妖怪荘・八 偽貴族
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:5〜9lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月29日〜01月03日
リプレイ公開日:2006年01月20日
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●オープニング
京の都は真ん中を南北に走る朱雀大路を中心に、大きく右京(西側)と左京(東側)に分けられる。
都の外まで広がる左京の隆盛に比べ、右京は衰退が激しい。近頃では妖怪、魑魅魍魎の怪異に遭遇する事も珍しくない。
その中に妖怪荘というものがあり。
元は貴族の某の荘園の一部だったが、ある時に災いがあって管理が行き届かなくなると田畑がいつの間にやら庶民の家となり、次いで盗賊の巣と化した。それが何時頃からか妖怪の目撃談が多くなり、やがて妖怪荘と呼ばれるに至る。
わずか一町、四十丈四方の間の魔窟である。
●立ち退き要求と相続人
「来月までに皆、ここから出て行くのだ」
12月下旬、妖怪荘壱の門に検非違使がやってきて立ち退きを要求した。
壱の門は住人達の復興作業で半ば修復され、以前より更に奇怪な様相を呈していた。高さが三階まであり、今にも倒れそうな不安定な櫓を見あげて役人はゴクリと喉を鳴らした。
「‥‥よ、良いな? しかと申し聞かせたぞ。もし残る者が居れば、そ奴は盗賊の一味として我らが捕える故、そう覚悟を致せよ」
そう云って引き上げる役人を見送る住人達にはどこか緊張感が無い。
「あんな事を言って、下っ端役人に何が出来るものか。誰が出て行くものかよ」
「‥‥だが、今度は奴ら本気だったらどうする? 暫くは逃げた方が良いかもしれん」
巷では人斬り騒動、狐の御所襲撃、それに江戸の大火と物騒な事件が続いている。妖怪荘のような存在は目障りだし、役人が的にするには都合が良い。言ってみれば生贄だ。
「本気ならどう出てくるかな?」
「そうよなあ、冒険者を雇って、わしらを賊だと言うて狩らせる手はどうだ」
「ありそうな話じゃ」
冒険者という暴力装置は一方に大義があれば弱者にも強者にも付く。やられる立場の者にとっては堪ったものではないが。
「冒険者といえば、鬼もヤクザも裸足で逃げ出す悪鬼だというぞ」
「恐ろしいのう」
所で、妖怪荘には既に何人もの冒険者が住人として入り込んでいるのである。しかも、おかしな按配になっているのだった。
「高辻の持ち家になってるなら、その末裔が此処に住んでたら取り壊しはチャラに出来ないか?」
「なるほど左様な計略を。‥‥なれど、われに話しても良いのでしょうか? 秘事でございましょう」
「いや、あんたにその末裔になってもらおうって話なんだが」
●依頼
京都冒険者ギルド。
手代はギルドでくだをまいてる冒険者達を一瞥した。
「‥‥待ってても仕事は来ませんよ」
「何?」
「この前、大貴族が殺されて、先日は御所まで襲われて、雑用みたいな仕事をこっちに回す暇はありませんでしょう。妖怪荘にはもう立ち退き要求を出したという話ですし」
「なんだと?」
「調査はもう十分という事でしょうな。だから依頼はおしまいです」
安心するように手代は微笑み、そのあと小さな溜息をついた。
「行くなら止めはしませんがね」
さて、どうなるか。
●リプレイ本文
僧侶の八幡伊佐治(ea2614)が壱の門に棲む怪人赤泥の祠を訪れたのは12月末の事だ。
「ヌシ殿に酒を持ってきたのじゃ」
警戒心の強い赤泥の目の前で酒徳利を揺らし、それを置くと伊佐治は正面に座った。
「‥‥」
近頃、偏屈に磨きのかかった赤泥は黙ったままだ。構わず僧侶は話し始める。
「ひとつ悪あがきをしようと思うのじゃ」
伊佐治はこの赤泥に教えて貰いたい事があった。
この後、彼は舎弟の大食い太丹(eb0334)と、助力を申し出た騎士のレイムス・ドレイク(eb2277)達と一緒に、大和へ旅立っている。
「危険なことがあれば、自分が壁になってオヤビンを守るっすよ!」
「私も、火事に遭った上に立ち退きを迫られた住人が居ると聞いては放ってはおけませんからね」
「さて思い通りになるとは分からんのじゃが、‥‥まあこればっかりは当たって砕けろじゃな」
三人は大和で使う名前に伊佐治が修行僧「紫雲」、太丹が喰うを悟る者「悟喰」、レイムスが「互譲」をそれぞれ名乗った。彼らの消息は後で述べるので、先にその間の妖怪荘の話をしよう。
以前に渡世人の堀田左之介(ea5973)と一人の武士が共謀して、妖怪荘の持主だった貴族の末裔を騙らせる計画を練った。偽御曹司役の少年の了承も取り、左之介は役所に乗り込む。
「拙者は高辻家家臣、堀田左之介でござる。主人、高辻長行様の名代として参上仕った」
芝居がかった調子で口上を述べる左之介。彼の本性は武道家だが、口が達者で割と堂に入っている。応対の役人は目を瞬かせて尋ねた。
「はて、高辻長行様とはどちらのお方でしょう?」
「何を? まさか知らぬと申されるか!」
左之介は激昂し、彼は訝る役人の前で大仰に息を吐いた。
「然らば語って聴かせる。前当主行長様が石見ご旅行の折に土地の豪族間銅羽爪の娘、不知火様とご結婚され、愛娘の漁火様がお生まれになった事は周知の事でござる。なれどご当主様がお亡くなりになり、漁火様は生まれつき体が弱い身の上で京に参ること叶わず、相続の事が今日までないがしろにされてござった。されば長行様は漁火様のご嫡男、行長様の孫にあたるお方」
初めて聞く話だった。さもありなん、全て嘘である。堀田は所々つっかえながら何とか長口上を終え。
「左様な事実を蔑ろにして、長行様の住む屋敷を勝手に取り潰すとは無礼千万。京の治安を守る者が理を犯してどうなさるおつもりか!!」
と大喝した。
「ふぅむ‥‥」
役人は、無論こんな話をそのままは信じない。だが世間には存外に嘘のような真実も多い。重要なのは確かな証しだ。
「では証拠はありましょうな」
「勿論の事でござる」
後日持参すると言って彼は役所を後にした。
「右之さん、何か思案はねぇものか?」
「私は打ち出の小槌じゃありませんよ」
堀田が助けを求めたのは薬売りの右之助である。右之助はやや呆れ顔だが、堀田とは少々縁がある。
「‥‥しかし、あなたも物好きですね。こんな事をしても、何の徳にもなりますまい」
「損得じゃねえ。これが俺の性分だ」
堀田の言葉に、右之助はなるほどと思う。要するに、考え無しなのだ。良い意味では、世の情理に縛られず身が軽い。右之助とはまた違った意味で、畳の上で死ねぬ男だろう。
そのように言われて堀田は怒った。
「神算鬼謀たぁ言わねえがね、俺だって猿じゃねえんだ。これでも考えてるんだぜ?」
「その意気で頼むぜ」
片桐弥助(eb1516)は堀田を励ました。成功しないまでも時間稼ぎくらいは期待を置いている。冒険者達は行長の行く末を知らないから高望みはできないが。
「冗談じゃねぇってんだ、まだ俺はお宝手に入れてねぇんだからよ」
弥助の好奇心は妖怪荘の宝を拝むまではと執念を作っていた。具体的に某の金銀玉器があるという話が聞こえてこないのを訝しんだ弥助は、噂の出元を探るという。
弥助は生臭坊主の愛人、蜻蛉の所にもやってきて聞いた。
「大泥棒の財宝だとかの話を、姐さんに話したのはどこの御仁だい?」
蜻蛉は少し考えた後に答えた。
「わたしが聞いたのは‥‥五月雨のお爺さんだったかしら」
「五月雨?」
本当の名前ではない。蜻蛉がそう呼ぶのは冒険者達が道服の老人と呼ぶ男だ。妖怪荘の他の住人と違い、割とお節介な男だ。最近姿が見えないという。
行き詰まった弥助は空を見上げて、壁を登りだした。無茶な増改築を繰り返した妖怪荘の建物は、所によって搭か櫓と思うほどに高い。苦労してそのてっぺんまで上がった。
壁と十字の塀に区切られた妖怪荘を見下ろす。南東から壱の門、北東の弐の門、北西の三の門、そして南西の四の門。壁は所々崩れて、四つの区切りは今に意味を為さなくなるかに思えた。
「ふーん」
「やあ長行君」
女志士、楠木麻(ea8087)は件の水干少年と出くわした。ちなみに長行とは麻の命名である。安直すぎるという反対意見もあったが。
「はい」
少年は偽名に抵抗が無いのか、躊躇いなく返事をした。
「君を探していました。鬼退治の気持ちは変わりませんか? 僕に手伝いをさせて下さい」
麻にも魂胆はあるが冒険者はお節介が多いらしい。少年は首を振る。
「有り難き事ですが、鬼退治は我が事です。何故に助太刀をと申されるのか?」
「何となくです。だいたい君のような子供が、鬼を退治しようとは命知らずも程がある。僕に任せておきなさい」
胸を叩いて請合う麻。未成熟な外見から彼女自身がよく子供に間違えられるが、腕は立つ。強引に少年の助っ人におさまった麻は早速、妖怪荘の中の探索を始めた。
「問題は、あの鬼と盗賊達はどこへ行ったのかという事です」
麻は四の門へ赴き、昼間は壱の門から移り住み始めた住人に酒肴を振舞い、聞き込みをした。
「鬼が何処へ逃げたかだと? 塀の外に飛んでったんじゃねえのかねえ」
「鬼砦の下に抜け道が‥‥そうか、無かったか。それなら妖術だな」
果たしてそんな事があるだろうか。麻は夜も居残って不審者探しに精を出した。
「誰ですっ! そこに居るのはっ?」
不寝番よろしく四の門に寝泊りした麻は深夜、近づく灯りと人影を呼び止めた。
「誰かと問われても、な。‥‥存外に関わりも長くなった。この声と顔忘れたか?」
腰に下げていたランタンを掲げて顔を見せたのは女騎士ウィルマ・ハートマン(ea8545)。麻は脱力した。
「こんな夜更けに散歩ですか」
「ああ。無くなると思えば荒涼とした廃墟にも風情を覚えるのが人というものだろう?」
12月の京都と言えば、夜は結構な寒さだ。二人とも相手がただの散歩でない事は察したが確かめはしない。
「――彼奴ら、壱の門を通るでもなく、荘から逃げ遂せたのならば今とは別の出入り口があったはずだ‥‥」
ウィルマは独り言のように呟く。
「逆を言えば」
本来、四の門にあった出入口は三の門だけだ。隣同士でも壱の門から四の門へ抜ける出入口は存在しなかった。塀を飛び越えるか、そうでなければ弐の門、三の門を順に通らなくてはいけない。それでは不便だからと言うので火事の後、今は壁の一部を崩して壱の門と四の門を直接繋げる通路を住民が作った。
「無ければ、何かがおかしい‥‥鬼だからとて、真に神出鬼没な筈はあるまい?」
女騎士は闇に目を凝らす。
彼女らと同じ疑問を、御堂鼎(ea2454)は文字通り、別の側面から調べた。
「まぁ、呑みな。うちは、蟒蛇の鼎って者さ。妖怪荘で火事が起きた時の事で聞きたいんだけど、何か知ってる人に心当たりは無いかい?」
妖怪荘の外に出て、鼎は酒場であの日の事を聞き込んだ。秋の一日、京の一角を紅蓮に照らした火事の夕暮れ、逃げ去った鬼と賊の百鬼夜行を誰も目撃しなかったなどという事が有り得ようか?
「ああ、あの晩か‥‥よく、覚えておる」
記憶にあるのは火事で逃げ惑う人々と、野次馬。近くを通った牛車が火に怯えて暴れた話や、多数の大鼠を見た話などを聞いた。
「‥‥鬼は?」
「聞かぬな」
鬼の姿は見なかったという証言が続いて、鼎は自問した。強力な鬼は変化の術を使うと聞くが、山鬼が化ける話はあまり聞かない。角を隠して人の服を着ればどうか? 人と見えない事も無いが、だが‥‥。
「何だか釈然としないねぇ‥‥」
一方、その頃大和では。
「オヤビ〜ン、このお婆さんが何か知ってるっすよ〜!」
不惑の三角頭巾、玄武の法被を身に纏い、にわか仏弟子の悟喰は頭上に年寄りを掲げて師匠の紫雲の元へ駆け寄った。
「‥‥悟喰よ、泡吹いてるぞ」
紫雲のツッコミに、悟喰は慌てて白目を剥いた老人を地面に降ろした。
「まさか殺したのでは?」
大きな金槌を担いだ互譲が心配そうに見つめる。紫雲はお経を唱えた。
「あー、聞こえますかな。まだ極楽行きは早い。拙僧の声が聞こえたら、帰ってきなされ」
呼びかける紫雲の横で太丹は老人を必死で拝む。手当てでもすれば良さそうなものだが、この三人そっちの方は全然だ。下手に診れば、止めを差しかねない。
「‥‥う、う〜‥」
幸いにも蘇生した老婆から、高辻家最後の一人と言われた桑原利緒の村の場所を聞く。三人の道中は万事この調子だった。数度盗賊紛いの連中に絡まれたが、豪腕武闘家と達人剣士のおかげで事無きを得た。
「桑原家の事をご存知ないか? 拙僧は妖怪荘に蔓延る穢れを感じ、都の為にもそれを祓い清めたいと思い参った紫雲と申す修行僧」
村は黄泉人の被害には遭わず残っていた。この村の郷士だった桑原家は黄泉人の乱の折に大和領主松永氏の招集に応じて信貴山城に入り、黄泉人と戦って戦死している。
「高辻家の事は深くは知りませぬ‥‥兄夫婦に続いて利緒も失くし、落胆する我が家に何の用向きか?」
両親は流行り病で何年も前に他界し、桑原家には利緒の叔父が居た。乱に痛めつけられた大和では良く目にする暗い表情で三人を迎える。
「30年前の事を教えて頂けませぬか」
「確か、泰慶殿が来られたのがその頃でした」
高辻家最後の当主、行長の兄弟に僧になり大和の小寺に移り住んで生涯を終えた泰慶という人物が居た。出家の前後に生まれた娘があり、その子供も大和で育ち、寺に近いこの村の武士に嫁いで利緒を産んだ。30年前はこの叔父も少年でその時の記憶は薄い。
「亡くなった父から聞いた話では、泰慶殿の兄上は家の凋落に気の病を発して、何処かへ出奔されたとか」
今もその頃も京の貴族の間では政争謀略が盛んだ。高辻家もそれに敗れて都落ちした側であろうと父親は言っていた。泰慶は6年前に62歳で没し、住んでいた小寺は今は無住だとか。村の年寄りに聞く泰慶像は真面目で物静かな人物。
「そういえば、妖怪荘と聞いて思い出しましたが私が若い頃、泰慶殿によく妖怪の話を聞かされた事がございました」
どんな話かと聞くと、鬼や狐、狸の話だったと言う。大鼠の話もあったと聞いて紫雲は眉をあげた。
「火事はありませんでしたか?」
「いや、火難の相だけは無縁でしてな‥‥ふむ」
叔父は何かを考える顔になり、一度奥に下がり、竹の行李を持ってきた。
「泰慶殿の遺品の中にあったものです」
中に少し焦げた痕の残る法被と袴が仕舞われていた。検めると高辻家の紋が入っている。
「これは?」
「おそらく出家前の泰慶殿の持ち物だったと思われますが、聞いた事が無いので仔細は存じません」
「譲って頂けませんか」
紫雲が詰め寄ると叔父は困惑したが、この家と京に残る高辻の穢れを祓う為と強弁され、最後には承知した。京に戻った伊佐治達は窮していた仲間達に奈良での話を聞かせて嘘話の説得力を補完し、衣装は行長の遺品とし、それに行長の遺書を弥助が偽造して役所に提出した。
証拠の効果があったのか、高辻長行の妖怪荘相続は認められた。長行には敷地内の管理が申し渡され、今も妖怪荘は京都に存在している。
おわり‥?