死人侍 決
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:7〜11lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 76 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月07日〜07月12日
リプレイ公開日:2005年07月15日
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●オープニング
「最近、おかしな事を言う坊主が増えたんだが」
7月に入った或る暑い日のこと。
冒険者ギルドに立ち寄った商人が、茶をすすりながら話を始めた。
「死人を棺桶に入れて埋めると死人憑きになるから、死体は焼いて荼毘に付さなくちゃならねぇって滅茶苦茶言うんだよ。お釈迦様も火葬だったって言ってなぁ」
吐き捨てるように言ったのは、商人が桶屋だからである。
「火葬は駄目ですかね」
「駄目とは言わないがね、ありゃ偉い人のお弔いだろう? 貧乏人には無縁の話よ」
この時代の葬法といえば土葬である。まだ衛生問題など観念からして無い時代、火葬には現代より手間も費用もかかり、宗教上の理由で僧侶や武家が火葬にする他は庶民は殆ど土葬だった。
それが今年の春に京都で亡者の軍勢が現れた事に端を発して、土葬された死体が死人憑きとして甦るからと庶民にも火葬を奨励する僧侶や冒険者が増えた。
「とんでもねぇ話だぜ。俺の店が潰れたら化けて出てやるからそう思え」
「‥‥なるほど」
要するに、この桶屋はギルドに文句を言いに来たのだ。営業妨害だと。
手代は納得して頷く。
「それでな、俺はそいつに言ってやったのよ。火葬にすることはねぇ、俺がこしらえた早桶は死体が生き返って暴れたって壊れやしねぇから大丈夫だってな」
安物の桶屋がまかり通るから、桶屋を低く見る奴が出るんだと商人は関係ない愚痴まで垂れた。
いい加減に相手をするのが面倒になった手代は席を立つ。
「おい話はまだ?」
「仕事中ですのでまたの機会に」
「‥‥だから、仕事の話してんじゃねえか。俺は客だぜ?」
あれだけ長話をして、枕だったらしい。
「本所に蕪木憲道って武家のお屋敷があるんだがね、先日ご嫡男の義憲様が死んじまって俺の所に早桶の注文が来たんだが‥‥所がだ」
桶屋が桶を作って届けたら、火葬にするから桶は要らないと言われた。大事な息子を死人憑きにする訳にはいかないと。
「馬鹿にされたと思った俺は、文句言ってやろうと思ったが相手は寺だぜ。しがない桶売りは泣き寝入りするしかねえやな」
桶屋の話は長い。手代は焦れてきたが、ようやく核心に至った。
その話を仲間の桶屋にすると、その寺院から桶の注文を受けたという者がいた。調べてみると、火葬の日と符号する。桶屋はピンと来た。
寺院の坊主は火葬にすると言って高い葬儀代を取り、裏で遺体をそのまま埋葬していたのだと。
「その悪事の証拠を冒険者に押さえて貰いてぇんだよ」
手代は頷いて、どこの寺院かと桶屋に聞いた。
「庚階寺」
「‥‥なんだそれは?」
手代から話を聞いて、集められた冒険者は首を傾げざるを得ない。
庚階寺とは街道を騒がした死人使いの巣窟として、冒険者と町奉行所が内偵し、二月以上も前に奉行所の手錬れが踏み込んで退治された筈であった。寺院も燃えて今は無い。
「依頼人は桶屋仲間と伊勢参りに行っていたとかで、庚階寺の件は知らなかったそうです」
手代から燃えたと聞かされた桶屋は面食らった顔になり、何ともいえない顔で香典代わりだと言って依頼料を置いて立ち去った。
「庚階寺の死人使いは倒された、そうであろう?」
「それは間違いありません」
踏み込んだ奉行所の同心達と死人を操る黒僧侶との間で壮絶な死闘があり、奉行所の手勢にも死傷者が出たが死人使いは倒したという話だ。庚階寺の僧達が何をしていようと既に終わった話。
しかし、桶屋の話が本当なら一、二点気になる事がある。
「調べてみて下さいませんか?」
さて、どうするか。
●リプレイ本文
「起きろ」
リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)の声に、闇目幻十郎(ea0548)は薄目を開いた。
夕べは二人でこの宿場に泊まった。
「出発する」
徐々に頭が冴えてきた幻十郎はまだ真っ暗の外を見やり、それから既に旅装のリーゼを見た。
「少し早くは無いですか?」
「止むを得まい。昨日は調べるのに少し手間取ったからな。昼には寺に着きたい」
無理をしなくても夕方には辿り着くが、それでは今日は調査が出来ない。リーゼの主張に、幻十郎は欠伸を一つしたが、文句は言わず従った。
「本格的に調査する気なら、あと1人か2人誘った方が良かったのでは無いですか?」
「あの寺のことは、確証は無い。怪しいけれど‥‥人を集めて空振りよりは分散する方が良いさ」
リーゼと幻十郎は焼け落ちた庚階寺に向っていた。
もとより不可解な依頼である。
仕事を受けた10人の冒険者は、それぞれの思うままに分かれて探索を行った。
●江戸
絵師の鷹見仁(ea0204)と華国出身の武芸者李雷龍(ea2756)の二人は、嫡子を失ったという蕪木家を調べることで行動が一致していた。
「お願いします、私と一緒に行って貰えませんか?」
雷龍は仁に頭を下げた。場所は蕪木邸の近くの裏路地だ。
「うーん、俺は直接乗り込む気は無いんだがな‥‥」
仁は頭を掻く。外国人の雷龍が1人で武家屋敷に入るよりは、曲がりなりにも侍である鷹見が一緒の方が向うも警戒しないという雷龍の意見も分からなくは無いが、まだ蕪木家の人々の事を彼らは知らない。
「俺ぁ聞き込みから始めた方がいいと思うぜ?」
そう言って仁は顔を顰めて見せたが、すぐに考え直した。どの道、雷龍が入るつもりなら同じ事だ。それに自称『天下無双のイイオトコ』の仁、体当たり主義は嫌いではない。
「じゃ、一緒に蕪木屋敷に行くとして、とりあえず近所の聞き込みはしとこうぜ。多分無いとは思うが何か理由があって狙われた可能性もゼロとは言えないから、な」
「ええ、無いとは思いますが蕪木憲道様が私達を怪しんで刺客を送り込んでくるかもしれませんしね」
雷龍の想像力の豊かさに仁は笑みをこぼした。
「そうだな、世の中何が起こるか分からない‥‥」
この件に関わるのは初めての彼らと違い、庚階寺に縁のある冒険者達はもっと奇抜な事も想定しているようだった。表面的な事実は葬儀詐欺だが、それだけでは無いのかもしれない。
「うれしいね」
ウィザードのウェス・コラド(ea2331)は酷薄な笑みを張り付かれていた。
「‥‥陰謀でも企んでいる顔だな」
ウェスの顔を見てそう感想を述べたのは西中島導仁(ea2741)。二人は一緒に桶屋を回っていた。
「企む? 私は考えていたのだ、庚階寺の残党が何をしようとしているのかをな」
死体を使って金儲けをしようなんて考える者はそうはいない‥‥ウェスは今回の一件が庚階寺残党の仕業と確信していた。
「コラド殿もその庚階寺は壊滅していないと考えているのだな。寺は表向き壊滅したように見せかけて、地下に潜伏している、いや倒された者たちが実は影で、本物は生き残っているという可能性も無くは無いと‥‥」
「真実は分からん。だが大方、奉行所の詰めが甘かったのだろう」
そうでなければ庚階寺の名を再び冒険者が聞く前に、奉行所が動いている筈である。
「しかし、また死人‥‥どんな符号かな」
京都の黄泉人騒動と同根か‥‥そこまで言っては飛躍のしすぎか。ともかく、馬脚を現してくれた事はウェスには僥倖だった。まず桶屋に裏を取る、それで足取りを知る事が出来れば。
桶屋、蕪木家、それに焼けた庚階寺。
実地の調査はこの三本。志士の月代憐慈(ea2630)は、調査は仲間達に任せて江戸町奉行所に死人使い事件の担当だった小宮久三郎を訪ねた。
(「結局、庚階寺の最後を見たのは俺達じゃなくて奉行所の人達だからな‥‥何気に知らないことは多い」)
正攻法で、奉行所に出向いた憐慈は小宮は留守と聞かされた。
「急ぎの用があるならば、代わりに承りますが?」
「いや、それには及びません。また明日伺います」
仲間達の調査の手前、桶屋の一件を奉行所に知らせる気はまだ無かった。後で協力しあう可能性は残しつつ、今はただ話をしに来た事にしておく。変に勘繰られると後が面倒だと気を回した。
(「奉行所は庚階寺の一件で犠牲者まで出ているからね。軽はずみな事は話せないよな‥‥」)
桶屋の一件が伝わり、もし彼の仲間が推測するように庚階寺の残党が残っているなら、仲間の無念を晴らす為に小宮達は乗り出してくるだろう。その時に衝突を避けられるか。
協力しあう事が必ずしも良い結果を生むとは限らない。
●品川の宿
「間に合ったか」
僧兵の阿武隈森(ea2657)、志士の山本建一(ea3891)、猟師のアイーダ・ノースフィールド(ea6264)の三人は調査の名目で死人騒動の発端となった依頼人、芳野を見送りに品川まで足を伸ばしていた。いや、正確には森と建一の目的は調査にかこつけた見送りだが、アイーダはれっきとした調査のつもりだ。
「皆様にはお世話になりました」
旅姿の芳野は、三人に深々と頭を下げた。まさか見送りに来るとは思っていなかったのだろう。
「これから発つのか? では、そこまで送ろう」
森が言うと、芳野は恐縮してか困った顔をする。
「何、遠慮することは無い。あんたと歩くだけで報酬がもらえるんだ」
「え?」
怪訝な表情の彼女に、道々話すと言って森は芳野の荷物を掴んだ。
先に歩き出した森に、仕方なく四人で暫く東海道を歩く事にした。
「芳野さんはこれから、どうされるのですか?」
建一は芳野を心配していた。依頼を手伝った身として後味の悪い結末に納得していない事もある。建一の目には敵討ちを果たした筈の芳野の顔も晴れ晴れとしているようには見えない。
「国に戻り、兄のお墓に当麻を打ち果たしたことを報告いたします。皆様のおかげです」
「あー、本当なら国まで送ってやりたいが、本当に1人で大丈夫か?」
森は芳野には供の人間がいると思っていたが、意外にも芳野は1人での旅立ちだった。最近物騒だとか盗賊が出たらどうするのかとあれこれ世話を焼いた。
「阿武隈様、お心遣い有り難うございます。ですが行きも私1人で江戸まで参りました。身を守る術は心得ていますのでご心配は無用に」
「いやいや、過信はいかんぞ。護身術程度ではどうしようも無い相手が山ほど出たらどうする。よし、俺がここで実力を確かめてやろう」
森の世話焼きぶりはまるで芳野の兄か何かのようだ。心配も間違いではないが、森の心中で一連の事件はまだ片がついていない。言葉に表わせない焦燥が芳野への気遣いに現れていた。
「一つだけ、確認したい事があるの」
森の世間話には興味の無いアイーダが、単刀直入に用件を切り出した。
「当麻の遺体はあの後、どうなったのかしら?」
問われた芳野は、何故そんな事を聞くのか分からないといった顔だったが隠さずに答えた。
「藩士の確認のあと、近くの寺の住職にお願いして埋葬しました」
芳野の仇討ちは国許の藩公認だ。江戸に居る藩士が仇討ちの結果を確認し、そのあと脱藩者である当麻の遺体はその土地に埋葬された。概ねアイーダが予想した通りだ。
「その寺の名前、教えてもらえるかしら?」
「まさか、当麻を‥‥」
「気になる? そりゃそうか‥‥でもこれは私の推測に過ぎないことなのよね」
アイーダに確証がある訳では無いが、疑問は確かめずにおれない。ここにも体当たり主義者が1人。
「万一、遺体を死人憑きなんかにされたら堪ったもんじゃないわ。墓の中身を見るまでは安心できないの」
「‥‥」
建一の目には、アイーダの言葉に芳野の体が揺れた気がした。
●庚階寺跡
リーゼは焼け落ちた庚階寺の建物跡は無視して庚階寺が管理していた墓地を調べた。
女騎士は地面に膝をつき、しばらく墓土をかき回していたが。
「‥‥掘り返した跡がある。しかし、最近ではない」
リーゼは意を決して、スコップを手に取った。
別棟跡の地下室を見てきた幻十郎が墓地に入った時には、リーゼは汗だくで座り込み、二つの墓穴が掘り返されていた。
「はぁ、はぁ‥‥中は空だ。蕪木義憲の土葬の証拠を掴もうと思ったのだが、奴らは死体泥棒か?」
幻十郎は難しい顔をしていた。
「何かあったか?」
「何も無かったんです」
地下室は無かった。瓦礫と土砂に埋まっていた。もしウェス・コラドが居れば調べる事は可能だが、中まで完全に埋まっていれば何も分からない。
「江戸に戻りましょう。奉行所に行った月代さんと、桶屋の話を早く聞きたい」
庚階寺周辺の聞き込みでは、寺が燃えた夜に庚階寺の僧達は皆死亡した事になっている。寺がどこかに移転して活動しているのでは無いかと聞くと、住民は信じられないといった顔をした。
●再び江戸
「‥‥」
ウェスは江戸の桶屋を回って聞いた話をまとめて考えていた。庚階寺は焼失の直前まで、複数の桶屋に大量の棺桶を注文していた。同時に、これは確認しきれていないが火葬の勧誘を熱心に行っていたらしい。ちょうど死人を操る侍の事件があった頃だ。
「庚階寺の桶の注文は、寺が焼け落ちてからは来ていないか。‥‥しかし、これだけ大量の桶を注文する資金があの寺にあったのか?」
それとも逆で、死人使い達は巨大な葬儀詐欺集団だったのか?
ウェスは己の考えに忍び笑いを漏らした。荒唐無稽で面白いが、それでは我々は良い面の皮だった事になる。念の為に西中島は桶屋から聞いた庚階寺が本当に焼け落ちた寺の事なのかを確かめる為に確認に向った。品物は桶屋の所まで取りに来ていたらしいが、代金を受け取りに寺まで行った人が居た。
間違いなくあの庚階寺だった。
「庚階寺の死人使いが本当に死んだのなら、もう事件は終わったのか? 第二、第三の死人使いは現れないのか?」
「くたばっていたら笑い話だな」
「倅のことで話があると伺ったが、如何なる用件か?」
蕪木憲道は訝しげな視線を鷹見と李に向けた。当然だろう。
「蕪木様は庚階寺の死人使いの事はご存知でしょうか? 僕達は庚階寺の事件を調べている者です」
雷龍が言った。些かアクセントに癖があるが、流暢なジャパン語だ。
「存じておる‥‥」
声に不快感があった。二人の聞き込みによれば嫡男義憲が病死したのが今年の二月、庚階寺の薦めで火葬を行ったが四月下旬には庚階寺が焼け落ち、直に憲道の耳にもその凶報は届いた。嫡男の葬儀を任せた相手が死人使いだったと知り、憲道の受けた衝撃は計り知れない。冒険者達は憲道とは初見だが、やつれて見えた。世間の風評に曝されぬよう事情を知る家人に口止めし、ようやく死人使いの噂も断ち切れた頃の冒険者の訪問だ。
「もし、その方たちが倅を辱めようというなら、わしにもそれなりの覚悟があるぞ」
憲道はまるで李と鷹見が死人使いの一味かのように睨み付けた。
「決して、辱めようとは思っていません。僕は、蕪木様が庚階寺に火葬を頼んだ経緯をお聞きしたいのです」
「聞いて何とするか? 帰れ! その方達に話すことは何も無い」
二人は追い出された。
「あの親父さんから話を聞くのは骨だな‥‥」
と言って、周りの聞き込みも蕪木家を追い詰める結果になりかねない。少し聞いた限りでは、義憲は病死になっているが病に臥せっていた様子は無い。義憲は千葉周作の道場に通っていた剣客で、相当な使い手だったらしい。
奉行所に日参した憐慈は、ようやく小宮と話すことが出来た。
「庚階寺にいた僧達はどうなったのでしょう?」
「寺と運命を共にしました。恐ろしい者達でした‥‥」
小宮達、奉行所の手勢は庚階寺を取り囲んで逃げ道を防ぎ、表と裏から同時に攻め入った。
庚階寺の人数は住職の秀円と3人の修行僧、2人の寺男だった。彼らは十体ほどの死人憑きを操って抗戦した。岡引が1人、それに突入した同心が1人殺された。
最後は僧侶達は寺に火を放ち、崩れ落ちるお堂と共に焼け死んだという。
「死体は?」
「無論、朝になり火が収まってから死体を数えています」
庚階寺の死人使いは狂気の果てに全滅、という事だ。
事件は既に終わっている。
「まさか‥‥」
「代わりに誰かが火葬してくれたとか‥‥?」
当麻の墓を暴いたアイーダ達は、そこに焼け焦げた骨を見る。
おわり‥‥?