殺し屋稼業・壱 浪人の死

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月10日〜09月15日

リプレイ公開日:2004年09月20日

●オープニング

「冒険者なんて、ただの人殺しじゃ無いのか?」
 男は酔っていた。だから、連れの浪人は酒の席での戯言として考えた。
「人斬り包丁を腰に差して、赤の他人から金を貰ってそいつを振るう。妖怪だろうが山賊だろうが、恨みもない相手を依頼があればソレばっさりだ。立派な殺し屋ではないか‥‥」
 冒険者の依頼の中には、後味の悪いものも無い訳ではない。
 依頼の多くは荒事で、刀で解決しているのも事実の一面だ。だから、酒場で愚痴をこぼす男の姿も、取り立てて珍しくはない。明日になれば次の依頼の事を考えているだろう。深酒は二日酔いとなって残るだろうが‥‥と、その時は男の連れは考えていたらしい。

 翌朝になってギルドに浪人が顔を出すと、馴染みの手代が奉行所の十手持ちと何やら話している。手代が浪人に気づき、手招きをした。
「久地さん、あなた夕べは野村さんと酒場に行かれたんでしたよね?」
「そうだが‥‥昨晩は野村が悪い酒でな、散々であったよ。野村が何かしたのか?」
 浪人――久地藤十郎は酒場での事を簡単に話した。別れた後に喧嘩にでも巻き込まれたのかと聞くと、手代と十手持ちは顔を見合わせる。
「とんでもねぇ‥‥野村って人は死んだんだよ」
「なに!」
 久地は驚きで座りかけた腰を浮かせた。
 十手持ちの話では、野村の死体は昨晩2人が飲んだ酒場から三丁(約3百m)ほど離れた川原で見つかったらしい。橋から落ちたようだが、あまり流されたあとは無いという。
「溺死か‥‥いや、在り得ぬ」
 野村は水練に長けた男だった。無論、泥酔していれば分からないが、岡引は首を振る。
「野村さんの死体には、首の所に傷があったのさ‥‥こう、何か尖ったもので後ろから刺したような」
 得意げに話す十手持ち。そんなに簡単に事件の事を話していいのかと思わないでもないが‥‥口の軽い男なのだろうか。
「殺されたというのか‥‥それこそ信じられん」
 野村助右衛門は江戸に仕官の口を探しに来た浪人で、生活の為に冒険者を副業にしていた。実直な男で融通が利かぬところはあるが、剣は達人と言っても差し支えない腕前だった。生半な相手に遅れを取る者ではない。
「そうかい。とすると、こいつはやっぱり玄人の仕業かねぇ‥‥」
 岡引は顎に手をあてて思案顔になる。
 殺し屋‥‥金の為に人を殺す輩、それを言ったのは誰だったか。
「親分さん、とにかく身内がやられては黙っていられない。協力はさせて貰いますよ」
「はっ‥‥邪魔だけはしてくれるなよ。下手な事をしたら、手前のところの者でも容赦なくしょっぴくぜ」
 冒険者ギルドは頼まれて盗賊退治など引き受ける事もあるが、警察権を持つ訳ではない。奉行所からすれば、あまりでしゃばって欲しくはないだろう。
「勿論、承知しておりますよ」
 手代は頭を下げた。

「話した通りです。野村さんを殺したのが誰なのか、まだ何も分かっちゃいないも同じです。心当たりの所を回っていただいて、目星をつけないとどうにもなりません」
 手代は集まった冒険者達に、野村殺しの犯人探しを依頼した。
 だが独自の調査であるから、奉行所の協力は基本的に得られないものと考えなくてはいけない。
 反対に、騒ぎを起こせば依頼は中止しなくてはならなくなる。
 さてどうしたものか?

●今回の参加者

 ea1160 フレーヤ・ザドペック(31歳・♀・ファイター・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea3108 ティーゲル・スロウ(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3200 アキラ・ミカガミ(34歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea4598 不破 黎威(28歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5973 堀田 左之介(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6177 ゲレイ・メージ(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea6388 野乃宮 霞月(38歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●探し人は何処?
 結城友矩(ea2046)が依頼を受けたその足で野村助右衛門の長屋を訪ねたのは、とにもかくにも友矩が行動派の士だったからだ。
「ごめんください。拙者、冒険者の結城友矩と申すものです」
 戸を叩く結城の様子に驚いたように、中から女の声が聞こえた。
「どのような御用でございましょう?」
「失礼仕った。野村殿のご妻女でござるな。野田氏のご不幸心よりお悔やみ申し上げる」
 少し間があり、棒を外す音がした。
「あの‥」
 戸を開けた女の顔がやつれて見えたのは夕闇のせいばかりではないだろう。長屋を見つけるのに手間取って少し訪問が遅れていた。
「お心を落としている所申し訳ないが‥」
 結城は案内を待たず中に入った。子がいると聞いていたが広くない室内に子供の姿はなく、代わりに商人風の男が一人畳の上に座っていた。年は結城より少し下くらいに見えたから、まさか野村の子供では無い。
「貴殿は?」
「答える義理がありますかね。お侍さんこそいきなり入ってきて何者です‥‥おっと、名前を聞いてるんじゃありませんよ」
 少し急ぎすぎたか。結城は重ねて非礼を詫び、出直すことを告げて戸を閉め、立ち去った。
 嵐のような男だ。

 冒険者長屋の立ち並ぶ江戸東南部は町人の街だ。源徳配下の武家屋敷や大商人の邸宅が並ぶ西側とは赴きが違う。殊に外国の冒険者が増え出した昨今ではその装いは日毎に変わる。

「‥‥僕も、この事件の犯人と大差ないのかもしれませんね」
「なに?」
 堀田左之介(ea5973)は不穏当な発言に首を捻った。窓辺から通りを覗いていた夜十字信人(ea3094)が左之介を見ていた。
「何か言ったか?」
「いえ。それより、野村さん‥‥剣の腕は立つと聞きましたが、どれ程なのでしょうね」
 夜十字は剣客だ。江戸でもその実力が知られてきていた。堀田の方が10歳年上だが、剣の腕ではこの少年に敵わない。尤も、堀田の武器は刀では無いが。
「さてなぁ、こればっかりは調べてみない事にはな」
「ほう‥‥その割には二人とも暇そうだな。一緒に調査すると言いながら、調べているのは俺ばかりだが?」
 書物に埋れる飛鳥祐之心(ea4492)は溜息をつく。この場には他にゲレイ・メージ(ea6177)が居たが、飛鳥も幾らウィザードとは言えイギリス人のメージに過度の期待はしていない。
「なら俺も、日本語が読めぬからと非難される覚えも無いけどな」
 堀田の出身は華国だ。日常会話には不自由しないが、日本語の書物を読むのはまだ不得手である。
「僕の学が無いばかりに、迷惑をおかけします」
 信人は頭を下げた。彼も飛鳥も同じ浪人だが、信人の方はともすれば堀田に字を聞く有様だ。
「それで、何か分かったのか?」
 ゲレイの問いに、飛鳥は頷く。
「ああ、野村氏が受けた依頼の事は分かった。しかし‥‥」
 祐之心は言葉を濁らせた。
「それなら、まず現場だ。おたくの話は途中で聞かせてもらうとしよう」
 ゲレイはそう言って、傍らの杖を掴んだ。

 川原には事件の痕跡は残っていなかった。川に糸を垂らす釣り人や川原で遊ぶ子供達、桶に水を汲む者から大道芸人まで、数日前に助右衛門がそこに横たわっていた事など最早忘れているかのようだ。

「野村と同じ仕事を請けていた者なのだが、会わせてくれないか? 一言、冥福を祈りたい」
 奉行所を訪れた神聖騎士のティーゲル・スロウ(ea3108)は取次ぎの役人に十字架を見せた。
「その者なら、もうここには居ない」
「なんだと?」
 助右衛門の死体は一足違いで埋葬された後だと教えられ、ティーゲルは言葉を失う。

「ところで越後屋で十手を買ったけど。こんなの売っていていいの? どうよ? 十手持ちの人」
 酒場でフレーヤ・ザドペック(ea1160)は目明しの千造と話をしていた。この千造、野村助右衛門殺しの件で冒険者ギルドを訪れた、あの岡引である。
「そんなこと、俺が知るか。つまんねえことで話かけてくるんじゃねえ」
 千造はフレーヤを警戒している顔だ。ただフレーヤの方は別に含む所は無かった。武器収集癖のある彼女が、盾代わりにと購入した十手の事を聞いたまでだ。
「おい‥‥てめぇら何か探ってやがるな。俺の目は節穴じゃねえんだぜ」
 詰問口調に、フレーヤは肩をすくめる。現場近くで冒険者達が聞き込みをした事は、この岡引が全く仕事を怠けているのでない限りはすぐ知れて当然のことだ。それだけでなく、不破黎威(ea4598)が死体を見せてくれと千造に頼みに来たり、左之介やティーゲルも岡引に接近していた。
「そりゃ仲間が殺されたんだから、気になるじゃないか。勿論、何か分かったら親分さんに真っ先に報せるぜ、親分だけが頼りだからなぁ」
 左之介は岡引を持ち上げて、酒を勧める。払いはティーゲルが持つことになっている。
「その通りだ。俺達はアンタに手柄にして欲しいのだ。マスター、もう一本追加だ」
 酒場の主人にどんどん新しい酒を持ってこさせるティーゲル。
「‥‥それで、目撃者はアンタだけなのか?」

 岡引の千造の話から得られる事は少なかった。しかし、奉行所の調べと冒険者達の捜査は殆ど同じ方向を向いているようだ。目撃者探しと野村の身辺調査である。

「殺し屋か‥‥分からんな」
 不破は聞き込み調査により、野村が何かの悩みを抱えていた事を知っても一片の共感も感じなかった。忍者として育った彼には稼業の愚痴など意味がないとしか思えない。
「浮世には色々な生き方があるものだ‥‥」
 同じ頃、ティーゲルは墓地の前に立っていた。墓石は無い。貧乏浪人のことだから助右衛門の扱いは無縁仏同然だったが、埋葬されて間がなかった事もあり、役人から教えて貰って墓地の場所を探し出す事が出来た。
「冒険者は殺し屋か‥‥否定も肯定もできないが、何を思って言ったのか」
 神聖騎士はつい最近埋められたと分かる野村の眠る地面をじっと見て、黙祷を捧げた。

「久地さんですね。こんにちわ」
 アキラ・ミカガミ(ea3200)は久地藤十郎の長屋で浪人を待ち伏せた。
「如何にも。貴公は?」
「僕はアキラ・ミカガミという者です。以後、お見知り置きを。今日はちょっと聞きたい事があって来たんです。立ち話も何ですから、どこか座って話せる場所に移動しましょう」
 アキラは久地を近くの小料理屋に案内し、勘定は自分が持つと言って適当な料理と酒を注文した。
「先に話を聞こう。野村の話なのであろう?」
「ご明察です。あの夜のことを詳しく聞かせて頂けますか」
 久地は歯切れの悪さは端々にあったが、まず協力的な態度だった。それによれば当夜、久地と野村は六つ半(午後7時)頃に出会ってすぐ酒場に入り、五つ半(午後9時)頃まで飲んでいた。
「どんな話をしましたか?」
「他愛無い世間話だ」
 二人とも釣りが趣味なので魚の話をして、それから最近の依頼の事や先日の妖狐騒ぎの話題になった。しかし、野村の愚痴を聞いたのはその時が初めてだったという。
「何か変わった事は無かったのですか?」
「‥‥無いな」
 久地は暫く考えてから特に変わった事は無かったと断言した。この事は酒場の客の証言とも一致する。この酒場には時々二人が来るので主人はその日の二人の事も覚えていた。会話の内容までは知らなかったが、特に騒動は無かったと証言している。

「久地が野村と別れたのが五つ半、そして死体が見つかったのが明け六つ‥‥随分と差があるな」
 袈裟を着て杖をつき、托鉢僧の格好で聞き込みを続けた野乃宮霞月(ea6388)は橋から川面を眺め、己の思考を整理する。
「あの酒場と長屋の中間だと、この橋の辺りで襲われて落ちたとするのが自然だが‥‥ふーむ」
 夜中とは言え、人が橋から落ちれば誰か気づきそうなものだ。それとも殺されてから川に投げ込まれたか。
「目撃者が現れないことには‥‥ここで何があったのか、さっぱり分からない」
 祐之心は溜息をついた。目撃者探しは難航していた。この界隈は夜中には人気が少ない。強盗や辻斬りが好みそうな場所である。
「被害者は酷く酔っていた、行きずりの強盗の犯行という線も捨て切れないか」
 フレーヤは夜に現場を歩いて、その可能性を考えてみた。剣の達人でも格下に不覚を取る事が無いとは言えない。たまたま野村が不運だったとするなら、有り得ない話ではない。
「いや犯人は野村氏に恨みのある殺しのプロだよ。偶発的な事件とは思えない」
 ゲレイは玄人犯人説だ。他に今の所の犯人像としては、黎威が犯人=女性説を唱えていて、左之介は鍼師が怪しいと言っていた。

「これを一人一人、調べていくんですか?」
 夜十字は生前に野村が受けていた依頼のリストに目を通す。野村はこの道の先輩、依頼の数も相当なものだ。対人戦闘に限っても、江戸の外に住む依頼関係者も多かったから全員に話を聞くのは無理があった。
「疑おうと思ったら全員が容疑者だからなぁ」
 左之介も今回は依頼関係者の聞き込みは諦めて、リストを写すだけに留めた。

「先日は失礼仕った」
 結城は再び野村の妻子の住む長屋を訪れた。
「野村氏のご息女でござるな。拙者は結城友矩と申すものです」
 その日は商家に奉公に出ている野村の娘も家に戻っていたので挨拶をする。
「冒険者ギルドとしてもお父上の死に不信を抱き調査することになりました」
 先に言えなかった用件を述べる。野村の妻子は既に冒険者ギルドが動いている事については知っていた。聞き込みなどしていれば、噂にもなるし妻子に教える者もいるのだろう。
「ズバリご主人を恨んでいる人物はいませんか?」
 結城は単刀直入に切り出す。
「千造親分にも聞かれましたが、野村は仕事のことは家では話さない人でしたので‥‥私には分かりません」
 野村の妻はそう言って顔を伏せた。最近の野村の様子についても聞くと、時折思いつめた顔をする事があったと答えた。嘘をついているようには見えない。
「そうですか。ところで、先日お伺いした時にいたあの御仁は‥‥」
 会話が途切れたので何となく気になっていた事を聞いてみた。
「佐太郎おじさんのこと?」
 話を聞いていた娘がそう言うと妻は頷いた。結城は少し驚いたが、先日の男は野村佐太郎、助右衛門の弟だという。浪人なのだが剣より算盤に才があり、今ではすっかり商人のように暮らしているとか。兄の死を知り、駆けつけてきていたらしい。
「そうでしたか」
 帰りに少し聞き込みをした所では、野村の兄弟は余り仲は良くなかったらしい。武士である事を誇りとする兄と半ば商人になった弟では仕方のない事かもしれない。

 依頼期間が過ぎて、冒険者達はギルドにこれまでの捜査結果を報告する。
 現場の聞き込みを中心に捜査を行ったが、犯人の姿は未だ影も見えない。
 捜査方針について、検討する必要があった。