殺し屋稼業・弐 敵討ち

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月16日〜10月21日

リプレイ公開日:2004年10月27日

●オープニング

「ひとを一人、殺して頂きたいのです‥‥」
 ふぅ‥‥上方からやってきたという商人風の男の言葉に、冒険者ギルドの手代は心中で溜息をついた。
 店先では話せない内容と聞いて、わざわざ出向いてきたがまさか殺人を依頼されようとは‥‥。
 もっとも、全く予想外でもなかったが。
「残念ですが」
 こんな商売をしていれば何度か同じような事は頼まれていた。とりあえず、間違った認識を正すことから始めなくては。
「誰から話を聞いたかは存じませんが、手前どもの店では人殺しの依頼は受けておりませんので」
「そうですか‥‥」
 世間には金で人を殺す商売もあると聞くが、表通りに看板を掲げた商人が殺人を請け負う筈も無い。だからと言って無駄骨と決め付けるのは早計、ここからが商談だ。手代は身を乗り出し、男に話しかける。
「しかし、殺したいほど憎い相手とは余程お困りの事があるのですね。宜しければ話を聞かせて頂けませんか、手前どもで力になれるかもしれませんよ」
 殺しは請け負わないと言いながら、冒険者ギルドは弱い者を助けて悪漢を叩きのめす仕事は引き受ける。それで冒険者ギルドに悪人を裁く権利があるかと言えば、答えは否だ。この辺り、世間からヤクザな商売と思われても仕方のない所かもしれない。
「‥‥なんですって?」
 男の話に、手代はつい声を大きくした。すぐ声を潜めたが、どうやら聞き違いではないようだ。

「おかしな話もあるものです」
 年配の手代はぼんやりとそんな事を口にして、依頼を貰いにきた冒険者達を相手に話を続けた。
「そのお人が殺して下さいと口に出したのが野村助右衛門。先日の土左衛門です」
「ああ、あの‥‥」
 酒場の帰り道を何者かに襲われて川に落とされた冒険者の話は聞いた事があった。身内の死というので一度依頼が出されたが捜査は進まなかった筈だ。
「そのあと、どうなったのだ?」
 気になっていた一人が手代に、先に事件の事を聞く。
「私も気になって、千造親分に聞いてみたのですが‥‥」
 千造とは冒険者殺しの事件を捜査している奉行所の岡引の事だ。どうやら千造は下手人を殺しのプロと見ているらしい。殺し屋の手下を捕まえたからもうすぐ事件は解決だと、手代に話していた。
「そいつが本物なら、親分のお手柄だな。で、その殺し屋が野村をやった証拠があるのか?」
「‥‥手口が似ている、とか」
 野村は首を尖った物で一突きに殺されていた。千造の調べでは、簪で人をあやめる殺し屋がいて、それが現在江戸に潜伏しているのだとか。動機は不明のままだ。
「簪ね‥‥」
 近頃は江戸も物騒で、先の夏祭りの折も越後屋の福袋には武器、暗器の類も混ざっていた。と言って、同業者を疑うのは憚られることではあるが。
「なるほどな。‥‥それでその、仇をどこかの誰かに横取りされたお人はどうしたい?」
 話をようやく本題に戻す。野村は既に仏なのだから、殺人依頼も無効である。依頼の話では無かったのかと気が抜けて、冒険者は茶を啜った。
「それが、もう一人、と仰られたので」
 指を一本立てた手代に、冒険者の一人は危うく茶を噴出しかける。
「殺すのは一人って話じゃなかったかい? 仇の代役なんて聞いた事がねぇ」
 手代もその事は不審に思って問い質して、ようやく中身が明らかになった。

 一年ほど前、野村はとある商人の護衛の仕事を引き受けていた。だが道中で盗賊に襲われ、野村らは守りきれずに依頼人を死なせてしまう。手代に殺しを依頼した男は、この商人の弟で名を喜三郎といった。
「それは‥‥その男には同情するが、依頼が失敗したというだけで殺されては‥‥」
「まだ先があります」
 兄を慕っていた喜三郎は兄を殺した盗賊を捕まえようと方々に手を尽くしたが、ついに盗賊の一人を捕える。仲間の居所を吐かせようと責めた所、盗賊は意外な事を口走る。依頼を受けた冒険者達も賊の仲間だったというのである。盗賊は責め苦に耐えられずに直に死んでしまったので詳しい事は分からないが、死ぬ間際に嘘をつくとも思えない。兄が自分の雇った冒険者に裏切られていたと知って喜三郎は大きな衝撃を受けた。彼は冒険者を己の手で殺すことを決意する。
 喜三郎の兄に雇われていた冒険者は5人、そのうち江戸に二人が居る事を突き止めて、喜三郎と彼の協力者は一人ずつ殺す事にして上方を発った。
「まさか仇の野村が既に殺されていたとは‥‥いや、兄を陥れた悪党ですから、因果応報でしょう。となれば仕方ありません、残る菅谷左近は私の手で始末せねばなりますまい」
 本来は協力者が倒す事になっている相手だが、協力者に任せて己だけ手を汚さずに帰る訳にはいかないと喜三郎は手代に菅谷左近という浪人殺しを再度頼んだ。
「先刻申しましたように、手前どもは人を殺す商いはしておりませんので‥‥弱りましたな」
 江戸の外の事件であれば菅谷某を捕えて奉行所に突き出せば終りという訳にもいかず、かと言って縛って依頼人の前に連れてきて喜三郎にブスリと行かれてはギルドは殺人の共犯だ。手代は何とか喜三郎を説得した。
 そして冒険者が菅谷を捕まえる協力をする条件として、菅谷を上方の役所に連れていき裁きを受けさせることを渋々喜三郎に認めさせ、手代は急いでギルドに戻ってきたのである。
「という訳です。喜三郎さんの協力者の人より先に、菅谷左近を見つけて此処に連れてきて下さい」
 喜三郎は冒険者ギルドを完全に信用していないのか、彼の協力者の名や風体を明かそうとしなかった。また菅谷左近については野村と一緒に冒険者ギルドに来た事があるが仕事は受けなかった。住処は分からないと手代は話した。

●今回の参加者

 ea2046 結城 友矩(46歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3108 ティーゲル・スロウ(38歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5973 堀田 左之介(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6177 ゲレイ・メージ(31歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea6388 野乃宮 霞月(38歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●人相書き
「菅谷の人相風体をメモか絵で書いてくれないか? 探すにしても、情報が少なすぎるぜ」
「ふーむ、そうですねぇ」
 冒険者ギルドの手代はティーゲル・スロウ(ea3108)に言われ、躊躇いがちに筆を取った。ティーゲルと同じく人相書きを期待した飛鳥祐之心(ea4492)と野乃宮霞月(ea6388)はその手元を覗き込む。
「‥‥そんなに見られていたんじゃ、気が散って思い出せやしない。他にも調べる事はあるでしょう?」
 手代は煩そうに冒険者達を追い出した。
「大丈夫かね」
 離れ際に霞月が振り返ると、手代は紙を見つめて眉間に皺を寄せていた。
「では、他に菅谷を知る者が居ないか聞いて回るとするか」
「そうだな」
 祐之心が言うと、ティーゲルも霞月も頷いた。手代の話では菅谷左近は一度来たきりで依頼は受けていない様子だが、そもそも情報が少なかったから駄目元である。
「おっ」
 霞月は係りに頼んでギルドの記録閲覧を頼んだ。先客がいると言われ、ある程度は予想をして通された部屋の襖を開けると、想像した通りにゲレイ・メージ(ea6177)が書物の束に埋れていた。
「おたくも調べ物か? まあ頭数は多いほうが良い‥」
 ゲレイはイギリス出身のウィザードだが持ち前の好奇心の賜物か最近はジャパン語の書物もそこそこ読めるようになっていた。一寸考えてからゲレイは言い足した。
「日本語は読めるか?」
「読めなくて来る訳ないだろうに。これでも教師のはしくれだよ」
 霞月は顔を顰めて見せ、脇に積まれた書簡を手に取る。
 暫く二人は黙々と書を捲っていたが、ふとゲレイが顔をあげて言った。
「なあ、喜三郎の話が本当だとすると、野村や菅谷は盗賊に騙されて利用されたのかな。野村は口封じに殺されたのかもしれない。おたくはどう思う?」
「さあな。それは奉行所の仕事だから、俺は菅谷とやらを探して喜三郎の仲間より先に捕まえるだけだ」
「‥‥ふーん」
 ゲレイはそんなんで人生詰まらなくないか、と言いそうになったが止めた。誰もが彼のように好奇心の塊ではない。
「しかし、野村が賊の仲間だった話はあの妻子には聞かせたくないな。本当かどうかも分からぬ訳だしな」
「そうだな‥‥ん、何か忘れているような」
 ゲレイは思い出そうとしたが、先に祐之心に人相書きが出来たと呼ばれる。

●人三化七
「‥‥菅谷は人ではないのか?」
 ティーゲルは出来上がった絵を一瞥するなり、容赦ない一撃を手代に見舞った。
「そこまで言う事はないと思うが、これは酷いな。まあ絵心が無ければ難しいものだが」
 霞月が微妙なフォローをした。手代は苦笑いを浮かべているが、目が笑っていない。
「しかし、どうしたものか」
 依頼を受けた仲間に絵心のある者が居ればいいが、この場に居ない者を含めて全員がその道には疎い。
「仕方がありませんな、私が知り合いの絵師に頼んでみましょう」
 手代はそう言って、霞月の手から絵を奪い取った。

「そいつを見せろ」
 岡引の千造は酔いが醒めたように確りした声で言った。酒場で堀田左之介(ea5973)と飲んでいた千造が目にとめたのは、あのあと絵師に書かせた菅谷の人相書きだ。
「いや、親分の手を煩わせるほどの事では無いんだが‥」
 聞込みをしていたティーゲルはそこに千造達がいる事には気づいてなかった。躊躇したが、下手に隠す事ではないと彼は絵を千造に見せる。
「貧相な面だな。こいつが何かしたのか?」
「菅谷左近と言ってな、ちょいと借りがあるんだ‥‥前に仕事で金をかしている」
 取ってつけたような嘘だった。隣で聞く左之介は冷や汗を流す。同じ頃、仲間達も同じ似顔絵を手に方々を回っているのだから、何かの依頼に関係している事は調べれば分かる。尤も、冒険者が依頼内容を誤魔化すのは珍しくない。千造がそれだけで内容まで看破するとは思えないが興味を持たれると拙い。
「親分、話を逸らさないで下さいよ。野村殺しの凶器は簪で決まりなんですかい?」
 強引に話題を変える。
「そりゃおめぇ、何度も言うように御用の筋のことはこんな所じゃ話せねぇがな‥‥あんだけ見事な技は鴫の伝八以外にはいねえやな」
 本当に御用が務まっているのか心配になる程に千造は口が滑った。
「鴫の伝八?」
 ティーゲルは聞き返したが、千造が捕まえた殺し屋の手下のことを思い出す。堀田に尋ねると、まさに簪を使う殺し屋の名前だった。
「そういえば、簪を使った殺し屋がこの江戸にいるらしいな‥‥ま、福袋でそういう暗器がでるくらいだから珍しいものでもないか‥‥」
 福袋で暗器が出るのもどうかと思うが、殺しの道具としては珍しい部類だろう。故に鴫の伝八が犯人だと千造は断定したのだが。
「殺された野村ってのは剣の達人だったそうじゃねぇか。そいつが簪で一突きだってんだから、犯人は凄腕の殺し屋に違いねぇと、俺はピンと来たのさ」
「なるほど」
 早計と思わなくもないが、一応筋は通っているようだ。しかし、捕まえた手下が強情な男で伝八の事を吐かない為に捜査は暗礁に乗り上げているらしい。

●火宅の者達
 結城友矩(ea2046)は三度、野村の妻子が住む長屋を訪ねた。
「実は亡くなったご主人に、一年前商人の護衛をした際、事もあろうに盗賊の手引きをして依頼人を殺した疑惑が持ち上がっています」
 家には野村の妻だけが居た。娘は普段は奉公先の商家にいるから常は長屋に彼女だけだ。
「そのような話が‥‥」
「無論、我々は野村殿がその様な方とは露ほども思いませんが。名を騙られたのでしょう」
 友矩は断言する。仲間の誰かがこの場に居れば、結城の口を楔か何かで閉じたいと思ったかもしれない。彼は妻女に依頼の事を簡潔に説明した。
「ところで菅谷左近なる人物に心当たりはござらんか。件の事件で護衛をしていた一人です。この男ならば事件当時野村殿の名を語った人物の正体を知っているはずなのです」
「菅谷左近‥‥本当にその方はそう申されたのですか?」
「やはり、ご存知でござるか」
 結城は野村の妻に詰め寄りかけた。彼女が語った所では、菅谷左近は一家が江戸に来る前、上方に居た頃から親しくしていた男で、助右衛門とは同郷の謂わば幼馴染であるらしい。
「どのような御仁でござるか?」
 妻女は返答に困った。左近は彼女の前では寡黙な男だったらしく、助右衛門も多弁な方では無かった。ただ二人が親友だったのは間違いなく、共に仕官する夢を上方にいる頃は何度も話していたようだ。しかし、江戸に来てからは徐々に疎遠になったという。
「ところで先日居合わせた佐太郎殿はどういうお方かな。野村殿の弟なれば士分のはずだが。まるで成功した商人のようでしたな。昔からですか」
 佐太郎は今は日本橋の薬種問屋に番頭として勤めていた。上方に居た頃から佐太郎は仕官を諦めて商売に入れ込んでいたらしい。それが認められ、ついに江戸の支店の番頭にまでなったのだとか。
「ほほぅ」
 士分を捨てて商家の番頭になるのは結城の価値観では出世とは言えないが、身分を越えた成功に大変な労苦が在る事は理解できる。その場ではただ感心した。

「見つけて死体とかいうのは勘弁だな‥‥」
 ティーゲルは仲間達と手分けをして、菅谷の行方を探していた。と言っても冒険者ギルドでは似顔絵以外に情報らしい情報は無く、半ば手詰まりの所に結城が野村の妻から聞いた情報を持って戻った。
「おたく、菅谷左近て浪人を知らないか?」
 一方その頃、ゲレイと霞月は久地藤十郎を探して菅谷の事を聞いていた。

「菅谷がどうしたのだ?」
 久地は訝るように聞き返した。ゲレイと霞月は顔を見合わせるが、適当な言い訳が無かったので正直に話すことにして小料理屋に久地を誘った。
「ふん、協力はできぬ」
 話を聞き終えた久地は吐き捨てた。
「勘違いするな。私は野村が本当に商人を殺したと思っている訳ではない」
「黙れ!」
 ゲレイの弁明を、久地は一喝して席を立つ。
「それでお前達は、喜三郎とか申す男の言うとおりに菅谷左近を探しておるではないか。真に野村を信じておるならば出来ぬことだ」
「それとこれは別だ。放っておけば喜三郎の仲間が菅谷をやっちまう。そうなりゃ事件は闇から闇じゃないか?」
 霞月も久地を宥めようと言葉を重ねた。幾らか頭の冷えた久地は席に戻って残った酒を煽った。
「‥‥分かった。だが俺も野村の紹介で二、三度会っただけなのだ。菅谷がどこに居るかは知らん」
 久地は以前に菅谷を見かけた場所を二人に教えた。
 久地と野村の妻に見せた事で菅谷の似顔絵は幾らか修正されて、まだ大雑把に過ぎるが最初から比べれば菅谷の行動していた地域が幾許か絞られてきた。

●依頼人
 宿の二階から、左之介は庭を見ながら傍らの人物に尋ねた。
「ちょっと聞きたいんだけど、俺達以外に菅谷探しを依頼したかい?」
 この日、左之介は喜三郎の宿を訪れていた。
「いいえ。もしかしたら‥‥」
 首を振る喜三郎の語尾が途切れたのは、冒険者達に明かしていない協力者の事を考えたのか。
(「その可能性は低いんだけどな」)
 左之介達はここ数日、彼らの周りに別の冒険者達の影を感じていた。しかし、それは恐らくギルドの冒険者‥‥つまり、喜三郎の協力者では在り得ない。幾ら冒険者ギルドの係員たちが狸だろうと喜三郎の協力者らしき人物から別に依頼を受けて、彼らに何も伝えないとは考え難い。
「それならいいんだけどよ。‥‥ところで兄さんが殺された時の仕事な、酷い仕事だが一体どこのどいつが仕切ってやがったのかね?」
 上方の事だから、当然の如く江戸の冒険者ギルドの依頼ではない。左之介はその依頼の元締めを知りたかった。
「はい、山城屋です」
 喜三郎は上方の口入れ屋の名前を出したが、何処にでもある名前なので左之介はそれを記憶の隅にだけ留めた。色々と聞いたが、冒険者連中を扱う口入れ屋としてはそれほど大きな所では無いようだ。
「やっぱ冒険者なら江戸に限るぜ。この前は妖怪から町を救ったしな」
「左様でございますなぁ」
 依頼によっては時々アレな内容もないではないが、夏祭りの時には江戸を襲撃した百鬼夜行を鎮めるなど、江戸の冒険者ギルドの活躍には目覚しいものがある。なかなか菅谷の手掛かりが掴めずに不安な様子の喜三郎を、そうして左之介は慰めていた。

「この男を知らないか? どうしても会いたいと言う人に頼まれて探している」
 祐之心は人相書きを手に、虱潰しに菅谷左近を捜し歩いた。しかし江戸は広く、砂漠に落とした宝石を捜すようなものだった。
「ああ、このお人なら昨日そこで見たわねぇ」
「本当か!? 頼む、その場所を教えてくれ!」
 極端に女性が苦手な祐之心がそれを我慢して聞込みを行う姿は彼をよく知る者が見れば涙さえ浮かべたかもしれない。
「教えて差し上げてもよう御座いますけど‥‥」
 からかわれる様は滑稽でさえある。真剣を握れば人後に落ちない北辰流の剣士もこの道では赤子同然。連日の聞込みの首尾はギルドに戻って確認していたが、有力な情報は無かった。諦めかけた頃‥。
「私を探しているというのは、貴公か?」
 祐之心の前に浪人風の男が姿を表した。
「菅谷左近殿か?」
「如何にも」
 菅谷を名乗った男は似顔絵に似ていた。本人と分かって、祐之心は安堵の息を吐き出す。菅谷の声は落ち着いていており、その場で凶行を起こすとは思えなかった。
「良かった。では俺と一緒に来てほしい」
「お断りする」
「いや詳しい事はここでは話せないが、一年前の依頼に関る事と言えば分かって貰えるかな。どんな真実があったのか、貴方に全てを語って欲しいのだ」
「大方、そのような話とは思っていたが、私に語る事は何も無い。帰って雇い主にもそう伝えるが良い」
 菅谷は言って、背を向けた。祐之心は刀に手をかけた。半身を翻して菅谷は若い浪人を見た。
「お止めなさい。抜けば斬る」
 まだ抜いてはいないが、霞月の調査では菅谷は夢想流の使い手らしい。
「貴方は狙われている。逃げるよりも奉行所に出頭すれば生きる望みも‥」
 言い終わらぬうちに菅谷が身を退いたので、祐之心は逃すまいと刀を抜いて菅谷に向って駆けた。すると物陰から彼目掛けて二本の小柄が飛んだ。アッと思ったが遅く、祐之心と菅谷の身体が交差し、祐之心の身体は力を失って倒れた。
「飛鳥、何があった!」
 気絶した祐之心が仲間達に助け起こされた時には小柄を投げた誰かも菅谷も何処かに消え失せていた。
「菅谷が‥‥スマン、逃げられてしまった」
「逃げた? それは残念だが、また死体が増えなくて良かった」
 ティーゲルはそう言ったが、死体は彼らの預かり知らぬ所で増えていた。
 千造の厳しい取調べを受けていた鴫の伝八の子分が、牢内で獄死したのである。