●リプレイ本文
「上手く行くか分からないが、投げる真似だけはしたくないな」
出立前、天城烈閃(ea0629)は呟いた。大和へ旅立つ冒険者10人は、それぞれ秘策や作戦を用意している。だが自信は無い。問題となっているのは人の心、どうなるかは分からない。
「という訳で、俺がいない間、一緒に風呂に入れ」
白翼寺涼哉(ea9502)は見送りの哉生孤丈に、狛の膝の上で丸くなった飼い猫を指差した。
「帰ってきたら‥‥結婚しよう」
涼哉は弁当を渡す天道狛を優しく抱擁する。
出発前のいちゃいちゃが毎度の事になりつつ白翼寺である。仲間達も慣れつつある。
「‥‥時に島野殿、いっそのこと大平殿を見限った方が島野殿の後々の為にもよろしいのではないですか‥‥?」
仲間が揃うまでの間に、ミスティ・フェールディン(ea9758)は島野冬弥にそんな事を提案した。
「まさかでござる。私は大平家と若様にご恩がございます」
「そうでしょうか‥‥? 大平殿は、島野殿の大切な人なのですね‥‥」
ミスティは合点した様子で、遠くを眺めた。その横顔は少し寂しげだ。
「いょっ、俺は『音撃戦士』の日比岐鼓太郎だ。よろしくな」
初めてこの依頼を受けたジャイアントの日比岐鼓太郎(eb1277)は仲間達に声をかけて回った。
「しかしまー、複雑にしちゃってるな。少しずつ解いていこうぜ?」
「はい。色々とツケが回って来てますし」
アウル・ファングオル(ea4465)はしみじみと溜息をつく。
「思いつきのその場しのぎや、力づくは止めて貰わないと」
「うん。そこで俺はこいつを使うつもりなんだがな?」
鼓太郎は懐から豆を取り出した。追儺豆だという。
「俺はお姫さんは人だと睨んでるが、この先を思えば確認は必要だ」
「鬼でも‥‥大して変わりません。人の方がよほど恐いですから」
アウルは神妙に言った。それがこれまでオーガを征伐してきた神聖騎士の言葉かと鼓太郎は意外に思ったが、微笑を返した。
「そうだな、鬼に横道無しと聞いた事があるぜ。人は複雑で怖いか」
ちなみに今回はアウルの説得で島野が冒険者達に同行する。
「どういうつもりだ? 俺は大平を殉職させるつもりで」
「その場凌ぎにしかなりませんよ。俺はあの二人は対決させるべきだと思います」
島野の同行には涼哉が反対したが、依頼人の意思を変えられなかった。展開次第では島野を押さえる必要も出てくると少し緊張した空気も流れた。
「用意は出来た也か? ならば急ぐ也よ、大平殿が食い殺されたら全てがパー也」
奇天烈斎頃助(ea7216)が皆を急かした。1月の大和は寒く山道には危険も多いが、防寒具を持たない者や荷物を持ちすぎの者などいて、準備に少し時間がかかった。
「ふふ‥‥これがこの依頼の最後也ね‥‥はてさて、どうなる事やら」
色々と不安を抱えつつ、冒険者達は鬼と定惟達の待つ村へと出発した。
「わしの行動はこれ全て姫を想うがため。それを鬼退治の口実とは、馬鹿にするにも程があるわ」
仲間達に先行した将門雅(eb1645)が村で待っていた定惟に事情を説明すると、彼は激昂した。
「落ち着いてや。まあ、もうすぐ島野はんも此方に来るし、存念は直接ぶつけたらええと思うわ」
雅は必死に定惟を説得するが怒りは収まらない。宥めるだけでなく、鬼の情報も聞かなければならないから大変である。村人らの話では、人喰い鬼はあれから暫くは現れなかったが、ここ数日村外れに出没するようになったという。
「傷の回復を待ってたのやろか」
別件で死人憑きが二度出現したが定惟が倒したらしい。
「死人憑きって黄泉人?」
黄泉人の姿は現れていないが、大和に再び亡者が増えているとすれば一大事だ。半日ほどの差で村に入った仲間達も亡者の情報には一様に顔色を変えた。鬼退治だけでも頭が痛いのに、黄泉人まで相手する恐れが出てきた。しかし、その前に。
「お前が鬼の姫か?」
「‥‥はい」
島野は良姫が肯定すると刀の柄に手をかけた。
「己、憎いやつ。今この場で始末してくれよう」
「冬弥! 姫に対し無礼であろう。何を血迷うておる」
定惟が姫を庇い、島野を睨み付けた。
「血迷うてはおりませぬ。若様こそお目を覚まし下さい」
「島野さん、落ち着いて‥‥まず刀から手を離してください」
道中、島野の側にいてこの時を心配していたミラ・ダイモス(eb2064)が島野に近づく。雅も良姫を守ろうと前に出る。
「わしは正気だ。お前は何という事をしておるのだ」
これから修羅場という所に、ゼルス・ウィンディ(ea1661)が駆け込んできた。
「皆さん、鬼です! 鬼が来ました!」
「出たか‥‥大平殿、島野殿。悪いが話は後にしてくれ」
烈閃はライトロングボウを手にとって駆け出した。仲間達も彼に続く。
「鬼国の使者として参りました」
村外れで冒険者達を待っていた鬼は銀髪碧眼の女性。白い板金鎧の上に皮のローブを羽織り、頭にはリースの冠と白いウィンプル。
「姫様、この者達は?」
クーリア・デルファ(eb2244)は周りを囲んだ冒険者に視線を廻らしてから、親しげに良姫に話しかけた。
「‥‥私の連れです」
「左様で。あたいはてっきり‥‥ならば話しても大丈夫か。むしろ好都合」
愉快そうに言って、クーリアは一つ咳払いをしてから鬼国の大王の伝言という内容を話した。
「姫様お留守の間に黄泉人の襲撃があり、畏れ多くも我が大王の秘宝が奪われました。大王はいたくご立腹で、亡者から秘宝を取り戻した者に、良姫を褒美として与えると仰せです」
「それはまことか!?」
定惟の驚きぶりにクーリアは動揺したが、何とか顔には出さずにすんだ。
「嘘は言わない」
そこでクーリアはゼルスに視線を向けた。ゼルスは姫を連れていくようゼスチャーをした。
「‥‥斯なる仕儀にて、姫様にはこの場よりご帰国頂く」
クーリアが喋る間に定惟の後ろに回ったゼルスがスクロールを取り出すのを、アウルが気付いてスクロールを奪い取った。
「何を‥」
「力づくは止めると言いましたよ」
その様子に島野が不審を抱いた。涼哉が舌打ちをこぼし、定惟に近づこうとする島野の前に立ちはだかる。
「島野、大平は殉職したんだ」
「馬鹿を申すな」
「馬鹿で結構。本当に殺しちまう前に‥」
その時、村人の悲鳴が冒険者の耳に届いた。冷水を浴びせられたように皆固まる。
「「鬼だ!」」
咄嗟に駆け出そうとして、冒険者達は声の方角が分からなかった。冒険者には目が良い者は多いが、耳が良い者は存外に少ない。
「どっちだ?」
「あっちの方から聞こえたぞ」
少ししてまた声が聞こえた。村全体も騒がしくなった。全力で向う冒険者。鬼は冒険者に任せた方が良いと島野が言い、定惟は村人達を守りに行った。定惟の護衛に烈閃がついていく。
「我らの事は良いから、おぬしも行け」
「そうもいかん」
人喰い鬼は村外れの一軒家で発見した。恐らくその家の娘と思える少女を鬼は抱えて逃げる所だった。鬼の後姿を冒険者達は追いかける。
「待て鬼! 今日こそ成敗してくれよう」
冒険者達に気付いた鬼は娘を離して振り向いた。
「風の精霊よ」
ゼルスはまず足を止めようと高速詠唱で生み出した真空の刃を褐色の大鬼にぶつけた。囲みたい所だが、まだ距離があった。鬼は民家の裏に逃げた。
「まだ仕掛けるな。前衛を持つんだ」
追いかけようとしたゼルスを鼓太郎が止める。重装備のミスティ、頃助、クーリアと、それに魔法を付与したミラ、アウルが遅れた。ゼルスと鼓太郎、雅に涼哉では鬼と正面から戦えない。
「このままやったら逃げられるで」
「人喰い鬼の癖に戦わず逃げるとは。罠くらい仕掛けとくべきだったか?」
数の差が明確なら鬼でも逃げる事に躊躇はしない。涼哉は倒れている少女を助け起した。気絶しているが、特に命に別状は無い。
「逃す訳にはいかんか。援護してくれ」
刀と鎖分銅を握った鼓太郎が民家に近づいた。後ろからゼルスと雅が追いかける。気付いた鬼が側にあった薪割りの手斧を掴んで投げた。
「ちっ」
鼓太郎は傷を負うが、かまわず走った。ゼルスが真空の刃を放ち、鬼が怯んだ隙に懐に飛び込む。
「よっしゃー」
右手の忍者刀と左手の鎖分銅で同時に攻撃した。大薙刀に鎖が絡みつく。驚いた鬼は力任せに大薙刀を振るった。鼓太郎はそれを辛うじて忍者刀で弾くが、このままでは斬られると背筋が凍った。薙刀が振えないように鬼に密着した鼓太郎は鬼の拳で思い切り殴られた。もつれるように二人が倒れる。
鼓太郎を振り解いて鬼が立ち上がった時には、遅れていた仲間達がかなり近づいていた。
「これまでだな。教の刃は簡単には砕けんぞ」
クーリアはホーリーメイスを掲げて突撃する。鬼と同じく大薙刀を持った頃助が続き、ミラとアウルは鬼の背後に回ろうとした。
「ウオオ」
手薄な所から突破しようとした鬼を、後方からミミクリーで腕を伸ばしたミスティの十文字槍が阻む。踵を返した鬼はクーリアを斬りつけた。
「っあ」
左手の鉄の手袋で受け損ねたクーリアの体が崩れた。彼女の背後から頃助が大薙刀を振るう。鬼はそれも弾くが、腕を伸ばしたミスティとアウルの十文字槍とブレーメンソードが鬼の背中に突き刺さった。
「ガアアアアッッ!!」
鬼の顔が驚愕に歪む。狂乱した鬼の大薙刀を頃助は冷静に捌いた。
「何を喋っているか分からぬ也。往生する也よ」
頃助の大薙刀、ミラのジャイアントソードが前後から鬼の体に叩きつけられる。なお絶叫して反撃する鬼を冒険者達は動かなくなるまで斬りつけた。
「終わったようだな‥‥」
村人達の歓声があがるのを烈閃は定惟達と聞いた。烈閃は島野にトネリコの杖を渡した。
「使ってくれ」
その後の、冒険者と島野と定惟の話し合いは一昼夜続いた。言葉を尽くしても、それで割り切れるなら話は先についている。島野は定惟が帰らねば死ぬ覚悟で来ていたし、定惟には帰る気が無い。良姫は定惟を憎からず思っている様子だが、定惟を鬼国に連れていくには躊躇いがあった。
これは平行線と考えたゼルスと一部の冒険者が定惟に内緒で良姫に村を出るよう説得した。
「このまま二人で逃げ出すという選択もあります。けれど、それは本当に幸せな選択でしょうか? 京で定惟さんの帰りを信じて待っている人や、鬼国で貴方の帰りを待つ人達もいるでしょう。その人達を悲しませる事が本当に正しいことか」
「そう也。最悪、鬼国と事を構える外交問題になりかねない也よ。それは大平殿の御為にもならぬこと也」
ちなみにこの間に鼓太郎が良姫に追儺豆を使っていた。その判定では本物の鬼のようであるという。
「俺は気に入らねぇな‥‥」
涼哉は良姫を逃す事に反対だった。周りの事情を優先した選択だからだ。しかし、このままで行くと島野が死ぬ恐れが高い。冒険者達はそれは避けたかった。
結果、冒険者は定惟が寝ているうちに良姫を連れ出した。見送りに行った雅は良姫に布袋を渡す。中身は金だ。
「このまえの小柄、うちの目利きが甘くて買取金額が合わんかったわ。なんかあったら将門屋をご贔屓に」
良姫は冒険者達に礼を言い、村を去った。
さて、その後が大変である。
目覚めた定惟の大狂乱に、冒険者達はクーリアの嘘をつき続ける。鬼国の一大事の為に帰らざるを得なかったのだと。もし定惟に姫への想いがあるなら都に戻り、黄泉人討伐を行うべきと説く。
「‥‥」
信じたか否かはわからない。喉が枯れるまで叫び続けた定惟はうずくまり、都へ戻ると告げた。
おわり‥‥