妖怪荘・弐 壱の門
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:4〜8lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 40 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:05月30日〜06月04日
リプレイ公開日:2005年06月09日
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●オープニング
京の都は真ん中を南北に走る朱雀大路を中心に、大きく右京(西側)と左京(東側)に分けられる。
都の外まで広がる左京の隆盛に比べ、右京は衰退が激しい。近頃では妖怪、魑魅魍魎の怪異に遭遇する事も珍しくない。
その中に妖怪荘というものがあり。
元は貴族の某の荘園の一部だったが、ある時に災いがあって管理が行き届かなくなると田畑がいつの間にやら庶民の家となり、次いで盗賊の巣と化した。それが何時頃からか妖怪の目撃談が多くなり、やがて妖怪荘と呼ばれるに至る。
わずか一町、四十丈四方の間の魔窟である。
「ヌシと連絡がついたぞ‥‥」
妖怪荘の南東部『壱の門』を取り仕切る“鉄鼠”の赤泥は鼠を愛し、物の怪と噂される怪人。壱の門に足懸かりを得た冒険者ギルドは定期的に人をやって様子を見ていた。住人の一人である道服の老僧がヌシと会えそうだと言ってきたのは、大和遠征に京都が揺れた5月下旬の事だ。
「お前達には何か魂胆があるんだろうが、そんなことは関係ねえ。ヌシに気に入られたら住めばいいし、それが無理なら自分達で何とかすることだ」
赤泥は物の怪と言われているが、気性も並の者とは違うようだ。つい先日も、赤泥が年寄りの冷や水が飲みたいと言いだして、壱の門の住人に探させたそうだ。
「そんなおかしな野郎が大きな顔をしてたら住みにくいだろう。他に行こうとは思わないのかい?」
「人の世はどこへ行こうと住み難いのに変わりはないぜ。まだマシという事だろうな」
穏便に行くなら、あかどろに気に入られる方法を考えなくてはいけない。
他にも道が無くはない。別の助言をする者もいた。
「この町で伸していきたかったら、鼠野郎のご機嫌を伺ったって何にもならねえぜ。反対だ、赤泥をコテンパンにすれば、自然とお前の名が売れらぁな」
「あの中のことは治外法権のようなもの。役所の目の届かないところで、何が起こっていても不思議はありませんが‥‥ともかく、調査の方を進めてください」
冒険者ギルドの手代はそういって、妖怪荘の調査続行を冒険者たちに依頼した。
「調査の上はどうするのだ?」
「それは目鼻が整ってから、考える事になりましょうが‥‥今は内外に厄介な時期ですからな」
手代は含みのある言い方をした。大和遠征以外にも、何かあるのだろうか。
とまれ、調査方法は冒険者に一任されている。思案のしどころである。
●リプレイ本文
●案ずるより産むが易しと戸を叩く
「ほぉ‥‥これは確かに、先に教えてもらわねば見つけられぬなぁ」
志士の三月天音(ea2144)は仲間が妖怪荘壱の門の隠し扉を開くのを、感心して見つめた。
御堂鼎(ea2454)・八幡伊佐治(ea2614)・楠木麻(ea8087)と、先に妖怪荘に潜入した冒険者が先導してくれたお蔭で、易々と中へ入る事が出来た。
それを言うと、先に扉を潜ろうとしていた楠木が顔をあげて淡々と答えた。
「大した事じゃありませんから」
「そうでも無いと思うぜ、俺は‥‥」
片桐弥助(eb1516)は隠し戸をじっと観察した。良く出来た作りだ、素人なら開くまでそこに扉があるとは気付かないだろう。まるで、忍者屋敷のようである。
「ふむ、面白い所だな。我が祖国や、西の砂漠にあった魔窟と雰囲気は似ているか」
さっさと中に入り、扉から続く長屋の一室を横切って壱の門の路を見たロシア騎士のウィルマ・ハートマン(ea8545)は猥雑奇怪な街並に目を細める。
「ここまで来てから言うのも何だが‥‥」
警護の物部義護(ea1966)は入ってきた扉を見つめ、疑念を口にする。辺りを見回していた鼎が振り向くが、二人の視界の端を茶色の塊が通り抜けた。
「あ‥あ‥、待ってくださいですのっ」
一番最後に入った夜十字琴(ea3096)は、自分を置いて先に行ってしまった柴犬を涙目で呼ぶ。怖がりの琴がそれまでずっと柴犬を強く抱いていて、不意に逃げられた。
「はんっ」
鼎は手を伸ばして犬を捕まえ、少女に抱かせてやる。
「あんまり遠くに行かせるんじゃ無いよ? こんな所で目を離したら犬鍋にされちまうからねぇ」
「い、犬鍋はイヤですぅ〜」
琴の腕の中で柴犬はジタバタと暴れた。
「さっき何か言いかけたようが?」
伊佐治が尋ねると、義護は首を振った。
「何、突然お邪魔するには俺達は騒がしすぎるのではと思ったのだが‥‥考えても詮無きことだな」
鼎の設定では八幡・御堂・楠木が助平亭主に呑んだくれ妻、できのいい娘と為っているが、それに騎士やら武士やら胡散臭い友達が五人も付いてきて怪しいことこの上ない。
「良い所に気が付いたのう。そこでこれじゃ!」
伊佐治は懐からかぶり物を取り出した‥いや、どこに隠していたのかとか突っ込んではいけない。
「‥‥コレがどうかしたか?」
「分からんかよ。いいか僕らの怪しさなんてヌシの了解を得れば一発解決じゃ。だから御堂殿に、このまるごとネズミーを着てお色気攻撃をしてもらうのじゃ」
その名も「ちゅーちゅーチューズデー♪(はぁと)作戦」。溜息をつく鼎。
「冗談は顔だけにしとくれよ」
「やんぬるかな、では麻殿頼めんかな?」
「誰が着るかっ‥‥て、本当に持ってくるとは思いませんでしたよ」
お約束じゃからかのと呟き、伊佐治はまるごとネズミーを懐にしまう。
平和な集団である。仲間の何人かは一緒にされたくないなぁと思ったとか思ってねぇとか。
ともあれ、中に入ったからには腹を括るしか無い、間違って首を括らないよう気をつけよう。
●家族というもの
「身内です」
「友達です」
「友人だ」
「その他です」(間違い)
まずはヌシに挨拶をと、冒険者7人は壱の門のヌシと教えられた“鉄鼠”のあかどろを訪れた。
長屋と長屋の屋根に通された通路の上に鳥居を拵えて、その奥の小さなほこらが赤泥の住まいだ。犬小屋と見間違う社に蠢く影があり、近づいて良く見れば人間だった。
「‥‥何者だ?」
豪華な金襴の袈裟を纏い、身動きが出来ないほど狭いほこらの中で結跏趺坐した男が目を開ける。なるほどネズミ顔だが、人には違いなかろう。冒険者を案内した道服姿の老人が先に話した。
「あかどろよ、この前話した新入りだ。挨拶に来たんだ」
「だったか? 俺はてっきり、噂に聞く冒険者づれが攻めてきたかと思ったぞ。なんだ新入りか」
赤泥は鷹揚に頷いて、7人を順に眺めた。
「ヌシ殿に渡したい物があるのじゃ」
天音は持参した酒と菜を赤泥に差し出す。
「ふむふむ。よし、どこの誰か、聞いておいてやろう」
「わらわは家督を継ぐ為に、より多くの見聞を広めたいと思い、旅を続けておるものじゃ。妖怪と知り合えたなら、より人として成長できると考えて参った」
「それは凄い。さては名のある御家中の人に違いないな」
「いやいや、そのような者では‥‥」
天音の名乗りに続いて、ウィルマが話した。
「私は見た通り、この国の者ではない。それに棲家を探しているのでもないのだ、探しているのは親類だ。この界隈で父上らしき男を見たと話を聞いたのでな、探させてもらう」
了解を取ると言った口調では無いが、赤泥は不遜なウィルマの言葉にただ頷いた。
「そう、‥‥あれは真性の変態だ。真夜中の吸血鬼のコミューンに独りで強襲をかけて無傷で戻ってくる人外の相手は私はしたくない。そういう意味では、ここは、よほどあの男のいそうな場所ではある」
ウィルマは暗い顔で微笑む。話し方も内容も、聞き手を陰鬱な気分にさせる彼女だが、赤泥は
「それは凄い。さては名のある御家中の人に違いないな」
「‥‥」
続いて夜十字琴がしどろもどろに話す。
「え、ええとですね。私も此処に住みたいんですの。‥‥いい加減、兄上のところから一人立ちしたいですし‥‥」
「それは凄い。さては名のある御家中の人に違いないな」
「え? ‥‥は、はい?」
あとはもう適当に名乗った。この場合、言う方も聞く方もいい加減である。妖怪荘の長屋の戸を叩けば、平家の御曹司も神皇のご落胤もゴロゴロしている。
「我こそは釈迦の生まれ変わりである」
と言っても良かった。氏素性はここで意味が無い、だから冒険者が真に正体を明かしても支障は無かったが、良く考えれば十分に支障のある事なので誰も本当の事は話してないようでもあった。
一通りの名乗りが終わった所で義護が質問した。
「ああ、ところで‥‥部屋が足りてないのだが、他に空き部屋は無いだろうか?」
「簡単だ。無ければ作れ」
作れと言われても‥‥しかし、ヌシと呼ばれる男が体が入るだけの所に住んでいるのだからそれ以上は言えない。次に天音が質問した。
「あかどろ殿、ここに住むにあたって何か決まりは無いのか?」
「邪魔をするな」
他人の詮索をしない、邪魔をしない。それが壱の門の掟だ。誰が作ったルールかと聞いたら、あかどろは怒った。
「詮索をするな」
‥‥それでも必要と思って食い下がったのは食糧だ。昔は畑だったかもしれないが、長屋の中で食べ物を作っているとも思えない。どうすれば良いのかと聞いても赤泥はまともに答えない。だが、察するに妖怪荘の住人は外にも生活を持っているのだろう。中で食糧を作っていなければ、外から持ち込むしか無いのだから。
次の質問は麻。あかどろの方は質問責めに苛立ち始めている。
「先に入ったのが弐の門や三の門なら命は無かったと聞いたのですが、そこはどんな所で主はどんな人ですか?」
「教えてやろう。弐の門はまるで高き山の頂、真ん中に大きな城がある。参の門は天空に人が暮らし、一昼夜が外での二百年にも相当する。それぞれの主は帝釈天と閻魔だ」
「ふむふむ‥‥え?」
真面目にメモを取っていた麻が顔をあげた。これが外の話なら、質問には嘘か真か判断の難しい回答が返ってくるが、赤泥はそんな人を悩ませるような事はしない。
「妖怪荘に美人の女性が住んで居るなら会いたいのじゃが」
と聞いたのは色事坊主の伊佐治だ。
「自分で探せ」
面倒そうにあかどろがそう答えると、伊佐治は笑った。
●調査というエトセトラ
赤泥との面会をパスした御堂鼎は、妖怪荘の中と外を行ったり来たりした。
「何をしてござる」
「人探しさ‥‥もう済んだ」
いつか見た水干姿の少年をみとめて、鼎は近づいた。
「あんたに、礼がしたくてねぇ。探してたのさ、奢らせておくれよ」
そう云って、鼎は持ってきた酒を見せる。
「酒は飲みませぬ。かわりに、われから一つお聞きしても宜しいか?」
「なんなりと」
少年と鼎は空き家に入った。空家と言っても僅かながら家財道具がある。住人は夜になれば帰ってくるが、昼間は使っていないと少年は言った。
「小母さんは侍でありましょうか?」
少年の質問に、鼎は少し戸惑った。元から用心棒稼業の浪人、身分を気にする必要もない無頼。
「はッ、いくら子供だからって、なりを見てから聞いとくれよ。うちは文無しの呑んだくれさ。そりゃ少しは腕っぷしに覚えはあるけどねぇ」
「左様でございますか」
今度は少年に、鼎から聞く番だ。
「あのさ、助平亭主に呑んだくれ妻、できのいい娘、つう家族の三人で一部屋じゃちと狭いんだ。他に部屋はないのかねぇ?」
庶民の価値観から言えば長屋に三人住まいは標準的なものだが、少年は即答した。部屋なら一町向うに良い出物があると。しかし、妖怪荘の外の話だ。確かに左京は右京より廃れている分、空家も多い。
この少年の話でも、壱の門に空の部屋は一つしかない。
「うちはこの町が気にいったんだ。ここに無いなら、門の向こうはどうだい?」
少年は言った。門の向うは鬼が出ると。
三月天音とウィルマ・ハートマンは、“壱の門”の前まで来た。壱の門とはこの一角の通称であると同時に、この門の事でもある。この門と塀に区切られて、この奥、妖怪荘の北東側の弐の門と呼ばれる町はこちらからでは見えない。
「門自体は、何の変哲もない‥‥」
ウィルマが手をかけるが、予想通りといおうか開かない。内側から閂がかけられているようだ。
「乗り越えられぬ事も無いが」
二人は門の近くで胡散臭い住人達にこの先の事を聞いたが、返答は赤泥の時と大差ない。
「あの門の先は地獄に通じておる。行くならば一切の望みを捨てろ」
「夜になると外の者が死体を放り込んでいく、だからあの中は死体の山さ」
「‥‥」
「あんたは少し違うねぇ」
片桐弥助は赤泥の所まで案内してくれた道服の老人を探した。
「何がだ?」
「まあ、いいって事さ。それより、年寄りの冷や水は見つかったのかよ?」
弥助はそれこそどうでも良いような事を聞いた。
「ああ、あった」
赤泥の命令で行われた冷や水探しは散々な事になった。とりあえず沢山の老人が集められた。そして色んな水が取られた。中には筆舌に尽くし難いモノもあったが、“年寄りの冷や水”が見つかって一件は落着した。
「‥‥そいつはすげぇな」
「なんでそんな事を聞く?」
「なあに、年寄りの冷や水があるんだったら、もしかしたら俺の探している“知らぬが仏”“亭主の好きな赤烏帽子”もあるんじゃないかと思ったわけさ」
弥助が言うと、老人は厳しい目付きで辺りを見回した。
もし赤泥が聞いていたら、本気で“知らぬが仏”探しが始まるかもしれないからだ。
(「なるほど‥‥」)
寝過ごした物部義護は仲間が探索する間、何となく部屋で寝て過ごした。長屋だと言うのにその間、隣近所から誰も訪ねてこない。長屋暮らしに誰か引っ越してくれば挨拶に来るのは当然で、人が居れば顔を見にも立ち寄ろうというのが普通だが、この町ではそんな世間の常識は無いようだ。
「こちらから調べに行かねば、何も分からんか‥‥」
義護が欠伸をして、杖を手に立ち上がると戸が開く。
「なんじゃ、おったのか」
伊佐治が顔を出す。義護がこれから出かける所だと言うと、僧侶は重々しく頷いた。義護は首を傾げる。
「さあさ、中にどーぞ」
義護を追い出した伊佐治は、部屋に客を招いた。
「はい‥」
美しい女性である。色白で髪は濡れ羽色、ほっそりとした柳腰、年齢は二十歳頃だろうか。女は伏し目がちに返事をして部屋にあがった。蜻蛉と名乗った。
一刻半ほどして義護が戻ってくると女の姿は無く、妙に機嫌の良い伊佐治に義護はまた首を傾げた。
「何かあったのか?」
「いやー、僕ぁこの町が好きになったのじゃ」
「こ、琴です。どうぞ、「ことやん」と呼んで下さいですの!」
夜十字琴は正座して大鼠に挨拶していた。
ガリガリ‥‥。
‥‥本当は同年代の子供と友達になるのが彼女の目標だが、妖怪荘の中は子供が少なく、止むを得ず大鼠に野菜屑でご機嫌を取ったりしていたら、それを見た住人から。
「その鼠は本性は人間で、お前さんと同い年の男の子なんだぜ」
と嘘を教えられ、信じた琴は勇気を振り絞って大鼠と友達になろうとしていた。
ガリガリ‥‥ガリガリ‥‥。
餌をめがけて鼠が増える。親鼠に混じって子鼠もウロチョロ。
「こ、ことやんと呼んで‥‥ぇ〜〜〜」
途中から涙になり、琴は何が何だか分からなくなった。
気が付けば琴は仲間達と一緒にいた。
「では、われはこれで」
水干姿の少年が鼎と伊佐治に頭を下げて、立ち去る。仲間の話では、気を失った琴が大鼠達に食べられそうな所を少年が見つけ、少年の助けを呼ぶ声で冒険者達が琴を助け出したらしい。
「すまなかったな‥‥」
琴に嘘を教えた住人は琴を見て、一言だけ謝ると自分の部屋に戻った。
「琴も良くねえぜ。そんな大鼠が人間だなんて、考えなくても嘘って分かりそうなもんだ」
弥助が夜十字にもっと注意力を持つように言った。
そこへ息を切らせた麻がやってくる。
「はぁ‥は‥‥こっちに、狸が走って来ませんでしたか?」
「いや、見てないがそれが‥」
「豆たぬきですよ。さっき教えて貰ったんです。僕、捕まえて友達になりたいんです、見かけたらすぐ教えて下さいね」
麻はそう告げると、寸暇を惜しむように再び走り去った。
「‥‥」
つづく