はーとぶれいく・壱 絵師と貴族

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:フリーlv

難易度:難しい

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月08日〜04月13日

リプレイ公開日:2005年04月13日

●オープニング

 花見は何時が良いかと噂していた春の或る日、冒険者ギルドに一人の男が訪れた。
「わ、私は有吉利仁と申します絵師にございます。人づてにこちらの噂を伺い、‥‥どうか、私を助けてほしいのです」
 利仁は誰の目にも分かるほど狼狽していた。係りの者が水を与えると幾らか落ち着き、事情を話し始める。
 それによると、彼は得意先の一人だった貴族の大平定惟に命を狙われているのだという。
「穏やかではありませんな、なにゆえ?」
「それが‥‥」
 絵師は自分の命がかかっているというのに話し辛そうに沈黙した。
「話して貰えなくては力になることも出来ませんぞ」
「定惟様は私が自分の想い人を隠していると、いえかどわかしたと思っておいでなのです」
「ほう」
 話を聞いた係りの者はそれまで役所務めをしていた男で、貴族の噂話は今もよく耳にする。そういえば定惟という青年貴族が誰かに懸想していた話を聞いた事があった。ならば貴族の恋慕した女房をこの絵師は奪ったのか、剛毅な話だ。
「いいえ、想像されたような話では無いのです‥‥」
 一月ほど前、絵師はさる貴族の依頼で天女の絵を描いた。自信作だったが、薫物合の折にその絵を見た定惟が絵の中の天女に恋慕した。絵師が利仁と分かると、
「彼女に会わせてほしい」
 と利仁の家に乗り込んでくる。
「そのような女房はおりませぬ。あの絵は夢に出てきた女性を描いたもので‥」
 モデルがいない事を納得させようとしたが通じず、挙句には誘拐の嫌疑をかけられた。さすがに役所や検非違使は取り合わなかったが、定惟の気持ちは収まらず、いつ刀をさげて利仁の所に乗り込んでくるか分からない情勢だという。
「では定惟殿を懲らしめて欲しいと?」
「とんでもない。そのような事をすれば、私は京で仕事が出来なくなってしまいます」
 それはそうだろう。客が無体な真似をするからと言って、腕づくで解決しては客商売は務まらない。
「何とか、穏便に、解決する方法はございませんか?」
 係りの者は話を聞くうちに不憫に思い、依頼を預かった。少し調べてみると、定惟は女性に対する理想が高く、現実の女房にはあまり興味のない男と分かった。歳は25だが、未だに独り身で親類が紹介した姫や女房を悉く気に入らないと断ってきたらしい。
「意外に、手こずるかもしれませんね‥‥」
 剣の腕が立てば解決する仕事でもない。係りの者は色々な冒険者に声をかけてみた。
 普通に考えて、最も関係者にとって幸せな解決策は定惟に現実の女性に目を向けさせる事だろうが、さて‥‥。

●今回の参加者

 ea0252 縁 雪截(33歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea4465 アウル・ファングオル(26歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea8979 千手 寿王丸(26歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9758 ミスティ・フェールディン(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0098 ジョゼ・ギャランティ(39歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 eb1484 鷹見沢 桐(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb1784 真神 由月(25歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1822 黒畑 緑太郎(40歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

不破 斬(eb1568)/ 柚月 由唯乃(eb1662

●リプレイ本文

 絵の中の天女に惚れた。
 それだけ聞けばロマンチックな話なんだがなとジョゼ・ギャランティ(eb0098)は思いつつ、有吉利仁の家に来た。もう仲間は集まっているらしい。
 空想の実在を求めた場合、そこに不幸が生まれるのか。

「無茶でございます」
 依頼人は冒険者達の要求に即答した。集まった冒険者10人の内、6人が彼に天女の絵を書いてくれと頼んだ。それぞれ注文が違う。特に黒畑緑太郎(eb1822)は何枚も要求した。
「ここにいる女性全員と白翼寺さんをモデルにして、絶世の美女画をお願いしたい」
「何日かかることか」
「時間のかからない簡単な絵で構わない」
「しかし‥‥やはり無理です」
 冒険者達は天女絵の代わりを求めた。利仁も絵師としてプライドがある。簡単な絵を書いて、もし定惟に馬鹿にされたら悔しい。
「そういうものか?」
「たしかに、簡単では無いでしょう」
 この中ではミスティ・フェールディン(ea9758)が一番絵画に詳しい。問題の絵は貴族の心を射止めた程の自信作だ。時間があれば似た絵は出来るが、同じ絵は書けないだろう。
「それなら二枚、俺達の要望する天女絵を書いてくれ。出来は前のに及ばなくても構わない」
「分かりました」
 利仁は複雑な表情で頷いた。

「それで、絵の使い道の事だが‥‥皆、思惑があるのだろう? どうするね」
 黒畑は仲間と作戦の事を話すために別室に移った。医者の白翼寺涼哉(ea9502)は残って、利仁の体を診察する。
「大分疲れとるようだな」
「はぁ」
「眠れぬのだろう。いかんぞ、まず良く眠ることだ。果報は寝て待てと言うだろう? コッチで疲れの原因を取り除く様に善処しとく。手荒な治療法になるかもしれんがね」

 さてその治療法だが、冒険者達は実に様々な案を考えてきた。
 崑崙作戦、硝子の靴作戦、現実の天女作戦などなど。全部実行したら、騒ぎの元凶としてギルドに定惟が乗り込んできそうな気もしなくはない。
「順番としては、崑崙作戦が最後か。先に千手と黒畑、その後が鷹見沢と将門。ミスティと縁は好きなタイミングでやってくれ」
 ジョゼの言葉に仲間達は頷き、それぞれ準備にかかる。万が一の対策には、アウル・ファングオル(ea4465)が利仁と家族の護衛を引き受けた。
「アウルは日本語が喋れないから不自由とは思うが、我慢してくれ。腕は折り紙付きだ」
 初日だけアウルの通訳で不破斬が来ていた。
 その後すぐ彼だけでは不安だからと、作戦の合間に他の冒険者も交代で詰める事になる。
 護衛中、アウルが天女絵の事をしきりに聞くので利仁が感じの似た美女画を見せた。
『‥‥試してみましょう』
 アウルはミミクリーを唱える。それは美女画の特徴をある程度捉えていたが、利仁は悲鳴をあげる。アウルの変身したソレは二次元の美女だった(平たく言えば、人間ではなかった)。
『現実そっくりの絵はありませんか?』
 アウルは努力した。利仁の女房や幼子が恐がるので護衛は増やされた。

 依頼二日目。
「それじゃ、いきやすか?」
「そうですね。あともつかえている事ですし」
 渡世人の千手寿王丸(ea8979)と学者の黒畑緑太郎は同じ考えを持っていた。
「他人の色恋に首を突っ込むのは野暮ってもんでござんすが」
「それを言ったら、私らの仕事は全部野暮ですよ。もっと楽に構えたらいかがです?」
 仁に過ぎれば弱くなり、義に過ぎれば固くなる。だからと言って欠いてはどうしようもないが、自縄自縛に陥る事も無い。
「ご尤もで」
「私なんて、フッフッフッ‥‥」
 黒畑は陰陽師、冒険者になれば攻撃魔法が存分に使えるのではと下心満々で転身した男だ。
「ごめんなすって」
 二人は大平邸にやってきた。利仁の使いと告げると、すぐに奥から狩衣姿の貴族が慌しくやってきた。態度から定惟だと分かる。
「これ下男、利仁の使いと申したな」
「へい」
 寿王丸は平身低頭して応じた。緑太郎も従う。
「定惟様お探しの天女が、利仁の家に舞い降りてきやして、これは定惟様にお知らせしなくてはと」
「なぜ利仁が来ぬ?」
「利仁は定惟様が来る前に天女が去っては大変と、説得しておるのでございます」
「おお、愚かな。天女を迎えるにはそれなりの格式があろう。利仁ごときでは逆効果じゃ。すぐ案内いたせ」
 普通に考えて、おかしな話だと疑惑を持ちそうなものだ。定惟は秀才ではないが、馬鹿ではないと聞くが色恋沙汰で目も曇ったか。案内しろと言っておきながら、太刀を手に取り馬を駆って先に行ってしまった。
「曲がりなりにも貴族がお供も連れず、これはとんだ執念だ」
 二人は走った。

『武器を下ろしなさい』
 アウルは血走った顔でやってきた定惟の前に立ち塞がった。
「わしの前に立ちはだかるとは何者か! さては私の天女を奪いに来た下郎とは貴様のこと!」
 鞘のままで突きかかってきた定惟を、アウルは盾を構えて防ぐ。
(「依頼人の言ってた貴族かな。しかし、問答無用で斬りかかるとは‥‥」)
 目の前の人物が定惟か半信半疑のアウルは盾を前に出して定惟に体当たりした。お腹に一撃を受けて顔が歪むが、構わず定惟を押し倒す。
「定惟様! これはどうした事です!」
 騒ぎに気づいた利仁と僧侶の縁雪截(ea0252)が奥から出てきた。戸板を破り、地面で格闘しているアウルと定惟の姿に唖然とする。
「大平殿、その者は敵ではございません。どうか落ち着いて」
 雪截は必死で二人を止めた。一応身体は離れたが、定惟に「では何者か?」と問われて返答に困る。まさか正直に貴方から依頼人を守るための護衛ですとは言えないし、屋内に武装した異国の戦士がいる状況は普通ではない。冷静に返答しなくては。
「こ、この者は、天女のお付きの兵士です」
 苦しい言い訳だった。
 しかし、天女の名が出た事で定惟はアウルの存在を忘れる。
「おお、そうであった。私の天女は何処に?」
「こちらです‥‥ですが、天女は乱暴者がお嫌いです、太刀はお預かりいたしましょう」
「案ずるに及ばぬ。姫をお慕いする私の顔を見て、乱暴者と思うはずが無い」
 さすがの定惟も初対面の怪しい人間ばかり出て来るので、警戒心を持ったようだ。それとも本気でそう思っているのか。最悪取り押さえなくてはいけないかと雪截が思ってアウルに視線を移すと、神聖騎士は呪文を唱えていた。
「うわっ」
 アウルの苦心作である二次元美女を雪截は必死で定惟の視界から隠した。もしかしたら百年の恋も一瞬でさめる効果があるかもしれないが、失敗した時の反動が恐い。
 奥のアトリエでは真神由月(eb1784)が天女絵のモデルをしていた。
 どきどき‥‥。
 依頼の役目とは言え、絶世の美女役に真神はそれなりに緊張している。
「居らぬでは無いか? これ、娘。凡人のお前とは比べ物にならぬ美姫がここに居ったであろう。どこに行かれたか知らぬか?」
 コロス、由月はそう思った。
「えーと、お待ち下さい。定惟様にこの絵を見せたかったんだけど」
 由月は自制心を総動員して、自分の前に置かれた書き掛けの絵を示す。理想化150%の由月の天女絵だ。
「‥‥‥これ娘、悪いことは言わぬから夢は見ぬことだ」
 ツブス、由月はそう誓った。
 黒畑と千手が到着すると、由月が呪詛の言葉を吐きながら呪文詠唱に入っていた。絵に見向きもせず天女を探す定惟の様子に作戦の失敗を知る。

 後日。
「まだお分かりになりませんか? 定惟殿、利仁の書いた絵にモデルなど居りませぬ」
 志士の鷹見沢桐(eb1484)は正攻法で理を説いた。
「嘘だ」
「真に絶世の美女が居れば、噂にならない筈がありません。ならば天女が絵だけのものであることは明白、道理にございます」
「世の中は広い、己の狭量な知識で大言は吐かぬことじゃ」
 定惟の言葉に桐は表情を和らげた。
「ご尤も。されば利仁が匿うている等と有り得ぬ話に固執せず、広く世界に探してはいかがか?」
 桐の狙いは定惟からギルドに天女探しの依頼を出させる事だ。
「うちもそれが上策やと思います。天女のモデルのお人が居るか居ないかは脇に置いても、あの利仁さんが大平さんの頼みをこうまで断れやせんでしょう?」
 目的が桐と近い将門雅(eb1645)はそう援護した。
「探す言うても、大平さんがこれだけ想うてお人や、大っぴらにやったらトンビに油揚げですよ。ここは目的は隠して、美女コンテストでもやったらどうです?」
「美女こんてすと?」
 雅の案は定惟には納得しにくい所だった。
「目的を隠そうとも我が姫は万人の心を奪ってしまうに違いない。そのような罪な事が何故できようか?」
 勝手に言ってろという感じだが、適当に相槌を打つ。
 所で桐達は件の天女絵を見せてもらった。設定年齢は十八歳位だろうが、臈長けた美人画は確かに溜息の零れる出来栄えだ。尤も、だからと言って絵に本気で懸想するかと言われたら微妙だろう。
 定惟は返答を保留した。
 次に大平邸を訪れたのはミスティ・フェールディン。
 ミスティは定惟の好みの女性像を調べたが、良く分からなかった。普段は真面目で実直な男らしい。女性遍歴は零ではないが長続きした事が無く、一時は男色も噂されたがその形跡も無い。仮説としては女性恐怖症も考えられる所か。
「会って見れば、分かることです‥‥」
 大平邸にやってきたミスティは定惟を誘惑した。玉砕する。
「私には心に決めたひとがいるのです。お帰り下さい」
 定惟の態度に怒ったミスティは狂化した。
「なんなら、天女の所へ連れて行ってあげましょう。もしかしたら鬼女かもしれないですが!」
 ドガっ。
 念の為にとミスティに頼まれて控えていた将門がラスティに当て身を食らわせて気絶させる。
「あ、このひと病気なんですわ。許してあげてください」
 呆然とする定惟を残して退散した。

「定惟殿のために美人画を‥‥いいえ、ご辞退いたしますわ」
 雪截は定惟がこれまで付き合った(と言っても全てすぐ破談になったのだが)女性を訪ねた。しかし、今も定惟に好意を持っている人が一人も居ない。定惟は公人として接する場合は好人物らしいが、想い人以外の女性には淡白で、しかもそれが絵画の天女となれば、女性達も少なからず傷ついている。
「一時は騙せたとしても、それで幸せな夫婦生活は望めませんでしょう? 惨めですわ」
 正論だ。雪截は引き下がるしか無かった。


「そう言や噂で聞いたんだが、西に何日か行ったところにある山で天女が目撃されたらしい。それはもう、絶世の美女って表現がぴったりの美しい天女らしいぜ」

「得体のしれぬ者達が私と姫の仲を裂こうとしているのだ」
 定惟が冒険者への対応策を考え始めた頃、ジョゼ達の流した噂が彼の耳に入った。定惟は供の者を引き連れて山へ向う。
「ココは一人身野郎の救世主として「救済」でもしとくかね」
 白翼寺涼哉は自前の巫女装束に身を包み、白粉を塗りたくって美白の天女に化けた。四月と言っても山の上は肌寒く、涼哉は震える体を押さえて定惟が来るのを今か今かと待っていた。
「姫、我が姫!」
 程なくして下から大平の声が聞こえてきた。
「よーし」
 彩絵檜扇で口元を覆い、女装した白翼寺は木立ちの陰から姿を見せる。
「姫!」
「あーれー、そこにおわすのは愛しい定惟様‥‥」
 裏声で調子を合わせる白翼寺。どう考えても変だが、定惟は気づかない。
 近習の者が止めるのも聞かず、近寄る定惟。
「お待ち下さい。姫に対して無礼ではありませんか?」
 側に隠れていた由月が両手をあげて立ち塞がる。
「そなたは‥‥?」
「あたしは姫にお仕えする巫女です」
「左様か‥」
 由月とは一回会っているが、定惟はまだ気づかない。目に入っていないようだ。
「姫はお疲れのようです。また日を改めてお越しください。そうそう、姫は江戸の『薔薇薔薇饅』という菓子に大変な興味をお持ちです。次に印象を良くする為にどうですか?」
 調子に乗り過ぎと思わなくも無い。見兼ねた近習の者が定惟を止めた。
「怪しい輩‥‥いずれは狐狸妖怪の類であろう!」
 お供の人間が定惟を守るのをこれ幸いと、由月は背中を見せて逃げ出した。白翼寺も踵を返す。
「姫ぇ! いま定惟が参ります!」
 あっという間だった。定惟は供の人間を弾き飛ばし、由月も越えて、思わず振り返った想い人(白翼寺)の胸にダイブした。長身ながら体力に自信の無い涼哉はされるがままだ。あっさりと唇が奪われる。
「見るに堪えません‥‥」
 涼哉を救ったのは草むらが飛び出た長い双腕。ミミクリーで腕を伸ばしたミスティは十文字槍の石突きで白翼寺に覆い被さった定惟を力任せに打った。
「ぐはっ」
 地面を転がる定惟。お供の者達が駆け寄る間に、心配して隠れていた冒険者達は一目散に逃げ出した。

 この事件が冒険者達の仕業と分かっても定惟の思慕は衰える事は無く、冒険者達は処置無しとして依頼人に頭を下げた。美女コンテストは或いは開かれるかもしれないが、この呆れた物語が、進展を見せるのは暫く先の事である。


つづく