死人操 血と刀

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:06月02日〜06月07日

リプレイ公開日:2005年06月16日

●オープニング

 寺が燃えている。
 本堂にまで火の手は回り、立ち昇る紅蓮の炎は夜空を煌々と照らしていた。
 この場所で、町奉行所の同心らは、庚階寺の死人使いを倒した。


 江戸。冒険者ギルド内。
「‥‥冗談ではない」
「当たり前です」
 手代と冒険者が話をしている。
 話しは新しく来た依頼の事だが、冒険者はこの仕事を嫌がった。
 依頼内容は仇討ちの助勢と立会人。
 仇を討つのは以前ギルドに仇討ちを依頼した芳野。討たれるのは、死人使いの嫌疑で追われていた侍、当麻直重。依頼人は当麻であり、内容は果し合いの立会人と芳野への助太刀。
「冗談でなければ、滑稽だ。当麻が最初から死ぬ気なら、人手など無用じゃないか」
「当麻様は本気で相手をすると、申しております」
 まともな果し合いで芳野が当麻に勝てる可能性は万に一つ。それでは当麻の気が済まないのだろうか。そして当麻は冒険者や奉行所の精鋭を退けた事もある豪の者。生半な助勢は意味もなく、縁のある冒険者を指名したのはそれ故か‥‥。
 しかし、冒険者にとってはいい迷惑だ。
「依頼は依頼、受けるかどうか決めるのは皆様でございます」
 手代は淡々と言うのだが、さて‥。

 仇討ちは御定法で認められてはいないが、風習としては純然とある。諸藩には免状を与えて許可する所もあった。芳野の仇討ちが黙認されている様子なのは、知らない所で色々と話が付いているのだろう。
「私はひとりで当麻を討ちます。仇が寄こした助勢を受けるなど、あってはならぬこと。お断りいたします」
 芳野は手助け無用と言った。
「しかし、それでまことの本懐が遂げられますかな? このような事を申すのは気がひけますが、当麻様と太刀打ちできる者が果たして江戸にどれだけおりますか‥‥」
 江戸に兵法名人が多いと言っても、しがらみ無く、腕利きを用意するのは冒険者ギルド以外には無い。
「余計なことです」
 芳野は立会人までは拒むことは無かったが。

●今回の参加者

 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0548 闇目 幻十郎(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2331 ウェス・コラド(39歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea2630 月代 憐慈(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2657 阿武隈 森(46歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4868 マグナ・アドミラル(69歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea5999 不動 金剛斎(34歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

イレイズ・アーレイノース(ea5934)/ ゲレイ・メージ(ea6177

●リプレイ本文


 村外れの空き地に、十数人が集まっていた。
「何とも不思議な次第になったが、これも縁てやつだ。双方が同意なら、これ以上言うことは無い。しっかり見届けてやるから、いつでも始めてくれ」
 巨人の僧兵が果し合いの両者を交互に眺めた。
 この巨漢、阿武隈森(ea2657)と当麻直重、芳野の関わりはそれほど深く無い。先々月に村まで聞込みにいった仲間に森が同行した。それが立会人の1人になるとは、何とも奇縁であった。
「本当に、芳野は赦免されるのだろうな? 仇は討ったが、縄をかけられたじゃ笑えんぞ?」
 依頼を受ける際に、阿武隈は仇討ちが処罰されないか、復仇(またがたき)に発展しないかをしつこく確認した。
「ご心配には及びません」
 ギルドの手代は安心して良いと請け負う。当人同士が納得した決闘であるし、身分の確かな立会人もいる。まず問題無いはずだ。
 その立派な立会人は森のほかに6名。
 天螺月律吏(ea0085)、不動金剛斎(ea5999)、月代憐慈(ea2630)、リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)、ウェス・コラド(ea2331)、闇目幻十郎(ea0548)。
 いずれも江戸で名の通った冒険者である。天螺月は最近では世界最強の侍と噂される事もあるらしい。本人にとっては迷惑な名声も、このような時には通りが良い。
 またこの場には立会人を放棄して芳野の助太刀に回った者も来ていた。山本建一(ea3891)、マグナ・アドミラル(ea4868)、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)の三名だ。少し懸念が森にあるとすれば、それは本来一対一の決闘が一対四になった事だろう。しかし、それも相手の当麻が納得した上のこと。
 色々とこの仇討ちには異常があった。同席する冒険者10人も、二つ返事でこの依頼を受けた訳ではない。

「本音を言えば――今からでも止められるものなら止めたいのだ」
 ここまでの道すがら、律吏は仲間にそうこぼしていた。
「まあ、何も知らずに立会人だけってのも、俺達がまるで野次馬のようだよね」
 夏を思わせる暑気に扇でパタパタとあおぎつつ、憐慈が言った。決闘が始まる前に、事情は聞いておきたいと冒険者の何人かは思っている。
「ああ、まったく迷惑千万というやつだな。おかげで寺が燃えるのを見逃した」
 やるせない心持ちの仲間達とは違い、ウェスは仇討ちには興味が無かった。冷たい男と思われる向きもあるが、依頼人の事情に頓着しないのは味方を変えれば美徳だろう。
「尤も、負けた方が『ハラキリ』をやるというなら見物は楽しみだ」
 ともあれ歯に衣着せぬ男である。
 十人は連れ立って、当麻が仮住まいにやってきた。
 まず到着するなり、マグナ・建一・アイーダの三人が当麻に依頼を断った。
「何故?」
「そなたの依頼に応じては芳野殿の助太刀を果たせぬ。身勝手は承知だが、わしらは依頼を破棄させて頂く」
 仇の寄こした助っ人の手は借りないと言った芳野に答えたものだ。またマグナと建一の二人は最初の依頼においては芳野から当麻討ち取りの助勢を頼まれた経緯がある。
「認めてもらうわよ。私達は元々当麻さんに加担したことは一度も無いし、貴方の依頼が中断した理由はもう無くなったんだから、最初の依頼に戻るのはおかしくはないでしょ?」
 アイーダも芳野の説得に加わる。拒否されては冒険者の立つ瀬が無い。後味も悪い。
「芳野殿、死人操りの真意を掴むためとは言え、此度まで当麻を討てなかった我らの不明をお赦し願いたい。叶うならば今、依頼を果せない不明を晴らす機会を御与え下さい」
 最初は拒んでいた芳野だが、三人の熱意が通じたのか助勢を受け入れた。これには立会人の冒険者達も内心ホッとした。芳野があくまで助太刀を認めず、一人で当麻に立ち向かったならどうなるものか。
「さて‥‥当麻殿は先だって正しく己は芳野殿の仇であると言ったな。ならば、依頼された「立会人」としてその理由を聞く事は許されないだろうか?」
 助太刀の件がまとまった後、律吏が言った。立会人達は事情を聞かされない限りは決闘を認めない心積もりだった。
「果し合いなら、終わった時には二人とも息をしていない事態もあるでしょう。その時に事の背景が不明では、後に禍根を残すことにもなりはしませんか?」
 闇目幻十郎は言葉を選んだ。知りたいのは彼らで、尤もらしい理由は方便に過ぎない。
「私にもしもの事あらば、冒険者ギルドの手代に連絡して下さい」
 芳野も当麻も事情を語ることは好まない様子は窺えた。しかし、冒険者の中には何も話さない時には立会人を降りて決闘を中止させようと、ごねる気満々の者もいた。
「これからやるのは死合いだ。最後に一献どうかな?」
 月代憐慈は徳利を見せた。酒が駄目ながら水盃もあるという。
「これでも武士だ、まさか毒を入れるほど落ちぶれちゃいないつもりだがね」
 当麻の方が折れた、他言無用を条件に口を開く。
「それでは」
 幻十郎は仲間達を見た。皆、両人に問質したい事があったが内容は殆ど同じである。それなら先に誰が質問するか決めておけば良いのだが、いざこの場でとなると誰にも躊躇いがある。
「ふむ、では私から聞こう。何故『当麻が死人を操る』などと嘘をついた? 君は、私達に何をさせようとしたのだ?」
 芳野に対してウェスが言った。リーゼ・ヴォルケイトスも同じ事を聞きたかったので、身を乗り出した。
「私は嘘など申しておりません。国を出ました私が当麻を探すうちに死人を操る武士の噂を聞き、人相を聞いて回るうちにそれが当麻に間違いないと確信したのです」
「ほう‥それでは、君は当麻が死人使いと知っていたのではなく、死人使いと言われる男が当麻そっくりだったということか?」
「その通りです」
 腑に落ちない点が無いではなかったが、筋は通るか。
「では最初の依頼の後で何故姿を消した? おかげで無駄な寄り道をさせられた気がするが?」
 ウェスは言ってから、逆かと内心で思った。最初の依頼が芳野で無ければ、話はもっと単純だったかもしれない。
「私が町奉行所の詮索を受ければ、お家に迷惑がかかると思ってのこと‥‥皆様にはご迷惑をおかけしてしまいましたが、どうかお許し下さい」
「許せと言われても、私達には元より貴方をどうこうする気は無い。不審があるから、確かめずには居られないのだが。大体がこの依頼からしておかしい‥‥最初の依頼の時、貴方は何と言われた? それが何故、我らの助勢を拒む筋合いになる?」
 リーゼの声には苛立ちが含まれていた。同じ思いは山本建一も抱えていたが、彼の疑念は芳野でなく当麻にあったので口出しはしない。
「いやいや、芳野殿の主家を守ろうとなさるお気持ちは良く分かる。些か浅慮ではあったかもしれぬが、もう済んだことだ。その事は深くは聞くまい」
 場が芳野を詰問する雰囲気になったのを感じて、不動金剛斎は少しフォローした。不動は状況次第では芳野の助太刀も考えていた。尋問する場ではなかろうと笑顔をウェスとリーゼに向ける。
「終わった話か、ふん‥‥だが君の行動には不可解な部分が多すぎた。私は、それが気に入らない」
 自分を含めた冒険者達は単にこの女の個人的事情に振り回されただけなのか。銀髪の魔法使いは沈黙して、何かを考えた。代わりに口を開いたのは闇目。
「芳野さんは、庚階寺の死人使い‥‥<黒>の僧侶の事は知っていたのか?」
「それは‥‥分かりません」
 最初は当麻と死人使いが繋がっている疑いを芳野は持っていたという。しかし、江戸に来るまで庚階寺の事は知らなかったし、国許で当麻が死人と関係する仕事をしていた訳ではない。
「つまり、あなたにも死人使いの心当たりは無いと?」
「はい」
 芳野は頷く。解せない話である。当麻の方にも身に覚えはないようで、祟りや呪いの類では無いかと埒も無いことを口にする。
「呪いか‥‥」
 話を聞いていた阿武隈は苦い顔をした。<白>派の僧兵である彼は<黒>派についても少しは知識がある。黒には呪いの魔法もあると言うが、死人に魅入られる術などあるのか。首を捻ったが、森は筋力は尋常でないが勉強はからきしだったから、何かが閃く事は無かった。
「話を変えさせてもらうが、あんたはどうして彼女の兄を殺したんだ?」
 憐慈は当麻に質問した。この問いは皆持っていた事で、闇目も口を出した。
「そう、当麻さん程の武士が出奔を覚悟してまでのことです。何か深い仔細があったのではありませんか?」
 冒険者の注視を受けて、当麻は重たい口を自嘲気味に歪ませる。
「深い仔細などござらぬ。酔ったそれがしが詰まらぬ事で兄上殿と口論となり、ついカッとなってこの手で斬り殺したのでござる」
 武士にあるまじき行いに恐ろしくなり、その場ですぐ出奔を決めたという。侍が人斬り包丁を差しているからには稀に起こる事ではあるが、冒険者達としては無理もないと納得できる理由が聞きたかった。
「それは本当の話か?」
「武士に二言はござらん」
 詰め寄る憐慈に、当麻は固く口を閉ざす。ふと律吏は芳野の顔を見ると、当麻を覗き込む彼女も憐慈と同じ目をしているように思えた。
「それであなたは、贖罪として敵の為の助太刀をギルドに依頼したのですか?」
 といったのは建一。
「考え違いだ。むざむざと討たれるつもりは無い」
 冒険者達は当麻が殺した男、芳野の兄についても聞いたが芳野は答えず、当麻も沈黙した。
「では早くに済ませてしまうが良い」
 話す言葉が無くなり場が重くなったところで当麻が立ち上がりかけた。
「もうしばらく」
 律吏は手を広げて当麻を制した。
「何がある?」
 あとは見守るしかなかった。

「万が一、ということもありますからね‥‥」
 決闘では立会人の7人は当事者達を囲むように位置を取った。幻十郎と何人かは果し合いに邪魔が入る可能性は低いと思いながらも周囲を警戒していた。
「不謹慎だが、私は興味を感じている」
 リーゼは側に立つ憐慈に声をかけた。憐慈は彼女の言葉に少し不意をつかれた顔をした。
「軽蔑するか?」
「まさか。その反対だよ」
 色々な感情を持つ立会人達の視線を受けて、四人の決闘が始まる。
「弓を使っても構わないわよね?」
 決闘の前、助っ人の1人のアイーダがそう確認して、当麻が認めた。それにより、当麻とアイーダは弓を持っていたが、その為に両者は随分と距離を取っている。
 まさか接近した状態からでは弓は使えないし、冒険者達にしても当麻と斬り合ってる後ろからアイーダの矢が飛んできたのでは堪ったものではない。
「余計なことを言っちゃったかな?」
「気にするな。条件は五分だ」
 始まると、芳野を守るようにしてマグナと建一が当麻に迫った。当麻は斜め後ろに走りながら長弓を引く。
「甘くみないでよ」
 アイーダは当麻の鎧の隙間を狙って長弓を引き絞った。当てるのが難しい技だが、当麻が対応に誤るのを期待する。
「ふん‥」
 見物人と化したウェスは、アイーダが彼の近くで倒れるのを黙って見ていた。アイーダの矢は当麻に当たったが、お返しの矢を彼女も受けて先に倒された。出来るならその間にマグナ達が当麻に肉薄しているべきだが。
「ま、待て‥‥」
 武者鎧に面頬、武者兜、皮の法衣に日本刀を二つ構えた重装備の山本建一が遅れるので今一歩距離を縮められない。マグナだけなら追いつくが、万が一に当麻が芳野を狙う恐れも無くはない。
「私のことは大丈夫です」
「しかし、芳野殿‥‥」
 小太刀を構えた芳野には武芸経験はあると思えたが、当麻を倒す事やあの弓を避けるのは無理だろう。
「先に行くぞ」
 マグナは山本を置いて先行した。背後から芳野が追走する。
 それを見て、当麻は弓を捨てて刀に手をかけた。
「当麻、いざ尋常に勝負だ」
 マグナは斬馬刀をふりかぶり、当麻の間合いに入る直前に立ち止まった。このまま斬りかかればいつかの再現である。
「ぬぅっ」
 当麻が刀を両手に握ってマグナに打ちかかった。左手の十手でこれを受け止めようとするが僅かに刀の方が速い。斬られたマグナの顔が歪むが、そこまでは予想のうちだ。当麻の打ち込みの隙に斬馬刀を打ち込む。
「やぁぁっ」
 体技で急所は外すが斬馬刀の一撃で当麻の体が揺れる。それでも当麻は距離を取らず、接近した距離で連続して刀を振るった。
 マグナは先程と同様にカウンターを返す。だがジャイアントの己以上の力を持つ当麻の重い攻撃を二度受けて、さすがの暗殺剣士も大きく体勢を崩した。見れば当麻も血を吐いているが、弓を手放したぶん身軽になった当麻の攻撃は体を戻す暇も無くマグナを襲う。
「いま行きますから、それまで無事で!」
 建一は仲間の危機に、法衣、兜を脱ぎ捨てて走った。しかし、届かない。
「っ!」
 大きく振り被った当麻の刀はマグナに振り下ろされる直前で弾かれた。間に割って入った芳野の小太刀だ。寸での所で助かったマグナは震える体を叱咤して立ち上がると、芳野の身体を押し退けて斬馬刀を高く掲げた。
「ぬぉぉぉっ」
 力任せの大振りなその攻撃を、当麻は刀で易々と弾いた。
「おのれ!」
 顔を真っ赤にしたマグナはもう一度同じ攻撃を繰り返し、当麻の刀を折った。当麻が受け損なったのではない、マグナが折らせたのだ。
「今だ、芳野殿」
「はい。当麻直重、兄の仇‥‥覚悟!」
 刀を失った当麻に、小太刀を両手で握った芳野が身体を預けるようにして刃を突きいれた。刀を折られた時点で観念したのか、当麻は急所を避けようとはせず、その一撃で膝を屈した。
「‥‥見事」
 止めをさし、死人を操ると言われた侍は命を落す。
 役目を無事に果たし、冒険者達は江戸に帰還した。。