妖怪荘・七 焼け跡にて

■シリーズシナリオ


担当:松原祥一

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 2 C

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月01日〜11月07日

リプレイ公開日:2005年11月16日

●オープニング

 京の都は真ん中を南北に走る朱雀大路を中心に、大きく右京(西側)と左京(東側)に分けられる。
 都の外まで広がる左京の隆盛に比べ、右京は衰退が激しい。近頃では妖怪、魑魅魍魎の怪異に遭遇する事も珍しくない。
 その中に妖怪荘というものがあり。
 元は貴族の某の荘園の一部だったが、ある時に災いがあって管理が行き届かなくなると田畑がいつの間にやら庶民の家となり、次いで盗賊の巣と化した。それが何時頃からか妖怪の目撃談が多くなり、やがて妖怪荘と呼ばれるに至る。
 わずか一町、四十丈四方の間の魔窟である。


●災い過ぎて
 先日、妖怪荘が燃えた。
 鬼の砦があった参の門は全焼し、弐の門、四の門も半焼。一の門は一番被害が少なかったが、それでも赤泥の祠が燃えるなど、あちこちに爪痕を残した。
 だが火災に弱いジャパンの都市で、大火災にならなかったのは僥倖である。
「火事と言えば、江戸城に焔法天狗が現れたそうでございますな」
 ギルドの手代が冒険者と話をしていた。
「昔から大火事のときは、天狗が炎の中を駆け回って火の手を広げると言いますが、それが焔法天狗だそうでございますよ。まさか江戸に現れて、京を燃やした訳でも無いでしょうが‥‥」
 手代の表情は暗い。
 また検非違使やら役人にこってりと絞られたらしい。手代は火を付けたのは砦の鬼、盗賊達だと抗弁したが、冒険者達も疑われたようだ。
 事実、火を付けたのは冒険者の一人だが、手代はそれを知らない。
「困ったものです‥‥火が出るとすぐ冒険者に疑いがかけられる」
 疑惑には理由がある。冒険者は良く火を使う。表沙汰にならないだけで、冒険者が火事を起した事は一度や二度ではなかった。死人に襲われた村一つを火葬しようとして、山一つ焼いた事例もあるが、そうした事件の多くは闇に葬られる。発覚すれば、手代の首が飛ぶ程度では済まない。
 言語道断の所業だが、そこには命懸けの戦いに身を置く冒険者の選択がある。妖怪荘においても火事で鬼達が逃げ出さなくては、冒険者側の被害は深刻だったかもしれない。もっとも、一歩間違えば都が炎に包まれたのだが。
「‥‥」
「そうそう、妖怪荘といえば」
 冒険者の沈黙を勘違いした手代は話題を変えた。
「取り壊しの話が持ち上がっているそうです」
 これまで役所は妖怪荘に手を出してこなかったが、危険な死人が退治されて鬼や盗賊も逃亡した。火事で廃墟同然となった事もあり、また魑魅魍魎の巣となる前に妖怪荘を潰してしまおうというのだろう。
「‥‥すぐに壊すのか?」
「それが、持ち主を探しているとか」
 手代の言葉に、話を聞いていた冒険者は驚く。
「妖怪荘に家主が居たのか?」
「長年放置されていますが、役所には貴族の某の屋敷として今も登録されていたそうで‥‥名前は確か、高辻行長様とか」
 しかし、記録自体が昔の物で、高辻家は何十年か前に絶えている。役所としては相続者が居ない事を確認した後、妖怪荘の取り壊しを決定する予定だ。
「高辻家の末は大和に居たそうですが、黄泉人に襲われて亡くなったそうで」

●依頼
 京都冒険者ギルド。
 手代は集めた冒険者達に依頼を説明している。
「役所から、妖怪荘の様子を見てくる仕事が来ています」
 火事のあと、役所は妖怪荘の取り壊しを計画中だ。その為の実地検査を行いたいが、妖怪荘に残る住民達の妨害が予想されるので冒険者達に様子を見てきて欲しいという。
「様子を見てくるとは、具体的には何をするんだ?」
「そうですな。‥‥残ってる住民の人数を数えたり、建物の状態を見たりといった感じでしょうか」

●今回の参加者

 ea1966 物部 義護(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2144 三月 天音(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2454 御堂 鼎(38歳・♀・武道家・人間・ジャパン)
 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea5973 堀田 左之介(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8087 楠木 麻(23歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8212 風月 明日菜(23歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb0334 太 丹(30歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb1516 片桐 弥助(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

佐上 瑞紀(ea2001)/ ヴィオナ・アストーヴァル(ea9970

●リプレイ本文

 京都11月。
 肌寒い夕暮れどきに、火事で焼けた妖怪荘に集って焚き火を囲むのは妖怪荘の住民と冒険者の面々。
「芋煮会をやろうと思うのだが」
 まず言い出したのは物部義護(ea1966)。彼が他の冒険者と住民達に声をかけた。
「ほほぅ、面白そうじゃの。‥‥ところで芋煮会とは何じゃ?」
 真っ先に賛意を示したのは八幡伊佐治(ea2614)だった。その伊佐治は愛人の蜻蛉と一緒に熱した鍋の前にすわり、楽しそうに野菜を切っては鍋に放り込んでいる。
「満足な料理などした事が無いでの。味は保障せんじゃが‥‥ん?」
 伊佐治の視線の先に、太丹(eb0334)が座り込んでいた。青年はしきりに焼け跡を眺めては溜息をついている。
「せっかく屋根のあるところに住めると思ったんすけどね〜。これも自分が『不幸』だからっすかね〜」
 不幸青年という有難く無い二つ名を太丹は持っている。
「パイロン、すまないっすね〜。お家がなくなっちゃったっすよ‥‥はあ」
 愛馬にも愚痴をこぼす青年。気の滅入る光景だ。
「くよくよするなよ。あんたも、そのうち良い事があるさ」
「そうだぜ。ささ、まずは腹ごしらえだ。あったまるぜ」
 気落ちした姿を見兼ねた壱の門の住人達が太丹を誘う。
「そうすっかね〜。でも今年のおみくじってやつは『一本抜けて古』だったっすね。やっぱり抜けてたっすね‥‥一杯だけ貰うっす」
 太丹は芋煮の椀を受け取ると、ガツガツとあっというまに平らげた。
「‥‥もう一杯いただけるっすか? もう一杯だけ‥‥」
「好きなだけ食べるがいいぜ」
 蛇足になるが太丹の生業は「大食い」。胃袋の性能にかけては或いはワールドクラスの男だが、この日の芋煮は余程腹にしみたのか七杯で止めた。
「材料の追加だよー♪ ここにおいとくねー♪」
 手伝いにやってきた風月明日菜(ea8212)は抱えてきた芋や野菜の袋を鍋の前に置いた。
「お疲れ様じゃな。すまぬが、あっちの連中にも運んでくれるか」
 伊佐治が少女に小振りな鍋を示す。
「まかせてよねー♪ あっちの人達にあげればいいのね♪」
 明日菜は芋煮の入った鍋を笑顔で受取り、廃墟の影からこちらを見ている人々の方に駆けていく。彼女の元気はともすれば下を向きがちな住人や冒険者達の心の慰めになった。
「山芋に大根、青菜、鶏も入っている。たくさん作ったから皆で食べてくれ」
 義護がそう云って椀を渡そうとして、赤泥の眼の怒りを見てはっとした。
「気に入らぬ振る舞いよ。まるで施しを与える顔ではないか、そんな顔で突き出されては受け取れん」
「いや、だがこれは俺の詫びの気持ちでもある」
「それが心得違いだ。詫びというなら全く足らぬし、勘違いだ」
 赤泥は余程腹に据えかねたのか焦げた祠から出てどこかへ行ってしまった。後でその事を道服の老人に聞くと、老人は笑った。
「気にするな。まあ新入りがヌシに施したのでは怒るだろうさ」
 義護に被災者扱いされた事が嫌だったのだろうと老人は言った。住人達が落ち込んでいないと云えば嘘になるが、それは少し義護の考える所とは違っていた。
「お宝があるって話、聞いたことねぇか?」
 芋煮を食べる仲間と住人達の前で、堀田左之介(ea5973)が宝の話をした。
「なんか面白そうじゃねぇの、わくわくするし。これで皆が少しは気ぃ紛れればいいと思うんだわ」
「貴族の宝の話か? そんなもの、もう燃えちまったんじゃないかね」
「否、断じて否です!」
 楠木麻(ea8087)が否定的な意見を一蹴した。女志士は左之介に頷き、勢いよく立ち上がる。
「昔から、お金持ちは火事対策に地下に財産を保管していた。と、なると燃えることなくあるはず。目指せ! 地下の隠し部屋!」
「‥‥そうだっ、俺のお宝がそう簡単にくたばってたまるかってんだ!」
 火事以来、気力の萎えていた片桐弥助(eb1516)は左之介や麻の熱気に触発されて復活する。夢に目を輝かせた三人は気炎を上げるが。
「ま、無くて元々と思えば、都合の良い浮かれ話だがね」
 住人達は半信半疑だ。
「宝探しに目の色変えて、煩くされたんじゃおちおちと休めねえぜ」
「調べるのは参の門や四の門ですから、その点は心配ないと‥‥あ、でもでんじゃらすな地下迷宮が発見されるかもしれませんけど」
 果たして本当に宝はあるのか。
「火気厳禁だよ」
 少し離れて、御堂鼎(ea2454)がウィルマ・ハートマン(ea8545)と話している。鼎は火付け道具をウィルマから取り上げようとするが。
「‥‥何の冗談だ?」
 ウィルマは焚き火を一瞥して、面白くもない冗談だと肩をすくめる。
「分かってるだろう? あたしもこんな事がけじめになるとは思わないけどねぇ、態度は見せたが良いのさ」
 渡さないというなら腕づくだと鼎の目が語っていた。ウィルマは口元を緩める。
「くっ‥‥勝てぬ喧嘩はしない主義だ。そこまで言うなら預けたいが、今日は持ってきていない。馬の鞍には火打ち石くらいはあったと思うが」
 馬は妖怪荘の中まで連れてきていない。冗談のつもりでウィルマが取りに行くかというと、鼎は意に反して頷いた。ウィルマは一瞬顔を強張らせる。
「ご苦労なことだな‥‥」
 鼎とウィルマが連れ立って出て行くのを、冒険者達は見るとも無しに見送った。

「災いですか?」
「そうじゃ。実際に何が起きたか記録は残っておらんだろうか?」
 三月天音(ea2144)は役所を回って、そもそも貴族の荘園だった妖怪荘がどうして混沌の棲家となったかその原因を調べた。
「さてあそこはどうだったかな」
 役人は思い出そうと頭を捻る。近年荒廃が指摘される左京では昔の貴族の屋敷が廃墟になるのは珍しい事では無い。
「高辻家は先々代だかの頃までは羽振りが良かったそうですが、高辻行長は最後の当主のようだ。‥‥亡くなった記録は無いから、それで妖怪荘の所有のままになってたんでしょう。えーと」
 行長の年齢を調べるが資料が無い。記録自体は三十年ほど前のものだが、その当時には高辻家は既に無位無官だったらしい。大和の末とは行長の兄だか弟だかの子孫で名は桑原利緒、年は十九。武士として黄泉人と戦い、死亡したと、こちらは今年の事だけにはっきりとした記録がある。
「で、災いの事は?」
「なにぶん古い話ですので‥‥えーと、高辻のおうなが鬼の子をうむと噂があり‥‥これの事かな。しかし、そんな事件聞いた事が無いが」
「鬼? 詳しい記述は無いのか?」
 天音は食い下がったが、大和の復興問題で忙しい役人は手を振った。
「怪異はあなた方の専門でしょう。‥‥何か分かったら、こちらにも知らせて下さい」
「こら、逃げるでない」
 天音は舌打ちして役所を後にする。陰陽寮も回ったが、特にこれといった記録は無いと言われる。

「高辻の持ち家になってるなら、その末裔が此処に住んでたら取り壊しはチャラに出来ないか?」
 そう言ったのは左之介。義護も同じ事を考え、鼎の案内で水干少年と相対していた。
「なるほど左様な計略を。‥‥なれど、われに話しても良いのでしょうか? 秘事でございましょう」
 いぶかしむ少年に、左之介と義護は顔を見合わせて。
「いや、あんたにその末裔になってもらおうって話なんだが」
「‥‥?」
 少年は不思議そうに冒険者達を見た。言葉が分からぬという風ではなく、何故その結論に至ったかが理解出来ない顔だ。
「ま、いきなりじゃ面食らうのもわけないが、末裔かどうかはどうでもいいんだ。取り壊しを有耶無耶にできればいいからな」
 左之介は心中、本物なら楽しいんだがと思っていたが。
「そうですか。お引き受け致します」
「なに引き受けてくれるか。では我らが少年の後見人となろう」
 所で、冒険者達はこの少年の名前を知らない。麻が少年に聞くと、彼は一瞬困った顔をして、名前は訳あって名乗る事が出来ないと詫びた。故に好きな名で呼んで欲しいと。
「じゃあ行長君で」
「おいおい、それは老人の名前だろ?」
「あ、そうでした。構わないと思いますが、何か考えましょう」
 さて、偽相続の話はどうなるものか。それは冒険者達の計略次第だが。

 焼け跡の探索は、何人もの冒険者が行った。
「ここ掘れ、ワンワン♪」
「おーい、誰か居らんかー」
 麻と伊佐治はそれぞれ愛犬を連れて参の門、四の門を歩き回った。伊佐治は巻物を取り出してブレスセンサーを試すが‥‥。
「ごちゃごちゃしてわからんのじゃ」
 呼吸探査は沢山の生物の居る場所では難しい。壱の門の住人を全部外に放り出せばともかく、今は無理だろう。
「しかし、見事に焼けたもんだねぇ」
 鼎は少年を連れて砦のあった辺りを探索した。
「所で、あんたまで何でついてくるんだい?」
「別に理由は無いが、まあ目的は同じだからな」
 ウィルマは弓で燃えカスを引っ掛けて見ている。
「しかし、鬼どもはどこへ行ったのであろうな? 霞の如く消えた訳でもあるまいが」
「あ、それだそれ。あんた、これからどうするんだい? 鬼退治はもうできなくなっちまったけどさ」
 焼け跡を見つめていた少年は鼎の問いに表情をあらためた。
「われはあの鬼を探さなくてはなりませぬが、しばらくは‥‥此処に残りましょう」
「そうかい。ならうちと同じだね」

 さて妖怪荘の現状だが、参の門、四の門は焼け野原と言って過言ではないし、弐の門も廃墟だ。外との壁も所々崩れて見るも無惨な状況にあり、役所も再開発を考えている。
 しかし、再開発を考えているのは住民達も同じだった。
「この際だ、壱の門も手狭になっていたし、長屋を二の門、四の門の方に拡張したいと思うのだが」
 住人の何人かが言い出していた。壱の門の燃えた処は廃材を使って補修、改築を始めていたが、それとは別に隣接する二の門か四の門に新しい長屋を作ろうというのである。無許可で住居を作る動きは、役所の仕事で来ている冒険者には気が気ではないが、元から妖怪荘の住人達は役所など知った事では無いと考えている。
「何故そんな事をする。いや、そんな話を俺にする」
 赤泥は気に入らないようだった。
「あんたはここのヌシじゃないか」
「‥‥ううむ」
 さて、どうなるか。


つづく