●リプレイ本文
●夜襲
襲撃は突然に起きた。
庚兵衛一味への備えを依頼人と話し合う暇もろくに無かったぐらいだ。外は雨、日没から一刻ほど過ぎていて、辺りはすっかり闇の中だった。
「このまま押し込まれてはやられる! とにかく、外に出るのだ!」
依頼人の小屋の中で鬼子母神豪(ea5943)はそう叫び、太刀を手に表へ姿を消した。
「早まるな‥‥くそっ」
豪を止めようとした狩野響(ea1290)は矢の雨が降り注ぐのに慌てて引っ込んだ。戸口からぞろぞろと出たのでは、的にして下さいと言うようなものだ。響は振り向いて依頼人を見る。
「依頼人殿っ、この家に裏口は無いか?」
「見ての通りのだが‥‥ふむ、あそこはどうだ」
脱出の装備を整えていたヒース・ダウナーは小屋の壁の一角を響に目で示した。
「ヒース君達、大丈夫かな?」
草むらに隠れた御藤美衣(ea1151)は、仲間と依頼人の居る小屋を眺めている。
「さあな。だが、簡単にやられる奴らじゃない。それよりこっちがどうするかだが」
御藤と肌が触れ合うほど近くにいた不破黎威(ea4598)が声を潜めて答える。すぐ側には高村綺羅(ea5694)もいて、この三人とさっき外に飛び出した豪以外は皆、小屋の中だ。
「そうね、小屋の連中が動き易いようにあたい達が敵を撹乱する方がいいだろうけど‥‥何かいい術か無いの?」
美衣は接近戦で力を発揮する浪人だから、咄嗟に考え付くのは横から回って突撃くらいしか無かった。しかし、それでは芸が無いし敵も警戒しているだろう。だが問われた忍者達は首を振る。二人とも、術に長けた方では無かった。
「回り込んで殴るしか無いな。‥‥あの薮が怪しい。おそらく山賊達がいるのはあの辺りだろう」
「私も、そう思います」
黎威が小声で言うと綺羅も頷いた。
「‥‥判った」
美衣には感じられなかったが、ここは忍者の感覚を信用する。全員が居なくても、そこに弓使いがいるなら試す価値はあった。
「くっ」
単独で外に出た豪は正面から飛来した矢を受け、逃れようと大き目の木の陰に身を隠した。矢を受けた角度から、弓使いが隠れる場所は検討がついた。しかし、まだ間合いが遠い。走って近づけば矢の餌食になるかもしれない。
「臆するとは拙者らしくもない‥‥困難なら、踏み越えて活路を開くのみ」
豪が身を隠す木は、小屋と山賊達が隠れると目星をつけた林のちょうど中間。覚悟を決めた豪は姿を曝し、林目掛けて一気に駆けた。
「主よ‥‥全ては貴女の御言葉のままに‥‥」
小屋の中、クリス・ウェルロッド(ea5708)は祈りを口にした。別に最期を覚悟しているのでは無い。この男の日課のようなものだ。
「はい、いつでも用意はいいですよ」
クリスに促されて、夜十字信人(ea3094)が壁の前に立った。
「危ないですから、もう少し下がってて下さい」
長巻を振るに十分な間を取る為に他の仲間は反対側に寄る。頷きあい、信人は壁に向けて長巻を振り下ろした。派手な破砕音を響かせて、壁に穴が開いた。
「小屋を壊して申し訳ありませんが、急いでここから出ましょう」
シャクティ・シッダールタ(ea5989)は金棒を使って、信人と一緒に穴を皆が通れるくらいに広げた。即席の裏口からヒースと冒険者達は外へ脱出する。
「しまったっ」
奇蔵は冒険者達が小屋を破壊して外に出てくるのに歯噛みした。この覆面で顔を隠した忍者は弓で冒険者を釘付けにした所に得意の術で殲滅しようと図っていたようである。所が忍び足で移動した美衣達と遭遇し、阻まれた隙をつくようにヒース達は脱出してしまった。
「山賊の浅知恵なんてそんなもんよ。逃さないよ」
美衣と黎威が正面から、疾走の術を使った綺羅が側面から奇蔵に迫る。
「ならば、うぬらだけでも‥‥!」
印を結ぶ動作もなく、気合い一瞬で奇蔵は春花の術を行った。
「!」
綺羅と美衣が忍者の目前で倒れる。辛うじて術に抵抗した黎威は一瞬焦った。成り行きで奇蔵の相手をする事になったが、彼は弓使いを背後から脅かすつもりだった。平たく言えば、黎威は接近戦がそれほど得意ではない。
(「こうなれば、ままよ」)
黎威は逡巡を一瞬で振り払い、忍者刀で奇蔵に斬りかかった。気絶を狙った攻撃は避けられ、間合いを離された。対峙する二人の忍び。
「小僧、うぬでは無理だ」
覆面で表情の読めぬ奇蔵の声に嘲笑の響きが混ざった。忍者刀を構えて見せるものの掛かってこないのは挑発か。あれだけの術の冴え、刀の腕も立つとは思えないが‥‥黎威は動けない。
「神の御許へ送って差し上げます」
余裕で佇む奇蔵を、クリスの長弓が射抜いた。
「んぐッ‥‥」
くぐもった悲鳴をあげて倒れる忍者に、黎威が駆け寄る。
「あ!」
矢を急所に受けて倒れていたのは綺羅だった。ハッとして黎威が先刻まで綺羅が居た場所を見ると、黒い影がむくりと立ち上がって逃げ出した。奇蔵である。
「クリス! あれが奇蔵だ!」
しかし、頼みのクリスは第二矢を放てなかった。体力の無い彼は長弓では連射が利かず、更に闇夜のため次の矢を番えた時には忍者の姿は彼の視界内に無かった。
雨が心なしか激しさを増していた。
この忍者達の戦いの間に、林の中の山賊本隊と冒険者達が衝突している。奇蔵は逃したが、もし黎威達が食い止めなければ以前の戦いと同様に後ろから春花の術を受けて味方が崩れた可能性もあったかもしれない。
●乱戦
軽装の漸皇燕(ea0416)と麻生空弥(ea1059)が豪に追いついて、矢が放たれている薮に押し入ると山賊達の本隊がそこに待ち構えていた。
「ふむ‥‥あの時の山賊か‥」
皇燕は突き出された山賊の短刀をわざと受けて、カウンターでオーラを纏った拳を叩き込む。
「なんでこんな難しいことになってんだ‥‥」
空弥は賊の真っ只中に飛び込んだ自分に驚きつつ、ガムシャラに短槍を振るった。
「ここが、俺の死に場所なのか?‥‥」
豪はここまでに何本か矢を受けて既に状態が酷い。皇燕と空弥が支援したので気力で太刀を振っていたが、この突撃が限界だったのか早々に崩れた。
二人の浪人の剣撃を受けきれず豪が濡れた地面に身を預けると、皇燕と空弥も窮地に立つ。
「そこまでです! あなたたちの好きにはさせません」
神楽聖歌(ea5062)が仲間達と共にやってきた時には皇燕達も地に伏す寸前だった。
「その通りですわ。悪行もこれまで、仏罰を恐れるなら今すぐ悔い改めなさい!」
金棒を手にシャクティも見得を切る。余談だがシャクティは台詞の通りの本物の仏弟子だが、一風変わった所がある。それは後述するとして、この場の敵味方の戦力を見てみよう。
冒険者側は依頼人の戦士を数に入れて9人。しかし、満足に戦えるのは先の3人を除いた6人と見ていい。接近戦巧者ばかりだ。対して山賊側も奇しくも人数は同じだ。頭目の庚兵衛と鉄弓の時平、それに惣雲坊の幹部3人が後方に待機して、手下のヤクザ者と浪人が6人、冒険者の前に立ちはだかっている。手下は3人が重傷で戦意を喪失している。
「気をつけろ。あの坊主、盲目の呪文を使うぞ‥‥」
皇燕は惣雲坊を狙ったが庚兵衛に阻止され、ダークネスを受けた所を斬られていた。
「ふん。見覚えがあると思ったが、先日の冒険者どもか」
「‥‥」
庚兵衛は冒険者達の顔を眺めて、事情を察した。ヒースを殺意を込めた目で見据えるが、依頼人はこの場で会話する気はないようだ。代わりに夜十字が答える。
「蛟の庚兵衛、貴様の黄泉路への旅立ちは、この修羅の刃が案内仕る‥‥!」
「先日のわっぱか、拾った命が惜しくないと見えるな」
信人はポーションの小瓶をあおると、手下など眼中に無いかのように真っ直ぐ庚兵衛に向って駆け出した。
「お頭には触れさせねぇぜ」
恐れ知らずの突撃に反応してヤクザ者が刀を振り上げた。
「どけぇ!」
信人は煩そうに武器を振るが一撃で叩き潰すつもりの大振りな長巻の攻撃はヤクザ者に躱される。この場に残るだけあって、手下の一人一人も冒険者と同等の力量を持っていた。
「油断したな」
信人を狙ったヤクザ者の背中に、二本の手裏剣が刺さる。後方の惣雲坊を討つつもりで横に移動したリアン・デファンス(ea6188)のものだ。
「‥‥やってしまった。仕方ない、私は雑魚の相手を引き受けよう」
リアンは地面に差した日本刀を抜いて、手下に近づく。
「どうしても手向かうというなら、手足の二、三本は仏罰と思いなさい!!」
豪達にリカバーポーションを使ったシャクティも金棒を構えて手下と向き合った。その構えに隙が無い。シャクティはこれでも僧兵ではなく僧侶なのだが、その修行は大半が得物の扱いに費やされている。故に彼女は魔法は好くせず、格闘の技は並の戦士を凌駕している。
「あなた達、調子に乗りすぎですよ」
聖歌も加わり、これで手下の動きは封じた。しかし‥‥。
(「だが、まだ時平と惣雲坊がいるぞ‥‥」)
依頼人の直衛である響は明らかな夜十字の不利に眉を顰めた。一対一でも危ういのだから、結果は火を見るより明らかだ。それを見透かしたようにヒースは動いた。
「‥‥待たれい。貴殿を護ることが仕事だ」
「攻撃は最大の防御だ。少なくとも負けの決まった戦いは趣味じゃない」
その言葉で響は動くことが出来た。ヒースを追い越して前を歩いたのはそれでも護衛を続けるためだ。
しかし、この時点で冒険者の不利は否めない。皇燕を無力化した惣雲坊のダークネス、これを良く抵抗できる者がこの場に居ない。また美衣が先に庚兵衛に対して推測して言ったことがある。
「同じ二刀流だから‥‥防具は大した事無いと思う。だけどそれで上までいった人なら、避けるかもよ」
夜十字の剣は示現流、重い打撃で重装備の戦士を屠ることを得意とする。相性が噛みあっていない。
条件は悉く冒険者に不利と見えた。
せめてもの援護とリアンは隙を見て最後の手裏剣を惣雲坊に投げた。しかし、不可視の障壁が手裏剣を跳ね返す。
「最初から私では無理か。判断を誤らなくてよかった」
ホーリーフィールドは信人が打ち砕いた。返礼で時平の矢が飛んでくる。狙いはヒース、判っていても避けられない精度があり、ヒースは肩に矢を受けた。惣雲坊のダークネスは響に向けられる。分の良い勝負では無かったが、響は抵抗した。
(「来るべき時が来たか‥‥当てる!当てる!!当てる!!!」)
信人は仲間の援護により、その一念だけを背負って強敵と相対した。
二刀の小太刀の防御を破る事だけを頭に描き、奇声と共に長巻を振り下ろした。
「ばかめ」
庚兵衛は信人の策を見切っていた。対面は二度目、相手は示現流となれば策は多くない。
武器の重量を乗せた打撃は小太刀で受けても受けきれず、脳天を割る乾坤一擲の技も、種が割れれば策ではない。余裕の体捌きで庚兵衛はこの一振りを避け、双腕の小太刀は信人の身体を噛み砕く。
筈であった。
「‥‥な?」
達人とも呼ばれた男がその打撃を避け損なった。或いは慢心が雨でぬかるんだ地面に僅かばかり足を取られたのか。そうとは思えない。確かな事は、わずか1%ほどの勝機でもそれは常に存在するという事だ。
庚兵衛の身体が沈むと、一味は士気が崩壊した。
冒険者達は彼らの殆どを捕縛し、江戸に帰還する。