ぶれいくびーと 天神の壱
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:0 G 78 C
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月29日〜01月03日
リプレイ公開日:2005年01月08日
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●オープニング
これは博徒の話である。
博徒・ヤクザと言えばお天道様の下は歩けない日陰者、ロクでもない連中のロクでもない話に違いない。
真っ当な道を歩く冒険者諸賢には縁の無い話だ、今直ぐこの依頼書のことは忘れて他の依頼を探すことを薦める。世界を救う大活躍は勿論、誰に感謝されることも期待出来ないから。
「親分! 昨日もまた天神のボンクラが賭場で因縁つけてきやがったんですぜ。あいつら、俺達が手を出せない事を良い事にやりたい放題なんでさ」
子分の1人が悔しそうに言うのを、黒蛇の銀次は厳しい顔で聞いていた。
「‥‥馬鹿野郎、先に手を出したら奴らの思う壺だぜ。それぐらい我慢しろい」
銀次は年は若いが、この宿場町で今売り出し中の博徒の親分である。少年の頃からみっちり修行を積んだ筋金入りの博徒で、勢力はまだ小さいが長老達からも一目を置かれている。
「へぇ、ですが若い奴らはもう限界です。実はあっしに考えがあるんですが‥‥」
少し前、江戸から歩いて2日程にある小さな宿場町で地回りの親分が亡くなった。
名は天神の熊五郎。若い頃から世間に迷惑をかけ、一部には慕われていた‥‥何処にでもいるヤクザ者であった。
曲りなりにも親分と呼ばれていた人物だから、死後には縄張りが残った。しかし、後継者と目されていた幹部がひょんな事から親分の後を追うように落命し、あとはお定まりの縄張り争いが起こる。
流れ者の侠客や対抗勢力、ご意見番の隠居まで飛び出して、宿場町は荒れに荒れた。この時、天神の若衆だった銀次は外部の勢力に好きなようにされる天神一家を見限り、独立して一家を構えている。
最終的に町奉行所が乗り出して、血で血を洗った抗争が終了したのがつい先日だ。
天神一家の賭場。不思議なことに帳場に座るのはまだ少女と云って差し支えない娘だった。
「姐さん、銀次のことでお話が‥‥」
むさ苦しいヤクザ者が帳場の少女に耳打ちする。
「銀次が? ‥‥ちょいとここを頼んだよ」
少女は帳場を若い者に任せて席を立った。この少女が現在の天神一家を預かる天神の藍。父親亡き後、上の兄たちが抗争で次々と鬼籍に入り、今は15歳の彼女が一家をまとめていた。子分と一緒に別室に移ると、数人の幹部達が既に顔を揃えていた。
「藍親分、黒蛇の外道が江戸の冒険者を用心棒に雇うって話ですぜ」
「あの野郎、自分で喧嘩が出来ねぇもんだから、汚い真似をしやがるぜ」
「冒険者って言ったら、仁義も知らねぇで金で仕事を請け負う屑野郎どもだ。そんなのを町に入れたら、どうなるか分かったもんじゃねえや」
口々に悪罵を並べ立てる幹部たち。抗争で天神一家は縄張りの半分以上を失い、奉行所の目が光る今は喧嘩も出来ずに不平不満が溜まっている。その腹いせにか身内でありながら離反した銀次に嫌がらせを続けているのだから、どっちもどっちである。
「お前達の意見は分かった。向うがそのつもりなら、こっちにも考えがあるよ」
藍は失った縄張りを取り戻すことを父親の墓前に誓っていた。まず標的としたのが黒蛇の銀次だったのだが‥。
再び黒蛇一家。
「親分、江戸の冒険者ギルドに仕事を頼むんでさぁ。旅人から聞いた話ですが、金次第で荒事を引き受ける腕っ節の強いのがゴロゴロしてるそうですぜ」
博徒の面子はどうしたと思わなくもない。だが背に腹は変えられないと、最終的には助っ人を頼むことで銀次も腹を決めた。上手くすれば、戦力増強にもなるかもしれない。
そして江戸の冒険者ギルド。
「‥‥」
手代の前には二つの依頼書が置かれていた。
一つは黒蛇の銀次からの用心棒依頼。
もう一つは、天神の藍からの用心棒依頼である。
対立する二つのヤクザ者から同時に依頼が来た訳だが、冒険者ギルドは仕事を斡旋するだけで立場的には中立が建前だ。両方の依頼を預かった。
「黒蛇一家と天神一家は、いま賭場の権利のことでもめています」
手代は依頼の背景を冒険者達に説明する。
その賭場は、熊五郎親分の時代から黒蛇の銀次が殆ど任されていて、その経緯で現在も黒蛇一家が仕切っている。ところが場所的には天神一家の縄張り内にあるというので、両者は互いに自分の賭場だと言って聞かないらしい。
「それで、どっちの仕事を受ければいいんだ?」
二枚の依頼書を見せられて、困惑気味に冒険者の1人が尋ねた。
「さあ」
返事は素っ気無かった。
ギルドは依頼を預かるだけ。どちらかに肩入れすると言った事は無い。
さて、どうなるか。
●リプレイ本文
●天神一家
宿場町では老舗の部類に入るやくざ組織。
20年前は闇雲雀の源三が縄張りにしていたこの町には、江戸開府と同時にどっと人が押し寄せた。中には無頼も多く、困り果てた源三を助けたのが当時客分として草鞋を脱いでいた天神の熊五郎。源三に後継者がいなかった事からその縄張りを譲られて、天神一家が生まれた。以来十数年、小競り合いはあったものの宿場の平和は守られていたのだが‥‥。
熊五郎の死で始まった抗争は、まだ終わっていなかった。
黒蛇の賭場。部屋の中央で1人の浪人が殺気だつやくざ者の視線を一心に受けていた。
「先ず報酬分の仕事をしようか〜」
華やかな外套を身に纏った浪人、岩峰君影(ea7675)は二丁十手を構えて微笑を浮かべている。
「てめぇ、天神の回し者だな! こんな事をしてただで‥‥」
黒蛇の若い衆は言い終わる前に、十手を顔に受けてもんどりうって倒れた。
「暢気だな。そんなだと、俺1人でここを壊すぞ?」
普段は用心棒を生業にする岩峰、こと白兵戦においては卓抜した強さを持つ。血気に逸った若い衆を三人まで床に転がした所で、真打ちが現れた。
「なんだ、このざまは!」
目付きの鋭い青年博徒が子分を連れて現れた。
「お、親分‥‥天神の殴りこみで」
若い衆の言葉で、黒蛇の銀次と分かる。そして子分と見えた者達の顔を見て、岩峰は僅かに息を吐いた。彼の同業者である。それも三人。
「ここには博打を楽しむお客さんがいるんだよ? 騒ぎたいなら、他行ってやりなっっ!!」
そのうちの1人、御藤美衣が言う。体は小さいが名の通った冒険者だ。その横の岩倉実篤は逃げ道を塞ぐように静かに移動する。残る1人も腕利きで、困った事に逃げれそうにない。
「黒蛇の親分さんか? あんたを待ってた」
君影は開き直って銀次に話し掛ける。
「賭場荒しに気安く声をかけられる覚えはねえぜ」
「そう言わず聞け。何故天神を出たか聞きたくてな」
銀次は答えず、冒険者の1人を見た。
「このトンチンカン野郎は、お仲間かい」
「違うわよ! あんなのと一緒にしないでくれる?」
銀次が何か言う前に君影は踵を返した。追う御藤の足払いに君影は十手を合わせる。出口は岩倉が塞がれて、方向転換した君影は障子を蹴り倒して廊下に出た。
「ああ、そうだ。親分、意地っ張りな女は好きか?」
「なんだとぉ‥‥」
それだけ言い残して、岩峰は一目散に逃げた。傷を負ったが、何とか無事に逃げのびる。
天神一家に一番乗りした久留間兵庫(ea8257)は藍に挨拶と提案を行った。
「早速だが、1日の挨拶回りに俺達も同行させて欲しい」
「ああ、いいよ。お前達はうちの用心棒だ、ついてくるのは当たり前さ」
藍は即答したが新年の挨拶は元旦は避けるのが普通だ。幹部の中には眉を顰めた者もいたが、親分の手前特に口は出さない。
「そうか、話の分かる親分で良かった」
兵庫は挨拶を口実にした示威行動を思っていたが、既に豪快な形で岩峰がそれをしている事は知らない。岩峰は天神一家に挨拶もなかったので、暫く後に彼が何食わぬ顔で現れるまで天神一家では他の組織の陰謀説と見る向きもあった。
「お控えなすって」
黒蛇の賭場が荒された事件で宿場が騒然とした頃、残りの冒険者達も天神一家に集まってきた。
武芸者のパウル・ウォグリウス(ea8802)は自分達の誠を見せようと拙い日本語で頑張った。
「手前いたって不調法、あげますことは前後間違いましたらご免なお許しを蒙ります。生国と発しますは華国より遥か西、『美斬津』でござんす。若年者の身を持ちまして、姓名の儀声高に発しまするは失礼さんにござんす。姓はウォグリウス、名はパウルと申す‥‥」
「下手な口上はいいよ。働きの方で頑張っておくれ」
途中で止められてパウルは面食らうが、笑顔でしめた。
「へい。あ、どちらさんもご昵懇に願えます」
その後は口調を普通に戻して情報収集を始めるパウル。
「‥‥久凪薙耶(くなぎ・なぐや)と申します。藍様、よろしくお願い申し上げます」
一方、久凪薙耶(ea8470)は黒の着物に黒袴、白エプロンの格好で無表情に挨拶する。大掃除の最中に間違って迷いこんでしまったような服装だが、メイドを生業とする薙耶にはこれが正装だ。他にも和洋様々な連中がやってきたので、天神一家の人々は気の休まる暇も無かった。
●天神の藍
「藍様、お食事の支度が‥‥整いました‥」
久凪はメイドとして藍の護衛兼身の回りの世話係となった。
「ここで食べるよ」
その藍は殆ど働きづめだった。帳場に座るか、幹部たちと話している縄張り内を見回っているか‥‥ともかくよく動いた。この間、冒険者達もよく彼女のもとを訪れた。
「黒蛇つぶしの作戦があるんだけどよ」
いの一番は緋邑嵐天丸(ea0861)。概要を聞いて、藍はすぐ首を縦に振った。
「親分、もう少し考えた方が‥‥」
幹部の1人が思わず声をあげる。
「喧嘩は始まってるんだ、そんな暇はないよ。この緋邑さんは江戸じゃ名の知れた武士だ。間違いはないさ」
藍の言葉に嵐天丸の方が恐縮した。少年の実力がそこまで認められる事も少ない。次に来たイェルハルド・ロアン(ea9269)は藍に黒蛇の銀次の事を聞いた。
「目をかけて貰っていたなら、どうして出て行ったのだろう?」
藍は不機嫌そうに視線を逸らした。
「恐くなったんだろうさ」
当時、藍の兄二人が対立していた隣町の蜥蜴一家に雇われた殺し屋に襲われて命を落とした。更に幹部の1人まで蜥蜴一家に寝返り、天神一家は窮地に立つ。銀次は兄貴分の幹部達ともめて一家を飛び出し、宿場を出た。そのあと抗争が下火になった頃に戻ってきた銀次は天神に戻らず、黒蛇一家を立ち上げた。
「ふーん、色々と事情がありそうだけど‥‥藍さんは銀次さんの事をどう思ってるの?」
少女の目には憎しみが宿っていた。
「あたしの前に現れたら、この手で殺してやるよ」
「藍様‥‥」
側で話を聞いていた薙耶がそっと小声で言った。
「銀次様の御命を頂戴するのでしたら私にご下命ください‥‥」
物騒この上ない事を淡々と口にするメイドだ。同じ頃、別の場所でも同様のやり取りがあったのだから、血を見ないで済むことは全く考えられない情勢だった。
●宿場町
「なあ、この街やたらトものものしいンだけド‥‥何かあるのカ?」
アーウィン・ラグレス(ea0780)は旅行者を装い、人懐こい笑みを浮かべて聞き込みを行った。と言っても狭い宿場、金髪碧眼の男が天神一家の門をくぐった事はすぐに知れるのだが。
「黒蛇の賭場に天神一家が殴りこんだって話さ。悪いことは言わねぇ、早く出て行った方がいい」
「そノ黒蛇のコト、もっト詳しく教えてくれませンカ?」
聞込みを続けるアーウィンの肩を誰かが叩いた。
「‥‥あんた、何処の三下だい? ここは黒蛇の親分の縄張りだよ?」
振り返れば、そこには赤髪碧眼の少女。蠱惑的な瞳がアーウィンを見つめる。
「俺はちが‥」
「なんだハズレじゃん」
アルティス・エレンはアーウィンの顔を見て、肩をすくめた。
「同業じゃあねぇ‥‥天神に雇われたんでしょ?」
「う、そうだけど」
名が知られているのも困ったものだ。エレンはアーウィンをしげしげと見て、顔を近づけた。
「ねぇ、ちょっと情報交換しない?」
アーウィンを裏路地に誘う。そのまま付いていけばどうなったか。だが、その前に声がかけられた。
「いくら何でもそれは無しだろ?」
街中を見張っていたパウルである。黒蛇側の工作を予想していたが、見事に的中した形だ。
「あら、もしかしてつつもたせだったの?」
「いやそれ意味違うし」
パウルはエレンに何もせず帰したが、去り際に言った。
「調べるなら別の所じゃないのか? 発端の心中の虫を探してみろ」
●鼎と賭場
「‥御堂様、‥‥恐れ入りますがお帰り下さい」
帳場に座る藍の隣にいた久凪は派手な外套を着た冒険者が賭場に入るのを見かけて、制止した。
「どうしたの?」
「御堂様は、黒蛇の‥‥」
久凪が言うと、賭場の中は騒然となった。既に岩峰のことは噂になっていたし、そんな時期に不倶戴天と思っている敵が現れたのだから当然だ。
「なんだい。うちは客だよ」
御堂鼎は針のムシロのような状況で、微笑を浮かべて中に進んだ。
「ほら、さっさと駒札と変えてくれないかねぇ、この百両をさ」
そう云って、帳場にいる藍に100Gを突き出す。
「黒蛇の用心棒が、何の真似?」
「そんな顔しなさんな。うちは遊びに来たんだから。そっちだって、このまま血みどろになるのは好んじゃいないだろう?」
「いい度胸の姐さんだ。きちんと名前を伺っておきましょう」
「そうだねぇ。うちはじゃぁ‥‥蟒蛇(うわばみ)の鼎とでも名乗ろうか」
さて、勝っても負けても只で済みそうもない雰囲気だ。
藍が壷と賽を用意させるのを鼎は止めた。
「さいころも悪かないけどね、どうせならやくざらしい勝負ってのはどうだい? 呑む打つ買う、の三本勝負とかねぇ」
酔狂な物言いもあったものだ。うわばみを名乗ってから言う所が自信を覗かせた。相手は冒険者を指名した。あくまで遊びの範疇だが、歴とした勝負でもある。
「お受けしましょう」
呑むは君影が受けて立ち酒豪の前に敗北。
「ではあたしが」
打つは冒険者に適任がおらず、藍が相手をして快勝。
「‥‥」
買うはもめたが、くじ引きでアーウィンが相手をして‥‥ドロー。
「はん、愉しいねぇ。ふぅ、今日はこんな所かね。勝負は預けるよ」
鼎は金を置いて帰った。なんだったのか‥‥だがこの鼎の勝負は語り草となり、緊張していた宿場の雰囲気に幾許かの影響を与えている。
「なんと!」
一方その頃。脅威の筋肉ウィザード、ゴルドワ・バルバリオン(ea3582)は黒蛇の賭場に乗り込み、タライを落とされていた。
「むぅ、これがジャパンのカジノの歓迎であるか! だが我輩には通じぬ!」
バキっ
持ち前の鍛えられた運動力でタライを殴りつけ罠を回避したゴルドワ。しかし、余裕の笑みを浮かべた彼の脳天に二発目のタライが直撃した。
「ぬおっ‥‥むむむ、年の瀬まで暴れるのはどうかと思うから我慢しておれば‥‥許せん! この鍋将軍と拳で語り合いたいとは命知らずがおるものよ!」
遊びに行った筈が大いに暴れて帰ってきた。
同じ日、黒蛇の若い衆が裸で宿場の松の木に吊るされた。腹には墨ででかでかと蛇が、そして唯一身につけた褌には「かばやき」と書かれていた。
ここに来て、両者の雰囲気は険悪さを増していく。
「‥‥なんだか、私達が来てから問題が大きくなったような気がするのですが‥‥」
今回は情報収集と決め込んで神楽聖歌(ea5062)は色々と調べ回った。しかし、聞こえてくる話の殆どは冒険者絡みの事で、宿場は僅か数日でいよいよ天神と黒蛇の全面対決かという空気になっていた。
「そうかも」
答えたのはミハイル・ベルベイン(ea6216)。彼も今回は戦力分析と位置づけていたが、黒蛇一家で手強そうなのは銀次を除けば雇われた冒険者だけだった。銀次には他の組織との繋がりもあるが、今のところは直接支援してくる者はいない。
「でも俺達が頼まれたのは喧嘩の仲裁じゃない。向うもそう思ってるだろ‥‥なるようになるさ」
「全くだ。ギルドも払いの良い方だけ受ければ良いのにな」
年始回りについていった兵庫は止められないことを肌で感じた。
「天神につきたがるやつ、様子を伺っているやつ、反目するやつ、色々と見れた」
久留間の見た所、戦力比なら天神が圧倒している。だが戦いは強い方が十割勝つ訳ではない。結果を予想しても無意味だ。
「長引けば他の組が関わってきて、天神も辛くなるしな‥‥どうなるかな」
そして、この日。天神の壷振りが路地裏で死体になって発見された。下手人は分かっていないが、概ね黒蛇一家の仕業と見られていた。
ほとぼりを覚ましてから姿を見せた君影は鼎に酔い潰され、二日酔いの頭で藍に質問した。
「熊五郎殿が守っていた地、取り戻したいと思うは良かろう。だが、取り戻した後の事は考えてるか?」
「考えはある。だけど今は縄張りを取り戻して宿場を元のようにするのが先だよ」
「その言葉、忘れないことだ」
つづく。