●リプレイ本文
●先手必勝
「‥‥」
藪に六尺の巨躯を沈めて氷雨雹刃(ea7901)は獲物が通るのを待った。この道を通らねばそれまでの失敗、或いは先に気づかれても失敗。沈黙は不安を募らせたが、彼は待った。
(「もし‥‥」)
目だけ動かして隣の藪を見る。そこにも一人隠れている。彼らの相手が獣並みに注意ぶかければ一目瞭然だろう。それほどの相手では無い筈である。
「!」
雹刃は雑念を振り払い、集中する。近づく馬の足音、それに人の息遣いを聴く為に。
「ムヒヒッヒハーっ!」
奇声を発してヴァラス・ロフキシモ(ea2538)は斬りかかった。
息を殺してこの時を待ったヴァラスは、現れた二人のうち、雹刃の春花の術で眠らなかったゴルドワ・バルバリオンに横合いから奇襲をはかる。
ヴァラスはゴルドワの腕を掻い潜って両手の得物で巨漢の肉を切り裂いた。
「てめぇはオマケだぁ。さっさと眠っちまいな〜」
台詞ほど舞い上がってはいなかったが、離れ際に頭を抑えられる。刹那の間でエルフの体は半回転し、地面に激突した。
(「やべ、やべぇ‥‥」)
技巧派のヴァラスにはこの一撃が恐い。七割方、負ける相手では無いがもしもは存在する。無理をする所ではない。
「ムキキ、任せたぜ」
後ろから近づいていた雹刃は無言で巨人の急所に峰を返した小太刀を叩き込んだ。
「網にかかったのは、二人だけか‥‥」
三人は仕留める計画だったが、予想通りにはいかないものだ。
「で、どーすんだ? 小娘はいいが、デカブツを運ぶのは骨だぜ」
雹刃の予定にゴルドワは入っていなかった。同行者までは選べない。待ち伏せに思ったより時間を過ごして彼らにも余裕は無い。自分達まで決闘に遅参しては本末転倒だ。
「縛って捨てていく。‥‥それで足りる」
雹刃達には馬があるが、徒歩の二人には数時間の遅れも命取りになるだろう。
街道で奇襲作戦が行われた頃、宿場に着いた冒険者達は忙しく行動していた。何と言っても黒蛇・野火連合の不利は否めない。喧嘩は数だけでないと良く言うが、不安は歴然とある。
渡世人の千手寿王丸(ea8979)は野火の源六のもとを訪れる。
「親分さんに、お願いしてぇことがありやす。どうか、天神の親分さんには、手を出さねぇでいただきてぇ」
「そいつはどういう訳でぇ?」
「つまらねぇ意地の張り合いは、当人同士でたくさんでござんしょう」
と千手が言うと、源六は声を殺して笑った。
「相手を選ばしてくれりゃいいがな。ま、勢い込んで藍をとろうって気はねえよ」
源六は銀次を立てて、それに合わせて動く考えでいた。と言っても負ける訳にはいかないから、実際の戦いでどう動くかはその時になってみないと分からない。
「戦いで汚くても効果的な策を使うのは当然と思う。でも、狙って残酷な行動を‥‥例えば降参した者を始末してしまったり、故意に止めを刺そうとしたら、ここで勝てても貴方の評判が地に落ち、結局破滅する。戦う前に次のことを宣言してはどうかしら?」
楠木礼子(ea9700)は決闘前の紳士協定の宣言を銀次に提案した。無論、この時点で彼女は奇襲作戦が実行されている事を知らない。それを知って礼子は口から火を吐くほど怒るのだが、後の話だ。
「言うほどの事じゃねえ」
銀次はわざわざ宣言するまでもないと言った。今回は同じ釜の飯を食った者同士の戦いであり、不文律は存在する。それに銀次は相手を貶める行為を嫌っている節があった。
(「固いなぁ‥‥でもそんなんじゃ勝てないわよ?」)
礼子と銀次のやり取りを聞いた紅閃花(ea9884)は微笑する。既に彼女は此処に来る前に変装して、宿場に天神の中傷ビラをばら撒いていた。
(「どうなるか楽しみね‥‥」)
これは余談だが、両陣営の冒険者の違いの一つは黒蛇に紅と氷雨という二人の忍者がいた事かもしれない。表には出ないが、この二人は要所で登場している。
「油がない?」
騎士のルミリア・ザナックス(ea5298)は銀次と源六の手下達に火攻めの戦法を伝授しようとした。最初はどぶろくを試したが、燃えない。ならば油をとなったが、大量の油を小さな宿場では調達できない。それより何より、卑怯な作戦だと当の手下達が嫌がった。
「街中の喧嘩であればそうだろう。だがこれは決闘、云わば戦だ。火攻めは立派な戦術である」
と異国の騎士は力説する。だが賛同者は集まらない。匕首でブスっといく覚悟はある男達が火攻めは忌避した。
「バカな、ウィザードのファイヤーボムが卑怯でないなら油攻めの何処が卑怯か!」
女騎士は憤慨した。このルミリアが、戦局を大きく変えるのである。
「なんだかんだ言いつつ、最後はこういう方法でしか決着つけられないのかねぇ?」
壷振り師の御藤美衣(ea1151)は周りが殺気だつのに寂しげに呟いた。それを聞いた通訳のレナード・グレグスン(ea8837)は自嘲気味に口元を歪ませる。
「しまらないよねぇ。ぶつかるべくしてぶつかったって感じじゃないもの‥‥何ていうのかな、こう動かされたって感じがね」
気に入らない。依頼を受けたからには口にしないが、大なり小なり同じ気持ちは誰の胸にもある。例え世の中が気に入らない事だらけだとしても、それに抗うのが彼らの生き方では無かったか。
「決闘には行くけどね。行かない訳にもいかないしね‥‥」
レナードは刺激しない程度に奉行所の動きを探っていた。すぐ動く事は無さそうだが、黒蛇も天神も決闘後に只で済む筈が無い。それでも止まらない。
「だけどこれって意味のあることなの?」
どこから歯止めがきかなくなった? ‥‥死人が出た時か、それとも。
「これじゃ、まるであたいたち‥‥」
そして黒蛇一家と冒険者達は決闘の荒地に向った。
●荒地の決闘
「相手の方が人数は多いんだ。正面から馬鹿正直に戦ったらじり貧さ。この蟒蛇の鼎を信じて決闘でのあんたらの命預けてもらえるかい?」
御堂鼎(ea2454)には作戦があった。しかし、余程優秀な指揮官がいるか兵隊が訓練慣れしていなければ綿密な集団戦闘は出来ないものだ。鼎の作戦は一塊になって当たって砕けろのレベルで皆に伝わる。
「しょうがないねえ。こりゃアンタの術が頼りかねぇ」
鼎は氷雨を見た。
「‥‥」
この忍者はまんまと決闘に間に合った。敵陣を見ても冒険者の数が二人足りない。だが、こちら側も二人来ていない。
「閃花とアルティスは?」
「まさか連中も同じ手を‥‥」
今更詮索は無用だ。荒地の反対側に天神一家が現れ、冒険者達は武器を手にした。
「おいおいおいおい、大将は後ろで引きこもったままかァ〜? ムキキキキ、蜥蜴一家に尻尾振るだけあってまったく腰抜けよのォー」
「手向かいする者には容赦はせぬ、戦う気の無い者は去れ、追撃はせぬ!」
ヴァラスの野次やルミリアの宣言、そして多くのかけ声と共に決闘は始まった。
まず月代憐慈の雷撃が動かぬ黒蛇の陣を叩いた。そして天神一家が一気に襲い掛かる。敵は人数が多く、味方は固まっているから自然と押し包むような格好になる。このまま一飲みで決まるのか。
「‥‥調子に乗るな」
雹刃は右側から迫った一団に術を放った。睡眠を誘う香りに5、6人のヤクザがバタバタと倒れる。
「いまだよ!」
天神の左翼が崩れたのを見て鼎が号令をかける。だがタイミングが合わない。その時には互いの正面が激突し、しかも黒蛇側が押されている。天神側はパウル・ウォグリウスが先陣を切り、二丁十手で此方の手勢を気絶させている。
「させないわ、凄腕の剣士でも囲めば‥‥っ」
側面から短弓で援護していた礼子は正面が動かないのを見て弓を捨て、刀を掴む。近くの黒蛇の子分達と正面の救援に向う。
「ここで行かなくてどうするんだい! 怯まず押し返すんだ! 前からぶち破るよ!!」
中央で鼎の檄が飛ぶ。押されるように味方の前衛が敵の列を突き抜ける。
しかし、半数以上は残ったままだ。先陣を切る冒険者が足りない。仲間と戦う躊躇がこの場面で出たのだろうか。
戦いは序盤から乱戦の様相を呈した。
「もう始まってるじゃん!」
アルティス・エレン(ea9555)は荒地の喧騒に、しまったという顔をした。江戸で買物をして、それを荷車に引いてきたエレンは決闘の時刻に僅かに間に合わなかった。
しかし、戦場を眺める遊女の顔に笑みが浮かぶ。
「これって絶好のタイミングかもしれないよ。あたしってついてる?」
荷車を引くヤクザ者に合図する。彼女が運んできた荷は乱戦であるほど効果は大きい。
「‥‥うそっ?」
エレンの企みを阻止したのは弓。長距離から放たれた三本の矢が彼女の身体に突き立つ。
「ちょっと待った‥‥降参。あんた達と違って、あたしはデリケートなんだよ?」
射手はクリス・ウェルロッド。フェミニストの彼の事だからすぐ側で降参すれば聞き届けたかもしれない。だが距離があった。次弾が来て、彼女は荷車を背にして身を隠す。悔しげな表情を浮かべ、息をつく。手は血塗れ、重傷だ。
「‥‥馬鹿馬鹿しいったら」
再び乱戦に目を移す。鼎は全体指示を諦め、少数の手勢と敵の一角を崩そうと必死だ。鬼のように強い。軽装で長巻を自在に振るい、一撃毎にヤクザ達を沈めていく。
「‥‥」
氷雨はミハイル・ベルベインの縄ひょうに苦戦し、一度離れてポーションを飲む。長丁場と考えている。最終的に少しだけ優位であれば良かった。
(「アルティスは失敗したか‥‥おそらく閃花は来ないな」)
戦局は拮抗していた。味方の攻め手は鼎、それに礼子と美衣の女浪人三人。あとは銀次の守りばかりだが、銀次は自分で戦えるので、藍を前に出せない天神側との間に数の不利が消滅している。
「知り合いを斬らずに済むのは楽だけどね」
守りの堅い天神の本陣を一瞥して美衣は呟く。その彼女を離れた場所から狙う者がいた。
「危ないっ!」
叫んだのは礼子。美衣から五間の距離で右手を隠して構えていた緋邑嵐天丸が振り向く。
「‥‥その構え、見覚えがあるわ。私がお相手しましょう」
礼子に言われて美衣は安堵して下がった。それが命取りになる。緋邑の拳から衝撃波が飛び、彼女を昏倒させる。だが緋邑も大きな隙を作った。
「取った!」
礼子の日本刀が二度、緋邑を切り裂く。重傷は間違い無いが、緋邑の右手がすっと消えた。礼子の急所にナックルが突き刺さる。寸での所で礼子は意識を保てた。
「頃合でござんしょう。もう十分でやすよ」
千手は何度目かの天神の攻撃を退けたあと、銀次に進言した。
「ああ、終りにするぜ」
銀次と護衛の冒険者4人、それに野火の源六の6人が藍と幹部衆を守る天神の本陣に突撃した。
「親分を守れ! 黒蛇の外道に親分を近づけちゃならねえぜ」
天神の子分、幹部が藍を守ろうと殺到する。戦いのバランスが大きく傾いた。
「お嬢さんの為にか‥‥うん、やっぱり守ってあげなきゃいけないと思うよ」
突入に加わるレナードは相手に共感した。レナードは藍達が逃げられるように考えた。
まもなく勝敗は決した。
天神の親分が退いた事で天神一家の面々も散り散りに逃走する。銀次もそれを無理に追わず、勝ち鬨をあげた。
決闘は黒蛇・野火連合の勝利で幕を閉じる。
●始末
勝因・敗因は複雑だが、特筆すべき事が一つある。それは決闘で数の不利、序盤の苦戦がありながらしぶとく戦いぬいた連合の子分達だ。その陰にはルミリアが供与した75本ものポーションの存在がある。だから勝てたとは思わない。ただ、なりふり構わぬ姿勢で臨んだ冒険者の想いは小さくは無かった。
戦いに勝利した事で宿場は一時的に黒蛇・野火連合の天下となった。
しかし、喧嘩ご法度を破った彼らへの奉行所の報復は恐ろしいものになるだろう。
また、抗争の間、静かに時を見守っていた蜥蜴一家の存在も忘れてはならない。
ひとまず終演