●リプレイ本文
●恋煩いへの処方箋
ともかく説き伏せるより他無いというのが、依頼を受け取った冒険者たちの大半の意見だった。
「一緒に?」
「いや、各々のやり方で動くのが良いだろう。まだ定惟の事も良く知らないし」
参加者は顔ぶれに入れ替わりはあるものの今回も十人、あの手この手で標的(?)に接触をはかる。
「猫さまの挙動は気になりますが、こちらを何とかしましょう」
陰陽師の須美幸穂(eb2041)はつい先日まで江戸と京都の間を往復して、その旅の途中で獣人と知り合っていた。彼女には定惟の目を覚ます一計があり、黒畑緑太郎(eb1822)の助力を得て下準備をしていた。
「まあ他人事とは思えないからな。ふむ、アウルさんにも声をかけといたんだが来てないか‥‥」
緑太郎は神聖騎士の少年の姿を探して首を振った。
「アウル様なら、さっき屋敷に入っていかれましたけど?」
「先に? ならここでこうしていても仕方ない。私達も中で話を聞くとしよう」
(「まさか死にはしないでしょう‥‥」)
アウル・ファングオル(ea4465)は定惟の病については高をくくっていたが、大平邸にはいの一番で駆けつけた。先の依頼で思わぬ失態を演じた気恥ずかしさがあったのかもしれない。
「どこかでお会いしたかな?」
島野の計らいでアウルは大平定惟と対面した。定惟の顔を見て、少し驚きがあった。
一月前に比べて、別人のように顔色が悪い。これは死んでも不思議は無いと思い直す。
「‥あの時は失礼しました」
拙い発音で言った神聖騎士に、思い出したのか定惟は膝を叩いた。
「お前は天女の‥‥いや冒険者であったか」
先の依頼でアウルが加担した謀は冒険者の仕業と既に知れている。定惟は一応、絵師利仁が天女を隠しているのでは無いことは納得していた。
「はい。‥‥聞けばお悩み事があるそうですが」
「うむ?」
「あなたは京の現状をどのようにお考えなのか?」
突然の詰問調に、定惟は目を細めた。アウルが話したのは、京都が大難を抱える今この時期に、検非違使の者が絵空事の色恋に現を抜かすとは何事かと、要約すればそんな内容だ。定惟にすれば父母や同輩から繰り返し言われた事だが、赤の他人の、それも年少の異国人から率直に言われた事は少ないだろう。
「誰ぞに言わされたのであろうが‥‥大きなお世話というものぞ」
「ジャパン語に慣れないので失礼ありますが‥‥それは、あなたが周りに迷惑をかけているからでしょう?」
「‥‥」
屋敷の前で緑太郎と幸穂は、アウルが首を掴まれた猫のようにポイっと追い出されるのを見た。
「若様は頑なにござりますれば、今では誰の言葉も耳に入らぬご様子。何卒、よろしくお願い致します」
島野冬弥は自分の部屋に冒険者達を通して再度、定惟のことを頼んだ。月代翡翠(eb2088)を除く9人が顔を揃えていた。一度追い出されたアウルも一緒だ。
「難しい依頼だが、微力を尽くしましょう」
一座を代表して志士の鷹見沢桐(eb1484)が答えた。
「あり難きお言葉、何卒、何卒‥‥」
「島野殿、そのように恐縮されては我らもなにやら面映い。心配はもっともだが、所詮は恋煩い。いつかは冷めるが道理。貴殿もお疲れの様子、心を安んじて身を養われよ」
桐はこの問題を軽んじてはいなかったが敢えてそう言った。いつか恋が冷める時に定惟が失う物は多いだろう。取り返しのつかない事態も無いとは言えない。
「まずは体を損なわせぬ事だな。こいつは俺の領分だ、任せて貰おう」
白翼寺涼哉(ea9502)が立ち上がる。彼は名の知れた冒険者であると同時に、優れた医者でもある。白翼寺は助手役の天道狛(ea6877)を連れて定惟の部屋に赴いた。
「医療局・京都支部から出向致しました、私は医師の白翼寺と申します。こちらが看護人の天道でございます。出来る限りの事は致しますのでよろしくお願い致します」
「嫌苦巨躯・凶徒死舞?」
個人の名声は別にして、冒険者の集団や組織はまだまだ知られていない。島野が医者と説明すると定惟は頷く。
「では失礼しまして。天道先生、お願いします」
「はい」
涼哉が定惟の身体を診て、狛がそれを手伝う。涼哉は普段は歯に衣着せぬ男だが、今日は失礼の無い程度にと考えている。余計な口は叩かない。
「身体がかなり弱っておられますね。物を食べておられぬご様子、夜も眠られていないようだが」
「それがどうした? 姫に逢えぬなら、朝も夕も空しい。生きる甲斐もない。医師殿。おぬしは仏門にあるなら、恋愛成就の秘儀をご存じないか?」
定惟は今生で天女に逢えぬなら、一命を賭して祈願し、魂魄となって彼女の元に飛んでいくのも本望と言った。本心からそう思っている様子に、狛は感心した。
天道は相方を見るが、それに気付いた風もなく涼哉は定惟に話しかけた。
「そう、私も天女は‥‥仏門に入って数年、ようやく見かけた次第でございます。姿形は女性の様でございますが決して「人」ではございません」
西洋に多くの神があり、天使がいるように、東洋にも数多の神と仏、その使いが在る。天女も存在すると信じられているが、涼哉はまだ見た事は無い。方便として語った。
「天女は人ならざる故、子を為す事ができません。人と人ならざる者が交わる事について、検非違使殿は如何お考えでございますか?」
「さかしい事を申すな。ことの理屈で我が思いがどうして計れる? 姫への思いより大事なものが何も無いのに、何を考えろというのか」
定惟は苛立ち、席を立った。身体はよろけたが、脇に控えていた島野が支える。
「下がれ」
白翼寺は定惟の言葉に黙って従った。その背中を見つめて、天道は息を吐く。
(「あそこまで恋焦がれてるなんて噂以上にすごいわね‥‥私も涼哉の天女になれてるのかしらね‥」)
「‥‥重傷だな」
「そうよね」
「ふふ、すぐそばにこれほどの天女が居て気付きもせんとは、大平も哀れな男だ」
涼哉は大平邸に来る前に、買ってきた白粉や香料で狛に天女風の化粧を施していた。
「あたしは、笑われるかと思って恥かしかったわ」
涼哉の化粧の腕は拙いが、彼はニヤリと笑った。
「土台がいいんだから、それはない」
「お取り込み中やった?」
商人の将門雅(eb1645)が顔を出すと、涼哉と狛はさっと離れた。将門は白翼寺に頼まれた物の買出しに行っていた。診察が終わったと聞いて肩を落す雅を、狛が励ました。
「まだ明日がありますよ」
その日から、冒険者達の連日の説得(口説き)が始まった。
「そもそも天女とは‥‥」
神聖騎士のミスティ・フェールディン(ea9758)は自由な発想により天女をジーザス教で言う天使(エンジェル)と類似と捉えて神と人の関係を説いた。
「私達が対等に接することができる存在ではありません‥‥。まして、天女に色欲をいだくなどもっての外です‥‥。それでも、あなたが本当に天女に近づくためには、天女の理を理解し、日々、天女の教えに努める必要があります‥‥。それが、最も最短であり、唯一の方法です‥‥」
捲くし立ててるようだが、ミスティの舌は酷く重い。一言話すたびに長い間がある。元々、聞く気も無い定惟には欠伸の出る話である。それが理由で必ず将門雅が同席した。
「神への冒涜です‥‥」
「またかいな」
ミスティが怒りで狂化するので雅がそれを気絶させて鎮めるのだ。挙句に定惟に憐れみの目を向けられる。
「わしより、この者の病を治療するべきではないか」
「私には、未だ精進が足りないのですね‥‥」
真面目なミスティは残る期間、定惟に意見をしなくなった。
「天女を探すには心身共に良い状態やないとあかんのんとちゃうか?」
将門は健康について説いた。
「もし、今の定惟さんが天女に会ってええ顔せんで。うちも女性やからあえていうけど、しゃんとしとらん人にええ感情は持たんよ」
これには医療局の二人も頷き、鷹見沢桐も援軍に加わった。
「雅殿の申すとおりだな。貴方が天女を想う気持ちは我らにも十分に伝わった。だが、天女の方は果たして定惟殿を好ましく思っているだろうか?」
自らの仕事も十分に行えずに、女の事だけを考える女々しい男に惚れる女は居ない。ましてや相手が天女ならば尚更、その隣に立つべき男に要求されるものは多い筈と桐は力説する。
「わしが天女に相応しい男ではないと言うのか?」
「今の貴方は、私や雅殿にも勝てますまい。その貴方が、貴方の理想とする天女に相応しい男だと胸を張って言うことが出来ますか?」
「ぬうう‥‥」
若輩の桐にそこまでハッキリと言われては、定惟に顔色はなく、その場で憤死するようにさえ見えた。
(「言いすぎやで?」)
追い詰めすぎだと焦った雅は背後から桐を叩いて黙らせようとしたが、定惟を見たまま桐の手は雅の手刀を掴んだ。
「ここまでの男なら、元から天女と縁など無いのだ」
「むぐ!」
憤激の余り、定惟は目を剥いて前のめりに倒れた。慌てて白翼寺が駆け寄る。息が無い。
「‥‥おいおい、お前、女の味を知らんで逝く気か!?」
涼哉は定惟に馬乗りになり、必死に呼びかけた。
その頃、別室では須美幸穂が定惟回復の方法を占っていた。傍らでは緑太郎が占術を手伝いながら、独り言を並べ立てている。
「しかし、定惟という男、このままでは愛し姫のような妖怪に魅了されて命を落としかねんな。いやあの様子では、既に某かに呪われていることも十分に考えられる」
他人事のように言う緑太郎。放っておけないから請けた依頼だが、策が浮かばない。隣室の騒ぎを聞いて女陰陽師は思案顔で言った。
「定惟様が倒れた? それは好都合‥‥」
「まさか本当に亡くなるとは‥‥真実は物語より奇人なりですね」
アウルは感心したように言った。言葉が少し変なのはジャパン語覚えたてだから仕方無いが、一応あのあとに定惟は息を吹き返した。白翼寺が名医だったか。今は絶対安静の定惟を嵌めるべく、須美と黒畑が準備している。
「本当に大丈夫なのですか?」
島野は自分の呼んだ冒険者達が或いは若様の命を縮めているのではと疑いを持ち始めた。
「心配は無駄です。死んだらその時はその時です」
言葉に不自由なアウルは時に本心が見え隠れした。
「チャームみたいな、説得に役立つ魔法を覚えておくんだった。おたくの方はどうだ?」
眠っている定惟の顔を窺っていた緑太郎が振り向く。ファンタズムを試していた幸穂は首を振る。この魔法は動かせないし自由に消せない。舞台効果としては使い方が難しい。
「‥‥さま‥‥定惟様‥‥」
己を呼ぶ声に、定惟が目を開けた。すると、彼が想い焦がれた天女が目の前に立っているでは無いか。
「おおっ!」
いつも肌身離さず身につけていた天女絵の描かれた扇を取り出すと、何と扇から天女が消えている。驚愕する彼の頭に天女の声が響いた。
「貴方の思いのおかげでわたくしは人間になることができました。でも、私はここがどこなのか分からないのです。私を捜し出していただけませんか?」
「姫!」
感極まった定惟が目前に天女に抱きつく。しかし、彼の指は天女の身体を素通りしてしまう。しかも良く見ればその天女は上半身しかなく、足が途中で消えていた。
「どうか‥‥私を探し出して下さい。お待ちしております‥‥」
「ああ、何ということか。捜す、必ず貴女を探し出すと誓います」
定惟がそう言うと、天女の姿は霞のように消え失せた。残ったのは呆然とする定惟と、天女が抜け出た白扇だけ。
それから数日が過ぎた。
「こんな夜更けに、何をされているのです?」
市女笠に外套を纏って姿を隠した月代翡翠は大平邸にやってきていた。定惟が声をかけると、会釈して笠は取らずに返答する。
「ただ月を見ているのです」
「変わった事を申される。我が家の月がそれほど珍しいものですか?」
どこで見ようと月に違いのあるものかと定惟は言った。近づく定惟は帯刀している。盗賊、狐狸妖怪の類ならば捕縛するつもりだ。僅か数日で、見違えるほど回復したのは冒険者らの力もあるが、天女への想いも強い。
「貴方こそ、良く月を見ているのではありませんか?」
「私には理由のあることです」
翡翠は定惟に捕まった。
「貴方はどこの誰ですか」
「乱暴な、そのような方には何も申せません」
笠を奪うと、翡翠の姿はまずジャパン人離れしている。肌の色こそ変わらないが、赤い髪に青い瞳。口を結んで定惟を睨みつけている。
「話さずとも、分かること」
翡翠は陰陽師として氏素性の確かな身なのですぐ狐狸では無い事は証明されたが、月見の理由は話さない。本当の事は言えないのだから当然だが、定惟には変わり者と映った。
「やはり冒険者であったか」
冒険者達を調べて翡翠が冒険者と知ると、それで定惟は納得した。彼は冒険者の奇行奇癖には少しばかり耐性がついたようだ。
「あなたが想いを寄せる女性はどういう方なのでしょう? 外見ではなく。どういった人柄なのか?」
ギルドに戻る前に、アウルが質問した。
「素晴らしい人だ。心は清らかで美しく、慈愛に満ちていて、溢れるほどの気品がある」
「‥‥本当ですか?」
「私の目に狂いは無い。もし正反対の心を持っていたとしても、私の気持ちは変わらないのだが」
「はあ」
アウルはジャパン語は難しいと思った。
ところで、説得に腐心する仲間達とは別行動を取った山本佳澄(eb1528)は、毎日定惟と昔関係のあった女性達の家を訪問していた。定惟の好みや性格を分析する一助になればと思っての事だが。
「定惟殿は色恋の分からぬ人でございました」
「分からないとは?」
「感情が冷めているのです。あの方は本当の恋愛をしたことが無いのでは無いかしら」
また、女達の何人かは定惟が女嫌いであると本気で信じていた。普段はそれほどでも無いが、時々思い込みの激しい所があるとも言っていた。それは冒険者達も納得する所がある。依頼中に、半ば冗談でアウルがこんな事を言った。
「貴方の目的を妨げるものと、この怪異もまた、無関係では無いです」
その時は一笑に付した定惟だが、天女顕現を見たあとの彼はその事を本気で考えているらしい。
この事が、物語に意外な進展を見せることとなる。
つづく