入れる内に、ジタバタもがくミヤをエスメラルダ・ボーウェン(eb2569)がひょいと助け起こす。その様にたおやかに笑う貴婦人達。照れ笑いしながら起き上がったミヤの目の前はご馳走で埋め尽くされていた。ミルクに果汁を加え井戸で冷やした菓子。フルーティーな若いワイン。鳩のパイにツグミの炙り肉。豚はハーブ湯を潜らせて余分な脂を抜き、ガルム(魚醤)に浸して炭火で炙り、塩とたっぷり胡椒を利かせた逸品。焼いた鱒に漂うほのかな柑橘類の香り。蕎麦のクレープに包まれた鴨肉は、クルミとチーズのペーストに少量の刻んだ干しぶどうのまろやか仕上げ。料理の良き香りが、広間中に満ちていた。
「この弾ける水は何ですか?」
「発酵途中の沸き立つビール樽の中で、泉の冷水を何度も移し替えて作った泡立つ水に、蜂蜜とレモンを加えたユザーン殿自慢の飲み物ですよ。ワインが苦手な方はこちらをどうぞ」
珍しい料理や飲み物に圧倒される。今すぐにもかぶりつきたいミヤなのに、貴婦人達がそれを許さない。
「こんなに小さいのに海賊退治。強いのね。偉いわ」
「こんな可愛い娘が、うちにも欲しかったわね」
小さな勇士にご執心。
「ギルドに依頼を出してくれたら、いきます」
と精一杯の返答が、また貴婦人達を喜ばせる。渋々宴の席に現れたジークが愛用の三味線を掻き鳴らし始めてようやく、ミヤは解放された。
♪狭霧も深き五月末 正午も過ぎて早や半時
海賊今や寄せ来ぬと ファルネーゼの声響きたり
舳艫(じくろ)銜(ふく)んで錨抜く マレシャル以下の十勇士
誓うは醜虜(しゅうりょ)殲滅ぞ 日本刀をば試し見ん
荒ぶ風浪ものかわと ドレスタットの沖遙か
霞める沖の島の辺に 敵を誘うは大回頭♪
♪密かに繰り出す舟二艘 桜とフランカ船頭が
岩礁地帯を進みなば 忽ち食いつく北方船
敵船疾く敵多し 投げ槍数多襲いたり
されど大胆不敵にも 岩根へ進む勇士達
神は許さじ悪逆の 醜虜が日々は数えられ
波間に沈む敵の船 消えて哀れや水の泡♪
(「つまらないのである。私が書きたいのはもっとこう黒い部分も見え隠れするドラマチックな展開。皆悪い人ではないのであるが‥‥」)
物語とは裏腹にジークの心は晴れなかった。これも詩人の定めと言う事か。
「今アルテミシアとは貴方の事ね? こんなに小さな体の中に歴史に謳われる才女に勝るとも劣らない知能が詰まっているなんて、なんて素敵な事でしょう」
最大級の賛辞は、そのままフランカの胸に突き刺さる。が、耐えるのが自分の役目と適度な謙遜を交え話に応じる。
「ほら、そんなにがっつかずに食べな、汚れるよ?」
隅の方でミヤの世話を焼いていたエスメラルダも平穏ではいられなかった。聖職者の衣も、彼女達の好奇心を遮る事は出来ないと見える。話を逸らすのにもう必死だ。困り果てているところに、レティアが助け舟を出す。
「そう、あの時はただ夢中で‥‥。マレシャル様に付き従っていたら、不相応にもこのような名誉を頂く事になりました。私達のような冒険者風情にも分け隔て無く接して頂いて、大変立派な御方です」
貴婦人達の興味が語り始めた彼女に移り、ほっと胸を撫で下ろすエスメラルダ。仕草でありったけの感謝を示す彼女に、レティアがくすりと笑った。
♪敵船我に迫り来つ やがて繰り出す矢叫びは
殷々轟々凄じく 白日(はくじつ)為に光無し
帆は焼け綱は火を含み 互いに損害甚し
されどもマレシャル平生に 勇気絶倫不動なり
ミヤの放つ矢に添いて 味方の放つ矢は進む
その矢は敵を貫きて 艫に賊をば磔刑す♪
♪舷々相い摩す接戦に 賊の大将健気にも
最後の決を挑むまんと 衆を恃んで躍り込む
味方の危機を救うため 二つの剣を惜しげなく
放ちて無手のサミルをば 敵の刃は切り裂けど
敵の刃を分捕りて なおも戦い続けたる
紅小獅子の勲こそ 戦士と呼ぶに相応しや♪
「‥‥私を庇って瀕死の重傷を負ってしまって」
真に迫るレティアの話に、まあ恐い何て事でしょう、と盛り上がる貴婦人達。
「その勇敢なサルミ様は何処に行ってしまわれたのかしら。是非お話を伺いたいのに」
彼はまだ傷が癒え切っていないので休んでいるのでしょう、との説明で、彼女達は一層盛り上がっている。話に相槌を打ちながらフランカは注意深く皆の言葉を追っていた。マレシャルの名は高めねばならないが、やたらに誇っては反感を買う事になる。何気なくかけられる言葉に含みが無いかどうか。やっかみ気味の殿方の言葉などは、彼女がやんわりと割って入って軟着陸をさせる。
仲間達からセシールの情報を得ていたばかりに、セシール担当にされてしまったファルネーゼはといえば、他の女性達の様にあれこれと聞く事なく、ただ皆を眺めて楽しんでいる風な彼女を前に途方に暮れていた。この広間そのものが、喜劇の舞台の様に思えてくる。教会で学んだ知識と、商売で鍛えた話術と度胸が、彼女を支えていた。
武勇伝が続く、ほんの合間に。
「良い香りじゃ‥‥」
ふとファルネーゼが呟いた事で、貴婦人達も口々に聞き始めた。暫し、香水談義に花が咲く。中にマチルドという名を聞いてマレシャルはこれまで見せたことの無い、何とも穏やかな笑みを浮かべていた。
席を外したレティア。外の空気を吸いに出ると、そこにサミルがいた。
「特に異常は無い様だ」
自分が宴の席にいれば白けさせ兼ねないと判断した彼。実は場に馴染めないという方が遥かに大きい。
「どうやら、杞憂に終わったみたいだね。ゆっくり美味い物が食べられるんだ、それに越した事は無いけどさ」
エスメラルダも一時撤退。離れられないジークよ哀れ。
「良かった。中にも怪しい人は見当たりません。でもあれだけドレスタッドに根ざしている賊ですから。油断は出来ませんけど」
お話好きの御夫人方が話の続きを待ち侘びている。レティアはもうひと頑張りして来ますと笑いながら、賑やかな広間へ。
♪奮戦ここに数時間 矢は尽き剣は砕け散り
敵の屍は山を成し 血は河と成り船を染む
見よ百人の海賊も 我が鋭鋒に敵し得で
残れるものは只三人(みたり) 我は一人の死者も無し
ドレスタットに寇(あだ)をなす 醜虜は遂に滅び去り
夕日は映す我が勝利 勝ち鬨の声響くなり♪
ジークに惜しみない賞賛。宴は何事も無く夜が更けるまで続けられた。ようやく貴婦人達から解放されたマレシャルに、桜は歩み寄り頭を下げる。
「何をしてあげられたわけでもないですが、私のできる手助けは恐らくこの宴が最後です。後は若い力が貴方の助けとなる筈‥‥。どうか御武運と善き人生を『英雄』マレシャル卿」
私如きが心配する必要も無いと思うが、と笑った彼に、マレシャルはその手を取って、ありがとう、と搾り出す様に言った。共に戦った事実が消える事は無い。別れようとも、幾年が過ぎ去ろうとも、彼らは皆、戦友である。
マレシャルの名は貴婦人達の心に深く刻まれ、彼女達の口を通じて、社交界にもそれと知られる事となった。別の道を歩む者も何処かでまたその名を聞く事があるだろう。