くろすかうんたー・壱 二つの依頼
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■シリーズシナリオ
担当:松原祥一
対応レベル:9〜15lv
難易度:難しい
成功報酬:6 G 48 C
参加人数:10人
サポート参加人数:3人
冒険期間:08月11日〜08月18日
リプレイ公開日:2005年08月19日
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●オープニング
人の噂に、上野国で反乱が起きたらしいと云う。
上野国――上州は、源徳家康の支配地の中では、穏やかでない土地柄である。小領主が林立し、しばしば争乱が起きた。つまり、火種が多い。表向き家康に臣従した今も緊張は続いていたから反乱と聞いても、何故と尋ねるより、今度は何処がと聞く者が多い。
上州の乱に関しては、いずれ深く語られる事もあるだろう。
今回の話は上州に少し、関係がある。
●人の噂
「単純な話じゃないですか?」
「どこがだ」
江戸の冒険者ギルドで、馴染みの手代と冒険者が会話を交わしている。
「芝神明町の比嘉屋って魚問屋の跡取りが、蔵前の小間物屋に勤める娘に惚れて、駆け落ちしたって話だ」
「比嘉屋の倅と言やあアレだぜ、三十を越えてまだ独り身でソッチの趣味だって言われてんだぜ。それが十五も離れた娘と手に手を取ってたぁ、何が単純なもんかよ」
噂好きの冒険者に、手代は苦笑した。
「私は二人が連れ添って歩いているのを見た事があるんですよ。世間の噂はアテにならないもんだ」
「なんでぇ、それなら早くそう言えよ」
「自分の計りで世の中全部見ようとするから複雑に思えるんですよ。知らない人が事を複雑にしますがね、知ってみたら、事実なんて案外単純なものですよ」
説教じみてきた手代に、冒険者は鼻を鳴らした。所詮、冒険者の報酬の何割かをかすり取って生きるこの男には、冒険の事は分からないのだろうと思う。その単純な話が、奇奇怪怪の物語になる。
●簡単な依頼
「無宿人の捕縛手伝いの仕事です」
ギルドの手代は淡々と依頼を説明した。町奉行所からの仕事で、上州に逃亡した無宿人を捕まえる仕事だ。
上野国は源徳領だが、江戸町奉行所の管轄を離れるので町奉行所の同心は手出しが出来ない。その為に冒険者の仕事となる。
「上州無職の英五郎という男だ。捕物に際しては騒ぎとならぬよう気を付けてくれ」
依頼を持ってきた同心が冒険者に注意する。
一応は御上からの仕事だが、法的に守ってくれる訳では無いという事だ。同心や十手持ちも同行しない。上野で面倒を起こせば、冒険者が捕えられる事態も無くは無い。その分の危険手当は報酬に上乗せされている。
「これが英五郎の人相書きだ」
年齢は二十歳くらい。賭場の手入れの時に、役人に手傷を負わせて逃げたらしい。
「馬で追えば上州へ向う街道を先回りする事も出来るかもしれぬ。それから英五郎の出身は上州宮城村との事だ。潜伏するとすれば、恐らくその辺りであろう」
上州と言っても広いから成功失敗は時の運だが、どうという事の無い仕事に見えた。
●その裏
「た‥たのむ、俺を守ってくれ」
英五郎は上州に向う前に、用心棒を探していた。
江戸には浪人や冒険者が大勢いて、ギルドの預かり知らぬ所で仕事を受ける者も多かった。
「‥‥報酬次第だな」
「心配するな! 俺がお前を守ってやる」
何人かの用心棒を雇えるだけの金を英五郎は持っていた。異国の戦士、背の低い侍、女浪人などを雇った。用心棒の一人が、英五郎の様子が気になって尋ねる。
「何をそんなに怯えている?」
「すまねぇ。何だか悪い予感が止まらねえんだ」
賭場の話は聞いている。役人に斬りつけて逃げたというのだから恐くて当然だ。しかし、町奉行所の手勢は上州までは追ってこれないから街道を上手くやり過ごせばひとまずは安心である。宮城村の近くまで護衛すれば、事は足りる。
その筈なのだが‥。
●リプレイ本文
●追う者追われる者
「相手も人を雇ったかもしれません」
思う所があり、山本建一(ea3891)は江戸に残った。
冒険者ギルドで英五郎が逃し屋や用心棒を雇っていないか調べる。
「滅相も無い」
問われた手代はぶるぶると首を振る。
「うちも色々な仕事をお請けしますが、町奉行所の仕事を斡旋しておきながら別の方で咎人を逃すなんて、そんな非道な商いは致しませんよ」
「それでは、英五郎が江戸を発つ手伝いをしそうな人に心当たりはありませんか?」
無理を言う、と手代は渋面を作った。調べている間に逃げられてしまうだろう。不安に限度は無いが、全てに手を打つのは無理だ。江戸は広く、英五郎が上州宮城村に行くと決まってはいないのだから、追手に運が無ければそれまでの依頼なのだ。
「しかし」
「分かりました。二三、心当たりに当たってはみますが期待はなさらないで下さいよ」
運良く、手代と建一の調べで英五郎が用心棒を雇った事が判った。しかし、仲間も英五郎達も既に江戸を出た後だ。今から建一は追いつけるかどうか。
少し時間を戻す。
英五郎達は足早に出発していた。
「夜十字信人(よるじゅうじ・のぶと)‥‥剣客だ」
江戸が見えなくなってから、夜十字信人(ea3094)は改めて名乗った。
今回、用心棒として英五郎に雇われた者は7名。本来は8人の筈が一人は来なかった。
弓使いのクリス・ウェルロッド(ea5708)、不良浪人の秋村朱漸(ea3513)、渡世人の氷雨雹刃(ea7901)、それに戦士のヒース・ダウナー、パラ侍の戸川月斎、女浪人の寺田奈美。何人かは旧知の間柄だ。
(「大仰な‥‥」)
その顔ぶれに氷雨雹刃は眉を顰めた。歴戦の戦士ばかり。それだけ英五郎が大金を懐に入れていた訳だが。これだけのつわもの達に守られながら、まだ不安顔の英五郎に朱漸がキレる。
「オメェよぉ‥‥。たかが小役人斬ったくれぇで、なぁ〜〜にをそんなビビってんだァ〜〜?」
「いや、もうビビっちゃいませんが、その‥」
英五郎は目立つ人間を集めてしまったなぁと思っていた。イギリス人二人は言うに及ばず、タイプは違うが共に赤髪で周囲に殺気を満々に放つ二人の浪人や白い肌で幽鬼の如き渡世人と、面子が逃避行を想像させない。
どこから見ても、これから命懸けの襲撃をかける謎の武装集団である。
「‥‥今更だよね」
クリスが肩をすくめた。朱漸は凄い形相で英五郎に詰め寄る。
「なぁ〜〜〜にを面白ぇことほざいてんだ、アァ! 人選はオメェだぜぇ!?」
「だ、だから‥‥あの時は俺も恐くてよ、強そうなのに片っ端から声をかけてたから‥‥」
依頼人でなければ埋めている所だ、と何人か思ったとか思わないとか。
一応外套や笠で擬装はするが人目を忍ぶ隠密行は難しい面子である。早くこの旅を終わらせようと、上州への道を急いだ。とは言うものの徒歩の英五郎に合わせる事になったが。
「先生方は足が滅法速いんでござんすねぇ」
英五郎は感心したが、魔法の靴や草履のせいだ。
「む‥‥」
それに気付いたのは一人後方を歩いていた雹刃だった。
前方を旋回して飛ぶ巨大な凧。街道と言っても山道であるから障害物が多く、前にいる英五郎達はまだ気付いていない。
「落しますか‥‥あれが追手なら」
雹刃の知らせに、ひとまず物陰に隠れた一行の中で寺田が淡々と言う。彼女の得物は鉄弓。
「上空百メートルだよ。無理はしない方がいいな」
クリスが止める。
「‥‥追手が奴一人では無かろう。あれは俺達の気を引いているのだ。が、このまま街道は進めぬか」
英五郎達は街道を離れた。英五郎はさすが地元だけに裏道、獣道を知っており、上空からは見え難くなる。
「――さて、英五郎とやらを簡単に捕まえても面白くない」
奉行所の追手が一人、デュラン・ハイアット(ea0042)は大凧に四肢を縛り付けて飛行していた。
山本を江戸に残して英五郎を追跡する冒険者の数は少ない。江戸から上州までの広い範囲を捜索するには絶望的な人数だが、彼らには作戦があった。しかも並の冒険者達では無い。
「まずは泳がせてやろう。元気なうちに仕掛けても逃げられるからな」
デュランは英五郎達に気付いていた。だが遠目故にもしかするとアレか、くらいの認識である。近寄れば攻撃される危険もあり、また敢えて確認する必要も今の彼には無かった。
「‥‥最後に獲物は姿を現すことになる。この王の前にな」
街道の空を我が物顔でデュランが飛び、何組かの集団がそっと街道の外にはずれていく。
英五郎達は忍びの集団ではないから、裏道をずっと行く訳にもいかない。スピードが落ちるし、道に迷う危険もある。何度か街道に出ながら進むのだが、進むに連れて噂話が聞こえた。
「‥‥おい聞いたか?」
「おおよ、街道中で噂が持ちきりだぜ」
「どんな噂だ?」
好奇心に負けてパラの戸川が旅人に話を聞いた。
「お前知らねぇのか? そこの宿場で旅人から聞いたばかりの話なんだがな、江戸でえれぇ事をやらかした大悪党がこの近くを逃げてるって噂だぜ」
「なんでも俺の聞いた話じゃ、そいつは旗本を三十人から斬り殺したらしいぜ」
「違うな‥‥日本橋の大店を襲って千両箱を盗み、一家皆殺しにした大凶賊ってことだ」
旅人の話では町奉行所は今世紀最強とも言われる凄腕の冒険者を雇い、威信をかけた大捜査網を敷いているらしい。
「うーん、それは凄い‥‥いや許しがたい話だな!」
パラは興奮し、憤慨した。
「で、その大悪党は何という名前なんだ?」
「ああ、何でも上州宮城村大前田の‥‥英五郎って若い博徒だそうだ」
頷いて聞いていたパラは首を捻る。聞き覚えがあった。
その少し後、仲間に追いつこうと街道を馬で走る山本建一は噂の広がり様に戸惑った。
「‥‥あれほど騒ぎを起こしてはいけないと言われていたのに、何故こんな事に?」
噂の源は彼を除く追手の冒険者達だ。
「英五郎を悪路に追い込む」
空飛ぶデュランの作戦に、他の冒険者も賛成した。山本が後発で、残る4人のうち3人がウィザードという構成では正面からの追いかけっこは体力的にも人数的にも難しい。
「警戒する相手の不安を逆手に取るか‥‥それなら、僕に考えがあるよ」
エルフのファラ・ルシェイメア(ea4112)は街道を封鎖する人足を自前で雇う案を出した。デュランの策と合わせれば、捜査人員の不足は劇的に補える。
「ふむ、英五郎が山中を迂回して、街道に出てきた所を捕える訳か‥‥問題は奴に協力者がいた場合だが、よそう‥‥今の時点では不確定要素が多すぎる」
顎に手をあててゲレイ・メージ(ea6177)が言った。セブンリーグブーツを履くファラとゲレイは街道を先行して通行人をチェックする。
言うまでもなく彼らは全員目立つ。特にデュランは豪華な頭飾りに派手なマントを纏い、まるで王様か物語に出てくる悪い魔法使いのようだ。それにファラが雇った人員と、圧倒的な名声を持つ女侍も加わり、江戸から上州へ続く街道はお祭り騒ぎだった。
「‥ハァ? ‥‥‥‥マジ? ‥‥な、なんじゃソリャ〜〜ッ!!!」
自分達が街道中の噂になっていると聞いて、朱漸は目玉が飛び出るかと思うほど驚いた。
「江戸の凄腕冒険者だァ? おい、テメェ‥‥役人斬っただけじゃねえだろ、ぜってぇ」
ちなみに噂の中には、英五郎達をその凄腕冒険者と勘違いした誤解も含まれるのだが、今の彼らに分かる道理もない。
「凄いね。これで護衛の相手が麗しい女性なら、私に文句は無いのだけど」
ずれた事を口にして溜息をつくクリス。
「‥‥確かに、命懸けのようだ。‥‥英五郎、何か隠しているのなら今のうちだぞ」
雹刃は冷酷そのものの顔で依頼人を見据え、小太刀の鯉口を切った。
「だ、旦那、冗談はやめてくんな。俺だって、何が何だか分からねぇんだよぉ」
惑乱した態の英五郎に、雹刃は酷薄な笑みを浮かべる。嘘はついていたとしても、表情は本物と見ていいだろう。それ以上は聞き出す道が今は無い。
「ざけんじゃネェぞ、ゴラァアア!!」
「落ち着け秋村。大捜査網なぞこの短期間である筈が無かろう。冒険者らしい手だがな‥‥」
町奉行所の取るような策ではない。追手は冒険者主体、それも奇策に頼るタイプと見て良い。そこまで分かれば身内の事だ、大体の顔ぶれも想像がついた。
「それにしても‥‥」
街道を上州から江戸に向う一騎の女侍が居た。ジャパンに冒険者多しと言えども屈指の名声を持つ天螺月律吏(ea0085)。本人に言えば怒るが今世紀最強の侍と噂する者もいる。
「管轄とか、やはり難しいものだな。それで身動きが取れなくなっては―っと、無駄話をしている場合ではなかったか。この間にも英五郎は近づいているかもしれない」
またの異名を赤兎という。‥‥どうでも良い事だが、今回赤い髪の武士が多い。
「ん‥?」
前方から聞こえた呼子笛の音に、律吏の表情が変わった。
「もう音をあげたのか」
街道に姿を現した英五郎一行をデュラン、ファラ、ゲレイ、建一の四人と彼らが雇った荒くれ男達が取り囲んだ。その更に後ろには、噂を聞いた野次馬が固唾を呑んで見守っている。
「おめぇらか、人の尻を追い掛け回す犬野郎は‥‥目障りなんだよ、どうしても付いてくるってんなら、この場で片つけてやるぜ!」
英五郎は震える声で啖呵を切った後、護衛の冒険者の後ろに下がった。
「おいおい、まさか本気じゃねえよな? なぁ? 俺とオメェの仲じゃねえか‥‥」
朱漸は三度笠を取って顔を見せ、顔見知り達の説得を試みた。
「残念ですが見逃すことは出来ません。罪人である以上、裁きは受けてもらいます」
建一は真面目な口調で最後通告を出す。
「って、優等生なことぬかしてんじゃねえぞゴラァーッッ!」
「もう十分だろう」
信人は巨大なクレイモアを片手で持ち、仲間達の前に立った。
「互いに素人でなし、いわんや俺に斬られるのが仕事ではない筈だ。おのれの仕事をこなせ‥‥来い!」
「ちっ」
唾を吐き捨てて朱漸も霞刀を抜き放つ。
戦闘が始まった。この時点で六対十一。
先制は奉行所側のファラだった。高速詠唱のストーム。吹き荒れる暴風は英五郎側の前衛の一人、朱漸とその後ろにいた英五郎、クリス、寺田を一瞬で後方に吹き飛ばした。立っているのは信人と戸川のみ。
「ふ、圧倒的じゃないか」
仲間の後ろで空中に浮かんでいるデュランが威張る。
魔法使いは接近戦に弱い。が、大魔法使いともなれば戦士は近寄る事すら難しい。
「いきなりピンチ?」
クリスは茶屋の机に頭をぶつけて目を回す。揺れる頭で長弓の狙いをファラに向けようとしたが、ファラは自分が雇った手勢を盾にしている。的を目立つデュランに変更する。寺田も一緒に撃った。
「ふっ」
矢を四発撃たれたデュランは二発当たり、血を吐いて後退する。
勢いに乗って突入してきた奉行所側の雇われ冒険者を、信人のクレイモアが薙ぎ払う。
「怯むな、今がチャンスだ!」
ゲレイは味方を鼓舞し、高速詠唱のウォーターボムで応戦する。
「全力でいかせてもらいます」
その間に距離を詰めていた山本の一刀を、信人はクレイモアで受け止めた。しかし、前衛が足りない。それが限界で山本の二撃目は信人の脇腹を切り裂いた。
「山本さん!」
後ろからファラの声が飛ぶ。吹き飛ばされていた朱漸が凄まじい形相で建一に迫る。二人同時に戦って勝てる相手では無いが、いま退けば死ぬ。頭では分かっているが、恐怖は体の動きを鈍らせる。
「チェェェェェッ!!!!」
その隙を見逃さず、言葉にならない気合いと共に信人はクレイモアを振り下ろした。受けようとしても武器ごと相手を砕く示現流の必殺剣。山本の窮地に、ファラは已む無くライトニングサンダーボルトを撃ちこんだ。
ファラの指先から伸びた電光は射線上にいたファラの手勢を貫いて信人を撃った。
「くっ」
電光の煌きで目が曇ったか腕が痺れたか、クレイモアは建一の髪の毛を数本剃いで地面を打つ。
「!」
建一の刀が信人に突き刺さる。
「マテゴラァアアアアアーーッッ!!」
朱漸は信人に刀を突き入れた建一を背中から襲う。建一は首筋を強打されて呻いた。建一が驚いたのは、この期に及んでも朱漸が刀の峰を返して攻撃した事だ。
「さっさと倒れろ!オラ!」
二度強打されて建一は意識を失った。しかし、夜十字も殆ど戦えない程の傷だ。仲間の援護をアテにしようにも、前衛が山本に足止めされた間に距離を詰めた雇われ冒険者が英五郎側の後衛を無力化している。
「信人さーん、大丈夫ですかー?」
クリスは仲間の安否が心配だが、自分は逃げるので精一杯だ。十分な距離を取らなくては弓は使えない。寺田と戸川の二人は英五郎を守るのに必死である。その間もファラとゲレイの魔法は容赦なく英五郎側を撃った。
「一か八か‥‥」
クレイモアを杖代わりに信人は立ち上がる。雇われ冒険者が多いとは言え、相手の中核は魔術師達だ。ファラとゲレイ、後ろから射撃しているこの二人を倒せば逆転は可能。
「待て待てぇ!」
その時、律吏が馬で戦場に駆け込んできた。皆の気が一瞬だけ逸れる。
――待っていたぞ、この時を。
息を潜めていた白い影が、疾風の如く戦場を横切った。雹刃は最後の一足を跳躍してエルフの華奢な体に飛び掛かる。
「氷雨!?」
素早くファラを押し倒した雹刃は一撃で彼を気絶させ、霞の小太刀をその喉元に押し付けた。
「動くな! 下手に動けばこやつの首を飛ぶぞ」
「‥‥おたく、本気?」
ゲレイは隙を伺うが、別の場所から現れたヒースが雹刃の死角をカバーするように、奉行所側の冒険者達の動きを見ている。
「武器を捨てろ」
「‥待て、言い分があれば聞く。この場を逃れることだけが全てではあるまい」
律吏は馬を下り、英五郎側に交渉を持ちかけた。
「道理だが、それは俺達の仕事に入っていない‥‥武器を捨てろ」
雹刃はこの場での交渉を拒否した。騒ぎが大きくなりすぎて、一刻も早く立ち去りたい。
「安心しなって。俺とオメェの仲じゃねえか‥‥さっきも言ったな‥‥マァいいや。殺しはしねぇ。ただ手ぶらで帰って貰うだけさ」
朱漸が下卑た笑みを浮かべて言う。口調が彼にしては大人しい。これ以上はどちらかが全滅するまでになる。
「‥‥分かった、お前達の言う通りにしよう」
律吏は一瞬天を仰いで、腰から小太刀を外して地面に放った。他の冒険者もそれに倣う。
「‥‥よし」
雹刃は冒険者達を眠らせる事を考えていたが、野次馬の存在やらを考えて人質を暫く預かる事にした。
「安全な所でこいつは離す」
奉行所側は大人しく見送り、英五郎側はひとまずは依頼を終えた。
この結果が、どういう事に繋がるかを彼らが知るのは、それから大分後の話である。