若葉屋日記・七 一か八か

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:7人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月16日〜04月21日

リプレイ公開日:2005年04月26日

●オープニング

「若葉屋、もう長くはあるまいな」
 町奉行所同心の桜木は配下の岡引の又五郎と話していた。
「そりゃあ」
 又五郎は頷いた。慈善おーくしょんの失敗で若葉屋は手痛い傷を負った。今はそれを挽回しようと冒険者も手伝って躍起になっているが、傍目にはそれこそ倒産間近を思わせる光景だ。
「私が言ったのはそんな意味ではない。若葉屋、このまま静かに消えたりはせぬだろう。気をつけておけ」
「へい」

 その頃の若葉屋は起死回生の方策を巡って色々と揉めていた。
 文吉は冒険者が集めた褌や金の受取りを断り、また儲けに即効性のある褌まにあ向けの商品の仕入れも難色を示した。
「わかばや娘の褌だの、小梅褌だの、俺はそんな物で商売したいんじゃねえ」
「きれい事では儲かりませんよ? 大体、客の要望を叶えなくて何の商いですか?」
 まにあの為の商品を並べたからと言って同列になる訳ではない。いや、商売の為なら納得出来ずとも理解できるはずだ、と周りの者に言われても文吉は頑固だ。以前に営業停止を受けた事がよほど堪えたのか、それとも‥。
「貴方はこの店を潰さないと行ったはずだ。それなら現実を受け入れなさい」
「そうだ、この褌を掴め!」
 褌まにあ達も連日店に押しかけた。彼らの中には若葉屋に夢を託している者もいる。必至である。傍からどう見えるかはこの際問題ではない。
 そんなこんなが続いて、とうとう文吉は消えた。

「居なくなった? ‥‥野郎、夜逃げしやがったのか?」
 ギルドで手代から話を聞いた冒険者は苛立ち紛れに言った。
「‥‥さあ。ともかく今若葉屋に人は居ないそうですよ」
 若葉屋を開く時に世話になった地回りの親分や、付き合いのある屑屋、褌を貰っていた寺などは一様に困惑気味だ。誰も文吉から話を聞いていないらしい。
「あそこは借家ですから、このまま置けば空き家として処理されるでしょう」
 依頼の話ではない。
 これまでの若葉屋と冒険者の繋がりを汲んで、手代は話しているだけだ。
「どうしたもんですかねぇ」
 さて、どうするか。

●今回の参加者

 ea0042 デュラン・ハイアット(33歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1467 暮空 銅鑼衛門(65歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4475 ジュディス・ティラナ(21歳・♀・ジプシー・パラ・イスパニア王国)
 ea5298 ルミリア・ザナックス(27歳・♀・パラディン・ジャイアント・フランク王国)
 ea7367 真壁 契一(45歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

風御 凪(ea3546)/ 蒼月 惠(ea4233)/ 奇天烈斎 頃助(ea7216)/ サントス・ティラナ(eb0764

●リプレイ本文

●黄昏の地にて
 そもそも若葉屋とはなんなのか?
「諸君ら褌狂い‥いや、褌を愛する者達にお願いしたい。この紙に諸君の名前と居住地を書いてくれ! これをもって若葉屋復活嘆願の連署としたい!」
 若葉屋の店先に集まった褌まにあ達に、デュラン・ハイアット(ea0042)が熱弁を揮う。
「おお、何だか分からないが若葉屋の為になるって言うなら書くぜ」
「く‥‥協力したいのは山々だが、俺は字が書けるような馬鹿じゃねえんだ」
 イベント失敗、開店休業、店主蒸発と、不幸続きの若葉屋に久々に人々が集まった。
 “魔術師”デュラン、“筋肉少女”巴渓(ea0167)、“エージェント”暮空銅鑼衛門(ea1467)‥‥いずれも江戸でも名の売れた者達であり、まにあ達にも馴染みだ。いつもの褐色の悪魔こそ姿が見えないものの、“かんばんむすめ”ジュディス・ティラナ(ea4475)、“若葉屋の良心”美芳野ひなた(ea1856)、“商人志士”真壁契一(ea7367)、ルミリア・ザナックス(ea5298)、それに風御凪、蒼月惠と常連が揃う。
「今日は夢を取り戻すのよっ☆」
 ジュディス・ティラナは張り切っていた。
「サンちゃんパパとめぐみちゃん達と一緒に文吉さんを探すわっ」
「うむ、行方不明とは穏やかではない。もしかしたら犯罪に巻き込まれているかもしれないからな」
 ルミリアが言う。文吉捜索は依頼ではなく、美芳野達が自発的に呼びかけたものだ。暮空、真壁達も協力し、人も使って江戸中を探し回る。
「‥渓お姉ちゃん、お店をお願いします」
 ひなたは六尺褌二十一枚、越中褌二十五枚を巴渓に手渡した。冒険者達の想いの詰まったそれを、渓は笑顔で受け取る。
「ああ、確かに受け取ったぜ。‥‥文吉に見せてやるさ、こいつで一発逆転の若葉屋大バーゲンを開いてやる!!」
 巴はその為に50両の金を用意した。ふと渓は口調を落す。
「‥‥文吉が、嫌だって言ったら若葉屋は俺が後を継ぐ。ただの善人じゃ商売は無理だ。‥‥乗っ取りと言われようが、俺も全世界を相手に商売したいのさ!」
「わかってます」
 ひなた達は文吉探しに力を注ぐため、その間の若葉屋は巴と、それからデュランが引き受ける。
「真壁がまとめてくれたからな、私にも何とか務まるだろう。任せておきたまえ」
「そうでござる。ただの売出しではもはや足りないでござる。大セールを!一心不乱の大セールを!」
 銅鑼衛門は魔術師の手を握って頼んだ。店に残りたい気持ちもあったが、暮空には彼にしか出来ない仕事があった。彼らが店を出た後、デュランは笑みを浮かべた。
「文吉は見つかると思うかね?」
「知った事じゃねえさ。俺は、俺の全力を文吉に見せる」
「それで若葉屋が終わっても、か?」
「なに?」
 渓は振り返って聞き返したが、デュランは褌まにあ達の応対に追われていた。二人での大セール、無駄口を叩く暇は寸毫ほどもない。
「想いだけじゃ世は動かん。力だけじゃ人は動かん‥‥分かるか、文吉よォ」


●文吉大捜査線
「諸君らの愛してくれた文吉殿は失踪された!何故でござる!悲しみを怒りに代えて立てよ!立てよ褌狂い!ジーク褌!」
 暮空はまず褌狂い達が良く顔を出す繁華街を渡り歩いた。失踪直前の文吉の行動を浮き彫りにする為だ。いつどうやって消えたのか、それが判れば探し易くもなる。
「そう言われてもなぁ」
「ああ、そんな素振りは無かったもんな」
「文吉殿が思い悩んでいるようには、見えませんでしたか?」
 契一に問われると、客達にも思い当たる節がある。
「例えば、海の向うに言ってみたいとか、話していなかったか?」
 別の方向からルミリアが尋ねた。そんな金があったとは思えないが、月道を使って外国に褌を売りに行った事は考えられなくはない。
「うーん‥‥かもしれねぇなぁ」
 客達は頷きあう。このまま何事も無ければ、文吉の失踪はその辺りの理由で落ち着くだろう。
「文吉さんが、奇抜な商法に嫌気が差したのは分からなくもありません」
 聞き込みを繰り返すうちに、ひなたはこのまま文吉が見つからない事を何度も想像した。
「ひなた殿‥‥」
「元々自分の目指していた商売が、知らずしらずの内に自分の手を離れ、ひなたたち冒険者の物になってしまったんです。でも‥そんなんじゃ悲しすぎます! みんな、文吉さんから若葉屋を奪う為に頑張ってきたんじゃないです!」
 だから巴の大セールに褌を託した。
「その通り。拙者の見立てでは、文吉殿は大物になる可能性があります」
 真壁は雇った者達から文吉の情報を聞いていた。
「とはいえ、文吉殿はまだまだ若い。誇りと意固地を取り違えることもあるでしょう。ここはなんとしても探し出し、彼が目指す場所にたどり着くための手助けをしたいですな」
「はいっ!」

 それでも、文吉の行方は杳として知れなかった。
 ルミリアを中心に月道の予約や京都行きの船なども探したが、文吉が立ち寄った形跡は無い。徒歩で江戸を出たなら探索は困難を極める。
「おてんと様も、分からないって言ってるわ」
 小判を媒介にティラナは何度もサンワードを使ってみたが発見出来ない。
「江戸から出る宿場の確認は人に頼みましたから、結果を待つとして、あとはまだ文吉さんが江戸にいる場合ですね。この場合、姿を隠しているか拉致されている可能性があります」
 真壁は辛抱強く、可能性を捨てずに捜索を続けた。あとは根気良く調べていくしか無いが、ここで秘密兵器が登場する。
「銅鑼衛門、行くでござる!」
 パラ侍は箒に跨り、若葉屋の屋根から飛び降りた。フライングブルーム、こんな事もあろうかと依頼の直前に暮空がイギリスの同胞から受け取った秘滅道愚だ。
「ミーは空から文吉殿を探すでござる」
 飛行しながらオーラセンサーで文吉の存在を探す。世に数千数万の侍がいようとも、今この時に文吉を感じられるのは暮空唯一人。ただの禿げでは無い。


●幕間 若葉屋千秋楽応援歌「だからミンナで」
♪だからぼくは 弱虫なんだ
 袋の中を さがしてみたけど
 だって ぼくの褌なんか
 ぜんぶだしても これだけなんだ

 そうだきみも さがしてくれよ
 袋の中の すこしの褌を
 だって ぼくときみのをあわせたら
 褌がすこし多くなったろう

 きっと みんなの袋をあわせたら
 きっと ぼくは弱虫じゃないよ
 きっと みんなと褌売れるよ

(作詞・作曲:暮空銅鑼衛門 歌:若葉屋後援会)


●記録と追憶
「さて、と」
 真壁が整理した帳簿に概ね目を通したデュランは、渓に分からぬように幾つかを抜き取った。仕入先、入荷商品、売れ筋商品、宣伝方法、顧客名簿‥等々。
「これがもう一つの若葉屋だ」
 背負い袋にそれを突っ込み、デュランは何食わぬ顔で表に出た。
「宣伝活動に行ってくる」
「おう! 確りやって来いよ。文吉が居ないからって、手ぇ抜くんじゃねえぞ?」
 巴は多忙だった。人数は地回りや屑屋など、関係者有志が手伝いに来てくれたおかげで揃ったが、店の事を知って統括するのは彼女一人だ。一日中判断を強いられ、頭を使う事ばかりで疲れが見える。
「接客には気を抜くな! 店の中で不埒を働く奴は、遠慮なく取り締まれ!」
 客入りも上々だ。実質的に閉店セールと思われているので、日頃羞恥心で足が遠のいていた客も来た。まにあが持ってきた褌をその場で仕入れてその場で売る、その後に走ってきた岡引が褌泥棒を縛って帰る、そんな光景も見られた。
「あそこにいるのは‥‥?」
 巴一人では大変だろうと店の警護に戻っていたルミリアは、若葉屋を伺う岡引の又五郎の姿を見かける。
「又五郎、おぬし何故、褌頭巾などやっていたのだ?」
「俺はそんな事やった覚えがねえ。てめぇらこそ、俺に手間かけさせるんじゃねえぞ」
 又五郎は不快げに言って、立ち去ろうとする。
「待て。忍者に恨みを買った事はあるか? 忍者なら変身をする者も居るのであろうし‥‥」
「文吉が居なくなったと聞いたが、俺の詮索してる暇があるとは余裕だな。まさかてめぇら文吉を追い出したな?」
 それこそまさかだとルミリアは思った。冒険者達は文吉に恨みは無い。それ所か皆、心配して集まってきたというのに。
「どうだかな。愛憎は紙一重と言うぜ」
 ルミリアは店に入った最初に血痕を探した。文吉は客に拉致され、既に殺されているかもしれないという最悪は容易に想像できたことだ。
「不埒な考えは止めたまえ。文吉殿は、我々が必ず見つけ出す」
「そうかい。文吉も幸せな野郎だな」

「この顔のお兄さんをどこかで見かけなかったかしらっ?」
 ジュディスは地道な捜索を続けた。暮空が褌に描いた文吉の似顔絵を見せる。最初は奇異の目で見られたが、慣れている。
「どうして誰も見てないのかしら」
 一方、足取り調査を続けていた真壁は、文吉が失踪したと思われる前後に若葉屋から駕籠が出ていたという証言を聞いていた。
「‥‥その駕籠はどっちに向いましたか?」
「たしか、この道をこっちからあっちに走ってったよ」
 江戸の地理を頭に描いた真壁は暮空に連絡を取った。

「パパがいたわ。あっちよっ☆」
 テレスコープで空飛ぶ銅鑼衛門を見つけたジュディスは真壁とひなたを連れて走った。
「文吉殿っ!」
 真壁が先頭に立って土蔵に入った。ここは褌まにあの一人が所有する寮だ。文吉は彼らに拉致され、監禁されていた。
「止めてくれ、俺達は若葉屋を救いたかっただけなんだ!」
「もうすぐ、もうすぐで文吉も分かってくれる。それまで待ってくれ」
「‥‥道を誤ったでござるな」
 縛られて全身に褌を巻き付けられた文吉の姿を一瞥した暮空は、憐れむように拉致犯達を見た。一つ違えば己の姿と言っても良いが、今は複雑な気持ちだ。
「文吉さんっ?」
 ジュディスが文吉に駆け寄るが文吉は反応が無い。顔に木乃伊のように巻かれた褌を剥がす。
「‥ふ、‥‥ふんどし‥‥」
 精気が無い。ジュディスやひなたにも気付かない様子だ。
「文吉さん、しっかりしてっ。文吉さんはふんどしを持って海の向こうに売りたいんでしょっ? 若葉屋さんは夢を売るお店っ、海の向こうでふんどしを待ってる人たちがいっぱいいるわっ☆ お願い、あなたの夢を忘れないでっ!」
 目に涙を浮かべてジュディスが叫ぶ。
「褌‥‥こ、こわい」
「‥‥文吉さん」
 監禁され、褌人達に褌の良さを強制的に教え込まれた文吉は廃人同然だった。あと一歩遅ければ、彼らの知る文吉は完全に消滅していたかもしれない。体力的にも危険な状態の彼を、冒険者達は土蔵から助け出した。


●文吉
「私の声が聞こえるかね? 生きた若葉屋の記録。そしてお前が否定したもの。もはや必要あるまい。だから、生かせる場所に移してやるのだ。正直全く金にならなかったが‥‥これが私の若葉屋を破壊し新しく広げる為のオペレーションXだ」
「上等な出来とはお世辞にも言えねえが、俺は全力でやった。文吉、だから構わないだろう。結果を出すのが商売なんだからな‥‥」
「ミーは褌が好きでござる。ミーは褌が大好きでござる。六尺褌が好きでござる越中褌が好きでござるノルマン褌が好きでござるレースの褌が好きでござる‥‥」
「文吉さん、若葉屋は渓お姉ちゃんが大セールを開きました。好評だったんですよ、‥‥文吉さんに見てもらいたかったです。それで、文吉さんの求めてるものは、やっぱり若葉屋なんだって‥‥」
「文吉さんは若葉屋さんを作った時の事を覚えてるかしらっ? 若葉屋さんのふんどしにはみんなの夢や思いがいっぱい詰まってるのっ☆ 土蔵でも言ったけど、文吉さんの夢を、忘れないでね」
「文吉殿。犯人達は奉行所に引き出した。異論もあろうが、これが理ゆえ分かってほしい。おぬしが手遅れにならずに我輩は良かったと思っている。だから早く皆を安心させてやってくれ」
「商売に必要な物はなんだと思います? 必要な物は無数にありますが、不可欠なのは、信用と実績です。若葉屋を続けるなら、連絡を絶ったことを関係者の方々に謝罪なさい。若葉屋を閉めるのでも、関係者の方々に話を通しなさい。これだけは、最低限しなくてはなりません」
 文吉は彼を見舞う冒険者達の言葉を、聞くとも無しに聞いていた。
 褌を見せると酷く怯える。医者は、よほど恐い事があったのだろうと言った。体調は時と共に回復するが、心は分からない。


第一部 おわり