●リプレイ本文
「パリのみんな
元気にしてるかしら。私は今長崎に向かっています、この手紙がつくころは
もう長崎の月道を利用してノルマンに戻ってる予定。長かった漫遊の旅も今まさに‥‥」
シフールのティアラ・クライス(ea6147)が井戸村の冒険に顔を出し始めて随分経つ。ティアラは実力のあるウィザードだ。しかし、彼女が大活躍した記憶はない。
「‥‥ってここどこかしら? しかも何かどっかで見た面子揃ってるわね、ヤホー☆ マグなん☆ブラッキー元気してたー」
冒険者としてレベルが上がるたびに、役立たず度が増している気がしなくもない。
たまには役に立つこともあるのだ、たまには‥‥おそらく。
打って変わって、シビアな現実に振り回されている江戸の冒険者ギルド。
話は出発の時に遡る。
「断っておくが‥‥預けた金はそれなりに必死でためたものだ、無駄に使う為に預けたんじゃない」
浪人の壬生天矢(ea0841)は手代に詰め寄っていた。
「一連の事件の結末に、俺はいまだ納得を得ていない。その答えを領主に聞く為に、今一度時間を得る必要があると考えての行動だ。料簡違いをするなよ」
天矢の右目は眼帯で隠れ、ジャパン人には珍しい左の碧眼が手代を見据えていた。
「よく分かりました。それで‥‥目処は立ちましたか?」
「さあな。俺は結崎に会ってくる。色々と問質すつもりだが‥‥斬りたくなるような馬鹿でなければいいが」
冒険者は思い思いにこの一件に終止符を打つため、それぞれ別行動を取ることにした。
壬生天矢と安来葉月(ea1672)の二人が真っ直ぐ結崎屋敷に行く。少し遅れるが荒神紗之(ea4660)も結崎に会いに行くらしい。
生き残りのいる隣村にはクロウ・ブラッキーノ(ea0176)、林瑛(ea0707)、バズ・バジェット(ea1244)の三人が見舞いに行く。
残るマグナ・アドミラル(ea4868)、氷川玲(ea2988)、御神村茉織(ea4653)、神楽聖歌(ea5062)は廃墟となった斥鬼村に村人の埋葬の手伝いだ。
一見してバラバラでも今回ばかりは想いは一つ。残したものにけりをつけようと冒険者達は行く。
●埋葬
廃村に四人が着いたのは江戸を出て二日目。
「あれは何だ」
マグナが声を出した時には、玲は素早く馬から降りていた。物見の目で見つけた彼は、建物の影にいた小さな人影に逃げる暇も与えず接近する。
「ここで何をしてた?」
「うあああっ‥」
居たのは十代の少年が一人。腰を抜かして怯えた様子に、玲の口調が和らいだ。
「迷子か? ここは危ないぞ、家はどこだ?」
「家は無い‥‥無くなった、無くなって‥‥誰も‥居らん」
「‥‥お前は」
玲は短刀から手を離して少年の顔を良く見た。
惨劇の直前の井戸村は、度重なる凶事によって精神的にも追い詰められていた。普通、村人は余程の事が無ければ家や田畑を捨てるような真似はしないが、斥鬼村では村を離れる者が何人も出た。
「その御陰で難を逃れることが出来たのですね」
聖歌は少年を落ち着かせて話を聞いた。少年の家族は村を出る決心はしなかったが、三人にいた子供のうち少年だけを近くの村の親類に預けたらしい。事件から暫くして周りの大人達の様子から察した少年が1人でここまで来て、村が消えているのを知った。
「私達はこの村の人々を弔う為に来ました。ご家族は、きっとあなたの元気な姿を見て安らかに成仏されるでしょう」
聖歌が少年を慰めている間に、マグナと玲、茉織の三人は村の周りを調べた。村の一角が即席の墓場となっていて、そこに村人達の死体が埋められていた。
「安来が見たら激怒だな‥‥」
一応は形ばかりの埋葬はしてあるが、何十体もの死体は丁寧に扱われたとは言い難い。穴も浅いし、埋められずに放り出されたままの死体の方が多い。数が数であり、村が全滅した事で弔う人も居なければ珍しい光景ではないが、冒険者達には耐え難い。
「安来がついたら、念仏唱えて貰わなくちゃな」
氷川とマグナは鍬を持った。
「ちょっと待った。まさかこれ全部、埋め直す気じゃないよな?」
茉織は躊躇する。彼はこの後、隣村や領主の屋敷にも寄るつもりでいた。もし村人全員を埋葬し直す事になれば、とてもそんな余裕は無いだろう。
「そりゃ、俺だってこの人達には詫びる言葉もねぇと思って此処まで来たけどな‥‥仕方がねえ」
諦めたように茉織は鍬をとった。井戸村との付き合いではマグナや玲より長い。村人の顔がチラつけば、放っておく気にもなれない。
「初めてこの村に来たのは去年の八月か‥‥まさかこんな事になるとは夢にも思わなかったぜ」
もやもやを振り払うように鍬を振るった。
「燃料は村にあるものを使わせてもらうとするか」
マグナは遺体を焼くため村内から燃える物を調達した。故人が死人憑きにならないように、火葬にしようというのである。だが村人全員の遺体を野焼きするのは不可能と思えた。
「助けられたはずのアンタらを、助けられなかった‥‥その罪滅ぼしになるとは思ってねえが、頼むから成仏してくれよ」
夏を思わせる強い陽射しと死体を焼く臭気で村の中は酷い状態だが三人は黙々と作業を続ける。
子供を近くの村まで送った聖歌も彼らを手伝い、その頃には結崎屋敷で配達を済ませた葉月も村に到着した。葉月は火葬について知識の無いマグナ達に色々と助言し、まだまだ埋葬は終了していなかったが村人達の弔いを順番に行った。
「私は僧侶ではありませんので、略式でございますが‥‥」
「いや、堂に入ったもんだね」
近頃は法力ばかりが持て囃され、まともに経も読めない僧侶も多い。奇跡の力に比べれば念仏を気休めと思うのも無理はないが、葉月の読経により死んだ村人達も幾らか救われた気がした。
「しかし、とても期日までに全員の供養を行うことは出来ませんが‥‥」
「その事だが、遺跡を鎮める為に来られる高僧殿にお願いすることは出来ぬものかな?」
冒険者達は話し合い、ともかく高僧の所に話に行こうという事になった。
彼らの頭の隅には、遺跡のことがまだ残っていた。
●見舞い
井戸村の隣。
「色々ありましたが、今生きている喜びを共にお祝いしようじゃ〜アリマセンカ」
クロウ・ブラッキーノは新兵衛を見舞った。瑛とバジェット、茉織も新兵衛に挨拶はしたが、三人の目的は別にあったので新兵衛のところにはこの怪しい男だけが残った。
「ツマラナイものですが、お土産も持ってきましたョ」
クロウは聖なる干し肉を渡す。新兵衛は感激して落涙した。
「こんな私に、‥勿体無いことでございます」
「過ぎてしまった事はモウどーしょーもナイですョ。今日は特別にこの私が新兵衛サンを占って差し上げまショウ」
クロウは以前に村の破滅を暗示したことがあった。それを新兵衛は思い出す。
「あなた様はまるでミサキのようだ」
新兵衛の呟きにクロウは片目を瞑った。ミサキとは御先、神の先払いにして人に兆しを伝えるものだ。
「謎が残っているのよね」
新兵衛が身を寄せている家を出た林瑛とバズ・バジェットはこの村で養生している老探検家の白河重庵を訪れた。その道すがら、二人は残った疑問について話した。
「私も色々と考えて見たが‥‥要するに遺跡の亡霊が、自分の遺跡を荒らす人間と遺跡の近くにある村が気に食わなくて、色々と手を使って攻撃していたということになのか?」
「古今東西、墓盗人が祟られる話は多いし、一応辻褄は合うような気はする」
それを確かめるため林は見舞いにバジェットを誘った。
「あまり上等な手段では無いが‥‥」
バジェットは途中で建物の陰に隠れ、精霊魔法の呪文を唱えた。水晶剣を作り出し、それをローブの下に隠し持つ。
「よく来たの。遺跡の中はどうじゃった?」
二人の見舞い客を、白河は自ら出迎えた。
「白河の旦那、もう動いて大丈夫なの?」
「完璧に大丈夫と言いたいが、寝たり起きたりじゃよ。探検家としては引退かもしれんの」
老人は寂しげに笑う。白河が遺跡の話を聞きたいと言うので、家に上がった二人は知っている事を彼に聞かせた。
「それで近々、お払いするらしいよ。で、今、状況を調べる為に調査する人が来ているらしいわ」
「祓うじゃと? ううむ、それほど知性を残した霊ならば歴史的価値は計りしれんというのに。生き証人をむざむざ葬るとは愚かな‥‥」
亡霊なんだから生きては居ないと思うが‥‥瑛は白河の表情を伺う。
「旦那、亡霊の口にした名前に心当たりは無い?」
「名前だけではのう、関東はたかが百五十年前の事も調べられぬ有様じゃからな」
「百五十年前?」
「遺跡とは関係のない事じゃ。‥‥国を閉ざし、何事も闇に葬ってきたこの国の悪弊とでも言おうか。ふん、こんな話をするとはわしもいよいよ焼きが回ったわい」
「温和で人当たりは良いが、意思が弱く人の意見に流されがち。意外に悪運は強い。
胃と心臓の病気に注意。ふとしたショックでポックリ逝っちゃうかも?
ラッキーアイテムは解毒剤。 ――以上デス」
「ははぁ」
占いの結果を告げられて、新兵衛は在り難そうにクロウを拝んでいる。
「今後は短い余生を静かにお過ごしクダサイネ。世間を上手く渡る秘訣は、1の希望と9の諦め。コレ肝心ですョ。ウフ」
「九の諦め‥‥」
「エエ。作るべき場所で無い所に村を作ってしまったのが悲劇の発端デス。新兵衛サンならもう原因はお分かりでショウ。考えるべきはこれからの事ですョ」
死神の如き笑顔を浮かべるクロウに、新兵衛は何度も頷いた。
●断罪の館
「遅くなってすまん」
荒神が結崎秀昌の屋敷に着いたのは、江戸を出てから5日目。本来なら二日で来れる距離だが、彼女は大きく寄り道をしながら斥鬼村の周辺やそれ以外の秀昌の領地を見聞していた。
「死を以て償わねばならないその罪状、この目で確かめてみたくてね」
村が一つ死人に滅ぼされた。それが周辺に及ぼした影響、犯罪が増えてはいないか、領主が変わる事を住民はどんな思いでいるのか、結崎の代わりに確かめた。
「死人は恐ろしいが、他に行くあても無いで‥‥」
近隣の村々は斥鬼村に降り懸かった災いに戦々恐々としていた。遺跡に一番近いのが斥鬼村と言っても、その他の村がそれから何十キロも離れている訳ではなく、襲われない保障はどこにも無い。
「死人憑きが来る事はあるのかい?」
「少し前に、二回ほど‥‥」
怪我人は出たが死人憑きの数が少なかったので、死人は出さずに済んだ。
「よく無事だったな」
話を聞くと、遺跡で死んだ相楽達や山師の子分達が結崎に雇われてここらの村に暫く逗留していた。その時に死人憑きの対処の仕方も教えられたらしい。
「斥鬼村が無くなって困ることは無いか?」
「はぁ‥あの辺りは元々人が住んでおりませんでしたから付き合いもここ最近のことで、元から無かったと思えば辛くはありません」
廃村だった場所に村が作られたことは荒神も知っている。江戸周辺には同じような村々はあちこちにある。その為か村一つが消滅した割に、周辺の損害は思ったより少ない。一通りの見聞を済ませた彼女は結崎屋敷にやってきた。
その間に、一足先に屋敷に到着した壬生天矢は謹慎中の秀昌と面会する。
「何故、村が無くなるまでにきちんとした手を打たなかったのか」
「‥‥」
天矢は前置きは省いて本題を切り出した。
「機会は幾らでもあった! 村に死人が出る度に冒険者を雇って退治させるだけでは問題は解決しない。その程度の事は、俺達の報告を聞いて分かっていた筈だ」
結崎が遺跡の存在を知ったのは昨年11月。それから領主の依頼が合計4回。いずれも遺跡の奥の調査を促すものではなく、被害は増加の一途を辿った。
「結末が見えたからこそ、俺達は‥‥遺跡に手を入れられない理由があったのならば、あんたの口からきちんと聞かせて欲しいものだ」
口から火を吐く勢いの天矢に対し、結崎の態度は静かだった。
「言い訳は出来ぬな。あの村を救えなかったかはひとえに私の不明が原因だ。愚かだった‥‥」
「‥‥ならば、これ以上俺がここに居る理由は無い。死んでいった者達は、哀れであった」
天矢は紗之の到着を待たず、屋敷を後にして村へ向った。
「‥‥で、今のところ死人の被害は広がって無いけど、住民たちはそれを一番恐れてる。何しろ、自分達を守るはずの侍達が沢山死んでしまったから」
紗之は死すべき定めの男に、丁寧に領内の話を聞かせた。彼女は山賊の被害を心配したが、村を滅ぼした死人の噂が広まっているせいか山賊盗賊もなりを潜めている。
「そうか」
「もしかして、死ぬ覚悟って奴が出来て達観してるんじゃないだろうね? 冗談じゃない。あんたはそれで良いだろうけど、領民はどうなるのさ」
「貴公‥‥」
紗之の目は諦めていない。それが無駄な足掻きでも。
「もっと未練たらたらで、領内のこれからの事を考えて欲しいよ。あんたが死んでも、後任に託せばいいだろ。みんな恐くても、此処からは逃げられないんだよ」
「逃げたき者は逃げれば良い。日々が穏やかであれば民の心もやがて癒されよう」
紗之には結崎の心は読めなかった。結崎は後任の武士にと荒神の報告は筆記させた。
●加持祈祷
「高僧殿、遺跡の長は『加佐別』と名乗られた。『おおきみの臣にして、未和科の孫、大内彦の息子』と聞いている、祈祷の助けになれば幸いだ」
斥鬼村を出たマグナ達と天矢は、遺跡の裏山側の入口で祈祷の準備をする寺院の一団に会った。加持祈祷の主役である高齢の僧侶は、冒険者たちが来た事に驚いたようだった。
「それは良き事を知らせてくれた。だが貴方達は霊の寝所を侵した言わば盗人‥‥ここに居ては儀式の障りになるゆえ、早く山を下りられるが良い」
「確かに邪魔しちゃ悪いな。俺達の代わりにちゃんと供養してくれよ」
祈祷は何人もの僧侶により行われた。聞いた話では、僧侶の読経で霊を鎮め、洞穴の前に社を建てて畏れ敬い、奉るのだとか。そうして霊を慰めれば、凶事は無くなり、やがて領民の心も安らぐのだろうか。
残るは未練。もっと早く、遺跡の奥を調べていれば。
その想いが正しいか本当は分からない。全滅した結崎の侍と相楽達の代わりに、冒険者達が屍を曝すことになったかもしれない。それだけの危険があの遺跡にはあった。だが結果が全てだ。
この冒険の始まりにおいて、冒険者は浪人達に手柄を横取りされた。
最後において冒険者は生残り、村人と浪人達と、そしていま領主が死ぬ。
これは余談だが、火葬については冒険者が手代に預けた残りの金を使い、山師の子分達が手伝って全員の埋葬と供養が行われた。野焼きの風が江戸に戻る冒険者達を見送った。