●リプレイ本文
●最後の武闘会
決戦の日、白川邸の庭に集った11人。
「始める前に皆に聞いて欲しいのだがの」
僧侶の八幡伊佐治(ea2614)は開始前、他の十人に聞こえるように宣言した。
「僕ぁ僕を守ってくれる者には攻撃をしない」
「‥‥はぁ?」
「だからじゃ、撫で斬りで死ぬような坊主を狙って強敵に隙を見せるより、僕の性質を利用する方が面白い展開になると思うよ」
半ば呆れられるのを承知で伊佐治は言い切った。
答えは無い。それも当然だ、既に戦いは始まっている。迂闊な事を言って、心の隙は見せたくはない。
「では皆の者、此度も奮戦を期待しておるぞ」
主催者の青年貴族が席につき、庭に立つ冒険者達を見回す。周りには武闘会常連の僧侶の姿は見えず、これはいつもと同じく警護の武士達が脇を固めていた。
「それでは‥‥始め!」
そして審判役の武士が戦闘の開始を告げた。
「‥‥」
中央に居た戦士オラース・カノーヴァ(ea3486)が両手でクレイモアを構えて、油断なく相手を探した。最初に誰が飛び出すか。
「ふぅむ? もう始まったのか。せせこましいな、どうも」
女騎士ウィルマ・ハートマン(ea8545)はショートボウを手には取ったものの、戦う気が無いのか開始の位置から動かず、突っ立ったままだ。
「どこを見ている、コナン流の機動戦術をお見せしよう」
そのウィルマを、騎馬で参加したデュランダル・アウローラ(ea8820)が狙った。如何に訓練された戦闘馬と言えど、一辺三十メートルの庭の中で戦うのは窮屈な筈だが、デュランダルは卓越した馬術で巧みに愛馬ディスティニーを操った。
「まともにやっても勝てる相手じゃないんでねぃ」
それを見て哉生孤丈(eb1067)とファング・ダイモス(ea7482)は巻き添えを避けるように庭の端に移動した。もっとも、この狭い闘技場でどこに居ようとデュランダルのランスの射程圏内から逃れる事は出来ないのだが。
「あれ‥‥?」
陰陽師の楠木麻(ea8087)はアテが外れたようなちょっと困った顔をしたが、騎馬の尻を追いかける。
「こりゃいかん、早く逃げんと。こんな所に立ってたら僕もやられるのじゃ」
少し遅れて八幡伊佐治(ea2614)も庭の端に逃げる。すると、伊佐治の後をついてパウル・ウォグリウス(ea8802)、山王牙(ea1774)の二人が移動した。
「おおっ」
「とりあえず私は貴方を守らせて頂きます」
魔法使いを守る気でいた山王が言う。伊佐治は顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
「こりゃあ凄い。二人も、言ってみるものじゃな」
傍観と逃げを決め込んだ者達は四隅に散らばり、闘技場では最初の激突が起きた。
「ん‥‥俺かぁ」
大剣を構えるオラースの背後から、静かなる暴風マグナ・アドミラル(ea4868)が襲い掛かった。
「前回の借り、返すぞ」
マグナは右腕のクレイモアを大上段に掲げて、必殺の一撃を戦士めがけて振り下ろした。これをオラースが武器で受ければ前回の逆を焼き直す形になる。
「‥‥あんた、存外に熱いおっさんだな」
戦士はジャイアントの繰り出した超重の一撃を、躱した。オラースの反撃の大剣を左の盾で何とか防ぐ。マグナは背後を取ろうと横に動くが読まれて牽制され、数合を打ち合うが決定打が与えられない。剣撃は互角だがスピードはオラースに分がある。老練なマグナは戦術を組み直そうと飛び退いた。
そこへ、初出場の浪人能登経平(ea9860)が滑り込んできた。
「むっ」
暗殺剣士と言われるマグナには己が背を取られる経験は少ない。場所を変えようと逃走を図るが、軽装の能登はピタリとついてきた。如何に足音や気配を消せようとこれでは逃げようが無い。
「どうした? 鎧も盾も持たない奴を警戒するのか?」
「‥‥」
能登の挑発に、マグナの足が止まる。逃げ回る為に参加した戦いでは無い。
「それでいい‥‥愉しい戦いにしよう」
能登は巨人戦士と相対しても、刀の鯉口に手をかけてはいるが抜かなかった。マグナは目を細める。
(「‥‥イアイか」)
ジャパンの剣術家が好んで使う魔剣。こうした乱戦では不合理な技だが。仕掛けたのは能登、マグナには彼の太刀筋が見えない。切り裂かれた激痛にマグナは呻くが、構わず大剣を振るった。
その時には能登の刀は鞘の内にあった。マグナの必殺剣に再び魔剣を合わせる。だが。
「‥‥残念」
能登はマグナの一撃で殆ど戦闘不能の傷を負い、降参。魔剣を二度受けたマグナも続行不能。
「甘く見られても困るが、な‥‥そんなに弓兵が恐いか」
デュランダルに追い詰められたウィルマは自嘲気味の笑みを浮かべた。
ウィルマは運に見放されていた。ランスの騎馬突撃という地上最高の攻撃力に狙われるだけでなく、離れた場所にいる伊佐治が巻物を使い、サンレーザーで彼女を焼く。しかも楠木麻まで彼女をマークして離れない。
「やはり私にはこういうのは面倒だ。楽ができん」
ランスで串刺しにされる前にウィルマはギブアップした。溜息をつく。
「これで終わりか? ああ、どうにもな。腑に落ちん話であったよ‥‥」
「‥‥」
デュランダルはウィルマの降参を受け入れて辺りを見回す。麻と目があった。
「寄らば呪う!」
精一杯に牽制する麻に騎士は一瞬を虚をつかれ、馬首をめぐらしてデュランダルは馬を別の方に向けた。
「一番隊の正式隊員がやられるの放置したとしたら、後々査定に響きそうだからなぁ。一種のサービスというか‥‥
いや最後だし正直いうと、この侍魂。思わせぶりな言動多いが実は何も考えてないことが多いんだぜ」
試合前にパウルは八幡にそう告げて、試合では彼を必ず守ると約束した。
(「律儀な事じゃの」)
その通りに今、僧侶の前に立って他の選手を警戒するパウルの姿に、伊佐治は拝みたい気分だった。もう一人の盾、もとい山王牙は楠木が心配だからと彼らの避難所から一人で出て行った。
「しかし、巻物は便利なものじゃの」
八幡はこの戦いに二巻のスクロールを持ってきた。自前の呪文と比べると使いやすさは格段に良い。魔力をバカスカ消費するため多用は禁物だが、上手く使えば戦士と戦う事も不可能では無い。
「偶然と偶然と偶然が重なればもしかして‥‥」
「‥‥ふーん」
戦ってた相手が横取りされて相討ちになったオラースは、次の相手をファング・ダイモスに定めた。ファングが彼を誘っている気がしたからだ。
「オーラスさん、勝負です」
ファングはマグナとタイプが似ている。流派は違うが同じビザンチン巨人戦士、武装も同じくクレイモアとライトシールド。二人とも化物みたいに強い。
「俺もついてない‥‥」
隅っこで成り行きを見守っている他の選手達を眺めて、オラースは虎口に自ら飛び込んだ。
テリトリーに入った獲物を見て、ファングは逃げた。
「なに?」
追いかけたオラースは凍った地面に足を取られる。そこは昨夜白川邸に忍び込んだファングが水を撒いておいた場所だ。地面を見ると罠があちこちに張られている。
「‥‥おい」
迂闊に動けないオラースをファングは背後から奇襲する。
ファングはマグナと似ている。
期せずして同じ相手に同じ戦法を取った。
であればファングが最初に己の陣地に移動したりせず、危険を冒してもマグナとオラースの戦いを見ていれば、この勝敗は違っていたろう。ファングの必殺の一撃は紙一重でオラースに届かない。先にマグナの攻撃を避けていなければ避けられなかったろう。
「なにっ」
ファングはオラースの反撃を一度は盾で受けたが、二撃目を食らって倒れた。
恐ろしい事に、これでオラースは今回の参加者中でも最強の戦士二人と戦ってほぼ無傷で潜り抜けた。それはオラースが二人に勝っていたからでも戦術が良かった訳でも無い。組み合わせの妙と時の運だ。
離れてオーラ魔法を自分にかけたデュランダルは一度は見逃した陰陽師を強襲した。
「下がってっ!」
楠木とデュランダルの間に立った牙はウインドスラッシュを飛ばした。騎士にかすり傷を与えるが、その代償は大きい。デュランダルのランスで貫かれた牙は即死。
「あ、あ‥‥寄らば呪う!」
麻は恐怖した。デュランダルと戦う手段はある。だが串刺しの結果は変わらない気がした。
「八幡殿を襲うというのなら相手するがその気がないなら、とりあえず別のとやっててくれ」
八幡とパウルの組に足を向けたオラースに、パウルはそう言いはなった。
問答無用に間合いを詰めるオラースに、パウルは両手の大盾を構える。
「‥‥」
ペンタグラムシールドとヘビーシールドを装備したパウルは動きが鈍かった。オラースにちょっと迂回する気があれば抜けば良い。しかし、正面から大剣を叩き付けてきた。
ヘビーシールドは破壊され、パウルも重傷を負う。そこから反撃に放った蹴りはオラースを薙ぎ倒した。伊佐治のコアギュレイトが戦士を呪縛したのである。
麻を倒したデュランダルは地霊の加護があったのか相討ち覚悟で女陰陽師が撃った魔法に耐えた。決着をつけようと距離を取った。馬には狭い空間だが、せめてもの助走をつけて八幡達に突撃する。
「チャンスなんだねぃ」
それまでやられた振りをしていた哉生孤丈が立ち上がり、横合いからパウルに切りかかった。
「‥‥ちっ」
パウルは無くなった盾の代わりの忍者刀で孤丈を迎え撃った。
「正直、なり振り構っていられるほど、この中じゃ強くないんでねぃ‥‥最後くらい、最後くらいっ」
孤丈の刀がパウルの横腹をえぐり、パウルの忍者刀は孤丈の背中から生えていた。
デュランダルは二人を蹴散らして最後の伊佐治に迫る。
「今じゃっ!!」
切り札であるアイスコフィンの巻物を発動させる伊佐治。デュランダルは氷の棺に封印され、伊佐治はディスティニーに弾き飛ばされて昏倒する。
勝者ディスティニー?
試合後、冒険者達の激戦に満足した白川は全員の治療蘇生を行い、壊れた物は代えを取り寄せて与えた。
「見事な戦いぶりであった。わしが戻った時には別の戦いを見せてほしいものじゃ」
「戻るっていつですか?」
「さあな」
「もう一回、大会を開いてください!」
「ふふ」
最後の麻の要求に白川は曖昧な笑みを見せ、京都を旅立った。
了‥‥?