●リプレイ本文
●奇襲
戦いは剣を交える前に終わっていると良く言われる。
反面、勝負は下駄を履くまで分からない、勝敗は時の運とも言う。
僅かでも敵に先んじ、相手より有利に事を運ぼうとするのは自然の理だろう。
「いてて‥‥」
尻の痛みを我慢して、アーウィン・ラグレス(ea0780)は空飛ぶ箒で宿場に一番乗りした。
「決闘は明後日だぜ?」
呆れ顔で迎える天神の若衆に、青年は微笑みかける。
「夜討ち朝駆けって知らねえか。色々と仕掛けてくるかもしれねえからな‥‥用心だよ、用心」
早速アーウィンは藍に今回の仲間の人数と陣容を話した。
「黒蛇の方は?」
「いやそこまでは分からない。多分この間と変わらないと思うがな」
冒険者の動きは気にされた。敵にも云える事だが戦う相手は手の内を知りぬいた間柄だ。不確定要素が勝敗に及ぼす影響は計り知れない。
「さてと、俺は襲撃に備えさせて貰うぜ。その為に来たんだからな」
翌日早くに緋邑嵐天丸(ea0861)が到着し、間を空けて馬で移動した者達が続いた。
所が‥‥。
「皆さん、もう到着した頃でしょうか‥‥急がないと遅れてしまいます」
「うむ!」
徒歩の二人、浪人の久凪薙耶(ea8470)とウィザードのゴルドワ・バルバリオン(ea3582)は天神側の最後尾。傍目には親子に見えるだろうか。薙耶は小柄とまでは言えないが、巨漢のゴルドワと並ぶと童女のように小さい。荷物は久凪の驢馬に背負わせているので足取りは軽いが、急いで疲れを溜めては元も子もないので焦らず行った。
「色々あったが結局喧嘩になったか! まぁ行き着くところに行き着いたと言う所だな!」
道中、ゴルドワは嬉しげに語った。
「‥ゴルドワ様は強いですね。私は不安です」
対照的に、薙耶は淡々としている。心中では悩みが多い。
「おお、向うに知り合いが居るのが少々なんだが、まあこれも仕事だ。正々堂々恨みっこなしと言う外あるまい!」
ゴルドワは不安を吹き飛ばすように豪快に笑った。だが正しく災厄が降りかかろうとしていた。
「‥‥しっ!」
薙耶は気配に気づくのが遅れた。道の両端がすぐ林で、奇襲には絶好のポイントだ。相手の姿は見えないが藪から人の声が聞こえた。
「何者です!」
驢馬の背から薙刀を掴んで身構えた。途端に視界が歪む。
「むうっ、どうしたのだ!?」
ゴルドワは不意にバランスを崩した薙耶に手を伸ばす。微かに香が匂った。気を失った少女を腕に抱えた巨人の背中から、聞き覚えのある奇声が発せられた。
「ムヒヒッヒハーっ!」
「また貴様かぁ!」
反転して掴みかかったゴルドワの腕が空を切る。顔は隠していたが特徴的な口調は覚えがある。エルフの戦士ヴァラス・ロフキシモの双刃が彼の肉体を刻んだ。
「キキ‥‥、てめぇはオマケだぁ。さっさと眠っちまいな〜」
離れ際、ゴルドワが夢中で振るった腕がエルフの頭に触れた。力任せの投げがヴァラスに地を舐めさせる。
(「‥‥我輩とした事が、踏み込みが浅かったか!」)
あと少し踏み込めば首をロックして終わらせられた。しかし、今のゴルドワにはあと半歩が遠い。いわば、専業戦士との間の技量の差だ。
「ムキキ、任せたぜ」
声と同時に、不意に背後から気配を感じた。反応する間もなくゴルドワの意識も闇に落ちる。
「‥‥遅い」
宿場では決闘の時間が近づき、徒歩の二人が来ない事に焦りを感じていた。冒険者達は対応を協議する。
「まさか闇討ちか? ‥‥まったく、これで禍根が残ったらギルドのせいだぞ」
久留間兵庫(ea8257)の口からつい愚痴が出た。冒険者は依頼の為なら仲間とも本気で戦う。それが彼らの矜持だが、今回のような依頼では疑いを覚えずにはいられない。
「今から助けに行くのは、やはり無理なのでしょうね」
言ったのは全ての女性の味方を自任するクリス・ウェルロッド(ea5708)。薙耶の事が心配だったが、依頼人を残して宿場を離れる事も出来ない。
「私に出来る事は、せめて彼女の無事を祈ることだけ‥‥主よ、全ては貴女の御言のままに‥‥」
クリスはいつも祈りを捧げている。彼の神様の御心が那辺にあるかは誰にも分からないが。
「まったく、どうしてこう血の気の多いのが揃っているのかね。こっちは血を見るのが商売でも、好んで見てる訳じゃねえってのに‥‥」
雲行きの怪しさにパウル・ウォグリウス(ea8802)は舌を鳴らした。黒蛇側は不利を補おうと、大きな目に張り込んでる様だ。宿場で天神一家の悪い噂が流れている事は耳に入っている。天神一家には冒険者達が詰めて防御を固めているので今の所襲撃などは無いが、空気は悪い。
「しょうがない人達だなぁ」
イェルハルド・ロアン(ea9269)は小声で呟き、そっと藍の横顔を盗み見た。
「来ない者の事を今言っても始まらない。まずは銀次を叩きのめすことさ」
そして天神一家と冒険者達は決闘の荒地に向った。
●荒地の決闘
「ねえ、最後に聞いて置きたいんだけど‥‥藍さんは一体何を守りたいの?」
開始直前、親分の直衛の一人になったロアンはそっと藍に近づいた。幹部衆に聞かれたくないので小声で問う。
「宿場さ。今日の所はここにいるあんた達だよ」
人は概ね手の届くものを守ろうとする。全てが守れる道理は無いのだが。
「今日のところは、ね‥‥」
荒地の反対側に黒蛇一家が現れる。多くの言葉は必要なかった。野次と怒号が飛び交ったかと思うと、戦いはすぐに始まった。
「動かないのか? 何を考えてるか知らないが、俺には好都合だ」
前列にいた月代憐慈(ea2630)は一塊で動かぬ黒蛇・野火連合の中心にライトニングサンダーボルトを見舞った。崩れた敵陣に天神一家が襲い掛かる。
「居ない? いや、そんな筈は‥‥」
戦闘開始直後、クリスは望んだ相手を探したが何処にも居ない。彼は思い切って荒地の外に出た。
「おい、こっちは二人少ないんだぞ? 戻れ!」
久留間は戦列から離れるクリスに声をかけた。だがもう敵は目の前だ。歯噛みして久留間はクリスの事を頭から消した。兵庫は迎え撃とうとしたヤクザの短刀を左の十手で難無く捕り、右手の刀で相手の顔面を割った。ヤクザと一対一なら、まず遅れは取らない男だ。
「おっ」
天神側で参加し、流れに身を任せていたミハイル・ベルベイン(ea6216)はいきなり孤立した。一緒に突入した味方は側で寝息を立てている。彼の前には春花の術を使った氷雨雹刃。
「なるようになるさ‥‥」
縄ひょうを忍者に投げつける。
「一方を崩して正面突破か。それならどうして正面がお留守なのかね?」
前衛と一緒に吶喊したパウルは、そこに敵の冒険者が十分に居ない事に眉を顰めた。
「策に頼りすぎなんだよ」
両手の十手に力をこめる。パウルは昨年の武神祭で名をあげた戦闘巧者。限定した戦いには滅法強い。瞬く間に、黒蛇の前列は動きを止められた。
「こんなものかな」
彼は前列の応援に冒険者達が来るのを目に止めると、尻尾を巻いて後退した。
戦いは早くも乱戦の様相を呈した。
「なんでしょう、あんな場所に‥‥?」
クリスは荒地の外を探して、ようやく目当ての人物を発見した。アルティス・エレンはどういう訳か荷車をひいて此方に向っている。アルティスの思惑は知らず、クリスは弓を構えた。
「何のつもりかは分かりませんが‥‥撃っときましょう」
相手が離れた場所に単独でいるおかげで十分に狙いをつけられる。三本の矢が同時に放たれた。ウィザードを沈黙させたクリスは一瞬迷ったが繋いでおいた馬に跨り、仲間の援護に向う。
一方、荒地では。
序盤を有利に進めた天神側だが今は膠着状態に陥った。
「ここも危なくなってきた。少し下がろう」
「冗談じゃない」
藍の守りには三人の冒険者がいる。前列から憐慈が下がってきて、それにアーウィン、ロアン。藍は彼らを連れて黒蛇の本陣、銀次がいる辺りに目を向けた。
「前に出るよ」
「俺の仕事はあんた達の安全を守ることなんだ」
アーウィンは言った。銀次の側にはヴァラス、ルミナス、レナード、千手が居る。何れも戦士系で守りは堅い。
「その通りだ、お前達は死んでも親分を絶対守れよ!」
幹部衆も藍の前進を身体を張って止める。戦闘力では藍は人数外と言って良い。決闘で親分をとられては総崩れは必至、まず正論だ。
「辛いのは分かるけど堪えてくれよ」
アーウィンが藍を励ます。
「お前達、何をやってるんだ!」
そのとき、遊撃として荒地を駆け回っていた兵庫が戻ってくる。
「親分の護衛に決まってるだろ」
兵庫は歯軋りした。戦場を回った彼が見て、乱戦の中でここが一番平穏だ。理由は分からないが敵側は藍に積極的に攻撃してこない。実質的に藍の守りに割かれた人数が遊兵化している。
「奴ら、思ったより頑張るぞ。手が足りん、一人でもいいから来い」
「それなら、あんただな」
憐慈はアーウィンを兵庫に渡した。
「俺は護衛だって‥‥」
「それはみんな同じだがね。親分だけでなく、子分達も守らなくてはな」
「‥‥まぁ、仕方ねぇよな!?」
アーウィンは槍と盾を構えて兵庫に続いた。
「二対一か‥‥」
乱戦の中で敵側の冒険者を探した嵐天丸は御藤美衣と楠木礼子と対峙する。
「その構え、見覚えがあるわ。私がお相手しましょう」
礼子が駆け寄り、美衣は退こうとした。
「まずは一人だ」
少年は近づく礼子でなく、踵を返した美衣に向けて隠していた右手を突き出す。衝撃波が空気の間を伝わって美衣を背後から打った。後頭部を直撃し、倒れる。
その間に肉薄した礼子の日本刀を避ける手段は緋邑にない。重傷を受けるが、なお右手を繰り出した。至近距離からの見えない拳撃。しかし倒れない。
「‥‥」
必殺のパンチを破られて、緋邑は負けた。
お互いに疲労の色が濃くなり始め、戦局が大きく動いた。
それまで無関心だった銀次とその護衛が突如、藍と幹部達に矛先を向ける。
「望むところ!」
「駄目だよ」
ロアンは激突を避けようと藍の手をとった。内通者への疑心暗鬼が守りの気持ちを強くしたのか、それとも決着を恐れたのかは分からない。
「親分は退いて下せえ。ここは俺達が!」
天神の子分、幹部たちも盾になって藍を逃そうとする。
「バカ! あたしの事より銀次を討つんだ!」
半ば抱えるように藍は後退させられる。
そして勝敗は決した。
天神の親分が退いた事で天神一家の面々も散り散りに逃走する。銀次もそれを無理に追わず、勝ち鬨をあげた。
決闘は天神一家の敗北で幕を閉じる。
●始末
「なんたることだ!」
ゴルドワと久凪が駆けつけたのは、全てが終わった後だった。
死傷者を乗せた荷車が行き過ぎるのを、二人は沈痛な面持ちで見つめる。仮定の話は無意味だが、もし彼らが到着していれば事態はまた違ったものになっただろう。
「‥‥藍様」
久凪は身体を震わせた。今直ぐにも黒蛇に乗り込んで銀次の首を取ってくる衝動に駆られる。死を決して挑めば不可能とは思えない。しかし、それで藍が納得しない事も分かっていた。
「やあ」
とぼとぼと歩いていたミハイルは二人に気づいて声をかけた。
「見ての通りだよ。散々だったが、あんた達が殺されて無くて良かったよ。不幸中の幸いかな‥‥」
ミハイルも傷だらけだ。ポーションを飲んでいるので見た目ほど酷くは無い。他の冒険者達も同様で、収支は殆どの者がマイナスだろう。
「こんなものを‥‥」
クリスは戦闘後にエレンが放置した荷車を検めた。そこには油が積まれていた。間一髪だったのか。
「‥‥」
月代は決闘の後、関係者に面倒をかけた事を詫びに回る幹部衆に従った。皆、蜥蜴一家の再侵攻や奉行所の取締りを恐れて、気もそぞろな様子だ。勝負はこの一戦で終わった訳では無い。しかし。まずは天神一家の敗北で幕が下りた事を実感する。
戦いに敗北した事で宿場は一時的に黒蛇・野火連合の天下となった。
しかし、喧嘩ご法度を破った天神と黒蛇への奉行所の報復は恐ろしいものになるだろう。
また、抗争の間、静かに時を見守っていた蜥蜴一家の存在も忘れてはならない。
ひとまず終演