かうんたーあたっく・弐 雌伏の山賊団
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月19日〜10月24日
リプレイ公開日:2004年11月01日
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●オープニング
「もう少し出来る男と思っておったが、あの程度の輩に討ち取られるとはの」
総髪の破戒僧、惣雲坊は囲みを突破して独りで森の中を逃げていた。
彼が従った山賊の頭目、蛟の庚兵衛は冒険者と戦って敗れた。庚兵衛とその一味は捕らえられ、程なく三尺高い木の空と相成ろう。
「‥‥うぬだけか?」
声がしたかと思うと、薮の中から黒装束の男が姿を表した。
「おお、奇蔵か」
一瞬緊張で身を固くした惣雲坊は短く息を吐きだした。仲間ながら、この忍者の人を驚かす癖は慣れない。
「やられたわ。お頭は奴らの手に落ちた」
掻い摘んで事情を説明する惣雲坊に、奇蔵は不審の目を向けた‥‥ような気がする。顔を覆面で隠しているので、この忍者の顔色は読めない。
「では‥‥何故助けぬ。まさか、うぬだけ逃げおおせる気か?」
「愚問じゃな。ここで終わるようなら、それも庚兵衛の天運よ。わしが手を貸す程の事はない」
二人の価値観の違いは明白だ。力量はほぼ互角なので、であった頃から軽い衝突は度々だった。
「‥‥」
奇蔵は言葉を残さず、用は終わったとばかりに立ち去った。
惣雲坊はあらかじめ打ち合わせてあった隠れ家に行き、そこで逃げ延びた山賊達と合流する。ただ隠れ家に奇蔵は現れなかった。
「これから何をすればいいのか‥‥惣雲坊、何か良い案は無いか?」
生き延びた手下達は一様に途方にくれていた。頭目と仲間の殆どを失い、思考が働かないようだ。彼らは暫く生活するだけの金は持っていたし、残った者で新たに山賊団を作る事も不可能ではないが、その素質を持っている者が居なかった。
「情けない。お前達は、庚兵衛がおらねば何も決められぬのか?」
もう一波乱と思っていた惣雲坊は肩透かしを食らわされた気分だった。こんな事なら奇蔵を言い含めて残らせれば良かったと今更ながらに舌打ちする。
「仕方が無い。わしが頭になるより他はあるまい。‥‥異存は無いな?」
生き残りの幹部は惣雲坊だけだったから、異を唱える者は居ない。
新しく山賊達の頭になった惣雲坊は、まず手下集めを始めた。数よりも質を重視し、特に幹部となる人材を求めた。と言っても山賊の募集など大っぴらに行えるものでは無いから、質と言っても難しい。
「わしに心当たりがある」
「江戸から二日ほどの村に、戸川某と申される侍が暮らしておられるのですが‥‥」
冒険者ギルドの手代は、集まった冒険者達に依頼の説明をしていた。
「このお侍、素行が宜しくないとの評判で、実家からは勘当同然の身であるとか‥‥絵筆をふるう趣味をお持ちで、その縁で知り合った友人のいる村に転がりこみ、無為に日々を過ごしておるそうです」
益体もない話である。だが、この戸川某が今回の依頼に関係していた。
庚兵衛一味の残党が、新しく山賊団を作るという情報が奉行所から冒険者ギルドにももたらされた。新たに破戒僧の惣雲坊が頭目となった事まで分かっている。というのも、行く末を不安に思った手下の一人が抜けて、恐れながらと自首してきたのだ。一網打尽の機会だが、頭目を捕まえた冒険者ギルドに奉行所は依頼を持ってきた。お前達が捕まえ損なった者達だから最後まで全うせよ、という事なのだろうか。その辺りの事情は省く。
ともあれ、惣雲坊達は新たに仲間を集めているらしく、今は四方に散っていた。しかし、頭目の惣雲坊はこの戸川某と何やら縁があるらしく、スカウトする為に接触するらしい。そこを冒険者達に捕まえて欲しいという依頼である。
「一筋縄では行かない相手ですが、今回はおそらく一人、何とかなるでしょう」
●リプレイ本文
●接触
冷たい風が冬の近ずきを感じさせる。
「‥‥」
すっかり秋めいた道を来る女に旅姿の狩野響(ea1290)は無言で近づく。
「あの、何か?」
通り過ぎようとしたが、寺田から先に声をかけられた。
「戸川に関して重要な話がある」
重々しい声で言うと、彼女は真剣な眼差しで狩野を見据えた。
「‥‥お聞かせください」
「うむ、話が早くて助かる。ここでは人目がある故、ついて来て貰おう」
狩野が先に立ち、寺田は黙って付いて来た。
その頃の寺田家。
「みんなはここで待ってて」
家が見えた所で御藤美衣(ea1151)は仲間を止めた。
「もし中に惣雲坊が居たら拙いから、先に様子を調べてくるわ」
「美衣殿だけでは危険でござる、拙者も一緒に」
鬼子母神豪(ea5943)が言う。一寸考えて、美衣はやはり独りで行く事にした。二人では見つかる危険も二倍だ。
「大丈夫だよ。あたいだけで戦うつもりはないし‥‥でももし危なくなったら助けてよね」
「美衣殿は命に代えても拙者が守るでござるよ」
豪と美衣は恋仲だ。美衣は仲間達に荷物を預け、忍び足で家に近づく。壁に取り付き、中が窺える所を探した。本来なら隠密は同行する忍者の不破黎威(ea4598)の方が得意なのだが、黎威は特に何も言わない。
「あれ、狩野さんは?」
もし惣雲坊が居るならいつでも突入できるようにと身構える夜十字信人(ea3094)は、ふと仲間が少ない事に気がついた。
「あなたは何を聞いてたんです? さっき、別れたじゃないですか」
呆れたようにクリス・ウェルロッド(ea5708)は言った。狩野は別の所を探すと言って途中で別れた。また高村綺羅(ea5694)と漸皇燕(ea0416)の姿も無い。綺羅は村の入口で惣雲坊達を監視している。皇燕はと言えば、大勢で寺田の家に行く必要もないと言って同行しなかった。どこかで昼寝でもしているのだろうか。だから、今この場には美衣を含め7人の冒険者が居た。
「言われてみれば、そんな話をしたような‥‥」
「考え事でもしてましたか? 残党と言っても相手は猛者ですからね、油断は禁物ですよ」
嘆息したクリスに、信人はコクリと頷く。
さて、緊張した割に惣雲坊の気配は無く、居たのは戸川月斎だけだった。
「お邪魔するよ」
鷲尾天斗(ea2445)と夜十字、不破、ウェルロッド、シャクティ・シッダールタ(ea5989)の五人が中に入った。御藤と鬼子母神は家の前で見張る。
「生憎と家主は出かけて居らん。俺はただの居候だから、出直すが良いぞ」
戸川は縁側に寝そべって柿を食っていた。月斎は20代という話だが、パラなのでその姿は生意気な子供にしか見えない。
「俺たちがここへ来た理由は‥‥言わなくても知っているのだろう?」
黎威が言うと、月斎は眉を顰めて体を起こした。
「借金の事なら今は金が無いぞ」
「違う」
「まさか昨日の喧嘩の件か? 断っておくがあれは相手が悪い」
「知らん」
叩けば幾らでも埃が出そうだが、戸川の口から山賊の件が出てこない。こうなるとどこから話すべきか、或いは惣雲坊の事を話してもいいものか迷う。それを天斗が破った。
「では単刀直入に言うが、戸川さん、もうすぐここにあんたを山賊にしたい人間がやって来るんだ。俺達はそいつを捕まえに来た」
「ふむ、そいつは面白そうな話だ。上がれよ、茶ぐらいは出すぞ」
月斎は目を輝かせて、冒険者達を主人不在の家のなかへ招いた。
●説得
「‥‥という次第だ」
響は寺田に自分達がこの村にやってきた仔細を隠さず話した。
「俺達に協力してほしい」
「協力?」
「そうだ。大切と思っている友人が人から外れた道に行こうとしているのを黙って見捨てるか? 好ましいと思っているのならば尚更だろうに」
「人の道‥‥」
逡巡は当然だろう。見も知らぬ他人の語ること、或いは狩野こそが月斎と彼女に害を為さないとは言い切れない。信じて貰えなければそれまでだった。
「‥‥」
「山賊の頭目が、この俺をスカウトに? ふーむ」
月斎は満更でもない様子だ。
「今の絵筆を握る生活にそれほど不満があるのか?」
聞いたのは不破。月斎は眉間に皺をよせる。
「俺は侍だ。絵は趣味だ、絵師扱いされるのは我慢ならん」
「侍だと言うなら、せめて女性を巻き込むようなことはすべきではない。そう思わないか?」
「俺がいつ女を巻き込んだ? 世には山賊から出世した豪傑も大勢居る。こんな所で朽ち果てるなら、それのどこが悪い?」
「‥‥」
月斎は反論は随分と適当だ。それでも説得が得手でない不破の手には余った。忍者の彼は、これまでは言葉を尽くすより何事も手っ取り早く片付けてきた。仲間に助けを求める。
(「説得しようにも言葉がない。替わってくれ」)
不破の横には信人が座って茶を啜っていたが、視線に気づくと後ろに下がった。
「‥‥いえ。僕も全然全く素行が宜しくないのですよ。はい‥‥」
信人は滅法荒事に強いが、それだけの男だ。また一方で、不遇をかこつ身に我慢できず、たとえ山賊でも己を評価する者に心が動かされる心境は浪人達には分からなくも無い。かと言って容認も出来ないのだが。
「前にあんたと似たような奴が居たよ」
天斗は刀を置き、丸腰で月斎の前に出た。
「‥‥」
「そいつは敵討ちを果たしても国には帰れなかった。行き場を無くしていたが、今は冒険者として人の為に剣を振るっている。戸川さん、あんたはどうする?」
剣を捨てて絵筆を選ぶか、冒険者となって人の為に剣を握るかと天斗は続けた。
「だけど、あんたのその手が凶刃に染まるなら『双刀の猛禽』の名にかけて、あんたを止めてみせる。それが同じ侍としてあんたに出来る最後のおせっかいだ」
月斎は短く呻き、腰を浮かせた。
緊縛した空気が漂うが、表からシャクティの声がした。家の主人、寺田奈美が帰ってきたようだ。
「どうか寺田様戸川様、凶賊を捕えるため、わたくし達にお力を貸して下さいませ」
改めてシャクティは二人に協力を頼んだ。
「月斎を山賊には致しません」
寺田はキッパリと答える。事情は響から聞いていたが、家に戻る途中で決心を固めたものらしい。
「む、俺も本気で山賊になると思った訳では無いぞ?」
仮に戸川に未練があっても、この場はどうしようもない。冒険者達はもし彼が山賊になると言えば、本気でこの場で討ち果たさぬとも限らなかったからだ。
●待伏せ
冒険者達は寺田の隣家に潜み、惣雲坊が来るのを待つ事にした。クリスは寺田の家に泊まって寺田の護衛をしたいと申し出たが、断られた。
「それでは確実に貴女を守ることができない」
「ご心配には及びません、これでも一応は身を守る術も心得ております」
寺田は浪人。ただ生計は襖絵など書いて立てている。彼女の腕は剣を握るにはか細い。武芸における体力の重要性は言うまでもない。
「うーむ」
敵を待つ間に冒険者達は焦れた。クリスの口から不安が零れる。
「何か、嫌な予感がします」
こうしている間に、何かが裏で起きているのではないか。
「ならず者の集団が、真っ直ぐこちらにやって来ます」
街道を見張る綺羅が異変に気づいた。先回りして仲間に危険を知らせる。
「数は?」
「8人、みんな刀や槍を持っていたわ」
その中に惣雲坊の姿は無い。それが気になる綺羅は情報だけ知らせて、元の道を戻った。残る冒険者達は迎撃の配置に着く。
「止まりなさい」
道の端からシャクティが出て、ならず者達の行く手を遮る。
「物々しい出で立ちで何処へ行こうと言うのです? この先には平穏を願う絵師しか居りませんよ」
五尺の金棒をならず者達に突きつける。後ろは皇燕が塞ぎ、他の仲間もならず者の四方を囲んだ。
「どこへ行こうと勝手。汝こそいきなり武器を突きつけるとは無礼であろうが!」
浪人風の男が答えた。
「はっ‥‥大方、破戒坊主に金を握らされたのだろうがな。無礼も何も、下衆を打ち据えるのに理由が居るのか?」
何気に酷い事をいう皇燕。
「ほざいたな!」
色めきだつならず者に響が言った。
「止めておけ。貴殿らは知らぬようだが惣雲坊という男、一度は己が頭領を見捨てた男。貴殿らも彼奴に騙されたのでは無いかな?」
僅かに動揺が走った。それを察した美衣は今にも飛び出しそうな豪の手を押さえ、ならず者達に向き直る。
「それでもやるっていうなら、仕方ないけど‥‥あたい達は強いよ?」
冒険者達が名前を出すと、効果はあった。美衣や信人はその名声が江戸に知れ渡っていたし、響や天斗、クリスもまた江戸で一目置かれている冒険者だ。
「こ、こいつは割に合わねぇ」
半分ほどがそれで戦意を喪失したので、戦闘は免れた。彼らは皇燕が指摘したように惣雲坊に賭場や酒場で声をかけられたようだ。事情は知らず、月斎を痛めつけるように言われたらしい。
「命拾いをしたな。惣雲坊はそのパラをスカウトする気だったんだ。つまりあんたらは当て馬にされる所だったんだよ」
天斗が言う。尤も月斎の腕前がどれほどかは彼も知らないのだが。
「しかし、自らが出ずに卑劣な策を弄するとは‥‥あの惣雲坊という男、どこまで御仏に逆らえば気が済むのでしょう!」
シャクティの怒りは激しい。宗派は違うが同じ仏門の僧侶として、許し難いものがあるようだ。
ならず者達から惣雲坊と落ち合う場所を聞いた冒険者達は彼らを解放してその場に急いだ。念のため、クリスとシャクティは残していく。
「どこだ惣雲坊!」
待ち合わせの林には破戒僧の姿は無く、腹立ち紛れに信人が叫ぶと頭上から答える声があった。
「誰かと思えば庚兵衛を倒した小僧ではないか。何をしに来た?」
見上げると、樹上から破戒僧が冒険者達を見下ろしている。
「伏兵は‥‥居ないようだけど‥‥気をつけて」
綺羅は周囲に気を配るが、山賊達が潜んでいる気配は無かった。だが忍者が隠れていれば発見は困難だ。
「よう久しぶりだな生臭坊主‥‥また会えて嬉しいね。天に感謝したいところだ、お前を捕まえる機会がまたくるとはね」
皇燕の皮肉に、惣雲坊は愉快そうに笑う。
「ふふふ、ならば遠慮せずに登ってこい。わしは逃げも隠れもせん」
「‥‥」
さすがに登る者はいない。木登りが達者な不破や綺羅でも、辿り着く前に魔法でやられてしまうだろう。この場に弓使いのクリスが居ない事が悔やまれた。
「いい気にならないでよ。戸川さんは山賊にならないって言ってた、あんたの負けだよ」
美衣に言われて、樹上の破戒僧は暫しの間、沈黙した。
「なるほど、お前達が此処へ来たのはその事か。ではどうだ。代わりにわしの仲間にならんか?」
「面白くない冗談だね」
「悪い話では無いと思うがな。現にわしは庚兵衛を倒したお前達が嫌いではない」
樹が邪魔して破戒僧の顔は良く見えない。その心中は測りかねた。重ねて残念なのはこの場にシャクティがいれば、この怪僧と法戦を交えていたかもしれないことだ。
「さて、腰が痛くなってきた。そろそろわしは帰るぞ」
冒険者達は身構えたが、惣雲坊は呪文を唱えると大猿に変じ、樹上を跳んで姿を消した。
冒険者達は惣雲坊は取り逃がしたが、戸川を山賊にする事なく依頼を終えた。
去り際に、黎威が戸川に言った。
「いっそのこと、奈美と言ったか。彼女と世帯を持ったらどうだ?」
「バカな事を言うな」
パラと人間で所帯を持つ例は殆ど無い。子が生まれないからだ。忍者故か、不破は若干世間ずれしていた。
「それほど変か?」
真顔で訊くので、月斎は言葉に詰まった。