●リプレイ本文
●組み合わせ
「これ、手代」
集まった冒険者の数を見て、依頼人の白川某は気分を害した風であった。
「10人は集めよと申したのに、4人しかおらぬでは無いか?」
「京を脅かす亡者退治に出払っておりますれば‥‥ですが、ここに参じたのは百戦錬磨の冒険者ばかり。貴方様の目的は存分に果たせるかと」
手代が言うと、白川の側に控えていた武士が主人に耳打ちした。
「‥‥ふむ、では信じるとしよう」
何とか納得したようだ。
人数が四人ならば、勝ち抜き戦は味気ない。総当り戦に変えたものかどうするかと話していると、白川に呼ばれていた武士達が声を発した。
「恐れながら、私達も参加しとうございます」
元々は人数合わせに呼んだ者達だが、彼らにしてみれば己の腕を示す機会だった。このまま帰ったのでは良い面の皮というもの。
「うむ、良いであろう」
許しを得て四人加わり、合わせて8人の勝ち抜き戦を行うことになる。
冒険者側の参加者はまず志士が三人‥‥天城烈閃(ea0629)、山王牙(ea1774)、楠木麻(ea8087)。そしてイギリス出身のジャイアント戦士キルスティン・グランフォード(ea6114)を加えて四人。
全員が名の通った実力者だが、天城と山王の二人は実力名声共に一つ抜きん出ている。この二人がまず本命と言って良い。だがキルスティンも江戸霜月闘武神の称号を持つ豪の者、楠木も若手ながら最近名が売れてきていた。誰が一番とは即答しにくい。
それに白川側が用意した2人の浪人、志士、それから陰陽師が加わるのだが、得物は自由・道具の使用も可なら魔法もOKというルールは如何にも剣呑で何が起こるか分からない。
ルールに関しては楠木の付き人が矢の補充を申し出たくらいで特に規則に拘る者はいなかった。弓を持たない麻の付き人が何故矢に拘ったのかは分からない。弓使いである天城を気にかけての事だろうか。
8人は用意された籤を引いて、それぞれ対戦相手が決められた。
●一回戦
第一試合はキルスティン・グランフォードと白川の縁者にあたる陰陽師の東堂某。
「陰陽師‥‥?」
キルスティンは対戦相手を聞いて、眉を寄せた。
試合は白川邸の中庭で行われるが、几帳越しに見物する白川は対峙した二人を一瞥するや息を漏らした。
「あまりに勝敗の明らかな戦いでは無いか?」
中肉中背の陰陽師と、ジャイアントのキルスティンの身長差は約80センチ、体重差は約3倍。大人と子供以上の差がある。
「‥‥」
キルスティンは陰陽師を見据える。
試合前に、東堂はキルスティンに近づいて耳打ちをしていた。
「この試合、棄権してくださいませぬか?」
「冗談は止してくれ」
キルスティンは生粋のファイターだ。普段は子守を生業にする彼女は、依頼で己の力と技を試すことが生き甲斐である。力及ばず斃れる事はあっても、戦わずに負けることは無い。
「御身の為に申しているのです」
「くどい」
突っ撥ねた彼女に、陰陽師は仕方無いといった表情をしていた。
(「あれは揺さ振りかねぇ? ‥‥どっちにしろ、魔法使い相手に戦法は一つだけど」)
開始の合図と共にキルスティンは間合いを詰めた。呪文を唱えられる前に叩くつもりだが、陰陽師はその場を動かず詠唱もせずに女戦士が接近するに任せている。
「‥‥来いってか、参ったねぇ」
キルスティンは嫌な予想もしていたが、戦い方は変えない。ついに女戦士の間合いに入った。
「さあ!」
右手の日本刀が陰陽師の左肩めがけて振り下ろされる。
「かあっ!」
初めて陰陽師が動いた。その体が銀色に光る。途端、女戦士の動きがピタリと止まった。意識はあるのに、指一本動かすことが出来ない。
「月門、影縛り‥‥ご忠告申し上げたはず」
陰陽師は身動きの取れないキルスティンから、刀を奪い取った。慣れない手つきで刀を握り、彼女に叩きつける。武士でない陰陽師の攻撃は巨人の肉を切り裂いても一撃で強靭な体をどうこう出来るものでは無い。拙い斬撃は何度も続けられた。
「審判! 試合を止めろ!」
我慢できず山王が声を張り上げた。
「勝負はもう付いている!」
審判役の年配の武士は首を横に振った。キルスティンはまだ立っている、ギブアップもしていない。陰陽師の術にかかっているようだが、いつ解けて反撃するとも分からない。勝敗は不明だ。
「馬鹿なっ‥‥」
志士達には陰陽師の術はおそらくあと数分はキルスティンを呪縛し続けるものと推量がついていた。或いはこの術がシャドウバインディングと分かれば試合をすぐ止めたろう。6分の間に、ただ倒されるならまだ良いが、目を突かれるかもしれず、喉を潰されるかもしれず。
第一試合、勝者東堂某。
第二試合は天城烈閃と志士の越智某。
「魔法使いや忍術使いと一騎打ちができるというのも面白そうだと参加したが、最初の相手が同じ志士とは‥‥」
烈閃は苦笑し、力襷をかけて短弓を手に取った。対戦相手を見やると、越智某は刀を差していた。
(「志士というからには精霊魔法もあるかもだが、まあ気にしても仕方ないな」)
例外はあるが、志士の魔法の腕は概ね二線級だ。それより弓使いの彼にとって恐いのは相手の剣術。
「天城殿のご高名はそれがしも聞き及んでいます。真剣勝負が出来るとは幸運です」
年齢は烈閃より越智の方が幾らか上に思えたが相手は腰が低い。
「‥‥よろしく」
烈閃は静かに言って、両者は5間(約9m)離れた位置に立った。この時は立ち位置が何となくで定まっていて、参加者は従った。もし希望が出せるなら烈閃は十倍は距離を取りたいが、そこまで庭は広くもない。
「どんなに優れた剣も、届かなければ意味はない。そして、剣に優れているだけでは戦場では生き残れないという事を、この弓と矢で見せてやる」
剣と弓の戦いは当然の事だが弓の距離では弓が勝ち、剣の距離では逆になる。
始めの合図と共に越智は間合いを詰めようと走った。
「させん」
恐るべき速さで烈閃は矢を番え、撃つ。五間の間合いが詰まるのに数秒とかからない筈である。にも関わらず、越智は三本の矢をその身に受けていた。驚きの抜き撃ちだ。
「何を、まだまだ!」
越智の体を躱して、烈閃は再び距離を開けようとした。逃しては負けと越智も食らいつき、この戦いは鬼ごっこの様相を呈した。装備を軽くしていた烈閃が辛くも逃げ切って、勝利を得る。
第二試合、勝者“無音の射手”天城烈閃。
続く第三試合は組み合わせの関係でどちらも白川の集めた浪人同士の戦いとなった。
そして一回戦最後の第四試合では冒険者同士が当たる。
“狩猟の志士”山王牙と“金髪の姫将軍”楠木麻(二つ名はそれぞれ本人の申告)。
「負けられません!」
楠木麻は実力が上の山王牙との戦いに闘志を燃やした。
「この武闘会はボクの武勲を高める良い機会です。それに褒美の妖精のトルク!」
麻の目的は半分以上、褒美だった。褒賞が妖精のトルクとは一言も言ってないが、期待を膨らませている。
その為には、まず目前の強敵に勝たなくてはならない。
「既知の相手と戦うのは些かやりにくいですが‥‥負けたくないのは此方も同じ、全力で挑ませて貰います」
山王牙は金棒とライトシールドを構えた。
「望む所です、本気で行くよ!」
麻は丸腰。魔法戦を挑むつもりなのだろう。
(「どの魔法を使ってくるか‥‥」)
同じ依頼を受けた事もある山王には楠木が使う魔法の見当がついた。志士の山王は精霊魔法にはそこそこの抵抗力があるが、だからといって食らって嬉しいものでもない。
開始の合図と共に楠木は後ろに下がった。
「‥‥待て!」
一合も打ち合う前に審判役の武士が試合を止めた。中庭の外に出ようとした麻は、注意を受ける。
「庭から出ちゃ駄目ですか? ‥‥そ、それは」
10m程度では詠唱の時間が稼げない。精霊魔法の詠唱が10秒、その間は身動きが取れないのだから一対一の戦いでは数十mは離した上で山王に自分の姿を見失わせるのが理想だった。
「‥‥妖精のトルクがとおくに‥‥」
楠木と山王は開始位置に戻されて、試合が再開された。さっきと同じ様に後方に下がった楠木は今度は外に出られないから、庭の端で立ち止まって呪文を唱え出した。山王との間合いは20mほどに開いていた。
下がると分かっていながら山王が止められないのは敏捷性の差だ。
「行きますよ」
山王は金棒を振りかざして楠木に迫った。楠木は毎度の事だが10秒をその何倍も長く感じた。しかし、焦れば呪文は失敗するだけだ。必死で印と詠唱に集中する。
ドガッ
呪文の完成より山王が早かった。重い金棒の一撃が小柄な女志士の体に叩き込まれる。一撃で重傷、あばらが何本かいかれたのが分かる。
(「まだ‥‥!」)
あと少しでも攻撃が重ければこの一撃で勝負は決まっていた。残った気力を振り絞って楠木は呪文を完成させる。女志士の体が茶色に光る。
「‥‥!」
何も起こらない。一撃を受けるのは仕方なしと戦法を変えて放った麻のストーンは、レジストされた。
「‥ま、ま〜け〜た〜」
麻は敗北を宣言した。あと一度金棒で殴られたら命まで持ってかれない。
「狩猟の志士の名に掛けて、勝利を奪わせて貰った」
第四試合、勝者“狩猟の志士”山王牙。
●二回戦、そして決勝
第一試合は武神を降した陰陽師と弓使い志士。
「私の敗北を宣言いたします」
天城烈閃の試合は、開始の合図を待たず勝負がついた。敗北宣言をした東堂某に、主催者は納得しない。
「戦っても見ぬうちに何が分かるものか。試合を見せよ」
「お言葉ながら、陰陽師の私には分かるのです。私にも誇りがございますので、結果の見えた試合で無様な姿を曝したくはございませぬ」
負ける気満々の東堂に、審判役の武士は烈閃の気持ちを確かめた。
「本人がそう云っているなら勝ちを貰っておこう」
烈閃の予想では戦えば勝負は一瞬で決まる。神速の抜き撃ちと高速詠唱、勝ち負けは五分か。
ともかく陰陽師が固持したので、烈閃は一足先に決勝に駒を進めた。
第二試合は互いに同輩を倒した者同士。
「神皇様の負わす京で、そう簡単には負けられません」
山王牙と浪人の某の戦いも、アッという間に決着がついた。
「ま、参った!」
夢想流の剣士らしい浪人は変幻の動きで刀を運んでいたが、いざ山王がスマッシュボンバーを繰り出そうと構えるや否や、刀を取り落として膝をついた。
「貴殿の技、一分の隙もない。到底拙者如きの及ぶ所ではござらん」
平伏する浪人に、山王は呆気に取られた。一回戦を見ているので、勝負にならないほど相手が弱いとは思わなかったが、相手にはそれほど山王が巨大に見えたのか。
「面白みにかけるが、これで決勝は天城と山王か‥‥」
ちょうど一回戦で倒されたキルスティンが試合場に戻ってきた。
「どっちが勝つかな」
片や百発百中の閃光の射手、片や肉を切らせて骨を断つ剛剣士。
何でもありなら弓の有利は自明だが、この限られた空間、見世物としての武闘会の性質を考慮すれば分からない。そこに例え結論が出ていても、個人の勝敗は容易く理屈を裏切る。
「見せてもらおうかね」
「盾か‥‥まあ、お互い、手の内はある程度知られているからな。少しは戦い方を変えるか」
天城は山王の左腕のライトシールドを一瞥した。武士の盾使いは本来珍しい。日本の剣術は盾無しで発展してきたものだから、盾を装備しているのは冒険者くらいだ。
「‥‥」
決勝戦はそれまでの試合とは初めて趣きが変わった。今までは飛び道具の相手に対して、剣士が開始と同時に一気に間合いを詰めていたが、山王は盾を前面に構えてゆっくりと前進した。
「‥‥」
天城も急いで後ろに駆け出したりはしなかった。まずは様子見と、矢を二本番えて同時に放つ。
二本の矢は盾に阻まれて山王の体に届かない。
「‥‥」
離れてもう一度撃つ。結果は同じだった。間合いは徐々に詰められている。この距離がゼロになれば天城の負けだ。その前に山王を止めれば山王の負けだ。
三度目は矢を一本だけにして良く狙った。命中したが、ジャイアントの山王は長弓「梓弓」でも一矢では止まらない。
山王は痛みを我慢して金棒を振るった。既に彼の間合い。天城を知る彼は大振りはせずに当てにいく。烈閃の体捌きは並の剣士の攻撃なら楽に回避するが、達人の攻撃は避けられない。
「くっ!」
「‥‥」
山王はこの機に畳みかけようとはせず、冷静に烈閃のダメージを測っている。
「‥‥参った。俺の負けだ」
優勝、“狩猟の志士”山王牙。
「見事なものであるな。冒険者の力、しかと見せて貰ったぞ」
白川は冒険者達の戦いぶりに感心し、賞金と褒美の品を渡した。
冒険者達の方は異種戦闘に思う所もあったが、依頼人が満足したようなのでその場は何も言わずに帰路についた。
「何を考えてたんだか‥‥物好きな貴族もいたもんだ」
負傷者は全ての試合の後に白川が呼んでいた僧侶が治してくれたので傷は無かった。回復した麻は山王に褒美は何だったかと聞いたが、彼女の希望の品では無かったのに少しホッとし、少し落胆した。
「そんなに欲しかったのか?」
「あ、いえ‥‥ボクの武名を上げられなくて残念です!」
白川はまた依頼を出すような事を言っていたが。
つづく