若葉屋日記・六『祭りのあと』
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:4
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:02月21日〜02月26日
リプレイ公開日:2005年03月17日
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●オープニング
「‥‥又五郎、解せんな」
町奉行所同心の桜木は配下の岡引の又五郎を呼び出していた。
「‥‥」
用件は知れている。又五郎そっくりの男が覆面をかぶって市中を、特に若葉屋の近辺を騒がせていた事に関しての詮議である。
「桜木様、まさかとんでもねえ勘違いをしてるんじゃねえでしょうね」
「否定するのか?」
「当たり前でさ。それでもこのあっしが、信じられないと仰るなら口惜しいが、その偽者を捕まえて身の証しを立ててぇ」
真剣な顔で又五郎は言った。桜木にとってこの岡引は信頼に足る部下である。だが子飼いの男に向けるのとは違う視線を又五郎にあてて、桜木は席を立った。
「それほど言うなら、調べてみるが良い」
「へい、有難うございやす」
その頃の若葉屋。
「‥‥良い時ばかりは続かねえもんだな」
おーくしょんの後、若葉屋文吉は目に見えて痩せた。慈善商売として途中までは上手く行きかけたが、火事を出して大赤字に転落。町奉行所からは再び営業停止処分を受けて、店を閉じている間は迷惑をかけた関係者の所を回って過ごした。
「なあに、どん底まで落ちたらあとは昇るだけって言うじゃねえか‥‥」
営業停止は思いの外早く解かれて、文吉は店を再開した。しかし、肝心の商品は火事で焼けたり損失の補填にあててしまって在庫が無い。新しく仕入れるにも、資金も底をついていた。
文吉の脳裏に、冒険者ギルドの事がちらつく。
「‥‥いや、今度ばかりはあいつらに頼む訳にはいかねえ。それに依頼金もねえときた」
店は開いても売り物が無いので、文吉は休業中の札をさげた。
「‥‥文吉さんは屑屋に混じって古褌を集めて回っているそうですよ」
冒険者ギルドの手代は何気ない口調で話した。
そろそろ依頼が来てないかと冒険者達が聞きに来るので、依頼どころでは無いらしいと若葉屋の現状を聞かせる。
「災難でしたねぇ。まあ、商いにはそういう事も付き物ですが‥‥」
「‥‥」
聞いている冒険者には、手代が彼らを批難しているようにも聞こえた。居辛そうにする者もいれば、不幸な事故だったと気にしていない者もいた。
「それじゃ、暫く若葉屋の依頼は無いんだな」
「そうなりますな」
さて、どうするか。
一方、若葉屋常連の褌まにあ達は謀議を重ねていた。
「若葉屋の惨状、目に余るものがある」
「そう、このままでは折角の希望の灯が消えてしまう」
「俺達の手で何とかしねえとな」
「‥‥」
はたして‥‥。
●リプレイ本文
●ぼらんてぃあー
「ひなたさんが‥‥」
久方ぶりに若葉屋を訪れた風御凪(ea3546)が縁側で筋肉少女こと巴渓(ea0167)と話していた。
「先にシャクティが、‥‥頼むぜ」
頭を下げる渓に微笑み、風御は立ち上がる。
外は小雪が舞っていた。直に春が来るが、まだまだ寒い。
「渓さんもお大事に」
「俺の身体は何ともねえよ。そうだなぁ、あとで文吉を診てくれよ?」
若葉屋と縁のある、この風御の本業は医者である。昨年末から那須と江戸の間を往復していたが、つい最近戻ってきた。彼の関わった騒動の顛末は、江戸のあちこちで今も噂が待ちきりだ。
「さて‥‥と」
渓は一人で塀を眺めた。騒がしい声が聞こえる。
「棒茄子が出たからジュディちゃんにも何か買ってあげるでござる」
暮空銅鑼衛門(ea1467)はジュディス・ティラナ(ea4475)、柊小桃(ea3511)らとこれから寺社廻りに出かける。褌屋と寺、一見して関係なさそうだがジュディスの弛まぬ努力とこの間の慈善競売で繋がりは深い。
「今日はお寺でボランティアをするのよっ☆」
ジュディスはいつも通りだ。彼女の言うボランティアは例によって暮空のアイデアである。それについては後述するとして、若葉屋に対する冒険者達の活動は紛れもなくボランティア精神である。
「出かけます。よろしく」
言葉少なに告げて真壁契一(ea7367)は外出した。傍らにはデュラン・ハイアット(ea0042)が居る。珍しい取り合わせだ。若葉屋の大番頭とも言うべき真壁と、裏方を自任する策謀家デュラン。彼らが揃って行動するのも偶然ではない。若葉屋の危機にそれぞれ思う所があるようだ。
「それでは、お願いできますか」
「うむ。私は別の用事があるから途中までだがな。あとの案内はアレがしてくれるだろう」
デュランが言う『アレ』とは若葉屋三大奇人の一人、クロウ・ブラッキーノ(ea0176)の事である。餅は餅屋、冒険者をしている事が間違いではと思うほどアッチの世界に近い人物で、褌まにあの事ならあの男に聞くのが一番だ。
「‥‥まァ、崩壊するにしてもオモシロオカシク逝きたい所ですネ」
「ああ! ひなたさん!!」
シャクティ・シッダールタ(ea5989)は、美芳野ひなた(ea1856)の小さな身体を抱き締めた。色白のひなたの肌が熱で上気している。
「それでも‥‥ひなたは‥若葉屋の、店い‥‥」
意識を失う少女を支えて、シャクティは苦しそうに息を吐く彼女を見た。
原因不明の高熱‥‥殆どの病気に対して僧侶の奇跡は無力だ。医術も魔法の力も万能ではない。それでも放置できないから人事を尽くす。諦めないから先がある。
今回は依頼のためでなく、己の意思で若葉屋に集まった冒険者達の話である。
●寺と奉仕
「はらえなくなっちゃってごめんなさいっ!」
ジュディスは僧侶に謝った。「わかばや娘。」の格好をした小桃や惠も一緒だ。
「もう済んだ事ですから」
慈善競売の失敗で、協力した寺社には何も良い所が無かった。迷惑を掛けた事は確かだが、付き合いに変化は無かった。反対に若葉屋の心配をされて、恐縮する。
「その代わり、若葉屋さんの人たちと一緒にお手伝いしてもいいかしらっ☆ あたしはいつも白翼寺様のお寺でお手伝いをしてるのっ、お掃除もお洗濯もおつかいもできるわ☆」
僧侶は怪訝な顔をする。
「それは共に修行されるということですか?」
「そうではござらぬ」
暮空が説明する。
「人助けをして賃金の代わりに、褌を貰い、若葉屋の宣伝を行わせてもらうのでござる」
暮空はそれを「ぼらんてぃあ」と呼んだ。単純化すれば人気取りだ。宣伝目的である以上、ボランティアとは違う。寺に労働に見合うほど余分の褌はないが、若葉屋が沈みかけて藁をも掴む心境なのか。
「‥‥どうぞ此方に」
僧侶は暮空達を寺の中へ案内した。修行中の僧達は少女たちに戸惑い気味だ。それを見て暮空は寺で若い娘に奉仕活動をさせるのは難しいと感じた。尼寺ならどうか‥‥女僧は褌を使わないだろう。
(「ぼらんてぃあの道は険しいでござるな。‥‥それも仕方ない」)
僧は暮空達に若葉屋の事を聞いたが、心配は無用とパラ侍は笑う。
「確かに今は良くないが、協力してくれる者が大勢おります。先日も白翼寺殿が良い歌を作って下さってな。こんな歌でござる」
暮空は扇を出して、調子外れの喉を披露した。僧はそのあと当たり障りのない話をしたが、何か言いたかったのだろうと暮空は思った。
ジュディスと小桃、惠の三人はそれから寺で奉仕活動をした。
「あのね、ふんどしが無くて困ってる人がいてるの。その人のために使わないのでいいから譲ってくれないかな??? お手伝いとかするから。ね?」
床掃除の後に小桃が言うと、修行僧は目をジロリと動かして少女を睨み付けた。
「使わないのでいいから、とは何事か? 最近の若い者は物を粗末にしていかん!」
本来、余り物の褌というものは無い。布は擦り切れるまで使い、燃料に使い、灰は肥料に使う。その橋渡しを古着屋や屑屋が行うのであり、最後までゴミにはならない。
「ご、ごめんなさい」
小桃は修行僧のお説教を食らった。しかし、その日の奉仕が終わると古布が用意されていた。彼女達は修行の身ではないから労働の対価としてである。
「ありがとう!」
ちなみに、余分な古布が大量にある訳もなく、新品同様の物も含めて色んな布が混ざっていた。布を集めるのが大変だから何度も来られては困ると釘を刺された。暗に修行の妨げになるからという理由もあったろう。
●幕間 若葉屋応援歌「愛と煩悩の布」
♪Going up to “たふざきパラダイス”
お江戸のお下がりのお店
今宵は君と寄ろうよアミーゴ
変態同士でつるむ
輝く布地はノルマン
漢のシケた部屋...Be here
締まらぬケツに女は来ない
周りはかなりcool
Tafuzaki say you love me.
俺のために集まりゃいいじゃん
Fundoshi can you here me?
野獣の血が騒ぐNight & Day
Cmon baby 愛しのWAKABAYA
ジャパニーズ ダンディガイ
可愛い女も買えるや
褌ワンダーランド
(作詞・作曲:白翼寺涼哉 歌:若葉屋後援会)
●文吉と病
一方、開店休業中の若葉屋では巴渓が文吉を大喝していた。
「立てェ!!この馬鹿野郎がァ!!!」
渓の大声は柱まで震わせた。それだけ彼女は本気で怒っていた。
「いいか文吉、那須の妖狐は聞いてるだろう。こっちでも噂になってるからな。俺もひなたも、その地獄を潜り抜けて帰ってきたんだ。‥‥それがどうだ! 腐った様なツラぁしやがって!! たかが大損出した程度、取り返せば何とでもなるだろ!」
赤の他人の口から出たならどうという事の無い台詞だが、渓は若葉屋設立に関わった、言わば身内だ。ボロクソに言われて文吉も感じない筈は無い。
「くっ‥‥」
「いい事を教えてやる。俺はこの数ヶ月、人脈をフル活用して若葉屋の在庫になる褌を集めてた」
打ちのめされた文吉に、渓は自分が月道を通じて世界中から褌を集めていた事を話した。
それは瞠目に値した。たかだか江戸の褌屋の為に、イギリスやノルマンの冒険者に協力を募るなど、誰が想像するだろうか。或いは馬鹿である。
「有り難い話だぜ。だがそいつは受け取れねえな」
「‥‥なんだと?」
「痩せても枯れても、この若葉屋文吉。他人の褌で商売しようとは思わねえ!」
格好のつく言葉だ。存在を全否定していたが。
「古着屋がひとの褌で商売しねえで何売るってんだ! いいから受取りな」
「イヤだ」
取るの取らないので剣呑な空気が漂う。いつもなら棚の上の羽妖精や少女店員が仲裁する所だが、生憎と今は二人だけだ。
「文吉、若葉屋潰す気か!」
「終わらせねえ。俺は絶対に絶対、この店を立ち直らせるぜ」
睨み合う渓と文吉、とそこに荒い息遣いが聞こえた。視線を切った渓は戸口に寄りかかる小柄な人影に気づく。
「文‥吉‥‥さ‥‥」
熱に浮されたひなたは朦朧とした意識の隅で文吉と渓を見ていた。渓が駆け寄る。
「ひなた、何で長屋で寝てねェんだ!!」
渓は歯噛みし、ひなたを抱き上げる。うわ言を呟く彼女を奥に寝かせた。
「医者呼んでくるぜ。ひなたがここに居るってシャクティにも知らせねえとな」
そう言って渓は店を出た。文吉は濡れた布を絞って、ひなたの額に乗せる。冷たい感触に、少女の唇が動いた。
「ま‥だ、終わりじゃ‥ないです‥よ?」
少女の傍らで、声を押し殺した文吉の体が震えた。
●奉行所と褌狂
「そういうものか」
デュランは話を聞いて、無感動に思った。若葉屋を立たせるのは仲間達に任せておけば問題ない。だが環境を変えねば元の木阿弥、人は同じ過ちを繰り返すものだ‥‥ならば、とこの青年は思案する。
「私は若葉屋に近い者です」
町奉行所に出向いたデュランは岡引の又五郎の上司である同心、桜木に面談を求めた。奉行所では出来ぬ話と外で会う。
「名うての冒険者と聞き及ぶが、何の目的で若葉屋に肩入れする?」
「なに、袖すりあうも他生の縁です。それで‥‥お話とは若葉屋の建て直しの事です。桜木様に、条件付きで若葉屋営業再開を命じて頂きたいのです」
単刀直入、デュランは若葉屋と犯罪の関係を断つために町奉行所の御墨付きが欲しいと語った。先に囲ってしまえば褌まにあが立ち入る隙も無くなる道理だ。
「埒もない。若葉屋を特別扱いする道理は無かろう。罪を犯せば、捕えるまで」
桜木の返答は明朗。
「慈善商売を奉行所は助成しようと思いませんか」
「寺領でも無き江戸の古着屋が寺に年貢を納めれば慈善か。若葉屋の勝手故、叱りはせぬが褒めるべき所以も無かろう」
取り付く島が無い。
「精進せよ。他に道は無いぞ」
デュランが役人の淡白さに舌を鳴らしていた頃、クロウと真壁はすぐ側で正反対の者達と会っていた。
「貴方がたが拙者を好んではいないのは重々承知の上。ですが、ここは拙者の話を聞いて頂きたい。今回拙者は、貴方がたに珍奇な褌をもたらすためにやって来たのですから」
クロウの紹介で、真壁は褌まにあ達に接触していた。
彼らは若葉屋の危機を何とかしたい気持ちは冒険者に勝るとも劣らない。その点では、桜木より幾分か愛想が良かった。
「あんたが、俺達に褌をくれるって言うのかい?」
居心地が良いかはまた別の問題だが。クロウは違和感無く溶け込んでいる。これも人徳というのだろうか。
「どんな褌が欲しいのですか?」
真壁の目的は市場調査だ。褌狂いが若葉屋の上客なのは動かし難い事実。その好む所を知るのは若葉屋再建の第一歩と考えた。
「そうだな、例えば‥‥」
彼らの性癖は多岐に渡る上に品位に関わるので割愛する。
まず褌の産地(注:製作者ではない)が重要であるらしい。所持者の証明と品質管理が大事と力説する者がいた。一言で言えば、誰が締めていたかがポイントだ。突き詰めれば暮空の専門分野であろうか。無論、褌自体のファッション性や使い心地に着目する者もいた。
「ううむ、なるほど‥‥。それを、法にふれずに得る方法はないですかな?」
直接的に貴方の褌を私に下さいと言えば変‥いや角が立つ。ゆえに、彼らは己の正体を隠そうとするし、褌を闇から闇で手に入れようとする。そこに犯罪性がある訳だが‥‥。
「若葉屋は俺達の夢だ。俺達だって立ち直って欲しいが‥‥」
「勿論です。なんとか抜け道を考えましょう。双方が利益を得る取引こそ、最も良い取引ですからな」
真壁が真剣に話している横で、クロウは彼らと仲良くなっていた。
冒険者達はそれぞれ若葉屋の再建の為に、奔走していた。
しかし、立ち直る秘策は見えない。このまま若葉屋は時代の鬼子として消え行く宿命なのか。それとも‥。
最後の時は近い。
つづく