ぶれいくびーと 黒蛇の壱

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月29日〜01月03日

リプレイ公開日:2005年01月09日

●オープニング

 これは博徒の話である。
 博徒・ヤクザと言えばお天道様の下は歩けない日陰者、ロクでもない連中のロクでもない話に違いない。
 真っ当な道を歩く冒険者諸賢には縁の無い話だ、今直ぐこの依頼書のことは忘れて他の依頼を探すことを薦める。世界を救う大活躍は勿論、誰に感謝されることも期待出来ないから。

「親分! 昨日もまた天神のボンクラが賭場で因縁つけてきやがったんですぜ。あいつら、俺達が手を出せない事を良い事にやりたい放題なんでさ」
 子分の1人が悔しそうに言うのを、黒蛇の銀次は厳しい顔で聞いていた。
「‥‥馬鹿野郎、先に手を出したら奴らの思う壺だぜ。それぐらい我慢しろい」
 銀次は年は若いが、この宿場町で今売り出し中の博徒の親分である。少年の頃からみっちり修行を積んだ筋金入りの博徒で、勢力はまだ小さいが長老達からも一目を置かれている。
「へぇ、ですが若い奴らはもう限界です。実はあっしに考えがあるんですが‥‥」

 少し前、江戸から歩いて2日程にある小さな宿場町で地回りの親分が亡くなった。
 名は天神の熊五郎。若い頃から世間に迷惑をかけ、一部には慕われていた‥‥何処にでもいるヤクザ者であった。
 曲りなりにも親分と呼ばれていた人物だから、死後には縄張りが残った。しかし、後継者と目されていた幹部がひょんな事から親分の後を追うように落命し、あとはお定まりの縄張り争いが起こる。
 流れ者の侠客や対抗勢力、ご意見番の隠居まで飛び出して、宿場町は荒れに荒れた。この時、天神の若衆だった銀次は外部の勢力に好きなようにされる天神一家を見限り、独立して一家を構えている。
 最終的に町奉行所が乗り出して、血で血を洗った抗争が終了したのがつい先日だ。

 天神一家の賭場。不思議なことに帳場に座るのはまだ少女と云って差し支えない娘だった。
「姐さん、銀次のことでお話が‥‥」
 むさ苦しいヤクザ者が帳場の少女に耳打ちする。
「銀次が? ‥‥ちょいとここを頼んだよ」
 少女は帳場を若い者に任せて席を立った。この少女が現在の天神一家を預かる天神の藍。父親亡き後、上の兄たちが抗争で次々と鬼籍に入り、今は15歳の彼女が一家をまとめていた。子分と一緒に別室に移ると、数人の幹部達が既に顔を揃えていた。
「藍親分、黒蛇の外道が江戸の冒険者を用心棒に雇うって話ですぜ」
「あの野郎、自分で喧嘩が出来ねぇもんだから、汚い真似をしやがるぜ」
「冒険者って言ったら、仁義も知らねぇで金で仕事を請け負う屑野郎どもだ。そんなのを町に入れたら、どうなるか分かったもんじゃねえや」
 口々に悪罵を並べ立てる幹部たち。抗争で天神一家は縄張りの半分以上を失い、奉行所の目が光る今は喧嘩も出来ずに不平不満が溜まっている。その腹いせにか身内でありながら離反した銀次に嫌がらせを続けているのだから、どっちもどっちである。
「お前達の意見は分かった。向うがそのつもりなら、こっちにも考えがあるよ」
 藍は失った縄張りを取り戻すことを父親の墓前に誓っていた。まず標的としたのが黒蛇の銀次だったのだが‥。

 再び黒蛇一家。
「親分、江戸の冒険者ギルドに仕事を頼むんでさぁ。旅人から聞いた話ですが、金次第で荒事を引き受ける腕っ節の強いのがゴロゴロしてるそうですぜ」
 博徒の面子はどうしたと思わなくもない。だが背に腹は変えられないと、最終的には助っ人を頼むことで銀次も腹を決めた。上手くすれば、戦力増強にもなるかもしれない。

 そして江戸の冒険者ギルド。
「‥‥」
 手代の前には二つの依頼書が置かれていた。
 一つは黒蛇の銀次からの用心棒依頼。
 もう一つは、天神の藍からの用心棒依頼である。
 対立する二つのヤクザ者から同時に依頼が来た訳だが、冒険者ギルドは仕事を斡旋するだけで立場的には中立が建前だ。両方の依頼を預かった。
「黒蛇一家と天神一家は、いま賭場の権利のことでもめています」
 手代は依頼の背景を冒険者達に説明する。
 その賭場は、熊五郎親分の時代から黒蛇の銀次が殆ど任されていて、その経緯で現在も黒蛇一家が仕切っている。ところが場所的には天神一家の縄張り内にあるというので、両者は互いに自分の賭場だと言って聞かないらしい。
「それで、どっちの仕事を受ければいいんだ?」
 二枚の依頼書を見せられて、困惑気味に冒険者の1人が尋ねた。
「さあ」
 返事は素っ気無かった。
 ギルドは依頼を預かるだけ。どちらかに肩入れすると言った事は無い。
 さて、どうなるか。

●今回の参加者

 ea1050 岩倉 実篤(37歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1151 御藤 美衣(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea2538 ヴァラス・ロフキシモ(31歳・♂・ファイター・エルフ・ロシア王国)
 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea8837 レナード・グレグスン(30歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea8979 千手 寿王丸(26歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9555 アルティス・エレン(20歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9700 楠木 礼子(40歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9884 紅 閃花(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●黒蛇一家
 宿場町で最も新しいやくざ組織。
 それまで悪事を重ねていた銀次を天神の先代が拾って一人前の博徒に育てた話は宿場では語り草。熊五郎が亡くなった後に起きた抗争で銀次は縄張りを狙う近隣のやくざ組織から宿場を守ろうと先頭に立った。だが古参幹部との対立で天神一家を出る。暫くは追手が逃れて潜伏していたが後に黒蛇一家を立ち上げた。構成員は親分の銀次を入れて6人。宿場での勢力は最弱、そして今は古巣の天神一家の攻撃を受けていた。

「聞いてはいたけど、本当にやりたい放題だね」
 壷振り師の御藤美衣(ea1151)、冒険者の楠木礼子(ea9700)、警護の岩倉実篤(ea1050)が町に着いた時には、もう騒ぎが起きていた。
「親分、天神の賭場荒しだ!」
 三人が銀次に挨拶している所に子分が駆け込んでくる。
 乗り込んできたのは1人の浪人。銀次と冒険者達はすぐ駆けつけたが逃げられる。
「今言っても説得力無いけど、あんな冒険者ばかりじゃないんだからね」
 礼子はバツが悪い。冒険者の印象を良くしたいと願う礼子の望みは初っ端から暗雲がたち込めた。賭場荒しの名は岩峰君影、江戸では知る人ぞ知る冒険者だ。
「過ぎた事はともかく、また襲ってこないとも限らん。俺に対策があるのだがな」
 真剣な顔で言う岩倉。彼の考えた対策については後述するとして、本格的に守りを固める必要があるのは確かだ。
「守りに人も割かなくちゃいけないし、壷はあたいが振ろうか?」
「願ってもねえ話だが‥‥」
 生業を活かした美衣の申し出だったが銀次は躊躇した。
「若くて美人の壷振りがいるって話が流れりゃ、博打場の方も繁昌するよ」
「ううん」
 銀次には十六の御藤が壷を振るのに躊躇いがあった。だが無い袖は振れず、結局彼女の提案を容れた。

 ほどなくして残りの冒険者が宿場に到着。すぐ賭場の防衛は強化されたが、特にエルフのヴァラス・ロフキシモ(ea2538)はやる気満々だった。
「依頼人殿ォ、お望みなら邪魔なやつの一人二人はブチ殺してごらんにいれますからよぉ」
 仕込み杖とヴァラスの目がキランと光る。
「あれも別だから‥‥一緒にしないでよ!」
 礼子はどんどん肩身が狭くなった。もっとも銀次にはヴァラスのような人種は見慣れている。
「お前の気持ちだけ受け取っておくぜ。だが今は抜いちゃいけねえ。この黒蛇の銀次、血は好まねえ。おさめてくんな」
「ククク‥‥分かりましたぜぇ、だけど向うが抜いたらどーしますかねぇ?」
「その時は仕方がねえ」
 やくざ者に限らず、武器を持っていながら殴られるままという選択肢は無い。
 天神と黒蛇は冒険者という戦力を得た。何も起こらない方がおかしいのか。

●黒蛇の銀次
 賭場は毎日立つわけではない。それ以外の日も冒険者達は天神の襲撃を警戒して黒蛇一家に詰めた。
「あの天神の藍とかいう小娘さえ始末すりゃあ、ここで依頼人殿も勢力も大きくできるってもんですよ。ね?ね?」
 ヴァラスは銀次の護衛役を引き受けていた。銀次にしても物騒なこのエルフを野に放つよりはその方が良いと判断したのだ。
「な〜に、誰がやったかなんざわかりゃしませんよ。我々冒険者の中には暗殺が得意なやつらもいますからね〜」
 彼らはやがて言葉通りの状況に直面する。だが今は銀次は首を振った。
「藍の命はとらねえ。俺が先代の娘を殺したら渡世の義理が立たねえ」
 銀次の答えにヴァラスはその場は納得する。銀次は若い割に古風な考えの男らしい。
「拙からも一つ、親分さんにお聞きしてぇんで」
 言ったのは華国出身の渡世人、千手寿王丸(ea8979)。
「なんだ、言ってみねえ」
「聞けば銀次の親分さんは熊五郎親分の身内衆とか。一家を見限るのは構わねぇと思いやすが、土地にへばりついて賭場を抱え込んだそうで。一家を構えようってぇ親分さんのやることにしちゃあ、器が小せぇんじゃねぇですかい?」
 千手の台詞に黒蛇の若い衆の顔色が変わる。
「なるほど、お前の言う通りだ。だが俺も子分を食わしていかなきゃならねえ。今、この宿を離れる訳にはいかねえんだ」
「離れられねえ訳がおありで?」
 黒蛇一家は先の抗争の火種となった隣町の蜥蜴一家を敵と定めている。しかし、天神一家と蜥蜴一家の間では手打ちがなされていて喧嘩のしようがない。銀次は打倒蜥蜴を掲げてこの宿場で力をつけるつもりだった。
「‥‥お前の目的は分かった。ならば選ぶ道も一つ」
 話を聞いた渡世人の氷雨雹刃(ea7901)は銀次に提案をした。
「‥‥戦え。どの道このままでは‥‥誰かに潰されるだけだ‥‥目的達成の為には手段を選ぶな」
 氷雨は己の行動により、半ば強制的に銀次の計画は早回しされる。それも一つの選択。

「どうにも俺には良く分からないのだけど」
 レナード・グレグスン(ea8837)は銀次達の話に首を捻ってばかりだ。イギリス王国の騎士である彼には、任侠もやくざも理解し難いのだろうか。
「んー‥ある意味、最下層の潰し合いなんだけど。どっかで折り合いはつけなきゃね、これぐらいはどこでも日常茶飯事だよ」
 レナードは彼よりはやくざに詳しい美衣から説明を受けたがやはり分からない。
「まあいいや。で、今回は博打場を守ればいいんだっけ? やってくるのが向こうの依頼主の女の子じゃないなら、俺としては異存はないけどね。まさか女の子相手に徹底抗戦もないと思うんだ。だって女の子だよ?」
 彼の価値観は女の子を中心に回っていた。何故こっち側にいるのか不思議である。

●宿場
「はんッ! 後先考えて守りに入る博徒なんて嫌だね」
 皆が守りを固める中で、御堂鼎(ea2454)は公然と逆の行動に出た。
 彼女は単身、天神の賭場に乗り込んだのである。
「熊五の賭場じゃぁ、若い頃随分と愉しませてもらったからねぇ」
 鼎は百両の大金を賭けて天神の冒険者に三本勝負を挑んで引き分けた。勝ちこそしなかったが、賭場荒しの直後だけに恐れ知らずの黒蛇一家だと宿場衆の評判を得る。
 鼎以外にも、賭場を守るのとは別に冒険者達は外で動いていた。
「あの天神一家と来たら、毎日のように嫌がらせをしてくるわ、暴力をふるうわでいつ血の雨が降るかと宿場の町衆は震えていますよ」
 遊女の紅閃花(ea9884)は町奉行所に天神一家の非道を訴えた。
「うんうん、そいつはいかんなぁ」
 話を聞いた見回り同心は閃花の醸し出す色気に目尻をさげた。
「御上のお力で、何とかして頂きたくて‥‥上役の方にお取り成し願えませんか?」
 同心1人に宿場をどうこうする権限が無い事は閃花も百も承知だ。町奉行か、そこまで行かなくても与力を味方につけたい。だが。
「うーむ、しかしな‥‥おおそれながらと届け出れば、喧嘩両成敗の沙汰は間違いない。銀次も無傷ではすまないが承知のことか?」
 喧嘩ご法度の沙汰が出されたばかりの今、温情処置は期待できない。天神側の非が万人に明白ならともかく、ほぼ間違いなく黒蛇一家も同罪となる。おそらく銀次には所払い以上の刑罰が下りるだろう。
「そんな、黒蛇一家は宿場の平和だけを願っているのでございますよ。それが同罪だなんてあんまりじゃありませんか?」
「気持ちは分かるが、こればかりはどうしようも無い」
 同心は聞かなかった事にすると言って、逃げるように去った。
「‥‥ふぅ、奉行所を味方に付けるのは骨が折れそうね」
 奉行所は騒動を起こすなの一点張りだ。また宿場の十手持ちや町役はやくざとのいざこざを恐れてこの一件には只管身を小さくしていた。

 冒険者達は町衆からも銀次の評判を聞いたが、近頃に珍しく折り目の正しい男だと、他のやくざに比べると悪くは無い。
「ここだけの話だが、銀次親分は好きで天神を出たんじゃねえ。幹部衆に追い出されたのよ。それが今度は賭場の事で言い掛かりをつけて虐められるなんざあんまりじゃねえか」
「ふーん、やっぱりねぇ」
 宿場の人間に聞き込みをしたアルティス・エレン(ea9555)は己の予想が当たり微笑した。天神一家の幹部衆は先代に付き従った古株で、若い銀次の事を前から良く思っていなかったらしい。抗争の際、形勢が不利になってから保守的な幹部衆が蜥蜴一家と手打ち話を進めたのを銀次が反対していた話も聞いた。
「それで天神一家は蜥蜴と仲直りしちまったんだから、今でも蜥蜴を仇と狙ってる銀次は面白くないわねぇ」
 探せば火種はあちこちに転がっていそうだ。エレンは忍び笑いを漏らした。彼女はついでに天神の三下の凋落を画策したが、これは天神側のパウル・ウォグリウスに阻止される。

●対立
「だが我輩には通じぬ!」
 天井から落ちてきたタライを筋肉質の巨漢が拳で弾いた。だが‥。
 ゴッ!
「ぬぉっ!?」
 ゴルドワ・バルバリオンは岩倉の仕掛けた二段式たらいトラップに脳天を強打される。ゴルドワがウィザードに稀な体力の持主でなければ無事では済まなかったろう。
「‥‥むむむ、年の瀬まで暴れるのはどうかと思うから我慢しておれば‥‥許せん! この鍋将軍と拳で語り合いたいとは命知らずがおるものよ!」
 ジャイアントは怒り狂った。
「はいはい、そんなにきゃんきゃん吠えなくてもいいわよ。私が相手してあげるから」
 礼子が素手で巨漢の前に立つ。彼女は武器を銀次に預けていた。
「それが客にタライを落として言う台詞か!」
 さもありなん。賭場に入った途端に罠があればゴルドワでなくても怒る。
「ごめんねぇ、だってあなた、見るからに天神の送り込んだ闇の殺し屋って顔だしさ」
 礼子は相手を怒らせるのが目的だったが、生憎とこの巨漢は武器を持たなかった。
 美衣とレナードが客を避難させ、礼子と岩倉が二人がかりで暴れるゴルドワを止める。岩倉がゴルドワに武器を握らせて奉行所に突き出すことを提案したが、銀次はそれを止めた。騒ぎの後、壁にもたれかかって様子を眺めていた千手は、奥の部屋で銀次に言った。
「一つ考えがありやす。天神の手勢が騒ぎ出したら、拙に大勝負を張らせちゃあくれやせんか」
 千手は手に握った二つの賽を銀次に見せた。
「そんな物は早くしまいな。いっぱしの博打打ちなら、その程度のカラクリはすぐ見抜くぜ」
 イカサマ賽。露見すれば旦那衆に黒蛇の賭場はいかさまだと触れ回る事になる。身一つの渡世人と違い、地回りの銀次には致命的な打撃だ。
「天神以外の親分とは仲良くしてるの?」
 部屋から出てきた銀次に美衣が声をかけた。ちなみにこの時の美衣は片膝を立てて半裸にサラシ巻きの、所謂壷振りのスタイルである。
「‥‥まあな」
 銀次は言葉少なだった。黒蛇一家は天神以外の地生えの組織と組んで、宿場に入り込んだ蜥蜴一家を叩き出したいと思っているが、現状は上手く行っていない。何しろ喧嘩をすれば御上に潰されかねない状況だから、心情的には銀次に好意的でも静観する所が殆どだ。
「ま、誰も自分から危ない橋は渡りたくないよね」
 美衣は含む所があったが口には出さなかった。
「喧嘩しなきゃ話が出来ない、わけでもないでしょ。‥‥あるのかなひょっとすると
 レナードはまだ戸惑っている。

「じゃあ、ちょいと行って参りやす」
 黒蛇の若い衆が他の組織への使いを銀次に頼まれて外に出た。
「待って。物騒だから私も一緒にいくわ」
 礼子が護衛についていく。提灯に火をいれた若い衆の視線に気づいて礼子は言った。
「あ、別に貴方達の仕事を横取りしようってつもりはないから」
「そんな風には思っちゃいません。親分に手を貸して頂いてありがてぇと思ってやす。あっしらが不甲斐ねぇばっかりに」
 どうやら涙もろい男らしい。礼子は苦笑いを浮かべた。
 通りを出た所で、風を切る音が聞こえた。
「‥‥っ」
 声をあげる暇もなく、鳩尾に見えない打撃を受けて礼子の体が沈む。
「姐さん!」
(「はや‥‥にげて‥‥」)
 礼子の言葉は声にならず、意識に幕が下りた。
「待ちなさい!」
 礼子が目を覚ました時には気絶した若い衆を黒頭巾の小男が背負おうとしていた。彼女は腰を探って武器が無い事を思い出して舌打ちするが、構わず小男にかかっていく。
「‥‥」
 無言の襲撃者は礼子の両の手刀に呻き声を漏らすが、右手の十手が彼女の急所を狙った。
 気絶させられた礼子は騒ぎに気づいた仲間達に助けられるが、若い衆は連れ去られた後だった。翌朝、若い衆は半裸の姿で松の木に吊るされているのを旅人に発見される。
「暗くて‥‥何がなんだか‥‥親分、すまねえ‥‥」
 若い衆は発見が早かったので命は助かったが熱を出して寝込んだ。
 その翌日には今度は天神一家の壷振りが路地裏で死体となって発見された。

 わずか数日で、黒蛇と天神は共に抜き差しならない所まで押し上げられる。