●リプレイ本文
●間違いだらけの潜入調査
羅城門から真っ直ぐに伸びる朱雀大路を、一匹のシフールが見下ろしていた。
「パリよ!私は帰ってきた!!!」
‥
‥‥
‥‥‥?
「あら?また間違えたかしら。最初はエジプトに買い付けに行くつもりがジャパンにきちゃったし、
‥‥ま些細な問題よね、ギルドどっちかしら(ぱたぱたぱた」
一人でブツブツと呟き、ギルドと逆方向に飛んでいくティアラ・クライス(ea6147)。
ティアラ退場。
●仕切り直してもう一度
京の都は町全体が碁盤の目のように区画され、東西南北に走る大路、小路に正方形の町が綺麗に収まっている。大路に囲まれた一区画を坊と呼ぶ。各坊は四町四方(16町)に区切られ、町と町の間を小路が通る。
この一町が四十丈四方(一辺が120mの正方形)の大きさだ。更に一町は東西四つ、南北8つの三十二戸に分割される。条坊制と呼ばれるこの区切りは神聖歴1000年現在、崩れ始めていたがまだ機能していた。
(「‥‥はて?」)
無頼に姿を変えた坊主の八幡伊佐治(ea2614)は首を捻った。彼は妖怪荘を目の前にしていたが、長屋の続く路を一回りしても入口が見当たらない。
「普通なら何本か小路が通っている筈だが、一つも無いとは面妖な‥‥これでは中で俺を待つ美人に会えんじゃないか」
伊佐治の目的はナンパである。本来の目的も頭の片隅に在るが、まず美人のナンパである。それが何より彼には重要なのである。
「あれ?」「ん?」
同じく調査に来た学者の楠木麻(ea8087)、用心棒の御堂鼎(ea2454)もまた、別々の場所でそれぞれ疑問符を頭の上に付けていた。誰も近くの町で情報収集してから入ろうとかは考えなかった、場当たりな面々だ。それも良かろう。
「「「‥‥‥」」」
伊佐治、麻、鼎退場。
●帰還
「‥‥入れなかった? はぁ‥‥それはそれは、大変でしたなぁ」
京都ギルドの手代は戻ってきた三人に生温かい目を向けた。
「なんだい、嫌味だねぇ。調査はまだ4日もあるんだよ。こんなのは序の口じゃないのさ」
そう云って、鼎は腰につけた竹筒をあおった。中身は酒である。
「面目次第もないです」
楠木は素直に謝った。調査と言っても、中に入れないのではどうにもならない。
「手伝いを頼んだ二人にも悪いことをしました」
麻は友人の冒険者二人に借金取り役を頼んで、妖怪荘まで追い立ててもらう計画を立てていた。二人とも後の予定があるから、今日だけの約束だ。明日からは他の手を考えなくては。
「しかし、入口の無い町にどうやって人が住んでいるんだ? 噂通り、中にいるのは物の怪なのかね?」
女目当ての伊佐治は少し気落ちしたようだ。この男、僧籍にありながらナンパの達人という困った青年で、巷では蜜柑坊主や樽樽坊主と、愉快な愛称で呼ばれている。
「見えない入口ですか‥‥そう言えば、もう一人はどうしました? 確か、江戸から来たばかりのシフールが居たでしょう?」
手代が尋ねると、三人は顔を見合わせた。その頃、ティアラ・クライスは琵琶湖の上空を飛んでいた。
「ともかく、入れませんではギルドの信用問題です。明日からは壁を打ち壊してでも、ちゃんとした調査を行って下さい。いいですね?」
本当に壁を壊したら犯罪だが、手代の言いたい事は良く分かった。三人は策を考える。
●三度目の正直とか
「住めば都の妖怪荘‥‥って、ここどこよ?」
二日目、シフールは荒波の日本海を眺めていた。
打ち寄せる波濤を見つめ、さすがに方向転換するティアラ。
一方、今日こそはと決意を新たにした三人は‥‥。
トン‥トントン‥。
「ふーむ、どこかに隠し扉があるんじゃろうか?」
伊佐治はしきりに壁を叩いたり、耳を押し付けて中の音を聞こうとした。それに付き合う鼎は顔をあげて長屋の屋根を見た。
「上から入れないかねぇ?」
「む‥」
叩くのを止めて伊佐治も頭上を見る。長屋は平屋だから、登れない事もない。
伊佐治は成り行きを見守る楠木に視線を移した。
「‥‥麻殿。肩を貸すから、中の様子を見てくれないか?」
八幡の背丈は六尺、三人の中では一番高く、楠木は最も身が軽い。
「僕が? もし中の人に見つかったら、言い訳できない気がするんだけど?」
「笑って誤魔化せ。‥‥それにだ、若い時の苦労は買ってでもしろと言うじゃないか」
根拠の無い事を言う伊佐治。反論はあったが、仕方無いと楠木が手掛りになる庇を探していると、背後から声がかかった。
「おじさん達、そこで何をして居られるのか?」
声の主は水干姿の童子だ。じっと冒険者達を見ると、その子供は見透かすように言った。
「中に入りたいのかえ?」
「知っているのか」
壁際での挙動不審な様子を見られていたのなら弁解は無意味だ。もし入り方を知っているなら渡りに船というべきだろう。
「知っておる。案内するゆえ、われに付いてござれ」
変わった話し方をする童である。年齢は10歳前後か。三人が少年に付いていくと、角を曲がった所で少年の姿が消えた。
●妖怪荘 壱の門
アッと思う間も無く、壁から声がする。
「こちらでござります」
見れば長屋の板張りの一部が外れていた。少年はその穴から中へと入ったらしい。麻は難なく潜れたが、上背のある伊佐治と鼎は少し苦労した。穴の中は六畳ほどの広さの板敷の部屋だった。
「右に進めばヌシが居られる。では、われはこれにて‥‥」
止める間もなく、少年は通路の先に消えてしまった。三人は顔を見合わせたが、とりあえずこの部屋から出て外を見た。
「こりゃまた、ずいぶんとゴチャゴチャした町だな」
基本は棟割長屋だが、無秩序な修繕と改築で原型を止めていない。長屋と長屋の間の小路は狭い所では人一人が通るのがやっとだ。二階建になっている箇所もあり、小路の上に屋根をかけて、その上を路にした所もあった。
「見かけない面だな。おい、何しに来た?」
道端に胡坐をかいて座っていた黒染めの道服を着た老人が部屋から出てきた三人に声をかける。
「あんたはここの住人かい? だったら坊さん、仕切ってる奴を知ってたら、教えてくれると有り難いんだけどねえ」
鼎が言うと、老人は渋面の口元を僅かに歪めた。
「俺の質問に答えるのが先だろ。何しに来た?」
「僕達、借金取りに追われているんだ。行く所が無くて‥‥」
考えていた理由を麻が話す。
「近頃は嘘吐きが増えた。俺は人相見もやるが、お前さんは金に困ってるようには見えないぜ」
「ホントだよ。嘘じゃないったら」
「確かに少し前まで懐は温かだったけどねぇ、江戸の賭場で百両すっちまって螻蛄なのさ」
鼎がフォローする。麻の言葉は真っ赤な嘘だが、鼎はこのとき真実無一文だった。
「そっちの男は?」
「俺はただの遊び人だ。京に来たばかりで家を探していてな、なかなか面白そうな町だが、良い物件があれば紹介して貰いたい」
伊佐治は飄々と言った。三人とも十分に胡散臭いが老人は頷いた。
「ヌシに会いたきゃ自分達で探すことだ。だが部屋ならすぐそこが空いてるぜ」
空き家と言われた部屋を覗くと、柱を齧っていた大鼠と目があった。
「わっ」
「‥‥先客がいるようだけど?」
老人は渋面を更にしかめて言った。
「何? ‥‥ふーむ、また増えたのか」
体長1mほどのお化け鼠が2匹、人間を見ても意に介さぬ風で、再び柱を齧っている。
「坊さん、困ってるみたいだけど。あたしはこれでも用心棒稼業でね‥‥どうだい、鼠を退治したら部屋を貸すってのは?」
鼎が交渉する。すでに表情を引き締めた麻は戦闘態勢に入る。
「やめろ、やめろ! そいつはヌシの身内だぞ」
「‥‥え?」
麻はその声に精霊魔術の詠唱を中断する。
「ヌシの『あかどろ』は鼠の物の怪だ。だから、ここじゃ鼠は傷つけちゃならん。‥‥向かいの部屋がいいだろう。盗人が住んでるが、江戸に行くと言って出てったから当分戻らん」
大鼠の部屋の戸を閉めて、言われた部屋を開ける。今度は鼠はいなかった。土間と板敷きの居間があるだけの典型的な長屋だ。
「‥‥一部屋だけか?」
「何か不都合があるのか」
老人は三人が家族と思ったらしい。麻は若く見られがちだが、伊佐治とは6歳しか離れていない。
しかし、他に空き部屋は無いという。
それから少し話を聞いて、ここが妖怪荘の中では『壱の門』と呼ばれている区画だと知る。妖怪荘という名前自体は外の人々の呼び方で、住人は単に『町』と言った。町は北西、北東、南西、南東の四つの区画に区切られていて、それぞれ出入口が一つだけな事から壱の門、弐の門、三の門と呼ばれている。余所者が入れるのは南東の壱の門だけで、先に入ったのが弐の門や三の門なら、命は無かったと老人は言った。
「大げさだねぇ。これでも腕っ節なら大概の奴には引けを取らないよ」
「ふん、死に急ぎたいなら止めはせん」
壱の門には他に行き場の無い世間のはみ出し者が暮らしている。そして、今のヌシは“鉄鼠”のあかどろ。妖怪の名を二つ名にしたこの男は人間とも物の怪とも判らない人物で、鼠を大事にした。
「しかし、さっきも鼠が柱を齧っていました。鼠は増える前に駆除した方が良いのではないですか?」
「柱を齧るのは鼠が悪いか? だが、ここにいる連中は皆、世間から見れば悪を持っている。折り合いをつけて暮らしてるんだ」
「なあ、ここに美人は居ないか。美人で世話を焼くのが好きそうな、ヤバそうな男の影がなさそうな女がいいんだが?」
露骨に聞く伊佐治。
「僕は、本当に妖怪がいるなら、座敷童子とお友達になったり、一反木綿に乗って夜の散歩がしてみたいです!」
麻も自分の欲求に正直だった。
それが彼らの目的にも繋がるのは、確かだ。
「さあな。だが探せば色んな奴がいるから、いるかもしれねえな」
しかし、三人はまだここの住人と認められた訳ではない。うろつけば問題も起こすだろう。
老人は次に来た時までにあかどろに話をつけておくと言って、三人を帰した。
一方その頃、本格的に迷走したティアラは淡路島を西に飛んでいた。
「なんでだ、おい‥‥」
つづく