ぶれいくびーと 黒蛇の弐
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 48 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月20日〜01月25日
リプレイ公開日:2005年02月07日
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●オープニング
「源六兄ぃ、俺に力を貸してくれ」
黒蛇の銀次が兄弟分の「野火の源六」を訪れたのは少しでも味方が欲しかったからだ。
恐れていた天神一家と喧嘩が始まり、銀次と5人の子分達の命は風前の灯火と化した。
「力を貸せって‥‥銀次よ、俺もこんなことは言いたくねえがな、この喧嘩はあまりにも分が悪いぜ」
野火の源六は銀次と同じく、熊五郎親分の生前は天神一家にいた。顔の作りは優しいが頬に黒痣があり、しゃがれ声で喋るので年より老けて見えた。実際の年齢は銀次と5つしか違わない。
「勝ち目なんかねえ、それでもやるのかい?」
「もう覚悟は決めやした」
銀次の必死の説得により、源六は黒蛇一家と同盟関係を結んだ。無論、それが天神一家を刺激したのは言うまでもない。それまで銀次は天神一家と全面対決する意思は示していなかったが、抜き差しならない状況下でギリギリの選択となった。
「あの外道が、調子に乗りよがって!」
闇討ちにより、何者かに壷振りを殺されている天神一家の方では下手人を黒蛇一家と決め付けていたから、この知らせには腸が煮えくり返るほどだった。
「銀次も源六も皆殺しにしてやらあ!!」
若い衆は今にも激発しそうな勢いだったが、天神の藍と先代からの幹部達はこれをひとまず抑えた。
「いま出たら、奴らの思い通りだよ。奉行所にこの天神一家を潰す口実を与えることになるからね」
賭場の時とは、正反対の立場となった訳である。黒蛇一家を踏み潰すのは難しい事ではなかったが、失う物の少ない彼らと違い、天神には勝っても得るものは無い。逆に奉行所の攻撃を受けて一家を潰しかねない。
「捨て鉢の連中だ、下手な挑発に乗るんじゃないよ」
「いいか、親分のお言葉だ。宿場で黒蛇の若い衆を見つけても刃物は抜くんじゃねえぞ」
「へ、へえ‥‥」
天神一家は直接出入りはせず、ひたすら黒蛇と野火に圧力を強めた。これには、先の抗争を最終的に終結させた保守派の幹部衆の力が大きく働いた。五人衆と呼ばれる古株で、敵対していた隣町の蜥蜴一家とも手打ちを成立させて宿場を守った功労者だ。若い藍を補佐して構成員三十人強の天神一家を実質切り盛りしているのは彼らである。藍とはよく意見が衝突したが、今回ばかりは一致した。
ちなみに、この宿場には彼ら以外にもやくざ者がいる。
隣町の蜥蜴一家の息のかかった赤鬼青鬼と呼ばれる者達がそれで、蜥蜴の子分だった冶衛門と元天神一家の幹部で今は蜥蜴の下についた長佐という博徒だ。彼らは今回の争いに静観の構えだった。
「天神の内々のことでしょうから、あっしらには関わりのねえことで」
彼らにしても奉行所に目を付けられたくは無いし、あわよくば疲弊してくれればいいぐらいの事は思っている。また蜥蜴一家と天神一家の間には手打ちがなっているので、ここで下手に横槍を入れて外聞を悪くしたくはなかった。
そんな緊張が続く宿場から、再び二つの用心棒依頼が江戸の冒険者ギルドに届く。
「どちらでも好きな方をお取り下さい」
「何故二つとも受けるのだ、見入りの良い方だけにすればよかろう?」
冒険者は二つの依頼書を見せられて困惑するが、ギルドの手代は馬耳東風。あくまで中立の立場を崩さないつもりだろうか。
さて、どうする。
●リプレイ本文
●いき過ぎる黄昏
「正直、先走りがやっちまったに違いないよ、これは。綺麗に鏡合せじゃないか。案外今ごろ、目ん玉ひん剥いてるんじゃないかな。だとすれば同情する」
冒険者の誰かが、壷振り殺しの件を聞いてそんな事を言った。
抗争前夜の生贄と思う人もいるだろう。起きてしまった事に意味を考えるのは人の自由である。少なくとも当事者はそれ所ではない。
「打倒蜥蜴という事だが、蜥蜴を潰しさえすれば一家解散なのか? それとも蜥蜴を潰して天神とは和解か、蜥蜴も天神も潰して仕切るのか?」
警護の岩倉実篤(ea1050)は、改めて銀次に詰め寄った。天神一家から死者が出て、黒蛇一家の命運は窮まっている。くだくだしく言えば愚痴だが、問わずにおれない。
「蜥蜴一家を倒したら、宿場は元の鞘に戻るのが一番だ。吹けば飛ぶ俺が、偉そうに言う事じゃねえが」
黒蛇一家はまだどこからも襲撃された訳では無いが、既に瀕死だった。黒蛇を明確に敵と見た天神一家の圧力で、黒蛇の収入源である賭場は閑古鳥が鳴いている。同盟関係の野火の源六も経済的に豊かとは言えない。天神はじりじりと日干しにするだけで、黒蛇を干物にする事が出来た。
「‥‥まったく、此方には何の覚えも無い事で随分な仕打ちだな。これが天神のやり方か、だが‥‥外の評判もある。何とか黙らせたい‥‥」
壁によりかかって思案していた渡世人の氷雨雹刃(ea7901)は銀次に天神一家に行くよう勧めた。
「‥‥身の潔白を示すついでに、言いたい事を全て‥ぶち撒けてやれ。周りがまるで見えてない小娘と‥‥惚けた古狸どもにな」
雹刃はこの提案を予め考えて話していたのか、岩倉と殺し屋のヴァラス・ロフキシモ(ea2538)がすぐ賛成し、銀次が行くなら二人が護衛についていくと言い出す。
「うちはこのまま天神と切った張ったするような、つまんねぇ展開は嫌だねぇ」
話を黙って聞いていた用心棒の御堂鼎(ea2454)が口を挟む。
「だって、漁夫の利ってやつを、蜥蜴の所に持ってかれてお終いなのが目に見えてるのが癪だよ。天神となんかよりも、蜥蜴とやりたいってのが本音だろう?」
鼎は思ったことは曲げずに口に出す。
「差し出がましい事を言うようだけど、私も同意見だわ」
そう言ったのは浪人の楠木礼子(ea9700)。
「流されるままに進んでいくのだったら、今回生き残れたとしても最後には自滅するしかないでしょう?」
「そう思ってても、流されちゃうもんよ、案外ね」
壷振り師の御藤美衣(ea1151)は聞こえないくらいの小声で呟いた。物事は揺れる。賢い人間が、脊髄反射かと疑われるような暴挙を起こす。正義と悪は均一ではない。蜥蜴一家の縄張りの人々にして見れば、銀次は悪でしか無いかもしれない。
「‥‥」
冒険者達は口々に己の意見を銀次に話した。黒蛇一家は小さい分、遠慮する所がない。滞在中の食事代も出ない貧乏所帯だが、そこは美点だろうか。
「親分さんには天神と本気でやりあう気が見あたりやせん」
でしゃばりと承知しつつ、渡世人の千手寿王丸(ea8979)も口を開いた。
「正直に言っておくんなはい。前回の一件、親分さんの性根を見させていただきやした。恩を徒で返す人柄じゃござんせん。親分さんは天神を潰す気はねぇ。それなら親分さんの意志で天神と一太刀でも交えるべきじゃねぇ。今回は凌いでいただきてぇ」
銀次は千手をちらりと見た。その目に怯えや動揺が無いのは千手が見た銀次の器か。だが、器で喧嘩が勝てる訳では無い。この船は今にも沈みかけている。それも仇と狙う蜥蜴一家の手でなく、古巣の天神一家の経済制裁によって。
「依頼人殿ォ、天神のとこ行くんですよねぇ? 行かなきゃ、死んじまいますぜぇ」
ヴァラスは嬉しそうに言った。
銀次は己の雇った冒険者達を見た。
●赤鬼青鬼
赤鬼の冶衛門と青鬼の長佐は、それぞれ子分を7、8人抱えていた。縄張りは隣接して共にいる事が多いから、赤鬼青鬼と呼ばれる。鬼の二つ名は二人が抗争でどれだけ宿場に恨みの火を増やしたかを語っているが、蜥蜴一家と天神一家の間に手打ちが成立すると、角を引っ込めて落ち着いた。
「誰だお前?」
冶衛門の屋敷を見張った遊女のアルティス・エレン(ea9555)は発見されても悪びれず、手下に縋るような目を向ける。赤鬼の前に連れてこられたアルティスは、笑みをこぼした。赤ら顔でやせ細った風体の冶衛門は、一見して半病人のようだ。
「黒蛇の雇った冒険者だそうだが、俺に何の用でぇ?」
名乗った訳ではないが面は割れていた。赤髪碧眼の異人は宿場では目立つ。
「ねぇ、あたしをあんた等の仲間にしておくれよ。古株に恩売って天神の娘やっちゃって奪うんでしょ? 面白そうじゃん」
臆面もなく言った。冶衛門は咳をして、力なく笑う。
「こえぇ話だぜ、来る所を間違えたな」
「あたしのこと疑ってるの? なんなら、あたしで遊んでもいいからさ。その辺のオバさん達よりかは楽しめると思うよ?」
さて警戒しているのかと言うなら、しているだろう。アルティスは知らないが、御藤美衣が彼女より先に訪れて今回の抗争に参加しないでくれと頼んでいる。今の黒蛇一家は奇奇怪怪だ。抗争の件を抜きにしても、関わりになるのは慎重になる。
「出直してきな」
「‥‥俺を守る、と言いやがったか?」
青鬼の長佐はジャイアントを思わせる巨漢だった。抗争が起こる前は天神一家の幹部衆だった男だが、今は冶衛門の兄弟分として、蜥蜴一家の影響下だ。
「そう。天神のトコの壷振りが殺されたのは知ってると思うけど、次に誰が殺されるかわからないからね。実際の下手人は知らないけど、あたい達としては『黒蛇一家の仕業』ってされるのが困るのよ。だから、勝手に護衛させてもらうわ」
美衣の口上を聞いて、長佐は不思議な生物を見るような目で彼女を見下ろす。黒蛇一家が蜥蜴を嫌っているのは宿場で知らぬ者のいない事実だ。言わばその敵側の人間を守ると、美衣は言う。
「はっ、銀次もおかしなのを飼ってやがる。面白かねえけどな」
長佐は壁にかけてあった長巻を掴んで美衣に突きつけた。喧嘩御法度の現在、ここまで簡単に刃物を持ち出すのは稀有なことだ。
「企むにしたって、もすこしマシな話があるだろうぜ」
「見返りは要らない。今まで通り動かないでいてくれれば、それで良いよ」
追い出されて、美衣は諦めず勝手に遠くから見守った。傍目には付け狙うようにも映ったが。
●人の噂
「おい知ってるか? 天神の壺振りを殺したのは蜥蜴の者らしいぜ。黒蛇の者がやったように見せかけて天神と黒蛇を争わせ共倒れにして後釜に座る気らしい」
旅人風の男がそう話しかけてきたのを、遊女の紅閃花(ea9884)はくすりと笑った、
「岩倉さん、私ですよ」
「え、ああ?」
変装していた岩倉実篤は妙な声をあげた。
「脅かすな。冷や汗をかいたぞ」
目の前にいるのが人遁の術で別人になった閃花と知って、岩倉は息を吐いた。
「驚いたのはこっちですよ。これは私の専門なんですから‥‥」
閃花は次々と姿を変えながら、宿場に色々と噂を流していた。
「なに、噂程度で動くかは分からないが蜥蜴を誘き出せたらと思ってな」
「危険ですね」
岩倉の変装は閃花から見ればバレバレのレベルだ。続ければ、黒蛇の冒険者とすぐ露見するだろう。それで騒動は起こるかもしれないが、彼女としては都合が良くない。
「私が代わりに混ぜておきますから、岩倉さんは警護に専念してください」
「餅は餅屋か‥‥分かった」
閃花の働きは、目に見えない刃。元々、宿場の人々は天神と黒蛇の抗争に高い関心を持っていたから、火に油を注ぐような効果があった。
「黒蛇の親分さんはいらっしゃいますか」
銀次の元に味方したいと旅人や渡世人が何人か押しかけてきた。
●談判
岩倉、ヴァラスを供に銀次は天神一家に行った。
(「高見の見物と洒落こもうかね」)
鼎は前と同じように天神の賭場で遊び、銀次が来たと知って慌しくなる空気を傍観した。
幹部達が来る前に、殺気だって遠巻きにする若衆に近づいて、ヴァラスが挑発の言葉を吐く。返礼は痛烈だった。
「貴様」
「あん?」
力士のゴルドワ・バルバリオンがヴァラスの襟を掴み、エルフの体を軽々と投げ飛ばした。柱に叩きつけられてヴァラスは呻く。
「喧嘩を売りに来たなら、買ってやろう! 此度は手加減は期待するな!」
「ヒヒヒアバァアアアハハハハッ、やったな、やりやがったな〜〜っ!? もうこうなったら全面対決だよなぁーっ? 抗争だよ〜〜〜〜っ!」
唾を吐いて立ち上がるヴァラス。楠木や千手がこの場に居ればエルフを黙らせたかもしれない。一触即発。
「騒がしいね」
今にも大乱闘かという時に、幹部と供の冒険者を連れて藍が現れた。
「親分、あの野郎が‥‥っ」
「馬鹿野郎! 親分の前でおたつくんじゃねえ。天神の看板に泥塗る気か」
五人衆の言葉に、場の温度が冷えてくる。銀次を見据えて言った。
「銀次、てめぇ、よく天神の敷居を跨げたもんだな。冒険者を道連れにして粋がってるようだが、詫びを入れるなら少し遅いんじゃねえか?」
「俺は詫びを言いに来たんじゃねえ。天神の看板に泥を塗ったのは一体どっちだ」
「なんだと?」
「弥太と八郎を忘れたのか。そいつは先代の顔に泥を塗ることにはならねえのか」
「おめえ、まだそんなことを言ってやがるのか」
弥太と八郎とは藍の兄達で、先の抗争で蜥蜴一家の雇った殺し屋にやられた。本来なら行く所まで行った筈だが、五人衆が本領を発揮したのはこの時で、様々な和平策を出して蜥蜴一家と手打ちを成立させた。
「俺は蜥蜴を生かしちゃおけねえ。そいつが気に入らねえって言うなら、いつでも受けて立つぜ」
「話が逸れてるぜ。天神の壷振りを殺した件は棚上げか? まずその下手人を差し出すのが先だろう」
言ったのはパウル・ウォグリウス。答えたのは岩倉。
「まるで黒蛇がやったような口ぶりだが、蜥蜴の仕業とは考えぬのか? 天神と黒蛇を共倒れさせようとした策略、それを見抜けぬとは天神も大したことがない」
ヴァラスはパウルの耳を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「てめーハーフエルフだな? 薄汚い半端野郎が、目障りなんだよー!」
傍から見物している鼎は、護衛の人選が間違っているのじゃないかと思った。銀次も天神を潰すとは云っていないが全く引かない。どう見ても喧嘩は必至だ。
「しょうがないねぇ。天神はお侍抱え込んでるって言うし、蜥蜴は影からこそこそと、うちは貧乏籤もいいとこさ」
そのあと天神の冒険者が割って入って愉快な話になったが、結論は鼎の望みとは正反対の所に行った。
場所と日を改めて、黒蛇・野火連合と天神一家は決着を付ける事となった。戻ってきた銀次から宿場から離れた荒地で天神一家と決闘すると聞いて、留守を守っていた冒険者達は言葉が無かった。「やるからには仕方ないけど、手を打たないとね」
礼子は決闘の前に檄文を回すよう銀次に言う。生き残ろうと思ったら、天神一家への揺さ振りは必須だ。
「多分あなたの趣味では無いと思うけど、耳ざわりの良い言葉を使って人を集め、まとめるのは、組織の長として必要なことよ。天神藍を討つのではなく、君側の奸を討つ、ってわけね。もちろん、これはただのお題目だけど」
その日までに、やらなくてはいけない事は多い。それが黒蛇一家の命日となっても、なんら不思議な所ではない。
つづく。