●リプレイ本文
●出発
「遅い」
武道家の李飛(ea4331)の呟きに、限界かと浪人の山崎剱紅狼(ea0585)は仲間達を見回した。
「仕方ねぇな。行くか?」
「残念ですが已むをえませんね」
溜息を一つ、学者姿の死先無為(ea5428)は立ち上がる。武道家の林瑛(ea0707)も頷いた。冒険者稼業をしていれば予定通りの人数が集まらない事はしょっちゅうだ。今回は様子見みたいなものだから、一人くらいの欠員は致命的ではないとその時は思っていた。
遺跡探索の依頼を受けたのは10人、一人が来ず、冒険者は9人で件の村へと向う。
「しかし、部屋に入る時はどうするのです?」
「入る時? ‥‥ああ、埴輪か」
村への道すがら、考え事をしていた武芸者の御神村茉織(ea4653)は不意に山田菊之助(ea3187)に声をかけられた。茉織は己の思案を中断して、若い浪人の質問に答える。
「俺には大した案は無いが‥‥たしか、死先が何か作戦を考えていたろう」
休憩時にその事を聞くと死先は二人の顔を覗き込み、少し間を置いてから仲間達に話した。
「策と言うほどのものではありませんが‥‥」
死先の案は通路上から室内の埴輪にソニックブームを打ち込み、誘い出して一体ずつ相手をするというもの。誘導できない時は全員で室内に入って戦う。シンプルな作戦だが、他に取り立てて策も無い。
「どこまで届きますか?」
「八間ほどかと」
ソニックブームの射程を確認した商人の十三代目九十九屋(ea2673)は頭に埴輪の部屋を思い浮かべてみた。だが情報が少なくて上手くいかない。
「通路と部屋の様子、井戸に入った人から詳しく聞く必要がありますね」
尤もな話だ。ギルドでは遺跡の詳細は分からなかった。場合によっては村に到着後に予定の変更を迫られるかもしれない。
「ともかく、急ぎましょう。時間が経てば、それだけ良からぬものを引きつけるでしょうから」
ウィザードのバズ・バジェット(ea1244)は気持ちが急くのを感じた。バズは道中で街道を行き交う旅人から話を聞いていたが、問題の遺跡の事は徐々に噂となっている。
「井戸の中から遺跡が出てくるなんて滅多に無い話ですもの。噂にもなるでしょうね」
斯く言う僧兵の安来葉月(ea1672)も遺跡には興味を感じていた。尤もバズの言うように、無責任な旅人と違って探索者たる彼らには噂の広がりは好ましいものではない。
●井戸の村
「最近になって、ここらで冒険者が現れることはなかったですか?」
村へ付くと、挨拶もそこそこにバズが現状を確認する。
「さて、そのような事を言われても‥‥」
中年の人の良さそうな村長は困惑顔だ。一口に冒険者と言っても、その有り様は千差万別。今回の仲間だけでも子守やら学者やら商人やら浪人やらと様々だ。
「つまり、我々のような変わり者の事ですが」
「ひど」
林瑛が小声で異議を唱えるが、ならず者とか無法者と言わなかっただけマシだろう。
「いいえ、そのような話は聞きませんなぁ」
どうやら一番乗りらしい。バズはホッとしたが、杞憂とはならなかった。九十九屋が井戸に降りた人を呼んで欲しいと言って村長が使いを出した直後、4人の男女が村長宅へ入ってきた。
「ここで冒険者を探していると聞いたが‥‥やあ先客か?」
浪人とおぼしき長身の男が冒険者達に目を向ける。
「どこから話を聞いたかは知りませんが、この依頼は私達が受けたものです。人数も足りてるんで、申し訳ないがここはお引取り下さい」
と言ったのは九十九屋。
「はぁ? 寝惚けやがって、ハイそうですかと素直に帰るとでも思ってんのか。俺らは‥‥」
冒険者の強気の台詞に、浪人の横に立つ目つきの悪い小男が目を剥き出すが、浪人が手をかざして制した。
「言われる通りだな」
「だっ‥」
小男は承服しかねると言った表情だが押し黙る。どうやら浪人が4人のリーダー格らしい。小男は腰に小太刀を差し、ヤクザ者と思えた。他の二人のうち、一人は見事な髭と短躯から恐らくドワーフ。最後の一人は外套を羽織った若い女性で、なるほど冒険者でなければ素性の分からぬ集団である。
「しかし、ここまで来たのだから土産話の一つも欲しい。井戸の底から何が出てくるか、私達は見物させて貰うとしよう」
4人は村の外で留まる許可を村長に願ったが‥‥人が良いのだろう、村長は4人に村の中で泊まるよう言った。ただ宿屋など無い小村に既に9人の冒険者が入っていたから、4人は野宿だ。
●井戸の底
「何やら、妙な成り行きになったな」
問題の井戸に自分と御神村から借りたロープを垂らしながら李飛は呟く。李は遺跡には然して関心が無かったが修行の一環と思って、依頼に参加していた。だからトラブルは歓迎だが、拳で解決できない問題は武芸者の御神村には悩ましくもある。
「気にしねぇこった。‥‥まぁ、油断はできねぇがな」
井戸の底を覗いていた山崎が小声で言う。4人が笑顔で冒険者を見送り、井戸から出た所をそれバッサリは大いに有り得る。だが盗賊かもしれないから斬ってしまえと言えるほど人間が悪くはない。
「私が、上に残って見張りをしましょうか?」
遺跡探索は自分に合わないと思っている山田はそう口に出した。
「大事な前衛を残してはいけないよ。向こうがその気なら、一人や二人残っても意味無いしね」
瑛は反対する。ただでさえ一人少ないのに、これ以上人数が減ってはたまらないと。
「前門の埴輪、後門の‥‥でない事を祈ります」
村人と浪人達に見送られて、9人の冒険者は井戸の中へと入っていく。
井戸の深さは約8m。枯れた底の一部が崩れて石組みの通路が覗いていた。
(「井戸を抜けるとそこは古代遺跡でした‥‥という訳ですか」)
菊之助は声に出さず呟いた。地上の村からは遺跡の存在は想像も出来ない。大小の差はあれ、感慨は仲間達も同じだろう。遺跡に興味を持っていた葉月は石組みの壁に触れる。
「素人目にも、個人が作れるものとは思えません。一体、誰がどんな目的でこのような遺跡を残したのでしょう‥‥」
相当に古い物だということは窺えるが。
「この通路は村人から聞いた話の通りですね‥‥先頭は誰が行きますか?」
「俺に決まってる」
李が名乗りをあげる。しかし、通路の幅は約五尺、高さは六尺。巨躯のジャイアントは身を屈まなくては通れない狭さだ。
「まさか俺に留守番をさせる気か? 幸い埴輪の部屋は俺も戦えそうだ。後ろに回されては何も出来ないぞ」
村人の話では奥の部屋の高さは八尺余り。
「危険ですが‥‥仕方ありませんね」
先頭を行くつもりだった死先は策と一緒に諦めた。ジャイアントでも大柄な李は道をほぼ埋めた。つまりは通路上での入れ替わりが出来ない事を意味する。まさに壁だ。
「背が高いのも、良し悪しだよな」
人間としては長身の御神村には李の苦労が想像できた。2m40近くの巨体では屋内では色々と不便だろう。茉織は李に、埴輪の部屋の入口には埴輪を動かす仕掛けがあるかもしれないから気をつけろと言い含める。
安来からランタンを受け取った李を先頭に、一列になって冒険者は通路を進む。暫くも行かないうちに埴輪の部屋が見えた。扉は無かった。
「行くぞ!」
通路が狭いと分かった時点で作戦は変更された。突入した者達が入口を守り、まず全員が室内に入るのを助ける。その後も入口を中心に半円陣で戦う。いつでも退却可能な、生き延びる事を優先にした戦い方だ。
「うらぁっ! とっとと土塊に帰れってンだ!!」
李に続いて二番手に飛び込んだ山崎は変則的な軌道で刀を揺らし、1m程の大きさの埴輪に斬りかかった。だが。激しい摩擦音を立てて、刀が埴輪の表面を滑る。
「なにぃッ」
埴輪の反撃は刀で受け流し、山崎は右手の刀と左手の短刀で同時攻撃をかける。が、今度も刀は陶器の体に弾かれた。刀は肉斬りの道具、固い埴輪の体を砕くには特別な技術が要る。
「やっぱり‥‥」
刀で埴輪を斬るのは困難と予想していた菊之助は刀を抜かずに鞘ごと埴輪の体を突く。牽制ほどの役割しかならないが、抜き身の刀を振り回せばいつ折れるか分からない。
「これならどう!」
仲間の苦戦を見た瑛は手斧を振り被り、思い切り埴輪の体に叩きつける。
バキッ!
「なっ」
斧の柄が折れた。岩を叩いたような衝撃に林の手が痺れる。
「これは困りましたよ‥‥」
九十九屋は地下室の天井を仰ぐ。彼の奥の手である大ガマの術は、ジャイアントの李ですら苦労している此処では使えない。
「‥‥存外に、魔法への耐性が高いですね」
仲間に守られたバズはアグラベイションを使ったが、抵抗される率が高かった。死先のソニックブームも効果がなく、駄目元で茉織の放った春花の術は予想通りの結果に終わった。茉織は途中で拾った木の棒で殴りかかるが、呆気なくへし折れる。
「こんな事なら、金槌買っとくんだったぜ‥‥」
茉織は金槌を買わなかった事を悔やんだが、後悔先に立たずだ。
「無念ですが、退却しましょう。こんな所で命を落とす訳にはいきません」
死先は退却を促した。冒険者達の殆どの攻撃が通用しないのだから、どうにもならない。埴輪は冒険者の攻撃を避けず、愚直なばかりに攻めてくる。移動は遅いが攻撃は想像以上に鋭く、専門の戦士を彷彿させた。李や御神村は何とか受けているが死先や九十九屋では避ける事も躱す事も困難だ。
「俺が暫く食い止める。先に行け‥‥」
李は巨体を生かして皆の盾になる気だ。
「ですが‥」
「心配はない。伊達に体がでかい訳ではないからな」
李は仲間の分も攻撃を止めて六尺棒を駄目にしていたが、埴輪の攻撃力は測れていた。デッドorアライブを使わなくても殆どカスリ傷で止められる。つくづく、李を含む何人かが金槌を装備していればと悔やまれる。
「‥‥分かった。俺が先導する」
万が一、賊が待ち受けていた時の用心に山崎が先に通路に飛び込む。山崎は愛刀を一瞥した。
(「こりゃ、研ぎに出さないといけねぇな‥‥」)
貧乏浪人には痛い出費だが、この後に彼はご先祖の遺産を手に入れる。禍福は糾える縄の如しだ。
冒険者が順に通路に消え、最後に李は身を屈めて後ろ歩きで通路に入る。さすがの李も通路で襲われたらと恐怖したが、埴輪達の追撃は無かった。入口に仕掛けらしいものは見えないが埴輪は部屋の外には出てこない。
●出迎え
無事に井戸から脱出した冒険者達は、まず葉月のリカバーで傷を治療した。
「大層な様子だ。井戸の底では何が出たのかな?」
冒険者の帰りを待っていた浪人が先に声をかけてくる。
「‥‥あんたに話す義理はねぇ」
御神村は吐き捨てる。何があったかは冒険者の姿を見れば凡その検討はつく筈だが、浪人は無言。代わって、村長が冒険者達に駆け寄る。
「だ、大丈夫でございますか? 井戸の中は?」
場所を村長宅に移して冒険者達は探索の結果を報告する。
「残念ながら‥‥」
落胆する村長を残し、冒険者達は村長宅を後にする。
帰り際、井戸に目をやると浪人達は何やら相談している様子だった。
「彼らに先に行って貰えばよかったかもね」
死先はポツリと言った。仮定はともかく、依頼に失敗は付き物だ。
冒険者達は依頼を終えて村を後にした。